「あのですねえ、比企谷くん」
担任である佐伯ゆかりは俺の作文に一通り目を通すと、ため息をついた。
テーマ、『高校生活を振り返って』。
自分が思ったように書いてみたわけだが、どうして俺は職員室に呼び出しを受けているのか。ここぞとばかりに豊富な語彙を使って、巧みな作文に仕上げたというのに……。
佐伯先生はこちらに顔を向けると、再度ため息をついた。
「授業の課題は何でしたか?」
「『高校生活を振り返って』ですね」
「わかってるならいいんです」
そう言って、佐伯先生はにっこりと笑顔を浮かべる。
「再提出です」
「いや、きちんと振り返ってるじゃないですか!」
「これのどこが振り返っているのか、私にはさっぱりですよ。特に最後のは何です? リア充爆発しろって」
「去年一年を振り返っての総括みたいなもんですよ」
「……はぁ。とにかく書き直してください」
佐伯先生はぴしゃりとそう言うと、俺に新しい原稿用紙を渡した。
どうやら取り合ってくれる気はないらしい。
げんなりしていると、先生がじろりとこちらを睨む。
「もう、捻くれも大概にしないと、先生も怒りますからね?」
「いや、人間みんな多少は捻くれてますよ」
「またそうやって……」
そう。はたから見たら確かに俺は性格がひんまがっているかもしれないが、何てことはない。人間なんてみんなどこか捻くれている。そう開き直ってしまえば何を言われても気にならないってものだ。
「その性格と、そのどんよりした腐った魚のような目をどうにかできたら、比企谷くんは変わるのでしょうか……」
「あの、それもう別人な気がするんですけど」
ぼそっと聞こえてきた先生の言葉に、身を固くしながら返す。
目って改善できるのだろうか……。もしかすると明日から化粧してこいという意味なのかもしれない。女は化粧すると別人のように化けると聞く。ならば、俺の腐った目をキラキラ光り輝かせるのなんてお茶の子さいさいだろう。
絶対違う。
先生はため息をつくと、俺の鼻先に指を突きつけた。
俺とのやりとりで何回ため息ついてんだこの人……。
「二年生になって少しは成長したかな、と思ってたんですよ?」
「人がそう簡単に変わるわけないじゃないですか」
「それはそうだけど……」
この佐伯ゆかりというのは、俺の去年の担任でもある。一年から二年にかけてクラス替えがあったわけだが、偶然にもまた同じ担任を引き当てたのだ。
だから他の教師よりは俺のことを知っているし、俺がこんな口調でやりとりができるのはこの教師以外にいない。
つらつらとそんなことを考えていると、佐伯先生は額に手を当てる。
「とにかく! 書き終わったら持ってきてください。いいですね?」
「まぁ、はい」
「ではこれで話は終わりです」
俺が苦々しくもそう頷くのを見て、先生は行って良しとばかりに回転椅子の向きをくるりと変えて、書類仕事に戻った。
職員室の時計を見れば、時刻は午後四時過ぎといったところである。部活動も何もしていない俺に、この学校でやることはない。やるとすれば作文の書き直しだが、居残りを命じられているわけではないので家に持ち帰ってもかまわないだろう。
まだ日が暮れるまでにはいくらかある。どこかに寄り道してから帰ろうかしら。
もらった原稿用紙を鞄に突っ込んで、俺は学校を後にした。
*
きこきこと自転車をこいでやってきたは駅前。
千葉の駅前というのは大体何でも揃っている。俺が必要としている物で、ここで買えなかったことはない。さすが千葉!
喉が渇いたので近くの自販機でコーヒーを買う。
それからすいすいと人混みを物ともせずに進み、向かったのはゲームセンターだ。
ゲームセンターには多種多様なゲームが置いてある。
クレーンゲームやメダルゲーム。クイズゲームに音ゲー、上海、脱衣麻雀……。
しかし俺が選ぶのはそのどれでもない。
格ゲーである。
コーヒー缶をゴミ箱に捨ててから、どっかりと筐体の前に座った。
画面に映っているのはスト○ートファイターの文字。財布から百円玉を取り出して、早速プレイすることにする。
格ゲーを始めたのはいつ頃だっただろう。
確か、高校に入ってすぐだったか。中学生のときからよくゲーセンに通っていた俺は、高校に入学してもやはりゲーセン通いをやめることはしなかった。つっても、行くのは週に一度くらいのものだったが。
最初は俺も、格ゲーになど興味なかった。ゲーセンでやるのもメダルゲームやクイズゲーム、脱衣麻雀くらいのものだったと記憶している。そんな中でふと目についたこいつをプレイしてみると、これが意外に面白いことに気づいたのだ。こういう発見があるから、食わず嫌いというのはいけないのだろう。
キャラクターはガイルを選択する。
ガイルというのは筋肉ムキムキで逆立った金髪のアメリカンだ。最初のプレイでこのおっさんを使って以来、俺の使用キャラとして定着している。ソニックブーム! ソニックブーム! サマーソルトキック!
レバーを右に左にと忙しく動かす。流石に一年やっていることもあって、素人おなじみのガチャ戦法からは俺も抜け出していた。あれでもそこそこ戦えてしまうのだが、やはり対人戦では弱い。昔に乱入者としてゲームに割り込んでくるやつにボロ負けしてそれを知った。
そして、今日この日も俺の前には乱入者が現れる。
難なくコンピュータを倒して四戦目の途中、画面が切り替わりそこに映るのは『 Here Comes A New Challenger 』の文字。誰かが前の筐体に座ってコインを入れたようだ。
ふはは、愚か者めが……。比企谷八幡の腕をなめてもらっては困る。俺も上達したのか、最近はこういった乱入者に負けたことがないのだ。今度も蹴散らしてやろう。
そう息巻いているうちに、対戦相手が使用キャラクターを決める。
インド僧でヨガの達人、ダルシムだ。
「ぐっ……」
ガイルのおっさんの、言うなれば天敵のような存在である。
思わず呻くが、どうということはない。過去の乱入者にもダルシム使いはいたが、俺は何とかそれを撃退した経験がある。プレイヤースキルに差があれば、勝つことだって難しくはないのだ。
かかってこい! お前のダルシム、けちょんけちょんにしてやるよ!
* * *
「ふぅ……」
接戦を制した俺は息をついた。
やはり天敵というだけあって圧勝とはいかなった。相手のダルシムに、常に距離をとられて思ったように体力を削れなかったのも接戦となった原因の一つだろう。
しかし結果よければ全てよしだ。これでまた、俺の勝ち星が一つ増えることとなった……。ダルシム使い、お前のことは一週間は記憶の片隅に置いといてやろう。
と、思っていたところでダルシム使いがまさかの連コイン。……まぁ、確かに接戦だったからな。ここからじゃ相手の顔は見えないが、よほど悔しかったにちがいない。
よし、何度やっても結果は同じだと教えてやろう。比企谷八幡、勝てる勝負には乗る男だ。
しかし、そこで俺に驚きと困惑が押し寄せてきた。
「なん、だと……?」
相手はここにきてダルシムではなく、ザンギエフを選択した。
ザンギエフというのはガイルのおっさんとは相性が悪い。一戦目とは違い、俺は見事に相手の弱点を突いている形となった。
おいおい……。いいのかよあんた。
対戦開始のゴングが鳴り、二戦目の幕が開ける。
* * *
対戦しているうちに、相手がキャラを変えてきたのにも得心がいった。
相手はダルシム使いではない、ザンギ使いだ。それも凄腕の。ザンギエフを本キャラとして使い、その腕によほどの自信があるからこそのキャラ変更だったのだ。
ダルシムはサブキャラ……まだ練習中だったのか。
俺のガイルがじわじわと追い詰められていくのがわかる。
くそ……どうする。正攻法でいっても、このままではジリ貧だ。最終的に負けるのは俺の方にちがいない。
焦っているうちにも、1ラウンド目をとられて後がなくなってしまう。
2ラウンド目を何とかしなければ、このザンギエフ使いに敗北を喫することとなる。
あまり使いたくはなかったが、禁じ手を使うしかないのか。
それはこの劣勢をひっくり返すような策。ガイル使いとしてはあまり美しくない戦い方。
『待ちガイル』戦法だ。
ただひたすらに待ち、相手が近づいてくればしゃがみ中キックを連発。距離をとられればソニックブームを繰り出し、飛び込みを仕掛けてくればサマーソルトキックで対応する。なかなかにせこい戦法である。特に接近技しか持たないザンギエフにこれを使えば、効果は如実に表れてくれるだろう。
2ラウンド目から『待ちガイル』戦法をとり、何とか体力を削っていく。
ふはは……汚いやり方だろうが、勝てばいいのだ勝てば。……我ながらクズだなぁ。
画面のザンギエフから苛立ちが伝わってくる。俺のガン待ち戦法に、前の筐体に座るプレイヤーもかなり頭にきているようだ。しかし、こういったリスクを承知でやるのが禁じ手というもの。今更俺も別の戦法をとったりはしない。
結局戦法の変更が功を奏し、俺は逆転勝ちをおさめた。
あまり勝ったという気はしないが、まぁいい。どんな過程を辿っていようが、俺がこのザンギ使いに勝ったのは事実だ。
これほどせこい手を使ったのだ。ザンギ使いも怒ってその場を去るに違いないと思っていたが、またしても相手は連コインしてきた。ええ……。
選択するのはやはりザンギエフ。本キャラで負けたのがよほど悔しいと見える。
……いい加減に付き合うのも面倒くさくなってきたな。
最初から待ちガイル戦法をとってしまおうかしら……。
* * *
せこさ満載の禁じ手は俺を終始優勢に立たせて、ザンギエフを退けた。
相手は敗北するたびにコインを投入し、そしてあと少しのところで俺の待ちガイル戦法に破れていく。
なんつー負けず嫌いのやつだ……。ここまでされてなお乱入してくるとは。俺もいい加減相手の顔が見たくなってきたぞ……。
そうこう考えながら、四戦目を俺の勝利で終わらせる。
するとそこで前の筐体に動きがあった。ゲームセンターの激しい騒音の中で、椅子から立ち上がる音がする。どうやらやっと諦めてくれたらしい。
そうほっとしていると、あろうことか対戦相手の靴音は出口ではなくこちらに近づいてきた。もともと相手との距離は一メートル弱しかない。すぐに靴音は俺の横で止まる。
見上げれば、彼女は苛立たしげに俺の顔を睨んでいた。
仄かに暗いこの施設の中でさえ美しい黒の長髪。同じ総武高校の制服に身を包んだ彼女は右の拳を固く握り、今にも暴発しそうな感情をその行為によって抑えているように見えた。
ヒュッ、と風を切る音がした。
気がつけば、顔の横には彼女の拳があった。
「……運がよかったな。衝撃のファーストブリットは外れた」
そういって、ふんと鼻を鳴らすと彼女はゲーセンを出て行った。
突然のことに呆然としていると、画面の中のガイルが棒立ちになって俺に助けを呼んでいた。ゆっくりと再起動して、画面へと視線を移す。
騒音にさえ取り残された心地がして、俺はぼやいた。
な、なんつー女だ……。
この一話を書くにあたり『ハイスコアガール』を参考にしました。