機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~ 作:シュトレンベルク
アガレスの利用できる部分はほぼリアクターだけしか残されていなかった。ガンダム・フレームとしての機能はほぼ残されておらず、完全に一新する形となった。シリウスは雑務の類を片付けながら、アガレスのリアクターを利用したフレームを考えていた。
ガンダム・フレームに使用されているエイハブ・リアクターはそれぞれ使用用途が異なっている。一基だけでもモビルスーツを動かすのに十分なエネルギーを生み出す物を二つも積んでいるだけあり、自由度がかなりあるからだ。例えば、バエルであればナノラミネートアーマーに作用するエネルギーを加速系統に回している。アガレスの場合はナノラミネートアーマーの防御力を上昇させるようにしていた。
つまり、それぞれの機体によってリアクターの出力が異なっているという事だ。バエルは単騎でモビルアーマーを撃破させる事を目的としているため、速度特化の機体になっている。アガレスは味方モビルスーツの指揮も検討に入っているため、アガレスの防御力を上げる方向の調整が施されていた。
本来であれば、新たにパイロットとなる者の要望に応えてフレームは作るべきだ。しかし、そうする事ができない理由がシリウスにはあった。
「まさか、パイロットに俺を指名してくるとはな……」
そう、アガレスはパイロットにシリウスを指名してきたのだ。研究職であるシリウスがモビルスーツに乗る機会はそうはない。しかし、シミュレーターで叩き出される数字はアグニカに追随、或いは匹敵するほどの物であった。だからこそ、誰もがシリウスが戦場に出る事を切望していた。今のご時世、戦力は幾らあっても足りないからだ。有能なパイロットは一人でも多く欲しい、という意見もシリウスには分かる。
こうして業務をしているだけでも、モビルアーマーに対する戦力がどれだけ少ないのかが分かるからだ。度重なるモビルアーマーとの戦闘により、パイロットも洗練されてきている。厄祭戦が始まる前のアグニカ程度の実力者なら、今では溢れ返りそうなほどに存在している。生き残るために、全員の腕が研磨されているからだ。それでも、モビルアーマーと戦うためには少ないと言わざるを得ない。
「もう潮時なのかもしれないな。俺も研究者だから、なんて理由では逃げられそうもない。戦場へ……か。昔では考えられない事だったな」
苦笑を浮かべながら、シリウスは業務を片付けた。そしてアガレスのリアクターを最大限に生かせる方法を検証し始めた。思いついたデータをシミュレーターの中に入れ、それを動かしながら訂正を入れていくという作業が一ヶ月間続いた。周りの人間にいつ寝ているのか、と言われるようなペースで作業と仕事を並列で行っていた。
新しいアガレスは一先ず形になった。しかし、シリウスには不満があった。防御方面に調整されたリアクターであるためか、シリウスが求める速度を発揮する事ができないからだ。そこからどうしても先に進めず、数日程考えていた。
「よお、シス。なんか新しい機体を考えているらしいけど、形にはなりそうなのか?」
「いいや、絶賛足止め中だよ。アガレスのリアクターでは、どうしても俺の求める速度を叩き出す事ができない。しかし、一度調整されたエイハブ・リアクターを再度調整し直すことは出来ないし……どうしたらいい物か」
「なんだよ。そんなの簡単じゃねぇか」
「……なに?」
「
「リアクターを三つ……?」
アグニカの提案は単純な物だった。二つで足りないならもう一つ付ければ良い。子供でも言える案だったが、シリウスにとっては盲点に等しかった。何故なら、エイハブ・リアクターは一つあれば十分なほどのエネルギー製造機なのだ。ガンダム・フレームの二基搭載するという行いは本来贅沢な物なのだ。それなのに、エイハブ・リアクターを三つも搭載するというのは、贅沢を超えてあり得ない事だった。
それ故に、シリウスの思考の中では自然とはぶかれていた。実際、実験部隊であった頃なら軍の高官たちに華で笑われていた事だろう。しかし、今のシリウスは地球圏の平和を守る独立組織。戦力となり得るのであれば、だれも反対はしないだろう。それが切望されていたシリウスの搭乗機ともなれば尚更の事だ。
アグニカの提案にシリウスの思考は高速で回り始めた。本来不可能とされていたエイハブ・リアクター二基の並列起動技術を知っているシリウスだからこそ、短時間で三基を並列起動させる式を考える事ができた。そしてそのデータをすぐさまシミュレーターに入力し、動かしてみせた。シリウスの理想としていた速度を、不満としていた要素の総てを解消したモビルスーツが完成した。
シリウスはすぐさま残りの仕事を部下に任せ、データを出力した上で整備班と会議を始めた。この時、アグニカもひっそりとシリウスの入力したシミュレーターを起動して動かした。しかし、その数値はいつものアグニカらしくなかった上に、シミュレーターを終えて出てきたアグニカは疲労困憊というあり様だった。
「……あいつ、なんてじゃじゃ馬を作ってやがる。俺はこの機体ができても絶対に乗りたくねぇな」
その昔、特別に調整されたモビルワーカーを乗り潰していたアグニカ・カイエルにそこまで言わせる機体がどれほどの物か、誰にも予想する事ができなかった。実際、他のセブンスターズの面々も挑戦してみたものの、最後までクリアする事も出来ずにリタイアした。アスガルドでもトップ集団であるセブンスターズですら乗りこなせない機体に恐怖と同時に、それを作れる興奮が整備班に漂っていた。
バエルを作った時と同じ様に、この機体はとんでもない物になると理解する事ができたからだ。途轍もない力を持つ存在はそれだけで世界を変えうる存在だ。アグニカ・カイエルがバエルに乗って単独で不可能と思われていたモビルアーマーを撃破したように、強大な力を持つ存在は世界を変える。
エイハブ・リアクターを三基搭載した機体は最初は与太話の類かと思われたが、理論上とはいえデータとして示されると全員が目の色を変えた。元来存在していたリアクターを一切阻害せず、出力だけを向上させるという神業じみた行為を可能にした文字通り奇跡的な機体。技術的にも不可能ではないとなれば、整備班が燃えない訳がない。
製作には2~3ヶ月を要し、その間にシリウスは実戦訓練を始める事になった。シミュレーターではなく、実際のモビルスーツによる戦闘をした事が一切ないシリウスに対して、シリウスの事をよく知らない兵士たちはサポートをする気でいた。そんな自信も一回の戦闘で微塵も残さずなくなっていた。
ヴァルキュリア・フレームというガンダム・フレームとは違う機体に乗り込み、共に戦場に出ていたアグニカと共にモビルアーマーの討伐を行った。部下を指揮してプルーマと呼ばれるモビルアーマーのサブユニットを掃討しつつ、モビルアーマーの隙を見逃さずかつバエルの邪魔にならないようにサポートしていた。その優れた能力に誰もが自信を無くしかけていた。
「あいつと自分を比べない方が良いぜ?」
「カイエル様……しかし、彼は先日まで研究者だったのです。それなのに、軍人として戦っていた我々が負けるというのは……」
「あいつはさ、チェスとか戦略系のゲームが得意なんだ。同じような戦力がぶつかり合えば、あいつの指揮している方は絶対に勝つ。でもな、あいつ自身が本領を発揮できるのはお前らみたいな優秀な戦力がいるからだ。あいつとお前らが同じ機体に乗り込めば、あいつは負けるよ。年季の差があるからな」
シリウス個人の阿頼耶識を抜きにしたパイロットとしての実力は、一般のパイロットレベルだ。だが、部下を引き連れた戦術や戦略レベルになれば、シリウスに敗北はなくなる。それは他のパイロットたちの実力を最大限に引き出し、それを戦場に当てはめる事ができるからだ。文字通り、彼は
対して、アグニカは阿頼耶識を抜きにしても人類最強のパイロットだ。部下がいようがいまいが関係なく、敵の総てを皆殺しにする。アグニカからすれば、部下は自分を引き立てる存在なのだ。文字通りの一騎当千によって、モビルアーマーを掃討していく。彼こそが、アスガルドにおける
「俺とは真逆な存在って事さ。あいつからすれば、お前らは俺以上に大切な存在って事さ。お前らがいるからこそ、シスは生きているんだからな。新しい機体次第だが、お前らがいないとシスはコロッと死んじまうからな」
アグニカは笑っていたが、偶々通りかかった乗組員としては笑えなかった。シリウスはアスガルドの支柱であり、今のアグニカはシリウスを中心にしセブンスターズと文官で回っている。今、シリウスを失えばセブンスターズと文官の負担が悪化して、最悪の場合アスガルドが空中分解する恐れすらあった。それほど、シリウスの貢献は大きい物なのだ。
「でも、あいつにだって分かってるんだよ。それぐらいの実力しか自分にはないって事をな。だから、お前らが支えてやれ。俺はそういう柄じゃないからな」
「はっ!この命に代えましても、必ずや!」
「あ、別にそこまでの覚悟は要らない。あいつも戦場に出るんだし、自分が死んじまう事ぐらい織り込み済みだろうからな。死んでも仕方がない程度で良いぞ」
アグニカの薄情とも言える言い方に、兵士たちの肩の力は完全に抜けていた。アグニカはそんな兵士たちを笑いながら、整備チームと機体の整備をしているシリウスの許に向かった。力仕事だけでも手伝おうとしていたが、アグニカの適当さ加減を知っているシリウスはアグニカを邪険に追い払おうとしたが結局絡まれていた。
そんな二人の仲の良さから、兵士たちはタイプとしては真逆に位置する二人がどうしてあんなに仲が良いのかが分かった気がした。真逆だからこそ、あの二人の仲は良いのだ。もし、あの二人が今と少しでもズレていたとしたら、あそこまで仲良くはしていなかっただろう。兵士たちは自然とそう思っていた。
「ダルク公、如何でしたでしょうか?ヴァルキュリア・フレームの方は」
「ああ、良い出来だと思う。アレなら量産を検討しても良いぐらいだ。資金援助の件は確約させてもらおう」
「ありがとうございます」
シリウスはヴィーンゴールブというアスガルドの本部がある場所に戻ってきていた。そこでヴァルキュリア・フレームを製作したメージア・クルスと面会していた。本来、ヴァルキュリア・フレームはアスガルドのコンペで落ちてしまったため、日の目を見られない機体だった。しかし、偶々ソレを見つけたシリウスが使い勝手を確認してみたいと打診を行った物を戦場で使用した。
メージアにとって、この打診は嬉しい物だった。選考に落とされた物がアスガルドのトップの目に留まり、当の本人が乗ってみたいと言ってきたのだから当然だ。研究所の名誉と威信をかけて造りだされたヴァルキュリア・フレーム――――ヘルヴォルがシリウスを満足させる事ができてホッとしていた。
「ガンダム・フレームはリアクターを二つも使わないといけないからな。エースと呼ばれる人間にしか渡せない。だが、ヴァルキュリア・フレームはリアクターを一つ搭載しているモビルスーツの中でもトップの性能を誇っているだろう。それに非阿頼耶識保持者のパイロットが乗れるというのも良い点だ」
阿頼耶識は今となってはパイロットにとって必需品とも呼べる物となりつつあった。しかし、阿頼耶識に適合できない者がこの世には絶対数存在している。それは阿頼耶識に対する適合係数が低いからだ。阿頼耶識はその適合係数が最低でも50%はなくては、手術に失敗する。失敗の如何はDNAデータを確認すれば分かるが、それでも阿頼耶識を持てない事はモビルスーツ乗りとしては重大な欠点となりつつあった。
普通の人間では阿頼耶識持ちの反応速度に追いつく事ができない。勝てない訳ではないが、同じ調整をされた同種の機体では勝つ事も難しくなってしまう。それ故に、阿頼耶識持ちではないパイロットたちは落ちぶれつつあった。しかし、ヴァルキュリア・フレームはそんな非阿頼耶識保持者のパイロットたちを助ける一助となると、シリウスは判断した。
「ありがとうございます。ダルク様にそこまでお褒め戴き、恐悦至極です」
「ただ、俺は問題なかったが少し操作系に難があるな。その辺りはテストパイロットたちと相談して調整してくれ。専門の者たちも一応回しておくから、頼んだぞ」
「はい!いろいろとご助力いただき、ダルク様には感謝しかございません。どうでしょうか?一度、プライベートでお食事でも……」
「提案には感謝しよう。しかし、こちらも多忙の身故、勘弁してくれ」
「あ、はい……申し訳ございません」
「いい。気にしないでくれ。そちらからの申し出を断るのは心苦しいが、こちらもそちらに迷惑をかけたくはないのだ。理解してくれるとありがたい」
「い、いえ!こちらこそ、ダルク様の事を考えられず申し訳ございませんでした!」
「そこまで謝らずとも……そうだ。もし良ければ、なんだが……あの機体を俺が貰う事は可能か?」
「はっ……ヘルヴォルを、でございますか?」
「ああ。俺はあの機体が気に入った。何が、と言われると返答に困るところなのだがな。だから、もし良ければで良い。そちらで改めて研究用に使うというのなら、素直に返上しよう。どうか?」
「ダルク様のお眼鏡に適ったというのなら、それは喜ぶべき事でございます。どうぞ、ヘルヴォルを使ってやってください。ダルク様であれば、無碍に扱う事はないと思っております」
「ああ、それは確約しよう。絶対にあの機体を粗末に扱ったりはしない。これはアスガルドの参謀長として命に匹敵する約束だ」
「はい。ヘルヴォルをよろしくお願いいたします」
これ以降、シリウスはアガレスのリアクターを使用した機体が完成した以降も度々ヘルヴォルに騎乗して戦場に出た。エースであるガンダムの引き立て役として活躍を続け、ヴァルキュリア・フレームを参考にした量産機――――グレイズ・フレームの登場以後はバエルと同じ様な扱いを受けた。
ヴァルキュリア・フレームが戦場に登場し始めて少しした頃、ついにアガレスのリアクターを使用した機体が完成した。全身を銀色に塗装され、威風堂々と立つその姿は明らかにガンダムとは異なる物だった。ついに完成したその姿にシリウスも整備班の人間も喜んでいた。シリウスは早速乗り込み、機体を確認していた。
「初めまして、だ。俺の事が分かるか?」
『分かるとも。先代が選んだ我が主よ』
「ほぉ……随分と鮮明に聞こえるんだな。ガンダムはもうちょっと聞こえにくいんだがな」
『それは自我がよりはっきりとしていないからだろう。我ほどではなくとも、バエル様は他の後輩よりも声が聞きやすいだろう?それは徐々に自我がハッキリとしてきているからだ』
「ほぅ……面白い話だな。さて、お前の名前を決めようと思うんだが、何か要望はあるかな?」
『いや、特にはない。主殿の言いやすい名前にすればいいだろう』
「そうか?ならば……そうだな。やはりこの名前だろうな」
問うまでもなく、シリウスの中ではこの機体の名前は決まっていた。目的のためには、これ以外の名前はあるまいと思っていたのだ。その名前は――――
「ジークフリート。ASW-GE-01ジークフリート。それがお前の名前だ」
ASW-GE-01ジークフリート。世界にたった一つしかないエインヘリアル・フレームはこうして誕生した。