哿と婚約者   作:ホーラ

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スランプ気味なのに長くなって大変なことになりました。

注意:キンジ+理子視点


第35話:4世vs4世

「--武偵だ!離陸を中止してくれないかな」

 

ハッチを閉じようとしたその時、一人の男性が飛び込んできた。その男性は武偵徽章をアタシに突きつけてくる。ギリギリセーフだよ、キンジ。

 

「お客様!?一体、ど、どういう--」

「すまない。説明してる時間はないんだ。今すぐ離陸を止めるように機長に進言してくれないかな?」

 

息絶え絶え…でもまだHSSが残っているキンジにそう言われ、コックピットのある二階に向かう。

 

「き、機長!お客様…たぶん武偵の方に飛行機を止めろと言われたのですが…」

「何!?今更言われてももう遅い。規則でこのフェーズでは管制官からの命令でしか、離陸を止めることはできん」

「そ、そうなんですか…」

「ともかく止めることはできんと伝えてくれ。だいたい止めろだなんて、どこからも連絡を貰ってないぞ!と言った言葉も添えてな」

「は、はいぃぃ!」

 

機長にそう言われ、私はキンジの元へ引き返した。1階に戻ろうと階段を降りようとした時、

ぐらり。

機体が揺れた。これでアリアは袋の鼠だ。

 

「あ、あの……ダメでした…き、規則でこのフェーズでは管制官の命令でしか離陸を止めることは出来ないって…だいたいどこからも止めろだなんて、どこからも連絡もらってないぞ!って言われちゃいましたよぉ」

「そうか…すまないね。じゃあ、ここに神崎・H・アリアという人物が乗ってるはずなんだけど、そこまで案内してくれないかな?」

「わ、わかりました。べ、ベルト着用サインが消え次第ご案内しますぅ」

 

もうすでにキンジは頭を切り替えているらしい。HSSのキンジは本当にいいよ。ぞくっときちゃう。紅華にキンジをHSSにして連れてくることを頼んでよかった。

 

 

上空に出て、ベルト着用サインが消えたので、あたしはキンジを案内した後、コックピットに向かった。

もう既に空の上。外は台風のせいで乱気流が起こっていて、すぐに援軍はたどり着けないし、空港を飛び立ってからしばらく経った。

もういいよね。

あたしはコックピットの扉を解除(バンプ)キーで鍵を解除して中に入る。

 

「おい、お前。一体なんの用……」

 

パン!パァン!

あたしに声をかけてきた機長と横にいた副操縦士をワルサーP99に装填していた麻酔弾で眠らせる。夾竹桃の睡眠薬を使っているので、瞬く間に二人は眠った。

二人をずるずると機長と副操縦士をコックピットから引きずり出す。

するとすぐに、銃声を聞きつけたキンジがやってきた。

 

「動くな!」

 

あたしに銃を向けてきたキンジに対して、にぃと笑う。でも、あたしは知ってるんだよ。その引き金を引くことは出来ないってね。

じゃあもう少し時間を貰おうか。

 

Attention Please(気をつけてください)でやがります」

 

あたしは胸元から取り出した缶をキンジの方に放り投げる。だが、流石HSS。

 

「みんな部屋に戻れ!ドアを閉めろ!」

 

ガスの煙が出る前にそう指示し、キンジ自身も引き返す。まあガス缶ではなく、ただの煙を出すだけの煙幕(スモーク)缶なんだけど。

あたしは逆にコックピットに引き返し、機内の照明を消す。乗客達が恐怖に悲鳴を連ねる声を聞くのは気持ちいいよ。

ツァオツァオに習ったものの応用で、自動操縦機能を壊しながら、リモコンで機体を操作できるようにする。

最後はオルメスを仕留めた後の逃走手段を確保して……終わり。

さて、勝負だよ。オルメス、キンジ。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

ガス缶だと思って避難したが、あれはどうやら煙幕缶だったらしい。こっちはヒステリアモードだというのにやってくれるな武偵殺し。

アリアにどうして俺がここに駆けつけたのか、武偵殺しの目的の説明をちょうどし終わった後、

ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン……

ベルト着用サインが注意音と共に訳のわからない点滅をし始めた。

 

「「和文モールス」」

 

俺とアリアは二人同時に呟き、二人で揺れる機内でその点滅を解読しようと試みる。

 

オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク

オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ

 

「誘ってるな」

「上等よ。風穴あけてやるわ」

「一緒に行ってやる。今の俺は役にたつぞ」

「見ればわかるわよ。来たいなら来れば。私の指示に従ってもらうけど」

「わかったよ…」

 

今の俺はヒステリアモード。

だが、女の言うことを全て聞くかといったらそうじゃない。

今の俺はリゾナだ。銀華の言うことは全て聞くが、その他の人のことはあまり聞く気は起きない。

なぜ、アリアの言うことを聞くかというと、銀華がアリアを助けることを望んでいたからだ。口に出していないが、別に助けたくなければ、俺をリゾナにする必要がない。リゾナは目的を達成するまで長く続くが、銀華の言うことしか聞く気が起きないと言うのは問題点かもしれないな。

 

俺とアリアは点々と床に灯る誘導灯に従って慎重に一階へ降りていく。

1階は豪華な造りのバーになっている。

そのバーのシャンデリアの下。

カウンターに足を組んで、青いカクテルを飲んでいる、さっきのアテンダントがいた。

 

「!?」

 

拳銃を向けながら、アリアは眉を寄せる。

彼女が武偵高の制服を着ていた。

それもヒラヒラな、フリルだらけの改造服。

 

「アリアは綺麗に引っかかってくれやがったのに、キーくんは無理だったか」

 

そう言いながら薄いマスクみたいな特殊メイクを自ら剥いだ。その中から出て来たのは

 

「やっぱりお前か。理子」

Bon soir(こんばんわ)。さっすが、キーくんだね」

「そりゃ武偵殺しの真犯人は見つからないはずだよな。武偵殺しの追跡は探偵科の銀華と理子がリーダーとして行なっていた。そりゃ片方が犯人なら見つかる可能性は低い」

「キンジ、あんた気づいてたの!?」

「さっき、ここに来るまでにな」

 

銀華がなぜ真実がわかったのに、自分でこの事件を解決しなかったのか?

なぜ、俺をリゾナにしたのか?

それもここに来るまでに考えていた。

銀華には大きな弱点が1つある。

それは優しすぎるということだ。

知り合った人物とは基本的に仲良くなれるし、気遣いも完璧。わがままやお願いもほとんど言わない。

だが、それが仇となるシーンも今まで何度かあった。組み手でわざと手を抜いたり、自分で色々抱え込んだり。

その点から、銀華は犯人に気づいたが、身近な人物なので心を鬼にすることができず、一番信用してる俺を頼ったのだと考えたのだ。

銀華の俺を除いて一番身近な人物。それは理子か白雪。犯人はこの二人のどちらかだと思いながらここに乗り込んだわけだが、それはあってたようだ。疑ってごめんな白雪。

 

「ふーん、やっぱりキーくんやるねー。流石、しろろんのお婿さんになる人だ。それに比べて、オルメスは」

「--!!」

 

理子に言われた単語に、アリアはまるで雷に打たれたように硬直した。

オルメス?

それがお前の『H』家の名前なのか?

 

「あんた……一体……何者……!?」

 

眉を寄せたアリアに、ニヤリと理子が笑った。

その顔を窓から入って来た、稲妻の光が照らす。

 

「理子・峰・リュパン4世--それが理子の本当の名前だよ」

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「リュパン…?」

「そう。理子はその直系の娘」

 

キンジもアリアも驚いてる。

自分たちは一人はホームズの子孫で、片方はホームズの子孫の婚約者なのに。

 

「でも、家の人間は理子のことを『理子』とは呼んでくれなかった。どの使用人も、このお母様がつけてくれた、可愛い名前を。あたしのことをリュパンの直系としてしか見てないんだよ」

「……」

「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつもそう私を呼ぶ生活だったよ」

「よ、4世の何が悪いってのよ」

「何が悪いって?悪いに決まってんだろ!!4世って、製造番号かあたしは!?あたしはただの番号かよ!?あたしは理子だ!数字じゃねえ!」

 

本当にどいつもこいつも数字としてばっかり見やがって。

 

「あたしはイ・ウーに入って力を得た。実力があればイ・ウーでは認められる。リュパンの曾孫から脱却できる。そう思ってた。だけどあたしを認めてくれる人は全然いなかった。お前にも覚えがあるだろ、オルメス」

「だからお前は、『武偵殺し』としてこんなことをしたのか?」

「違うよ、キンジ。何もわかってない。武偵殺しなんて、プロローグを兼ねたお遊び。オルメス4世--お前だ」

 

私がじろっとオルメスを見ると、一瞬たじろいだ。

 

「イ・ウーにおいて、オルメスの名は大きな意味を持つ。私が同じ4世のオルメスを倒せれば、あたしは実力があると証明できる。あたしは理子だと認めさせられる」

 

オルメスに勝つのは本当はブラドから解放されるための条件なんだけど、教えてやる義理もない。理子を理子と認めてくれる人はすでにいるから。

 

「ところで理子、お前が言ってるオルメスって何だい?」

「まだ調べてないのキンジ。銀華に聞けばよかったのに」

「まあ、興味を持っただけだからね。銀華に他の女性のことを聞くのは、よくないことだから」

 

でたよ、いつもの惚気。こんな時まで惚気るなんてキンジもキンジだ。HSSでも惚気るなんて、もう手に負えない。

 

「いやー、キンジとオルメスをくっつけるのは大変だったよ」

 

あたしは二人に目を向ける。

 

「オルメスの一族はパートナーが必要なんだ。初代ホームズには優秀なパートナーがいた。そして、あたしの実力を見せつけるには初代リュパンを超えるのが一番わかりやすい。だから、条件を合わせるためにキンジ、お前をくっつけてやったんだよ」

「俺とアリアをお前が……?」

「そっ、キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやっすぃ電波を出してあげたの」

「…あたしが武偵殺しの電波を追ってることに気づいていたのね…!」

「当たり前ジャーン。あんなに堂々と通信科(コネクト)に出入りしてたら、バカでも気づくよ。でもキンジはあんまり乗り気じゃなかったから……バスジャックで協力させてあげたんだぁ」

 

あたしの言葉を聞くと、ここにきて初めてキンジが理解できないような顔をした。

 

「あのバスに乗ってなかったのは、俺が偶々銀華の家に泊まって、偶々寝坊しただけなはずだが?」

「偶々じゃないよ。あの日のしろろんがやけに積極的だったのは、あたしが色々吹き込んだから。しろろんは初心で一途だからね〜。絶対泊まらせて、Hなことすると思った。前から、そういうことやってたみたいだしぃ〜」

 

寝坊するまでは予想外だったけど、紅華が協力してくれる理由はあらかじめ二人で作っておいた。

あたしから、SMプレイや雌犬プレイなど色々過激なものを聞いた紅華は顔を真っ赤にしてたけど、二人はあの夜どんなプレイしたんだろうね…?

 

「銀華を利用したってことか…?」

「そうだよ。まあ計画通りにはいかなかった。チャリジャック、バスジャックを終えてもお前たちくっつききらないのは予想外だったの。まあキンジは銀華にぞっこんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど」

 

マジでキンジにぞっこんの紅華がキンジをオルメスに貸し出すような真似をしたのかわからない。

キンジを殺さないでっていう考えがあるかもしれないけど、やすやすとやられるようなキンジじゃないのは分かってるし、そもそも殺す気はない。

 

「ねえアリア」

「何よ」

「同じ4世でも欠陥品なお前とイ・ウーで鍛え上げた私。どちらが強いか明らかだよね。くふ」

「言ってくれるじゃない…!」

「だって、お前は自分が強いと思い込んでるだけ。銀華にもあたしにも敵わない」

 

おっと。私に対して銃弾が二発飛んでくる。

やっすい挑発に釣られるのは操りやすくていいね。

銃撃の後、2丁拳銃を握りしめ、私に飛び込んでくるオルメス。

近接拳銃戦(アル=カタ)か。受けて立つよ。当然、ハンデなしの同じ武偵のラウンドでね。

だけど、いつもどおり思考が浅い。あたしの武器が装弾数16発のP99一丁、自分は8発のガバメントが2丁。武偵同士の近接戦では装弾数が重要になるから互角だと思ってる。いや、大型拳銃(ガバメント)の方が威力高いから、自分の方が有利と思ってるのかも。そんなんだから『欠陥品』なんだよ。

 

「アリア。2丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 

もう一丁、私はスカートの中からワルサーP99をスカートから取り出す。

 

「っ…!」

 

びっくりしたオルメスだけど、もう止まることはできない。

バリバリバリッ!

アリアが私のことを至近距離から撃ち始めた。

 

「くっ…このっ!」

「あはっ、あははははは!」

 

あたしたちは至近距離から、拳銃でお互いを撃とうとせめぎ合う。

武偵同士の戦いは武偵法9条があるので頭部は狙えない。なので武偵同士の近接拳銃戦は、相手の射撃戦を避け、かわし、または相手の腕を自らの腕で弾いての戦い。

バババッ!

拳銃から放たれた弾はお互いを捉えることなく、床や壁に撃ち込まれていく。

 

「はっ!」

 

弾切れを起こすと、オルメスはその両脇であたしの両腕を抱え込もうとしてきた。

それを読んでいたあたしはバックジャンプして躱す。続けざまに拳銃弾を放ったが…

ギンギンッ!

 

「キンジィ…!」

 

あたしの背後を取ろうと移動していたキンジが銃撃を銃撃で撃つことで防御してきた。

あたしがそっちを見た一瞬で

 

「そこまでよ理子!」

 

その間にリロードを済ませたオルメスがあたしの拳銃の先に拳銃を突きつけてきた。どちらかが撃ったらどちらの拳銃も壊れる千日手状態。でも、オルメスにはキンジがいる。それを狙ったのだろう。

普通ならこれで詰み、あたしが普通なら。

 

「双剣双銃《カドラ》のアリア。奇遇だね」

 

あたしの言葉を聞いて直感的にキンジは足を止める。さすがHSS。勝ち確に見える場面でもしっかり見てる。

 

「理子とアリアはいろんなところが似てる。家系、容姿、そして二つ名まで一緒なんてね」

「あんた…この状況でよくそんなことが言えるわね」

 

状況を理解してないのはお前だよオルメス。

お前は何も分かってない。

 

「あたしも同じ名前を持ってるの。『双剣双銃の理子』。でもねお前は何も知らない。お前の双剣双銃は本物じゃない。この力のことを--!」

 

自分の力、冤罪を着せた人物、お前がパートナーにしようとして失敗した銀華のこと。何も分かってない。

あたしは髪を操作して、背後に隠していたナイフを握り、オルメスに襲いかかる。

 

「くっ!」

 

一撃目は驚きながらも避けたオルメスだが…

反対のテールに握らせたもう一本のナイフが

ザシュッ!

オルメスの側頭部を切り裂いた。

 

「うあっ!」

 

オルメスが真後ろに仰け反る。

オルメスは血で(あか)く、紅く、染まっていく。

 

「アリア…アリア!」

 

負傷したアリアを心配するキンジ。

HSSの女を気遣うっていうのは本当に不利だな。

 

「あはは…こうも子孫に差を作っちゃうなんて、108の歳月も罪なもんだね。勝負にならない。パートナーどころか、自分の力すら使えてない!くふ…あははは…あははははははははははは!」

 

あたしはオルメスに髪の毛パンチをぶちかまし、キンジの方へ吹っ飛ばす。

足元にボロ雑巾のように転がったオルメスを抱きかかえたキンジは、私から逃げるように走り出す。

 

「あははは」

 

紅華はキンジに気をつけた方がいいよと言っていたけど、贔屓目だったね。銀華の物となったキンジも弱点が多い。HSSは能力は上がるが明らかに使い勝手が悪い。女の私に対して相性が悪い。

こんなんじゃ、話になんないよ。勝負にすらならない。

あたしは、ゆっくりと……でも確実に一歩ずつキンジたちを追い、オルメスの部屋に向かった。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

さっきのアリアの部屋に逃げ込んだ俺はアリアをベッドに横たわらせた。血まみれの顔を、部屋の備え付けのタオルで拭う。

うっ…と呻くアリアのこめかみの上髪の中には、深い切り傷がついていた。

まずい、側頭動脈をやられている。

すぐに血を止めなければ!

 

「今、血を止めてやるからな!」

 

ヒステリアモードの記憶力で、バスジャックの時、バスの上で銀華が行なっていた応急処置を思い出し、アリアの傷をとにかく塞ぐ。だが衛生科の銀華と違い、用具がないので、止血テープとワセリンで強引に血を止めるだけのその場しのぎにしかならないものしかできない。

 

「アリア!」

 

そして力なく笑っているアリアに向けて、キレ気味に武偵手帳のペンホルダーに挟まった『Razzo(ラッツオ)』と書かれた小型の注射器を取り出す。

 

「ラッツオいくぞ!アレルギーはないよな!?」

「……な……い…」

 

いつもの覇気がないアリアの声が帰ってくる。

ラッツオとはアドレナリンとモルヒネを組み合わせ凝縮した、復活薬だ。

 

「ラッツオは心臓に直接打つ薬だ。これは仕方のないことだからな」

 

アリア、そして俺自身に言い訳し、アリアの胸元のジッパーを下げ、ブラウスを左右に引きあけた。

 

「う……」

 

アリアが小さく震えて、トランプ柄の下着が露わになる。

白磁のような肌。最後の最後まで薄布一枚で守られている、女の子の胸。

こんな姿を間近で見たら、いつもの俺なら間違いなくヒステリアモードになっていただろう。

だが……

まったく興奮しない。こんな可愛い子の姿を見てるにも関わらず。

ああ、なるほど……

リゾナは互いに互いのことを縛る鎖でもあるのか。

 

リゾナは同じヒステリアモードを持つものが共鳴(リゾナンス)して起こる現象だ。共鳴することによって、俺は普段より高い能力を得ている。

だが、そこにヒステリアモードを持たないものを入れたらどうなるだろうか?

結果は見ての通り。ある種の賢者モードでまったく興奮しない。振動数が違う音叉をおいても共鳴しないように、共鳴した俺たちに他の人たちが入ってくることはできないのだ。

この状態では俺は銀華で興奮しかしなくなり、銀華も多分俺でしか興奮しなくなる。お互いに異性を興奮させることに長けているので、その対策だろう。

そして、多分リゾナが解除されるのが銀華のお願いを聞いた後。 それは今までの経験から、わかっている。

 

そんなことを考えながら、アリアの下着姿に興奮することなく、ヒステリアモードの研ぎ澄まされた五感でアリアの心臓の位置を見つける。

 

「キ、キンジ」

「動くな」

「こ…こわい」

 

そんな消えそうなアリアの声を聞きながら、注射器のキャップを口で外す。

 

「アリア打つぞ!」

 

グサッ!

 

殴るように注射器を突き立てた。

迷うと失敗する。だから思いっきり、薬剤をアリアの心臓にぶち込む。

 

「--!」

 

びくんとアリアが痙攣した。

薬の激しい効果に歪む顔。

こんな状況ではあるが少し笑ってしまった。

生きてる。生き返った、その証拠でもあり…少し前、銀華が同じような状況になったからだ。まあ、銀華のあれは女の悦びを知る顔…

 

「っはあ……!」

 

そんなことを思い出し、地味にリゾナを強化してると…

がばっ!

ゾンビ映画みたいに、上半身を起こしてきた。少しビビったのは秘密だ。

 

「って……え!?なになになになに?む、胸!?」

 

薬のせいかわからないが、アリアは記憶が混乱しており、いくらかは飛んでしまったようだ。

 

「キ、キンジ!またあんたの仕業ね!こ、こんな胸なんで見たがるのよ!ば、バカにしてるのね!自分の彼女の銀華の胸と比べて馬鹿にしてるのでしょ!いいわよね!持ってるものを持ってる人は!どうせ!身長だって!万年142センチよ!」

 

混乱しているアリアは全身を、蒸気が上がるが如く真っ赤にして、ブラウスの前を閉じようとした時、自分の胸に注射器が刺さっていることに気づく。

 

「ギャー!!!」

 

花の女子高校生がそんな声出していいのかと思うほどの悲鳴をあげ、胸から注射器を引っこ抜くアリア。

 

「お前は理子にやられて、俺がラッツオで……」

「理子……リコオオオッ!」

 

目がいきなりカッと開いて、咆哮しやがった。なんだこいつ!

…まあ理由はわかってるんだが…

ラッツォは復活薬でもあるが、興奮剤でもある。薬が効きやすい体質なのだろう、アリアは正気を失ってるようだ。

 

「おい、待てアリア。お前じゃあいつには勝てない」

 

俺はドアの前に立ちふさがり、アリアの拳銃をどちらも手で鷲掴みにする。

 

「そんなのわからないでしょ!やって見なくちゃわからない!人は空を飛んだり、宇宙に行ったり不可能を可能にしてきた。なら、あたしも勝てるはずよ!」

 

もはやそれは憶測ですらない。願望だ。

 

「あたしは独奏曲(アリア)!理子ぐらい一人で片付けられる!あんたなんていらない!」

「じゃあ、さっき理子に重傷を負わされ負けたのは誰だったんだ?」

「うるさい!こんなのかすり傷だし!たまたま油断してただけ!次は負けない!」

 

完全に興奮しきってしまっている。落ち着かせることはできなさそうだ。

しかし、別に落ち着かせる必要はない。

アリアを守ることができれば銀華のお願いは達成できる。

さて、それならどうするか。

説得は諦め、俺が理子を倒すのが一番いいんじゃないか?そしたらアリアも興奮する要素がなくなる。二つの問題を同時に解決できる一石二鳥の解決方法だ。その案を通す方法を考えよう。

だが、実際問題、理子の髪は厄介だ。手がまるで4本あるみたいに動いていた。

まあ攻略できないことはないだろうが、それを見せるということに疑問を覚える。負けないという自信があるのか、それともまだ隠し球があるのか。後者の場合、アリアの助けが必要になる。ならば、アリアを落ち着かせないといけない。めんどくさいな本当に。

仕方ない…あんまり使いたくない手だが使わせてもらおう。アリアは単純だし効くだろう。ヒステリアモードの技『呼蕩』がね。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

「くふふ。バッドエンドのお時間ですよー」

 

あたしは管理室からパクってきた鍵でオルメスの部屋の鍵を開け、中に入る。

ナイフを持つ髪で扉を押さえつつ、両手に拳銃のスタイルでキンジに笑いかける。

 

「もしかして、仲間割れして自滅するかなあと思ってたけど、そうならなかったみたいなんで、理子の登場でぇーす。……やっぱりキンジ最高!その目、ほんと素敵。勢い余って殺しちゃうかも」

「そのつもりで来るといい」

 

キンジのHSSはまだ続いているみたい。低い声と殺気に酔っちゃいそうだよ。

 

「それで、アリアは?まさか死んじゃった?」

 

そういいながら、髪のナイフで膨らんでいるベッドを指す。

死んだならHSSである以上、もっと取り乱すだろうから、死んでないことは確定なんだけどね。

 

「さあ、どっちだろうな?」

 

そう言ってキンジはシャワールームをチラリと見た。

ワザとか…

普通のキンジならまだしも、HSSのキンジがあんなにわかりやすい反応をするわけがない。

つまりどっちかがブラフ。

どっちだ…?

 

「そうだよ!オルメスのパートナーはこうでなくっちゃ!」

 

あたしはキンジに向かって引き金を引こうとした…

だが、引けない。なぜならキンジがベッドの脇に隠していた非常用の酸素ボンベを楯にするように掲げたからだ。

撃てばオルメスやキンジ、そしてあたしまで全員お陀仏。

当然あたしは怯んだ。

その隙をついてキンジはあたしにボンベを投げつけながら、手にナイフを持ち飛びかかってきた。体格差を利用しようということだろう。

でも甘い!

ぐらっ!

 

「ウッ!?」

 

あたしは飛行機を髪の中にあるリモコンで操作し傾かせる。

さすがにこれはHSSでも予期できていなかったのかキンジは体勢を崩す。

あたしはその瞬間、キンジに向かって銃弾を放つ。次の瞬間--

 

(やっちまった!)

 

そう思った。

咄嗟のことで、癖で額を狙っちまった。

このままじゃ避けられずキンジは死ぬ。そしたら紅華にあたしは殺される。情けをかけてくれて、殺されないかもしれないけど、ブラドから本当の意味で自由になって、やりたいと思ってることが達成できる可能性は0になってしまう。そんな風に恐怖した。

だが、そんな心配は一瞬で吹き飛んだ。

 

 

ギイイイイイインッ!

 

 

キンジはナイフで銃弾を斬った。

お父様のお仲間の石川五右衛門かよ。

少し感動も含めた驚きの感情を出してしまうと、キンジはベレッタ92Fをあたしに向けてきた。

 

「動くな!」

「アリアが死ぬよ!」

 

あたしはキンジに銃を向けるのは間に合わないと判断し、シャワールームにワルサーを向ける。

だがキンジはひるむ様子は無い。

ということは…ベッドが本物のオルメスか!?

…いや、待てあたし。紅華がいつも言ってたじゃないか。

 

『明白な事実ほど、誤られやすいものはないんだよ』

 

それは紅華の父、初代ホームズの言葉。あたしは勝手にどちらかにアリアが潜んでいると思っていた。ダブルブラフの可能性は考慮してなかった。そしてキンジなら…あり得る!

そう思った瞬間--

バァン!

アリアが天井の荷物入れから転がり出てきた!やっぱりか!

あたしが左のワルサーで迎撃しようとしたけどこれは間に合わない!避けるしかない!

ダブルブラフを想像してたのでギリギリ回避が間に合い、あたしの側を銃弾が通過する。だが…

 

「ヤァッ!!」

「うっ!」

 

その隙に抜刀したアリアがあたしの片方の髪を切断し、ナイフが1つ床に落ちる。

もう一本でアリアを迎撃しようとしたけど、アリアは追撃をするのではなく距離を取った。

 

「キンジ、これでよかったのよね?」

「ああ、流石急造とは言え、俺のパートナーだ」

 

キンジとアリアはそんなことを喋っている。なめやがって。

 

「まだ終わってないんだけど…髪一本切ったぐらいで調子に乗るなよお前ら!」

「いや、もう終わりさ」

 

キンジがこちらを見る。

な、なんだこれ…もう、その目はさっきのキンジじゃない。

 

「俺は許さない」

 

そういうキンジの殺気はイ・ウーのメンバーやカナに負けない…いやそれ以上で

 

「銀華を利用した。銀華の気持ちを弄んだ。俺はそんなお前を許さない」

 

まるで紅華が怒っている時のようであった。

キンジは自分の婚約者を利用したあたしが許せないのだろう。

 

「ああ、そう!何も知らないくせに!」

 

あたしも少し苛立ってくる。

今回の武偵殺しの事件は裏で紅華も手を引いている。でも、キンジは知らない。キンジの目の前の紅華はイ・ウーの紅華ではなく、武偵の銀華なのだから。それを知らずに一方的に言ってくるキンジに腹がたってくる。

何も知らず、あたしの欲しいポジションにいるキンジにはらわたが煮えたぎる。

 

「舐めんじゃねえ!」

 

あたしはナイフ1本とワルサー2丁持ちながらキンジに突っ込んだ。同時に髪の中で飛行機を操作しキンジのバランスを崩そうとする。

 

「遅いんだよ」

 

そういうキンジはすでに飛び上がっていた。

しまった…いくら飛行機を操作して体勢を崩そうとしようとも空中なら意味がない。先ほどアリアとのコンビプレイはそれを確認するためかっ……!

あたしは空中のキンジに発砲しようとするけど……

 

「ぐっ…!」

 

何か見えないものに廊下まで吹き飛ばされる。こ、これは銀華の技の空気弾っ……!

 

「銀華の力を得た俺が銀華の技を使えないわけないだろ?」

 

キンジのこれは普通のHSSじゃないッ!

カナが使うHSSの上位派生系だ!

マズイマズイマズイマズイマズイッ!

このキンジには流石にあたしじゃ実力では勝てないッ!

 

「今のキンジは確かに強いよ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「でも勝てないわけじゃないんだよ」

 

あたしはスカートから煙幕手榴弾(スモークグレネード)を取り出し地面に叩きつける。

 

「逃げるが勝ちってね」

 

廊下まで吹っ飛ばされたのを逆に利用して、あたしはあらかじめ用意していた脱出口へ脱兎の如く向かった。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

この飛行機、ANA600便は恐ろしい勢いで降下を始めた。

やはりあいつは髪の中にリモコンか何かを隠し、遠隔操作をしていたのだ。

乗客の悲鳴を聞きながら、俺は理子を追いかけ階段を降りると、理子はバーの片隅で窓に背中をつけるようにして立っていた。

 

「逃がさないぞ。理子」

 

俺は強めに言いながら、理子にベレッタを向ける。

 

「くふふ。キンジ。それ以上は近づかないほうがいいよ」

 

理子は笑いながらそう返してくる。

壁際には理子を取り囲むようにして、丸く輪のように爆薬が貼り付けられていた。

 

「ご存知の通り、『武偵殺し(ワタクシ)』は爆弾使いですから」

 

俺が歩みを止めたのを見て、理子はスカートをつまんで少しだけ持ち上げ、慇懃無礼にお辞儀をしてくる。

 

「ねえキンジ、少しお喋りしない?」

「嫌だと言ったら?」

「この飛行機を落として、海にドッボーン」

 

冗談では…ないだろう。爆薬は現に理子の後ろにあるし、他にも仕掛けられててもおかしくない。聞くしかなさそうだ。

俺が無言で了承し、目線で理子に喋りを促すと理子は昔々…と昔話や、童謡を話すが如く喋り始めた。

 

 

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昔、昔。あるところにとっても可愛い女の子が産まれました。その子は両親の寵愛を受け、少し不満はあるものの幸せに暮らしていました。

だが、その幸せは長くは続きませんでした。

両親が続けて他界してしまったのです。両親の財産は悪い大人達に持っていかれ、女の子は一人ぼっちになりました。

そんな時、女の子の親戚という人が女の子を引き取ります。行く宛のなかった女の子はその人に付いていきました。

だがその親戚の人は悪い悪い鬼でした。その女の子を監禁し、ご飯もろくに与えなかったのです。

何年もそんな辛い生活をした後、女の子は頑張ってそこから逃げ出しました。だが、その女の子の身体は監禁生活によりボロボロ、お腹も空いている。ろくに逃げることができず、街の裏通りで倒れてしまいます。

あたし、こんなところで死ぬのかな…そんなことを思ったその時です。

 

「大丈夫?」

 

心配そうに女の子の顔を覗き込むお姫様が現れます。そのお姫様はとても可愛い容姿をしていました。悪い人たちの追っ手ではなく、単純にここを通りかかって手を差し伸べてくれたのでしょう。

でも女の子は自分以外は信じられない。

長い監禁生活により人間不信になっていました。

そうなってしまうのは当然でしょう。

そんな人間不信になっていた女の子をお姫様は救ってくれました。優しく看護した後、自分の城に連れて行き、仲間にしてくれたのです。

いい話すぎて女の子は最初警戒していましたが、そこは実際天国のような場所でした。

監禁されることもなく自分を鍛えることができる。自分を認めてくれる仲間がいる。長いこと味わうことのなかった幸せを女の子は得ることとなりました。

 

当然、その女の子はお姫様に感謝します。

その人に必要とされる人になりたいと思います。

しかし、そのお姫様の周りには同じようにその人の特別になりたいと思う人が多数いたのです。よく考えれば、お姫様は誰にでも優しく、お城のみんなに頼りにされていたのでそれは当然でしょう。

お姫様の周りの人たちは、お姫様を振り向かせるために必死に努力しました。だけどお姫様が振り向くことはありませんでした。

 

そしてあろうことか、お姫様は他の国の王子様に取られてしまいました。

 

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「本当になんでだろうね…」

 

理子は言葉を区切る。

 

「あんなに努力してたのに、NTR(寝とら)れたときの気持ちは…へへ、なかったよ」

「おい理子、さっきの話は…?」

「単なる昔話だよ。理子が知ってるね」

 

ドウウウッッ!

 

いきなり背後に仕掛けていた炸薬を爆発させた。壁に穴が空き、理子はパラシュートもなしでその穴から飛び出ていった。

かすかに香るバニラの香りを残しながら。

 




久しぶりに1万文字超えた…それも2000以上も


では良いお年をお過ごし下さい。

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