やはり俺の青春バトルラブコメはまちがっている。   作:大石

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こうして、それはできあがる

 

 家に帰ると、居間のソファーで妹の小町が仰向けに転がっていた。

 小さな手で携帯をポチポチといじっている。

 

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

 

「おう」

 

 制服がしわになっちゃうから、お兄ちゃんまず着替えた方がいいと思うんだけどね……。

 小町は比企谷家でたいそう可愛がられている。両親――特に親父は、俺に注ぐはずの愛情を丸ごと小町に注いでいるような溺愛っぷりだ。もちろん俺も妹には甘々な自覚はあるが、こういった点を注意するのは兄の役目だろう。

 まず着替えてこいと言おうとして、びびっと察知したのか小町がソファーから立ち上がった。

 ぎょっとしたが、何てことはない。小町は棚からコップを手に取り、冷蔵庫に入っていた麦茶をとぽとぽと注ぐ。喉が渇いただけのようだ。

 その様子を何となく見ていると、小町と目が合う。

 すると、小町が少し驚いたように言った。

 

「あれ? お兄ちゃん今日なんかいいことでもあった?」

 

「いや、特にねぇけど……え、なに」

 

「なんか、目がいつもよりどんよりしてない気がしてさ。で、どったの?」

 

 ねぇっつったろ……。が、小町の中では俺に何かあったのは決定済みらしい。

 まぁ、何かあったと言えば面倒ごとが片付いたくらいだが、あれをいいことだと呼べるかって言ったら微妙だろう。なんせこれから、あの暴力女の言うことを何でも一つ聞かなきゃならんからな……。想像するだけでげんなりしてきた。

 制服の上着を脱ぎながら小町に話す。

 

「あー……。確かに面倒ごとはあったけどな」

 

「なにそれ?」

 

「同級生のやつと勝負してきたってだけだ」

 

「え、喧嘩!? 大丈夫お兄ちゃん、ちゃんと逃げれた!?」

 

 何で俺が負けて逃げるの前提なんだよ……。

 だが、今の言い方だと言葉が足りなかったな。勘違いされても仕方ない。

 訂正しようとして、小町はなおも俺の心配をし続けている。

 

「ダメだよお兄ちゃん弱っちいんだから。力で勝負したら勝てないよ。ていうか、逃げるが勝ち、を勝負が始まる前から使うのがお兄ちゃんじゃないの?」

 

 心配……? なんかちがくねこれ。

 

「男には戦わなきゃいけないときがあるんだよ。つーかお前、ちょっとひどくない……?」

 

「事実じゃん」

 

 いや、そうだけどさぁ……。

 と、そこで小町がはたと気づく。

 

「て、あれ? 勝負に負けたってそれ、いいことじゃなくない? ……小町、ぼこぼこにされて喜ぶ趣味はお兄ちゃんと言えどちょっと受け入れられないなー」

 

 だから何で俺は負けてぼこぼこにされるの前提なんだよ。

 このままでは小町の中の俺が大変なことになりそうなので、慌てて訂正に入った。

 

「まてまて早合点するな。怪我してねぇだろ俺。それに、勝負ってのはゲームの話だ。喧嘩じゃない」

 

 そう言うと、小町は少し驚き、すぐに納得する。

 

「あ、ゲームの話かー。なるほどねー。けど、それにしても意外だな。お兄ちゃんにゲーム一緒にやる友達がいたなんて」

 

「ばっかお前、そんな仲よしこよしな感じじゃねぇよ。もっと殺伐としててだな……」

 

「けどお話したりはするんでしょ?」

 

「……まぁ、ちょっとな」

 

 これからは多分しないと思うけど。

 そう聞いて、小町が指で目元を拭うふりをする。

 もちろん涙は出ていやしない。

 

「小町は感動だよ……。なんていうか、我が子が巣立っていくのを見てる感じ」

 

「おい」

 

「ねえねえ。ちなみにどんな人なの? ちょっと興味湧いてきちゃった」

 

 言い返したい気持ちをぐっとこらえ、考える。

 あいつは――平塚静はどんな女だろう。まだ互いの名前を知ってから二週間足らずの浅すぎる関係の中で、俺が見てきたものは何だろう。

 うーむと一頻り唸ってから、俺は口を開いた。

 

「……初対面でグーパン食らわそうとしてくるやつだよ。仕草も男より男前だし、口調も今時の女子っぽくないし、正直よくわからん」

 

 それを聞いた小町がぎょっとする。

 

「え、女の人なの?」

 

「ああ」

 

「うっわ、小町それは予想してなかったよ……」

 

 別に、驚くようなことでもないだろうに。

 小町はこほんと咳払いすると、にっと笑った。

 

「けど、とりあえずお兄ちゃんにもお話する人がいるみたいで、小町は妹としてすごく嬉しいよ! あ、今の小町的にポイント高いかも」

 

 笑顔が眩しい。兄と妹でどうしてこうまで差が出るのか。

 あと、最後のでせっかくのいいセリフも台なしだよ……。

 

 

   * * *

 

 

 翌週の木曜日の放課後。

 勝負の日から一週間近く経って、それは唐突にやってきた。

 

「比企谷。急で悪いが、付き合ってもらうぞ」

 

 教室から出て玄関口へ行こうとしたところで、がしっと腕を掴まれる。

 驚きながら振り向けば、そこにいたのは平塚静だった。

 

「びっくりさせんな……。何だと思ったぞ」

 

 基本的に忍者ばりの隠密行動をする俺だ。そもそも認識されることが少ないため、こうやって話しかけられること自体ほとんどない。

 平塚はもう一度ぐいっと俺の腕を引っ張る。

 

「すまんな。だが、とりあえず一緒に来てもらうぞ」

 

「はぁ? 何で俺が――」

 

「君に命令したいことが決まった」

 

「……」

 

 そう言われたら、行くしかない。

 敗者は勝者の言うことを何でも一つきく。今まで保留されていた権利を、平塚は今日行使しようと言うのだ。となれば、従わざるを得ない。

 俺が観念したのを見て、平塚が腕をはなす。

 ついてこい、と目で合図されて、俺は連行された。

 校舎の中にはまだまだ生徒がたくさん残っている。そりゃそうだ、放課後になってからまだ十分ほどしか経っていない。生徒の間を抜けて、平塚はずいずいと進んでいく。

 

 どんな命令を下されるのかしらん……。

 頼むから身体を酷使するのだけはやめてくれよ……。

 どこに向かってるかわからんが、処刑台であることは間違いなかろう。判決を下される直前の罪人の気持ちが少しだけわかった気がした。

 土下座だ。土下座しかない。ヤバいのがきたら土下座しよう。

 

 そう考えている間にも平塚は歩みを止めず、ついに特別棟までやってきてしまった。

 ここまで来ると人気がめっきりと減る。遠くから喧騒が微かに聞こえるだけで、周りで会話しているものはいない。

 平塚はある教室の前で足を止め、がらっと扉を開いて中に入った。

 次いで、俺も中に入る。

 

 そこは空き教室だった。

 教室の奥には机が積まれていて、床を見れば少なくない埃が溜まっている。あまり掃除が行われていない証拠だ。

 

「おい、平塚。ここは……」

 

「話は後だ。すまないがここで10分ほど待っていてくれ。逃げるんじゃないぞ」

 

 平塚はぎろりとこちらを睨むと、ぴしゃりと扉を閉めて教室の外へ出ていく。

 何がどうなってんだ……。

 呆然としながら、あらためて辺りを見回す。

 本当に何もない教室だ。見つかるのは椅子と机くらいである。こんなとこに連れてきて、あいつほんと何がしたいん? わけがわからないよ……。

 

 立って待つのも疲れる。教室の奥から椅子を一つ運んでそれに腰を下ろした。

 座りながらぼーっとして、数分おきに携帯で時間を確認する。鞄の中から本でも取り出そうかと思ったが、こんな雰囲気の中では落ち着いて読める気がしないのでやめた。

 結局扉が開かれたのは、平塚が出ていって15分経った後だった。

 

「遅くなった」

 

「あぁ―――あ?」

 

 平塚がそう言って教室内に入ってくる。

 だが、その後ろから現れたもう一人の人物に俺は驚きを隠せなかった。

 金髪、丈の短いスカート。着崩した制服。

 我がクラスの女王――三上美香だ。

 機嫌が悪そうに仏頂面をする三上の視線が俺に突き刺さる。怖い。

 つーか、何でこいつがここで出てくんだよ……。

 

「お、おい。平塚……」

 

 びびりながら説明を求めると、平塚はうむと頷く。

 

「わかっている」

 

 こほんと咳払いをして、平塚は話し始めた。

 

「さて、比企谷。君には私のつくる部活に入ってもらう。どうせ帰宅部なんだろうし、別に不都合はないだろう。こっちの美香はもう一人の部員だ」

 

 うそだろ……。予想外すぎる。

 だがまぁ、百歩譲って、俺を新しい部活に入部させるというのはわかる。部活を新設するのに何人必要なのか知らんが、俺が入ることで平塚に何らかのメリットがあるのだろう。

 そしていざ入ってもすぐに幽霊部員になればいいだけの話だ。土下座してまで回避するようなことじゃない。

 だが、見えないのは三上美香の存在だ。

 一体何の因果があってここに来ているのか少しもわからない。

 疑問に思っていると、そこで初めて女王が口を開いた。

 

「や、あーしは別に入りたくなかったのに、どうしてもっつーから……」

 

「あぁ。ここ五日間、拝み倒してやったよ」

 

 それを思い出すかのようにして、ハハハと平塚は笑った。

 驚きだ。女王と言うだけあって、三上美香は人に頼みをきかせることはあっても、人の頼みをきくことはないと思っていた。

 それが、平塚に根負けして折れるとは。

 

「お、お二人はどういったご関係で……」

 

 なんか知らんが声がうわずってしまった。

 その問いに、平塚が答える。

 

「まぁ、いわゆる幼馴染みというやつだ。小中高と一緒だからな、わりと付き合いは長い」

 

「……幼稚園も一緒だったしょ」

 

「そのときはまだ話してなかったからな、ノーカンだろう」

 

 なるほど、と納得する。そういった関係性なら、平塚がここに引っ張ってきてもおかしくないし、三上が折れたのも理解できる。

 平塚は俺に向き合い、制服のポケットから折りたたまれた紙を一枚取り出し渡してきた。

 

「比企谷。さっそくだが、入部届を書いてもらうぞ。部を新設するための準備は全部ここ一週間に済ませてある。顧問は君のクラスの担任である佐伯先生だ」

 

「……あの人、確か合唱部の顧問だろ」

 

「掛け持ちを何とか了承してもらえた」

 

 平塚の勢いに押されて承諾してしまう佐伯先生の姿が目に浮かんだ。哀れなり。

 渡された紙を開けば、入部届にはまだ何も記入されていない。

 そうだ。

 これに署名するのはいいが、そういえば俺は肝心なことを知らない。

 

「おい。考えたら何すんのかとかまだ全然知らないんだけど。決まってないなら、せめて部の名前だけでも教えてくれないと書けねぇよ」

 

「ん? あぁ、そうだな」

 

 どうやら平塚も伝えるのを忘れていたらしい。

 平塚は一呼吸置いて、その名を口にする。

 

「この部活の名は、奉仕部だ」

 

 

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