軍警団。
この世界における警察組織であり、ジャンヌ・ダルクの職場でもある。蓮見のいた世界と異なることと言えば、完全な私営組織であるため基本的に給金は出ない。
だが、いつも頑張ってくれてる、我々を守ってくれてると街の人々が喜んで謝礼金を払っているため、それが給金代わりとなっている。
ジャンヌの元にやってきた男、オルトは直属ではないが同課の部下にあたる人物だ。
「休暇中であるのに、本当に申し訳ありません!しかも、デート中に」
「ち、違うわ!あ、あ、あの男は、あれだ、知り合いだ」
「そ、それは失礼しました」
ジャンヌは婚期が遅れている。それは決して言ってはならない。
「コホン、休暇が潰れるなどいつものことだ。それで、進展があったのだな」
「はい!詳しくは団長とケルベロスさんから話があるそうです!」
「ホークアイさんとダルマさん達は?」
「もう既に」
–––なら好都合、ジャンヌはそれだけ言って足を速めた。
向かうは人々の往来するホームの正面とはほぼ真反対、神聖視している巨大な全能大樹のお膝元。
そこに軍警団ヌンク本部の建物がある。白い大理石を基盤とした建物の入り口の上には三重塔を象ったレリーフを丸で囲み、囲った周りには林檎の紋が記されている。
「では、自分は先に会議室Bに行ってますので」
「あぁ」
本来ならば私服で職場へ向かうなど以ての外だ。団員にはそれぞれ自宅と職場に置いておく制服が一着ずつ支給される。緊急の呼び出しも多いことから実施された制度だ。
更衣室に向かったジャンヌは少し汗のついた半袖のTシャツを脱ぎ、白い制服を身に纏う。いわゆるカッターシャツだ、長袖だが通気性は良く暑く感じることはない。
動きやすい長袖の黒ズボンも履き、自警団の紋章の入った帽子を被る。本来ならば簡単な化粧もするのだが、ジャンヌは職場では、お偉いさんなどと会う仕事でなければ化粧をすることはない。公私の分別を弁えるためである。
更衣室を出たジャンヌはオルトの行った会議室Bへと向かい、軽く三回ノックして扉を開く。
「遅れました」
「–––待ってたぞジャンヌ警部。さっさとしてくださいませんかねぇ、時間が押してる」
犬面の男、ケルベロスが葉巻を吸いながらジャンヌを睨みつける。
ダルメシアンの顔を持ち、鍛え抜かれた肉体は筋肉量のせいで制服のサイズが合っていないかのようにも見える。
ケルベロスの発言にジャンヌは笑顔で対応する。
「申し訳ありませんねぇ、ケルベロス警部。あなたの部下が外出してる私をもう少し早く見つけることができたのなら私も余裕を持てたんですがね」
「ほう、貴様の言葉を要約するとこうか?責任はオルトにあり己に非はないと仰るか?」
「貴方こそ、自分自身の発言で時間を潰してるとお分かりになっていないと?」
「おいおい、その辺にしておけ。もうすぐ団長がお見えになる」
ジャンヌの直属の上司、制服の上に軍服のような少しサイズの大きなコートを羽織ったホークアイが場を諌める。
ジャンヌとケルベロスが口喧嘩をし、ホークアイがそれを止めるというお決まりのやり取りだ。
黒い髪を靡かせ、射るような視線がケルベロスを刺す。
「ケッ、相変わらず可愛げのねぇ女だぜ、お前もホークアイも」
「ふん」
ジャンヌはホークアイの隣に座る。ケルベロスの隣にはオルトが席に着いている。
「–––皆の者、待たせたな」
「桃太郎団長!お疲れ様です!」
最奥の席に自警団団長、桃太郎が席に着く。顎に生えた無精髭を撫でながら全体を見渡す、空席はない。
桃太郎は紙にまとめた資料を一人一人に手渡しをしていく。上司が直接部下の元に赴き仕事内容を伝える、それが桃太郎の仕事の流儀だ。例外はあれど、会議の場においては桃太郎は回りくどいと知りながらもコミュニケーションの一環としてこの風習は続けている。
「では、これより緊急会議を始める!ケルベロス班、経緯から事件の進展を皆に説明を!」
「はい」
ダルメシアン頭の男、ケルベロスが立ち上がる。
「今回はディーヴァにまで調査範囲を拡大、結果ヌンクとフィガロ、そしてヌンクとケルトの道中にて【骸】の売買を行われてる箇所を十六ヶ所確認した、いずれも今までの捜査で見つからなかった連中だ」
【骸】の名を聞いた瞬間、会議室の雰囲気は一気に重いものとなる。
例の事件と聞いてジャンヌも可能性として頭の片隅に置いていたが、思った以上の進展を見せていたことに驚いていた。
【骸】は麻薬の名、神聖なる全能大樹に実るりんごの実に似た中毒性の高い果実で人体に害悪を与え、最終的には死に至らせる危険な毒物でもある。
幻覚、嘔吐、精神異常、骨溶作用の症状が挙げられている。それでも皆口にする理由はこの世のものとは思えないほど美味であること、一口食べたらやめられないほどの中毒性があるためである。
りんごの実との識別するには、僅かに漂う異臭と果実の色の濃さが濃いという二点を見抜く必要がある。
「その根拠は?」
「匂い、そして魔女の存在も確認できました」
桃太郎が質問を投げかける。
それに対してケルベロスも別の資料を手にして、言葉を詰まらせることなく進める。
ケルベロスの向かいの席に座っているホークアイが反応を見せる。
「.....魔女だと?」
「そうだ、三年前からバッタリ消息を絶っていたあの魔女だ。今回の主犯とは考えづらいが、バックに何者かがいることはたしかだ」
三年前、フィガロに【骸】を売捌き多くの人々を骸中毒に陥れた、別名骸テロを引き起こし、フィガロを一時的に閉鎖に追い込み、街の人々を骨のない屍へと変えた人物。
当時躍起になって捜索していたが、ことが落ち着くと姿を見せなくなった危険人物でもある。
「ケルベロス、【骸】の市場は前回調査と比べてどうなっている?」
「拡大する一方です、スラムや奴隷市場、カジノが主流となっていた【骸】は現在このヌンクの中心地にも行き届いている可能性があります」
「ぬ.....」
桃太郎が苦い表情を浮かべる。
他の駅街ならまだしも、最も発展し人々の往来のあるヌンクで流通してしまえば出処を辿るのも困難なのはもちろん、中毒者を見つけることも難しい。
三年前の事件が起こったフィガロはまだ小さく人口もヌンクの半分以下であったため予防はできた。しかし、実際人々は死んでしまった。
あの悲劇を繰り返さないためにも、半年前に再発見された【骸】を全て回収し処分する必要がある。
「現在、我々が回収した【骸】の数は六十九袋、抑えた市場の数はヌンクだけで七ヶ所。各支部に応援を要請し今も回収に当たってもらってます」
「......ケルベロス、一袋あたりの【骸】の数はわかるか?」
「現在集計中ですが、百は見越しておいた方がいいかと」
ケルベロスの言葉に会議室にいる全員が青い顔をする。
「一刻も早く【骸】を作り出している場所を探し出す必要があります。【人喰い】の調査に割いている者たちもこちらの調査を優先していただきたい」
「おい、ケルベロス。お前の言うことはたしかに正論だが、その発言はいただけないな」
ホークアイが立ち上がり、ケルベロスを睨みつける。
ジャンヌとケルベロスが激突することはよくあるものの、ホークアイとケルベロスの二人が衝突することは少ない。捜査中においても会議中においても、私生活においてもである。
「貴様は【人喰い】の危険性を理解できていない。さっきの話を聞いて協力してやろうと思ったが、お前の言葉が全て台無しにしている。割いている?違うだろ、我々は我々の調査をしているのだ、元からお前の下だったわけではない」
「......そこまでわかってるなら協力しろ、三年前の二の舞にしたくなければな。まだ魔女の素顔もわからないんだ、敵は未知数だ」
「待て、お前魔女の姿を確認したんじゃないのか?」
「したさ、だが、フードに猫背、周りの連中が魔女と囃し立ててただけだ。そいつが【骸】を売り捌いてた、魔女と判断するには十分すぎる材料が揃ってる」
ホークアイとケルベロスの間に桃太郎が割って入る。
「よせお前ら、今は喧嘩してる時間はねぇ。ホークアイ、気持ちはわかるが落ち着け。ケルベロス、お前ももっと言葉を選べ。あと、そういう重要なことはさっさと言え!」
「あいた!?」
桃太郎がケルベロスを殴ったことで一触即発の雰囲気は緩和された。
立ち上がった桃太郎全員の目を見てから声を張り上げる。
「–––うし、それじゃあまとめだッ!ケルベロス班はこれまでと同じ【骸】の調査、及び現物の回収と中毒者の確認保護!
ホークアイ班は【人喰い】の調査に三割【骸】の調査に七割に人材を分割、【人喰い】の方は人数が少ない方が喰われる危険性は減るだろう!
ダルマ班も【骸】の調査に加入、そして全体のバックアップ、他小事件の解決に当たってくれ!
但し、最優先事項は【骸】だ!このことは忘れるな、流通範囲が広まっちまったから人手は必要だ、理解してくれ!
他に何もなければ解散とする!」
–––挙手、もなければ誰かが何かを言う様子もない。
桃太郎団長は片目を瞑り、右手で机を勢いよく叩きつける。
「っしゃあ!なら行動開始だ!それぞれ班長は部下に指示を飛ばせ!一刻も早く、無理はせずに解決に進むぞ!解散ッ!!」
桃太郎の号令で会議室Bにいる面々はそれぞれ行動を始めた。
ジャンヌも班長であるホークアイの元へと向かう。
「ジャンヌ」
「は、はい!」
「......こんなこと聞くのはどうかと思うんだが、何か言いづらいことを隠してないか?」
ホークアイの万物を射抜くような視線がジャンヌに向けられる。
ジャンヌはホークアイの目を見返しながらも、動揺の色を見せる。さっき、桃太郎が意見を求めてた時に言うべきか言わぬべきか、迷ってたことをホークアイに見抜かれた。
ホークアイは心を見抜く特殊能力を持ち合わせているわけではないが、不思議と嘘をつけば狩られるという脅迫概念を相手に持たせる。
かつて、ホークアイが尋問をして嘘をついた人間はいない、否、つけないのだ。ホークアイの目が恐ろしすぎて。
「......」
「ここじゃ言いにくいなら、場所を変えてもいい」
言えない、言いにくい理由の一つとしてホークアイの視線が恐ろしいなんてとても言えない。
「い、いえ、そんなことは」
「そうか。なら、話してくれないか?そんな曇った目で捜査に出られてはこちらとしても困る、お前には【骸】調査チームのリーダーを担当してもらわなければいけないしな」
「私が、ですか?」
「そうだ。お前なら信用できる」
ポン、とジャンヌの肩に右手を優しく添える。
ジャンヌはギュッと下唇に力を入れ、言葉を紡ぐと同時に入れた力を一気に抜いた。
「実は、先日気になる人物を保護しまして」
「先日、私と飲みに行った日か」
「はい」
あの日、ホークアイの愚痴と酒に付き合わされたジャンヌは泥酔してしまった。
ホークアイの酒のペースが異常であったからだ。
「ふらふらの私を友人が連れ帰ってくれたのですが、その友人が見知らぬ人物を連れてまして」
「ふむ」
「その、男なんですけど、今日駅に行った時に妙なことを口走ってたんです」
ホークアイは何も言わない。
ジャンヌの話を真剣に聞いている。ジャンヌのことをしっかりと両の目で射抜くような視線で。
「何もないところに向かって、時刻表があると」
「......ほう」
「その後も、急に焦り出して、本当にそこに時刻表があるようにそこを触りだして、あれでは、まるで–––」
「幻覚を見ているようだ、ということか?」
「......はい」
蓮見征史。
ジャンヌは彼を疑いたくない。しかし、誰もが一度は足に運んだことはあるはずの駅街一の街の案内を頼んだり、周囲の様子を観察したり、当たり前のことに驚いたりと。
彼はもしかしたらスラムの出身なのかもしれない、そして【骸】にも何らかの形で関わっている。
別の世界、という発言に関しても富裕層と貧民層では世界はたしかに違うだろう。
そして、このタイミングでの【骸】の捜査の進展。何か関わりがある可能性があるとジャンヌは考えている。
「......なるほど、たしかに気になるところではあるな。その男は今お前の家にいるんだな?」
「はい、寝泊りをする場所がないと言っていたので一時うちで保護してます」
「わかった、ならお前に任せる」
ホークアイはそれだけ言うと会議室Bを後にした。
「え?」
「聞こえなかったのか?そいつのことはお前に一任する、お前の判断で署長に報告しろ。不確定要素が多いからあの時言わなかったのだろう?」
「......」
ホークアイの言葉にジャンヌは息を呑む。たしかに、蓮見を疑いたいわけではなかった。ほとんどがジャンヌの推測、真実は一割も満たない。
もし、あの場で話してしまっていたら。
ケルベロスが即座に行動したかもしれない、彼は短気だ。
ダルマが蓮見を犯人に仕立て上げたかもしれない、彼の妻は【骸】に毒されて亡くなっている。
桃太郎団長が何としても情報を引き出そうとしたかもしれない。どんな手を使ってでも、彼は手段を選ばない。
–––ホークアイは、ジャンヌに託した。
「私も忙しい身だからな、中毒者と断定した者ならまだしも、仮定の人物一人一人に会う暇はない。よって、任せるぞ」
「は、はい!」
ホークアイはジャンヌに背を向け多目的室Cの扉を開く。ホークアイ班はここで主に会議や報告を行っている。
「あ、二人とも会議お疲れ様ッス。おかき食べます?」
「いただこう」
現在、ホークアイ班は23名。
その中のホークアイとジャンヌ含む七名が多目的室Cで各々の作業をしていた。
「【人喰い】の次の活動予測時期は二ヶ月後の予定だったな?」
「今までのデータから見た周期はそのくらいです、潜伏先がわかれば待つ必要はないのですが」
「構わん」
–––ならば、二ヶ月以内に解決すればいい話だ。とホークアイが結論付ける。おかきを食べながらジャンヌを置いてホークアイは話を進めていく。
「奴の唾液から出身や年齢は特定できそうか、イバラ」
「何度もやってますが、やっぱ難しいですね。一人だけの唾液ならともかく【人喰い】は頭も食べるので被害者の唾液やら血液が混じってしまって、どれが【人喰い】のものか断定はできませんので。今まで通り男性であるということしか」
「それは何度か遭遇した上に目撃証言からもわかっている」
そんなことよりも、とホークアイが薔薇の花頭をしたイバラの作業を中断させて、話を切り出す。
「実は【骸】の方の調査も我々が協力することになった。何人か解決するまで異動させても構わないか?」
「いいっすよ、大した報告も次【人喰い】が姿を見せてくれない限りは無理そうなので」
「わかった、では近いうちに会議を開く。これだけでは話にならん」
ホークアイが自分のデスクに腰をかける。
「ホークアイさん、椅子に座ってください」
「フン、座れれば問題なかろう」
ホークアイの自分ルールには毎度悩まされるジャンヌとホークアイ班の面々であった。
ジャンヌもその都度注意はしているのだが、改善される様子はない。
会議中はきちんと座ってくれるということは救いだが。
「ジャンヌ、お前も一度戻れ。オフの日に呼び出して悪かったな」
「い、いえ!何かお手伝いすることなどは」
「ない。今は次の捜査に備えて体を休めておけ」
「......わかりました」
※
ジャンヌの家に戻った蓮見はもう一度シャワーを浴びていた。空に雲があるとはいえ、外は暑い。8月はどこもかしこも暑いものだと確認することができた。
こちらに着てきた服は脱いで日干ししてある、太陽がないこの世界において日干しという表現は適切とはいえないが言葉の綾だ。
リビングに向かうとレキが暑さでバテていた。時間が経過するごとに暑さが増していくのも蓮見の元いた世界と何も変わりはない。
「おい、黒森生きてるか?」
「なんとか〜」
やっぱり、あの服暑いんじゃない。
朝方はあんな平然としていたのに今は死にそうだ。
どうやらこの世界にエアコンという便利なものは存在しないようで、ジャンヌの家は風通しはいいのだがそれでも暑いものは暑い。
むしろ室内の方が篭ってるせいで外よりも暑い気がする。
「それで、お前も見えてたのかよ。あの、浮いた時刻表が」
「......うん」
「なんであん時言ってくれなかったんだよ?」
「......へ、変な人だって思われたくなくって」
「お前は十分変だ、安心しろ」
「へ、変じゃないし!蓮見さんの方が変だし!」
レキはじたばたと全身を使って反論するが、蓮見は気にしない。
もし、仮にレキにあの時刻表が見えたとするなら蓮見の仮説である別世界の住人である蓮見しか目視することができないという説は崩れることになる。
まさか、こいつも元々はあっちの世界の住人じゃないだろうな?なんて疑念を抱きつつレキを見る。
「......」
「む、無言は怖いんだけど、はすみん」
「おい、まさかはすみんってのは俺のことじゃねぇだろうな?」
違うと信じたい。
「あの、時刻表なんだけどね」
「あん?」
レキが唐突に話を切り出し始めた、沈黙が続いて二分くらい経過してからぐらいに。
もうじたばたするでもなく、力なくソファの上で仰向けに突っ伏している。
「アレイスターの変態から聞いた話だと、この世界じゃ私くらいしか見ることができないみたいなんだよね。あの変態は知らないけど、存在は知ってた」
アレイスターの言うことがどこまで本当のことかはわからない。
だが、少なくともジャンヌは見ることができなかったため話を信じてみるのもありだと思った。
「私ね、あっちの世界、アレイスターが言うにはアダムって言うらしいんだよね」
「アダム、か」
「それでこっちの世界がイヴ。時刻表にも書いてあったでしょ?」
あれはそういう意味だったのか、と蓮見は納得する。
唐突に神話の中の神の名が出てきたから、どういった意味があるのだろうと頭を悩ませていたのだ。
レキはどこから持ってきたのかわからないりんごを食べながら話を続ける。
「話、戻すね。私ってね、アダムの人間とイヴの人間の間に生まれた子供みたいなんだよね」
レキの言葉に蓮見は耳を疑った。
一瞬なにを言っているのかわからなかった。
「は?」
「昔、もう二十年以上前みたいなんだけどアダム世界の父さんがこっちにやってきて母さんと結婚して生まれたのが私みたい、私が物心つく前に父さんは帰っちゃったみたいだけど」
蓮見は黙ってレキの話に耳を傾けた。
レキの出生と両親よりも蓮見が気にした単語は他にあった。
–––私が物心つく前に父さんは帰っちゃったみたいだけど。
「つまり、お前の親父さんはこっちに一度来て、帰ることができたってこと、なのか?」
「さぁ、帰ったってきちんとした報告があったわけじゃないみたいだけど、探しても見つからないらしいよ」
それもそうだ、もし帰ったという確証を得るにはもう一度出会う必要がある。それにはレキがアダムの方へ行くかレキの父親がイヴの方へもう一度やってくる必要がある。
「そのことで喧嘩して、家出してきたの」
「お前のお袋さんとか?」
「うん、私が父さんを探すって言ったら母さん全力で止めちゃってさ。あんな人のこと忘れちゃいなさいって、忘れるも忘れないも私は一回も会ったことないんだよ、おかしな話だよね」
レキはシャリっとりんごに一口噛み付き、咀嚼する。
「実は、蓮見さんがこっちの世界の人じゃないってわかってから、もしかしてって思ってたんだよね」
シャリシャリ、とレキがりんごを食べながら蓮見の目を見ながら話す。
蓮見もレキの目を見ながら息を呑む。
–––こいつの話、どこまでが本当なんだ?
思い返してみて、蓮見はレキには自分がこことは違う世界からやって来たことを直接話してはいない。
出会った時、蓮見は職をクビになり路頭に迷っているということになっていたはずだ。
「......奇数なら信じる、偶数なら信じない」
「ちょいちょい!まさかそんなことも運で決めちゃうの!?私悲しくて泣いちゃうよ!」
ポケットからダイスを取り出して空中に弾き飛ばす寸前でレキに手を握られて阻止される。
レキの握力は思った以上で振りほどくのは難しそうだ。
「ていうか汗クセェ!シャワー浴びてこいよ!」
「酷!?仮にも乙女に対してそれはないんじゃないの!?」
「ケッ、ガキに欲情するほど俺は落ちぶれちゃいねぇよ!」
「誰がガキよ!?」
レキが蓮見の胸板をポカポカと叩き、蓮見はレキの頬をむにーっと抓る。爪は立てていない。
「つーか、お前親父さんに会いたいのか!?それで家出とか、とんだファザコンだな!お袋さん泣いてるぞ!」
「実際泣かしたし!父さんとはいっぱい話したいことあるんだし!ていうか、蓮見さんには関係なくない!?」
「ここまで一方的に話されて関係ないは酷くないか!?」
口喧嘩をすること、かれこれ五分。
汗もかき、体力の無駄であることにようやく気がついた二人は床に突っ伏していた。
「......ていうか、蓮見さん帰らなくていいの?もっと焦らなくてもいいの?」
「......いいんだよ、焦ったって仕方ねぇだろ。時刻表も消えちまったし、金もねぇし、行く宛もないんだからよ」
蓮見は息を整えながら汗を拭う。
もう一度シャワーに入った方がいいかもしれない、暑さのせいで普段以上に汗が流れてくる。
「そういう黒森はよ、家に帰らなくていいのか?あと、アダムに行く準備を進めなくてもよ」
「......家出中ってんでしょ、それに今からアダムに行くにしたってお金もないし父さんの顔もわかんないし」
「.....お前、思ってた通り馬鹿だったんだな」
「失礼な」
最初はたしかに焦っていたが、今は少なくとも焦りはないわけではないが、開き直った感じだ。
蓮見としてはこんなよくわからない世界からさっさとおさらばして普段の日常に戻りたい。
反面、こんな時間も悪くないと思い始めている。
「なぁ、黒森。こうしないか?」
「どうすんの?」
「–––俺とお前で協力して、アダムを目指す」
利害は一致している。
蓮見の方がアダムのことはレキよりも詳しい。
右も左もわからず、レキ一人でアダムに向かって野垂れ死ぬよりは蓮見が協力した方が彼女の父親も見つけやすいだろう。
「......なんか蓮見さんが素直で怖い」
「バカヤロウ、借りも作りっぱなしじゃいけねぇからよ。お前がいなきゃここまで辿りつけなかったわけだしな」
蓮見がゆっくりと起き上がる。
レキの顔を見据えながら微笑む。
「......ハハ、蓮見さんって結構真面目なんだ」
「当たり前だ」
「じゃあ、よろしく。で、いいのかな?蓮見さん」
レキがはにかみながら、笑い返す。
蓮見もそれに応えるように、白い歯を見せながら笑顔を見せる。
「こっちこそよろしくな、黒森。明日辺りに職探しに行こう」
「そうだね」
「で、俺らがこれからすることはだな–––」
蓮見が何かいいかけて、ぐぅぅぅぅと腹の虫が鳴き出した。
–––蓮見は朝から何も食べてない。
「.....腹ごしらえ、だな。さっき食ってたりんご、少しくれよ」
「もう食べちゃったよ、あぁ、私もお腹空いてきた...」
「テメェさっきまでボリボリ食ってたろうがァ!!」
こうして、二人の喧嘩第二ラウンドはジャンヌが帰ってくる二十分後まで続いたことは言うまでもあるまい。
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