さすが特濃葛根湯。
それを飲んだおかげで、次に目を覚ました時には、平熱に戻っていた。
俺の看病をしてくれていた、本当はお忙しい銀華さんは俺の熱が下がったのを見ると、戦妹の火野との稽古があるらしく家から出て行った。お忙しいところスミマセンね。
時刻はもう夕方で、朝から何も食ってないし何か食べるかと居間に出ると、ちょうど帰ってきたらしい白雪と出くわす。
「あっ、キンちゃん。もう大丈夫?」
「ああ。もうすっかり治ったよ」
「よかったあぁ……よかったよ……ぐすっ」
「だから泣くなって」
「うん」
白雪は手で涙を拭うと、喜びの表情を見せる。
「お前がくれた『特濃葛根湯』のおかげだ。あれ飲んだら1発で治った」
「え?私、キンちゃんお薬嫌いだから、薬膳作ろうと思ってたんだけど」
「ん?銀華に薬渡したのお前だろ?悪かったな。あの薬、買うのちょっと大変だったろ。ありがとな」
「え、あ…」
と白雪は綺麗な手を口にあて、
何か考えるような動作をしながら
「う、うん」
と。
俺から目を逸らしつつ言った。
黒い体育館のような強襲科の施設で、今は俺には似合わないエレキギターを提げている。
今日はアドシアード閉会式の下稽古ということで、アリアに強制入隊させられた、アル=カタ音楽団員こと俺も練習をしてるのだった。
「〜〜〜♪」
ボーカルは俺ではないが、小声というか鼻歌というか歌いながら担当のイントロパートを繰り返す。
ギターは
違和感しかない。強襲科の施設が平和利用されてることに。
なんか知らんがノリノリでドラムを叩く武藤の向こうでは、銀華とアリアたち、つまりポンポンを持った女子たちがチアダンスの練習をしている。
ピッピッピ。
軽快な踊りに揺れる短いスカート。
武藤が一年に一度の眼福と言っていたけど、俺にとっちゃホラー映像だよ。
そんな女子が大量にいる中でも銀華は目立っていた。俺たちがいる所を見下ろせるガラス張りのトレーニングルームには人だかりができる始末。多分銀華のファンだろあれ。
なぜか分からないが、そんな光景に心をモヤモヤさせていると
「はい、じゃあ今日はここまで。お疲れ様でした」
先生のような言い方で白雪が一同に言うと、女子たちははーいなどと言いながら散らばっていった。
ひとまず一安心だが、なんだか女臭いこの空間と自分のモヤモヤした気持ちがなんか嫌で……ギターを片付け、階段を上がり、屋上に出てこの気持ちを晴らすことにする。
天気は見事なまでの五月晴れ。
暖かい日差し。
これは絶好のお昼寝日和だ。
そう思った俺は、屋上にゴロンと横になる。
すーっと爽やかな春風を吸い込むと、胸のモヤモヤが取れる気がする。
などと屋上でのひと時を満喫していたら--ふわ。
風になんだか、甘酸っぱいクチナシの花のようないい香りが混ざってきた。
「?」
不思議に思って目を開けると
ぐしゃっ!
俺の顔面にスニーカーが落ちてきた。
「やめっ!」
がしっ!だん!
今度は連続して蹴ってくるスニーカーから頭をなんとかかわす
「何サボってんのよ!白雪のボディーガードしっかりやりなさいよ!ポンコツ!」
俺の顔の脇に蹴りを叩き込んだのはチアガール姿のアリアだった。
先ほどまで持っていたポンポンをそのまま持っており、その手を腰に当て、プリプリという風に怒っている。
「アリアっ?」
こんなところまで来やがって。
抗議する目線を送りながら、起き上がると
「ん」
ぶうんっ。
アリアは明らかにチアとは異なる動きで右脚を高く、自分の頭の近くまで持ち上げた。
--ハッ。
コイツ俺に白刃どりさせようとしてる。蹴り足を!
それに気づくと振り下ろされたかかと落としをキャッチしてやろうとするが
パシッ
俺の両手は空を叩く。そして
ごすっ
21センチの小人のあんよが俺の脳天を直撃する。
も、もう。勘弁してくれよ。
蹴られたり、殴られたりは強襲科や銀華で慣れっこだが、こうも何度もやられると流石に辛いんだぞ。
「もう。いっぺんぐらい成功させないよ!」
「あのなあ…」
俺は怒ってるアリアの横で、頭を片手で抑えながら立ち上がる。
「お前、ちょっとは俺のこと考えてくれよ…どっかの誰かさんのせいで風邪を引く羽目になったんだからな」
「そ、それは悪かったわよ!あたしもちょっとやりすぎたと思ったから」
俺が嫌味を言うと、アリアは銀華が切れた時と同じ
「まあ風邪のことはまあいい。銀華が看病してくれたし、白雪が『特濃葛根湯』をくれたからな」
「え?」
俺の言葉を聞いてアリアは急にこっちに向き直る。
見れば目を大きく開けて驚いている。
どうした。
「あ、あれは、あたし…」
全てにおいてハキハキ喋るアリアにしては珍しくゴニョゴニョ言ったので、視線で続きを促すが、何か言おうとして言わないでいる
「どうした?」
「銀華がそう言ってたの?」
となぜか聞いてくる。
「ん?銀華から誰かから貰ったと聞いて白雪に聞いたらそうと言っていたぞ」
「……」
だからどうした。
なんでそこで黙る。
「…まあ治ったならいいわ。あたしは貴族だし我慢する」
「?」
どこに我慢する点がある?
まったく以て意味わからん。
「貴族は自分の手柄を自慢しない。それは醜いことだから。たとえ他の人に横取りされてもね」
「何が言いたいんだよ。はっきり言わないなんてお前らしくないぞ」
「なによ!言いたくないことは言わないわ!」
べーっとアリアは小さいベロを出してきた。
「よかったわね、銀華に看病してもらって!薬を持ってきてくれたのは白雪!あんたにいいことをしてくれるのは白雪!」
ガウガウと牙を剥き、いつもより大声で俺に詰め寄って来る。
「お、おい!何キレてるんだよ!」
「キレてなんかいない!うるさい!」
「どう見てもキレてるだろ!」
「あんたこそ!」
ぐぬぬぬ。
顔がくっつきそうなぐらいに接近した俺とアリアはにらみ合った。
理不尽なキレ方をしたアリアに俺も頭に血が上って来る。
思い返せばこいつと関わっていいことがない。
家は要塞化されるわ、白雪連れて来るわ、今のこれも含めてな!
「この際せっかくだから言わせてもらうけどな、真剣白刃取りの訓練なんてやめだ!あんなもん一部の人間しかできない達人技だろ!」
「だめよ!ウワサでは
「防御って、ここ数日間白雪に張り付いていたけど危ないことなんてなかったじゃねえか!もういっぺん言ってやるよ。魔剣なんていねえんだよ!」
俺の言葉にアリアは
「お前が一刻も早く母親を助けたい気持ちもわかる。でもな、お前はそれのせいで平常心を失ってるんだよ!『いるかもしれない』がお前の中では『いる』に変わっちまったんだ!『いてほしい』という願望でな!」
「ちがうっ!」
右手のポンポンをビシィと俺に向けてアリアが犬歯をむく。
「魔剣はいるわ!あたしのカンではもう近くまで迫っているわ!」
「そういうのを妄想って言うんだぞ!白雪は絶対大丈夫だから、俺がガードする。お前はどっかいけ!」
「あったまきた、なによそれ!」
真っ赤になりながらアリアが怒鳴った。
「そうよ!そうよね!あたしはあんたにとって邪魔な妄想女ですもんね!都合のいい女の銀華と白雪とばっかりイチャイチャしときなさい!」
「そのことだってお前の勘違いだろ!お前はもうちょい他の人の意見も聞けよ!独断で進めるな!貴族だからっていい気になるな!お前は天才かもしれないけど、世の中は大人数の俺たち凡人が動かしてるんだ!
俺の言葉にアリアは、グサッと予想以上にダメージを負ったような顔をした。
反論してこない。
それどころか、1歩、2歩3歩。
弱々しくアリアらしくない様子で離れていく。
「あんたもそうなんだ…そういうこと言うんだ」
小さくなったアニメ声は、その静かさからは逆に、アリアがいつも以上に、心底、怒っているのが伝わって来る。
「みんなあたしのことわかってくれないんだ。みんなあたしのことを欠陥品、独り決めの弾丸娘って呼ぶ。あんたもそう!」
アリアはそう叫んだ。
俺にではない。まるで世の中の人間全員に向けて叫ぶかのように。
「あたしにはわかる!白雪に敵が迫ってきてることが!わかるのよ!でもひいお爺様や銀華のように分かりやすく説明できない。あたしは
「ああ、わかんねえよ!いもしない敵が迫ってるなんてそう簡単に信じることはできねえ!それなら証拠を出せ!それが武偵だ!敵なんかいねえ!」
優しい言葉の1つでもかければよかったのかもしれないが、興奮しきっていた俺は素直になれなかった。なのでアリアに追い打ちをかけるようなことを言ってしまう。
「このバカ!バカバカバカバカバカ!」
アリアは自分の思い通りにいかないことにブチ切れ、真っ赤になって2丁拳銃を抜く。
「待て!」
と言ったが待ってくれるわけがなく、言葉を発した瞬間にアリアが
ばきゅばきゅばきゅばきゅ!
拳銃を俺に向かって撃つが………
ギンギンギンギン!
アリアの2丁拳銃の弾は俺に当たることがなく、近くで空中で火花を散らす。
「大丈夫?キンジ?」
「銀華…ありがとうな」
「うん」
屋上の出入り口から銀華がこちらに歩いて来る。
銀華がアリアの放った弾を
「銀華!あんたならわかるでしょ!魔剣が近づいていることは!」
「アリアが言ってることも分からなくはない」
「ほら…それなら……」
「でも私はキンジの味方だから」
「…っ!?」
「キンジとやるって言うなら私も覚悟を決めるよ」
俺を守るように俺の前に立つ。
アリアはその銀華を見て、何か言いたそうにしていたが、屋上から逃げるように出て行った。
これで一安心だ。
「ありがとう、しろ……アイタっ!」
助けてくれたことを感謝する俺の頭にチョップしてきた。そこまで強いわけではないが白刃取りの練習というわけでもあるまい。
「冷静になりなさいキンジ」
「……いきなりなんだよ……」
珍しく命令口調で俺の事に口出ししてきた。
「冷静な思考ができてないのはアリアだけじゃない。キンジもだよ」
「俺の味方じゃないのかよ」
「それとこれは話が別だよ」
「…それじゃあ、お前は魔剣がいると思ってるのかよ」
「まったく…どうしてそうなるの?」
片手を腰に当てて、片手を上げ、呆れながらも何かを説明するようなポーズになる銀華。
「いい、魔剣がいるっていう証明は簡単だね?魔剣を見つけ連れてこればいい」
「いればの話だけどな…」
「じゃあ、魔剣がいないっていう証明はどうやってやるのキンジ?」
「っ…!?」
「新しい素数がもうないと言い切れないように、魔剣がいないっていう事は難しい。いない事を証明する事は難しいんだよ」
「じゃあお前は魔剣はいると思ってるのかよ?」
「『いる』、じゃなくて『いるかもしれない』。武偵憲章7条、悲観論で備え、楽観論で行動せよ、だよキンジ」
そうニッコリ笑顔で銀華は短い講義を締めくくるのだった。
冷静になった俺はアリアに謝ろうと自宅で待っていたが、夜になってもアリアは帰ってこなかった。銀華も最近忙しいらしく、この家に来る事は少なくなって今は俺と白雪の2人だ。
一応その辺の説明を白雪にしておくと、
「じゃあこれからはキンちゃんが1人でボディーガードしてくれるの?」
白雪はアリアがいない事に喜んだ。銀華がいないのは残念そうだったが。
「まあそうなるな。アドシアード終了まで俺がお前をボディーガードするよ。教務科とアリアから始まったものだけど、乗りかかった船だしな」
「ありがとうございます、キンちゃん」
白雪は綺麗にペコリとお辞儀した。
「お前不安じゃないのか?俺みたいなEランク武偵がボディーガードで。もしかしたら
「ううん。不安なんてはじめから感じてないよ」
「……」
「私にはキンちゃんがついてるから。キンちゃんは強い人だもん。私、信じてるから。銀華さんからキンちゃんを借りる形になっちゃうけど改めて、私を守ってください」
「ああ、これからも守ってやるから心配するな」
俺がそう言うと白雪は一瞬熱っぽい視線を俺に向けてきた気がしたが、それは直ぐに霧消した。
「キ、キンちゃん様」
話しながらしていた俺のベレッタの整備が一区切りついたところで白雪が、例の妙な呼び方をしつつ、こちらに向き直る。
「どうした?」
「銀華さんのゴールデンウィークの予定わかる?」
「どうだったけな……ちょっと待ってろ」
俺の携帯にある銀華のスケジュールを見る。銀華は俺にメールで仕事の日を送ってくるのだが……Sランクなのもあり休日も忙しい。現に5月5日以外は仕事が入っていた。マジで忙しいなあいつ。
「5月5日は空いてるぞ。他は仕事だ。それがどうした?」
「う、ううん。なんでもない!」
慌てて両手でパタパタする白雪。
「聞いたからには何かあるんだろ。銀華と遊びたいとかか?」
「う、ううん。ただ会いたいだけ。少し会えれば十分だよ」
「いや、思いっきり遊べばいいだろ。世間一般には花の女子高校生っていうんだし」
「で、でも……」
しゅんとなる白雪。
俺はその光景を見てピンとくる。
「星伽か?」
「……」
否定はしない。沈黙は肯定だ。
神社や学校から出る事を許されていない…
『かごのとり』
兄さんや銀華も心配していた白雪の……いや星伽の悪い部分だ。
そうだ…5月5日なら
ある考えが浮かんだ俺はPCの前に陣取る。
俺に背を向けられた白雪は、慌てた様子になった。
「ご、ごめんねキンちゃん。でもでも私た…」
なぜ俺にいきなりそっぽを向かれたのか分からず、条件反射的に謝ってくる。
俺は何も答えず一枚の紙をプリンターで印刷し、白雪に差し出す。
「なにこれ、キンちゃん?急にどうしたの?」
「…5月5日、東京ウォルトランド・花火大会。一足お先に浴衣でこれに銀華も含めた3人で行くぞ」
「えっ!」
「そんな驚く事じゃないだろ」
「だ、だめだよ。こんなに人がたくさんいるところ…」
「心配するな。ウォルトランドには入らなくていい。少し遠くなるが、葛西臨海公園から見ればいいだろ。1日ぐらい、外出のトレーニングだと思って。な?」
外出にトレーニングがいるというのはおかしな話だが、おかしな子なんだから仕方がない。
「大丈夫。銀華にも連絡をつけておくし、俺がボディーガードとしてついてやるよ」
「キンちゃんと銀華さんと一緒に?」
「ああ。一応それアドシアード前だしな」
急に目をキラキラさせた白雪にダメ押しでそう言うと、白雪はコクリと頷くのであった。
だが5月5日当日、銀華から今日は行けないという旨の謝罪のメールが届き、白雪と2人で回ることとなった。
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5月5日、キンちゃんとデー……夜の散歩は楽しかった。花火は私の足が遅いせいで見れなかったと思ったけど見ることができたし、キンちゃんが買ってきた手持ち花火でも十分満足することができた。
それにキンちゃんに占いの本当の結果、『いなくなる』ということも伝えることができた。お別れが伝えられないのは残念だけど、もう思い残すことはなにもない。
キンちゃんが手持ち花火を買ってきてくれる間に私の携帯にメールが一件届いた。
そのメールを見た時、後悔した。伝えとくべきだったと思った。自己満足するためにキンちゃんのボディーガードを受けるんじゃなくて、銀華さんを守ってと言ってあげるべきだった。私にはこれが見えていたんだから。
これは私への罰。神様が身の程を超える幸せを受けた私に罰を与えたに違いない。ならば私はそれを受けなくてはいけない。
そのメールには明日、
銀華さんが凍り漬けにされ、囚われている画像が。
そういえば忘れてた第四章のタイトルの読み仮名追加しときました(すっとぼけ)