哿と婚約者   作:ホーラ

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連続投稿2日目


第54話:紅の華

「助けて……」

 

理子のか細い声に--

 

「言うのが遅い!!」

 

アリアが甲高い声を張り上げた。

ブラドの後ろにいる2匹の銀狼がその声に、びくんと少し怯む。

 

「まずは理子の救出(セーブ)。側面は任せたわ!」

 

そう叫んだアリアは--

バッ!

まるでブースターで加速したかのような勢いで突っ走る。その小さな背中にはなんの迷いもない。

ぐおおんっ!

銀狼達が、主人ブラドに近づいた襲撃者(アリア)めがけ、左右から襲いかかる。

だが、アリアは完全にその2匹を無視。

側面……つまり狼は俺の仕事ってことか。

なるほど。お前は俺を()()してくれているんだな。

それならそれに応えてやるよ。

俺は地面を蹴り、後方宙返り(サマーソルト)。両足で銀華の技『降りやまぬ雨』を繰り出す。

そして俺が着地すると同時に、狼達は…

ズサァっ。その場に伏せるようにして、倒れこむ。その間をアリアが駆け抜けていった。

俺も同じように駆け抜けながら、ゴメンよ心の中で狼達に謝る。

2匹ともまだ生きている。

空気の砲弾を掠めて脊椎を圧迫し、麻酔をかけただけだ。起きるまではもう少し時間がかかるだろう。まあこれレキのマネなんですけどね。

 

「ブラド!あんたに理子は渡さない!あたしのエモノよ!」

 

ガガガガッ!

アリアはブラドの右側面に回り込み、うまく理子を避けつつ.45ACP弾を浴びさせた。

 

「さっきも言っただろ。そんなもん効くわけねえ。ガキが」

 

撃たれたブラドは無視。

空いた風穴は赤い煙を上げてすぐ回復していく。ジャンヌが言っていた通り、弱点を攻撃しないと意味ないということか。

まあいい。倒すことはできなくても理子を救い出すことはできる。

 

「ブラド、一つ教えてやるよ」

 

アリアに気をとられている隙に近づいていた俺は、バタフライナイフでブラドの手首を切りつける。そこに人間なら通っているはずの、尺側手根伸筋、短掌筋、長掌筋をな。

 

「正しい女性のだき方はこうだ」

 

と俺は理子を少し強引に抱き、お姫様抱っこをする。銀華とアリア以外にするのは初めてかな?

 

「おっ!?」

 

意外な声をあげたブラドの手は、握力をなくて理子を放した。吸血鬼とはいえ、体の構造は人間と大差がないようだ。だが、傷は、もう塞がりつつある。

 

(回復能力がだるいな)

 

理子を抱いたままブラドから遠ざかった俺と、バックステップで後退したアリアが合流する。

 

「さっき、あんたが言ってた話はよくわかんなかったけどね!」

 

わかんなかったんかーい。と心の中で突っ込む俺が抱っこする理子に犬歯を向くアリア。

 

「あたしを騙したり、使うなら泥棒なんかじゃなくて、こういう戦闘で使いなさい!」

 

よくわからないところに突っ込むなよアリア。

 

「それにブラド。あんた、あたしの事ガキって言ったわね。あたしは女子高生、JKよ!さっきの言葉は侮辱とみるわ」

 

JKといった理子要素を混ぜながらブラドに向き直ったアリア。

 

「人間はせいぜい100年しか生きられねえ。600年生きてる俺からしたら、人間なんざみんなガキだ」

「もう許さない!貴族を侮辱したらどうなるか、わからないとは言わせないわよ!?」

「どうするってんだ?このオレを、どうしようってんだ」

「決まってるでしょ。逮捕するのよ!ママの冤罪の99年分はあんたの罪なんだから!」

 

と言うアリアの声に、ブラドは爆笑した。

 

「ガハハハ、俺を逮捕ときたか!ホームズ4世」

 

こちらを見据える金色の双眸に、双剣双銃のアリア様は一歩も退かない。

 

「ブラド、あんたは相当マヌケ。どれぐらいかというとキンジ、武藤と同じレベル」

 

おい。

武藤(アホ)と一緒にするな。

 

「『無限罪のブラド』、あんたはあたしのターゲットの中で一番見つけにくそうな相手だったわ。それがのこのこと、あたしの前に正体を現した。覚悟しなさい!」

「蛇がカエルを警戒するか?」

「無駄に歳食ってるだけなのね。世の中には毒を持ったカエルもたくさんいるのよ」

 

この間テレビ番組で言っていた知識を自慢げに語りながら、腰に当てた手の指を使い、俺たちに武偵が使う暗号の一種。指信号を送ってくる。

「リコ ヲ カクセ」か

はいはい、仰せのままに。

俺は理子を抱いたまま、ヘリポートの陰の段差の下に隠れることにした。

挑発にのったブラドは意識をアリアに集中させている。

 

「理子動けるか?」

 

抱っこしていた理子を床にそっと下ろしてやると、理子は頷いた。

そして俺の袖を掴みながら詰め寄ってくる。

 

「キンジ、今すぐアリアを退かせて。ブラドには1人じゃ勝てない。強すぎるんだよ。理子もイ・ウーで決闘したことがあるけど、歯が立たなかった。イ・ウーですらタイマンで勝てる人は2人なんだよ」

「俺たちもそこに加われば?」

「……それならいける……かもしれない。わからないけどやるしかない」

「武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。俺は理子を助けるよ」

「けどキンジ、当然危険が付きまとうよ。いいの?」

「新しく契約したじゃないか、『たすけて』あげる契約を」

 

そう言った俺は、理子に優しく触れながら……青い十字架をかけてあげる。

 

「ブラドのポケットに入っていた本物さ。さっき理子を助ける時、すり替えておいたんだよ」

 

理子は二重の目をまん丸に開いている。

そして俺を見て、十字架を見て、俺を見て。

かぁ…と頰を赤らめた。

まるで銀華みたいに。

 

「理子は望まないなら戦わなくてもいい。俺も本当は帰りたいけど、俺はドレイだからね。小さなご主人様が許してくれないんだ」

 

俺はヘリポートに登りながら、理子に背中でそう伝え、アリアと対峙する化け物--ブラドを睨みつけた。

ブラド。

イ・ウーのナンバー2。見つかったら逃げろとまで言われてる強さ。

こんなやつ今まで戦ったことがない。

逃げろ。と全身の細胞が叫んでいる。

だが、助けてと言ってくれた女子がいて。

勇敢に戦うつもりの女子がいて。

逃げる?

 

 

--そんなことしたら銀華に嫌われちゃうだろ?

 

 

だから、しょうがない。

やるしかないっていうのが俺の結論。

理子、お前を助けてやるよ。ブラドの手から。

アリア、付き合ってやるよ。この戦い。

 

俺も男だからな。

 

「くっ……」

 

アリアはブラドの周りを跳ねまわりつつ二丁拳銃を撃っているがダメージになっていない。

だが、ブラドの身体に浮かぶ白い目玉模様の部分は、傷が治っていたものの、他の部分に比べ跡が残っていた。

俺がアリアと合流したのを見たブラドは…

こっちに背を向け、屋上にある携帯電話用の基地局のアンテナに向かった。

何か企んでるのだろうが、しかしそれを止めない。この時間で俺たちも企てさせてもらうからな。

 

「…あいつ、爪で突き刺すチャンスが何回もあったのに生け捕りにして来ようとしてきたわ」

「ヤツは名家の血のコレクターだからな」

 

犬猫じゃあるまいしと、ギリッ!と犬歯を剥くアリア。

と犬歯を向くアリア。

 

「アリア、ブラドには弱点が4つある」

 

俺は非常事態用だとジャンヌから教えて貰った情報をアリアに耳打ちする。

 

「弱点…?」

「ああ、その4箇所を全て同時に攻撃すれば、ブラドはきっと倒せる。イ・ウーのリーダーはそうやってあいつを従えたらしい」

「で、その弱点はどこ?」

「あれだ、あの目玉模様」

 

以前ジャンヌから聞いた弱点の部位とあの目玉模様の3つは一致するが…ジャンヌも知らない4つ目が見当たらない。

 

「本当に4つ?3つしか見えかないわよ」

「ああ、4つだ。4箇所目はどこかわからない。戦いながら探すしか方法はない。同時攻撃するときは--アリアがあの両肩を。俺は脇腹と4つ目を撃つ」

「OK。でもあたし、もうほぼ弾切れなの。残り2発。だから同時攻撃の時は『撃て』って言って」

 

そう言いながらアリアは日本刀を二本抜いた。弾が切れたフリをするということか。

ばきん!

と鳴り響く音が俺を振り向かせると、そこには…おいおい…

5メートルはあろうかという携帯基地局アンテナを、ブラドが屋上からむしり取ったところだった。

どしんと落とした地響き的に数トンはあるぞあれ。それを片手で持つなんてどんだけ怪力なんだよ。

 

「人間を串刺しにするのは久しぶりだな。ガキども作戦は大丈夫か?銀でもニンニクでもなんでももってこい。だが、俺は遺伝子の上書きで、弱点は全部克服済みだがな」

 

余裕そうにガハハと笑うブラド。

 

「ホームズ4世。お前もリュパン4世と同じで欠陥品みたいだな。初代ホームズの推理力も、()()()()2()()のような能力も遺伝してねえ。俺が今まで見たホームズ家の中で一番の欠陥品だ」

「遺伝、遺伝ってうるさいわね。あんたは遺伝子の書き換えと才能だけで強くなったみたいだけど、遺伝子だけじゃ決まらないのが人間なのよ!先天的な遺伝も能力を決めるのは確かにそうだわ。でも人間は努力や鍛錬で自分を後天的に高めることができるのよ!」

「お前らホームズは似たようなことを言うな」

 

どうも以前にブラドは同じようなことを言われたことがあるらしいな。それも同じホームズ家の人物に。

 

「リュパン4世を助けたり、擁護したりよくわからない一族だな」

「……お前ら?あんたメヌに会ったことあるの?」

「おっと、喋りすぎちまったな……」

 

そう言って首を振ったブラドは

 

「まあ、お前は欠陥品であろうと、今のお前にはホームズのパートナーの遠山という駒が横にいる。まずはご退場願おうか、遠山キンジ」

 

金色の双眸が俺を見据えたと思うと……

 

「ワラキアの魔笛に酔いな」

 

ブラドは大きく、大きく、体を逸らし--ぶうおおおおおおと、巨大なエンジンのような音をたてて、空気を吸い込み始めた。

な、何をするつもりだ?

落ち着け。考えろ。

あれは何かの攻撃準備なはず。ブラドの胸はバルーンのように膨らんでいるのがその証拠だ。

ブラドの体の構造は吸血鬼とはいえ人間と基本同じ。人間が大きく息を吸い込む時なんて………

 

 

「アリア、耳を塞げ!!」

 

ビャアアアアアアアアアアアアアアアイイイイイ!!

 

俺の声の直後に、やはり--

咆哮--!

その振動の波は半端じゃない。

雨雲の一部を砕き、服も内臓も全てが揺れる。

大声をあげるのはわかったが、こんな大きな音なんて聞いてねえぞ。

暴力的なまでの振動の嵐に耐えた一瞬がすぎる。

 

「ど、ドラキュラが吠えるなんて初耳よッ!」

 

俺が直前に注意したのもあり意識は失わなかったアリアが立ち上がった時--

--ッ!

俺は気づいた。

俺のヒステリアモードが完全ではないにしろ、ほぼ解除されてしまっている。

 

「ちっ…完全とまではいかなかったか」

 

少し残念がるブラドだが、これはやばい…

ヒステリアモード破り。

やられた。ヒステリアモードを持ってから、その解除方法も発見していたのか。ブラドが何をやるのかわかってなかったら、完全に解除されてだろうな。

 

「まあ、いい」

 

ズシン、ズシン、とブラドは金棒を担いだまま前進してくる。

どうする。ヒステリアモードもまだかろうじて残っているがほぼ切れかけだ。

ヒステリアモードが残っているうちにやるか?いや4つ目の弱点の位置が分かっていないからまだその時じゃない。

どうする…

 

「馬鹿何やってるのよ!」

 

いつの間にか俺はブラドの殺傷圏内(キリングレンジ)に入っていた。

 

「しゃがめ、キンジ!!」

 

そんな声に咄嗟に反応し、俺はしゃがみ頭を引っ込めると、頭スレスレを通り抜ける。

その後俺はバックジャンプをし、助けてくれた声の主、理子の横に並ぶ。

 

「ありがとう、理子。助かったよ」

「あたしが4つ目をやる。キンジは一瞬ブラドの動きを止めろ」

 

どうやらヘリポートの下で俺とアリアの話を聞いていたようだな。どうやら理子は4つ目のブラドの弱点を知っているらしい。最後の1個は理子に任せるしかないだろう。

何せ、アリアはほぼ弾切れ。俺もヒステリアモードが切れかけなのに大事な任務を理子に命令されたから、四つ目を探す余裕はない。女性の命令は絶対。成功させてみせるよ、必ず。

アリアと理子に目線で合図だけを送った俺は--

バッ!

残りのヒステリアモードの力をふりしぼって飛び出した。

まっすぐに近づいてくる俺に向かってブラドは金棒を振り下ろす。

その空気を切る爆音をあげながら襲いかかってきた金棒を、スライディングしながらギリギリでかわす。

これは攻防一体の行動。ブラドの脚の間を抜けながら--

ザクッ!

ヒステリアモード最後の力を振り絞って、バタフライナイフでブラドのアキレス腱を斬りはらう。

すぐ再生してしまうとはいえ、この一瞬は動くことが出来ない。

 

「今だ、撃て!」

 

俺の声を聞いたアリアは二丁拳銃を構え、俺の後ろから同じように近づいてきていた理子は飛び上がり、ブラドの顔に飛びつきながら右手で落とされないよう顔にナイフを刺した瞬間……

バンッ!バンッ!バンッ!

まずは俺、アリアの二丁拳銃の3つの銃声が響き、脇腹と両肩の三つの目玉模様を撃ち抜く。

そして、右手でナイフを持ったまま、左で胸からデリンジャーを取り出した。

そしてそのまま、ブラドの口へ銃口を押し込む。さっき偽の十字架を押し込められたお返しのように。

 

「--死ね!!」

 

理子の声が聞こえたと同時に銃声。

ブラドはガツンと手にしていた金棒を地面に落とした。

だが、その落とし方がまずく、数トンはあるだろう金棒が膝立ちのブラドにのしかかるように倒れかかった。

 

「う、ぐぅ」

 

ブラドは押し返そうとしたが、その手には力がこもっていない。それでも必死に抵抗するブラドの口の中―――舌には、4つ目の目玉模様。

理子はあれを撃ち抜いたのか。

目玉模様を4つ全て撃ち抜かれたブラドは弱々しく抵抗していたものの結局は押し切られ、金棒の下敷きになった。

そのブラドの傷から何百年もかけて集めてきた血が流れ出ていく。

もうさっきまでのように傷が回復する様子はないな。

 

「これどうする、アリア?」

「こんな重いの私たちじゃどかすことはできないわ」

「確かにそうだ」

 

すでにヒステリアモードが切れた俺には何の解決策も思いつかない。

あとはすぐそこまできている神奈川県警のヘリに任せようとベレッタをホルスターに収める。かなりドンパチやったから、通報されたのだろう。

 

「キンジ、アリア」

 

俺たち2人の方へ呼びかける声が聞こえる。

 

「ブラドを倒してくれたこと--感謝はしない。今回は偶々利害が一致しただけだ」

 

理子の態度はあまり友好的なものではなかった。

 

「お前があたしの宿敵であることに変わりはない」

「そうね。あたしもあんたなんかと馴れ合うつもりはないわ」

 

そう言いながらアリアも目を鋭くする。

そう言われた理子は強気に返してくるかと思いきや、なぜかモジモジし始める。トイレか?

 

「……でも、ブラドから助けてくれたことには感謝している。ありがとう」

 

ああ……

理子はお礼を言いたかったのか。その相手が宿敵アリアだから言いにくかったというところだろう。

 

「ま、今回は偶々よ、たまたま……ん?」

 

最後のアリアの声が疑問形になったのは、他でもない。地面が揺れだしたからだ。

ようやく動けるようになってブラドに付き添っていた銀狼達も不安そうに体を縮めている。あの怯え方的にブラドが起こしているわけではないらしい。

 

「地震か?」

 

俺がそう呟いた瞬間、地震ではないことは理解させられる。

ヘリポートの隅から何か出てきている。

それは俺たちを大きく囲むように成長していき、ドーム型の檻を作り出した。

ドームの材料は荊。それもただの荊じゃないぞ。綿密に敷き詰められた荊の壁。試しに銃で撃ってみるがすぐに穴が塞がってしまう。

まるでブラドの無限回復のようだ。

 

「なによこれ……」

 

神奈川県警のヘリは見えなくなり、入ってくる光は荊の隙間から溢れる街明かりのみ。

 

「もしかして…また全てが終わった後でって…!?」

 

理子が何かに気づいたようで俺たちが詳細を尋ねようとそちらに振り返ると

 

「よく自分でその結論にたどり着けたね。理子は名探偵だ」

 

理子と俺たちの間にある紅の小さい影から声がする。

……おかしい。

お前は今までいなかっただろ…?

近づく気配もしなかった…

どうしてお前がそこにいるんだ…?

 

「何であんた……リサがここにいるのよ!」

 

腰まである紅の長髪をなびかせ、その幼い体に合った可愛らしい服装。

俺たちの間にいたのは、紅鳴館の先輩ハウスキーパーのリサだった。

 

「リサ……ああ、私のことか」

 

アリアに名前を呼ばれたが、なぜかキョトンとしていたリサ。

 

「遠山、神崎。ゴメンね。私嘘ついてました」

 

クルリと可愛らしく一回転するリサ。

 

「リサは本当の名前じゃなくて、偽名なの」

 

なんだと……

リサが偽名だと?偽名を使うということは本名を知られたくないか、その名が有名であるということ。

彼女は理子語でゴスロリと呼ばれであろう格好のスカートの端をつまんで少し持ち上げ……

 

「初めまして…ではないけど、私の名はクレハ・イステル。よろしくね」

 

彼女は本当の名を名乗った。

クレハ・イステル。

魔剣・ジャンヌダルクが言う世界最強の魔女。それが俺らの前に現れやがった…!

 

だが、おかしい。

このドームを作ったのは彼女なのだろう。

……なのに、なんだこのオーラの無さは。

まるで戦闘力がない子供やメイドのような感覚しかしない。

彼女は医者とはいえ、イ・ウーの戦闘員なはず。普通多少なりとも、犯罪者は殺気や雰囲気を発する。だが彼女からはそれを一切感じることができない。

武偵高には、奴隷の一年、鬼の二年、閻魔の三年という言葉があるように、力がつくにつれて自分のオーラを隠せるようにはなる。だが、こいつほど上手く隠し通すことができるやつは初めて見たぞ……

 

「あんたが……イギリスでは一部熱狂的信者を持つあの『荊棘の紅姫(ソーン・プリンセス)』ね」

「そうだよ。でもプリンセス…ってのはあんまり好きじゃないんだけどなあ」

 

こうしてアリアと話す彼女はただのメイド…いや小学生にしか見えない。

それがやつのヤバさを際立たせている。

 

「……何しに来たの紅華?」

 

ここで同じイ・ウーである理子が発言。

いきなりのことで空気に飲まれてたけど…

そうだ!こいつはイ・ウーの医者だ。

このタイミングで来たということはブラドを助けに来たと考えるのが普通だ。

もし、もう一度ブラドと戦うことになったら…まあ負けるだろう。

弾が切れたアリアとヒステリアモードが切れた俺じゃ戦いにすらならない。

そう、怯える俺だったが…

 

「ちょっと忠告しにね…とその前に」

 

そう言ってパチンと指を鳴らすと…

な、なんだ…っ!?

パッ、パッ

とヘリポートに紅色の百合の花が咲き始めた。

何かの攻撃かと焦る俺とアリアだが…

 

「落ち着け、オルメス、キンジ。これはヒール、回復だ。紅華は()()()()()悪いようにはしない」

 

理子がそう俺たちを抑える。

確かに何か優しい感じがして、俺たちが戦闘で受けた傷を癒していく。

百合の花が萎む頃には俺たちの傷は完全に治っていた。

 

「これでよしっと」

 

年相応に両手で可愛らしくガッツポーズしたクレハは、トコトコとブラドに近づく。

ブラドを守るように立っていた銀狼は、抵抗するかと思いきや、ゴロンっと寝っ転がりお腹を見せる服従のポーズ。

あの屈強な狼があんな小さい子に服従しているんだ。獣の本能で命の危険を感じて。

 

「ブラド、推理通り貴方負けたのね。まあ人間舐めすぎた罰でしょ」

「てめえ……」

「貴方を助ける気は無いわ。貴方はあたしとの約束を破ろうとした。それは許されるものじゃないから」

 

ゾワッ

と一瞬、鳥肌が立つ。

彼女が言葉の最後に一瞬見せた殺気。

皮膚がきれるかと思うぐらいの、あそこまで鋭いものは初めて感じた。

だが、その殺気は一瞬でなくなり、もとの何も感じない状態に戻る。

 

「あと…理子。わかってると思うけどあとでお仕置きだから。理由……わかるよね?」

 

振り向いてニコニコ笑顔で言う紅華だが、さっきの殺気を感じてしまった後にその笑顔は怖い。現に理子も理由がわかったようで顔を青くしている。

どうやら心当たりがあるらしい。

 

「そして、忠告だよ。神崎、遠山」

「な、何よ!」

 

今まで雰囲気に飲まれ、言葉をほとんど発していなかったアリアが反応する。

 

「イ・ウーにこれ以上関わらない方がいい。イ・ウーは強い。貴方たちじゃ到底勝てない。わかってるはずだよ」

「はぁ!?イ・ウーのナンバー2のブラドも倒したし勝てない訳じゃないでしょ!それにママを助けるために冤罪を着せたあんたのお仲間達も捕まえてやるんだから!あんたも邪魔するなら逮捕するわよ!」

 

紅華の言葉に過剰反応するアリア。

お、おい。刺激するな。

さっきのこいつの殺気見ただろ。

さっきは傷を治してくれたが、機嫌を損ねたら襲いかかってくるかもしれねえんだから!

 

「ブラドに勝てたぐらいでいい気にならないことね。これは最後通牒。メイド仲間のよしみで今回は助けてあげたけど、次会ったときは容赦しないよ、4世」

「ふん、脅しのつもり?あんた達全員捕まえてやるわよ!あんたも含めてね!」

「お、おい。馬鹿!挑発するな」

 

流石にヤバイと思った俺はアリアを止める。

 

「あたしは絶対にママを助けなくちゃいけないの。だからみんな捕まえないと。逃げるなんてありえない!」

「仮にそうだとしても今言い返すのは愚策だろ!俺もお前が言うスーパーモードではないし、お前も弾切れ。理子も俺たちか向こう、どっちにつくか不明。向こうは友好的なのに敵意むき出しでどうする」

「相手は犯罪者集団の一員なのよ。友好的とかそんなの関係ないわ!」

 

アリアの言うことは、正しい…が、ここでは正しくない。この状況で正しいことを言うことは間違いなのだ。

 

「神崎()()()が私を逮捕する?客観的に見ても()()()()()()()。……ああ、やってみないと、わからないと君は言うだろうね。でも結果は見えているんだよ」

 

少しずつ殺気を解放していくクレハ。ば、バカ。どうやら彼女もアリアと同じようにそこまで沸点が高くないらしい。

 

「だから私はあえて止める。もうイ・ウーに関わるなと。私にとって血が流れるのはそんな好ましいことじゃないからね」

 

やっぱりクレハは助ける方が好きなのか。

クレハは俺たちを助けるためにアドバイスをしてくれている。

クレハってそんなに悪いやつじゃないのかもしれん。

 

「何、相手のこといいやつとか思ってるのバカキンジ。相手はイ・ウーよ。甘い言葉に騙されるんじゃないわ」

 

あ、危なかった。ジャンヌが言ってたじゃないか。

『クレハには気をつけろ。奴は心を奪う』と。

危うく心を奪われるところだったぜ。

 

「もしかして、今ここでやる気?得策じゃないと思うけどなあ……まあ、もう目的の忠告はしたからあとは面倒だし帰るけど」

「貴族をバカにした罪は重いわよ……あんたも逮捕してやるわ!」

 

アリアがクレハに踏み出そうとした瞬間、

ビターーン!!

何かに引っかかったようで顔面からすっ転ぶ。

 

「だから私には見えてるの。神崎がどのタイミングにどう行動するかまで。そして神崎は私に勝てない」

 

アリアの足には蔓が巻きついていた。アリアはそれに足を取られ転倒したのだ。

それも彼女--クレハの想定通りに。

 

「じゃあ、さようなら。今度は()()をつけないよ」

 

そう言って彼女は枯れて崩れゆく荊のドームの中を歩いていった。

まるで花畑を歩いているかのような軽い足取りで。

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