機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭が終わった後

 厄祭戦終結。それは混沌の時代を生きていた人々にとって、思わず滂沱の涙を流してしまうほどの事態だった。世界の――――人間の敵だったモビルアーマーは滅ぼされた。これで明日の命を心配しなくてはならない夜を迎える事もなくなったのだ。歓迎して然るべきことだ。

 しかし、当たり前の話だが、犠牲がまったくなかった訳ではない。戦力の凡そ二割ほどを失い、ガンダムに関しても十機以上を失った上に、英雄と聖女を世界は失った。人々を守るために戦った戦士たちはその命を、世界の礎に捧げたのだ。

 

 英雄と聖女に至っては、まだ歳幼い一人娘を残して逝く羽目になった。二人の影響力を知る者たちは彼らの死を悼んだ。四経済圏がこの日を英雄と聖女を悼む日とする程に、彼らはギャラルホルンになくてはならない存在だった。それ故に、誰もが彼らの葬儀の日には涙を流した。

 葬儀の場ではシエル・ダルクの後見人の立場に納まったアグニカが挨拶をする事になった。しかし、アグニカは暫く二人の棺を見た後、涙を流している参列者を見た。その時、アグニカが何を思ったのかは分からない。けれど、少なくともアグニカは涙を流している者たちを許せないと思った事は間違いないだろう。

 

泣くな!

 

 アグニカのその言葉に、誰もが顔を上げた。心底怒っているアグニカの表情を、この時初めて人は目にする事になった。これまでもアグニカが怒っている事は何度もあった。しかし、この時ほどアグニカの激情が激しかった事はない。そう言えるほどに、アグニカの表情は凄まじかった。

 

「あいつらは勇敢に戦った!そんなあいつらの前で涙を流す事が、どれだけの恥になるか分かっているのか!?あいつらは俺たちにこれからの未来を託したんだ!託された俺たちが、そんな様であいつが安心できるか!?火星のために奮起したあの嬢ちゃんが、任せて逝けると思うのか!?あいつらの事を思うなら、ちゃんと胸を張れ!あいつらの遺志を継いで行くというのなら!情けない姿なんて見せるんじゃねぇ!」

 

 アグニカのその言葉に、最初に涙を止めたのは彼らの残した忘れ形見であるシエルだった。本当は一番泣きたいだろうに。他の人を気にする事なく涙を流したいだろうに。それでも、逝ってしまった両親を安心させんがために、シエルは涙を流す事を止めた。

 その勇姿に、人々は涙を止めた。年端も行かない幼子が勇気を示したというのに、大の大人である自分たちが情けない姿を見せる訳にはいかない。あの少女の勇気に恥じない大人でなければならないのだ。それが残された我々が示さなければならない最低限の矜持だと言わんばかりに。

 

「シエル。俺は決して、俺が間に合っていればとかそういう仮定は言わない。それが何故か分かるか?」

 

「…………」

 

「そんな仮定が無駄だからではない。そんな仮定を想像する事こそが、あいつらに対する侮辱だからだ!お前の両親は――――シリウス・ダルクとジャンヌ・ダルクは勇敢に戦った。あいつらの存在こそが今日の平和の象徴なんだ。だからお前は、そんな両親の想いに恥じぬように生きろ。これから起こるであろう様々な苦難を受け止め、それを乗り越えろ。……俺が唯一、総てを任せることのできた親友のように。火星の人々が希望の象徴とした、お前の母親のように」

 

「………………はい!」

 

「……良い返事だ。お前らも、舐め腐った真似すんじゃねぇぞ!あの二人だけじゃなく、死んでいった者たちも含めた俺たち全員で築いた平和を、穢す事ような事をする奴は俺が絶対に赦さねぇ!その事を、心の奥底まで刻み込め!」

 

『はい!』

 

「総員、敬礼!あいつらがまたいつか必ず巡り会えるように、死後の世界でも共に幸せに暮らせるように祈れ!そして努々忘れるな!これから齎される時代は、多くの者たちの死の上に成り立っているという事を!」

 

 ギャラルホルンの兵士たちは全員が敬礼し、他の関係者たちは二人の冥福を祈った。その後、英雄と聖女を失った事でギャラルホルンの内情が混乱する事は――――なかった。何故なら、シリウスが事前に戦争終了後のギャラルホルン法規を決めていたからだ。それに加えてマニュアルなどの整備も終えられており、ギャラルホルンは迅速に動けるようになっていた。

 

 セブンスターズがギャラルホルンの方針を合議制で決め、ダルク家は七星番外家としてセブンスターズが間違いを犯した場合にセブンスターズを裁く権限を与えられた。そして、カイエル家はギャラルホルン内で最も優秀なパイロットにのみ、一代だけの当主とさせる家となった。これに関しては一悶着あったが、最終的にアグニカが認めた事で問題はなくなった。

 アグニカが認めた理由はシリウスの残した言葉にあった。『カイエル家はギャラルホルンの象徴でなくてはならず、ギャラルホルンの象徴とは最強でなくてはならない』。シリウスがジャンヌを除いて唯一敗北を認めたアグニカはこの言葉を理解した。ダルクの上に立つ者は最強であれ、とシリウスは言いたかったのだ。

 

 この世に必要な物は力なのだと、シリウスとアグニカは思っている。どれだけ気高い理想もどれだけ正しい理屈も、強大な力の前には退くほかない。勝者が強者であるとは限らないが、強者でなければ基本的に勝者たり得ない。勝ちたいならば、まずは強くなければならないのだ。

 ギャラルホルンが世界で唯一の治安維持組織を名乗るのならば、ギャラルホルンは世界で最も強くなくてはいけない。そして世界で最も強い組織の象徴は、その組織における最強でなくてはいけない。そうでなければ、ギャラルホルンの象徴と名乗ることは出来ない。ならば、アグニカの後継も最強でなくてはならない。

 ただ、他の者たちへの配慮なのか、カイエル家の当主にはセブンスターズ及びダルク家の者が就任することは出来ないとされている。カイエル家の人間は政治に関わってはならないからだ。象徴はあくまでも象徴でなければならない、というシリウスの考え故だ。

 

 その後、アグニカは半ば引退していた。ダルク家の後任として、サファイアと共にシエルを育てていた。アグニカがそうせざるを得なかったのは、バエルとアグニカの間に結ばれた約束が理由だった。そもそも、アグニカとバエルは一心同体であり、最終決戦終了後にはその魂はバエルに捧げられていなければならなかった。

 しかし、アグニカはまだ魂をバエルに捧げることは出来なかった。何故なら、シリウスにシエルの事を頼まれたからだ。シリウスの遺言を無視して魂をバエルに譲り渡す事はアグニカには出来なかった。バエルも自らの製作者の願いを無碍にする事は本心ではなかった。だからこそ、バエルとアグニカは約束をした。

 アグニカはシリウスの遺言通り、シエルが自分の助けが必要なくなるまで育てた後にバエルに魂を譲り渡す事を。バエルはその間、アグニカに猶予を与える事を。お互いに相手が必ず約束を守る事を理解しているからこそ、その約束を結ぶことに躊躇いはなかった。

 

 この事はセブンスターズ以上の家の者たちは皆知っていた。サファイアも同様であり、生まれた望外の時間に感謝しこそすれ文句を言う事はなかった。唯一、シエルだけが迷っていた。父親の遺言を守り、早く立派な大人になりたい。けれど、自分が大人になればアグニカの時間はそれだけ少なくなってしまう、と。

 しかし、アグニカからすればそんな考えは無駄な心配だった。大人が子供のために頑張る事は当然であり、その成長を喜ぶことは寧ろ当然である。アグニカやサファイアからすれば、シエルは自分たちにとっても娘同然だ。その健やかな成長は二人にとっても望むべき物だった。シエルが成長する事は、アグニカにとっても喜びなのだ。

 

 シエルがダルク家を継ぎ、アグニカとサファイアがその成長を支え始めてから十数年。アグニカは十分シエルが成長したと思った。その事をサファイア自身も自負していた。事実として、シエルはダルク家を背負うにたる器として成長していた。それは同時に、アグニカのタイムリミットが訪れているのと同様だった。

 

 アグニカは一日だけサファイアと共に過ごした。使用人たちにも暇を出し、その日だけは二人だけになるようにした。セブンスターズもシエルもそんな二人に協力した。そこで何を話したのかは分からない。けれど、翌日バエルの前に集まった時二人の表情はとても晴れやかな物だった。

 セブンスターズなどアグニカと古くから関わっていた者たちがそこにはおり、皆がアグニカとの別れを寂しがっていた。アグニカがこの世を去れば、ギャラルホルンの中核とも呼べる存在は誰もいなくなる。ギャラルホルンの始まりはアグニカとシリウスが川辺で語り合った瞬間なのだから。

 

「ええい、泣くな!言っておくが、俺はこの世を完全に去る訳じゃねぇ。俺の魂は何時だってバエルの中にあるんだ。たとえ乗るパイロットがいなかろうと、俺たちはお前らの事をずっと見ているぞ!あんまり舐めた事してると、暴れてやるからな!」

 

「それはちょっと勘弁してもらいたいですな」

 

「そう思うなら、下手な統治なんてするんじゃねぇぞ。俺たちの本分を忘れるな。俺たちの存在は戦いの中にしかない。小賢しく頭を働かせることは無意味だと理解しろ。それこそが、俺たちという存在を証明する物なんだ」

 

 ギャラルホルンなどという大層な名前を名乗っても、その実態は大差ない。自分たちは戦う事でしか自分という存在を証明する事ができない。モビルアーマーが消えたとしても、争いが消える訳ではない。だからこそ、自分たち(ギャラルホルン)は武力を捨てる訳にはいかないのだ。

 

「俺たちは世界の平和を守るためにある。私利私欲を貪るためじゃねぇ。争いという物の抑止力となるために俺たちはあると知れ!それが俺とシスの願いだ。あいつは最後のメールで俺にシエルと世界の平和を頼むと言った。幸い、シエルは十分成長した。あいつの遺言の半分は達成できたわけだ。だが、世界の平和は俺だけじゃどうにもならねぇ」

 

 アグニカはそう言いながら、何を見るでもなく視線を上に向けた。これまで様々な事を経験してきたアグニカの隣には何時だってシリウスがいた。しかし、その頼れる相棒はもうこの世にはいない。その事にため息を吐きながらも、視線を前に向けた。

 

「だから、お前らが守れ。もう、俺が世界の平和を守るために貢献することは出来ない。だからこそ、俺には出来ない事をお前らがやるんだ。それはこれから未来を作っていくお前らにしか出来ない事だ。任せたぞ」

 

「我らが身命にかけて、必ずやあなたの言葉を守ってみせます」

 

「お前らが守らなきゃならんのに命を賭けてどうする……と言いたいところだが、そのぐらいの覚悟で挑んでくれれば良いさ。協力しあい、世界を守れ」

 

 そう言うと、アグニカはバエルのコックピットに乗り込んだ。そして阿頼耶識で繋がったバエルは懐かしいという感覚を味わいながら、アグニカはバエルにその魂を捧げた。バエルはアグニカの魂を取り込み、二人は完全なる融合を果たす事になった。これ以降、阿頼耶識が禁忌とされた事もあり、バエルを操る事ができる者はギャラルホルンの頂点に立てるという伝説ができた。

 

 本来あり得べからざる存在は、確かにその存在を世界に刻み込んだ。それが良い事であったのか、それとも悪い事であったのかを論じる事は誰にも出来ないだろう。それでも、彼の努力は確実に世界を変えてみせたのだ。たとえ、その結果が変わらずともその間にあった事は確かに変わったのだ。

 英雄と聖女は散り、悪魔の王はその命を悪魔に捧げた。正史と同じように、七星が世界を導いていくという事に変わりはない。それでも、その未来が幸多き物とならんことを願い、幕を下ろすとしよう。




完結!
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