やはり俺の青春バトルラブコメはまちがっている。   作:大石

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彼と彼女の対戦は、ひとまず決着をみる

 ぺらと週刊誌のページを捲り、視線を次のコマへと移す。

 次へ次へとページを捲っていき、ふと視線を外して店内の時計に目をやれば、時刻は16時40分を示していた。約束の時刻が17時ということを考えれば、そろそろ向かうべきだろう。

 切りの良いところまで読み終え、週刊誌を元あった場所に戻す。すると、正面のガラスにうっすらと映った自分と目が合い、思いがけずふっと笑ってしまった。相変わらず、腐った目をしている。

 立ち読みで凝った肩をほぐしながら、コンビニの外へと出た。

 歩いて目的地へと向かう。

 

 再戦当日となり、17時という中途半端な時刻までの暇を俺は読書で潰していた。といっても漫画だが。

 つーか言われたときは何とも思わなかったが、平塚は何でこんな半端な時刻にしたんだ……。いやまぁ、格ゲーに限って裏工作とかはあり得ないし、単に外せない用があったのだろうが。それに、あの場で異議を唱えなかった時点で俺が彼女に文句を言うことはできない。

 

 ゲームセンターに着いて格ゲーコーナーに向かうも、平塚はまだ来ていなかった。

 筐体は二台とも空いており、今か今かとコインが投入されるのを騒音の中で静かに待っている。先週と同じ筐体の前に腰を下ろし、携帯をポケットから出した。

 時刻は16時55分。もうまもなくである。

 残りの時間でレバーをガチャガチャと動かし、ボタンの配置を確認しておく。俺に何か秘策があるかと言えば、そうではない。こと格闘ゲームにおいては、彼我の実力というものが如実にあらわれる。一週間という短い期間の中でできることは、本当に少なかった。

 

 それではいかにして勝つというのか。

 いやそもそも、その考え自体が間違っているのだ。

 最初は俺も勝つ方法を考えていたが、いくら考えてもあの姑息な戦法以外に上手い手は出てこない。堂々巡りの思考をリセットするために、俺は原点に立ち返って考えることにした。

 

 原点――すなわち、今回のゲームの勝利条件は何か。

 

 すると、気づく。

 平塚静に格ゲーで勝つことのように思えるが、それは違う。

 もちろんあの姑息な戦法を終始使い続ければ、抹殺のラストブリットをくらう代わりに勝利を得られるだろう。しかし勝った後のことを考えれば、それは使ってはならない。

 というのも、そもそものことの始まりは平塚静の負けず嫌いからきている。ここで勝つとこれから先、延々と再戦を申し込んでくる可能性が出てくるのだ。その未来を考えて、俺はぞっとした。面倒くさいにも程があるだろう……。

 

 仮に俺が勝って『二度と再戦を希望するな』と命令したとして、そうすれば平塚は俺が格ゲーをプレイしている最中に偶然を装って乱入してくるかもしれない。それもそれでまた面倒くさいように思える。

 

 ゆえに、俺にとっての、真の勝利条件とは何か。

 それは平塚に悟られることなく、上手く負けることである。

 デメリットは何でも一つ命令をきくことと飯を奢ることだが、無理難題をふっかけてきたときは俺の完璧な土下座を見せて別の命令に変えてもらえば済む話だ。飯に関しても、数百円程度であればあまり問題はない。

 プライド一つで状況が良い方向に向かうなら、俺は迷わずそれを選択する。初めからないに等しいからな、痛くもかゆくもない。

 

「比企谷。待たせたな」

 

 手の動きを確認していると、声がかかる。

 いつの間にか平塚は俺の横に立っていた。携帯で確認すると、時刻は17時ジャスト。

 見上げれば彼女が瞳に闘志を宿し、不敵に笑っているのがわかる。こいつ熱血系の漫画とかアニメ好きそうだもんなー。この状況にわくわくドキドキなのかもしれん……。

 

「ああ。じゃ、さっさとやるぞ」

 

「はは、そんなに急かさなくても勝負は逃げないよ」

 

 俺が勝負を心待ちにしているかのように言うのやめてくれませんかね……。単に面倒くさいだけなんだが。

 平塚が俺のもとを離れ、自分の筐体の前にて座った。それに先がけて、コインを投入しておく。平塚の方もすぐに投入し、キャラクターを選択すれば対戦の準備が整う。

 両者とも先週と変わらず、使うキャラは同じだ。俺は変える必要がないし、平塚も雪辱はやはり本キャラで晴らしたいのだろう。

 さて、ここからが俺にとっても勝負どころだ。手を抜けば、まちがいなく見抜かれる。持てる力を振り絞り、ただでさえ実力が上をいく彼女に対して接戦を演じなければならない。

 意気込んでいるうちに、戦いの火蓋は切って落とされる。

 

 

  * * *

 

 

 1ラウンド目を惜しくもとられ、続く2ラウンド目。

 平塚の怒涛の攻撃ラッシュに、俺のガイルが壁際へと追い込まれる。平塚はあの戦法を使われる前に倒してしまうつもりなのだろう。ゴリ押しで仕留めにかかってくる。だが、それを可能にするくらい、先週よりもいっそう動きに磨きがかかっているのも確かだ。

 じわじわと体力を削られていく。俺も少しずつ反撃しているが、このままでは敗北は必然。起死回生の一撃を狙うしかない。

 神経を研ぎ澄ませ、隙を狙う。

 相手の動きを見極め、数フレームの中を縫って大技を繰り出した。先週からの練習の成果か、手はなめらかに動く。技が繋がれ、コンボが見事に決まった。

 平塚のザンギエフの体力を大きく削り、その攻撃でぎりぎり2ラウンド目をもぎとることに成功する。

 

「ふぅ……」

 ほっと一息。

 これで手を抜いただのと言われる心配はかなり低くなった。

 だが、まだ終わったわけではない。平塚にこれ一回きりで満足してもらうには俺が無様を晒すわけにはいかないのだ。

気合を入れ直し、目の前の画面に集中する。最終ラウンドが始まったのはそれとほぼ同時だった。

 2ラウンド目の二の舞にならないよう、開幕からできるだけ遠距離の攻撃に努める。が、やはり平塚の実力の高さゆえだろう。積極的な攻撃を仕掛けられ、距離をとろうにも凌ぎきれずにじわじわとゲージを減らされていく。

 動きには2ラウンド目よりもどこか慎重さが窺えた。最終ラウンドだから、俺が待ちガイル戦法を使ってくるのを警戒しているのだろう。

 

 選択を迫られる。

 このまま猛攻を耐え忍ぶうちに終わりを迎えるか、『待ちガイル』を発動させてから機をみて上手く終わりを迎えるか。

 どっちだ。どっちがよりこの対戦の結末に相応しい。

 どっちを、彼女は望んでいる。

 悩む間にも、タイムリミットは刻々と迫る。

 

「くっ……」

 

 針の糸を通すような集中の中で、僅かな焦りが手元を狂わせた。

 ボタン一つの押し間違い。小さな狂いだ。だが、それを彼女が見逃すはずがない。

 少しの綻びを無理矢理広げるようにして、平塚は試合の流れを完全に掴む。

 そこから先は、一方的な展開になった。

 結局俺は相手のゲージを半分ほど減らしたところで負けてしまった。

 

「比企谷。私の勝ちだな」

 

 顔は筐体に隠れて見えない。だが、確かにそう声が聞こえた。

 ……我ながら、随分と無様な負け方だ。

 

 

  * * *

 

 

 鞄を持って立ち上がり平塚の側まで行く。

 何はともあれ、対戦は終わった。俺がここにいる意味はもうない。

 

「じゃ、帰るわ」

 

 そう一言言ってから、出口の方に身体を向ける。

 明日からは他人同士、見かけても素通りする関係に戻るだろう。よしんば声をかけられても、それは今日から数週間のうちだけだ。次第に疎遠となっていく。

 元通りになるだけだ。気にすることじゃない。

 ゲームセンターから帰宅しようとした俺に、平塚が声をかける。

 

「まて、比企谷」

 

「なんだよ」

 

「いや、ほら、なんだ。帰るのなら少し先まで一緒に行こう」

 

 何のつもりだこいつ……。ああ、そうか。対戦の感想を言い合いたいのだろう。人と対戦ゲームとか全然しない俺でも、その気持ちは何となくわかる。

 そして考えてみれば、俺も彼女には尋ねたいことがあった。

 過程は狂ってしまったが、それなりに上手く俺は負けただろう。平塚がどの程度この再戦に満足したのか確かめる必要がある。

 思い直して、俺は平塚の言葉に頷いた。

 

「……まぁ、駐輪場までならな」

 

「それでいい」

 

 平塚はそう言って、俺を先導するように歩き始める。

 ゲーセンから出ると、日が傾き辺りは赤く染まっていた。暖かな夕日が平塚の黒髪に反射している。

 鞄を持ち直して、俺は平塚の隣に並んだ。

 二人して無言で、心持ちゆっくりと歩きながら駅前の駐輪場へと向かう。

 おかしいな……。感想を言い合いたいんじゃなかったのだろうか。適当に相づちを打ってその場をやり過ごすのも、俺の百八ある特技の一つだ。存分に発揮しようと思っていたのに……。

 やがて沈黙を破ったのは、平塚の方だった。

 

「比企谷」

 

「あ?」

 

「……どうして、アレを使わなかった。使おうと思えば、いつでも使えただろう」

 

 平塚は視線を夕日に固定したまま、不思議そうに言う。

 言われずとも、平塚静が疑問に思っていることがわかった。

 使えるはずなのに使わなかった。

 彼女の胸にしこりを残しているのは当然だろう。

 

「使え使えって言われたら、使いたくなくなるもんだ。だから、使わなかった。それだけだ」

 

 咄嗟に出た言い訳は、思ったよりもできが良かった。

 平塚はそれを聞いて、ふっと笑う。

 

「君は天邪鬼なやつだな」

 

「俺にとっちゃ褒め言葉だ」

 

「まったく……そんなわけないだろう」

 

 だが、どうやら納得してくれたようだ。

 疑問が氷解したようで、平塚は快活な笑顔を浮かべる。

 

「それにしても2ラウンド目はしてやられた。あのまま押し切るつもりだったんだが、上手く隙を突かれたよ。君のあの技――」

 

 平塚が興奮しながら、感想を述べる。やはり言いたくて仕方なかったようだ。

 相槌をうち、時おり自身の感想もぼそりと交えて会話を進めていく。

 この分だと、どうやら満足してくれたらしいな。もう再戦を申し込んでくることもないだろう。ミッションコンプリートだ。

 いや、完了はしていないか。敗者にはしなければならないことが、まだ残っている。

 平塚はなおも感想を言い続けている。

 切りのいいタイミングで、平塚に訊ねた。

 

「で、結局俺は負けたわけだが、何をすりゃいい」

 

 平塚は一瞬考え込んで、俺が言わんとしていることを理解する。

 

「ああ、あれか……。今のところは保留だ」

 

「保留?」

 

「まだ決めていないんだ。一応、学校の周りをぐるっと100周とか、千本ノック体験とか考えたんだが、何か違う気がしてな……」

 

 鬼かこいつ……。帰宅部なめんな。間違いなくぶっ倒れるぞ。

 いよいよもって土下座が現実味を帯びてきたな……。

 悪魔じみた内容に顔を青ざめさせる。

 

「言っとくが、無理なもんは無理だかんなマジで……」

 

「安心しろ、さすがに私も校舎の上から紐なしバンジーとかはさせん」

 

 当たり前だこのアマ。

 平塚は俺の様子を見てふっと笑い、一呼吸置いて言葉を続ける。

 

「だから、見つかったらそのときにまた言おう」

 

 マジで俺に優しいのを頼むぞ……。

 駐輪場まではもうすぐだ。平塚が徒歩なのかわからないが、そこで別れるのは確実である。

 と、そこで平塚がおもむろにある方向を指差した。

 

「比企谷。ちょっとそこで飲み物買ってきていいか」

 

 指差す先に見えるのはセブンのコンビニだ。

 

「ああ。じゃあここで……いや、やっぱ俺も何か買うわ」

 

 ちょうどいいと、ここで別れるのを提案しようとして、俺も喉が渇いていることに気づいた。これから自転車で帰宅するわけだし、スポーツドリンクの一つでも買っていくか。

 二人で店内に入る。ひんやりと冷房が効いていて、それがどこか心地よく感じた。

 奥の飲料コーナーへと向かい、俺はスポーツドリンクを手に取る。見ると平塚は緑茶を手に取っていた。

 

「そういや飯も奢るっつー話だったが、いつ奢ればいい」

 

「ああ、それも保留だ」

 

「あそ……」

 

 ため息をつきながらレジへ向かう。

 見ればたまたま人手が足りていないのか、アルバイトが一人で会計をこなしていた。レジには数人の列ができている。

 ……こういうの見ると、ほんと働きたくねぇなって八幡は思います。

 俺、平塚の順で列に並ぶ。

 自分の番になり、金を払い商品を受けとった。どうせ飲み物一本分だと、店を出ないで平塚を待つ。

 と、そこで平塚を見ると、何かを凝視しているのがわかった。レジの近くをじっと見つめている。

 何を見てんだ……。あそこにあるのは精々募金箱とか広告くらいのはすだが。

 店員に声をかけられた平塚が慌てて金を支払い商品を受けとり、俺の方へ歩いてくる。

 

「なんか考え事でもしてたのか?」

 

「ちょっとな」

 

 気になって訊ねるも、平塚は言葉を濁す。

 まぁ、俺には関係のないことだ。どうしても聞きたいことではない。

 店から出れば、駐輪場は目の前だ。

 駐輪場までの道のりを無言で歩き、自分の自転車を見つけて鍵を外す。

 飲み物を軽く一口飲んでから鞄に入れ、その鞄を前カゴに放り込んだ。

 平塚は緑茶をぐびぐびと飲みながら、その様子を眺めている。俺が自転車にまたがったところで、ぷはとボトルから口を離した。

 

「ではな、比企谷」

 

 平塚の瞳は夕日に照らされ、輝いていた。

 

「ああ」

 

 そう言って、自転車のペダルを漕ぎ始める。

 今日はそれなりに疲れた。

 早いところ家帰って、ソファーでもベッドでも何でもいいから横になりたい。

 

 

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