世の中似た人間は三人いる。
この言葉を信じるのであれば、まだもう一人ジャンヌの知人が見つかることになる。
元々は『アダム』での諺らしいので『イヴ』の世界に住む者たちに馴染みはあるのだが、由来までは知る由もない。
─ジャンヌ・ダルクは戸惑い、嘆き、悩む。
軍警団メーヴァ支部の客室で隣に座るケルベロスは得意気な表情を浮かべている。 犬歯を表に出して興奮を隠しきれていない様子も見て取れる。
それも仕方ないことだ。 これまで世間を騒がせていた【骸】事件の主犯格である、魔女を名乗る人物を直々に捕らえたのだから。
※
─時は少し遡る。
「レ、キ……?」
ケルベロスの抑えつけたフードを被っている人物が友人だった。
そのことに驚いたのはもちろんだったが、ジャンヌからしてみれば、何故彼女がここにいるのかも不思議でしょうがなかった。
「─あ?」
そんな彼女が敵意を剥き出しにして、メンチを切ってきていることだって、尚わからない。
今にも噛みついてきそうな雰囲気だ。
「お前が魔女か?」
「……そうだ、と言ったら?」
「─御用だ」
ケルベロスが控えていた左腕で魔女と名乗る女の華奢な腕を掴む。
白く、か細い少女の腕と首はそれぞれケルベロスによって抑え、握り潰されるくらいの力で握られ、彼女の体ごと壁に叩きつけられる。
魔女が抵抗する素振りはない。
「か、はっ…」
「テメェ、本当に魔女なのか?」
軍警団の得た魔女の情報では老婆だったはずである。
しかし、ケルベロスの抑えている人物は若い女性。 情報と大きな矛盾があり、若返りでもしない限りは容姿が一致しない。
「……そうだ、と言ってるだろ?」
「─そうか。 なら容赦はせん」
犬歯を剥き出しにケルベロスが両腕に込める力を強める。
【骸】で上司を失い、実の兄をも奪われた恨み辛みは大きい。 目の前に元凶と仇がいるとわかった彼にもうブレーキは利かない。
ボキッ、という音が鳴り魔女の右腕が折れる。
「…っ、ぁ!?」
「待てケルベロス! やりすぎだぞ!!?」
「うるせぇ! 俺は冷静だ、要はこいつから必要な情報を聞き出す必要がある! だったら、先に動けなくしてやることが先決だろォが!!」
殺してしまいそうな勢いだった、思わずジャンヌが制止を掛けるがケルベロスは止まらない。
両手で首を絞め、魔女の体を持ち上げる。
彼なりに加減はしているようだ。 全力を出せば彼女の右腕のように首もとうに折れてしまっている。
「─後悔させてやるッ!!」
魔女は白目を剥いて意識を失っていた。
ジャンヌとケルベロスは魔女を連れて軍警団メーヴァ支部へと向かうことになった。
親友と同じ顔の罪人を連れて。
(……レキ)
※
事情聴取は魔女と名乗る少女が目を覚ましてから行うことになっている。 意識のない人間から得ることのできる情報は限られている。
持ち物は少量のエバ通貨、そして【骸】の入ったバスケット。
「─現段階で決定はできませんが、彼女が魔女である可能性は高いでしょう。 魔女本人でなくても、関係者であることに間違いはありません」
軍警団メーヴァ支部長、アラジンが二人に話す。
桃太郎とは違い真面目な印象を感じさせる好青年のような男だ。 印象は仕事にも姿勢にも影響が出ていた。
「今彼女の身柄はこちらでお預かりしてますが、目を覚まし次第お二人に同行していただき事情聴取を行うことつもりです」
「問題ない、それまではここでゆっくりさせてもらおう」
「まさか、本部の方々がこちらまでいらしていたなんて思いもしませんでしたよ。 大した歓迎も出来ずに申し訳ありません」
「気にしてんじゃねぇよ、俺達も捜査の一環で来ていたんだ」
本部と支部の関わりは薄いようで濃い。
情報共有のパイプが太い代わりに人間関係はかなり希薄である。 ケルベロスとアラジンのように気の合う、かつて同じ事件を共にした二人でなければ円滑に会話を進めることすら難しい。
ジャンヌは心のうちの動揺が表に出ないだけで精一杯である。
「では、私とケルベロスが滞在することを本部に伝えた方がいいかもしれないな。 ホークアイさんとの連絡もある」
「お前はともかく、俺は班長で多くの部下を持つ身だからな、その意見には賛成だ」
伝令役もメーヴァ支部長アラジンの力があれば即解決であった。
─二時間後、魔女は目を覚まし彼女を収容しているフロアにジャンヌとケルベロス、そしてアラジンの三人が出向くことになった。
「………………。」
「ハッ、元気そうでなによりだ!」
ケルベロスの挑発に対して睨み付けるだけで終わってしまう魔女、それも仕方ないことである。
「さすが魔女だ、そのくらいでなくちゃヤリ甲斐がないってもんだ! 早速だが─」
「その前に確認したい」
ケルベロスの言葉をジャンヌが遮る。
少しだけ、ケルベロスが苛立っているようにも思える、ジャンヌは気にせずに続ける。
「貴様の名は、黒森レキか?」
「……そうだ、私は黒森レキの一部だ」
「一部?」
「─そんなことはどうでもいいんだ魔女、いや、黒森レキ容疑者」
業を煮やしたケルベロスが口を挟んでくる。
「お前が何者だろうと今となっちゃ関係ねぇ、テメェは魔女で【骸】を売り捌いて、あの日、駅一つを壊した」
「…だったら?」
「ハッ、あまり舐めた態度取ってるんじゃねぇぞッ」
「ケルベロス!!」
鋼の格子がなければ流血沙汰になっていた、今のケルベロスにブレーキは利かない。
ジャンヌはアラジンに目配せをするとアラジンも察してくれたようでケルベロスをこの場から引き離してくれた。
このままでは情報を聞き出すどころではない、アラジンが屈強な肉体を持つ部下を呼び出してケルベロスを抑えつけ、別室で待機を願った。
ケルベロスは絶えず叫び続けているが、無視である。
「すまない」
「構いませんよ、彼の気持ちも理解できます」
【骸】による被害者は多い。
アラジンもかつて大切な人を失った身である、ケルベロスの気持ちが痛いほどにわかるのだろう。
「さて、僕個人としても貴女に聞きたいことは山ほどあります。 一つずつ片していくとしましょう」
「……勝手にしろ。 私はお前らの求めてるものは何一つ持っていない」
「貴女が魔女を名乗ってるのにも理由があるのですか? 本物は別にいるとか」
「………お前らがそう思うんならそうだろうな」
「時間の無駄ですね、単刀直入に話せないんですか?」
「だったら私に構う時間こそ無駄なんじゃないのか? さっきも言ったが、私はお前らの求めるものは何も知らない」
「……そんなはずないでしょ?」
次に業を煮やしたのはジャンヌだ。
その様子を察したアラジンはジャンヌを手で制し、魔女に言葉を投げ掛ける。
「であれば、魔女。 何故貴女は【骸】を所持していたのですか?」
「買ったんだ」
「誰から?」
「……貴様らが魔女と呼んでる存在じゃないのか?」
禅問答。
いくら質問を投げ掛けても矛盾ばかりの回答、仮に目の前の魔女が嘘を言っているにしても生じる大きな矛盾。
言葉に詰まるアラジンを除け、ジャンヌはこれまで疑問だったことを問い掛ける。
「お前は、レキの、黒森レキのなんなんだ? どうして同じ顔をしているんだ?」
「………。」
─沈黙。
魔女を名乗る女は黒森レキとの関係性を問われると黙秘権を行使するようだ。
「似てはいるが本人でないことは、私でもわかる。 あいつに姉妹がいる話も聞いたことはない」
「………。」
「ただのそっくりさんでは済まされんぞ、お前は一体なんなんだ?」
本人でない、髪の色も瞳の色も顔つきも全く一緒だが、金欠である黒森レキではとても買うことのできない香水の匂いが仄かに漂っている。
歓楽街のメーヴァであれば匂いが移ることも考えられるが、魔女がメーヴァに潜伏した際にケルベロスから逃れるために付着させたと考えれば辻褄が合う。
「ジャンヌさん、今重要すべきは【骸】の流出ルートです。 彼女の身の上はその後でもいいでしょ?」
これ以上は時間の無駄、そう感じたアラジンが横槍を挟む。
「…すまない」
「ですが、埒が明かないのも事実です。 黒森レキなる人物をここに連れてくることにします」
「……ッ!」
動揺したのはジャンヌではない、魔女だった。
魔女は制限された中で勢いよく立ち上がり、狼狽えている様子が目に見える。
「レキを、ですか」
「えぇ、今思えば先程の時間は無駄ではなかった。 さすが本部のお方です」
「……お世辞のつもりか?」
「とんでもない、交通費はこちらで保障致しますので連れてきていただくことはできますか? その間、僕はケルベロスさんを宥めておきます」
「…わかった、だが、レキは一般人で故郷が今【骸】の被害が出たばかりだ」
「善処します」
一般人を巻き込むのは軍警団としても本意ではない、アラジンとて心苦しいことは理解している。
「…まさか、ケルトでなにかあったのか……?」
魔女がポツリと呟いた一言は誰にも拾われることはなかった。
もし、この場でジャンヌか、あるいはアラジンが問い詰めていれば─
※
蓮見とマングースの二人は黒森親子が落ち着いたのを見計らって、テントの中へと入った。
「蓮見、さん」
「決心はできたか、レキ」
「うん」
親子の蟠り、少しでも溝が埋まったのかどうかは当人達にしかわからない。
蓮見はレキの表情を見ただけで察した様子であった。
「イロハ、も落ち着いてるみたいだね」
「うん、ついさっき寝ちゃった」
ならば、と二人は目を合わせて頷くとレキの方に視線を向ける。
きょとんとしてる彼女を余所に蓮見が口を開く、どうにもマングースはまだ口に出すことを躊躇っている様子だった。
「レキ、【骸】についてどう思う?」
「……突然、だね。 いや、違うよね、気づいたんだよね私が魔女だってことに」
「………。」
蓮見は無言で頷く。
「でも、正確には私であって私じゃないの、あれは私の影法師」
イヴにおける都市伝説の一つ。
あのときは法螺話として聞き流していたが、彼女自身が経験した身の上の話だった。
実在するかもしれない、あるいは実在するからこそ都市伝説として世の中に波及するのだから考えてみれば存在するかしないかの二択、至極全うなことである。
「あの子が私から離れたのは六年前、ちょうどお母さんの体調が悪化し始めた頃かな」
「オレがイロハを担当し始めた頃、だったな。 たしか」
マングースの言葉にレキが頷く。
「そこで、私はマングースから【骸】が薬として使われることも聞いたの」
「……つまりは、オレのせいなんだ、オレが安易にレキにこのことを話さなければ、よ…」
ちょうど、黒森レキという人物から影法師が飛び出したのもその頃だそうだ。
「つまり、なんだ? レキのイロハさんを救いたいって気持ちが先走ったのが、その影法師ってやつなのか…?」
「おそらく、は」
真実は本人に会ってみなければわからない。
─つまり、
「─魔女と接触する、そういうことか?」
危ない橋を渡らなければならないということだ。
「正確には、もう一人の私。 あの子が魔女と名乗ってるのは一種のカモフラージュ」
「……待て、お前が魔女って名乗ってるということは軍警団の奴らは─」
蓮見はこの事件についてバックボーンも知らなければ実態も知らない。
今、このタイミングで一気に情報が流されてきたようなものだ。 小瓶の中に注がれた多くの水は溢れ出そうとしている。
─その時、テントに訪問者が現れた。
「─もし」
その人物は蓮見征史がこの世界に来て初めて声を掛けてきた人物。
その人物は黒森レキがよく知るこの事件の中心にいるような重要な人物である。
二人は声を揃えて、その名前を呼ぶ。
「─魔女」
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