哿と婚約者   作:ホーラ

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注意、アンチヘイト気味、戦闘短め


第19話:カルテット

朝のHR

担任の蘭豹は普段は、教室に入るなり連絡なしやと言ってすぐ出ていくのだが、今日は違った。

 

「このクラスは『4vs4戦(カルテット)』のチーム申請が遅れとるから早く決めろや。早よ決めんとこれで撃つで」

 

そう忠告しながらM500を発砲した。

撃ってるじゃねえか!と突っ込みを入れたかったが、そんなことを言ったら今度は俺があれで撃たれる。

なので俺らはお口にチャックして、昼休み、カルテットの班決めをするために何個かのグループで集まっている。

 

「銀華、カルテットの班どうする?」

 

ちなみにカルテットとは、4人対4人で戦う実戦テスト。対戦は各班一戦ずつのみで、その結果は教務科(マスターズ)からの『評価』の対象となる。この評価は俺たち生徒にとって非常に重要で、単位と武偵ランクの両方に影響する。なのでこのカルテットはイベントとは言え手は抜けないのだ。

よって、友達が少ない俺は、実力もあり一番組んでくれそうな銀華に声を掛けたのだが……

 

「ごめん、キンジ。今回、私他の人と組むことになっちゃってるから」

 

手を顔の前に合わせてごめんという風に断ってくる。

ま…まじかよ。銀華と組めなかったら誰と組めばいいんだ…

 

「遠山君。北条さんはSランクの優良物件なんだからちゃんと早めに声を掛けとくべきだったよ」

 

俺と組んでくれるらしい不知火がそう声を掛けてくれるが、不知火の言う通りだ……

銀華なら俺と組んでくれると勝手に勘違いしていたぜ…

 

「銀華がダメならあと2人どうするかだな…」

 

1人、長い黒髪の女子が脳裏に浮かぶが…

 

「星伽さんは私と同じチームだから」

 

それもダメになる。うーん誰かいないものか。

 

「いよー!キンジ!」

 

バシッ!

という風に背中を叩かれる。思いの外痛え!

 

「武藤…」

「どうしたキンジ?そんなしけたツラして」

 

武藤の誤解は白雪本人の口から解いてもらって向こうの気も収まったんだが、最初からこうすればよかったんじゃないか?と思わずにはいられなかったぞ。

そんなわけで武藤とは先日の決闘からつるむようになった。俺と武藤の関係は白雪と銀華みたいな関係みたいなもんだな。

雨降って地固まると言うが、やっぱり決闘(ケンカ)が武偵高なりの人間関係の作り方なのかもしれない。古くさくて、不器用な。

 

「カルテットのメンバーが2人決まらないんだ…」

「武藤君はチーム決まったのかい?」

「いいや、決まってないぜ。キンジのチームが空いてたら入れてもらおうと思って、ここに来たんだ」

「じゃあ、頼む」

「おう!」

 

俺、武藤、不知火であと1人か……

 

「あ、キーくん!」

 

俺らが話しているところに理子(バカ)がやってきた。

 

「確か理子ってチーム決めてなかったよね?」

「さっすが、しろろん!りこりんはチームを探しているのです」

「理子、俺たちのチームに入ってくれないか?」

「くふふ、いいよ。キーくんのチームに入ってあげる」

 

理子はバカだが戦闘能力は高い。入学試験の時のように罠を仕掛けるみたいな諜報科(レザド)的な側面も持っている。

強襲科2車輌科1のこの構成にはもってこいの人材だな。

 

「むっきゅんとぬいぬいもよろしくであります!」

「ああ!」

「よろしくね」

「Sランク1人Aランク3人……キンジのチームには当たりたくないねー」

「銀華のチームはどうなんだ?」

「ヒ・ミ・ツ」

 

星が飛び散りそうな可憐なウインクしながらそう言ってくるけど、そういう可愛い行為やめろよな。こっちは病気(ヒス)持ちなんだ。お前も病気(ヒス)持ちだけどさ。

 

 

 

数日後、教務科の掲示板に4対4戦(カルテット)の対戦表とルールが貼り出された。

自由人な理子を除いたチームメンバー3人で見に来ているため、銀華は不在だ。多分、銀華もチームメンバーと見に来ているはずだがな。

掲示板を一目見ようと混み合った掲示板の前を掻き分けて進み、なぜかチームリーダーにさせられた俺の名前を探しだすと………

 

「第09戦 遠山班 vs 一石班 毒の一撃(プワゾン)

 

対戦相手の名は一石……一石………お、おい一石ってもしかして……

 

「遠山君。君の班と対戦することになるなんてね」

 

やっぱりそうかよ…一石は銀華や俺と同じくSランク。同じ1-Cで銀華と同じく3つ兼科してる超人だ。入学して少ししか経っていないが、真面目一徹の仕事人間のタイプで、こういうイベントもしっかり取り組む人間だということがわかっている。正直一番当たりたくなかったぜ…

 

「まさかお前の班と対戦することになるとはな………?」

 

一石に対する返答が疑問形になった理由は後ろから思いがけない人が現れたから。

 

「いやーキンジたちとは当たりたくなかったんだけどね。嫌なことは実現するって本当だよ」

 

大きな一石の背からヒョコっという感じに銀華が現れた。おいおいおいおい………一石だけでも十分キツイっていうのにもしかして……

 

「すまない、遠山君。君の婚約者を取るような真似をして」

「これは驚いたね。まさか一石君と北条さんがチームを組むなんて」

 

一石と銀華。2人の超人がチーム組むってチートじゃねえかおい。一石のチームがガチするんだが。そして銀華がいるということは

 

「星伽さん!?」

「よ、よろしくお願いします。キンちゃん」

 

先日、銀華と超人バトルを繰り広げた白雪も当然チームメンバーに入ってるよな。銀華が自分の口から言ってたし。

一石(超人)銀華(超人)白雪(超人)

超人のオンパレードだ。もう何が来ても驚かんぞ。

 

「レ、レキさんもいるのかい。これは……」

 

滅多なことじゃ驚かない不知火が、声を少し震えさせて言ったのは…………おいおいおい。狙撃科のレキじゃねえか。置物のように微動だにしないから気づくの遅れたぞ。

入学してから一度、銀華、俺、レキの3人で仕事をしたことがあったんだが、こいつも狙撃科のSランク。天才少女だ。

身体は細く、身長は銀華より小さい。腕は確かだし外見もショートカットの美少女なのだが、その無感情でロボットぽい性格のため目立たない女子である。現に不知火がそう言うまで気づかなかったし。

だが、社交性カンストの銀華。この前の一件でレキは銀華に少し懐いた。

このロボットレキを懐かせる方法がまさかのカロリーメイトの限定味を渡すなんて考えもつかねえぞまじで。そして、銀華はこういうタイプの手懐け方知ってたようだったな。知り合いに誰か似たような無口なタイプでもいたのかな。

レキは銀華に「貴方は私と似ている」と言っていたけど、全然似てねえよ。無口と社交性カンストで対極じゃねえか。以前そのことを声に出して言ったら俺のことは無視するし。なんなのもう。

 

あと1人がレキっていうの驚いたぞ。何が来ても驚かないと思っていたけど訂正だ。

Sランク3人Aランク1人のチームが対戦相手と聞いて驚かない方が無理。

 

「遠山君。これが僕のチームだ。卑怯なことはなしに正々堂々勝負しよう」

 

そう言って銀華を含むチームメンバーの女子3人を引き連れて作戦会議でもするのか、この場から立ち去ったが……一石、一つ言わせてくれ。

Sランク3人のチームは卑怯じゃないんですか!?

そんな気持ちの他に、何かわからないが黒い気持ちが俺の中に渦巻いていた。

 

 

 

 

数日後の放課後。

俺たちは作戦会議を開くこととなった。

ルール確認は基本中の基本だし、対戦相手の情報を知るというのも大事だ。俺は銀華や白雪のことを知っているが、他のメンバーは知らない。それを共有するのが目的である。

作戦会議する場所は一般科の空き教室。盗聴されそうな場所だが、その心配はないらしい。なぜなら

 

「一石が盗聴なんて卑怯なことするわけないから」

 

らしい。一石信用されてるなあ。銀華や白雪もそういうタイプではないし(たぶん)、レキは言わずもがな。こう考えると一石が誘ったメンバー卑怯なことしないな。戦闘力以外に、人選にも気を遣ってるってことか。

俺が目標の空き教室に少し遅れて着くと、俺以外の3人は揃っていた。

 

「キンジ遅えぞ」

「キーくん、おそーい」

「やっときたね、遠山君」

 

それぞれの反応を示しきたのですまんという風に手を上げ、不知火に印刷物を貰いながら、輪形に並んだ椅子に座る。

 

「さて、遠山君が来たことだし、ルール説明させて貰うよ。僕たちがやる競技は『毒の一撃(プワゾン)』という競技。細かい説明はプリントに書いてあるけど、簡単に言うと互いに持っている目が書かれた相手の『防衛フラッグ』を、ハチ・クモが描かれた『攻撃フラッグ』でタッチした方が勝ちだよ。フラッグの隠匿や班員間での受け渡し、敵からの奪取、破壊、全てが許されているね。折られたり破かれたりしたフラッグは無効となるから注意しなくちゃいけないよ」

「ねえ、ぬいぬい。もしこっち側の旗が全部破壊されても相手から攻撃フラッグを奪い取って突いてもおkなの?」

 

頭の上で○、つまりOKのOを作りながら理子はそう聞く。

 

「うん。だから最後まで諦めちゃダメだよ。武偵憲章にもあるようにね」

 

武偵憲章10条「諦めるな、武偵は決して諦めるな」のことを言っているんだろうな。

不知火に他にも質問あるかいと聞かれ、手を上げる人がいなかったのでルール説明は終わりとなる。

 

「次は対戦相手のことだな。理子」

「うー!らじゃー!」

 

理子はいきなり立ち上がってキヲツケの姿勢になり、両手でびびしっと敬礼ポーズを取る。

 

「一流のスナイパーは大抵自分のことを隠すもので、レキュは一流のスナイパーだから、自分のことは隠してるんだよ。だから限られた情報しかなかったんだけどね」

 

まあそうだろうな。

一度組んだ時もあいつのこと何も分からなかったし。

というか微妙すぎる渾名だな、レキュって。

 

「狙撃科のランクはS。武偵高に入ってからの任務達成率は100%、まあ母数が少ないんだけど」

 

それは仕方ないだろう。入学してからそんなにまだ時間が経っていないからな。

 

「うーんと……これは未確認情報だけど、武偵高に入る前--14歳頃から、日本だけではなく中国やロシアにもいたらしいよ」

「何してたんだ?そんな外国で」

「その記録がないんだよ。何もしてなかったか、記録に残らない仕事をしていたかのどちらかだねー」

「記録に残らない仕事?」

「聞きたいのキーくん?」

「ああ」

「じゃあ、教えませーん!」

 

ムカッ、じゃあ聞くなや。

 

「これでレキュの情報は終わりー、次はマサトンかな?」

「ああ、それは俺が説明するぜ」

 

今度は武藤が理子の代わりに立ち上がる。

 

「一石マサト。車輌科で入学したが強襲科と狙撃科も兼ねているSランクだ。同じクラスのお前らなら知ってると思うが、武偵高生と思えないぐらい勉強ができるぜ。法令を遵守し、仲間--特に年少者を必ず守り、頑健な心身を持ち、リーダーシップもある。卑怯なことやずるいことは決してしない。これは武偵としては俺はどうかと思うがなァ」

 

俺もそう思う。あいつはどちらかというと武偵よりは警官タイプだな。あいつは武偵としてはかたすぎるぜ。

 

「あと俺は一石が攻撃手なんじゃないかと睨んでる」

「守備じゃなくてか?」

 

責任感のある一石だったら最後の砦として、守備役になると俺は思ったのだが

 

「よく考えなよ、遠山君。一石君は車輌科のSランクだよ。守備役だったらその利点を生かせないじゃないか。だから守備役として、戦闘力のある北条さんをチームに入れたんじゃないかな?」

 

確かに一理あるな。

 

「一石については俺からは以上だ。何かあるか?」

 

3人とも首を振るので話は次に進む。

 

「じゃあ白雪については俺からだな。学科は超能力捜査研究科 (SSR)でランクはA。鬼道術とかいうものを使う超偵らしい」

「超偵とはまた厄介だね…」

 

白雪の強さの源は、説明されても分からないし、実際見ても分かりにくいのだが、どうやらあれ……鬼道術とかいう『超能力』の一種らしいんだよな。

…………

……………超能力。

こんな話、胡散臭くて俺も信じたくないよ。

でもどうやら超能力者というやつは実在して、各国の特殊機関で密かに研究・育成されているらしい。それが白雪の所属する超能力捜査研究科 (SSR)だ。

ちなみに超能力を有する武偵は『超偵』と呼ばれ、胡散臭がらながらも日に日に武偵業界で存在感を増しているのだ。

 

「あとは刀は達人の域だ。銀華よりも刀の扱いは上だった」

 

この前の決闘、刀の扱いでは銀華を完全に上回っていたしな。勝ったのは銀華だが。

 

「キーくん、ユキちゃんの情報他にもないのー?幼馴染なんでしょ?」

「…と言われてもな……小さい頃近くに住んでいただけで、武偵高で会ったのが久しぶりだからな」

 

それを聞いてぶーっと膨れる理子であったが、謎なのは武藤。なぜか安心した様子だった。何それ。さっきの内容聞いて安心するなんて意味がわからんぞ。

 

「質問ないなら、じゃあ最後、銀華いくぞ」

「キーくんとラブラブな婚約者だね!」

「今はそれ関係ないだろ…北条銀華。強襲科Sランクで探偵科(インケスタ)衛生科(メディカ)を兼科している。銀華は攻めるより守る方が得意だ。中2の間まるまる要人警護をしていたぐらいにな。あと、得意技は足を使った技だ。食らったことがある武藤はわかると思うが、蹴り技をまともに食らったら一撃でダウンすると思ってくれ」

 

ガードが間に合わなかった秋水が乗ったキックの威力を考えただけでも恐ろしい。

 

「しろろんの3サイズは?」

「知るか!」

「ええー!!」

 

3サイズで思うが、あいつスタイルいいよな…

そこの理子や白雪ほどではないが普通に胸もあるし………って何考えてんだ俺!

自らヒスりそうなこと考えてどうする!

というか知ってたとしてもお前にいうわけないだろ。

 

「北条さんに弱点はないのかい?」

「弱点か……」

 

あいつの弱点って何だろう。蛇やおばけとかも怖がってなかったし、近接戦闘の弱点は俺が教えて欲しいぐらいだ。強いて言うなら…………

 

「キーくんのキスで弱くなったりしないの?」

「ぶうううううう」

 

考えていたことを理子に先に言われて思わず吹き出しちまった。

 

「その反応、キーくん怪しいですな〜」

「き、キスで弱くなる奴なんているわけないだろ」

「まあ、そうだろうね。もしそれが本当だとしても、先生方も見てるんだし、そんなことやってたらお仕置きだろうし」

 

不知火が言ったお仕置きとは体罰フルコースのことをさす。

武偵高教師陣によって昼夜問わず行われる体罰は想像を絶する地獄らしい。

それ覚悟の上で銀華にキスして銀華をヒスらせて弱らせるってもうこれやべえな……

でも入学試験の時やったわ…

 

「じゃあ作戦をどうするかだな。俺が誰かを乗せて敵本陣に奇襲するか?」

「やめといたほうがいいね。スナイパー、それもSランクがいるんだ。奇襲は通じないと思うし、僕達が移動している乗り物を事故らせて戦闘不能にしてくる可能性もある。それになるべくフラッグも見せない方がいいね。撃ち抜かれる可能性が高い」

「じゃあ不知火どうすんだよ」

「敵の陣形を推理してこっちも陣形を組むんだよ」

 

不知火、お前強襲科なのに賢いな。いや強襲科でも賢いやつは銀華や一石など他にもいるんだが、どうしても強襲科の他の奴らは死ね死ねとしか言わないから、どうしてもアホだと思っちまうぜ…

不知火は空き教室にあったホワイトボードにすらすらと可能性のある敵陣形を列挙していく。

 

「可能性が一番高いのは後方支援レキさん、守備役北条さん、攻撃役一石君。そして白雪さんが攻撃か遊撃だね」

「白雪は基本大人しいから守備だと思うんだが…」

「そうするとフラッグにタッチできる人が一石君しかいなくなっちゃうからね。保険をかけとくのも必要さ」

 

確かに。不知火の言う通りだな。

 

「僕の考えた作戦はこうだ。僕と武藤君が防衛、峰さんが遊撃。遠山君が攻撃。峰さんが相手の攻撃役を引きつけて時間稼ぎしてる間に、遠山君が銀華さんを撃破してフラッグをタッチして勝ち。一石君の性格を考慮するなら隠したりなんて卑怯なことはせず、堂々と置いてあると思うからね」

「ぬいぬいの案に理子は賛成〜!」

「俺も賛成だ。車輌科の強みを生かせないのがアレだがな」

 

とは言っても武藤は十分強いし問題はないだろう。それはこの前のランバージャックでわかっている。

 

「じゃあ不知火の作戦でいこう。あのエリート軍団に一泡吹かせるぞ」

「「「おーーー!!!」」」

 

そんな掛け声の後、俺たちは作戦の細かいところを詰めていった。

 

 

☆★☆★

 

作戦会議からさらに数日が経った。

今日は、ついに俺たちが4対4戦(カルテット)を行う日だ。

11区の中央にある車道交差点の脇に、俺たち遠山班と銀華がいる一石班の計8名が集まっていた。近くにある横断歩道では通行人や車が行き交っている。

 

「それではカルテット、『毒の一撃(プワゾン)』を開始します」

 

教官として今回の戦いを監督するのは小夜鳴先生。小夜鳴先生は武偵高にしては珍しいスーツでキッチリ身なりを整えた美形の男性講師だ。向かい合うようにして並んでいる銀華も驚きで目を白黒させていたしな。まあびっくりしすぎだとは思うが…

 

「遠山班は『ハチ』、一石班は『クモ』のフラッグを相手の目のフラッグに接触させれば勝利です。フラッグは仲間同士で受け渡し、隠匿も可能です。エリア内の物は何を使っても構いません。なお、火器の使用弾薬は非殺傷弾(ゴムスタン)のみ」

 

非殺傷弾とはいっても頭とかに当たると死ぬこともある代物だ。相変わらず狂ってる学校だなここは。

 

「説明は以上です。それでは遠山班は南端、一石班は北端に移動してください」

 

小夜鳴のルール説明が終わった後…一石は近づいてきて

 

「遠山君、互いに頑張ろう」

 

こちらのチームのリーダーの俺に右手を差し出してきた。握手を拒む理由はない俺は

 

「ああ」

といって握り返す。

一石と俺の握手が終わった後、銀華も握手したいよワクワク見たいな顔をして俺に近づこうとしたのだが、

 

「さあ、北条さん行くよ」

「あっ…」

 

銀華の身体を手でくるんと回し、銀華たちのスタート位置の北端に()()()()()()()()

そんな一石と銀華の様子を見た俺は、銀華が遠くに行ってしまうと錯覚してしまう。

銀華が奪い取られたと錯覚してしまう。

一石。

 

---俺の銀華に触るな---

 

(銀華!)

その時、俺の体に。

--ドクンッ--

これは…

なんだッ……?

--ドクンッ--

灼けつくような鼓動が走った。それも二度三度。

どういうことだ。

この、頭に血が上り---何も考えられなくなるような感覚。

ヒステリアモードにも似ているが、違う。

もっとドス黒い獰猛な感情に、自分が塗りつぶされていくのがわかる。

--奪い返せ…!

そんな声が自分の中心・中央、その奥底から聞こえてくる。

たぶんヒステリアモードの派生系か何かだろう。

 

「………っ………!」

 

俺は近くの柱に寄りかかり、胸をかきむしるように押さえた。

もう止めらないな。この血の流れは。

--だが、それがなんだ。

もうそんなこと、どうでもいいだろ。

どうでもいい、何もかも。この試合の勝敗さえも。

逆に今までの自分の不甲斐なさを呪いたくなる。

なんで俺は銀華に声をかけなかったんだ。

告知が出た当時は銀華もフリーだったはずだ。その時に声をかけとけば、こんなことにならなかった。

というか銀華も銀華だ。他の男にホイホイと付いて行きやがって。何考えてんだあいつは。

いいよ。お前がその気なら今回はお前に対する気遣いは無しだ。

奪うぞ。お前を。力づくでも。

 

 

 

11区の南端にある公園、その高台にある小さな林に俺たちは陣取った。

俺たち4人は離れていても通話ができるように片耳ヘッドセットを付け感度を確かめているが、俺は今すぐにでも飛び出したい気分だ。

 

「打ち合わせ通り………」

 

不知火が何か最後の打ち合わせをしているがそんなこと知ったこっちゃない。攻撃役である俺が銀華を奪い返す。それで問題はないはずだ。

そしてたぶんヒステリアモードだろう優れた感覚でちょうど10分経った。

合図はないが、試合は始まったのだ。

だったら銀華を奪い返しにいっても問題はないはずだ。

 

「すぐ終わらせてくる」

「頑張ってね、キーくん」

 

そんな理子の声をBGMに俺は公園を飛び出した。一気に歩道を走り、道路を渡り、裏路地へ進む。その裏路地を抜ければ、もうそこは北側。

つまり、一石班が守る区域だ。だが銀華がいるだろう広場に向かうには、まずここで見通しのいい大通りを通らなければならない。

つまり相手はここに防衛戦を引いてる可能性が高い。

だがそれがなんだ。

待ち伏せでもなんでもしろ。今の俺は、敵に襲いかかり、銀華を奪うこと以外にあまり物が考えられないんだ。

深く何も考えず、道を渡るが……何も起こらない。

そっちが仕掛けてこないならこっちから仕掛けてやるぜ。

 

 

理子が一石と接敵したという報告がインカムを通じて聞こえたのとちょうど同じ頃。俺は銀華たちが拠点にしているだろう空き地に肉薄した。どうやらここは半年後から工事が開始されるらしいが、今はそんなことはどうでもいい。

その空き地に入ると、目のフラッグが堂々と置かれていた。

本当に卑怯なことはしねえんだな一石。だが、それがお前の敗北の原因だ。

あれを攻撃フラッグで突けば俺らの勝ちだ。

だが、そう簡単にことが運ぶわけないよな。

 

「やっぱりきたね、キンジ」

 

旗の前には銀華が仁王立ちしていた。

俺がきたのを見た銀華は目の旗をブラウスの胸の中にしまう。

普段の俺なら絶対攻略できないところに隠したな。

だが今の俺はいつもと違う。お前を奪うついでに奪ってやるよ。その胸の中にある旗もな。

 

「私の推理より来るのかなり早いんだけど、どうかした?」

「お前を奪いにきた」

「私を奪いにきた…?」

「その疑問は自分自身に聞くんだな!」

 

理子たちが一石相手にどれぐらい持つかわからないため、俺は会話もそこそこに一気に突っ込んだ。そして右ストレートからの回し蹴りのコンボを繰り出そうとする。普通の人ならこれをガードして回し蹴りが綺麗に入るのだが、これを俺に教えたのは銀華だ。

右ストレートは当然ガードせずにかわされた。だが本命は……

 

「きゃっ…」

 

ズゴオッッッ!

銀華の叫び声とそんな音が混ざり銀華が吹っ飛んでいく。右ストレートはフェイクで左に交わしたところを左手のベリーショートパンチで秋水を繰り出し、銀華を吹っ飛ばしたのだ。

 

「やったわね…」

 

受け身を取りつつ立ち上がった銀華は、ベレッタM93Rの2丁で18×2発の弾幕。

いいぜ、それがお前の拒否する気持ちだったら、それをも無に帰してやるよ。

俺に対して飛びかかって来る36発の9mm弾を

バチバチバチバチバチッ!

俺のベレッタM92Fで迎撃する。36発を15発で。

この俺ならやれると思ったぜ。

36発を15発で防ぐなんて簡単だ。ビリヤードでいう『キャノン・ショット』のように俺の弾が敵の弾2発以上に当たるような角度で撃てばいいだけだ。もちろん敵の1弾目に当たれば俺の弾の軌道も変わるから、それも計算した上で。

つまり銃弾撃ち(ビリヤード)の2連鎖、3連鎖。

銀華、俺にはそんな拒否通用しないぜ。

 

銃弾36発を防がれた銀華は目を見開いて驚いている。だがすぐに何か納得したようで

 

「ああ、この感じ男版ベルセね。なるほど…」

 

小さく何か呟いている。

そして今度は銀華から一気に近づいてきた。勢いをつけた飛び蹴り、それを避けて投げに持ち込もうとした俺だったが、着地した勢いのまま体勢を低くして、その場を一回転するローキック。それを飛び上がってかわしたら、今度は俺の飛び蹴り。それを手のひらでブロックした銀華はお得意の絶牢もどきの宙返り蹴り(ムーンサルト)

銀華のシューズのつま先が、上体を反ら(スウェー)して躱した俺の鼻先をかすめる。

いつも通り、一回転するかと思いきや銀華は逆立ちでそれも片手で着地し、その手を軸に回転する芸当を見せながら、その回転を活かして俺の頭部に向かって二連蹴りを叩き込んで来る。

それをガードで受けるが、銀華から後退してしまう。

 

「キンジが私のことを知っていると同じく、私もキンジのことを知っているんだよ」

 

蹴りの勢いで地に足をつけた銀華がそう言って来るが……こいつ目がオッドアイや紅の状態じゃなくても十分強えな。この状態の俺を押してやがる。

そうだな。お前も俺のこと知ってるんだったな。だが俺もお前のこと知ってるんだよ。

 

銀華との間を中距離まで駆けた俺はその場で空振りの蹴り。それを見た銀華は俺が空振りしたにも関わらず、ガードする。

なぜならこの技は銀華の蹴りで空気弾を飛ばす技『降りやまぬ雨』とモーションが同じだからだ。銀華の使った技はHSS状態の俺なら大抵使える。そう推理してガードしたんだろう。事実そうだ。

だが、この蹴りはブラフ。

そう推理させて銀華にガードさせるのが目的だ。

銀華のガードするために体を縮ませた体勢を見逃さず、俺は

--ガバッ!

銀華を抱きしめる。まるで誰かから奪い返すかのように。

 

「キ、キンジ…?」

 

女性らしく柔らかい体を抱きしめていると銀華が身長差から見上げるように上目づかいで俺を見てくる。相変わらず長い睫毛やぷるんとした唇などが俺の劣情を煽ってくるけど、まだ俺にはやることがあってね。

 

「きゃっ!」

 

俺の左手が銀華の胸元を弄る。やっぱり意外とある銀華の柔らかい胸の中から目のフラッグを取り出す。

この柔らかさを誰にも渡したくないね。俺だけのものにしたい。

顔を赤くした銀華から目のフラッグにハチのフラッグを突き刺すために一旦距離を取る。

 

「ねえキンジ、さっき言ったよね」

 

顔を赤くした銀華がそんなことを言ってくる。それを聴きながら俺はハチのフラッグを取り出す。これでつけば俺たちの勝ち。

 

「私はキンジのことを知ってるって」

 

パァン!シュン!

発砲音と飛翔音が聞こえたと思うと

べき!

ハチの旗を折られてしまった。

誰だ邪魔したやつはと発砲音がした方を見ると

 

「レキ…」

 

俺の勝ちを横から奪い取ったのはドラグノフを構えたレキであった。頭に血が上りレキに発砲しようとするが、拳銃の射程圏外。いつもの俺なら引くところだが、だが今の俺には関係なし。何発か発砲するが

ギン!

レキに当たることはない。

しかもドラグノフの銃弾で俺の拳銃弾を防いできた。お前も銃弾撃ち出来るんだな。さすが狙撃科の麒麟児だぜ。何もすごいことやってない感に少し腹がたつけどな!

だが俺には攻撃役ということでもう一本フラッグが渡されているそれで突けば……突けば……突けば……………………

ない。もう一本あったはずのハチのフラッグがない。

 

「キンジが探しているのはこれかな?」

 

そういう銀華の手には俺が探していたはずのハチのフラッグ。

それをバキ!---膝で折ってしまう。

 

 

「何回も言ったけどさっき言ったよね。私もキンジのことを知ってるって」

 

俺にはもう攻撃フラッグはない。

 

「私は知っていれば推理できないことはほとんどない」

 

銀華が攻撃フラッグを持っていないことは抱きしめた時にわかっている。ということは一旦俺は自分の陣地に攻撃フラッグを取りに戻らなくてはいけない。だがそんな時間は…ない。

 

「つまり、この状況は私が作り出した状況なんだよ」

 

銀華の声に寒気がした。今のこの俺が。

 

「キンジのそれは推理できなかったけど、他の推理は完璧だった」

 

今まで銀華に恐怖したことはあった。

 

「つまりこの勝負は私の掌の上の勝負なんだよ」

 

それは今まで、銀華の怒りなどに恐怖したものだった。

 

「私たちの勝ちだよ」

 

今の恐怖は圧倒的強者に怯える弱者の恐怖だ。

銀華を奪い返すことに夢中で意図的に意識から消してたインカムからは白雪や一石の声が聞こえる。そして近くのビルの上からはドラグノフの発砲音。この状況が銀華が推理で作り出したものだというのか。

 

「勝負は勝負する前に決まる」

 

追い詰めていたと思ったら追い詰められていた。そんな格の違いに俺は呆然としてしまう。

インカムからは白雪の喜ぶ声が聞こえる。どうやら俺たちは負けたようだ。

銀華もインカムをつけていたのだろう。勝った報告を聞きそんな呆然としている俺に向かって銀華は歩いてきて、

 

「でもね」

 

俺を胸に抱きしめる。まるで慰めるように

 

「勝負しないとわからないこともあるんだよ」

 

俺を抱きしめる銀華は優しくて

 

「奪いにきたってことは私はキンジのものなんだよね」

 

人を安心させ柔らかく包み込む、そんな不思議な力があって。

 

「私はそれを聞いてとっても嬉しかったよ」

 

俺の中にあった奪うというドス黒い気持ちは引いていって。

 

「人の気持ちを私は推理できないから、キンジの気持ちは勝負しなかったらわからなかったよ」

 

ヒステリア性のものとは違う、落ち着いた気持ちになれて。

 

「だからキンジは今のキンジのままでいいんだよ。私は私。キンジはキンジなんだから」

 

銀華に感じた恐怖も霧散した。

 

そんな最後で俺と銀華の四重奏(カルテット)ならぬ二重奏(デュエット)は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




キンジ「どうしてカルテットでは俺と組んでくれなかったんだ?」
銀華「入学試験の雪辱を晴らすためだよ」
キンジ「お前案外負けず嫌いなんだな」
銀華「そうだよ(得意げ)」
キンジ「じゃあなんで一石のチームに入ったんだ」
銀華「堅物でハニートラップにひっかからなさそうだったから」
キンジ「ひでえな」



キンジと銀華が戦うから、どうやって銀華側が勝ったのか書けなかったけど…ちょっと甘くできたからいいや


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