暗い暗い水の奥深く、其処から、一気に引き出されるような感覚。今までの無意識だった、休息をとっていた状態から、段々と脳が働き始め、私を深い闇の底から引き上げた。――まあ、つまりは、
「…………眠い」
目が覚めた。
薄目を開けて様子を確認。
開けた目には優しい、暖かな光が飛び込んだ。つまりは日光。つまりは完全に朝だ。
もう朝か。起きなきゃ。
私の頭がちらりと、そんなことを考えた。
考えたは良いが、どうにも、それを実行する気にはなれない。体は言うことを聞かないし、うっすらとしか開いていない瞼も、今ばかりはやけに重かった。ただただ眠い。つまりはそれだけだ。
いや、もう寝ても良いか。
俗に言う、二度寝である。あんまり良くないこと、みたいに言われてはいるが、こんなに眠いのなら仕方がない。もうどう仕様もないのだ。これには何人たりとも逆らうことは出来ないだろう。諦めるしかな――…………
……あっ、今一瞬意識飛んでた。
あー。寝よ寝よ。
面倒くさいことは考えずにさっさと目を瞑ってしまおう。下に引いてある布団も、心なしか『早く寝ろ』と私に言っているような気がする。うん分かった。君の言う通り、早く寝てしまうことにするよ。何か約束があったような気もするけれど、今はそんなことはどうだって良いよね。うん。良い良い。うん。
うん? 約束?
待てよ。まだ寝ちゃ駄目な気が『早く寝ろ』する。何かとっても大切なことを忘れてしま『――早く』っているような、そんな感じかする。なんだっただろうか。『――寝ろ』約束。誰と? 私が約束をするような相手と言えば……『……はやく』うるさい布団! 黙ってて!
……いっつも遊んでいる子か? そうなると……チルノ?
……そうだ。チルノだ。チルノと何か約束してたんだ! えぇーっと、何の約束だったかなぁ。私とチルノの約束何て、どうせ遊びに関することしかない筈。遊び?
そうだ思い出した! 朝から遊ぶ約束をしてたんだ!
いやぁ、思い出せたぞ。良かった良かった。
もやもやとしていたものが、かなりスッキリした。これで心置きなく安眠につけるってものだよ。待たせたね、布団君。
あれ? ……朝から?
あれ。そうなるとかなり不味くない?
今の時間は朝。だって私に日光が当たっているから。
そして、約束した時間も朝。
私は寝るとどうしても起きるのが遅くなってしまうから、起きたら直ぐに来い。と、言われた気がする。
おっ。これはこれは……
「――ヤバいいいいいいいいっ!!」
一気に布団を跳ね飛ばす。こうしてはいられない。遅れたら、また何をされるか分かったものではない。相手はあのチルノ。かつて暴虐の限りを尽くし、今尚、その記録を更新しつつある、あのチルノなのだ。
ごめんね布団。君のお願いは聞いていられない。君のお願いより先に、チルノと約束をしちゃってたんだ。先に約束したほうを優先しないといけない。そんなことを昔誰かに言われた気がする。誰だっけかな?
とまあ、そんなことはどうでも良い訳で。
と、取り敢えず、顔を洗って歯を磨いて……朝ご飯を食べなきゃ! 急げ私! 今ならまだ間に合う。これぐらいの遅れならまだ取り返せる!
意識はとっくに覚醒した。
目覚めるどころか、これ以上ないくらいに猛烈に回転する頭。
今の自分なら、この世で一番早く動ける気がする。
急げ。早くしないとまた氷漬けにされる。もうあれは勘弁だ。二度と経験したくないことを今までの私は三回経験してしまった。四回目は流石に嫌だ。
とにかく急げええぇぇぇぇええええ!!
「おっそーい!!」
目の前には、腕を組んで怒っている、水色の髪の氷精が一人。
はい。遅刻しました。無理でした。
どんなに準備を急ごうが、朝起きた時間から既に遅れていたのだ。間に合う訳がない。
そんな言い訳が頭をよぎるが、それをチルノに言ったところで、現状は変わらないのだ。
「お仕置きだぁ!! パーフェクトぉ~!!」
「――ちょっと!? 待って! 凍らせないで! お願い!」
スペカを唱えようとしているチルノを必死に阻止。
チルノさんったら、力加減なんてものを知らないんだから。全力で凍らされる。酷いときは全身氷漬けになりかけたことすらある。妖精で良かった。チルノさんマジこわい。
「ホントにごめん。チルノ」
「…………」
プイッと顔を背けられた。どうやらかなりご立腹な様子。この調子じゃあ、機嫌を治すには中々に手間がかかりそうだ。
「……許してくれたら、お詫びに今度チルノの好きなもの買ってあげるよ」
「ホント!? アタイ許してあげる!」
……あ~、うん。
そんなことはなかったね。実にチョロい。まあ、チルノ何て所詮はこんなものか。扱いが非常に簡単だ。
「何にしよっかな~」
さっきまでの怒りは何処へ行ったやら。ご機嫌な様子で私に何を買わせるか考えているチルノ。ふんふ~ん。何て、鼻唄も聞こえた。
単純で助かります。ふっふふん。この程度の扱い、私にかかればどうってことないさ。
「う~んと、じゃあ、たっくさんのお菓子を買って!」
そう言って、チルノは手を大きく広げた。
ああうん。お菓子ね。それは良いけれど、そんなにたくさんは買えないよ? 私の財布の中身的な問題で。
「そんなにいっぱいは買えないかなぁ~」
「……パーフェクトフリー「よーしチルノ! 私がたっっっっくさんのお菓子を君に買ってあげよう!!」
私の財布は空っぽになることが決定した。
私、立場弱いもん。ちょっとは強い自信はあるけれど、チルノには逆らえない。仕方がないね。
しかし、気付いたら、いっつもこのパターンで何かを買わされている気がする。
ありゃ? 扱いやすいのって、私とチルノ、どっち?
「やったー!!」
まあ、こんなに喜んでくれるなら、これくらいの出費は多目に見ようかな。な~んて、とっても喜んでいるチルノを見たら、そんな気になった。
……泣いてなんかいない。泣いてなんかないってば!!
まあ、お菓子はまた今度にして。
「それで。これから何して遊ぶの?」
「んーっとねー、えーっとねー。……何しよう?」
おい。考えてないのかよ。
あれ? そんなんだったら私、別に早起きする必要なかったんじゃない? いや、結局早起きは出来ていないけれどもさ……
「あれぇ~? 何だったかなぁ?」
頭を捻ってうんうん考えているチルノ。
きっと、チルノのことだから昨日の時点までは何をしようか考えてはいたのだろう。ただ、今日になって内容を忘れてしまっているだけで。
朝早くから私と遊ぶって言うのを覚えていただけでも、チルノにしては凄いのかもしれない。
前に、幾ら待っても集合場所に言い出しっぺのチルノが来ないことがあった。それを思えば、二人揃っているだけでも良いと思う。
お? 揃うと言えば……
「大ちゃんは呼んでないの?」
私、チルノ、大妖精の大ちゃん。大抵、私達が遊ぶときは、この三人が揃う。
どうやら、今日は大ちゃんがいないみたいだけれど……
「うん? 大ちゃん? ……ホントだ。いない」
チルノ。其処は忘れちゃ駄目でしょう。流石にさ。
大ちゃんが可哀想になってきた。
「あっそうだ。大ちゃんはケーネのお手伝いがあるんだって」
ありゃ? そうなの?
そっか、慧音のお手伝いか。それなら仕方がないなぁ。
う~ん。しっかし、どうしよう。
今日は大ちゃんがいなくて二人しかいないし、遊ぶ内容は決まってないし。
「まあ、取り敢えず、どっかいこうか」
「うん」
そうやって、妖精二人でぽてぽて歩くことに。
今の時期。季節は、春と夏の間くらい。
普段、チルノと遊んでいたりすると、大体飛んで移動することが多いから、こうやって歩いていると、色んなところにある花とか草とかを見れて楽しい。
うんうん。今年も立派に咲いてるねぇ。君達は。
「チクサは草が好きなんだね」
道端に生えている植物達を見回していたら、チルノにそんなことを言われた。
そりゃあ勿論。だって私、植物の妖精だし。
「ねーねー。これは何て名前?」
チルノが沢山の白い花を手に持って、私に聞いてきた。
多分、乱暴に引き千切ってきたんだろう。
……嗚呼。折角の花が……
「ん? どうしたの?」
「……何でもない。何でもないよ。……ええっと、その花はねぇ」
チルノが持っているのは、恐らくカスミソウ。
白のカスミソウとピンクのカスミソウがあるけれど、チルノが持っているのは白の方。白いカスミソウには『清らかな心』『無邪気』などの花言葉がつけられている。ふふっ。チルノにピッタリだ。
ピンクのカスミソウには、それの他に、別の花言葉がつけられている。どれも、相手を褒めている花言葉だから贈り物にはぴったりかもしれない。
小さいから花束のメインになることはないけれど、主役を引きたてている感じが私は好き。花言葉も、引き立てるってところも、あんまり脇役ってイメージのない主役のチルノには丁度良いと思う。
名前の由来は、沢山の枝先に小さな白い花をつける姿が、春霧のように見えることから。
因みに、英名はベイビーブレス。赤ちゃんの息、だって。優しい感じか伝わってくるね。
「色が違うのがあるの?」
「うん。ピンクのカスミソウもあるよ」
「じゃあアタイ、それ探す!」
それから、私達は花を探して歩いた。
新しい花を見つける度にチルノに説明してたから、私はかなり疲れちゃったけど、偶には、こんなゆっくりとした散歩をしてみるのも良い。チルノと一緒だと、中々味わえないからね。
「おー! 抜けたー」
……でも、チルノが見つけた花を片っ端から引き抜いていくのは、一体どうしたら良いのだろうか。嗚呼、花達が……
はいどうも。作者です。
このお話では、主人公が植物の妖精ということなので『花』をたくさん出そうと思っていますが、作者自身、あまり花について詳しくないので間違っていたらごめんなさい。
その時は、優しく教えてくれるとありがたいかな~なんて。
ではでは、次回もよろしくお願いします。