まず1日目
注意:リサ=紅華
俺とアリアが紅鳴館で働く最終日が来た。
作戦決行は俺たちが館を去る1時間前--午後5時。なぜならこの時間からちょうど1時間、決まってリサが買い物に出かけるからだ。
打ち合わせとしては、リサが出て行ったのを見とどけた後、小夜鳴に気に入られたアリアが「今日は最終日だから、庭で品種改良のバラ『アリア』の話を聞きたい」と小夜鳴をおびき出す。そしてアリアが小夜鳴を引きつけてる間に、帰る準備をしているフリをしていた俺が動くというものだ。
ちなみに品種改良のアリアと名付けられたバラは、アリアが喋れる公用語―――ルーマニア語含めて17カ国―――と同じ数の長所を持っているらしい。というか、なんでお前ルーマニア語喋れるんだよ。当然のように小夜鳴もリサもルーマニア語で喋り始めるし、話の輪には入れなかった俺は外国に来た気分だったぞ。
まあ、そんなことはおいておいて、泥棒開始だ。スタート地点はここ、ビリヤード台だ。
「理子聞こえるか?これからモグラが畑に入る」
『よく聞こえてますよー?キーくんの声、電話で聞くととってもセクシー!しろろんが惚れるのもわかるねぇ』
という理子を無視して俺はビリヤード台の下の床板を音もなく開けた。その俺はオープンフィンガーグローブ、赤外線ゴーグル、ケプラー繊維のポーチ付きベストといった強襲科時代によく着た特殊部隊のような装備だ。
まあやることはドロボーなんだが。
そう思いながら俺は--
今までの潜入期間でリサと小夜鳴にバレないようコツコツ掘っておいたトンネルに滑り込むのであった。
「こちらキンジ。モグラはコウモリに変化」
小声でインカムを通じ理子に連絡する。
今回はとにかく短時間で目的のものを奪取しないといけないので、理子は地下金庫の扉を開けることはやらず、もっと短時間でお宝を盗み出せる大胆な方法を命令してきた。
それがこの作戦『モグラ・コウモリ』
まずは、地上から金庫までモグラのように侵入、コウモリのように逆さ吊りになった俺がお宝を頂戴する作戦だ。
で、この作戦。頭に血がのぼる体勢はともかく、実は理にかなった作戦だ。
この部屋には床に感圧板が仕掛けられており、床に降りることはできないので上から攻めるしかない。
(さて、頑張りますか)
俺はマスクの下で、タテ・ヨコ・ナナメに複雑に入り組んだ赤外線の警戒網を見ながらそう小さく呟いた。
危なかったがまあ、なんとか十字架を手に入れることができた。小夜鳴が地下室に戻ったのは俺が金庫から出たほとんど直後だったらしい。理子は『キーくんがヒスらなくてもいけると思わなかったよぉ』褒めてるのか貶してるのかよくわからん発言。まあ喜んでたし良しとするか。
俺はそんなことを考えながら、執事の給仕服から武偵高の制服に着替え、紅鳴館を後にする。小夜鳴は特に雑談もせずに挨拶だけ済ませ地下室に戻ってしまったが、買い物から帰って来ていたリサは玄関まで見送ってくれた。
「短い間でしたがご苦労様でした。遠山さん、神崎さん」
「いえ、こちらこそいろいろ教えていただきありがとうございました」
「あんたムカつくけどなかなか優秀だったわ。うちのメイドも見習ってほしいぐらい」
俺とアリアはお互いリサに何か引っかかるものを覚えていたが、それが何かわからず結局別れることとなってしまった。うーん、なんだったんだろうな本当に。
「お気をつけて。
タクシーに乗り込んだ俺たちにそう最後の挨拶をするリサの言葉が耳になぜか残った。
で、俺たちが向かったのは横浜駅に近い、ランドマークタワー。このオフィスビルに理子はアジトを置いている。バスジャックの時もそうだったが、理子は近代的なホテルやビルの一角に陣取りたがるくせがあるな。
十字架を渡すために今いる場所を聞いてみると、屋上にいるらしい。渡すものが
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
無事に十字架が回収できたことにあたしは安堵のため息をつく。
紅華が何も干渉して来ないで、こんな上手くいくなんて。やっぱりキンジ誘ってよかったよ。
……いや、おかしい。
いくらキンジが弱点の紅華といえども、このまま上手く行ったら何のためにあそこにいたんだろう?
ブラドに頼まれたとしても、紅華にメリットがないと紅華は受けないし、当然武偵の任務ではない。
--武偵の任務?
そういや、銀華はどういう申請で学校を休んでいるのだろうか?泥棒をやってるあたしたちが言うのも何だけど、武偵の任務で非合法組織のトップの娘として活動することはおかしい。紅華が敵でも味方でも通じる作戦をたてるのに精一杯で今までそんな時間なかったが、今はキンジたちが来るまで時間がある。一応調べてみるか?
ジャンヌに教えてもらったハッキング技術を使い、武偵高のサーバーに侵入。銀華の欠席の理由を調べる。
えー…っと、教務課からの依頼?
依頼を出した人物は……小夜鳴。
これは驚いた。紅華だけでなく、銀華の状態の時点でもう小夜鳴の手がかかっているなんて。つまり、小夜鳴は少なくとも銀華がブラドと関係する人物と知っているわけか。紅華=銀華とまでは知っているかどうかわからないけども。
プライド高い紅華がブラドのメイドとして働いていたのも、ブラドが紅華=銀華ということに気づいて、脅していたのかもしれない。
そう思い、違和感を胸の中にしまい込んだ。
キンジ達にはもう受け渡し場所は送ってある。ランドマークタワーの屋上、そこは湿った海風が強く吹いていた。さっきまで雨が降っていたからだろう。
そして、まるであたしの心を映し出したかのような黒雲が空を覆っている。だが、この黒雲をあたしは晴らす。キンジも言ってたじゃないか、『止まない雨なんてないんだ。雨はいつか止み、そこには虹がかかるんだよ』って。
あたしは自分の力で雨を晴らし、自分で虹をかける。そう、あの人の横に立つために!
あたしがいる屋上のヘリポートに誰かが登ってくる。
「キーくぅーん!」
待ちに待った2人がようやく来た。
タッタッタッと軽い足取りでキンジのそばまで近づく。必要以上の接触、例えば抱きついたとかを、もし銀華に知られたら怒られるだろうからね。
「やっぱり、キーくんとアリアのコンビも名コンビだね!」
「少し危なかったけどな」
近くから上目遣いで見上げるあたしの目をキンジはそらすことなく見る。
「キンジ、早く渡すもの渡して。そいつが上機嫌だとムカつく」
「おーアリアんや。せっかくしろろんにキーくん貸して貰ったのに、取られてジェラシー感じちゃう?」
「ち、違うわよ!ギィッ!」
と壊れたバイオリンのような声を上げるオルメス。やっぱり
オルメスの機嫌が急速に悪くなるのを見て、キンジは胸ポケットから急いで……
「ほら、お望みのものだ。やるから少し離れろ」
お母様の形見--青い
本当に……本当に取り返せた!
「乙!乙!」
あたしは2人の前で歓喜で飛び跳ねる。
これで、あたしは!
あの人と並ぶ権利が得られた!
守られるだけじゃなくて、横に立つ権利!
……でも、この権利はまだ有効じゃない。
最後にやるべきことがある。
「理子。喜ぶのはいいけど、約束はちゃんと守りなさいよ」
言われなくても約束は守るよ。
「アリアはほんっっと、理子のことわかってなーい。ねえ、キーくん」
あたしはキンジに手招きをすると、訝しがりながらも私に近づいてくる。そして近づいたのを見たあたしは、髪を留める大きなリボンを向ける。
「まず、キンジからお礼。はい、プレゼントのリボンを解いてください」
少しうんざりしているキンジがテキトーって感じにあたしの頭の大きな赤いリボンに手を掛け、解いた瞬間、
ちゅ。
頬っぺたにキスをする。
いつもチュッチュッしてるくせに案外初心なんだな。驚きで目を見開いてるよ。
「な、ななな、ななにやってんのよ理子ぉっ!?」
そういやこいつの方が初心だったな。
まあそれはそれとして…
素早く側転して、階下へ続く扉を背に立ち、退路を防ぐ。
「そうくるか。理子」
「ごめんねぇー、キーくん。もう理子的には欲しいカードは揃っちゃったんだよ」
「悪い子だ、理子。だけどそんなところも君の魅力の一つなんだから、俺は約束が嘘でもそれを許すよ。女性は嘘を着飾って美しくなるものだからね」
普通の女だったらキュンとくるだろう臭いセリフを私に吐く。
銀華なら大喜びだろうけど、あたしには効かないよ。
「とはいえ--彼女が理子を許すかどうかは彼女次第だけどね。アリア」
パチンと指を鳴らしながらオルメスの名を呼ぶと石化から元に戻る。
「ま、こうなるって感じはなんとなくしてたのよね」
「くふふ。それでいいのアリア。理子のシナリオは完璧なの。アリアとキーくんを使い、十字架を取り戻し、そのまま倒す。しろろんはあたしのシナリオに気づいちゃうだろうから今回は省く」
まあ、結局気づかれてたみたいだけど、本当の理由は違うので問題ない……ことはないがまあそこまで問題じゃないたぶん。
「ここは学園島じゃない。だから先に抜いてあげる、オルメス。その方がお前達にとってはやりやすいだろ?」
「これで正当防衛ね。随分と気がきくじゃない」
あたしがワルサーP99をスカートの中から取り出すと、オルメスも鏡のように漆黒と白銀のガバメントを抜く。
「一個だけ教えなさいよ、理子。そんなものを欲しがったの、ママの形見って理由だけじゃないわよね?」
そんなもの?
そんなという言葉で表されるほどあたしの十字架は軽くない。
「オルメス。『
「……?」
「腐った肉と泥水しか与えられない狭い檻でお前は暮らしたことあるか?」
「何よ、なんの話?」
思い出すのも嫌な記憶。
あたしをあたしとして認めてくれない生活。
お前はホームズ家に居場所がないとか言っていたが、そんなものの比じゃない。
「ふざけんな!あたしはただの遺伝子じゃねえ!数字の4でもねえ!あたしは『理子』だ!峰・理子・リュパン4世だ!5世を産む機械じゃねえ!」
あたしは紅華に助けて貰った。
紅華はあたしを理子としてみてくれた。
でも、それはあたしが認められたわけではなく、紅華はそういうやつだっただけだ。ただあたしが勘違いしてただけ。何もあたしは紅華の特別でもなんでもなかった。
だから、認めさせなければならない。ブラドに、世界に、峰・理子・リュパン4世のことを。
「なんでそんなものってアリア聞いたよね。この十字架は--いやこの金属は理子に力を与えてくれる。檻の中にいた頃もあたしはこれだけは取られまいとずっと口の中に隠し続けていた。その時、この力に気づいたんだよ……!」
あたしは左右のテールを操り、背に隠していた大ぶりのナイフを抜く。
どうだ、オルメス。
これが本物の双剣双銃だ。
「オルメス、キンジ。あたしの踏み台になれ!そしてあたしは世界に、あの人に、あたしのことを認めさせる!」
と一歩前に足を踏み出した瞬間。
バチイイイイイイイッ!
「うっ--!」
呻きとともにあたしは体に力が入らなくなった。
これは…電流?
まさか…ヒルダ!?
倒れる前に後ろを振り向いて見えた人物の姿は
「な…んで、お前が」
あの小夜鳴だった。
一体どういうことだ…?
一般人の小夜鳴がどうしてここへ?
と思いながら、あたしはうつ伏せの体勢で倒れる。
「小夜鳴先生!?」
オルメスが名前を叫ぶと、小夜鳴は手にしていた猛獣用スタンガンを捨てる。
あたしを猛獣扱いするなんて。
クソ、体が動かない。
そして、あたしの頭に銃が突きつけられる音がする。
「遠山くん、神崎さん、ちょっとの間動かないでくださいね」
目だけを動かしチラリと後ろを見るに、小夜鳴が持っている銃はクジール・モデル74。
昔のルーマニアで生産されていたはずのオートマチック拳銃。
ぐるる……と唸り声をあげて登場するのは二頭の銀狼。ブラドの下僕だ。
そしてやはりこのクソメガネもブラドの仲間ってことか。
「前に出ないでくださいね。お二人が今より前に出たら、狼達がこの子を襲っちゃかもしれません」
「よく飼いならしてるな、あの保健室での騒動も狼を使った三文芝居ってわけか」
「紅鳴館でのあなた達のおままごとよりはマシだったと思いますけどね」
あたし達は泳がされていたってことか。クッソ。
そして、あたしの武器は銀狼によって屋上から捨てられてしまう。
「2人ともそのまま動かないでくださいね。この銃のトリガーは甘いんですよ。間違ってリュパン4世を殺してしまったら勿体無いですから」
あたしの名前を小夜鳴が出した。リュパン4世とあたしのことを武偵高で知っているのは、キンジとアリア、そして
どうせブラドから教わったんだろう。紅華はそういうことをいうタイプじゃないし。
十字架が取られてからの反応が早かったのも、最初からバレていたからだろう。じゃあ紅華の
『
というのは十字架を取った後の今のことか?
いいや、紅華が今ここにいる様子はない。
考えろ。これがどういうことか推理するんだ。今あたしの体は動かない。考えることで活路を見出すんだ…!
「遠山くん、ここで遺伝子の話をしましょう」
オルメスとブラドが話す言葉を耳に入れながら逆転策を考えていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえたので思考を中断する。
「遺伝子は気まぐれなものです。最高の遺伝子と遺伝子を掛け合わせても最高なものが産まれるとは限りません。長所が遺伝すればいいですが、短所が遺伝すれば残念な結果になる場合もあります。そして…この4世には残念な結果と言わざるをえません」
小夜鳴がそう言った途端、あたしの頭がゴミ袋のように蹴られる。
クッソ……体が動けばこんなクソメガネのいいようにはさせないのに…!
「2人ともおわかりのようですね。彼女は……」
「ま…て…い、う、な!」
「優秀な能力が全く遺伝してなかった、つまり残念なサンプルケースと言わざるをえません」
言われた…
今まで隠し通し、それから目をそらして、考えないようにしてきたことを。
それを一番聞かれたくない
このクソ野郎が!
「自分が一番よくご存知でしょう4世さん?最高傑作である
あたしはその言葉に反論できない。
実際に紅華の横に立とうと努力したが、結局は実ることはなかった。そもそも同じように紅華の横に立ちたい奴らから、あたしはライバル視すらされてなかった気がする。無能、失敗作、その言葉があたしの心を抉り、瞳から涙が溢れる。
悔しい…
こんなことを一番聞かれたくなかったやつに聞かれるのが悔しい。
悔しい…
こんなことをあの人の隣に立つ人物に聞かれるのが悔しい。
悔しい
こんなこと言われて言い返せない自分が悔しい!
「人間は遺伝子で決まる。優秀な遺伝子を持たない人間はいくら努力してもすぐに限界を迎えます。今のあなたのように」
彼が手元から取り出したのは--ニセモノの十字架。
そしてまだ動きの取れないあたしの口に向かって
「ウップ…!?」
その十字架を押し込んでくる。
そして代わりにといったように--ぷちっ。
青い十字架を奪い取った。
やめろ……返せ……それはあたしのだ……
「あなたにはガラクタがお似合いでしょう。ガラクタ同士仲良くしなさい。昔そうしていた時のように」
あたしの頭がガシガシと踏まれるが、その痛みより心の痛みの方が鋭い。
「あ、そうだ。あなたに伝え忘れていたことがありましたね。せっかくだし神崎さん達にも教えておきましょう」
先生面するクソメガネがあたしの頭を踏みつけながらオルメス達に話しかける。
「ブラドが4世を今まで野放しにしていたのはある取引があったからです」
「クレハ・イステルとだろ?俺も知っているさ」
な、なんでキンジ、お前が知っている!?
あたしはお前に昔話はしたがそこまで話してないだろ…!
「意外と優等生じゃないですか、遠山くん。じゃあ取引の内容はご存知ですか?」
「いや、女性の過去や秘密をほじくり回すのは趣味じゃないんでね」
「そうですか。取引の内容は『クレハ・イステル自身の血を差し出す代わりに、イ・ウーでリュパン4世を自由にさせろ』という内容でした」
そうだ。取引の内容はクソメガネの言葉通り。あたしがイ・ウーで強くなれた理由。
「4世が知っているのはこれだけですが、これには続きがあるんです」
「……え……?」
「『有能だと証明できたら自由に。無能だとわかったら、再び檻に』。彼女も酷いですよね。助けたのは気まぐれで、貴女のことは何も考えていないんですから」
「嘘だ……」
「嘘ではありません。本当のことですよ。貴女を再び檻に戻すことは彼女も了解していることです。なぜ彼女があそこにいたのかわかったんじゃないですかね?」
嘘だ…嘘だ…
あの優しい紅華が、あたしを救ってくれた
「いい加減にしなさい!理子を虐めて何になるの?」
耳の中でオルメスの声が響くが脳に入ってくることはない。
「絶望が必要なんです。彼は絶望の詩を聞いてやってくる。ああ、いい顔ですよ。4世。おかげで掛かることができました」
小夜鳴がどんどん変わっていく。
なんとなくだが、金一やキンジとよく似ている。キンジもそれに気づいているようで
「嘘だろ……」
「遠山くん。そうです。ヒステリア・サヴァン・シンドローム」
小夜鳴は答えを言った。
……なんでこいつがキンジ達と同じものを持っているんだ?
「ヒステリア・サヴァン…?」
キンジの横でアリアが眉を寄せている。
ただ一人この場でそのことについて知らない。だが、キンジも何も言わない。
「二人とも。しばしのお別れです。これで彼を呼べる。ですがその前に一つ教えておきましょう。イ・ウーは能力を教えあう場所。これは聞いているでしょう。しかし、それは実力がないもの達によるおままごと。しかし、私とブラドで革命を起こしました。今のイ・ウーには、能力を写し取れる技があるのです」
「聞いたことがあるわ。イ・ウーの連中は何か新しい方法で能力をコピーしてる」
そう、オルメスの言葉通り、能力はコピーできる。
「その方法はブラドが六百年も前から行っていた--『吸血』。その能力を人工化し、誰からでも写し取れるように開発したのが私です。そしてそれからは優秀な遺伝子を集めるのも私の仕事になりました。先日の採血も優秀な遺伝子を集めるためです。まあ遠山くんが覗いていたせいで失敗してしまいましたけどね」
「ブラド、吸血。そういうことね。キンジ、イ・ウーのナンバー2はドラキュラ伯爵よ」
「……ドラキュラって想像上のモンスターなはずじゃ?」
「いや違うわ。ドラキュラ・ブラドは、本当に実在した人物よ。15世紀ワラキア―――昔のルーマニアの領主で、今もまだ生きているっていう怪談話を聞いたことがあるわ」
アリアの言葉に小夜鳴は頷く。
「正解です。よくご存知で。この世には昔、吸血鬼が存在しました。ですが、無計画に吸血していたほとんどの吸血鬼は滅びました。しかし、人間の血を偏食していたブラドは人間の知性を得て、計画的に多様な生物の吸血を行い、屈強な個体となりました」
何か興奮しているように小夜鳴は喋る。
「しかしブラドは知性を保つために、人間の吸血を継続する必要がありました。遺伝子が上書きされていき、その結果、とうとうブラドは私という人間の中に隠されることになりました。4世は同じような人を見たことがあるでしょう」
人間の中。ブラドと小夜鳴は会ったことはない。銀華と紅華のような関係。
そういうことかっ…!?
「隠されたブラドは、私が激しく興奮した時に現れるようになりました。最初は適当なことでも彼が現れましたが、永い時を経て、あらゆる刺激に慣れてしまった…要はマンネリ化ですね。そこで、このヒステリア・サヴァン・シンドロームです」
「っ!?」
「ブラドを呼ぶのは興奮、つまり神経伝達物質が大量に出された時。私はヒステリア・サヴァン・シンドロームを媒介とし、十分な量を確保したのです」
ピカッと遠雷が海に落ちたと同時に
「さあ かれ が きたぞ」
神の降臨。そんな恍惚とした小夜鳴の声。
「最後に、私がなぜ4世をいじめることができるのかという疑問に答えましょう。私はそもそも
やつの雰囲気が変わっていく。
HSSどころじゃない。魂そのものが変わっていくような雰囲気で……
「へ、変身!?」
オルメスの呟く声。それは正しいだろう。あたし達の前で変身している。
スーツが紙のように破け、その下から出てきた肌は赤褐色。肩や腕の筋肉は牡牛のように盛り上がり、露出した足は獣のように毛深い。
金色の目でこちらを見る姿は、忘れるはずがない。
「ブラド……!」
「久しぶりだな、4世。そしてお前らははじめまして、だな」
あたしを見下しながら不気味な声で喋り始める。
ブラドが人間に擬態できるなんて聞いていない。予想できない、そんなこと。
「ブ、ブラドぉ!だ、騙したな!オルメスの末裔を倒したら、あたしを解放するって。い、イ・ウーで約束したくせに……!」
帰りたくない。もうあんな辛いところに帰りたくない。もうあんな地獄は嫌だ。
「お前は犬とした約束を守るのか?俺と取引できるのは俺と同じぐらい力を持った奴だけだ」
あたしの頭が片手で吊り上げられる。
その時にできたわずかな隙を見逃さずに放たれた三つの銃弾。
1発は拳銃、1発は前腕、1発は上腕内部に命中したが……無駄だ。
銃創は赤い煙を放ちながらふさがっていき、腕に残った銃弾は銃創が治ると同時に排出される。
「俺に銃は効かねえ。お前は俺の
そう言って拳銃を片手で握りつぶす。
このバカ…ヂカラめ。
「檻に戻れ、
こんな状況だがブラドの言葉に違和感を覚える。
紅華が見捨てる?
そんなことあるだろうか。紅華に敵対しない限り、紅華は簡単に人を見捨てる人じゃない。
「だがお前が優良種であることに違いはない」
この状況になったのは推理ができているはず。じゃあ、この状況に意味があるはずだ。
ちょっと待て…
『有能だと証明できたら自由に。無能だとわかったら、再び檻に』
紅華ならあたしが
「交配次第では品種改良された5世からいい血が取れるだろうよ」
この状況でポジティブに考え過ぎかもしれないがこれはあたしにチャンスを作ってくれたのじゃないのか?あたしがブラドに勝って有能ということを証明できるように
「いいか、4世。お前は一生、俺から逃げられねえ!」
そうだ。あたしはこのままだったらブラドから一生逃げられない。
「イ・ウーだろうがどこだろうが関係ねえ。世界のどこに逃げても、お前の居場所はあの檻の中だ」
あたしは紅華に守られていただけ。居場所を作ってもらっただけ。あたし自身で作った居場所はない。
……でも
「ほれ、これが最後の外の光景だ。よーく目に焼き付けておけ」
頭を持ち振り回されるあたしの目にキンジとアリアの顔が映る。
どうして独占欲が強い
あたし一人じゃ到底ブラドから逃げられない。もし仮に、紅華がブラドを倒してもブラドから逃げられるかもしれないが、あたしの有能さの証明にはならない。でも、キンジとオルメスとなら……普通の人間3人だけでイ・ウーナンバー2のブラドを倒したなら……
あたしは
「キンジ……アリア………」
これから言う言葉はライバル、そして宿敵に言うには辛いものがある。だけど、なんだ。こんなちっぽけなプライドを持ってても意味がない。そんなもの捨ててしまえ。
あたしの口からプライドを捨てて放った言葉が紡がれる。
「た……す……け……て……」
その瞬間、なぜかどこかで誰かがニヤリと笑ったような気がした。
理子は頭掴まれてるのに冷静だなあ……