「玲久さんの名前の由来って……」
華姿が、絶句しながらもそれだけを話す。
岩さんの入院している病院の病室は、異様なほどの静寂に包まれていた。
玲久は嫌な過去に耐える様にきつく唇を噛み、出流は一言も聞き逃さないようにと壁にもたれながら、静かに耳を傾けていた。
岩さんもそれは同じで、静かに黙ったままだがその背には、理不尽に対する怒りが透けて見えていた。
唯一、口を開けたのは華姿だけだった。
皆、フェニシオンの話に言葉を失っている。
そして、当事者だったレイク……いや、玲久が口を開いた。
「ああ、俺とダァトは監獄の中にいた。
所謂拉致された人間の一人だった。
何度も実験を受けて、自分の出実すら覚えていない。
俺にあるのは、咲良さんから受けついだコレだけだ」
玲久は、自身の持つドライバーを撫でる。
フェニシオンの言葉によって、あえて思い出さないようにと、意図して考得ないようにしていた〈監獄〉での記憶を思い出させた。
『逃げろ!レイク……逃げるんだ。この悪意の巣窟から……』
「咲良さん……」
すでに変身が解かれていた咲良。傍らには、意識を失ったダァトが倒れていた。
咲良が変身したジェイルが扉の向こうから助け出したが、いまだに意識は戻らない。
胸がゆっくりと上下しているところをみると、死んではいない様だが……
ジェイルとして変身した彼は、クレルを倒した。
クレルもクレルで初めて、戦闘と言えるものをしたのだろう。
今まで、暴れだした囚人を抑え込む事は簡単だった。
彼の体内には、3本ものクライムキーが有るのだ。負ける訳が無かった。
だが、今回クライムキーを始めて、戦闘に使用する存在が現れた。
偶然と未知との遭遇。それによってクレルは後れを取ったのだ。
「レイク……お前、名前が無かったんだよな?
俺の名をやろう……俺は『鶴自』……そうだな、お前は今日から『鶴自 玲久』として生きるんだ……」
咲良は、隠していたモーターボートに玲久とダァトを押し込んだ。
あらかじめ、咲良が用意していた物の様だった。
「お前は、お前たちは自由だ!!
もう、悪意に捕まるんじゃないぞ……ここを抜けて、つらい事もあるだろうが、大事に生きるんだ!!」
咲良は玲久にバックルを押し付け、ボートを発信させた。
ボートに向けて、背を向ける咲良の背には大きな切り傷が出来ていた。
「いけ、誰にも捕まるな……」
一瞬だけ振りかえった、咲良は口から血を吐いて倒れた。
少なくても、それが玲久が最後に見た咲良の姿だった。
その後は良く覚えていない。陸地に上がったが自身はドライバーのみを持って、ダァトはそのままたった一人で何処かへ行ってしまった。
「さて、続きを話そうか」
「おっ」
フェニシオンの言葉で漸く、玲久が自身の回想から戻ってきた。
そうだ、今はあの時、知らなかった部分を知れるチャンスなのだ。
そう考え、迷いを振り切る様に首を振った。
フェニシオンの会話は続いていく。
「といっても、ここからは情報が交錯しておってな。
儂の知るところをして、咲良はクレルを倒すも致命傷を受けたらしい。
そして、ダァトをジェネラルの扉から救い出し、玲久に自身のキーとドライバーを渡し、監獄から船で逃がしたんじゃ」
フェニシオンの言葉に、全員が言葉をつぐんだ。
それはあまりに――不自然なまでにあっさりした、話だった。
「なぁ、あの後どうなったんだよ?
咲良さんは?あんたは、どうしてこっち側に来たんだ?」
玲久の言葉に、フェニシオンが口を紡ぐ。
「だんまりじゃ、俺たちも信用できねぇーな」
病院のベットに横になる岩さんが口を開いた。
先ほどの、明らかに詳細を誤魔化したであろう。
「貴方は真実を話すと言ったはずだ。
知らない部分は仕方ないが、解る部分はなるべく詳細に教えてもらわないと困る」
出流までもが、厳しい視線を向ける。
「……ここから先は、儂の後悔が色濃く出る部分だ。
弱さ醜さ、そして情けなさが出るが……
ふぅ……そうだな。話さずにはいられんか」
何かを諦めた、あるいは観念したようにフェニシオンは深呼吸をする。
そして、再度自らの過去を話し出した。
『さくら……おまえ……』
桜が二人を逃がした後、最も先に咲良を発見したのはフェニシオンだった。
息も絶え絶えで、今にも死にそうな咲良をフェニシオンが見下ろす。
「おまえ……」
咲良傷つき、怒りのこもった目でフェニシオンをにらむ。
その視線は到底、10年来の友人に向ける物ではなかった。
まるで、自身の家族の仇でも見るかのような、視線だった。
(そうか、俺はもう……お前の仲間じゃないのか)
その悪意のある視線は、不思議とフェニシオンの心に強く刺さった。
「あの二人は、逃がした……もう、手出しはさせはしないぞ!!」
そばに落ちていた棒を杖代わりに、立ち上がる咲良。
だが、未完とは言え怪人のフェニシオンと、ボロボロの咲良では戦いにすら、なることは無いだろう。
『なぜだ?なぜ、あの二人にそこまでかまう?』
嘗ての友の姿、名も知らぬ者のために憤り、自分たちに対して怒りを向けるその姿は、怪物の心を少しだけ揺れ動かした。
「…………」
『怪物に話すことは無い。という事か』
フェニシオンが、咲良の首に手をかける。
そして、首を掴んで持ち上げ、高く掲げる様に捕まえる。
咲良は自身の死を間際にして……尚、不屈だった。
むしろ、死が確定しているからという可能性もあるが……
「…………最後の一線……自ら、超えるか?」
『っ!?』
咲良の言葉にフェニシオンがひるむ。
「なぁ、何で、こんな事になってる?」
『お前が、監獄を壊そうとするからだ!!』
フェニシオンが苛立たし気に答えた。
「守るほどのものか?ここに、そんな価値が……あるか?」
『ここには、力がある!!
人間にはない力だ!!見ろ!!俺を見ろ!!
お前も、あの道具で〈変わった〉ハズだ。
ドウだ!?気持ちよくないか?全能感がないか?幸福を感じ――』
「哀れみしか、感じないな」
『この……!
くっそっ!!』
フェニシオンは咲良を地面に叩きつけた。
『俺たちは、罪を犯した!!もう、戻る事などできない!!
あの日、あの〈侵略者〉の力に魅せられて以来、ずっと欲しかった力だ!!
ここまで形になったのだぞ!!ここまで俺たちの物に出来たんだ!!
なぜ、ためらう!?』
フェニシオンが半狂乱になって、倒れる咲良を蹴り飛ばす。
「なんの為だ?なんの為に力を欲した?
壊す為でも、奪う為でもなかった……知りたいという好奇心だろ?
未知を解明したいという、欲求……
だが、なんでこれがこうなった!!
なんで、罪のない人間を生贄にしている?
なぜ、悪意のかけらなどを取り込む?
止まれよ。俺たちは行くべきを間違えた」
『間違ってなどいない!!俺は、人間を超えた!!
超えたんだよ!!少し偉くなる程度じゃ手にできない、力だぞ!!』
フェニシオンが自身の体を見せつける様に、両腕を広げる。
この時、フェニシオンはなんとしてでも咲良に、この力のすばらしさを教えなくてはいけないという、妄執に駆られていた。
「やめろ……もう、きづているはず……だ。俺たちは、道を誤った……」
『過ってなどいない!!過ってなどいないんだ!!俺は――』
フェニシオンは認める訳にはいかなかった。
ここでもし、認めてしまえば自らを守る物が崩れる気がした。
『いえ!!いうんだ!!俺が正しいと、俺は間違ってないと――』
『そう、貴方は正しいですよ?何を乱心したのか……ねぇ?』
不快感のある声と共に、咲良の首が地面に落ちた。
『あ……』
『まったく〈監獄〉の職員でありながら、このような失態……
非常に残念ですよ』
クレルが、血の付いた自身の腕を振る。
そう、この男が咲良の首を跳ね飛ばしたのだ。
『さぁ、誇ってください?貴公は正しい行いをしたんですよ』
クレルがそう言って、咲良の首を踏みつぶした。
悪意の塊が去ると、そこに残るのは静寂。
さっきまで、話していた友人がいない。
人生の半分以上を共に過ごした友人がいない。
自身を止めてくれた、友人が
このタイミングになって、ようやくフェニシオンは頭が冷静になった。
「……おれは」
力なく、監獄へと戻る。
〈監獄〉も『臆病者』も何の変化もなく、活動を再開していた。
ここで、解ったのは裏切って逃げた奴がいる程度の認識だった。
「お、おれは……なにを……」
あまりにも普通過ぎる状態に、フェニシオンは寒気を感じた。
人の心の無い場所で、心を取り戻したフェニシオンは震えだした。
「俺は、咲良の研究を継ぐ……
あの怪物を、倒さなくてはいけない!!」
フェニシオンはそう言って、怪物の仮面をかぶったまま、研究を始めた。
時に〈監獄〉の外で、研究室を作り。時にクレルを真似て『バイト』を作り、ダァトに接触した。
悪意の中で、悪意を倒す研究は、5年にも及んだ。
「分かっておる、あの日……わしが、もう少し早く目を覚ましていれば……」
「…………俺は、あんたを許さない」
玲久のセリフが、病室の中に響いた。
「あんた等の勝手な都合や、好奇心のせいでたくさんの人が苦しんで死んでった。
謝っても絶対に許さない!!俺も、ダァトも!!
いや、ここにいる全員が、あんたらのくだらない好奇心の犠牲者だ!!」
誰も口を開かなかった。玲久は名を奪われ、人生を奪われ、ずっと逃げ続けてきた男。
目の前に、その原因の一人がいるのだったら……
「許してくれとは言わん。だが、先にすべきことが有る。
研究していたのは、シーカーの対看守用プログラムだけではない!
儂は、長い年月を使い対ジェネラル様の研究をしていたんじゃ。
今回の様に外出許可を取り、野外にひっそりと研究室を作り、ジェネラルを倒す方法を研究した。
その研究結果の一部が、ダァトの持つバイトじゃ」
「!? バイトの出どころはあんただったのか!?」
その情報は玲久でさえ知らない物だった。
ダァトと別れた後、彼がどのように行動してきたかは謎に包まれている。
その謎の一つがダァトの使用する、バイトだった。
「ああ、ダァトはクレルが注目てい居る様に、特殊な存在でな。
奴は普通の人間と、クレルの様な看守との中間の存在じゃった。」
「そして、その研究はとある場所に封印された」
「!?」
フェニシオンの言葉に、そこにいた全員が驚きの声を上げる。
クレルをはじめ、その親玉ともいえるジェネラルの弱点が『ある』。
それはとてつもない吉報だった。
「なぁ、ジェネラルを倒せばどうなるんだよ?」
出流の言葉は、その場にいた全員が聞きたかったであろう質問。
「すべてのクライムキージェネラルから生まれた。
その親玉が居なくなるんじゃ……
そりゃあ、大打撃じゃろうて。もっとも、幹部クラスまで成長すれば話は別じゃが……」
「要するにほぼ全部のキーが機能停止するって事か……
それどころか、クレルも……」
「ああ、消える。少なくとも現在の様に自由に動くことはできない」
この時、全員の中に希望が宿った。
悪意を生み出す未知の存在が、倒せる可能性が出てきた。
自分たちは悪意に勝てるという、可能性。
「それで?その、対ジェネラル様の武器はどこにあるんだ?」
「わしが一時期実験施設としていた山のなかじゃ。
その山のとある場所に、地中深く埋めた。
今は、そこに確か……一人プレイズナーがおったはずじゃ……」
「なんだよ。警護役の奴がいんのかよ」
「違う違う、奴は昔からその山に住んでる一族の一人じゃ。
監獄ではなく、その山にいるだけ。むしろ儂が土地を貸してもらっておったくらいじゃ」
「じゃあ、そのプレイズナーは敵じゃないんだな?」
「ああ、そうじゃ。まぁ山に入る前に、電話でも入れれば問題ないじゃろうて」
「さぁ……始めようか」
とある男が、自身の体に鍵を差し込む。
そして回した瞬間、男の体が靄に包まれ一瞬で変化する。
プレイズナー『ビフロント』。
成長したプレイズナーの証にして、クレルがジェネラルの為に集めている72体のうちの一体。
その姿がゆっくりと、影の中から身を出す。
『……………』
両手が肥大化した体に、頭には何かを潰した後の様な、ひび割れて扇状に広がったパーツ。
全身は濃い緑で右目の位置に一個だけ目があり、それ以外は口も鼻も耳もない。
全身に走るのは複雑に描かれた模様。それは直線、または曲線で描かれている。
小さな子供なら、迷路の様だというだろうか。
『俺の……迷宮へ来い』
その言葉を言った瞬間、空間が歪む。
まるで、粘土でもこねている様に、床が、壁が、天井が、空が、地面が皆自ら持っていな姿を失っていく。
そして、ぐにょぐにょと形が変わっていく。
ビフロントの能力により、山全体が別の物に変わっていく。
見た目は同じ、だが一歩でも山に入れば、そこは延々と広がる広大な迷宮。
『これで、いいんだな?』
ビフロント――メイズプレイズナーは、ここにいないクレルに対してそう言葉を投げた。
こっち側は、むしろ敵が味方だったパターンの採用ですね。