6月。梅雨に入り雨が多くなる季節だ。
雨の確率が一番高く平均20日雨が降る。そしてそのうちの半分、10日ほどはしっかり降る。そして今日はそのしっかり降る内の中でも一番しっかり降る日だったようで、それが……
「……ぷー」
銀華の機嫌の悪い原因だった。
窓の外では昨夜から大雨が降り続いている。
今日は久しぶりに2人とも任務がない日だったので、銀華がどこか行きたいと言っていたのにこうなってしまった。さすがにこの雨の中を外出する気にはなれないらしく、銀華のご機嫌は斜めだ。
いや、俺この雨の中、銀華の家まで来たんですけどね。まあ銀華の自動運転する車にむかえに来てもらったんだけどさ。
ちなみに俺は女子寮にある銀華の部屋の、結構な常連になっている。どれぐらい常連かというと、俺の着替えや歯ブラシが置いてあるぐらい。銀華は1人部屋だしな。別に問題はないだろう。
でも寮官に見つかったらやばいのはわかってるけどな。
話を戻すがこの部屋の家主の銀華は、リビングのソファーで体育座りをしながら、わざとらしく頰を膨らませている。目が紅に染まっていないところや「ぷー」とか言うぐらいなので、本当に怒っているようではないんだが、露骨に『私、不機嫌です』アピールをしてるってところか?
銀華と結構付き合って来てわかってきたことだが、案外銀華は子供っぽい。外ではそんなことはないんだが、俺と一緒の時はこういう仕草を見せるんだよな。それが案外嬉しいぞ。
「なあ、銀華。機嫌直せって。こればっかりはどうしようもないだろ」
銀華の機嫌を直すというやや重い任務を遂行するために銀華の横に座ると、コテンと俺の肩に頭を乗っけるみたいに寄りかかってきてるから、物理的にもやや重い。
そしてこの銀髪が殺人的に馨しい。銀華にはそんな気がないから何にも言えないけどさ。この匂いだけでヒスれる自信あるよ。なんの自慢にもならんが。
「だってさ…」
「いや、別に2人でよく外出してるだろ?」
「あれは任務だもん。任務とプライベートは別だよ!」
……そ、そうなのか?銀華のことはわかってきたつもりだったが、まだまだ分からんことが多いな。
余談だが、カルテットで俺がなったヒステリアモードはどうやらベルセという派生系らしい。銀華が他の男に取られたと思うと発動するらしく、銀華が他の男子と任務を行うためにパーティーを組むだけで発生するので、銀華は俺以外の男子と組めなくなってしまった。そして銀華もあの目が紅になるのは俺と同じでベルセらしく、俺も銀華以外の女子と組めなくなってしまった。めんどくさいな俺たち。
だから、今までほとんどの任務を銀華と俺2人のペアでこなしてきたのだが、銀華にとってそれは2人で出かけるとは違うらしい。何が違うのか俺にはよくわからんが。
俺の失言で機嫌をさらに損ねてしまった俺は対銀華最終兵器、頭を撫でるを繰り出すと機嫌がみるみるうちに良くなった。ベルセになると無理なんだが、これぐらいの機嫌だったらこれで直せることがわかったからな。俺も銀華の扱いに慣れたもんだ。
「さて…目下の課題としては今日これからどうするかだな」
本来は早起きしてどこかへ遊びに行く予定だったので、まだ9時だ。マジで今から何やるんだ?
「うーん、私の家でできるといえば、理子が置いていったゲームぐらいだけど…」
銀華が言い淀む。
ちなみに銀華はゲームがすこぶる弱い。のくせに負けず嫌いなもんだから延々とやらされる。思考系ゲームは死ぬほど強いんだがな。将棋とかチェスとか。この前ネット上で一番強い棋士倒したらしいし。銀華、お前武偵やめて棋士になったらどうだ?
というわけで、どのゲームやっても俺とものすごい差が出来てしまうので、銀華はあまり俺とゲームをやりたがらない。まあこっそり練習しているのはコントローラーの位置が動いているのでわかるんだけどな。マジで負けず嫌いだな銀華。
「あ、そうだ。最近私ネトゲ始めたの」
「ネ、ネトゲ?」
銀華とネトゲって恐竜と洗濯機みたいなもんだぞ。なんでその異分子同士が繋がったかわからん。俺の例もよくわからんけど。
というかもしかしたら、銀華女性プレイヤーだから言い寄られてるんじゃないか?なんかそうだったら……ムカつくな。
「ちょっとやってみろよ」
「うん、いいけど…1人用だよ?」
「知ってる」
「わかったけど……なんでキンジ不機嫌になってるの?」
「なってない」
「なってるよ」
「なってない」
なってるでしょとぶつぶつ文句を言いながら、銀華はデスクトップ型のパソコンを立ち上げる。
「……」
黙って後ろから見てみると『シロン』とかいうHNのゲーム内の銀華は、本人とは似ても似つかぬ、赤色の髪のロング。これじゃ『シロン』じゃなくて『アカン』じゃねえか。何がアカンのか意味不明になるけど。
そんな心底どうでもいいことを考えていたが、銀華がやってるやつは中途半端にファンタジーが入った学園モノっぽい世界観のゲームらしいな。いかにも女子しかやらなさそうだし、これは銀華がやっても問題ないだろ。
「これはやってもいいぞ」
「はいはい、なんでキンジに許可もらわなくちゃいけないんだか」
そう悪態つきながら銀華はやってるが……なんか知らんがすごい人気者だぞ銀華。お前、ゲームですら人気者なのかよ。
「お前のキャラ人気者だな」
「よくわかんないけどね。いつの間にかこうなってた」
俺も人生で一度ぐらい言ってみたいセリフだな。まあいう前に寿命が尽きると思うけど。
そして銀華は『シロン』を操作して、その世界でバスケットボールやクリケットやらの対戦をしてるが………お世辞にも上手いと言えない。現実世界の方がはるかに上手いぞお前。この前体育のバスケでバックダンク決めたらしいじゃないか。現実世界だとチートすぎるだろ銀華。
銀華の下手くそなプレイに飽きてきた俺だったのだが……
「うーん、この子気になるんだよね」
そんな一言で我にかえる。
銀華が気になると言ってカーソルで示したキャラは水色髪でショートカットの元気っ娘キャラ。HNは『ムニュエ』だ。
「何が気になるんだ?」
「多分、プレイヤーがキンジっぽい」
「というと?」
「ネクラ」
「オイ」
ひでえ言い様だな。
「あと他人じゃない感じがするんだよね。なんとなくだけど」
「お前のなんとなくは当たるからな…」
銀華の直感は精度が高い。一度間違えて女子と組んでしまった時、秘密にしていたのに直感だけで見破られてしまったのは恐ろしい思い出だ。
「せっかくキンジいるんだし、2人でできることをやりたいね」
そういってパソコンの電源を落とす。
まあ俺も飽きてたし、それはいいんだが…外は大雨。車で移動するといってもこんな天気の中、わざわざ外出する人間はいないだろう。
すると必然的に部屋の中で出来ることに限られるのだが…。
「銀華、何かやりたい事あるか?」
「うーん……それじゃあ映画でも見る?」
「映画か」
俺は映画好きなのだが、朱に交われば赤くなるといったように、俺と過ごすうちに銀華も映画に興味を持ち始めたんだよな。
しかし、銀華の家に来た時の定番すぎて、銀華の家のDVDはもう見終わってるので、新鮮味がない。犯人がわかってる推理物見ても何も面白くないしな。銀華は初見でも答え横で言っちゃうけど。
「こんなこともあろうかと」
「あろうかと?」
部屋の端までトテトテトテと走って行き、部屋の隅にあった自分の鞄の中を漁る銀華。取り出したのは、なんとレンタルショップの袋。
「あらかじめDVDを借りといたの」
「随分と用意周到だな」
「友達の天気予報士に東京は雨って聞いていたからね」
聞いていたなら拗ねるなよ。
「それで、どんな映画借りてきたんだ?」
「えっとね……」
ゴソゴソと袋の中を漁りDVDを取り出す銀華の手元を見る。
「まずは推理物だね」
「推理物は1人で見る」
銀華が犯人言っちまうからな。
「次は恋愛物」
「却下だな」
恋愛物見ても面白さはあんまりわからんし、それを見て銀華にヒスられても困る。
「あとはイタリアマフィア映画とアクション映画だね」
「うーん、そのアクション物は俺見たことあるから、イタリアマフィア映画を見るか」
「わかった」
どっちもヒス性のものはなさそうだしな。俺、それに銀華的にも安全だろう。
というわけでキッチンから軽くつまめる物と飲み物を持ってくると、部屋のカーテンを閉め電気を消し、雰囲気作り。外は大雨なせいで電気を消した室内は瞬時に暗くなり、室内を照らすのは僅かなテレビの明かりだけになった。
俺がソファーに腰を下ろすと、銀華も俺の横に腰を下ろし、すすすっと俺の方に身を寄せてきた。銀華の腕が俺の肌とぴったり触れるほどくっついてきたが、これはいつも映画を見る時の定番の体勢。
それはいいんだが、問題は銀華の髪だ。
さっきも言ったが銀華の髪は殺人的に馨しい。爽やかな菊のような香りが俺の鼻腔に飛び込んでくる。今まで色々な匂いを嗅いだことがあるが銀華のこの香りが一番好きだ。
多分香水にしたら、大ヒットするんじゃないか。でも、他の男にこの匂い嗅いでほしくないや。
「じゃあ再生するよ〜」
「頼む」
「わー」
パチパチと銀華の拍手と共に、ミニ上映会は始まった。
……………ドウシテコウナッタ
「……キンジ………」
「……し、銀華?」
俺は今現在、銀華に押し倒されている。
(よ、よし。まずは落ち着こう)
ソファーに仰向けに寝転がる俺に覆い被さるようにして眼前まで迫ってきた銀華の顔から目を離すことができず「銀華まつげやっぱり長いな〜」などと現実逃避している場合ではない。
何が問題かって『映画を見ている最中に銀華が俺をソファーの上に押し倒したってことだ』
いや、理由はわかっているんだ。
映画を見始めて20分後、マフィア映画特有のマフィアが女性と遊ぶシーンがあったのだが、そこで一大事。いきなり画面内でキスしやがった。
そういうのに慣れてた俺は冷静にリモコンで早送りしようとするが、リモコンが見つからない。そして銀華がその光景をバッチリ見ちまった。顔を真っ赤にして、手で目を隠しながら、その隙間から見るように。
銀華、お前俺より初心だな。
問題なのがこの後。
その後、どこかホテルのようなところに入り、
「…………ッ………ッ!」
み、見ちまったッ、一瞬だけど!
なんでマフィア映画で、そ、そんな、は、肌も露わな男女が組んず解れつするような映像があるんだよッ!
「キ、キンジ………」
手で顔を隠している銀華は、根はエッチな子なのかその隙間からバッチリ画面を見ている。どんどん興奮しているようで顔を赤くしている。触れ合う肌から体温が急激に上がっているのもわかる。
やっとの事でリモコンを見つけテレビを消すが時既に遅し。
銀華は上気した顔で、俺をソファーの上に押し倒した。
菊のような爽やかな香りのする息遣いも、女っぽく、切なげで--
「………キンジ………」
「……し、銀華?」
今に至るというわけだ。
というか、い、今みたいな映像って、女が見ても興奮するものだったのか!?
と、とりあえず落ち着け俺。
まずこの状況を整理しよう。
・俺の上には銀華が覆いかぶさっている
・銀華はたぶんヒスりかけてる
・そしてヒステリアモードは子孫を残すためのもの
・一つ屋根の下2人
……これ詰んでね?
「……キンジ………しよ……?」
何をするかは言ってないが、さすがに俺でもわかるぞ!?
というかま、まずいって。銀華が上に被さってるせいで銀華の長い銀髪が俺の顔に直撃してるし!
たぶん銀華、この辺は感覚的にやってそうだな。
今の銀華は俺でいう
ヒステリアモードの異性を喜ばす能力と普段の推理力が合わさってる状態。俺を誘っても来ないと推理したヒステリアモードの銀華は、俺に本能で襲いかかったのだろう。
一番厄介じゃねえか甘ヒス。
……こんなことがわかるってことは俺もヒスりかけてるってことで…
そんな俺に最後の追い討ちを掛けるかのように顔を寄せ………
「……………ッ!」
キスしてきた。それで水際で耐えていたヒス性の血流のダムが崩壊。完全にヒスってしまう。しかもこのいつもより強い血流はリゾナだ。ということは銀華も完全にヒスったということで……
--ドシン
腕で体重を支えることができなくなったのか、俺の体の上に銀華が倒れてきてしまった。俺が抱きしめるその体は震えている。
そして今までよりずっと愛らしい、愛おしさを感じさせる仕草で、潤んだ瞳から涙をこぼした。
小動物のように儚く、俺が何かをすればなされるがまま、そんな力しか感じない。
銀華も変化したのだ。ヒステリアモード・リゾナに。
やっぱりこの銀華は他の人に見せたくないね。今の銀華は震え、怯え、男の征服欲を掻き立てるような異様な可愛さだ。いつもの銀華も愛らしいが、こっちの銀華の方がずっと狂うしいほど魅力的に見える。男なら、もう銀華のことしか考えられないだろう。現に俺も銀華のことしか考えられていない。
銀華のおかげでリゾナのことが少しわかったよ。
「銀華、今から俺はさっきのお前の問いに答える」
さっきの問いとは『しよ?』と言ったものだ。その俺の言葉を聞き、期待感からか銀華の震えが一瞬止まる。
「すまない、銀華の言葉に今の俺は応えることはできない」
そんなことを聞き、銀華は再び銀華は身体を震わせ、ぽた、ぽた、と--ソファーの上に熱い水滴が落ちる音がしている。
聞くまでもない。銀華の涙だ。
俺に拒絶されて、それがわかって泣いているんだろうな。
「銀華泣かないで。この言葉には続きがあるんだ?」
「……つ、続き……?」
銀華が俺の方に愛くるしく、愛おしい顔を向けてくる。
「今、そういうことできないのは銀華、君のことを考えているからだよ」
「…わ、私のことを…?」
「今、君が俺の子を身籠ってしまったら君は学校をたぶん辞めなくちゃならない。それは俺にとっても悲しいことなんだよ」
銀華の髪の毛を撫でながら俺は言葉を続ける。
「銀華がこの学校を卒業したら、君の望みをいくらでも叶えてあげよう。だから、今はこれで我慢してくれないか?」
と言って横の銀華の唇に口づけをする。
「…………んん……」
そのキスはまるで互いを求め合うかのようにお互いの舌が絡み合い、今までしたどんなキスよりも激しくて…なんとなくだが銀華のことをより深く知れた気がする。
永遠にも思える時間が過ぎて、口を話すとお互いの唾液が交換されたのか、糸が引いていたよ。ちょっと恥ずかしいね。
銀華をお姫様抱っこで持ち上げ、ソファーにそっと置く。
もうすぐ12時。お昼ご飯の時間だから何か買ってこようかな。今の銀華は料理できないだろうし。
と思って玄関に向かおうとするが
--クイッ
服の袖を弱々しく掴まれる。
まるで行かないでと言っているように。
「銀華?」
「お……お願いがあるの……」
見上げるように弱々しく俺にそう声を掛けてくる。お願いとは一体何だろう?
「なんだい?言ってごらん」
「…わ、私に乱暴して欲しいの…」
あの、銀華さん。さっきの話聞いてましたか?
「さっき言っただろう?高校卒業するまでは……」
「……そういうことはしないでいいから……私を使ってしたいことをして……?」
つまり乱暴の内容は俺に任せると言っているんだろうな。実際恥ずかしくて、いつもならできないものが何個かあるんだが…例えば銀華の髪の毛に顔をうずめたり、ほっぺたをつんつんしたりみたいな。
「本当にいいのかい?」
「……カルテットの時……乱暴にされたの少し、嬉しかった……わ、私が…キンジのものだと……証明して?」
このあとめちゃめちゃ乱暴した。
(何やってんだよ、ヒス俺えええええええええええええええええ!!)
横のソファーで銀華が寝ているので叫ぶわけにもいかず、心の中で大絶叫だ。
いや、途中まではよくやったと褒めたいんだよ。あそこまでいった銀華をよく抑えた。まあ、キスをしたのも許そう。あれは不可抗力だし、キスなら何度もしているな。
問題はそのあとだよ、そのあと。
なんでお前は欲望のままに、髪の毛に顔埋めたり、真っ白な太ももをナデナデしたり、ほっぺをツンツンなんてしてるんだよおおおおお!!!!
いや、乱暴って殴る蹴るするのは流石に問題だけどさ。もっとやりようがあっただろうよ……
(あれはリゾナの弊害だよな…)
二度目のリゾナでわかったことだが、リゾナとノルマーレはほんの少し違う。
ノルマーレは女性のことを最優先で考えるようになるが、リゾナは銀華のことを最優先で考えるようになる。
互いに互いのことを思いやる気持ちが芽生えるので、ヒステリアモードの本質である『そういうこと』を今回みたいに避けることすらできるのだが……相手を思いやるばっかりに、自分のことよりも相手のことばっかりを考えてしまうのが弊害だな。たぶん、銀華がああ言い出したのなんてヒステリアモードの直感で、俺の潜在意識の中にああいった欲望があると見抜いたからだろうし。
(あいつが起きたら土下座確定だな…)
もしかしたら『キンジがそんな変態さんだと思わなかった。実家に帰らせていただきます』とか言い出すかも知れない。マジでそうなったらどうしようもない。俺、あいつの実家知らんし。銀華に捨てられたら俺どうすればいいんだ。
夢であって欲しいがこれは現実。銀華が起きたら誠意を込めて土下座するしかない。
そう思いながら、女神のような美しい寝顔をしている銀華が起きるのを待った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
(ふああ……)
そんなあくびをして、目を開けると、広がっていたのは私の家の天井。どうやらソファーで寝てしまっていたらしい。
(ん?キンジの匂い…?)
私の体からキンジの匂いがする。キンジの匂いは私は好き。なんか嗅いでると気持ちが落ち着くっていうか、そんな感じがする……
ちょっと待って……なんで私の体からキンジの匂いがするんだろう……?
顔を固定しながら眼球だけで周りを見回すと1人掛けソファーにキンジが難しい顔をしながら座っているのが見える。
ちょっと待って……ちょっと待って….ちょっと待って…ちょっと待って…思考がフリーズしてるよ。その思考のフリーズが完全に溶けると
(何やってんのよ、ヒス私いいいいいいいい!!)
そう心の中で叫ばずにはいられない。
何が『キンジ、しよ?』だよ。何考えてるのヒス私は。キンジも困惑してたからなんとか理由をつけて誤魔化してくれたしさ。さすがキンジ。さすキン。
あとキスしたのはまだいいよ。ディープキス?って言うんだっけ。あれを一度してみたかったから。
問題はそのあとだよ、そのあと。
なんで私の性癖を暴露してるの…ヒス私は…
カルテットでベルセのキンジに乱暴にされて、ときめいたのは事実だけどさ…その後キンジがかっこよかったせいでちょっと私もテンション上がって変なこと口走っちゃったし。だけど『乱暴して?』はないよ、ヒス私……典型的なマゾヒストでキンジもたぶんドン引きだよね…
けどキンジ、優しかったね。
髪の毛の匂い嗅ぐとか、太ももスリスリするとか、ほっぺツンツンとか、それぐらいなら、いつでもやらしてあげるのに。別に減るもんじゃないんだし。
あ、もしかしてたぶん私を軽蔑してそれぐらいしかやらなかったのかも。私にドン引きして。そうだ、そうに違いない。
(キンジに嫌われただろうなあ…)
たぶんあの難しい顔はどうやって私に別れ話を切り出すか考えてるんだろう。で、あの優しくてかっこいいキンジは他の人と付き合っちゃって、私は捨てられる。うー……キンジに捨てられたら、私どうすればいいんだろう。もう死ぬしかない。
嫌な推理ばっかりが成り立っちゃって、ハッピーエンドの推理が成り立たない。
キンジが私を嫌いになる要素しかないんだもん。あーもうダメ。死ぬしかない。
(このまま、死ねばキンジの婚約者のまま死ねるじゃん…問題はどうやって死ぬかだね…)
自殺前提で色々な方法を検討していたら、
「銀華、起きたか」
キンジに起きてるのがバレた。思考がまとまる前に起きてるのがバレたからどうやって死ぬか思いついてないんだけど…
なので思考がフリーズしてしまい、何も動くことができない。
そんな私の前で
ドン!
キンジがいきなり床に正座をする。これ…もしかして土下座っていうやつかな?
確か重要なことを頼むときにする日本の文化だったはず。
土下座=重要なこと
重要なこと=婚約破棄
婚約破棄=キンジに捨てられる
つまり、土下座=キンジに捨てられる
もう泣きそうだよ。そうだ耳を塞ごう。耳を塞げば、何も聞こえない。聞いてない間は私はまだキンジの婚約者なんだから。
「聞いてくれ銀華」
「聞きたくないです」
「お願いだ、頼む」
「嫌だ、絶対に聞かない」
キンジは必死にお願いしてくるけど、私は意地でも聞かない。だって…
「それを聞いたら私とキンジの関係は終わっちゃうんでしょ?」
私が涙目でそういうとキンジはキョトンという顔をした。いや、そんな顔をしても騙されないぞ私は。
「……キンジは私を捨てるんでしょ?」
「は?銀華何言ってんだ?」
「初歩的な推理だよ。キンジはさっき土下座をしたよね。つまりその後に何か重要なことを話すということ。この場面で重要なことと言ったら婚約破棄以外にない。つまり、わ、私はキンジにす、捨てられ…嫌だよ…キンジ…私を捨てないで………」
もう最後の手段、泣き落としに出る。トテトテとキンジのもとまで走っていき、胸に飛び込む。最後になるだろうキンジの胸の中と匂いを覚えておくために。
すぐに突き飛ばされると身構えていたのだがそんなことはなく、逆に抱きしめられた。
「…キンジ?」
「銀華、お前初歩的な推理すら間違えるんだな」
「ううん、私が推理を間違えるなんて…」
「銀華、推理の前に推理の大前提を教えてやるよ。俺がお前を捨てることはない」
俺はお前を捨てることはない…?
「さっきの土下座は謝ろうとしてたんだ」
「え…?何に?」
「あ…いや…その…あのだな。銀華に悪いことしたなって」
「悪いことって?」
どう考えても今回の件、私にしか非がないんですが…
「……言わなきゃダメか?」
「うん」
「髪の匂い嗅いだり…ほっぺツンツンしたりとか…」
ということはつまり…
「もしかして、キンジも私に捨てられると思って焦ってたってこと…?」
「そうだよ…悪いか?」
キンジも私も同じ気持ちだったんだね。
「初歩的な推理だよ、キンジ。私がキンジを捨てることはない」
「さっき、その初歩的な推理間違えてたじゃねえか」
「う、うるさい。そんなうるさい口にはこうだ」
抱きしめられていた私はちょっと背伸びして、キンジの口にキスをする。
「な、何すんだよ」
キスしたことにより血流が一瞬高まるがHSSになることはない。連続ではなりにくいからね。HSSは。
「いいじゃん。こっちのキンジとこっちの私の初めてのキスなんだから」
「…まあ、そうだけどさ」
「あ、見てみてキンジ、雨止んだよ」
「本当だ、天気予報も意外とあてにならないもんだな」
「私の技名も『降りやまぬ雨』から『降りやむ雨』に改名しようかな」
「『降りやむ雨』はだせえな…」
「確かにね…」
「雨は止んだが…どっか出かけるか?」
「台場に行きたいかも」
「じゃあ行くか」
「その前にご飯だね」
カーテンの隙間から外を見ながら、私たちはそう話すのだった。一生そんな時が続くといいなと、お互いに思いながら。
甘くしようと思ったらいつの間にかギャグ回になっていた…なぜだ