日は変わり、9月20日。
再会を果たした蓮見征史と黒森レキは街灯の灯りがスポットライトのように照らされてる、いつの日かのベンチに並んで腰掛けていた。
「─ごめんね、突然飛び出しちゃって」
「.....お前のお袋さん、イロハさんを心配させんなよ」
「うぅ、それを言われると辛い」
結局のところ、レキは母親であるイロハに会うのが最後の最後で怖くなったらしい。 怒られると思ったとかなんとか。
ヌンクロードで彼女を見つけて話を持ち出し、聞き出すまで随分時間が掛かってしまった。 軍警団に一泊頼んだ手前、あまりにも遅くなってしまったので戻るに戻れない。
「.....お母さんは、やっぱり【骸】に手を出してたんだ」
「やっぱり?」
レキが人差し指を合わせながら、言い辛そうにポツリポツリと言葉を繋げる。
「足が悪くなっただけで体調にまで影響するなんて考えられないから」
「場合にもよるが、まぁ、そうだな」
イロハの場合は愛する人との別れという精神的疲弊も影響した、と後に専属医であるマングースは語る。 レキの家出も少なからず影響してる可能性もある。
「思えばマングース、さん?っていつからイロハさんのことを診てるんだ?」
「んー、いつからだろ? もうずっといるからわからない」
「.....そんな人がイロハさんが【骸】を摂取し続けてることに気づいてなかった、わけないよな」
マングースの話によると、黒森家に時々モノを届けに来る者がいるという話だ。
「.....蓮見さん?」
「レキ、今からイロハさんのところに行くぞ。 気になることがある」
─レキの返事は待たない。
どちらにせよ、親子の溝は埋めないといけない。
その上で黒森イロハとマングース、そして黒森レキの三名に確認しなくてはならないことがある。
「.....でも、マングースさん昼型のヒトだから寝ちゃってるかも」
「まじかよ」
しかし、そんなこと考慮してる場合でもない。
ケルトの住人達は一時的にヌンク軍警団のお膝元へ避難しており、小さなキャンプで夜を過ごしている。
「.....もう戻ることになるとは」
蓮見の独り言には誰も応えない。
ほとんどの人が寝てしまっているが、それでもちらほらと灯りが見えることから起きている者も少なからずいるのだろう。
急な出来事に混乱する人々もいる、二人を見つけて声を掛けてくれたマダム・メソッドもその一人のようだ。
「レキちゃん! と、蓮見ちゃんだったかしら?」
「無事でしたかマダム」
「もう大変だったよ! 二人とも無事でよかったよ!」
相も変わらず髪はウネウネとしているが、元気な姿を確認できて蓮見は安堵の息を漏らす。
「あたしは何とかなったけど、商品が心配さね! 明日の商売も一体どうなることやら!」
「少しは身の心配をしてください!」
「あっはっはっ、身があってこその冗談さね!」
「もう! お母さんとマングースさんのテントってどこかわかります?」
「イロハちゃんの? そうさね、どこだったかしらね...」
マダム・メソッドは周囲を見渡す、どうやら彼女のいるテントとは別の所のようだ。
「ここのことも知りたいし、少し歩いてみるか」
これ以上マダム・メソッドに迷惑も掛けられない。 ここにいる人達は住む場所から離されてるのだ。
明日に対する不安もあるだろうし、蓮見とレキも長居するつもりではない。
マダム・メソッドに礼を言い、灯の点いているテントを一つ一つ確認していく。
そこまで大きなキャンプではないので、イロハ達に会うことができるのも時間の問題だ。
顔見知りと会えばレキが挨拶をし、蓮見は彼女の後ろをついていく。
三つ目のテントの幕を開いたところでベットに座るイロハと目が合った。
「あ」
「レ、レキ...」
─親子の再会である。
※
黒森レキは心のどこかで母親である黒森イロハに会うことを恐れていた。
家出したこと、怒られるのではないかと。
父のことはもう忘れろと言われたのに探していること。
勝手なことをしているということ。
色んな人に迷惑を掛けていること。
蓮見は席を外している。 先程まで寝ていたマングースだったが、レキの足音で目を覚まし、蓮見と一緒にテントの外に行ってしまった。
つまり、今このテントの中にはレキとイロハの二人だけなのである。
「........」
「........」
俯きながら何も話さないこと一分、あまりにも長い一分だ。
お互いに切り出す言葉が見つからない。
─ギュ、っとレキが左手と唇に力を込める。
「お、お母さん」
久々に娘に呼ばれた気がした。
「その、ごめんなさい。 勝手なことして...」
「.....そうね」
「─!」
伏せていた顔を上げる。 目尻には涙が溜まっており、今にも泣き出しそうだ。
「私を、こんなにも、心配させるなんて、どういうつもり.....?」
イロハはまだ俯いている。
彼女の握りしめた両手の甲は涙で滲んでいる。
「.....私は、お母さんに元気になって欲しくて」
今まで言えなかったこと。
「お父さん、が見つかれば、お母さんも、元気になれると、思って─」
胸の奥に秘めていた想い。
「─でも、見つけられなかった」
それは母を想う不器用な娘の優しさ。
「.....あの人とは、もう会えない」
今まで言えなかったこと。
「レオンは、もうこの世界には帰ってこないの。 そんなことより、私は、レキまでいなくなるんじゃないかって、本当に、本当に不安で─」
胸の奥に痞えていた想い。
「─もう、私はこれ以上大事な人を、離したくないの」
それは娘を心配する不安でいっぱいな親心。
「だから─」
「だから─」
母娘はお互いに顔を合わせる。
「「ごめんなさい」」
不器用な母娘の心からの謝罪。
ちょっとした一歩、しかし、二人にとってはとても大きな関係修復の大いなる一歩である。
先に吹き出したのはレキである。
「.....お母さんが謝ることないじゃん」
「いいえ、私がダメなお母さんだから立派な私の娘のレキが頑張ってくれてたんでしょ?」
「ダメなお母さんじゃないよ、大好きなお母さんだから、お母さんのために頑張ってたのよ」
つられてイロハも吹き出す。
「─おかえりなさい、レキ」
なんてことはなかった。
お互いに怖かっただけだったのだ、踏み出してしまえばこんなにも簡単に歩み寄ることができる。
何気ないことだって、気軽に言うことができる。
「ただいま! お母さん!」
─それが親子だ。
─それが繋がり、絆である。
※
その頃、蓮見とマングースの二人は静かになったヌンクロードにあるベンチに腰掛けていた。
「二人は大丈夫なのか?」
「むしろ、俺たちが関与してこれ以上ややこしくなったらどうするんだよ。 これは当人達の問題だ」
ダイスを振る必要もない。
「それで、オレに聞きたいことってのは?」
「あぁ、そうだった」
蓮見征史が今回のことで解決したいこと、その一つが黒森母娘関係の修復。
「なぁ、マングースさん。 【骸】をイロハさんの家に持ち込んだのあんただろ」
─蓮見の一言に空気が重たくなる。
マングースは驚愕とも動揺とも取れる表情を浮かべていた。
「.....オレを疑ってんのかい?」
「俺はあんたを疑いたくない、だからここから先言うことは独り言だと思っててくれればいい」
同時にその瞳の奥には知的好奇心のような感情を浮かべているようにも思える。
「専属医のあんたがイロハさんの家に通ってるはずなのに、イロハさんは【骸】中毒の症状が出ていた。 けど、イロハさんは外に出るのが難しいから誰かが家に食べ物とかを運ぶしかない」
これは後ほどイロハに確認するべきことだ。 だから、蓮見もまだ確信を持つことができていない。
「おかしいとは思ったんだ。 初めてイロハさんの家に行って、あんたの話を聞いた時─」
『.....オレは何度かあったことはあるが、あいつの身の回りを世話してる女がいる。 そいつが持ってきた可能性が一番高い』
「イロハさんの身の回りの世話をしてるってんなら、もちろんあの人の容体のことも知ってる。 それに【骸】ほど出回っているものなら警戒するも当然だ、専属医のあんたもな」
ケルトにも軍警団の支部はあった。
本部から【骸】のことを伝達されててもおかしくない。
現にケルトにある『ブレットケルター』では既にりんごの規制が行われていた。
「イロハさんの体調を管理しているあんたがそんなミスをするなんてとても思えない、それなら故意だって疑っちまうのも仕方ねぇ。 そもそもイロハさんの身の回りを世話してる奴がいるってんなら、なんであの時いなかったんだ?」
「.....ッ!」
「買い物に出ていた、花を摘みに行ってた。 考えれるが、あの後しばらくイロハさんの家にいることになったけど、戻ってこなかった」
蓮見はそこで一区切りつける。
マングースの様子を伺いながら、蓮見は慎重に言葉を選びながら、話を進める。
「そもそも、そんな人物がいないと考えたら? マングース以外の第三者ではなく、あんたがイロハさんの身の回りをあれこれやってるってほうが納得いく」
そもそもだ。
専属医であるにも関わらず、何度かしか会ったことがないというのは不自然なことだ。
「.....マングースさん、俺はあんたを疑いたくない」
─これは本音だ。
しかし、マングースが狼狽え、顔を俯かせていることから答えは出ているのかもしれない。
「.....オレは、イロハにそんなことしない」
「なら、その身の回りを世話してるって人に会わせてほしい」
「......」
マングースの様子を見る蓮見の目は少し悲しそうだった。
「.....マングースさん」
「─なぁ、ハスミ。 オレの独り言も、聞いてくれないか? 返事はいらねぇ」
チカチカと街灯が点滅する。
蓮見はポケットのダイスに手を触れるが、すぐに手放した。
「─【骸】は薬にもなる」
この一言で、蓮見の思考が一瞬だけ止まった。
「たしかに幻覚、嘔吐、頭痛、溶骨に依存性と悪い面が目立つ。 けど、イロハを治療するには溶骨作用が必要不可欠だったんだ」
マングースは続ける。
その姿は懺悔してるようにも、自分は悪くないと言い聞かせているようにも思える。
「【骸】一つの効果は大きいけど、粉末状にして水に溶かして使えば骨の表面を少しだけ、削ることができるんだ。 それで、イロハの両脚の腫瘍を取り除ける」
内出血と腫骨の炎症により、イロハは両足で体を支えることができない身体になってしまった。
それも外からの治療はマングースの手腕、ケルトの医師、この『イヴ』の世界では困難なものだった。
「オレは、適正な量で副作用も抑えるよう薬も調合してた。 【骸】の毒を中和する方法は既に確立されている、実際【骸】中毒かどうかの検査も、その応用だからな」
蓮見は納得した。
たしかに検査のときに何か飲まされたのは覚えている。 あれが恐らく、【骸】を中和、体内から体外へ摘出するための手段なのだろう。
「けど、オレは【骸】が、昔のままだと、思ってた」
マングースは小さな身体を震わせる。
「気づくのが遅すぎた、【骸】の依存性と潜伏性、そして毒の繁殖性の強さに、もっと早く気付いてやれれば─!」
「落ち着いてください、マングースさん!」
「それだけじゃねぇ!! ここ二年くらいの【骸】の毒性は昔の比じゃねぇ、人間の胎内に入ってから反応を起こして毒性を強めるなんて、これまでの【骸】にはなかったくらいの毒性反応だ!!」
マングースの動揺は止まらない。
涙を流すマングースはその小さな身体を使って蓮見に懇願するようにしがみ付く。
「ハスミ、頼む! オレはどうなってもいい、あいつを、魔女を、レキのやつを止めてくれ!!」
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