個性永久借奪措置   作:hige2902

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やっぱ事務員は事務員って事で、ころころ変えてすみません。


第二話 激突ファッションチェック

 開始時刻に間に合わないな。塚内直正は本庁の会議室へ向かうべく急ぎ足だったが、遅刻に関しては悪びれもせずに思った。仕方のない事だ、緊急性のある事案で逮捕状請求をせねばならなかった。従来の犯罪に加えて個性を利用した犯罪を処理するには、まだ法体制や警察内部の組織作りに投資すべき金と時間が不足している。

 だからこそヒーローという職業が成り立っているのだが。エレベーターに駆け込み、ボタンを押す。腕時計を確認すると五分の遅れ。

 たいして焦っているように見えない穏やかな口元を崩すことのない表情。

 その昼行燈よろしくとぼけた顔立ちはしかし、彼の役職が否定している。警察全体で僅か数%しかいない警部という地位を、36歳という若さで上り詰めたのは歴史を覗いてみてもほんの一握りだ。

 

 会議室のドアをそっと開けると、既に始まっているようだ。定期的に行われる、警察関係者代表と各ヒーロー事務所の代表による会議が。

 

 いそいそと着席すると、警察が情報処理し精査された書類が置いてある。読むまでも無く、場所ごとの犯罪発生率や犯罪者の年齢、個性を利用しているかどうかのデータであることくらいは、塚内もこの行事に慣れている。

 

「お手元の資料を見てわかるように」 と進行役の警察関係者がスクリーンに映るデータにレーザーポインタをやる。 「日中に行われる犯罪は増加しています。今のところは軽犯罪ですんでいますが、先日の怪物化の個性を使用した犯罪によって、副次的に倒壊した建築物による経済的な被害は甚大です」

 

 一拍置くが、こっちも忙しいんだ早く続けろ、という無言の圧が各ヒーロー事務所代表から発せられた。気持ちはわからないでもない。ぶっちゃけ、お上の意向で開かれた会議であって、内容があるわけでもない。いつものやつ、対外的建前。

 

「個性犯罪の発見、通報、警察の避難指示および個性犯人に対する威嚇または妨害、ヒーローの到着という一連の流れを迅速に行うためにも、かねてよりの提案ですが、各ヒーロー事務所のパトロール経路や所属サイドキックの勤務可能時間を共有する事が急務ではないでしょうか」

 

「われわれの業務に支障をきたしかねない、と以前より伝えているはずだ、業務内容の共有化は」

 と炎の口髭を蓄えた大柄の男、エンデヴァーが威圧するように言った。進行役は諦めたように塚内へと視線を投げる。

 

「われわれにも公務というものがありまして」 塚内は代弁して小さく肩を竦めた。 「もちろん、おっしゃる事はわかっています。各事務所が実質的な競争関係にある以上、パトロールの分業によって活躍の機会が均一化するのは避けたい。しかしながらみなさんは一応の公の立場の人間である以上、警察組織との連携を強く意識する事が、秩序の維持に繋がると考えては頂けないでしょうか」

「公の立場ではあるが、現場の実業務中は郵便局員や国立大学法人の職員と同じ、みなし公務員という制度を解釈した存在だ。職業ヒーローは個性犯罪者に対しては正当防衛ではなく、個性犯罪による緊急性を要する一時的な秩序の維持、という業務に対する公務執行妨害の法的根拠によって、個性を攻性使用できる実行力を持つというだけ。警察の管轄にはない」

 

「われわれには、なにも職業ヒーローを警察の管轄下に置こうという目的は無い。ただ、飽和状態になりつつある職業ヒーローの統合情報処理を担おうという訳です。現実に、個性犯罪者の個性に不向きなヒーローが駆けつけるという事例も多多ある。そういった事態はヒーローの、あー、その」

「言葉は選ばなくて結構」

「では失礼。駆けつけたはいいが活躍できないという事態を防げるのでは? これは事務所としても避けたいところではあると思いますが」

「まったくの同意だな。とにかく現場へ向かわせればいいという事務所の判断の誤りであって、受け入れるべき現実だ」

 

 エンデヴァーは、言ってバツの悪そうにする周りの事務所代表を見渡す。要するに、うちは違うという意思の表れ。

 こりゃあ一本取られたな、と塚内は頭をかく。まあ、もとより非のない半民間相手に公権力を強行できる訳でもない。なし崩し的にヒーローが公の立場と大衆に認識されているだけだ。行政組織の人間でない以上、どうにもならない。

 

「むしろ、警察の立場からすれば、各事務所の長がサイドキックの状態把握に努めるように強く進言するべきなのでは」

「個店主義に傾倒されると見過ごせなくなりますよ」

「それは警察権をちらつかせた恐喝に近しいと思うが? 皮肉にしては安っぽい」

「とんでもない。わたしの言った、見過ごせない、とは事務所間の格差です。事務所の収入源が活躍に比例した人気によるものだとすると、重個性犯罪にしか興味を持たないという経営方針の事務所が出てもおかしくはないですから。これは市民としては見過ごせないでしょうという意味です。ところでエンデヴァーさんは、どのような意味で恐喝と捉えたのですか?」

 

 エンデヴァーは面白くなさそうに鼻で笑って腕を組んだ。

 

 この二人のやりとりに、建前以外の意味は無い。塚内としては、エンデヴァーのように独立を主張してくれる人間は助かる。主張してもらわなければ困る。警察にヒーローの情報を統合処理する目途はあれど、法的根拠も規則罰則草案も金も時間も人員も揃っていないからだ。

 それを察せずにヒーローが折れるか行政府が強行してしまっては惨事だと、エンデヴァーも理解しているからこそ実の無い論戦を行っている。

 

「仮に重個性犯罪のスペシャリストを揃えた事務所がいたとしても問題あるまい。ヒーローが飽和状態にありつつあるなら、軽個性犯罪に対応した事務所があるだろうから。多様性自体を否定されるべきではない。もっとも、ヒーローたるもの程度を問わず如何なる悪事にも対応するはずだがな」

 

 問題はあった。今は無いが、予想される。職業ヒーローの収入源の大部分が人気に依存すると仮定すれば、脚光を浴びないであろう軽個性犯罪を専門とするヒーローの給金は、重個性犯罪を専門とするヒーローよりも少なくなる。 ――軽個性犯罪の方が件数は上なのでライバルがいなければ活躍の機会は増えるが――

 

 

 

 相対的に、ヴィランが行政として看過できる許容臨界線を超えつつあるな。塚内はなあなあで終わった会議の帰路でぼやいた。ぼんやりとタクシーから流れる都会の風景を眺める。

 ヒーローを貶める気はない。しかしヒーローである以前に人間だ。欲は誰にでもある、それすら否定するのは理から外れる。そしてまたヴィランもヒーローと同じ人間だ。ヴィランがヒーローに紛れては困る。

 

 

 

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 後日、三茶は別件で移動中の車内で塚内に切り出す。

 

「こないだのひったくり犯なんですけど、駅のターミナルで暴れた」

「が、どうかした」

「送検後も容疑を認めないみたいなんですよね」

「ふーん」

 

「手を打ちますか?」

「やらせておく。悪いけどもう一つ頼んでいい? そのひったくり犯と近しい人物の直近の羽振りを調べておいてほしい」

「まず金と異性、ですね。わかりました」

 

 三茶は聞き込みに絶対的な自信を持っていた。猫の個性により、猫とコミュニケーションを取れるというのもあるが、存在もそれに一役買っていると考えていた。

 

 猫ほど人間の社会に深く入り込んでいる動物はいない。 ――言葉を悪く言えば寄生。申し訳ない――

 比較対象として犬があげられるが、古来は猟犬や番犬といったギブ&テイクの関係にあるわけで、言ってしまえば主従関係にある。豚や牛などの家畜は当然に利用価値があるから、人間に個体数が保障されている。

 だが猫は違う、なんら人間にとっての利を生まない。なのに地球上で最も人間に世話をさせて生きている動物だと言っていいだろう。なにをせずとも人間と近しくある。それも、人間の無意識化レベルで。

 

 三茶がそれに気づいたのは高校生時代だ。なんとなく少年時代に好きだった娯楽作品を見かえしていた時。

 アニメや漫画を手に取れば多くの猫が主人公に利をもたらす存在。あるいは存在感のある敵。道しるべ。まず未来のネコ型ロボットはまず思い浮かび、そういえば何とかウォッチもたぶん。モンスターを集めるやつも、ライバルが猫だ。ソーシャルゲームの導き手役を担うマスコットも猫をモチーフにしている物が多いように思える。

 確たる根拠はなかったが、一番最後に絶滅する動物が人間なら、たぶん二番目は猫のような気がした。

 

 猫という存在が、科学では立証できない対人間性能を有しているのではないだろうか。実質的な地球の支配者に世話をさせる能力は、単なる哺乳類の域を超えている。猫はヤバい生き物。

 

 そういう理念を心に置くと、三茶の対個人交渉能力はがらりと変質した。何かを頼むとき、自然な動作でちらと肉球を見せ、相手の視線がそれを追えば別れ際に握手をする。ぷにぷにの肉球を味あわせた後で、もし出来る事ならとか、暇があればとか、思い出したらとか言って背を向けると高確率で呼び止められた。

 

 三茶は高校時代に、まどろっこしい女性同士の関係そのことごとくを解決し、それを切っ掛けに多数の異性から好意をもたれ、そこから生まれた恋慕 ――モテすぎだろあいつ、という男の嫉妬も―― の数数をも解決しきった最後の瞬間、交渉人を目指そうと決めた。

 

 確かめた事は無いが、ツイッタとかでイイネされた最多総数は猫だ。猫の存在は問答無用に人間に支持される。

 多くの人間は猫に逆らえない。現代では解き明かされていない魔法めいた謎がそうさせる。

 

「あ、そういえば塚内さん、どうでした」

「何が」

「こないだ副総監に呼ばれたとかなんとか」

「早いね」 塚内は困ったように笑った。 「こないだのヒーロー会議の会議録が問題の種だった。副総監はヒーロー事務所と世論に対する警察の威信、面子、その他諸諸を示す必要があるとさ」

 

「でも前、塚内さん言ってたじゃないですか。警察を矢面に出すと保守派を相手取らないといけないから、まだ現状でいいって」 相変わらず副総監に睨まれてるなー、と三茶は雲の上過ぎて他人事のようにも思えた。 

「副総監のいう事も一理あると思うけどな、ヒーロー事務所と警察組織が協調路線を歩むことは。ま、なんとかするように言われた」

「なんとかって、えらいアバウトですね。なにか手伝えることがあったら言ってくださいよ」

「あー、じゃあ急で悪いけど最優先で広報に頼んでほしい事がある。渡りをつけたい人が居る。それと、総務の方にも通しておきたい起案がある」

 

 塚内は先日のひったくり犯の副次的被害総額のほとんどを占める事務所を思い浮かべて言った。

 

 ヒーローは業務中に出した損害に対して故意過失が無いかどうか、明白に正当性のある行動によるものかを書面にして警察に提出する。その後、保険会社に報告される。公務員なのに金のケツ持ちが国でないのは、なし崩しに公的存在と認識されているに過ぎないからだ。

 

 

 

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 そして一話冒頭に戻る

 

 

 

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 後日、塚内はMt.事務所を訪れていた。ちょうど春の兆しがほんのり暖かく、長袖に黒のスラックス。ラフに思えるがクールビズを推奨する政府の手前、行政府の人間が従わない訳にはいかないのでこんなもん。

 

 岳山と事務員が出迎えた。

 

 岳山は灰色のスーツに薄い水色のブラウス、いかにも大学の入学式に買った就活にも使えると言った感じ。新人程度に安っぽい。ヒーローという花形なのでちょっといいやつを身に着けがちだが、倹約家なのか。と塚内は内装に目を走らせた。目立ちたがる傾向の性格と考えていたが、それに反する質実剛健な事務用品。中古だろうな、とコピー機の年季から察した。いるのか? コピー機。この規模で。

 サイドキックはいないので従業員もそれほど必要ではなく、数人の派遣。事業拡大の野心の表れ?

 

 応接室で名刺を交換する。

 事務員は、まだ三十代らしい容姿で警部の名刺を見て気を引き締めた。まず無いと思うが、ノンキャリアかつコネでないなら塚内と名乗った男は相当の切れ者だ。

 キャリアなら受けて喋らせてのらりくらりしたい、あわよくば言質を取る。論戦の場数を踏んだノンキャリなら強く出て喋らせず、なんとかお茶を濁して妥協させたい。どっちだ、こいつは。現実的にキャリア組だと思うが。

 

 事務員の視線に気づいたのか、塚内が左手で自分の額辺りを指して言った。

 

「しかし、凝ったマスクですね。その山という漢字のモチーフの素材って、何で出来ているんですか?」 

「ああ、これですか」 と事務員。つられて左手でマスクを触る。 「飾りはチタンです。長時間付ける場合があるので軽い素材で作ってあります」

 

 へえ、と塚内が大きな瞳を事務員の左腕に向ける。

 

「……考えてありますねえ。それにしても、いやあ、先日の怪物化の個性犯の捕縛は凄かったですね。助かりましたよ」 とにこやかに塚内。 「華華しいデビューでしたね、いきなり注目を集めるとは」

「そう、ですか」 と岳山。謝辞は満更でもない。緊張しているのかあたふたと、声もワントーン上がっている。 「まあ駆け出しなんで、まだまだですよ」

「デビューは緊張して活躍できないヒーローも多いそうですよ。何やらファンクラブも出来たとか何とか」

「そうみたいですね」 へへ、と照れたように頬をかく。

 

「われわれとしても、ヒーローが市民の支持を得ているというのは好ましいものです。ところで岳山さんには折り入ってお願いがありまして……」

 

 いよいよの本題に岳山は固唾を飲んだ。事務員からは一先ず話を聞くだけと釘を刺されているが。

 

「一日署長をやって頂けないかと」

 

 事務員の言ってた事は本当だったー! ヤッター! 岳山は脳内で万歳三唱。鏡開きとついでにダルマに目を入れる。

 一日署長に起用されるのは大体が有名人だ。その仲間入りとなるようでワクワクを押さえきれない。むふふと口角が上がりそうになる。

 

「ヒーローとしてお忙しいとは思いますが、受けて頂ければ」

「ありがたいお話なのですが、この場で即決はちょっと」 と、冷静に事務員。

「ふむ。エンデヴァーさんですか?」

 

 塚内の問いに岳山が答える。

 

「んーまあ。でも別に警察に対抗する為に団結してるって訳じゃないんですよ、わたしたち。こう、雰囲気として事務所は事務所で警察組織とは独立してるって立場は守っていかないと、みたいなのがあるんですよねー。いやほんと、敵対するつもりとかは無いんですよ」

 

 気まずさから来ているのであろうその早口を、なだめるような口調で塚内が返した。

 

「ええ、それは重重承知です。ですがあまりにも対外的な関係がドライだと、われわれが守るべき市民はどう思うでしょうか。事務所と警察がほどほどに友好的であると認識できた方が安心できるのでは? 事務所間でそういった連盟があるわけではないでしょう」

「それは……そうですけど」

 

 マズいなあ。と内心で事務員。塚内に関する判断材料がみつからない。公務員という事で派手さは無く、いたって普通の出で立ち。中立的立場を意識した口調。特徴が無い。身に着けている物も、年齢に則した給与人が買えるだろうという事くらいか。

 袖からちらと見える時計の大きな外枠メモリからしてダイバーズウオッチ。夜間に視認しやすい夜光と、いかにも張り込み中に雨とか降った時に困るから、という誰もが思いつきそうな典型的警察シチュエーションにしても、耐水性が有り余るそれ。

 足元は小奇麗であるが、特段の手入れをしているようにも感じられない。カーフに見えるが、しっとりした光沢と、腕時計と同じ理由で水分に強いリスレザー。応接室に通すときに見た靴底の踵の凹凸からしてコマンドソールに似た物。いわゆる無骨でどこでも歩きやすい靴。

 メーカーを特定する小さな深緑色のタグが付いているはずだが、それが無い。ハードワーク故に取れたか、取ったか。前者に見せかけた後者かも。

 

 つまり現場に関わっています感が嘘くさい印象を受ける。警部だろ。だがひょっとしたら、叩き上げで出世をしたが、困ってないから新調しないという無頓着とも合理的とも取れる性格かも、という可能性を捨てきれないところが塚内を危ういと感じる所以だ。タフである事は間違いない。

 

 何かを演じているやつが、一番ヤバい。というのが事務員の考え方だった。塚内は露骨に警察ライクな恰好をしているが、天然なのか演者なのかわからん。

 

「オールマイトさんが一線を退き、実質的なトップヒーローのエンデヴァーさんの発言力が大きいのは事実です。経験豊富な人間がリーダーシップを取る事それ自体に、わたしは不満はありません。エンデヴァーさんもヒーローを牛耳ろうという腹は無いでしょう。ただ、ちょっと迫力があるから異を唱えにくいだけですよ。それに半民間らしく事務所間は実質的競争関係にあるのも事実。前例の無い初のヒーロー一日署長、目立つと思うんですけどねーそうですかー受けて頂けませんかー。メディアも注目すると思うんですけど、残念です」

 

 目立つ、メディア、という言葉に岳山の整った眉が反応した。

 事務員はそれを視界の端に捉え、冷静に口を開く。

 

「競争関係にあるからといってデリケートな問題に独断専行する事は、新米事務所としては避けたいところでして。十分に議論してからでないと」

「そんなに危ないですか? 初のヒーローが副業を受けた有名な事例ですが、ヒーローへPV出演を依頼した音楽関係者によれば快諾だったそうですよ。ニュース番組内でひと悶着あったくらいで。なんせ前例の無いケースなので警察も事情を掴んでいまして」

「それとこれとは事情が違います。警察は個性を武に、警察権に用いないという理念に反する恐れがある」

 

 やはり、やっかいなやつだな。塚内は事務員を観察して思った。

 

 マスクのせいでわかりにくいが、新卒という歳ではないだろう。中途採用。警部の肩書に怯む事無く弱い所を突いてくる。営業職? やり手。棘を含んでいるのは、こちらの強行を危惧してか短期決戦を嫌ってか。しかし転じて防戦一方の証左。生地の良いスーツやシャツはくたびれてない。婚約指輪は無し、リングの日焼け跡も。同棲していないのならじぶんでアイロンをかけてる? だとしたらかなり自己を律する気質。

 

 事務員にマスクの話題を振った時、左手の袖からちらと覗いた腕時計を見た時から塚内は既に試算していた。

 秒針が一秒刻みでないので機械式腕時計。不意の動力不足が起こり得るクォーツやソーラーは、仕事に使うにあたって不適と考えている? クォーツに比べ時刻精度の劣る機械式を使うなら、日日の時間調整をする几帳面さを持っている。用心深く、不確定要素を排する性格。

 

 仮に単なる趣味だとしたら。道具として不便な物を仕事に使い、それでもミスなく完遂するという自信の表れ。あるいは前述の性格と両方を併せ持っている。

 

 一目見てわかるメーカーの代名詞的なフラッグシップの物ではないにせよ、安価で製造できるクォーツとの棲み分けの結果、機械式の時計を造るメーカーが出しているのは基本的に高級路線だ。

 

 パッと見て小奇麗にまとまっているデザインからして、新米事務所の中途が給金で買うには躊躇する代物。ということは前職で稼いだ金で買った、買えるだけの給与を得るだけの地位や仕事をこなしていた。

 しかしと足元へ視線をやれば、まだ履き皺の少ないキャップトゥ。歩き方や音からして靴底はレザーではない。革はオーソドックスな黒のカーフレザー。トゥの鏡面磨きを自分でやったのなら、靴磨きの道具とリムーバーやワックス類一式揃えている。では他にも何足か持っている、たぶん高級ラインを。

 

 あえてランクを下げて、年下の雇い主を立てる器量もある。まあその程度の謙虚さがなければ前職で稼げないか。いま身に着けているのは仕事に慣れ始めた頃、ボーナスで買ったのを引っ張り出してきたか? 湿気の多いわが国で革靴は時計と違って手入れが面倒だから、思い入れがある物を除き出世に合わせて手放した。だから新しい職場に合わせて数足ほど買いなおした。

 

 今後、けっこう手を焼きそうだ。と結論していた。

 

 こういった慎重でミスをしないタイプは、相手を見極めてからでないと動かないし、上司と同席の場合にあからさまな反対意見を口にしたがらない。一対一ならともかく、今回はMt.レディがいる。謙虚さが仇だった。

 

「そうですか。今回は色よい返事は頂けませんでしたが、市民に向けての警察と事務所間の友好アピールについては気にしないでください。この後、ミッドナイトさんにも打診してみるつもりなので」

「ぇえっ!? いやあでも彼女は教師な訳ですし」

 

 これ、ミッドナイトが受けたら、どーなるんだろう。岳山は焦った。セクシー系ヒーローとしてキャラが被っているミッドナイトが前例を作り、話題を掻っ攫う事になったら……

 

「同時に副業可のプロヒーローでもあるわけですから、もちろん岳山さんもね。警察内部でも結構揉めたんですよ、MT.レディさんかミッドナイトさんかで。ミッドナイトさんの方がヒーロー経験も豊富でしょうから、新人である岳山さんよりもエンデヴァーさんの影響を受けない気概もあるとかなんとか。もちろんわたしはそんな事は考えていませんがね」

 

 それではお邪魔しました。と塚内はお茶請けを一口二口やってそそくさと席を立った。その背に待ったの声を掛けたのは岳山の自己顕示欲、ビッグになるという目的が故に他ならなかった。

 

 いつまでもエンデヴァーに会議で主導権を握らせては、トップに立てない。ニッチなファンだけでは到底満たされない。より多くを魅了し、必要とされるヒーローになる。なりたい。いつか後輩が、Mt.レディに憧れてヒーローになりましたと言うくらいに。

 

「岳山さん。今日は話を聞くだけという」

「一日署長、やります!」

 

 事務員が短く溜息を吐いた。岳山の決断にでは無い、その思い切りの良さが彼女の美点だ。結局のところ、塚内に負かされたじぶんに憂いている。

 

 

 

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 契約書類は後日、という事で事務所を後にするとすぐに塚内の携帯端末に着信があった。大方の予想は付く。名刺は渡したばかりだ。先んじて口を開く。

 

「心配しないでください。使い捨てるつもりなんてありません」

『……隷属も困ります。うちの岳山は飼い殺しで終わらせたくない』 と事務員。聞かれたくないのか小声で話している。

 遠くで岳山が前祝いをしようと事務員を探している声が入っている。というか事務所の前なので普通に聞こえた。

 

 塚内は散歩がてら、すっかり日の暮れた歩道を歩いた。気が向けばタクシーを拾ってもいい。

 

「わかっていますよ。今のところは男性に人気ですが、彼女のような内に秘めたハングリーさは性別を無視した魅力だ」

『何がしたいのですか……まさかヒーローに一日署長をやらせて、はいこれで仲良しです、で終わらせるだけではないでしょう。そんな一過性のアピールでは、今の警察上層が抱える根本的な問題を解決できない』

「いやあ鋭い」

『警部クラスがわざわざ新米事務所に来るなんて異常だ。本当に本庁としての意向ですか? それともあなたの個人的な?』

 

「無論、行政組織としての行動です」 起案はわたし個人だが、と省略して続けた。 「岳山さんの将来に影を差すような事にはなりません。いざとなったら断ればいい。あなたにその意思があるのであれば、わたしの瑕疵という事で契約を反故にしてもいい」

 

 一見して塚内が譲歩しているように聞こえるが、例え相手の意向だとしても無かった事になれば、あれほど舞い上がっている岳山は落ち込むばかりか警察に対して不信感を抱くかもしれない。事務員としては避けたい。そういう打算のある提案だ。乗れるわけがない。塚内は、岳山の前祝いをするほどの喜びようを聞き、こちらが断れないと知りながら、譲歩してもいいというフリをしているだけだ。

 

 面倒なやつに目を付けられたものだと事務員は落胆した。

 

『……とても岳山さんの前祝いに付き合えるテンションじゃない。ふ、不安だ』

 

 さめざめと言う事務員に、塚内はそんなに怪しいかなあと少し傷ついた。

 とりあえず通信は形式儀礼的別れ文句で終わった。

 

 

 

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『もしもし塚内さん?』

「うん?」 と三茶の連絡に返す。

『検察に行った例のひったくり犯なんですけど、そいつの兄の金使いがここ最近……』

「……あーそう、じゃあ張っといて。ひょっとしたらタイミングがいいかも」

 

 本当にあのひったくり犯は、わざと犯行に及んだのかよ。と三茶は通信を切って引いた。

 




一週間後くらい
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