機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~ 作:シュトレンベルク
ギャラルホルン設立から五年、モビルアーマーたちは大きな動きを取る事もなく沈黙していた。偶にデブリ帯などのいわゆる影の航路とでも呼ぶべき場所でモビルアーマーたちが活動しているという報告もあったが、基本的には戦闘などが起こる事も少なくなっていた。本来であれば歓迎するべき事ではあるが、モビルアーマーどもが何かを考えていると判断したシリウスは更なる軍備増強に努めた。
何故なら、《セラフ》の連中が戦場に姿を見せないからだ。モビルアーマーたちの完成策とでも言うべき個体たちであり、他のいかなる機体よりも命令を順守するように設計されている。そんな機体がだんまりを決め込んでいるなど、何かを準備していますと言っているような物だ。ならば、こちらも万全の準備を整えねばやられてしまうかもしれない。
ガンダムのパイロットたちに独自の訓練プログラムを行わせ、各パイロットの癖や特徴などを把握してガンダムの改造を行う事を始め、決戦兵装の改良やそれぞれのモビルスーツに使われている武装のチェック。他にも仕事は山のように存在していた。シエルが成長してきたのもあり、仕事によって家を空ける回数が多くなっていった。
「パパ~!」
「シエル、どうかしたのか?」
しかし、それは家族間の中が悪くなったという意味ではない。なにせ、自宅が基地のある場所にあるのだ。自分から行く気にさえなれば、会う事自体は不可能ではない。そして、成長したシエルは未だ五歳児ながらと言うべきなのか、五歳児故にと言うべきなのか、好奇心が年齢相応かそれ以上に旺盛だった。仕事中の父親の許を襲撃し、仕事に関わっていた。
シエルが質問し、シリウスが答えるというやり取りは一種の名物となりつつあった。その質問の中で画期的な物を生み出してきた辺り、その科学的な優秀さは父親譲りと言えた。その天真爛漫さは母親譲りなのか、兵士たちの中でもマスコットキャラクター的な扱いをされていた。
「呼んだだけ!」
「そうか。それで、今日はどうしたんだ?またシミュレーターで遊びに来たのか?」
「う~ん、それでも良いんだけど。今日は違うの!アグニカおじさんにモビルスーツに乗せてもらうんだ!」
「アグに……バエルにか?しかし、遠征の予定はないしモビルアーマーの発見報告もない。テストなんてする予定はない……ちょっと待て。ヴァルキュリア・フレームの次世代フレームのテストは何時だ?」
「確か……あ、今日になっていますね」
「チッ……何が起こるか分からないんだぞ。大体、テストパイロットとしての活動の最中に子供を乗せるなよ。仕方がない。俺もテストの確認を行う。準備してくれ」
「かしこまりました」
「え、パパも付いてきてくれるの!?」
「ああ。シエルを一人であの馬鹿の無茶振りに付き合わせる訳にはいかないから。そうでなくても、本来は部外者であるシエルはモビルスーツのテストには参加できない。だが、俺の付き添いという事にすれば不可能ではない。本来はそんな物に参加させたくはないんだがな」
「ありがとう、パパ!」
「はいはい、どういたしまして。それじゃあ、行くとしようか。ところで、ジャンヌには言って来たのか?」
「うん、パパのところに遊びに行ってくるって!」
「遊びに、か。ここは軍事施設であって遊び場じゃないんだがな。シエルも俺の親族だからってあんまり権力を乱用しないようにな。そういうのは堕落の始まりだ」
「堕落って?」
「自分に甘くなる、って事さ。いいかい、シエル。自分だけに甘い世界ってのは幻想だ。世界は等しく、誰にでも厳しい物だ。だからこそ、生きているとも言えるんだ。都合の良い妄想は現実にあってはいけないんだ」
「……どういう意味?」
「例えば、そうだな。勉強も手伝いもせずに悠々自適に過ごせる世界、なんて物はないという事だ。頑張れば報われる訳ではない。でも、頑張らなければ報われない。頑張らずに良い目を見ようだなんて烏滸がましい事だ。シエルにはそれを分かって欲しいんだ」
「……頑張れ、って事?」
「そうだな。今はそのぐらいの理解で構わない。だけど、シエルが将来本当に望む生活をしたいなら、自分に甘えてはいけない。誰かに頼り切ってはいけない。シエルは多分、俺やジャンヌの跡を継ぐ事になると思う。ダルク家の次期当主として、頑張らなければいけないのような事態になるかもしれない。でも、捕われる必要はないんだ。シエルは好きな道を選んで良いんだから」
ダルク家の当主になる道もならない道も、シエルには存在する。シリウスもジャンヌも、子供に自分の跡を継いでほしいとは思っていない。出来るなら、継いでほしいが無理強いはしたくない。シエルはシエルらしく生きていってほしい。それこそが、親としてシリウスとジャンヌが望む事だ。
それさえ叶えば、特に言う事はない。シエルの将来を縛らずにいられるなら、シリウスには特に言う事はない。モビルアーマーを根絶やしにして、シエルに平和な未来を齎す事ができればシリウスはそれで良い。後はジャンヌとシエル、家族一緒に過ごせる時間があればシリウスに言う事はないのだ。だからこそ、シリウスはシリウスのできる事をすると決意していた。
自分で道を選んできた自分たちの様に、シエルには自分の道を選んでもらいたい。シリウスは孤児であった頃、アグニカと共に歩く道を選んだ。その後もアグニカに振り回されこそしたものの、基本的には自分の意思で選んできたのだ。今の地位に就く事だって選択肢はほぼないに等しかったが、シリウス自身の意思で選んだのだ。
ジャンヌにしてもそうだ。火星の独立運動の旗頭となる事、その為の独立治安維持組織を立ち上げトップとなる事、地球と同盟を組んだ事、シリウスと結婚した事、そしてシエルを出産する事……その総てを自分の意思で選んだのだ。それは決して、誰にも否定する事のできない事柄なのだ。そう思っているからこそのシエルに対する願いでもあった。
「……まぁ、今からする心配でもないか。ただシエルには覚えておいてほしいんだ。俺がこういう話をしたんだって事を。俺もジャンヌもシエルの幸せを願っているんだって事をな」
「……パパは今幸せなの?」
「もちろん。愛する妻がいて、こんなに可愛い娘がいる。これが幸せじゃなくて何だって言うんだ?これから歩いて行く道はきっと困難も多いだろう。しかし、同時に幸福な事もいっぱいある筈なんだ。それはシエルもきっとそうさ。俺みたいな愛を知らなかった人間でもシエルを授かる事ができた。俺はその幸せをジャンヌに祈っているんだ」
「神様じゃなくて?」
「ハッハッハ。良いかい、シエル?今のご時世で神様だなんて言ってはいけないよ。少なくとも、セブンスターズの連中もアグもモビルアーマーがいる限りはそんな事は言わないよ」
「どうして?」
「モビルアーマーは天使をモチーフに作られた。そして、天使は神の御使い――――神の部下なんだ。つまり、神様に祈るという事はモビルアーマーに祈るのと同じ事なんだ。奴らを滅ぼす事を目標にしている俺たちはそんな事は出来ないんだよ」
ギャラルホルンという名もそれが由来となっている。北欧神話と呼ばれる神話において、神の終末とも言える神々の黄昏を世界に知らせる笛。
「もちろん、神様にも色々いるのは知っているよ。でも、俺たちが神様というと天使の上にいる方が浮かんでしまうんだ。だから、俺たちは神様には祈らない。それだけ分かってくれれば良いんだ」
「うう~ん、よく分かんないや」
「それもそうだろうな。仕方のない事さ」
シリウスは苦笑しながら、手を繋いでいたシエルを抱き上げて肩車した。シエルは急に目線が高くなり、キャッキャッと笑っていた。そんなシエルの様子にシリウスも微笑を浮かべ、そのまま歩き始めた。暫くすると、シエルがシリウスの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、パパ!」
「なんだい?」
「私の名前ってパパが決めたんだよね?なんで、私の名前をシエルにしたの?」
「また、唐突だな。急にどうしたんだ?」
「ニー君が前に自分の名前を調べる宿題を出されたって言ってたから、ママに聞いたんだけどパパが私の名前を付けたって聞いたの。ママも知ってるらしいけど、教えてくれなかったから……ねぇ、どうして?」
「そっか。シエルという名前はアフリカンユニオンに存在したとある国の言葉で、『空』という意味なんだ。シエルは知らないかもしれないけど、パパの名前はシリウスっていう宇宙で最も輝く星の名前なんだ。そして母さんの名前はジャンヌ・ダルクという花の名前があるんだ。
俺はシエルという名前に二つの願いを託したんだ。一つは
「……私はパパの願いを叶えられてるの?」
「何を言ってるんだ。シエルがいつもここに来てくれてるから、俺は家族の絆を忘れないでいられる。パパが守りたいと思う人がいる事を忘れないでいられるんだ。それに、これはパパの勝手な願いだ。シエルはシエルらしくいてくれれば、パパはそれだけで満足なんだ」
実際、シリウスはシエルとジャンヌの存在に感謝している。彼女らがいるからこそ、シリウスは日々の仕事に従事する事ができる。頑張って家に帰ろうと思う事ができる。もし、二人がいなければギャラルホルン創設以前のように無茶を繰り返していただろう。シリウスはそう確信する事ができた。
そんな会話をしていると、新たなモビルスーツのテスト会場に着いた。そこにはヴァルキュリア・フレームの次世代機ゲイレール・フレームが置いてあり、その周辺には多くの科学者やパイロットたちが実験を見に来ていた。その中心ではアグニカがシリウスとシエルに手を振っていた。
「おう、シエルの嬢ちゃん。よく来たな。シスまで来るとは思わなかったが」
「あのなぁ、モビルスーツのテストに子供を乗せるとか正気じゃないぞ?お前、まだシエルが五歳だってこと忘れてるんじゃないのか?」
「忘れちゃいないがな。こんな機会でもなきゃ、モビルスーツなんて早々乗れねぇだろ?貴重な体験って奴だよ。嬢ちゃんだって楽しみだろ?」
「うん!今日はよろしくお願いします!アグニカおじさん!」
「う~ん、おじさんか……個人的にはお兄さんとかの方が良いんだがなぁ。まだ華の二十代後半の筈なんだけどな、俺……」
「俺と同年代という時点でおじさんなんだろうな、シエルにとっては。まぁ、甘んじて受けろ。どうせいつかは受けていた呼び方なんだからな」
「そりゃあ、そうかもしれないがよ……そういう問題じゃねぇだろ?エリオンとかファルクぐらいになればおっさんって言われてもしょうがねぇし、バクラザンとか爺に片足突っ込んでるじゃん。それぐらいだったら爺ちゃんって言われても仕方ねぇよ。でも、二十代でおじさんはちょっと……」
「意外だな。お前もそういうのを気にするぐらいには人間性が残ってたんだな」
「こういうのは人間性とか関係ないだろ?こんな小さい子におじさんって言われるのは若さ的に嫌だ、って話だろうが。ま、別にそこまで改善したい問題じゃないし、別に良いけどさ」
アグニカがシエルを抱き上げ、空中に放り投げて遊んでいた。シエルもキャッキャッと笑っていたので何も言わなかったが、シリウスは苦い顔をしていた。暫くすると、準備が完了したのか職員がアグニカを呼びに来た。アグニカはシエルを抱き上げたまま、ゲイレールに乗り込んだ。
アグニカなりにシエルに配慮しているのか、普段の荒々しい操縦からは想像できない程に繊細に機体を動かしていた。いつもバエルの整備をしているスタッフはいつもこれぐらい繊細に機体を操縦してほしい、と思ってしまうぐらいには繊細な動きだった。シリウスもその動きを見ながら、ゲイレールの稼働率を確認していた。本来テストパイロットを務める人間ができる程度の動きはしていることを確認した。
ゲイレールのテストが順調に進んでいる事を確認していると、シリウスの許にシリウスの秘書が走ってきた。その慌てように眉を顰めたシリウスだったが、秘書が耳打ちした内容を聞くと更に表情を厳しくした。そして近くにいる職員から通信機を借り、アグニカに通信を繋いだ。
「アグ、緊急会議だ。さっさとゲイレールから降りろ」
『なんかあったのか?』
「あったから緊急会議なんてするんだろうが。シエルも車を用意させるから、それに乗って家に帰りなさい」
『えぇ~……楽しかったのに』
「か・え・り・な・さ・い。パパたちはこれから重要な仕事があるんだ。それぐらい分かるだろう?頼むから言う事を聴いてくれ。今回の仕事が終わったら一緒に遊ぶから、頼むよ」
『本当に!?パパが遊んでくれるの!?』
「ああ、本当だとも。今回の仕事はそれだけヤマが大きいんだ。これが終われば、間違いなく状況は終息する。そうなれば、一緒に遊ぶ時間ぐらいは取れるようになるさ」
『分かった!アグニカおじさん、降ろして!』
『分かった分かった。そう慌てなくても降ろすから、ちょっと落ち着いてくれ!?』
暫くすると、会議室の一室にセブンスターズとアグニカにシリウス、そしてテレビ通信でジャンヌがいた。突然の緊急会議にセブンスターズの面々は緊張しきっていた。シリウスはタブレットを操作し、モニターを起動した。そこには数枚の写真が映っており、その数枚はモビルアーマーの物だった。
「これは地球と火星のちょうど中間あたりに存在しているコクーンから撮影された物だ。現在、モビルアーマーの集団が火星と木星の両方から発見されている。確認されている数も残っている数と一致した。おそらく、最も人間が生きている地球を目指しているんだろう。これはまぁ、まだ良い。最も問題視するべきなのは……コレだ」
シリウスがタブレットを操作して新たに表示されたのは三枚の写真。そこには特別な意匠が施されたモビルアーマーが三機表示されていた。それが何であるのか、ここにいる面子であれば分からない訳がなかった。この写真に映っているモビルアーマーは――――
「《セラフ》……四大天使どもが、ここに?」
「まず間違いないだろう。確認されたのはガブリエル、ウリエル、ラファエルの三機。ミカエルはまだ確認されていないが、間違いなく次の戦場に現れるだろう。火星圏には既に態勢を整えて兵士を送るように命令を出している。連中の行軍速度から次の最終決戦はおよそ半年後。それまでに戦力を整える必要がある」
「では、本部の方でもモビルスーツの増産体制を強化させましょう!パイロットの育成も同時に並行させなければなりません!」
「そんな付け焼刃でどうにかなる相手か?それよりは決戦兵装を増産し、兵士たちにそれを使わせた方が良いんじゃないのか?」
「ルシフェルには通じなかったんでしょう?それよりはボードウィンの言ったように、戦力となる人材を成長させる方が良いんじゃない?」
「現在のパイロットたちの練度を上げつつ、戦力となり得る素質を持つ者の選定。及び、モビルスーツと決戦兵装の増産。本来であれば、本部と火星支部による演習を行いたいところだが、そんな事をしている時間もなさそうだな。ダルク公、どう思う?」
『火星支部の指揮官と本部の指揮官を集め、通信による演習を行っては?幸い、敵はコクーンを破壊せずにいます。不可能ではないかと。シミュレーターモードを艦隊及びモビルスーツ全機に適応させれば、より本格的な演習ができるとは思いますが……半年では流石に難しいでしょう』
会議が白熱していく中、シリウスとアグニカは黙っていた。二人の間に生まれていたのはこれまで歩いてきた道筋だった。厄祭戦が開始される前、ガンダム・フレームの構想すら生まれていない段階からここまで、二人にとっては途方もなく長い時間を歩いてきたように感じられていた。
「……各々、言いたい事もあるだろう。話すべき事も山のようにある。だが、これだけは分かって欲しい。俺たちは今、瀬戸際に立っている。終末の笛が――――ギャラルホルンがこの世界に鳴り響くのか否か、その未来を換えられる権利を握っているのは俺たちだという事を。
俺たちが待ち望んだ未来は、すぐそこだ。必ずや、俺たちはこの戦いに勝利しなければならない。そして、俺たちが人々の未来と明日を……大切な人々が安心して生きることのできる時間を取り戻す!俺たちはそのために、この五年間戦い続けてきたんだから」
「そうだな。俺たちがモビルアーマーどもに反旗を翻して、もうそんだけ経つんだ。これまでの戦いで、どれだけの人間が死んだ?どれだけの犠牲が生まれた?それを乗り越えて、俺たちはここまで来た。昔に比べれば、今の技術はだいぶ劣った物になっちまったよな。不甲斐ない事だぜ。
――――それでも、俺たちは勝つんだ。あのクソ天使どもを皆殺しにする。これは俺たちが散々言い続けてきた事だ。だから、最後までやり遂げなければならない。俺たちが俺たちの意思で、この戦争の幕を引くんだ!世界の守護者を気取るなら!その程度でやり遂げてみせろ!」
『ハッ!我が身命にかけて、必ずや我らに勝利を!』
最終決戦を半年後に備え、ギャラルホルンは設立以来最大の危機に直面しようとしていた。しかし、彼らの心に絶望などという物は欠片も存在していなかった。何故なら、彼らの許には悪魔の王と英雄がいるのだ。負ける道理など何処にもなく、ただ勝つために尽力する事のみしか頭にはなかった。英雄の妻たるジャンヌ・ダルクを除いて、ただの一人も。