「ひゃー。これでわたしも婦警かー」
更衣室で岳山が姿鏡の前でクルリと一回転した。風に揺らめく麦畑色の長髪が追随して舞う。警官の制服に厚手の黒タイツがキマっていた。
室を出るなり、待機していた事務員にぞんざいに口を開く。
「逮捕していい?」
「え、あー……な、何の容疑で」 事務員はめんどくさそう。
「んー。警察提出用の、ヒーロー活動時における副次的損害書類の偽装」
「ここ警察署ってわかってて言ってます?」
冗談に思われたのか、 ――当たり前だ!―― 朗らかに塚内が笑った。
「よくお似合いですよ。取りあえず、予定としては署長室で委嘱の式。公開記者会見。一部メディア同行で都内をパトロール。途中、多等院駅で個性の迷惑使用防止キャンペーンのビラを配って署に戻ります」
「パトロールの経路を確認したいのですが」 と事務員。
「うーん、申し訳ありませんが、一応部外者の方にはちょっと……一般の芸能の方にならともかく、事務所と警察は友好的独立関係。そういうスタンスですから。明かしても問題はないと思いますがこのご時世、何が原因で炎上するかわかりませんし」
「まあ、そういう事でしたら」
納得の様子を見せるがしかし、事務員は腑に落ちない。案の定出張って来た塚内という男が、本当に一日署長で終わらせるのだろうか。警部がイベントに付きっきりか? ありえない。取って付けたような乾いた笑顔を張り付けた、切れ者が何もしないなど。
自己を見失うな。塚内は予断の許されない相手だ。
その朝、Mt.レディと同じく若手ヒーロー、シンリンカムイは事務所のテレビでその様子をチェックしていた。もちろん、Mt.レディが何か粗相をしてヒーロー全体のイメージダウンになるのでは、と懸念しての事だった。断じて心配などしていない。
署長室で神妙な表情でMt.レディが敬礼をしていた。ふん、今のところボロは出ていないようだな。シンリンカムイは腕組を解いて番茶を一口すする。
次いで初のヒーローの一日署長という事でマスメディアが質問を投げかけていた。
『何か、警察に関するエピソードはありますか?』
『そうですねえ。あまり覚えていないのですが、両親が言うに子供の頃は上手く個性を制御できなくて、不意に巨大化していたそうです。たまたまそれを見た人が怪獣が出たと通報したらしくて。道警の方には迷惑をかけてしまいした』
記者陣に軽い笑いが起こった。
先日のひったくり犯横取りを思い出し、シンリンカムイも口の端で薄く笑う。強欲な女と思いきや、幼少時は案外微笑ましい。
『どうしてヒーローを志そうと思ったのですか?』
『最初は巨大化なんて個性、嫌だったんです。畑仕事を手伝う時は便利ですけど、よくデカ女って意地悪な事を言われてました。なんでこんな個性なんだろうって、こんな個性じゃなかったら、学校で嫌な思いをしなくて済むのにって。自分自身が嫌いになっていって』
『個性の性質や、常在型の個性で容姿が目立つ方は苦労されていると聞きます』
『ええ、特に多感な幼少期に様様な偏見を受ける事は多いと思います。ですが、自分では嫌になる個性でも誰かに感謝される事があるんだって、近所の人の家の雪かきなんかを手伝っていてわかったんです。小さな切っ掛けですが、そんな現実もあるのだと、多くの同じ境遇の人に知ってほしくて。ですからわたし自身が、幼少期に嫌いだった巨大化という個性で誰かに憧れを抱かせる事が出来たら、いま自分の個性が嫌いな人もきっとヒーローとして活躍できるのならと、自分を好きになってくれると思うんです』
先日のひったくり犯横取りを思い出したが、シンリンカムイは評価を改めた。ただの目立ちたがり屋かと感じていた自分を恥じる。彼女は目立つ事で、自分の個性に悩んでいる人を精神的に救おうとしていたのだ。それに、誰かの為に個性を使う事に関する理念は共感できる。
『なるほど。今後のヒーロー活動に関してはどうお考えですか』
『一応の民間で、活躍に応じた収入を国から得られるのも事実ですが、きっと他のヒーローもわたしのように、誰かの為の個性使用を心に秘めているのだと思います。志を同じくする者として、共同、協調、協力して個性犯の捕縛に挑むつもりです』
先日のひったくり犯横取りを思い出し、シンリンカムイは真顔になった。リモコンを手に取り、テレビの電源を切る。
三茶が運転するパトカーの後部座席、事務員はMt.レディの隣で思案にふけった。
どうもパトロール経路が先ほどから大通りや広場の近くばかりなのは気にし過ぎだろうか。車内では助手席に座る塚内と岳山で雑談が行われている。ルームミラーを覗くとメディア関係の後続車両が映っていた。
「そういえばMt.レディさんも巨大化の際は衣類も巨大化するのですか」 と塚内。のんびりと言った。 「怪物化の個性を使用していたひったくり犯はそうでしたが」
「そうですね。身に着けている服は大きくなりますよ。なぜかは知りませんけど。判定の基準が曖昧で、指輪とかもそうです。ただ、個性を解除すると元の大きさに戻りますけど」
「仮に個性犯罪者と遭遇しても、警察の制服のままでは戦えませんよ」 と事務員。やんわりと釘を打つ。
「わかっていますよ。それとこれが駅で配るビラです」
Mt.レディが受け取って書類袋の中を取り出すとチラシには、一人は個性を使って雨を弾いているが、その隣で飛沫を浴びて困っている人の絵が描いてある。小学校のコンクールで選ばれた作品らしく、精緻ではないものの、味があった。
いるいる、こういう人。Mt.レディは小さく笑った。
原則的に許可の無い個性使用は違法だが、この程度の事まで取り締まるのは現実的ではないのでまかり通っている。いわゆる、マナーの範囲内。
不意に塚内の携帯端末が鳴った。失礼、と着信を認める。 「ええ、はい、了解しました。一応、権限は取り上げといてもらえますか」 と深刻な表情で通信を終了する。
「重個性犯罪が発生しました、予定をキャンセルしてこれから現場に向かいます」
「塚内さん、それは話と違う」
「もちろん普段のスーツに着替えて貰って結構です。しかしながら無視はできないでしょう。パトカーで送るだけです。降車してから現場に向かうのは非効率的だ、迅速に現場に駆けつけるのもヒーローの役割なのでは」
外堀を埋められつつある。事務員は少しでも隙を見つけたかった。
「どうしてパトカーの無線機にではなく、塚内さん個人の携帯端末に事件の連絡が?」
「政治的判断を必要とされる用件らしいですから。詳しくは向かいながら話しても?」
パトカーのサイレンが鳴った。嬉嬉として後続のマスコミ車両が追随する。
それをバックミラーで一瞥した塚内は軽く笑い、窓枠に頬杖をついて流れる景色を眺めた。
場所は奈武競馬場だった。すでにマスコミのヘリが飛んでいる。回転翼の羽ばたきがうるさい。
人だかりを退けて入口で待機していた警官に塚内が尋ねた。そのまま歩を進めるので、事務員とMt.レディも何となく付いて行く。いつもならにぎわうであろう場所が、がらんと人気がなくなると不気味だ。
「状況は」
「動いていません。一応は上が公安と連絡を取っているらしいですけど。要求は変わらずです」
「対応可の連絡を入れてきたヒーローは」
「シンリンカムイ、バックドラフト……一大事なので他にもいますが、状況が状況なので警察権発動によりヒーローの実質的な活動権は取り上げられています」
「何が起こっているんですか」 と岳山。ヒーローの権限が失われるとは相当な事態だった。
「うーん、どうやら先日のひったくり犯の自称兄が無茶をやってるみたいでね。実兄かどうかは確定されていない」
客席スタンドに着くと、青い芝生に囲まれた競馬場で怪物がマスコミヘリを威嚇していた。体躯は筋骨隆隆な人間のようだが、頭部は獰猛なイヌ科にも見える。兄なだけあって尻尾や尖った背びれもある。本来は人間界に存在しないような姿とありふれた晴天がギャップだ。
怪物が吠える。
「今すぐに弟を解放しろ! それと燃料満タンのヘリを操縦者付きで一時間以内にだ!」
うるさいなあ、と巨体から発せられる声量に岳山は耳を塞いで言った。 「なんでこんな事に?」
「弟が鉄道会社から損害賠償請求された。こないだ線路壊して電車を止めちゃったからね。通勤ラッシュ時だったのもあって、チンピラにはとても払えない金額だったから検察に喧嘩を売ってる最中。競馬場を選んでいるあたりは、駅で暴れるより賢いのかな」
「保険が降りてよかった」 と岳山は安堵。
「検察? 件のひったくり犯はまだ拘留中なんですか」 と事務員は不審な顔。という事はまだ罪を認めていないのか? 警察の48時間の取り調べに応じず、検察に送検された。なぜ?
「逃げられると思っているんですかね」 と部下。
「怪物化という個性にもよるだろう。適当なところで海に飛び込んで、そのまま国外逃亡とか出来る可能性はある」
「要求を飲まなければ?」 と事務員。
「都を破壊して回るらしい」
そうだろうか、と事務員は思考した。
その魂胆なら最初から都心で怪物化して政府に要求すればいい。実際に行うかは別としてリアリティが増す。わざわざ競馬場を選んだのは、そうする勇気が無いからだ。クレーマーがゴネているだけ。人質もいない。さっさとヒーローの権限を戻して捕縛してしまえばいい。
その事に塚内という辣腕家が気づかない訳がない。ここまで周到に警察とヒーローを同行させるように立ち回れるのだから。
しかし素人が軽はずみで無責任な事は言えないので別の疑念を口にする。なぜこうも塚内の指揮権が強力なんだ? 明らかに命令系統をいくつか跨いでいる。塚内のバックは誰だ?
「どうして塚内さんがこの件を指揮しているんですか? テロですよね、これ。公安の仕事では」
「自慢じゃないけど軽個性犯罪を挙げてきた実績を買われて警部になったようなものでね。公安とは共同して事にあたる体を取っているんです」
「刑事だったんですか? てっきり警務課の方かと」
「警務の方が昇進しやすいとは言われてますがね。まあ、そんなとこです。」
言って塚内は試算した。どうしようかな、用意したヘリに乗り込むときは怪物化を解除するだろうから、そこを狙ってもいい。けれど拘留中の弟を解放するとなると、必ずどこかに借りを作らなければない。それは極力避けたいところ。
「ここはやはり、ヒーローのご助力を願いますか」 言って携帯端末に一言二言呟くと、部下に少しばかりの紙幣を握らせて行かせた。
「え? 戦っていいんですか」 と岳山は拍子抜け。
「ええどうぞ。権限は戻したと各事務所には伝達されているはずです」
そーですか。いそいそと制服を脱いで、あらかじめ下に着ていたヒーロースーツ姿になる。アイマスクをすればMt.レディ、ゆるやかなウェーブの長髪を搔き上げた。
「岳山さん、ちょっと」 と事務員が塚内から離れた場所まで移動してから小声で言った。
「まずはシンリンカムイさん達の動向を見てからでもいいのでは? 塚内さんに嵌められるかもしれない。権限を戻したと口では言ってはいますが、未だ奪われている可能性がある。その場合のヒーロー活動は違法です」
「承知の上よ」
「え?」
あっけらかんと言い放った岳山に、では何故? と怪訝な顔を見せた。
「ヒーローの権限を一時的に取り上げるほどの事態じゃないのに、マスコミの前でわざと大事に見せているくらい、わたしでもわかるわ。でもいいじゃない。わたしたちが、例えば警部の作為的な瑕疵を押し付けられて法廷で叩かれたなら、他の事務所に塚内直正は危険だと警告できる。警察という組織と事務所はどうあっても付き合わなければならないけれど、避けるべき個人は特定できる」
「岳山さん……」
「常にとは言わないけれど、ヒーローには自己犠牲の精神も必要って事ね」
Mt.レディは不安そうに名を呼んだ事務員にばっちり決まったウィンクをすると軽やかに駆けだした。客席スタンドを飛び下り、速度をそのままに青青とした芝生を踏みしめる。腰を落とし、個性を発現すると同時に前方へ跳躍した。
それはまさに、バックドラフトの両手のポンプから放水車並の水圧で飛んでくる水の塊に翻弄される犯人へ、ここぞと放たんとするシンリンカムイの必縛ウルシ鎖牢! の瞬間。
人間サイズで接近し、巨大化と同時に強襲こそがMt.レディの得意とするところであった。
Mt.レディの圧倒的質量による跳び蹴りが犯人の側頭部を捉える。
大樹の根のように拡散したシンリンカムイの右腕が物悲しく虚空を捉える。
「流石に兄なだけあって怪物も成長しているということですかね」
外殻が固いのか、よろめきはしたものの反撃に転じる犯人を眺めて事務員が言った。塚内の隣に腰掛けると、先ほど部下に買いに行かせたのであろうホットドッグとコーヒーを渡された。断る理由も無いので二人して客席スタンドで頬張り、目の前で繰り広げられる特撮顔負けの巨大アクションを眺める。
「もし一時間が経過したら、あなたならどうしますか」 と塚内。
「時間ぎりぎりで要求どおり弟を解放したと偽ります、居場所は伏せますけどね。連れてこいとは言われていない。一応、ヘリは用意しておきます。本庁には高速輸送ヘリが配備されているはずですから」
「最終的にヒーローが犯人を捕縛できなければ?」
「弟をヘリで連れてきたとか言って、あらかじめヘリに忍び込ませておいた警察の対テロ部隊に処理させます。乗機時は個性を解除せざるを得ないので、不意打ちのテーザー銃で片が付くでしょう。貸しを作らず、何事も内内にやるのがいい。逆に塚内さんがわたしならどうします?」
部下に欲しいな。塚内はぼんやりと考え、そうだなあ、とコーヒーを一口やる。
「まず間違いなく接触して来た警部は何らかの目的があり、長期的にMt.事務所を利用しようとしている。その限りにおいて事務所側の要求はだから、多少無茶でも断れない。バックが誰なのかによるが、とりあえず貸しを作っておくが甲ってところですかね。どうせこの件で行政は真面目に対応しないのだから、同程度で付き合ってやればいい」
「Mt.レディはいつだって真剣です」
「それが彼女の、ヒーローの良い所だ。わたしたちのような人間がヒーローに不向きな理由でもある」
この事件は大事にならない、というのは二人とも考えていた。人質の無い政府への要求はなんて雑はたぶん、個性犯のテロ要求に対して、どう国が対応するかが知りたいだけだからだ。それを理解しているから行政は手の内を見せずに適当に終わらせる。
問題は、上記の仮定を満足する場合に絵を描いた黒幕が居るという事だ。ひょっとしたら弟が駅で暴れるという事すら計画の内だったのかもしれない。未だに容疑を認めず、検察に身柄を拘束されているのもおそらく。
だがここまで組織的に大規模な事を画策できるとなると。塚内はこの件が終わればオールマイトに連絡を取らねばと内心で呟いた。以外に早かった、オール・フォー・ワンが表舞台に干渉してくる先ぶれは。
「結構粘りますね、犯人」 塚内はホットドッグの包み紙を空になった紙コップに入れると、立ち上がって大きく伸びをした。 「そろそろケリを付けましょうか。Mt.レディに全員一時撤退するよう伝えてください。われわれ警察からだと角が立つ」
事務員が携帯端末を起動すると、岳山のスーツに内蔵された骨伝導通話装置が連動した。
「岳山さん、一旦引いてください。他のヒーローにもそのようにお願いします」
『はあ? なんで? もうちょっとなのに、このう。尻尾を持って振り回してやる!』
取っ組み合いに持ち込もうとするが、長い尻尾に拒まれ苦戦している。
「どこに放り投げるつもりですか。塚内さんの指示なので断れません」
『どういう事』
代わりますよ、と塚内は事務員に言って携帯端末を手にする。
「岳山さん、塚内です。これは何も岳山さんに限った話ではないのですが、歌手でもタレントでも一日署長をやると警察の階級が与えられるんです。ただのコスプレではなく、形式的には誰でも一日限り身分上警察官なんです。そしてヒーローは活動時にみなし公務員という地方公務員の形態を取っている。つまりあなたはヒーローであると同時に警察の階級を持つ地方公務員なんです。そしてわたしはこの件の指揮を取っている、あなたは上司の職務上の命令に従う義務がある」
『そんなこじつけの理屈に従わなきゃならない根拠はあるの!?』
「言いませんでした? ヒーローの一日署長には前例はありません。法廷で争って判例を作るのはお互いに困るでしょう」
むぐぐ、とMt.レディが悩んでいるとバックドラフトが犯人の死角でバツ印を描いていた。給水のサイン。決め手に欠けるのも事実か、とシンリンカムイをちらと見やる。頷かれたので二人のヒーローを引っ掴んで後方に跳躍、着地ぎりぎりで個性を解除。着地のショックは水と木で緩和。離脱した。
この離脱方法はへたなジェットコースターよりも動きと速度があるので、シンリンカムイはぐったりしている。バックドラフトは消火栓から水分補給。
『そろそろヒーローが撤退してから十五分が経過しようとしていますが、はたして政府は犯人の要求を飲むのでしょうか』
マスコミの報道ヘリの中でレポーターが言った。眼下には無残にも荒れた芝生の競馬場、不遜に腕を組み、仁王立ちの怪物。
唐突にバックドラフトが水をジェット噴射させて犯人の眼前に躍り出た。瞬時に両手に装備されたノズルを切り替える。すると――
『これは妙技ホワイトミスト! 冷房効果があるので屋外イベントでよく見られる技ですが、こんなところで活躍するとは!』
――霧状に広域散布された極小の水粒が視界を奪う。当然、犯人はその場を離れようとするがしかし、地中から這い出たシンリンカムイのウルシ鎖牢が両足に絡みついていた。
「長くは持たんぞ」 地中に両手を埋めているシンリンカムイが呻いた。しかしこの縁の下はホワイトミストによりカメラには映っていない。シンリンカムイは全然目立っていないぞ!
『ですがこれではダメージにはなりません! Mt.レディはいったいどこに……』
おい、あれ! カメラマンが指差す方向には、高度に位置する警察の高速輸送ヘリ。ズームすると開いたハッチからMt.レディが身を乗り出している。不敵に笑うと機を蹴るように飛び降りた。
『え? あれ? 落ちて』
レポーターの理解は追い付かない。
ただ、犯人は理解した。ミストが晴れると同時に自分が影になっている事に気付く。反射的に見上げると重力加速をたっぷりと得た巨体の踵が迫っていたので。
という映像が、夕方のテレビニュースに載った。事務所で岳山と事務員がお茶をやりながら眺める。政府への要求という特殊性もあるがやはり、問題は別の点だった。
『どうなんですかね、今回のヒーローの活動の際に出た被害を国が補てんするというのは』 と司会者がコメンテーターに振った。
『本来であれば国が負担する必要はないのですが、おそらく行政側の思いやりだと思いますよ。政治的判断を必要とされるのでヒーローの権限を失わせた以上、政府の介入があった訳ですから。始末だけ押し付けるのは酷でしょう。偶然にもMt.レディさんが一日署長だったので一時的に警察の指揮下に入っていたという事にして』
『それ故に、事実上の個性を使用した警察権の行使ということで問題視する声もありますが』
『前例が無いので何とも言えません。何人かの弁護士と野党の議員は異を唱えていますが』
『これに関しての警察の公式発表によれば、適切な判断だったとの事です。まあ、確かに副次的損害を事務所に負わせていてはヒーローとしての活動の幅が狭まるでしょうしね』
『世論も是認の方向なんでしょ? 取り立てて問題視するほどじゃあないと思いますがね』
『はい。それでは続いては今回大活躍されたMt.レディ特集です』
画面が切り替わり、署長室で敬礼するMt.レディが映し出された。
キタコレ、と岳山は録画されているかどうかを再再確認。ダビングして ――ダビングって言い方は古い?―― 北海道の両親に送るそうだ。
その様子をぼうっと目に映していた事務員は浅く思案した。例の兄弟を操っていた黒幕はテロの要求に対する国の対応レベルを探っていたようだが、塚内は警察権に個性を間接的に使用した場合の世論をテストしていたのかもしれない。
なぜそんな必要が? 決まっている、実際にそうなった場合にバッシングを受けそうかどうか。また、許容されるという前例を作りたかったのだ。恐らく今日、兄が罪を犯さなければ、なんらかの個性犯罪情報が警察のネットワークを通じて優先的に塚内の携帯端末に入ってくる手筈だろう。
そうなると、うちを選んだ理由に説明がつく。Mt.レディの個性上、どうしても副次的損害は出る。それも多額の。誰かの為のヒーロー活動それで火の車というのはいかにも同情の余地があり、国が補てんする大義名分になる。
つまり塚内は個性を使用する攻性の行政組織を創設するつもりだ。
それもおそらく法的に認められるものではないだろうから、変則的な形で。警察内部で創るとなると塚内のバックは警視総監トップか、その上の国家公安委員会か。国際的テロ組織を視野に入れるなら防衛省にも話が通っている。所属としては公安になるのか?
組織の容認はともかく、実力は問題ないだろう。数多くの個性犯を挙げてきた塚内の経験による作戦立案能力は、今回の件で証明済みだ。
とぼけた顔して、とんでもない事を考えている。事務員は溜息を吐いた。まったくもって先行き不安。塚内という男は敵ではないが関係を誤れば火傷で済まない。今回は上手くいったからいいようなものを、マスコミやSNSでバッシングされた可能性もある。
「なぁあに不景気なツラしてんの、せっかくの晴れ舞台だってのに」 むすっとして岳山がテレビを顎で指す。
ちらと画面を見やり、それで事務員はなんとなーくいいかあ、って気分になった。犯人をとっ捕まえたMt.レディが満面の笑みでヒーローインタビューを受けていたので。