記念すべき50話目
注意、vsジャンヌ後半、一万字超え
地下6階のフロアに上がり周囲を見渡すと、壁のように巨大なコンピューターが無数に立ち並ぶHPCサーバー―――俗にいうスーパーコンピューター室だった。
ちかちかとアクセスランプが点滅しているが、『DANGER』や『危険』などの看板はない。俺とアリアは銃を抜く。情報科や通信科に悪いが拳銃解禁だ。
大型コンピューターが立ち並ぶこの部屋は迷路のようだ。火薬棚とちがい、隙間から狙われる心配はないが、どこに誰がいるのかわからない。その迷路を俺たちは、足音を殺し駆ける。屋内戦の授業で習った通り、銃を構えたまま特殊部隊のように移動する。
2つ、3つ――警戒しながら曲がった、電脳壁の脇で。
「「っ――」」
ヒステリアモードの俺とアリアが急停止。
「ど、どうしたの」
「いるわね」
「ああ」
白雪は気づかなかったようだが、野生動物並みに鋭敏な感覚をもっているらしいアリアは気づいたようだ。この先に人の気配がする。この先は、HPCサーバー室の奥にある唯一広い空間―――エレベーターホール。そっと陰から覗くと、武偵高の制服を着た大人しそうな女子生徒がオロオロしていた。おそらく銀華が見た魔剣だろう。
「どうする?」
「ただの迷い込んだ生徒で魔剣じゃない可能性もあるし、一応話してみるしかないわね。―――でも気は抜かないで」
そう言ったアリアが先頭で周囲を警戒しつつ、その女子生徒に近づく。
俺たちが物陰から出てきたのを見た女子生徒は一瞬驚いたようだが、武偵高の生徒会長である巫女装束の白雪を見ると、安心したようだ。
「貴女、こんなところで何をしてるの?所属は?」
「
通信を妨害するためか、
だが、おかしい。ヒステリアモードの俺には女性の衣服を形・色・材質、飾りの隅々まで分析できるのだが……その子は情報科《インフォルマ》であるのに、制服の下に、薄い甲冑のようなものを身につけているように見える。
「
「はい。魔剣に関してのものですよね?」
「もう一つあるじゃない?」
「ええっと……」
「やっぱり!」
アリアはその女子生徒に向けて、発砲した。
女子生徒もそれは予想済みだったらしく、
バッ!
横に滑るようにスライドし、躱す。
「アリア!?」
驚く白雪の側面に、女子生徒が目にも止まらぬ速さで回り込む。
バリバリバリバリ!
バババッ!
装備科で改造したベレッタをフルオートに切り替えアリアと共に撃つが、銃弾が捉えたのはスカートだけだ。
むしろそのスカートに当たったのを活かして、ぐんっ、這うような動きでアリアの背後に回り込む。
そしてガシャと、コンピューターラックの下に隠してあった刀を取る。 朱鞘から抜かれたのは白雪がいつも持っている日本刀だ。
だがアリアも今の俺も日本刀を抜くというそんな隙を見逃すわけが無い。
アリアは『
言わなくてもわかる。合わせろということだ。
その瞬間、ゾワッ!
何故か嫌な予感がした。
こんな隙を見せるやつが本当に魔剣なのか。
銀華に姿を見られていたのになぜ同じ姿なのか。
銀華がそんな奴に負けるだろうか。
もしかしてこれは……罠!
「止まれアリア!」
そう俺は叫ぶが動き出したアリアは止まらない。アリアは日本刀を振り下ろし、それは魔剣の防御を躱し、防弾制服を捉え……
パリンッ!
「えっ!?」
魔剣が砕けちる。
それは、まるで薄い氷が割れたように見えた。
その飛び散った氷がキラキラと煌めき、
「うあっ」
びびんっ!とアリアが焼きごてでも当てられたかのように仰け反る。
そして自慢の日本刀から手を離し、落としてしまった。
パキ、パキッ。
そんな音を伴って、アリアの手に氷が張り付いた。まるで霜が降りたように。
超自然的な光景に、本能的な恐怖が背筋を走る。
今のはなんなんだ、一体!?
「只の人間ごときが」
さっきの女子生徒とは違う声。
「
そう言って俺たちから見て死角になっていた場所から出てきたのは、先ほど砕け散った女子生徒。
なるほど……分身みたいなものか。大道芸人もビックリだなこれは。
「……魔剣……!」
ようやく嵌められたことに気づいたアリアが、膝をつき手の痛みに震えながら呻く。
「私をその名で呼ぶな。人につけられた名前は好きじゃない」
そう言いながら近づき、後ろから白雪の日本刀をアリアの頚動脈に突きつける魔剣。
「あんた…あたしの名に覚えがあるでしょ!神崎・ホームズ・アリア!ママに着せた冤罪のうち107年はあんたの罪よ!」
「この状況で言うことか?」
フンッと『
「それにお前は四世。初代ホームズや二世とは違う」
そして変装しているだろう顔のまま可笑しそうに目を細め、アリアの耳元に唇を寄せた。
「だが、アリア。お前は偉大なる我が祖先―――ジャンヌ・ダルクとよく似ている。その姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢」
「ジャンヌ・ダルクですって!?」
アリアが呻くようにその名を復唱する。
(ジャンヌ・ダルクだと………)
こんな学校に通っている俺でもその名前は知っている。15世紀、イギリスとフランスによる100年戦争を勝利に導いた、フランスの聖女。
今のセリフは自分がその子孫だということだ。
だが、まて。
オルレアンの聖女と呼ばれた彼女の最期は―――
「ウソよ!ジャンヌ・ダルクは火刑で死んだ!子孫なんていないわ!」
「あれは影武者だ。我が一族の表の顔は聖女、だが裏の顔は魔女。私たちはその正体を歴史の闇に隠しながら―――誇りと名と、知略を子孫に伝えてきたのだ。私はその30代目」
30代目ジャンヌ・ダルク…それが魔剣っていうことかよ…!
「お前が言った通り、我が先祖は危うく火に処せられるところであり、大事な影武者も死んでしまった。だから、私たちはこの力を代々研究してきたのだ」
ジャンヌの手がアリアの太ももに伸びると
「きゃうっ!」
アリアが激痛に身を捻らせた。見ればその小さな膝に氷が張り付いている。銀華の捕えられた光景といい、今の光景といい、もう疑いようがない。
こいつは想像もつかない能力を持っているのだ!
「
「……アリア……!」
「キンちゃん……」
「遠山、今のお前は普段のお前じゃないのだろう?私はその能力で痛い目に遭い続けててな。遠山、銃を下ろせ」
こいつ…俺のこともよく調べてやがるな。確かにアリアの頚動脈に剣が突きつけられているこの状況では従うしかない。腰のホルスターにベレッタを戻す。
どうする……
「遠山。動けば、アリアのその場所が凍る。アリアも動くな。星伽もこちらに来い。変な動きを見せたら即刻殺す」
「……キンちゃん……」
そう言って俺の方に振り返りこっちを見る白雪。
瞬き信号で俺に伝えてきた言葉は……
(信じてるか……)
銀華は他の人を
アリアは今の俺を
白雪は俺をボディガードとして
俺はそれにまだ応えられていない。
その信頼に今応えなくていつ応える。
(ここでやらなきゃ、男じゃないよな……!)
だが、どうする。
俺が動いた瞬間、やつはアリアを殺すことができる。
どうにか気づかせないように動くしかあるまい。しかし、この状況で動く隙を与えるような相手ではないだろう。
…………ん。
あの技ならいけるんじゃないか?
あれは人間には反応すら一切できない攻撃。
だが、俺はまだその技を使ったことがない。
原理もまだわからない。
……だけどわからないなら考えるだけだ。
銀華は自分の推理力でその技を習得した。ならいけるはずだ。なんたって今の俺は銀華の力を得ているんだからな。
ヒステリアモードの、頭の中で、
今までの記憶が、超高速でリプレイされる。アリアvs銀華の戦い。銀華との会話。
―――!
いける。
いけるぞ。
これならアリアを助けることができる……!
「星伽、早くこっちに」
白雪に意識が少し向いた今がチャンスだ!俺は
『
これは兄さんの技の一つだ。不可視の銃弾とは、その名の通り、銃が見えない銃撃である。いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのかわからない、反撃はおろか、
銀華は以前兄さんの銃を、銃声からコルト・ピースメーカーだねとか言っていた。それは名銃であることは確かだが、19世紀の前半に開発された、悪く言えば時代遅れの銃だ。
だが兄さんはそれを敢えて使っていた。
それはなぜかと以前考えたことがあった。
その時は思いつかなかったが、リゾナになった今の俺は思い至ったのだ。
コルト・ピースメーカーは拳銃史上1、2を争う、早撃ちに適した銃だ。
装弾数、連射能力、命中率。ほとんどの面に関しては近代的な自動式拳銃の方が有利だが…早撃ちという曲芸に限って言えば、構造上、
その銃を使い、人間のレベルを遥かに凌駕したヒステリアモードの能力で、文字通り見ることができない速度で発砲する。
それが『
―――パァン!
―――キィン!
銃声とほぼ同時に何かがぶつかる音がする。
俺が撃った弾は魔剣―――刀を持つジャンヌの右手を掠め、ジャンヌが持っていた剣は地面を転がる。
「くっ」
右手を押さえ、ジャンヌは少しよろめいた。
普通のヒステリアモードなら、女性かもしれない魔剣や、頭で計算して99%ないと分かっていても弾き飛ばした刀でアリアが傷つく可能性を考慮して撃てなかっただろうが、流石はリゾナだ。
「白雪!」
アリアが地面を転がっていた刀をまだ無事だった片脚で白雪の方に滑らす。それを拾った白雪はそれを拾い上げ―――
ざきんっ!
アリアとジャンヌの間に割り込むようにしながら刀を振り下ろす。
だがジャンヌはそれにも対応した。
防弾制服を使い、刃を袖で受け止め掴み取ろうとする。
その動作を捕まっていたアリアが妨害した。
アリアの無事な方の足でジャンヌの膝へカンガルーキック。
ジャンヌはそれによりバランスを崩され、退かざるをえない。
だんっ!
ゴロゴロ、と転がったアリアは俺の足元で膝立ちの体勢になり、そのアリアを守るように、白雪が立つ。
刀をお得意の八相に構えなおした白雪に、ジャンヌは
「白雪……貴様がアリアを助けるとはな」
と制服の裾から何か筒のようなものを落とした。
シュウウウウウウウ。
筒から出た白い煙が俺たちの周りを包んでいく。発煙筒か!
ばっ、ばっ。
煙を感知したスプリンクラーが次々に水を撒きはじめる。白雪はジャンヌが身を潜めている白煙から、下がって距離を取った。
「やられたわ。まさか…分身とはね」
屈んだままのアリアはぐっぱっ。と手を結んでは開いたりしているが、握力は大きく落ちていた。戦闘はもう無理だろう。おそらくジャンヌが考えた通りに。
「うん。すごい高レベルの複写
「謝ることはないさ。白雪はアリアの危機を救ってくれただろう?だから、何も問題はない。次は分身を見破れるかい?」
「は、はい。見破ってみせます!キンちゃんと銀華さんのためにも!」
実際、次は俺も見破れると思う。銀華もおそらく、初見のあれにやられたのだろう。あいつなら分身を勘や推理で見破りそうだが、勘だけは銀華より鋭いアリアも見破れなかったのを見ると厳しいかったかもな。
その白雪の言葉を聞いたアリアは、少し強気になったのか、犬歯を向いて叫んだ。
「
挑発するようなアリアの声に白煙のだいぶ向こう側から
「それはお前もだろう。ホームズ四世。ホームズ家に伝わる推理力を全く持っていないのを見たら、初代ホームズはどう思うだろうな」
アリアに向ける挑発の声が返ってきた。
俺たちはそちらを向きつつ、気づく。
心なしではない。この部屋の室温が急激に下がっている。まるで子供の頃体験した、青森の冬のような寒さだ。
スプリンクラーから撒かれる水が空中で凍り、雪のように舞っている。
ダイヤモンドダストと呼ばれるものだ。
宝石が煌めき、舞うような、超常的な美しさ。それが人間の恐怖を逆に募らせる。
あいつ、ジャンヌは―――
「キンちゃん、アリアを守ってあげて」
刀を保持したまま退がってきた白雪は、アリアのそばで片膝をつき、アリアの手をそっと自分の手で包む。
「魔女の氷は毒のようなもの。それをきれいにできるのは修道女か巫女だけ。でもこの氷はG10からG12ぐらいのすごく強い氷。私が治しても元に戻るまで8分ぐらいかかると思う。だからその間、キンちゃんがアリアを守ってあげて。敵は私1人で倒すよ」
「何を言うんだ白雪。銀華をあんなにしたやつを許せるわけないだろ。俺も戦う」
「キンちゃん、銀華さんがああなって悔しかったり悲しくなったのはキンちゃんだけじゃないんだよ」
そういう白雪の目は―――見たこともないぐらい真剣で、まるで目の中で炎が燃え盛ってるように見えた。
しみるけど我慢して、とアリアに伝えた白雪が何か呪文のようなものを呟くと、何か見えない力がアリアの手に伝わっていく。
白雪の治療は銀華の時と違って痛みが伴うらしく、アリアは敵に見つからないように声を出した。治療がひと段落すると白雪は、なにやら漢字と記号が書かれた長方形の和紙札を周りに貼り付けていく。
その札のおかげか周りはあったかくなるが、これは白雪の力なのだろう。
明瞭になった視界の中で白雪がすっくと立ち上がる。
「白雪……」
それを見た俺は決めた。
俺も戦いたい。
だが、アリアも放っておくこともできない。
この戦い、まずは白雪に任せよう。
俺がアリアのそばにいるために少し退がったのを見て、
「ジャンヌ」
白雪はいれかわりに敵の方に一歩でる。
「これが最後の警告。傷付きたくないなら今すぐ投降して。私はなるべく人を傷つけたくないの」
「笑わせるな。未だ原石のお前が、イ・ウーで研磨された私を倒せるとでも?」
「私はG17の
という白雪の声に、今度はハハハハハという笑いが返ってくる。白雪の口調から威嚇のように思えたのにそんなおかしいところだったのだろうか?
「G17、世界に数人しかいない超能力者。
『あいつ』が誰かはわからないが、さっきの白雪の言葉はやはり超能力者に対しては相当な威嚇だったんだな。それを笑い飛ばせるジャンヌ。
「仮にそれが真実であったとしてもだ。お前は星伽を裏切れない。お前がお前である限りな」
「ジャンヌ―――私を甘く見たね」
白雪の声が強まる。
「それは今までの普段の私。でも、今の私は星伽の制約をなんだって破ってみせる」
白雪の不思議なセリフにジャンヌが黙った。
策士は予想外のことに弱い。敵の計画には、今誤算が生まれているようだ。
「『北条は最弱が故に最強』。星伽にも伝わるこの言葉がやっとわかったよ。キンちゃんが強い理由もね」
「やはり、お前らの中心は北条か…っ!だが、私の策を邪魔しようとした北条はもう戦えない。直接対決も想定済みだ。
晴れていく煙の向こうでジャンヌの姿が明らかになる。防弾制服を脱ぎ捨てた下には、部分的に身体を覆う、西洋の甲冑。
「理子による動きにくい変装ももう終わりだ」
ベリベリベリと被っていたマスクを剥いだ顔は、サファイアの瞳、氷のような銀髪。
西洋映画で出てきそうな、美しい白人だった。美人で銀髪なのもあるが、少し銀華に似てるな。
「キンちゃん……できれば、ここからの私のことは忘れて」
俺に背を向けて、白雪が微かに震える声で言う。
「 白雪…?」
「これから私は、星伽に禁じられている技を使う。でも、それをキンちゃんが見たら私のことをキライになる。銀華さんに伝えたら怖がられる。だから……わがままになるけど忘れてほしい」
そう言いながら、白雪はいつも頭につけてる白いリボンに手をかける。その指は少し、震えている。まったく…白雪は…
「いいや、忘れないよ。俺や俺の
しゅるり。
その言葉を聞いた白雪は前に向けたまま、髪を留めていた白いリボンを
「すぐ終わらせるね」
かつんと赤い鼻緒の下駄を鳴らして、いつもと違う刀の構えを取る。柄頭のギリギリを右手だけで持ち、刀の腹を見せるように横倒しにして、頭上に構える、剣道ではどの流派にも存在しないだろう、奇怪な構えだ。
「ジャンヌ、あなたはもう逃げられない」
「?」
「星伽の、禁制鬼道を見るからだよ。私たちもあなた達と同じように始祖の力をずっとついできた。アリアは150年。あなたは600年。銀華さんは800年。そして、私たちは、およそ2000年もの、永い時を」
白雪が、くっとその手に力を込めると
刀の先端に緋色の光が灯る。それがみるみるうちにパッと刀身全体に広がった。
室内を照らしあげるそれは炎―――!
なるほど、あれが白雪の切り札なのか!
「白雪は真の名前を隠す伏せ字。私の諱、本当の名前は『緋巫女』」
言い終えると同時にカッ!とジャンヌに迫る。白雪がぶんと刀を振るい、
「もう私にその分身は効かない、さっさと出てきたらどう?ジャンヌ」
そう白雪が言った瞬間、
バッ
じゃりんっ!
と通常なら火花のところを、宝石のように輝くダイヤモンドを散らしながら、そしてその煌めきを瞬時に蒸発させながら、二本の剣がしのぎを削り―――いなされた白雪の刀が近くにあったコンピューターを切断する。
「分身を飛ばしたのは星伽候天流の初弾、
白雪は再び、緋色に燃える刀を頭上に掲げる。あの構えは白雪が自分自身を傷つけないようにするためのものだったのか。
「それでおしまい。このイロカネアヤメに切れなかったものは今まで一つしかないよ」
「その程度の刀か。聖剣デュランダルに斬れぬものはない」
対峙するジャンヌが掲げた剣は、古めかしい、しかし、手入れの行き届いた壮麗な洋風の大剣。
白雪が唯一斬れなかった、銀華の如何にも業物という剣と遜色ないほどのオーラがあるぞ。
カッ!再び駆けた白雪は、どこか勝負を焦っているようだった。一方ジャンヌの方は余裕な顔だ。
ギンッ!ギギンッ!2人の刀剣は何度もぶつかり、大きな音をあげる。
2人の刀剣が掠めたものは全てが冗談のように破壊される。コンピューターが、防弾製のエレベーターの扉が、床も、壁も。
だが唯一斬れていないものもある。お互いの刀剣だ。斬れないものがないと謳った刀剣だけはお互い傷一つつかずにいる。
まるで銀華と白雪が戦った時と同じように…
「これが一流の超偵同士の戦いなのね…!」
俺の足元からようやく顔を上げてきたアリアが言う。
「大丈夫か?アリア」
「動けるには動けるけど、今のあんたや白雪の足手まといにしかならないわね。銃も分身を破壊した時に氷が入り込んだみたいでダメそう。あたしの銃は寒冷地仕様じゃないの。完全分解しないと、たぶん生き返らないわ」
「じゃあ知恵を貸してくれ」
俺がそう言うと素直にアリアは頷いた。
ヒステリアモードの俺のことは、キチンとパートナーとして扱ってくれるらしい。
「アリアはああいう超能力者と戦ってきたんだよな。白雪に加勢したいんだが、どのタイミングで入ればいいかわからん。何かキッカケみたいなのはないか?」
「ここまで高度な超能力者は、逮捕したことないわ。でもあの戦いは長くは続かないはね」
「どういうことだ?」
「超能力者は一般的に使う力が大きいほど、精神力をたくさん消耗するの。武偵と戦う時は勘所で最小限の力で戦うらしいんだけど、相手が同類だと全力を出し続ける。だからすぐガス欠を起こすのよ」
「なるほど、その瞬間がチャンスか。その瞬間がわかるか?」
「経験則で、たぶん。半分は勘に頼るけど信じてくれる?」
この前、俺が『信じられるか』って言っちまったのが不安になってるみたいだな。武偵には信頼関係が必要だ。これはケアしなくてはならない。
「信じるさ。銀華がアリアのことを信じたんだ。恋人である俺がアリアのことを信じないわけにはいかないだろ?」
「はあ……………こんな時にも惚気なのね……」
呆れたようにため息をついた後、にっこり笑い
「ま、そんなあんた達も見てて面白いし、とってつけた理由よりよほど信頼できるけどね」
面白がられてるのは甚だ遺憾だが、当初の目的どおり信用を取り戻せたようだ。
「俺はアリアを信用している。だから自信を持って攻撃のタイミングを教えて欲しい。3人、いや4人の力で魔剣を逮捕するぞ」
俺とアリアがそんなことを話している間に、初め、白雪有利に見えた戦いは互角のような雰囲気になっていた。
「―――ッ!」
白雪は歯を食いしばりながら刀を振るう。
グロッキーなのは白雪の方に見える。ジャンヌはまだ余裕そうだ。
白雪が焦って薙いだ、ほとんど炎の切れた刀は―――
がすっ。
壁を斬ることができずにとまる。
白雪からは先程までの力が失われている。アリアの言った通りガス欠だ。
超偵は強い。普通の武偵を凌駕する力がある。でもそれを長くは維持できない。ゲームの魔法使いのキャラもそうだ。強力な魔法を使いすぎると、
「はあ….はあ」
柄を右手で掴んだままその場に膝をついた。まるでフルマラソンを完走したような疲労困憊ぶりだ。刀を壁から抜いた白雪はそばに落ちていた朱鞘を左手で探り当て、ず、ずずと、なぜか刀身をそれに収めてしまった。
「甘いな。お前は甘すぎる。私の肉体を狙わず剣ばかり狙うとはな。実力差があるときはそれでもいいかもしれんが、互角の時にそれをやるとはお前は私を甘く見過ぎだ」
ジャンヌはデュランダルの切っ先を白雪に向ける。まだか、アリア。
俺が加勢するのはまだなのか。
「くっ」
鞘に収めた刀を後ろに隠すような体勢をとる白雪。
衝動的に駆け寄りそうになるが、アリアが俺のことを押さえる。
「まだよ、キンジ。白雪はあと一撃撃てる力を残してる。でもそれはチャージが必要みたいに見えるわ……!」
小声で言うアリアも今すぐ助け出したいようだった。再び剣を構えたジャンヌの周囲に再びダイヤモンドダストが舞い始める。
「見せてやる、『
ダイヤモンドダストの向こうに見えるデュランダルが青白い光を放ち始める。その時―――
「キンジ、今よ!」
叫んだアリアの声を合図に、俺は銃弾のように飛び出した。
白雪の戦いに集中してたジャンヌがハッと振り返る。
「ただの武偵ごときが!」
俺に対して怒りに身をまかせるように剣を横薙ぎに払う。その攻撃を推理できていた俺はずさああああああああ!とスライディングの要領で身を低くする。
カッッッ!
俺の頭の上を青い光の奔流が捲き起こる。ゲームのような光景だ。光る氷の結晶の渦が天井にまで届いたようで、天井はまるで巨大な氷の花が開いたように凍結していく。
ガガガン!
スライディングしながら3点バーストに切り替えたベレッタでジャンヌを撃つが、ジャンヌは既に引き戻していたデュランダルで迎撃する。
それは推理できている。アイツは白雪と同等の剣の達人。白雪が出来ることがあいつにできてもおかしくはない。
「ただの武偵の分際で!」
ジャンヌは跳躍して逆に突っ込んできた。俺はそのジャンヌを銀華の技『降り止まぬ雨』の空気弾で叩き落とそうとする。だが、ジャンヌはその技を知っていたようで剣で空気弾を迎撃。迎撃するだけじゃなく、その勢いを使い大きく回転し大剣を俺に振り下ろしてくる。この展開を
「ッ!?」
「チェックメイトだ、ジャンヌ」
右手の拳銃をジャンヌに突きつけそう言う俺に、
「武偵法9条」
ジャンヌがそう返す。
「お前は私を撃つことができない。私を殺せない」
「そうだね」
ジャンヌは大剣に力を込めてくる。わかってないなあジャンヌは。チェックメイトは王手と違う。完全に詰みのことを指してるんだから。
「キンちゃんに!!手は出させない!!!!」
白雪が俺とジャンヌの間にあったデュランダルめがけて走ってきた。
「緋緋星伽神―――!」
白雪が放った居合斬りはデュランダルを通過して、そのまま触れていない天井にまで炎を舞い上がらせた。
「だから言っただろう?チェックメイトだって」
そんな俺の声は氷ごと破壊された天井の崩れる音にかき消された。
全員に見せ場があるように書くのが難しい…大丈夫かな?
魔剣編ラストはコーヒーを片手に読みたくなるような話になる予定です。