戦場には音が絶えることがない。
銃声、爆音、怒声、剣戟。
あらゆる絶叫がそこかしこから発生し、あらゆる破壊音がそれを塗り替える。
その様はまさに地上に顕現した地獄。
一瞬気を抜いただけで死神に命を刈り取られる修羅の巷である。
だが武偵高がある学園島は戦場ではない。
昼間は銃声、爆音、怒声、剣戟音が響き渡るが、夜は基本的に寝静まる。
絶叫や破壊音が生まれるがそれも昼のみ。
地獄のような教師の体罰も命を刈り取られるような訓練も日が出てるうちのことだ。
だが、そんな中。
似たような姿で同じ銀髪を持つ少女2人が夜に似つかわしくない音を、学園島の地下で鳴らしていた。
「はあ…はあ…」
静寂の中、苦しげな声をあげているのは
青みがかった銀髪は乱れ、片手片膝を地面につけている。
「言っただろ、只の人間では勝てない、と」
その少女を見下すのは雪原のような銀髪を持ったサファイア色の少女。彼女の周りにはダイヤモンドダストが煌めき、手には見るからに業物と思われる剣。
力の差は歴然だ。片手を地面につけている少女もわかっているようで、悔しさで歯を食いしばる。
「お前は、勇猛だった。だがそれと同じく愚かだったのだ。ただの人間ごときが
☆★☆★
時刻は少し巻き戻る。
武偵高の生徒や教師が寝静まった夜。
武偵高の地下にある倉庫。
通称
「ふう……これでいいか…」
その影の主は武偵高の一般生徒に変装したジャンヌダルク30世。
彼女は明後日に控えた、白雪誘拐の手筈を整えていたのだ。
通信を妨害するための屋内基地局への工作は明日の夜にやるとして、地下のエレベーターへの工作、電気系統への工作は今日中に済ませたい。明日の昼までには別のことをやりたいからな。
そう考えて、準備を急ぐ彼女の背に
「こんなところで、何やってるの?」
そんな凛々しい声が投げかけられる。
一つ付け加えるとここは立ち入り禁止エリアだ。
ここに人がいるということはただ通りかかったということはあるまい。何か用があるはずだ。誘拐の手筈を整えているジャンヌのように。
ジャンヌが警戒して、少し声と距離を取りながら振り向くとそこにいたのは、自分の本当の姿を思い出させるような似たような少女がただずんていた。
「何をって…」
警戒する声を出すジャンヌ。
頬を伝った汗が唇に触れ塩の味がする。
『北条銀華』
ジャンヌが実行しようとしている計画で一番障害になりうる人物。
「まあ」
警戒するジャンヌを見てか、銀華がにっこり微笑む。
「星伽さんを誘拐するための準備をしてるなんて言えるわけないよね?
「小娘めっ…」
銀華の少し馬鹿にしたように言う言葉がジャンヌの神経を逆なでする。
だが、ジャンヌはそれを抑える
この感覚は最近あったからだ。
『クレハ・ホームズ・イステル』
彼女と対面した時とそっくりだ。
しかしなぜ……
「なぜ私がここにいるかと思ってるね?なあに簡単なことだよ」
その言葉にジャンヌの胸の突っかかりはとれる。この言い草や態度はクレハにそっくりだが、推理を少し読み違えている。
ジャンヌが考えているのは銀華が言う通り『なぜここにいる』というのもあるが、主なのは『なぜ銀華とクレハが同人物のような違和感を感じるのか』だったのだが、ジャンヌはこの銀華の一言から気のせいだと結論付けた。なぜなら、ジャンヌの知る限りクレハが推理を外したことはなかったからだ。
口調が似てるのは彼女、銀華が教授のファンだからで偶然。
そう結論付けたのだが、この時の銀華はジャンヌより一歩先にいた。
「魔剣が私たちを見張っていたことはこれまででわかる。星伽さんの携帯が丁度いいタイミングで鳴ったりね。そして、ボディーガードの神崎とキンジ2人の喧嘩。これで星伽さんのガードは甘くなった。魔剣からしたら、またとない好機」
銀華はジャンヌの気持ちを推理できていたにもかかわらず、別の推理、なぜ自分がここにいるかという推理を披露した。
間違った推理をした自分を見たジャンヌが銀華≠紅華と結論付けてくれるように。
「でも、警戒されているキンジの部屋に突っ込むのは愚行。レキさんが見てるかもしれないしね。だったら、狙うべきタイミングはレキさんが競技に出ているアドシアード中。じゃあもう時間がないから準備しなくてはいけない」
「…なぜここだと思った」
「武偵高3大危険地帯で唯一人気のないところだからね
「あはははは」
銀華の推理を聞いて、ジャンヌは芝居がかかった調子で笑い、拍手する。
「大したものだ。それだけでここに辿り着くとは。だが、お前は一個推理をし損ねている」
「?」
「お前自身のことだよ。北条銀華」
ジャンヌは銀華が自分の元に辿り着くことは考慮していた。こんな展開になることも。
実は銀華が教務科の命令で魔剣、つまり自分自身を追ってることを知っていた。
それなのになぜ放置していたのか?
その理由はジャンヌ自身の口から発せられる。
「お前は自分のことを過小評価しているが、お前のことを慕っている人は多くいる。遠山、神崎……そして星伽。お前にはそれだけの価値がある。
「……」
「星伽をここまで連れてくる方法に少し悩んだがお前を拘束し、星伽を脅迫すれば……ほら簡単だ」
「……ワザと貴女は私を泳がせてたってこと…」
「ああ、そうだ」
ジャンヌの言葉に銀華は下を向いて肩を震わせる。
その様子を見て、手の上で踊っていたことが悔しくて震えているのだとジャンヌは判断した。
「推理に自信を持つものはその推理の答え合わせをしたがる。私の知り合いもその傾向がある。必ずお前は私の前に現れると思った」
ジャンヌが銀華が突然後ろから現れても驚かなかった理由もここにある。
「……相当な自信をお持ちのようだけど、私に勝てると思ってるの?」
「勝てるさ確実に。強敵と戦う時は仲間が傷つくのを恐れ、1人で戦う。お前の美徳でもあり、弱点でもある。現に仲間を連れてきていないようだしな」
「……ぶっ潰す」
銀華が地面を蹴り、得意の蹴り技をジャンヌに叩き込んだ。ジャンヌはその蹴りをガードすることはなく、その身に受け……
「!?」
砕け散った。
「只の人間ごときが、
後ろの物陰から本物のジャンヌが現れる。
先ほどまで銀華と話していたジャンヌは氷の幻影だったのだ。
「……分身とはまたベタな能力ね」
「そのベタな能力がお前の命を奪う。お前はすでに私の術中にある」
「勝手に言っときなさい!」
そう言い放ちもう一度、銀華が地を蹴ろうとするが足が動かない。まるで地面に足が凍りついているように。
「だから言っただろう?お前はもう私の術中にあると」
「…っ!?」
「さっきの分身は、ルーアンの幻影。幻影を処刑したお前は、その身に呪いを取り入れたのだ」
銀華は苦しそうに片膝をつく。
まるで精気が吸い取られてるかのように動けなくなる。
「言っただろ、只の人間では勝てない、と」
銀氷を空気中に散らしているジャンヌを銀華は
「お前は、勇猛だった。だがそれと同じく愚かだったのだ。ただの人間ごときが
このジャンヌの言葉を最後に銀華の意識は落ちた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「おいキンジ!」
ガバッと武藤に肩を掴まれて目を覚ます。
「!?」
いかん完全に寝てたらしい。
アドシアード当日、誰もこない受付のゲートに1人残され、連休ボケと睡眠不足にやられて、うたた寝をしてしまった。
さっき時計を見たときから1時間進んでいる。
武藤はここまで走ってきたのか、息を切らしている。
居眠りに対して怒ってるという感じではない。
「どうした?」
俺が眉を寄せると、武藤は俺の携帯を指でさしてきた。
「ケースD7…ケースD7が起きた」
冷水をかけられたように一気に目がさめる。
ケースDとはアドシアード期間中、武偵高内での事件発生を意味する暗号だ。だがD7になると、『ただし事件であるかは不明確。連絡は一部のもののみに行き、保護対象者の安全のため騒ぎ立ててはならない。アドシアードも予定通り進行する。極秘裏に解決せよ』という状況を表す。
携帯を取り出すと、寝ている間に武偵高からメール、武藤から電話が来ていた。
しくじった。
マナーモードにしていたから気づかなかった。
何が起きた。
と俺がメールを読むより先に武藤が声を潜め、伝えてくる。
「北条さんと星伽さんが失踪した。北条さんは朝から、星伽さんは昼から連絡が取れないみたいだ」
「…は?」
武藤の言葉が理解ができずに思わず聞き返すが、そんなことをやってる場合じゃないと気づき、メールを確認しようとする。銀華は今日の朝、
その内容に血が凍りつく
『キンちゃんごめんね。私が銀華さんを助けるよ。さようなら』
白雪は銀華のことで嘘をつくやつじゃない。つまり、これは銀華と白雪の身に良くないことが起きた。
--ドックンッ--
その時俺の体に。
灼けつくような鼓動が走った。それが2度3度続く。
どういうことだ。
この頭に血が上り、何も考えられなくなるような感覚。
ヒステリアモードに似てるが違う。
もっとどう猛な感情に自分が塗りつぶされていくのがわかる。
奪い返せ…!
という声が、自分の中心・中央から聞こえてくる。
(これは…)
……思い出した。初めてこれになった時は、
ヒステリア・ベルセ。
銀華がよく使う、ヒステリアモードの派生系の一つだ。
女性を守る通常のヒステリアモードとは違う奪うための力。
「……ッ……」
もう止められなさそうだ。この血の流れは。
ベルセは危険なモードだ。戦闘力は通常のヒステリアモードの1.7倍になるが、その代わり思考が攻撃一辺倒になる諸刃の剣。
だが、そんなことを言ってる場合じゃない。俺は迂闊すぎた。
白雪も俺も危険をこれっぽっちも感じていなかったし、アリアだって任務を放棄した。
だからって油断しすぎた。
今思えば銀華の仕事は魔剣の調査だったのかもしれない。だから俺に『いるかもしれない』という言葉を残したのかもしれない。
アリアに言った言葉を思い出す。
『『いるかもしれない』がお前の中では『いる』に変わっちまったんだ!『いてほしい』という願望でな!』
あれは逆だったんだ。
俺のいない方がいいがいつの間にかいないに変わってしまったんだ。
武偵高の路地に出た俺はベルセにも関わらずどうすることもできない。
銀華や白雪の電話は当然不通なので、アリアにもかけるがコールは鳴っているはずなのになぜか繋がらない。
ちっ、何やってんだあいつは。
苛立ちで力強く携帯を閉じる。
どこを探せばいい。
どこに2人はいるんだ。
俺のことを信頼してくれた女の子と自分の婚約者を守ることができないのか?
いや、大丈夫だ。今の俺はベルセ。
2人とも絶対奪い返してやる。
2人がいるような場所を探している時、電話が入った。
『キンジさん。レキです。今あなたが見える』
「D7が出たの知っているか?」
『はい。
「レキお前今どこにいるんだ!?」
『狙撃科の7階です』
狙撃科には地下にある細長い狙撃レーンと学園島の北側に飛び出た地上塔がある。そこからここが見えるのかよ。ほぼ2kmあるんだぞ。さすが狙撃科の麒麟児だな。
『
人工浮島である学園島の外周には28の排水溝がある。雨などで島内に不規則に入り込んだ水をポンプで排出するためだ。
「ナイスアシストだ、レキ。あとでキスしてやるよ」
『急いでください』
はは。
素で注意されちまった。
実際、キスでもしたら銀華に殺されちまうけどな。
演☆技☆王・銀華。