2本のやせ細った腕が、『ソレ』を優しく抱き上げる。
ねぇねぇ、きいて、きょうね?
僅かに跳ねる声、嬉しそうな声。
だが、すぐに部屋の下から怒号が聞こえてくる。
そしてそれに何かが暴れる音が加わる。
暴言、罵倒、雑言そして何かが壊れる音。
きょうは、とってもたのしいことが、あったの。
あめがふってね、あめがやんでね、わたしのかおがみずたまりにうつるの、かがみみたいね、ふしぎでしょ?
いつか、あなたにもみせてあげる
その声は下から聞こえる声を必死で聞かない様に、まるで自分を騙すかの様につぶやいた。
まいにちがね?とってもたのしいの、とりさんはそらをとべていいなぁ、おさかなさんはかわをじゆうにおよげていいなぁ、わたしもいつかとおいところへいってみたい……
幼い声は、自らの夢を力なく語る。
幼い声が跳ねる。怒号が響く。
跳ねる、響く、跳ねる、響く。
ある時、幼い声はパタリと消える。
わたしね、あなたと……いっしょに、いろんなものを……みて、みたか……
跳ねる声は消えた。響く怒号も消えた。
残ったのは、人の形をした骸。人の形を模した人形。
少女だった骸の願いは、人形だけが知っている。
「粗茶ですが……」
「まぁ、ありがとうございます。頂きますね」
岩さん、玲久の二人が拠点とする留置所にて、酷く不釣り合いな存在が口を開いた。
「あら、おいしい。何処の茶葉ですか?」
紙の長い穏やかな笑みを浮かべた女性。
そして、その傍らに佇む良い身なりをした少年。
「いや、普通にスーパーで――」
岩さんが話すが玲久にはその内容が頭に入ってこない。
それもそうだ。
彼女はタダの女ではない。
彼女は、いや彼女こそがフェニシオンと同等のプレイズナーの古参メンバーなのだから。
「ほっとする味ですね」
上級プレイズナーの一人でもあるヴァレフォが笑みを浮かべた。
「いやー、こんな若いご婦人が来てくれるなんて、掃きだめに鶴ですな!
がはは、そうだ。とっておいた饅頭があるから今出しましょう」
美人相手なのか、玲久が何度プレイズナーだと言い聞かせても態度を改めることは無い。
「岩さん、一応こいつはキーの影響力で老化していないだけで、岩さんより年上確定なんだぞ?」
「へ?こんなお若いのに?」
岩さんが茫然とする。
それに対して、ヴァレフォは再度笑みを静かに浮かべた。
「フェニシオンの時と一緒だよ。
長くキーを使ってると、だんだんと体に影響が出始める。
老化が遅く成ったり、精神に異常をきたしたり、場合によっては人間の姿で能力の一部が残留するらしい」
「へぇ、良く知ってんな」
岩さんが玲久の言葉に舌を巻く。
「前に一回説明したんだけど……」
「怪物の生体なんぞに興味はない!」
きっぱりと岩さんがその場で言い切った。
「それで、わざわざここに来たんだ。
目的はなんだよ?」
玲久が敵意のこもった目で、二人をにらんだ。
「……!」
その表情に反応したのか、楊がポケットに手を入れる。
「やめなさい。今日は争いに来たのではありません」
ヴァレフォが楊に手を伸ばし制しする。
「戦いに来たのではない?」
岩さんがその言葉に眉をひそめる。
今までのプレイズナーは殆どが悪意に満ちた存在だった。
いや、寧ろ彼らの生体を考えればそれは当たり前の事。
心の内にある悪意を取り出し、人間を怪物にした者がプレイズナーだ。
ならば、同じプレイズナーである彼女たちも例外ではないハズだった。
だが――
「はい、今日は私の保護をお願いしに来ました」
「保護ぉ!?」
玲久が胡散臭げに声を上げた。
「最近襲撃を3度にわたって受けました」
「襲撃?」
「私だけではありませんよ?
生き残ったプレイズナーを誰かが、狩っている」
ヴァレフォが厳しい視線をする。
「けど、プレイズナーを狩るんなら、別に構わねぇだろ?
寧ろ悪人を減らしているんだからよ?」
岩さんの言葉に、ヴァレフォが小さくため息をつく。
「今のところはそうでしょうね?
けど、このままならば……
楊君、礼のリストを此処へ」
「はい、ヴァレフォ様」
楊が持ってきたのは一冊のリスト。
そこには複数の年齢も性別もバラバラの人物たちが乗っていた。
「こいつぁ?」
岩さんがそのリストを取り上げる。
先ほどの様にそのリストに人物たちには一切の共通点は見られない。
「気のせい――じゃないよな?」
岩さんが眉を寄せるその横で、玲久が小さく声を上げた。
「んだぁ?なんか、気が付いたのか?」
「あ、えっと……確信も証拠も無いんだけど……」
「貴方の感覚が訴えるんですよね?」
玲久の言葉をヴァレフォが継いだ。
「感覚だぁ?」
岩さんが再度訝し気に言うが、ヴァレフォの言葉が玲久の自信につながった様で、玲久は再度、そして今度は自身を持って声を出した。
「こいつら、全員プレイズナーだ……
それも、ただのプレイズナーじゃない。
進化する一歩手前、または進化させるだけの力が有る人間だ」
「だにぃ!?コイツ等、全員がか!?」
岩さんが見たリストの人間はざっと10数人ほど。
それらが全員プレイズナーに成ると考えると恐ろしい。
「けど、ジェネラルはもう……」
「そ、そうだ!ジェネラルは指名手配犯共が破壊した!
もう、キーが成長した所でカンケーねぇハズだ!!」
玲久の言葉に岩さんが反応して、ヴァレフォに向きなおった。
「そうです、ジェネラルは破壊され、悪意の伝道者であるクレルも消失しました。
けどこの世にキーは残されました」
「!?」
「!!」
岩さん、玲久の二人がヴァレフォの言葉に息を飲む。
そうだ、まだキーは完全には消失していない。
だが、それらのキーを破壊するのは、時間をかけてゆっくりとしていけば良い。
そんな風に思っていた。
「……ジェネラルは悪意の塊……そして、キーはジェネラルから生まれた、人の悪意を暴走させる道具……」
ここで楊が再度口を開いた。
「看守の仕事は、人間を土壌にクライムキーと言うタネを植える事……
そして、人間の悪意を養分にして十分成長したキーをこの世に72本出現させる事……
そうすれば、ジェネラルと同じ程度の悪意がこの世で自由に活動できるようになる……
その悪意をジェネラルは動かして、この世に復活しようとした……」
「おいおい、マジかよ……あのバケモン、そんな知能有ったのかよ……」
「ジェネラルは悪意の塊だ。だけど、悪意だからこそ他人を害する事を何よりも考えてる。
その分、頭も良くなるって話さ。
戦争だって、起きると技術が大きく進歩するだろ?
嫌な話だけど、それと同じさ」
玲久が吐き捨てる様に言い放った。
「ちっ、怪物の癖にそんなとこばっかり人間様に似やがる。
んで?その悪意の怪物と、このリストに人間どもがなんだって?」
「……ジェネラルが悪意の塊で他人の悪意を扉を開く事が出来るなら、逆も出来るとは思いませんか?」
ヴァレフォがリストの人数を指先でなぞる。
「逆?逆って――!?」
岩さんがヴァレフォの言葉に気が付く。
「ジェネラルの復活を狙っている存在が居ます。
今まで膨大に飛び散っていったキーを一か所に集めて、この世界に新しいジェネラルを呼び戻そうとしてる存在が居ます」
「だから、バレフォ様を保護して欲しい……」
「保護だと……?
散々悪意のままに、行動した奴らを保護……」
玲久が歯を食いしばる。
それもそうだ、プレイズナーは皆犯罪者。
理由はどうあれ、その犯罪者を守るのは、どうしても気が引ける。
「ヴァレフォ様を助けてくれるなら、僕の持つ全部のキーを渡しても良い」
「なにぃ?」
楊の言葉に岩さんと玲久が驚く。
「何者かは分かりません。しかし、このリストのメンバーを始め多くの人間達が処分されています。
自体は既に動き出しているのです。
貴方たちは警察にもつながっているのでしょう?
このメンバーの大多数が、最近何らかの形で死亡もしくは行方不明になってるハズです」
ヴァレフォと楊が二人を見た。
そして二人はしずかに頭を抱えた。
出流邸にて――
「……まさか、こんな事が……」
出流が岩さんから渡されたリストを見ている。
そのリストの多くは確かに、つい最近多発していた行方不明事件や死亡事件の被害者だった。
「だが、全員が本当にプレイズナーの候補だって言うのか?」
「リストの情報は正確だ。
だが、本当に候補かどうかは分からない。
やろうと思えば、行方不明者や死人をリストに書き込んで、後は適当な人間を書けば信頼度の高いリストが簡単に作れる」
岩さんがたばこに火を付けながら出流に話す。
「フェイクの可能性もあるって事か……
玲久は?」
「指名手配犯なら、留置所で待機だ。
一応、保護するって約束だからな……」
「いつまで保護するんだ?」
「少なくとも、このリストが信用できるか分かるまで……
方法はあるんだ。
最低最悪な方法だが」
岩さんが舌打ちをする。
「誰か、このリストの人間が行方不明になるまで待つって事か?
到底正義とは言えない。
けど、この全員を同時に保護する事も出来ない」
出流もため息をつく。
残念ながら、警察のトップである目栗がいない為、今までの様に大きく動く事が出来ないのだ。
権力が無い。この部分が今になって大きくのしかかって来たのだ。
「まさか、プレイズナーを保護する側に回ろうとは……
飛んだ皮肉だな……」
岩さんと出流が苦い顔をした。
『エラー・ローディング』
謎の怪人が、床に転がる赤黒い液体のついたボロボロの人形にカードキーをつき刺す。
その瞬間、人形の体積がすさまじい勢いで増えていく。
そしてただの人形は一人の少女の姿に戻った。
「こんにちは。またお仕事?」
怪人は静かにうなづき、とある人物の写真を渡した。
「――ッ!?
…………約束守ってくれるんだね?
うん、行ってくるね」
はそのまま走り出した。
「…………はぁ」
一人の女が、部屋でため息をつく。
部屋の中はゴミだらけで、食べ散らかされたコンビニ弁当やカップ麺のインスタントの空箱が散乱している。
「あー、孫の手何処だっけ?」
女がゴミの山に手を突っ込んであさる。
「あ、汚い……」
生ごみの汁がかかり、不快なにおいがする。
小さく舌打ちして、尚も探す。
「……」
その時、ゴミ袋の下からくすんだリングが出て来た。
それは嘗て、彼女の旦那が送ってくれたリングだった。
だがすっかり汚れて、今は見る影もない。
いや、それどころかその旦那は結局外に女を作り出ていってしまった。
残ったのは家と、慰謝料と今の生活。
「いや、そう言えばちょっと前まで、もう一個あったっけ……」
そう、つい最近までもう一個有ったのだ。
それは旦那との子供。
10歳にも満たない娘がいたが、
ネグレクトだなんだと言われたが、こっちは傷心の身なのだ。
仕方あるまい。
怪しげな男が謎の鍵をくれ、その権力で自分を無罪にしてくれた。
あれ以来、姿を見ないが自分は困らないから良いだろう。
大事なのは、今の自分が自由な生活を出来るという事だ。
ガチャっ!パリッ!
「?」
二階の窓か何かが割れる音がした。
近所の子供がボールでも投げ込んだのだろうか?
一瞬遅れて、何かの足音。どうやらボールだけでなく、子供自身が侵入してきた様だ。
いずれにせよ、そのまま放置は出来ない。
「はぁー、やれやれ……」
そう言って女は鍵を自身の胸につき刺した。
その道具はやはりクライムキー。
女の体は一瞬にして、異形の化け物へと生まれ変わる。
赤黒い体を掌が覆い、顔面にはぽっかりと穴が開いている。
ありとあらゆるものを集める、偏執的なまでの蒐集癖。
それを形にしたのが、このプレイズナー『グリードプレイズナー』だ。
グリードが階段を上っていく。階段にもせっせと集めたモノ沢山集まっている。
他人にはゴミでも、グリードにとっては離せないモノだった。
『私の領域に踏み込んだものは、全部私の物だ。
私の物、私の所有物、全部私の好きにしていいんだ。
だから、アンタも私の物さぁ……!』
グリードが扉を開ける。
そこには――
「ただいま。ただいま……漸く帰ってきましたわ。
私はたくさんの物を見てきましたのよ?」
一人の少女が
『お前ぇ、そこで何をしている?その布団は私の物だぞ!勝手に触るな!!』
グリードが怒鳴るが、少女――ルノアは聞きはしなかった。
ただ、布団のシミにやさしく話しかける。
「鳥も見たよ。魚も見たよ。世界はとても綺麗だね。
けど、ここからじゃ何も見えないよ……」
ルノアが瞳を閉じた。
『お前――娘の、持ってた人ぎょ――ぐえ!?』
『だからね?私は、私達を閉じ込めた貴方を許さない』
ルノアはアンドラスへと変わり、サーベルを一閃していた。
『あ、あがぁ、め、眼が!私の、眼がぁ!!』
グリードが斬られた目を押える。
だがアンドラスは容赦しない。
『何も見えないよ。もう、貴方が見る景色は何もない』
アンドラスがグリードの耳元でつぶやいた。
『こ、このぉ!』
グリードが手を伸ばせば再度一閃。
次は両手が落ちた。
『あ、ああ、あががあああ!!』
『貴方はもう何も掴めない』
『があああ、いやぁ、やめてぇええええ!!』
響く悲鳴、瞬く刃。
更に悲鳴は加速する。
『あ、あっ……あ、あ』
グリードだったものが、そこに転がる。
『目を奪った。腕を奪った。足も奪った。
声も、耳も奪った……
けど、命だけ「は奪わない』私は、貴方を許さない。
命が尽きるまで、ここで永遠に後悔して」
強欲の名を冠したプレイズナーは、すべてを奪われ誰にも看取られず静かに消えていった。
「最悪の予想が当たったか……」
「リストの人間が死んだ。これで、あのリストが本物だと分かったな」
玲久と岩さんが話す。
手に持つ新聞には、とある主婦の惨殺死体のニュースがあった。
「だがよ、アイツはプレイズナー候補を狙うんだろ?
ドイツを守れば良いんだよ……」
岩さんが困ったように頭を抱える。
「一人、大物が残ってる。
ヴァレフォみたいな幹部は優先して狙ってるらしいからな。
事実3回襲われたって言ってたし……」
「幹部に知り合いが居るのか?」
「ああ、居るさ……昔、フェニシオンのデータを探しに行ったときであった。
ビフロントがな」
玲久が真剣な眼差しで、キーを握った。
道具にだって悲しい思い出があるんですよ……
今回は、少し後味が悪くなる内容でした。