やはり俺の青春バトルラブコメはまちがっている。   作:大石

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女王は何を思ってか彼を見る

 授業中、教室には黒板にチョークを走らせる音や教科書のページを開く音が絶え間なく響いている。この総武高校は、一応進学校の部類に入る。授業中に私語をする者はいない。

 そこは俺にとっては、静かな空間そのものだ。教師一人の声や多少の雑音はなきに等しい。

 そんな静謐の中で、俺はぼんやりと考える。

 数日前、あの女から再戦の申し込みを受けたわけだ。

 当然、彼女は俺を倒すために練習を積んでくるのだろう。

 ならば他方、決戦の日までに俺ができることは何だろうか――。

 

 これが、さっぱり思いつかない。

 というのは俺が生粋のガイル使いであるからだ。こんな事態になるとは思っていなかったため、一つのキャラを今まで使い続けてきた。数日前の彼女との対戦で、俺は全てのカードを切ってしまっているのだ。

 他のキャラを残り数日で鍛え上げるというのは、正直に言って現実味がない。少し上手くなった程度では、平塚のザンギエフに太刀打ちできないのは目に見えている。

 そしてガイルで新しいコンボや何やらを練習したところで、決戦の日までに身につくには間に合わない。付け焼き刃ではやはり彼女の裏打ちされた実力の前に、使うことすら許されないだろう。

 結局のところ、今の俺にできるのは精々がコマンド入力の精度を高めることくらいだ。

 ほとんど変わらぬ実力のままで、再戦に応じることになる。危なくなればあの姑息な戦法に頼らざるを得なくなるだろう。

 ……いやほんと、打つ手がない。

 

 自然、ため息が漏れる。

 そういえば、平塚は勝利の報酬に命令権を持ち出していたな。

 あれは今にして思えば俺を釣る餌ではなく、勝利への自信の裏返しだ。

 何か命令する内容を妄想するより、自分の身を案じた方がいいかもしれない。

 今から土下座の練習でも積んでおこうかしらん……。

 

 どんよりとした目が、自分でもさらにどよよんとしていくのがわかる。これ以上目を腐らせてしまうと、いよいよ我がクラスの担任、佐伯ゆかりから見捨てられかねないわけだが、俺としても不可抗力であるので許して欲しいところだ。

 

 あくびが出たついでに教室を見渡すと、女王、三上美香と目が合った。

 さっと視線を逸らす。

 ……なんか昨日から妙に目が合うんだよな……。目が合う度に、何か悪いことをしたかと自分の行いを振り返る俺の心情を彼女も察してほしい。心労に耐えない。

 むろん、下手な勘違いなどもってのほかである。女王の視線に、そういったぽわぽわしたピンク色成分は一切入っていない。冷徹な、下々の民を見下ろす目である。俺も自分がこのクラスカーストでは底辺をいっている自覚はあるから、その目に疑問はないのだが。

 ただ、なぜ目が合うのかがよくわからない。

 うーむ。マジで気に障るようなことはしてないはずなんだが……。

 そんなことを考えながら、残りの授業を過ごした。

 

 

   * * *

 

 

 今日は雨は降っておらず天気は快晴。

 昼休み、俺の昼食ベストプレイスである特別棟の一階。保健室横、購買の斜め後ろの定位置に腰を下ろした。

 ここからはテニスコートがよく見える。潮風に当たりながら、ぼんやりとここで飯を食うのも一つの過ごし方だ。それに、ここはぼっちの専用席。誰も近寄ってこない。孤高を愛する俺にとっては好ましい場所である。

 テニス部の自主練を見ながら、もそもそと購買のパンを口に運ぶ。

 

「比企谷」

 

 ぼーっとしていると、どこからか声がかけられた。

 来客のないはずのこの場所に、思わぬ珍客だ。

 黒の長髪を潮風にたなびかせ、彼女はこちらに向かってくる。その姿はどことなく様になっていた。

 

「平塚……何か用か?」

 

「いや。偶然見かけたから、つい、な。それにしてもこんなところで昼飯を食べているのか」

 

 こんなところって言うなよ……。気に入ってんだぞ。

 

「別にどこで食おうが俺の勝手だろ」

 

「それもそうだな」

 

 そう言うと、断りもなしに平塚は俺の隣に腰を下ろす。

 その手には清涼飲料の入ったペットボトルが握られていた。キャップを開けて、平塚はそれをラッパ飲みする。女子高生のすることじゃないぞそれ……。

 ぷは、と半分以上を一気に飲み干して、平塚は俺に視線を合わせる。

 

「調子はどうだ」

 

 何が、とは言わなくともわかる。

 

「さあな」

 

「別に情報を探りに来たわけじゃない。世間話のようなものだ」

 

「見た通りぴんぴんしてるから、再戦の日に風邪で寝込むことはねぇよ」

 

「……この捻くれ屋め」

 

 そう言って、平塚はふっと笑う。

 捻くれ屋か。その手の言葉を、俺はどれだけの人に言われただろう。

 平塚は視線を正面のテニスコートへと移した。

 

「勝負は一回。三ラウンドのうち、二ラウンドをとった方の勝ちだ」

 

 つまりはコイン一枚分。

 十五分もかからずに、雌雄は決される。

 

「逃げようとは思うなよ?」

 

「思ってねぇよ」

 

「そうか」

 

 うむ、と満足げに平塚は頷く。

 

「再戦は三日後の十七時。前と同じ場所、でいいか?」

 

「ああ」

 

「来なかったら私の撃滅のセカンドブリットが火を噴くことになるからな」

 

「行くっつってんだろ」

 

 スクライド好きだなこいつ。

 抹殺のラストブリットはどういうときに放たれるんだ……。

 平塚はペットボトルに口をつけようとして、何が気になったのかそれを中断する。

 

「……そういえば、テニスに興味があるのか?」

 

「いや、特にねぇけど」

 

 テニスコートを眺めながら食事をしているのだから、テニスに興味があるように思われても仕方がない。平塚もそう思ったから訊ねたのだろう。

 俺の返答に、はははと平塚は笑った。

 

「確かに、運動はあまりしなさそうに見えるな」

 

「ほっとけ」

 

「せっかく高二になったんだ。部活に入っていないなら、心機一転どこかに入ってみてはどうだ。その死んだ魚のような目も、少しはマシになるだろう」

 

「マジでほっとけ……」

 

 余計なお世話じゃボケ。

 まぁ、個人競技である分、好みで言えばテニスは好きな方だ。選択授業でも体育ではテニスを選択し、ひたすら壁とラリーを続けている。俺があまりに孤高すぎて、誰も組みたがろうとしないのが原因である。

 平塚はすくっと立ち上がると、俺に向かってにやりと口角を上げた。

 

「私はそろそろ教室に戻るとするよ。では、三日後にな」

 

 そう言って、ペットボトルの残りをラッパ飲みしながら、彼女は去って行った。

 男らしすぎるよ平塚さん……。

 

 

    * * *

 

 

 放課後になって、自転車で駅前のゲームセンターへと向かった。

 基本週一でしかゲーセンに行かないので、随分と短い間隔で来てしまったものだと思う。俺もそれなりには、三日後に控える戦いを意識しているということだろう。

 よーしやるかと格ゲーコーナーに向かったわけだが、今日は先客がいた。

 むろん平塚ではない。格ゲーマーの男集団が占領しているのである。

 こういうことはたまにある。今まではこういった集団に出くわしたら、すぐに回れ右しておうちに帰っていたわけだが、今日は最低二プレイはしていきたい。

 だがぼっちプレイヤーにとって、あの集団の中に割り込むというのは中々に度胸のいる行為だ。俺には少々きつい。

 近くを眺めながら十分ほど待つことにする。それでどかなかったら、少し離れたところにある別のゲーセンに行くとしよう。

 

 UFOキャッチャーの景品を眺める振りをして、格ゲーマー集団に視線を合わせる。

 その中でも一際目立っていたのが、筐体の前に座る厚手のコートを着た白髪のロン毛メガネだ。いくら扇風機が店内で回されているとはいえ、暑くないのかあれ……。

 ゲーセンの騒音の中で、そいつの声はやけにはっきりとこちらに届く。「剣豪将軍の絶技、見せてやろうぞ……!!」やら「ゆけええええええ!! 昇竜けえええええん!!」やら

「ファネッフウウウウウウウウ!!」と叫んでいるのが聞こえる……。関わりたくねぇな。

 というか、どこかで見覚えのある後ろ姿だ。こんなやつ、知り合いにいたらそうそう忘れるわけないのだが……まぁ、今はいいか。

 

 結局十分経てど、席が空くことはなかったので大人しく別のゲーセンに向かう。

 今度は集団で占領されていることもなく、筐体の前に座ることができた。

 コインを入れて、レバーを操作しながら思う。

 さきほどの彼らは集団で格ゲーを楽しんでいた。一人のプレイを集団で眺め、そして盛り上がっていた。きっとそれは、ゲームの一つの楽しみ方だ。

 俺にはよくわからない。孤高であるが故に、孤独であるが故に、その楽しみ方を理解しない。したくとも、できないだろう。

 

 キャラクターを選択すれば、まもなく対戦開始の合図だ。

 決戦の日も、すぐにやって来る。

 

 

 

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