黒森レキ軟禁生活四日目。
「……………………暇」
軍警団が誇る実力派(物理)のおじさん達に見張られながら過ごす生活はストレスである。
軽率に着替えることもできない(着替えようとして、ジャンヌに止められた)し、軽率に外出することもできない(外出しようとして、ジャンヌに止められた)し、軽卒にシャワーにも行けない。(行こうとして軍警団もついてきたので、ジャンヌと蓮見に止められてた)
母であるイロハは別宅にて療養、マングースは本来罪状は許されるものではないが、イロハの主治医ということもあり、容態が安定するまで特例措置。
ジャンヌは軍警団本部にて仕事、蓮見も同様に仕事。
─つまるところ、一人。
「……あの子、大丈夫かなぁ」
机に突っ伏しながら、自らから派生した影法師のことを想う。
彼女にも悪いことをした、思えば今回の騒動は多くの人を巻き込んでしまったものだ。
「蓮見さん、このまま帰っちゃうのかなぁ…」
ジャンヌへの返済もほぼ完了している。
本人は不満気だったが、ジャンヌもここぞとばかりに引かなかったのが大きな要因である。
─瞬間、どこからともなく鐘の音が響く。
「……?」
前にも何度かあったことだ、彼女にしか聞こえない鐘の音。
しかし、今回もそうであるとは限らない。
念のために軍警団の見張りの一人である、ダッチワイフと名乗る男に確認を取る。
「鐘? そんな音しましたかねぇ…?」
やはり、聴こえていない。
レキとダッチワイフの二人は小首を傾げることしかできなかった。
※
この日、蓮見征史はどこからともなく聞こえてくる鐘の音を耳にした。
初めて聞くはずなのに懐かしい、どこかで聞いたことあるはずなのに思い出せない、不思議な音色であった。
「鐘?」
「何言ってるんですか、ついにボケましたか?」
「まだ三十代だっての…」
頭の中に直接響くような鐘の音は一回、二回、三回と鳴り響き、そのまま余韻を残しながら消えていった。
そこから鐘の音が再び鳴ることはなかった。
「そろそろ帰りますよ、ご主人様を心配させるわけにはいきません」
「わかりましたよ、っと」
時は10月7日、蓮見がイヴの世界を訪れてから既に二ヶ月の歳月が流れていた。
こちらでの生活も随分慣れてきており、いつの間にか元居た世界であるアダムへ帰らなければならないという気持ちも薄れつつある。
絶対に帰らなければならない、そういった気持ちが少なくなってきているといってもいい。
仕事を終え、少し気になることがあったので胡散臭い館長のいる図書館へ寄ることにした。
何度来てもアレイスターの趣味全開といった司書の服装、以前来たときよりもアレンジが施されているようにも見受けられる。
閉館時間までまだ時間はあるので、焦る必要もなくそのまま館長アレイスターの居座る館長室の扉を開く。
「ノックもなしとは、偉くなったものだな来訪者よ」
「俺とあんたの仲だろ」
「ほぅ、言うようになったではないか。 それでこそ私の見込んだ来訪者だ」
館長室にて四人ほどの女司書を侍らせてるアレイスター、そこはいつも通りであるが蓮見は僅かながら違和感を感じていた。
「……少しやつれたか?」
「なんのことやら、この通り万事健康体だぞ」
「そうだな、安心した」
だからといって、急に司書の胸を揉むのはいかがなものなのか。
もう慣れてしまってるせいで誰も非難の声やツッコミをするものがいなくなってしまっている。
「今日、お前がこの時間に来ることはわかっていた」
「……それで、その状態かよ」
「ノープロブレム! これが私の自然体なのだよ、来訪者よ!!」
バッ! と翻るようにして仰々しいポーズを決めるアレイスターを見て、余計な茶々を入れると長引くと判断した蓮見は余計なことは全て無視することにした。
「来訪者よ、鐘の音が聞こえたのだろ?」
「!」
「フン、やはり図星か。 ならばその正体を知るために私の元へと訪れることは必然、デスティニーというわけだ!」
─やはり気のせいではなかった。
ごくり、と唾を飲みニヤリと笑うアレイスターに苛立ちを感じながらも次の言葉を待つ。
「汽車の合図、アダムとイヴを結ぶ架け橋が近いうちに開通するというわけだ」
「なんだと!?」
「つまり来訪者よ、旅立ちの日は近いというわけだ」
元の世界に帰れる、まさかこんなにも早く機会が来るなんて思いもしなかった。
「鐘の音は三回、つまり三日後にはこの世界とアダムが一時的に繋がるというわけだ」
「三日後…」
「だが、どこの駅で繋がるかどうか、それはわからない」
イヴの世界を回る駅はヌンク、フィガロ、シャルル、メロン、ディーヴァ、ペトラ、ケルト、の七つである。
三日後に七つのうち、どこかの駅にアダムに繋がる架け橋が出現するということになる。
「あんたでも、それはわからないのか?」
「いい質問だ。 答えは、ノー」
「役立たずだな」
「そう言ってくれるな、私とてイヴの意思を汲み取ることはできないのだよ。 だが、来訪者に進言することはできる」
「進言?」
「イエス。 来訪者が最初に来た駅はフィガロ、そして次に境界の時刻表を目視したのはヌンクだ」
アレイスターは両手を大きく広げ、空中に円を描くようにして蓮見の元へ歩いてくる。
仮面の奥の瞳がどのようになっていて、様子を伺うことができないのが不気味に感じる。
「近々開いた場所にもう一度開くことは考えにくい、そして逆時計回りに円を描いているようにも見える、つまり─」
「次に現れるのは、ケルトの可能性が高い…」
「─エクセレント」
パチンと指を鳴らすアレイスター。
「しかし、あくまでも推測だ。 どうするか否かは来訪者自身が決めることであるぞ、最終決定権は来訪者にある」
※
鐘ノ音ガ聞コエル。
※
「ハスミじゃないか」
「おう、イロハさんの容態は?」
「安定してる、これで俺も心置きなく団の奴らに世話になるってわけだ」
「なんで嬉しそうなんだよ」
蓮見の心配をよそに、カラカラと笑うマングースはどこか寂しそうだった。
「彼女の証言から魔女の一団を芋づる式に炙り出せればと思ってます。 たしかに彼女は許されないことをしましたが、協力者としてはとても心強いです」
「おい、あまり罪人に情を入れすぎるんじゃねぇぞ」
オルトはマングースを協力者。
ケルベロスはマングースを犯罪者。
同じ軍警団であっても、捉え方と考え方一つで一人の人間の認識が変わるのはどの組織であっても変わらない。
「蓮見さんには、そういった意味では感謝しております。 まさか、あの魔女を捕らえることができるなんて思ってもいませんでしたので」
「おいオルト」
「ま、まぁまぁ」
バツの悪そうな表情を浮かべたのはケルベロス、ダルメシアン顔なので表情の機微はわかりにくいが声色で判断できる。
ケルベロスは蓮見に頭を下げる、これで何度目か正直わからないくらい彼は顔を合わせるたびに頭を下げている気がする。
「その、申し訳なかった。 本来なら、我々がやるべきことを協力させてしまい─」
「もういいですって」
彼にも軍警団としての誇りがある。
譲ることのできないものもある、蓮見は挨拶として受け止めることにしている。
「ケルベロスさん、実はちょっと相談がありまして─」
今回のことで【骸】事件は落ち着いた。
ならば、後のことは蓮見は関わらず、軍警団の皆さんに任せるべきだ。
彼にもやるべきことがある。
※
鐘ノ音ガ聞コエル。
※
軍警団メーヴァ支部。
10月8日、蓮見はジャンヌに無理を言って彼女と面会する旨を頼んでいたのだ。
「悪いな、我が儘言っちまって」
「気にしないでください。 貴方も事件の関係者、といっても我々が巻き込んでしまったようなものです。 多少のことは団長が大目に見てくれます」
確認したいことがある。
アダムに帰る前に蓮見は彼女と会って真相だけを明らかにしておく必要があった。
彼女とは協力者。
供にアダムへ行こうと約束した同士だからだ。
「私は会話を記録する必要があります。 後ろにいますが、いない者として扱ってください」
「わかった」
蓮見とジャンヌが来たのは、とある牢の前。
中に座るゴシックロリータの服を着た少女は不機嫌そうな目をこちらに向けている。
黒森レキ。
彼女の影法師、否─
「なぁ、レキ。 なんでお前偽物のフリしてここにいるんだ?」
─鐘の音が二回響いた。
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