機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~ 作:シュトレンベルク
定期報告会議の数日後、アグニカとニースはデブリ帯を艦で突っ切りながら進んでいた。その隣ではデブリ帯に不審な気配を感じたという新月・オーガスが後ろに控えていた。楽しげにしているアグニカとデブリ帯をじっと見つめているニースの事をぼんやりと見つめていた。
火星支部の人間にとって、セブンスターズの面々など会う機会などそうはない。彼らからすれば、セブンスターズは雲の上の存在に等しい。ましてや、ギャラルホルンのトップであるアグニカ・カイエルと会う機会などある筈がない。だからこそ、二人がどういう人物であるのか新月はよく分かっていない。
ニースは実直で部下の人々も彼らの許では実に楽しそうに仕事をしていた。おそらく、彼の性格がそんな空気を生み出しているのだろう。実直且つ素直な性格であるが故に、彼らはニースを支えようと努力をしている。それは分かった。しかし、新月はアグニカの事を理解しきれていなかった。
「うん?どうかしたのか、オーガス?」
「……いえ、何故私はここにいるのかと思っていただけです」
「そりゃあ、発見したっていうお前がいないとどれがお前の言っている奴なのか分かんないだろ?そうでなくても、俺は個人的に気になってるんだよな……シスがあそこまで言ったバルバトスに乗っているお前の事がな」
アグニカは獣じみた笑みを浮かべながら、新月を見た。その笑みを見た瞬間、新月はアグニカの事を同類であると理解した。即ち、どこまでも貪欲に力を求める獣としての習性を持っている。だからこそ、互いに分かり合えない事を理解した。何故なら、どちらも貪欲に力を求める獣の王であり、相手に勝つためなら何の躊躇いもなく身体を切り売りする事ができる人間だ。意見がぶつかり合えば、殺し合う以外に道はない。
お互いにそれを理解したからこそ、アグニカの握手に新月は応じた。少なくとも、現段階においては新月にアグニカに勝利する術がない。バエルはバルバトスよりも上位に立つ存在であるという事を新月は認めていた。格とかそういう話ではなく、純粋に実力がバエルの方が上なのだ。
しかし、それは当然だ。シリウスはバルバトスを後のガンダム・フレームの基礎となるように作り上げた。バエルをアグニカの要望通りのピーキーな機体として作り上げた。そもそもとしての機体性能に差が生じてしまう事は無理らしからぬ事なのだ。だから――――諦められる訳がない。
確かに、バルバトスは平均的な機体だ。それは事実として受け入れなければならない。しかし、平均的な機体が専用に作られたピーキーな機体に劣るというのなら、後付けでも良いから尖らせれば良いだけの事だ。新月・オーガスという男の専用機として作り上げれば良いのだ。そうすれば、後はアグニカと新月の力量差だけになる。そこから先は幾らでも喰らいつきようがある。
「フハッ……面白いな、お前。折角だ、俺と競争といこうじゃないか、新月・オーガス。シス曰く、ここに潜んでいるであろうモビルアーマーは相当な大物らしい。獣は獣らしく狩りに興じるとしようじゃないか」
「……望むところです。しかし、カイエル閣下」
「なんだ?」
「……
その言葉に。ギャラルホルンの大英雄であるアグニカ・カイエルに対して喧嘩を売っているとしか思えない言葉に、その場にいた者たちは身体を強張らせた。長い付き合いであるニースですら、アグニカは間違いなく怒っていると思った。それはアグニカの根底に舐められるのを嫌う感情があるからだ。王としてのプライドとでも呼ぶべき物が彼にはある。
「クハ、ハハハハハハハッ!お前は面白いな、オーガス!お前のような面白い男が火星にいるとは思わなかった。どうだ?お前が望むんだったら、俺の側近にしてやっても良いぞ?」
「要りません。多分、俺に地球の空気は合わないと思います」
「確かに。それはそうかもしれんな。あぁ、楽しみだな。今回の遠征は中々俺を楽しませてくれる」
だからこそ、ニースは驚いた。あのアグニカが笑ったのだ。喧嘩を売っているような言葉に対して。普段であれば自分の眼と耳を疑ってしまう事態に困惑しきり、遠征終了後にシリウスにこの話をしていた。しかし、シリウスはあまり驚いていなかった。
「まぁ、それはアレだ。相当気に入ったんだろうな、そのバルバトスのパイロット。あいつは自分が気に入った奴に対しては寛容になるんだよ。俺とかが良い例さ。思いっきりあいつに喧嘩を売るような発言をしても、あいつ怒らないだろ?それと同じ事さ」
「そ、そんな簡単な理屈なのですか……?」
「あいつが小難しい理屈で動くもんか。動物的な本能の持ち主だからな……何かが琴線に触れたんだろ。そう言えば、バルバトスの改造要求が来てたな。俺も一回、火星に行って会った方が良いかな?アグの奴も面白いってゲラゲラ笑ってたし、ちょっと気になるな」
ちなみに、その時はシリウスが仕事をしている真っ最中にゲラゲラ笑っていたので、イラっとしたシリウスがレバーブローを叩きこんで呼吸困難の状態に追い込んで部屋の外に投げ捨てた。仕事が終わった後、取っ組み合いの喧嘩になるまでが一セットで、最終的にはジャンヌとサファイアのコンビに説教されていた。
閑話休題。
デブリ帯を突っ切っている真っ最中に何かが視界の端によぎった。それが何かと思った瞬間、アグニカと新月は我先にと言わんばかりにブリッジを出た。それと同時に、それが何であるのか理解したニースはすぐさま戦艦を戦闘モードへ移行させてブリッジを収納した。
「まさか、こんな辺境で発見する事になるとはな……ルシフェル!」
百機近く開発されたモビルアーマーの中でも、上から数えた方が早いスペックを誇る機体。《セラフ》に追随する実力を持ち、黒を基調にしながら金色の意匠という派手な機体であるにも関わらず今まで発見される事はなかった。それは即ち、発見した者が皆悉く殺されてきたという事に他ならない。
それほどまでに極まった性能を誇っているのが、ルシフェルという伝承におけるミカエルよりも前の天使長の座に着いていたモビルアーマーなのだ。はっきり言って、ここにいる戦力だけで討ち取れるか甚だ疑問な相手ではある。しかし、幸運にも彼らには希望があった。
「ハハハハッ!天使長の癖に人間に嫉妬して堕天した天使か!どうせ醜い事には変わりないんだから、このまま死ねよ!」
「……邪魔」
二体の悪魔がそれぞれの獲物を振り回しながら、プルーマを薙ぎ払っていく。一緒に発進したヴァルキュリア、ゲイレールにロディやヘキサたちが援護していく。順調に思えたルシフェル戦だったが、何かの閃光がモビルスーツ隊を薙ぎ払った。それはビームを刃状に変形させ、モビルスーツ隊の武装に始まり果てにはナノラミネートアーマーすら両断してみせた。
「馬鹿な……ビーム兵器でナノラミネートアーマーを両断するだと!?」
ナノラミネートアーマーはビーム兵器による攻撃を塗料の鏡面効果によって拡散・反射させている。しかし、長時間高熱にさらされた場合は塗膜自体が融解してしまう。それを利用してルシフェルは刃状のビームを何重にも重ねがけし、短時間でナノラミネートアーマーの許容限界以上の熱量を叩きこむ事で塗料を引き剥がして機体を破壊してみせた。
その理屈を直感で理解したアグニカと新月はすぐさま動き始めた。ナノラミネートアーマーの限界熱量を短時間で埋めてくるのなら、一発受けた段階で終わりだと判断したのだ。即ち、ルシフェルのビーム兵器による攻撃を総て躱した上でルシフェルを殺しきらなくてはいけないのだ。普通の人間なら諦めてしまう所だが、残念なことに彼らは普通の人間ではなかった。
「攻撃を一発も喰らわずにあいつを殺す……単純で簡単な理屈だろうが!」
「殺せば皆同じ事」
二人は獣じみた本能でビーム兵器の総てを掻い潜り、ルシフェルに近づく事に成功した。しかし、近付く事ができても安心できる要素は欠片もなかった。翼からハシュマルよりも小型ではあるものの、ワイヤー付きのブレードが八本同時に二人を襲う。更にそのブレードを操りながら、同時に腕部からエネルギー弾を叩きこんでくる。それに加えて、ビーム刃も嵐のように振り抜かれていく。
二人は即座にガンダムとの同調率を上げ、総てを躱していく。ワイヤー付きのブレードは武器で弾き、エネルギー弾は腕が向けられた瞬間に殴るか蹴って砲身をずらし、ビーム刃は最小限の動きだけで躱していく。それだけの動きをしても尚、ルシフェルに攻撃する事ができていない。あまりの難易度の高さに、アグニカも新月も笑みを浮かべていた。
食いでのある獲物が来たと、二匹の獣は歓喜の声を挙げる。その声に反応するように、二体の悪魔は力を授ける。目の前の敵を殺せと、憎き天使を一匹残らず根絶やしにしろと、隣に立つ憎たらしい悪魔に負ける事など赦さないと、そう叫んでいるかのように。獣もまた悪魔の声に同意し、こいつを殺すための力を寄越せと叫ぶ。
結果、更に同調率は上がり、悪魔に魂総てを捧げる寸前まで売られた肉体は最早機械なくして動かす事は叶わないだろう。しかし、その代わりに彼らの力は最大限まで引き上げられている。更に繊細な動きと強力な力、獣じみた本能や直感を発揮する。劣勢だった形勢は瞬く間に五分の領域まで引き上げられた。
「は、ハハハハッ!ここまでやって五分か!何とも素晴らしい力だな!じゃあ、ここでお前を殺せば俺はもっと強くなれるって事だよなぁ!!」
「ルシフェルだか何だか知らないけど、俺の邪魔をするなら叩き潰す。これ以上、俺たちの邪魔をするなよ機械天使風情が……!」
アグニカは歓喜を、新月は憎悪の感情をルシフェルにぶつける。たった二人だ。別に何十億人の意志と対峙している訳ではない。ガンダムに乗っているだけの二人なのだ。しかし、そんな二人の強烈にして苛烈な意志にルシフェルは押されていた。まるで人間総てと戦っているかのような、そんな感覚を味あわされていた。その時、感情などモビルアーマーが確かに感じたのだ――――恐怖という感情を。
瞳を紅く輝かせる悪魔が一歩ずつ距離を詰めていく。次第にモビルアーマーの思考は周囲の敵よりも目の前にいるバエルとバルバトスに集中し始めた。それによって攻撃はさらに激しくなったが、遠征部隊の負担は軽減された。この隙を突き、ニースは決戦兵装の準備を始めた。活動を継続させながら、我先に敵を殺そうとするバエルとバルバトスを見た。
「これが悪魔の力……改めて見ると恐ろしい物だ」
同調率を上げたパイロットは全能の力を得たような気分になる。究極の個としてあるからこそ、頭の中から仲間という存在が消えている。天使を殺すのは俺だと、そういう思考に捕われる事で圧倒的な暴力で敵を圧倒しにかかる。自分こそが天使を殺すのだ、というガンダムの思念に呑まれてしまうのだ。だからこそ、あそこにいる二人はきっとお互いの事を認識していないのだろうとニースは思った。
「ニース様、ダインスレイブ・ティルヴィング部隊の準備が完了しました!」
「よし、ではそのまま待機!あの二人の隙を掻い潜って叩きこむぞ!発射の合図は私がする!遅れるなよ!」
『はっ!』
アグニカも新月も後方の部隊の動きは分かっていた。正確に言えば、後ろで何やら準備を始めているというのを理解しているだけだ。それが何であるのかは理解していないし、理解する気もない。だが、向こうがこちらの動きを待っている事は伝わってきた。バエルとバルバトスは一瞬だけ互いを見て、即座に選択した。
一度、距離を縮めるように踏み込みモビルアーマーを警戒させ、即座にスラスターを噴射させて距離を取った。バエルとバルバトスの行動の意味を理解しきれなかったルシフェルは一瞬、完全に動きを止めた。そして、更に後方にあるニースたちの方を向いた瞬間にはもう遅かった。
「ダインスレイブ・ティルヴィング隊、放て!」
放たれた決戦兵装は二つ。艦隊のナノラミネートアーマーすらも貫通させるほどの威力を持つダインスレイブ。そしてアスタロトの兵装であるγナノラミネートソードを利用した、フレームごとナノラミネートアーマーを切断するティルヴィング。この二つの決戦兵装により、ルシフェルはボロボロな状態に――――なってはいなかった。
「なにっ……プルーマどもを盾にしたのか!?」
ルシフェルの周りには何十体ものプルーマが浮いており、その総てが真っ二つに割れているかダインスレイブで団子のようになっており、身代わりにしたのが伺えた。しかし、その総てをどうにかできた訳ではないのか、片翼は使い物にならなくなっていた。だが、だからと言って次弾を装填している暇はない。ルシフェルは翼と口を開いてビームを発射しようとした瞬間、後ろからバエルが剣を使い物にならなくなっていた片翼に振り下ろした。
その衝撃によって姿勢制御の狂ったルシフェルは明後日の方向にビームを発射した。その隙を逃さぬように、バルバトスとバエルはルシフェルに猛攻を仕掛けた。ルシフェルも何とか対応しようとするが、姿勢制御プログラムでは賄いきれない程に損傷した機体では先ほどのような攻撃は出来ない。対して、バエルとバルバトスの猛攻は納まる処か烈しくなる一方だった。
誰もがこれは勝ったと思った瞬間、ルシフェルは意地でも一人は道連れにするといわんばかりの執念を見せた。崩れた姿勢からバルバトスを掴み、そのままコックピットを押し潰そうとしたのだ。無論、バルバトスもそのままでいた訳ではなく、手に持っていたナイフを顔面に突き刺した。しかし、浅くしか刺さらず奥にある中枢コンピューターまでは届かなかった。
あわや一巻の終わりかと思った瞬間、ルシフェルに一発の銃弾が直撃しまたも体勢が崩れた。その瞬間を突くように、バエルがルシフェルに迫る。剣を振り降ろそうとした瞬間、片翼からブレードが放たれて弾かれる。しかし、それに構う事無くまるで一昔前に存在した仮面をつけたバイク乗りのように蹴りつけた。そこにあったのは先ほどバルバトスが突き刺したナイフだった。
ブーストをかけられた蹴りで浅かったナイフも深くまで突き刺さり、それによって中枢コンピューターを真っ二つにされたモビルアーマー《ルシフェル》は活動を停止した。そして倒れているバルバトスを見下ろしながら、バエル――――アグニカは笑みを浮かべた。
「攻撃ってのはああいう風にするんだよ。中途半端は駄目だぜ?ああやって相手に行動する余裕を与えちまうからな」
「…………」
「……ん?なんだよ、気絶してんのか。まぁ、まだまだ機体に振り回されているようだし、そんなもんか」
バエルがバルバトスを抱え上げると、母艦に向かった。ほぼ無傷に等しいバエルと違い、バルバトスは各部に損傷が生まれており実力の差を露わにしていた。アグニカにはバエルを抱えて連れ帰れるだけの余裕があったが、新月は何もすることは出来ない。互いの間にある格差という物を、新月は見せつけられた気分だった。
そう、新月は気絶している訳ではなく口を開くだけの力も残されていないだけなのだ。だからこそ、言葉にできないが悔しいという感情を味わっていた。同時にこれでは終わらないと強く誓っていた。一先ずバルバトスの改造要請を真っ先に出そうと思っていた。
ニースはルシフェル討伐の報告を聞き、一安心していた。整備班と救護班をモビルスーツデッキに向かわせ、モビルスーツ隊にルシフェルの残骸の回収に向かわせるように命令すると、疲れたと言いながらガンダム・ストラスの銃口を下げ肺に溜まった息を吐きだすようにため息を吐いた。そんなニースを見て、部下たちは苦笑と共に同意した。
次の瞬間には死んでいるのではないか。そう言いたくなるほどの激闘だった。間違いなく、これまでの戦いの中でも三指に入るほどの戦いだった。実際、バエルはまだしもバルバトスが生き残っていると聞いた時は耳を疑った物だ。それほどまでにルシフェルは強力なモビルアーマーだった。間違いなく、ニースがガンダムで出ても勝てなかっただろうと確信していた。
それでも、勝った。《セラフ》と同等の性能を持っているモビルアーマーに。これは間違いなく快挙であり、この戦争を終わらせる一助となっただろう。しかし、ニースには疑問があった。何故、この宙域にルシフェルがいたのか?偶然ならばまだ良い。しかし、そうだとはとても思えなかった。何かの陰謀があるような気がしてならなかった。それが何なのかは分からないが、調査する必要があると思った。
「でも、一先ずは戻るとしよう。我々も疲れているからな……火星へ進路を取れ!一時帰還する!」