「エッエッエッ、レキ。 具合はどうかえ?」
「……おばば」
フードを被った老婆はしゃがれた笑い声で周りを気にすることなく、中へと入っていく。
レキはイロハや蓮見達を庇うようにして老婆の前に立ち塞がる。
「こいつが、本物の魔女…?」
「……どういうことおばば、なんであの子じゃなくて私に直接会いに来たの?」
(…まさか、向こうから直接やって来るなんてな。 だが、何故今なんだ…?)
魔女。
【骸】をイヴの世界で売り捌く行商人にして、現在軍警団が総力をもって捜索している事件の中心人物。
「あぁ、あの子は今軍警団に捕まっちまったみたいだからねぇ、状況が変わっちまったのさ」
「………は?」
魔女の表情は変わらない。
そのしゃがれた笑い声は黒森レキの神経を逆撫でする。
「エッエッエッ、そいでボチボチあの子もお役ご免って所かね。 それでだレキ、解約の話をしにきたんさ」
フードのせいで目は確認できない。
しかし、目尻が下がり笑っているということは傍目から見てもわかる。 レキの表情に焦りが現れる。
「あたしゃ、あんたとはもうやっていけねぇってことさ、レキ」
その言葉を切っ掛けにレキの瞳が鋭くなる。
いち早く察した蓮見がレキの一歩前に立ち、前へ進むことを拒む。
「どいて、蓮見さん」
「どかねぇよ、どいたところで何も解決しねぇだろうが」
「これはおばばと私の話、だから蓮見さんには関係ない!」
「あるね! お前と一緒にアダム目指すって決めたんだ、道の途中にある小石は一緒に蹴飛ばすって決めてんだよ!」
蓮見征史が一歩引く、黒森レキの隣に立ち魔女のことを睨み付ける。
「エッエッ、そうかい、あんたアダムの人間だったのかい」
「だったらどうした?」
魔女の興味が蓮見へ移る。
「……いや、あんたじゃダメさね」
「…?」
「まぁ、いいさ。 レキと話をさせてはくれんのかね?」
「解約、ったな? だったらこいつとあんたにもう接点はないはずだ」
「エッエッエッ、だが契約には手続きってのがあるのさ。 それは解約も然り」
「ハッ、一方的に都合が悪くなって解約と迫ってきて手続きとは、ムシのいい話だことで」
「こっちにも事情があるのさ」
蓮見の言葉は聞く耳持たず、否、こちら側の事情は一切考慮しないような言い草である。
本来であれば、当人同士で解決するのが筋なのだが、過去の経験上こういった輩には埒が明かないと判断し横槍を入れた蓮見の口撃は続く。
「いいのか? このまま俺と口論をしてたら異変に気がついた周りの連中が軍警団を呼ぶぜ?」
「エッエッエッ、気にしないさ。 あたしゃ軍警団さんにお世話になることは一切しとらん、ただのババァじゃぜ」
「なら、ここにいる連中全員で告発してやるよ」
たとえ、目の前の老婆に何の罪がないとしてもここにいる全員が悪だと言えば嫌が応にも魔女を名乗る老婆は市民の味方である軍警団の敵になる。
とてもわかりやすい魔女裁判、魔女狩りである。
「おい、ハスミ…」
「マングース、あんたは魔女を見たのは今日が初めてか?」
「あ、あぁ、【骸】の取引自体は魔女の一団から仕入れてた」
今、この場で目の前の老婆を魔女と証明できるのはレキだけということになる。
ここから先は運任せな部分もあるが、時にはダイスに頼らない博打も必要な盤面もある。
「蓮見さん」
「レキ、お前はどうしたいんだ、この婆さんとやっていけそうなのか?」
「……蓮見さんが遮ったから言うタイミング失ったんだけど」
「ごめんなさい」
「─おばば、いや、魔女。 私は貴女と今後もビジネスをするつもりはない、でも、こんな一方的な打ちきりはどうなの?」
「物事はいつも突然さね、準備運動するのをわざわざ待ってやるってのかい?」
「だったらせめて、これまでの報酬をもらうのが筋だと思うけど?」
「エッエッエッ、それはもちろんさね、あんたの欲してるのは父親である黒森レオンの情報だろ?」
魔女の言葉にレキは息を呑む。
黒森レオン、レキの実父でありイロハの夫、そして蓮見征史と同じくアダムの人間。
どういうわけか、このイヴの世界にて彼に関する情報はアレイスターさえも把握できていないのだ。
それをどういうわけか、この魔女は知っている。
二人のレキは危険な橋であると同時にマングースから聞かされた【骸】がイロハの治療薬として使えるかもしれないという小さな期待と確かな情報の二つを携えて、魔女に接近した。
「─黒森レオンは死んだよ、人喰いの餌になったのさ」
「……は?」
真実は残酷。
手に入った情報では黒森レオンを探し出すことができない、既にこの世にいないのだから。
ガチャ。
魔女を名乗る老婆の後ろから銃を向ける軍警団の制服を着た女、ジャンヌが現れる。
「話は終わったか?」
「……ここまで、ということか? あんたの仕業かね、アダム人」
「そういうこと、って言ってこの状況覆るのかい?」
「いいや、詰みだね。 あたしを連れていきな、軍人さんや」
「そうさせてもらうか」
ジャンヌは短く応えてから、魔女と名乗る老婆はエッエッエッ、と掠れた笑い声で笑う。
そのまま、ジャンヌは黒森レキの方に目を向ける。
「あと、黒森レキ、も連れていく」
「……わかった」
覚悟はできていた。
問題はこの後だ。
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