Re:“r”EKI   作:Cr.M=かにかま

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一章 〜異ナル世界〜
1.邂逅


 

–––改札を潜り抜けたら、そこはホームではなく見知らぬ土地だった。

 

男、蓮見征史(はすみせいじ)は健常者で正常者である。違法薬物に手を出してトリップしたり、妄想癖のない至って普通、世間一般ではそうカテゴリーされるバツイチのおじさんである。

それがどうしてこうなったのか、本人にもわからない。今夜は酒を一滴も飲んでいないため、アルコールは回ってないはずである。つまり、目の前の景色は幻覚ではなく現実である、らしい。

 

「おい、邪魔だ」

「ッ、す、すまん」

 

何も言えずに立ち竦んでいると、他の改札を潜ってきた男に悪態を吐かれた。その男の風貌は不気味で首が身長ほどの長さがあり、シルクハットにトレンチコートを身にまとっていた。そこで蓮見は初めて自分の潜ってきた改札を確認した。

それは2010年の日本にある一般的な自動改札ではなく、何やら白装束に怪しげな鳥を象ったようなマスク、いわゆるペストマスクと呼ばれるもので顔を覆った者が切符を受け取って客と思わしき人々とやり取りをしている。

人々、というのも語弊があり何やら珍妙と言っていいものか。いわゆるアキバや日本橋でよく見かけるコスプレというものをした者たちが大半であった。

くたびれたジーンズにシンプルな半袖の灰色一色のカッターシャツを着た蓮見が浮いて見えるレベルだ。

 

–––そして、驚いたのは線路を走ってるのが電車ではなく汽車だった。

 

「.....ッ、っは?」

 

蓮見の口から思わず乾いた声が漏れ出す。まさか、汽車が現役で動いてるだなんて誰も思うまい。蓮見がさっきまでいたのは2010年8月18日の日本なのだ。

ここがどこかわからないが、汽車の汽笛などそうそう聞くことなどないだろう。それこそ記念館や博物館といった施設に足を運ばない限りは。

 

–––落ち着いた方が良さそうだ。

一度周囲の様子を確認する必要がある。一旦人(?)の流れから外へ出て、駅の隅っこに移動する。

外へは出ない、そこで外に出てしまえば、もうこの中に入れない可能性だって考えられる。

駅構内の構造を確認する。レンガ造りだ、現代のようにコンクリートは使われている様子はない。まるで明治大正期、西洋の文化が入ってきて模倣を中心としてた時代にタイムスリップしたような気分である。

床は天然の石造りで天井と床の距離はかなりある。目測にして小さな商業ビル三階くらいはありそうだ。天井もそこまで凝った作りになってはいない。最低でも雨風を凌たらいいみたいな感じである。

 

(.....外に出るべきか、それともここに留まるべきか。戻るにもどうやって戻ればいいかわからねぇし、とにかくここがどこなのかハッキリさせておきたいところだ)

 

一度外に出て情報を集めるべきか、それとも駅構内をもう少し探ってみるか。幸いにも駅ということもあり人通りは多い。

言語もさっき、一瞬のやり取りだが会話もできたし、ガヤとして聞こえてくる会話を聞き取れないなんてことは全然ない。あちこちで流暢な日本語が飛び交ってる。と、なると気付かぬ間に中世ヨーロッパの街に来てしまった、なんてこともなさそうだ。

 

蓮見はポリポリと頭を掻きながらポケットから人差し指と親指で摘めるサイズの六面ダイスを取り出す。

 

(–––困ったり迷ったりした時は、こいつに頼んのが一番だ)

 

ピン、と親指でダイスを宙に弾き出す。六面ダイスは空中でクルクルと何回転もし、蓮見のオールバックに固めたダークブラウンの髪の中でワックスの効果が弱くなって、ピョンと跳ねた前髪辺りにまで到達すると重力に従うようにゆっくりと吸い寄せられるように蓮見の右手に戻っていく。

ダイスを蓮見は取り出した時と同じように人差し指と親指で空中で掴む。

しっかりと数字の描かれた面を掴むように気をつけながら。

 

–––さて、吉と出るか凶と出るか。

これは蓮見征史のマイルールのようなものであり、親指で掴んだ面が奇数だった場合自分の考えを実行する。偶数だと逆のことを実行するといった具合だ。

今回、蓮見自身は駅の外に出ることを考えた。つまり、奇数が出たら駅を出る、偶数が出れば駅構内に留まるという行動を取る。確率は五分と五分、蓮見はこの十数年の人生を自分自身の意志とダイスの意志で生きてきたと言っても過言ではない。

 

親指で掴んだ面は、赤い一つ丸の中に六芒星がデザインされた一の数字の面。

つまりは奇数だ。

 

「–––探検の時間だな」

 

蓮見はどこか楽しそうに、頬を緩めながら肩掛け鞄を持ち直して歩き始めた。人波に乗って駅内を観察しつつ、外を目指す。

そこまで大きな駅ではないようで、出口はすぐそこだった。

 

フィガロ、それがこの駅の名前のようだ。街としては少し寂れた様子だ。西の方が何だか大きく発展した街があるようにも見える。

街並みは中世ヨーロッパに近い。石造りの街路とレンガ造りの建造物、そして西に行くにつれて街そのものが登り坂になっているようにも思える。

鞄の中はそこまで多くの物を入れてはいないため、無駄に体力を使わずに済んでいる。

 

しばらく歩いてると、蓮見は顔をフードで隠した魔女のような老婆に呼び止められた。

 

「兄さんや、りんご、お一つ五エバでどうかね?今なら安くしとくよ」

「あ、あぁ、さっき食ったばっかなんで遠慮しときます」

「なんでぇ、また気が向いたら買っておくれよ」

 

あの老婆には大変申し訳ないが、とても怪しくて買う気にはなれなかった。

露店でりんごっていうのも怪しいのに老婆の風貌のせいで魔女を彷彿させてしまう。

蓮見はダイスを使うことなく自分の意志でその場を急いで離れた。こういう時の勘は良いのだ。

 

 

 

文字が読める、蓮見がそのことに気がついたのは休憩がてらベンチに座った時だった。

仕事帰りに買ってから鞄の中に入れておいたミネラルウォーターが少し残ってて助かった。夜食用に買ったメロンパンはまだ置いておこう、これから長い探索になるかもしれない。

話を戻そう。ここの言語はたしかに聞こえたニュアンスは完全に日本語だ。しかし、どうも表札や看板に書いてある文字は日本語ではなかった。アルファベットでもなければ、暗号にしか見えないアラビア語でもない。見たこともない文字列であるのに、何故か蓮見はそれらを読むことができたのだ。

まるで最初から読めたような、文字の読み方を知っていたような変な感じだ。

 

例えば壁に貼られてる指名手配書がしっかりと読めてしまうのだ。

『人喰い』なるものがこの近くで出没するらしいという情報が蓮見の目を通して脳に伝わる。

さっきの老婆の会話とこの手配書の懸賞金の欄を見るに、この世界の通貨はエバということでよさそうだ。しかし、一エバが果たしてどのくらいの価値になって、一般収入がどれくらいかわからなければ価値を知ることはできない。

今わかるのがりんご一つが五エバで『人喰い』の懸賞金が二万五千エバということだけである。

どちらにせよ金は必要になる。戻る方法がわからなければ、この世界(?)に滞在するし続けるしかないのだ。

 

–––さて、どうするか。

こういう時は現地人に話を聞くのが一番だが、ここはただでさえ人が少ない。いや、時間帯のせいなのか?

蓮見がたしか改札をくぐった時間が午後の十時半頃、時間の流れと常識や人々の生活が一緒ならば人が少ないのも頷ける。

近くに時計があればいいのだが、生憎見当たらない。携帯も圏外であるため役に立ちそうにもない。

蓮見が悩んでいるとコツコツ、とこちらに向かって来る一つの足音があった。

 

「何かお困りかしら?」

「......あぁ、もうどこから対処すりゃいいのかわからねぇ感じだ」

 

蓮見に話しかけてきたのは少女だった。黒みがかかった紫色のボブショート、そして目を惹くのが藍色を基調としたゴシックドレスにスカートの短さだ、太もも丸見えである。少女の碧色の瞳は蓮見のことをしっかりと見据えている。

少女は黒いブーツをコツコツと鳴らしながら蓮見の隣に腰掛ける。

 

「もしかして、失業しちゃったとかそんな感じ?」

「それならまだ再就職のチャンスがある、その程度のことなら俺は途方に暮れたりしねえよ」

「前向きな人ね」

「性分なもんでね」

「で、そんな人が途方に暮れて何をどうすればいいのか困ってる、と」

「そうだ、中々レアな所に立ち会えたな」

 

蓮見はポリポリと頭を掻きながら空を見上げる。灰色の空模様に黄土色の雲が流れている。

とはいえ、こんなところで悩んでいても先には進めない。

 

「あんた、この辺の人か?」

「うーん、この辺っていうか、拠点は基本的に持ってないかな。あ、でも実家は隣町かな、家出中だし」

「そっか、ならいいか」

 

ここで現地人が、しかも向こうからこちらに接触してきてくれた。これはまたともないチャンスである。蓮見のようなおじさんにこんな可憐な少女が声をかける時点で少しは疑うところだが、蓮見にもう余裕はあまりなかった。

仕事帰り、くたくたになって帰ろうとしたのにこんなわけのわからない状況に追いやられたのだ。疲労のせいで精神的な負担も大きい。

 

「おっちゃん、どうしたの?」

「......俺ってやっぱおっちゃんに見えるんだな。うん、もういいか」

「え、もしかして私何か失礼なこと言っちゃった感じ?」

「いや、何でもねぇ気にすんな。今更だが、俺は蓮見征史ってんだ。あんたの名前は?」

「私?私は黒森レキ」

 

レキ、と漢字変換がでかない。最近話題になってるDQNネームとかキラキラネームと呼ばれるものなのか。

それとも思いつかないだけで、本当は漢字変換できるものなのだろうか。あまりそこんところは根掘り葉掘り尋ねない方が良さそうだ、何となくではあるが蓮見は自分の勘を信じることにした。

 

「それで、えっと、蓮見のおっちゃんは私をナンパしてどうするつもり?」

「うん、とりあえず黒森から声をかけてきたのに俺からナンパしたってことになってんのはおかしくねぇか?」

「あー、そういえばそうだったね」

 

てへへ、と舌を出しながら黒森レキは誤魔化す。

 

「あと、おっちゃんはたしかに事実だが、結構傷つくからやめてほしい。なんかこう、気持ち的な問題で」

「ん、わかった」

 

レキがクスッ、と笑みを浮かべる。まるで我儘な子供に母親が仕方なしといった様子の生暖かい視線だったのが若干気になった。蓮見自身、自分はそこまで頑固ではないと自負しているつもりである。

 

「それで、最初はどこに行くの?」

「え、何?俺がエスコートしなきゃいけないの?」

「だって、蓮見さん紳士でしょ?いくら私が誘ったとはいえ、女の子にリードさせるつもり?」

「それもそうだな」

 

今度は蓮見がレキに向けて生暖かい視線と笑みを浮かべる。

今、蓮見に必要なのは情報だ。より多くの情報が必要となる。もし、もしもだ。仮にここから今すぐ帰れないとなったときのためにはしばらくはここに滞在するという前提での話だ。

少なくとも一般常識や歴史、地理くらいは把握しておきたい。と、なると行く場所は一つに限られる。それがここにあればの話だが。

 

「–––黒森、この辺りに図書館はあるか?」

「あるよ。隣のヌンクの駅まで行かないとダメだけどね」

「そうか、まずはそこに行きたいんだが、案内してもらえるか?」

「......何?結局私が先導するの〜?」

「仕方ないだろ、場所がわからないんだからよ」

 

レキのジト目に耐え切れず、蓮見は頬を若干赤くして顔を逸らす。

知らないものは仕方ない、と蓮見は開き直る。無知は決して罪ではない、知ろうとしない意欲がない行為そのものが罪なのだ。よって、蓮見は悪くない。

 

「しょーがないなぁ、わかった。案内したげる」

「すまねぇな」

「んー、ここからだと駅に戻るよりも歩いて行った方がいい、か。蓮見さん、まだ動ける?」

「まだまだ元気に現役だ」

「それはよかった、じゃあここから西に向かって歩くから!あの大きな建物があるところがヌンクの駅」

 

–––なるほど、あそこは元々行こうとしていたところじゃないか。

だが、図書館の正確な位置は知らないため通り過ぎてしまう可能性だってある。蓮見にとってレキと出会い知り合えたことはこの見知らぬ土地にガイドができたと言っても過言ではない、郷に入っては郷に従うべきである。

 

レキが足を大きく振って勢いよく立ち上がる。蓮見もそれに続きゆっくりと腰を上げる。

座ってレキと話をしていたお陰か、随分と身体的にも気持ち的にも楽になった気がする。

 

「......とは言ったものの、実はあまり図書館に行きたくない気持ちのレキちゃん」

「なんだ?お前さん、本を読むと蕁麻疹が出るとかそういう類の人間なのか?」

「そうじゃないよ、本は好きだし、ただ、館長がちょっと人間的に苦手なのよ」

「そいつは大変だ」

 

蓮見の都合で会いたくない人間と会わせるというのはイマイチ気が引ける。

やはり一人で行くべきだろうか、さいあくあれだけ大きな街なら誰かに聞けば場所くらいはわかるだろうし。

 

「大丈夫なのか?もしあれなら場所を変えてもいいんだぞ?」

「ううん、我慢する。生理的に無理だけど、とりあえず我慢する、二言はない」

「そ、そうか」

 

あまりの剣幕に蓮見がたじろいてしまった。身長差があるためレキが蓮見を見上げる形になり、爪先立ちをしているレキは足を震源として体がプルプルと震えている。

だが、ここで無理に図書館に行かなくてもいい。もう少しこの世界を見て回ってからでも構わない。

蓮見はやれやれといった様子でポケットからダイスを取り出す。

 

「何、それ?」

「ダイス。いわゆるサイコロってやつさ」

 

ピン、と蓮見が宙に向けてダイスを弾き飛ばす。小さく口を開けてレキもダイスの行く末を見守るようにじっと見つめる。

そのまま重力に従い蓮見の鼻の辺りにまで落下してきたところで、蓮見がダイスをキャッチする。

奇数が出れば図書館は後回し。偶数が出れば図書館へ行く。

親指の面を確認しようとしたところでレキが小首を傾げながら呟く。

 

「うーん、四?」

「......ご名答」

 

改めて次の目的地が決まった。




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