期末テストも終わって夏休みーー学校に行ったことが今までなかった私にとっては初めてな経験の訳だけど。
日本でやりたいこともあったけど、私はイ・ウーに帰省している。もちろん紅華の姿で。
今日は任務もないし部屋でのんびりすることにした。
学校の宿題とかもあるけどほんの少しだし、私にとっては簡単すぎるものだからね。
ちなみに私の部屋はイ・ウーの最深部。これは私の銀華モードがばれないようにとのことで父さんが用意してくれたものなんだよ。
私の部屋にあるのは勉強するための様々な専門書と銀華紅華の二種類の服が入ったクローゼットのみ。クローゼットには鍵がかかっており、私の指紋認証でしか開かないようになっている。
というかイ・ウーにいてもやることなくて暇だね。学校がある時は授業があるし暇じゃなかったし、休みはキンジがいたから遠山家に遊びに行ってたんだけど、それがないとなると暇だよ。イ・ウーから離れるまではこんな気持ちなかったんだけどなあ。
(キンジ元気かなあ…)
暇でやることがないと考えるのキンジのこと。ここ4ヶ月は一緒にいることの方が多かったしなあ。
……ってこれじゃあ私がキンジにゾッコンみたいじゃない!婚約者だけどそんなにまだゾッコンってレベルじゃないよ、たぶん。
そういう風に私がベッドで悶えていると部屋がノックされる。
「お休みのところすみません、紅華様。今お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫だけどどうしたの、リサ?」
ベッドからでて服を正し、部屋のドアを開ける。ドアを開けると……いたのは予想通り、長い金髪を持ちメイド服で身を包んだリサだね。リサは見た目の通りイ・ウーのメイドであり、それに加えて会計士を担当している。
「パトラ様とカツェ様が上でお待ちです」
つまりリサは伝言係として使われたのだろう。まったく自分で来るのがめんどくさいからって、リサを使わせるなんて酷いもんだよ。
「わかった、すぐ行く」
ありがとうと一言リサに言って、私はカツェとパトラに会うために上に向かう。
こういう時は最下層に部屋があるのはめんどくさいね。数分歩いてようやく目的地の部屋に辿り着いた。ドアを開けるとリサの言ってた通りの2人がお出迎えだ。
「やあ、2人とも久しぶりね」
「しばらくだったな、紅華」
部屋の中にいたのはいつもの魔女帽を被り眼帯をしたカツェと
「妾も紅華がいないから退屈しとったぞ」
ツンと高い鼻と切れ長の目の、おかっぱ頭の美人のパトラだね。相変わらずへそ丸出しっていう寒そうな格好をしてるけど風邪引かないのかな?
「まあ、私もいろいろあったんだよ。それで早速だけど本題は何?」
「
またか…まあこのメンバーが集まったならそれしかないと思ったけどさ。
「相手は?」
「バチカンじゃ」
いつもの。実はバチカンと
私たち主戦派の魔女とバチカンはすこぶる仲が悪いんだよ…
メンバーはカツェ+私が1回目からの皆勤賞。まったく嬉しくない皆勤賞だけどね。
「私あいつとやるのもう嫌なんだけど。あいつのバフ能力だるすぎ」
私が指すあいつとはメーヤ・ロマーノ。彼女の2つ名は祝光の魔女であり、能力名は幸運強化。
どういう能力かというと戦闘に関わる運を限りなく上げるものであり、奇跡と思われる偶然を必然にする能力といえばいいのかな?
それに加えて、仲間にもメーヤ本人ほどではないけど幸運強化のバフはかかるから、こっちの銃がいきなり
「そういうと思って今回は特別ゲストを用意したんだぞ」
「妾がじゃの」
自信満々に言うカツェとそれをジト目で見るパトラ。私はそんな2人に連れられて別の部屋に移動する。その部屋にいたのは
「あれ、セーラじゃん。会うの一年ぶりとかじゃない?」
「先生、久しぶり」
射撃練習をやめこちらを見る目はコバルト色のジト目。長いストレートの銀髪。孔雀の羽をあしらった鍔広の洒落た帽子。特徴的なのは左手に携えた、本人よりも大きい
ちなみにセーラが私のことを先生と呼ぶ理由は、セーラの大好きなブロッコリーの品種改良や育成の仕方を教えて上げたら先生と呼ばれるようになったわけ。
「紅華が来ないと金積んでもセーラは来ないって言うしな、お前を誘ったわけだ」
「その金を出したのは妾じゃがの」
「あはは…」
セーラを雇うのはかなりの額必要なんだよね。8桁は確実に下らない。雇ったらとても信用できるけど、雇わなくて共闘する時は気分屋だから、あんまり言うこと聞いてくれないし私を呼ぶのもわかるね。私とはよく組んでくれるし、セーラと一番イ・ウーで仲がいいのは私だから。
「それでこの4人でローマのバチカンに攻め込むってわけ?」
「そうだ。このメンバーならあの憎っくき巨乳女もやれるぞ」
「カツェ、嫉妬心丸出し」
「それは言っちゃダメたよ、セーラ」
私の言葉にかしこまりという風なポーズを無言でセーラは取る。こういうところあるのが、セーラ可愛いポイント。
「そ、そんなことねえし!別に嫉妬なんかしてねえよ!」
「妾は早く作戦を決めたいのじゃが…」
「そ、そうだパトラの言う通りだ。アタシが考えた作戦はな…」
誤魔化す風にカツェは喋り始めた。
今回の作戦は成功するといいなあ…
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
私、遠山カナは夏休みを利用してイタリアに来ている。観光だけを目的として来ているわけではない。私はいつかどこか日本以外の武偵高に留学して見解を広げたいと思っている。これはその一貫でイタリア、ローマ武偵高を見学しに来たというところなんだけど。
まあ、今日はローマ市内を観光してるわけだけど……おかしい。
ローマ市内を台風のような暴風が吹き荒れている。これが自然なものではないことはもし仮にHSSになっていなくてもわかったはず。
その風に乗って、何かが飛ぶのをヒステリアモードの目が捉えた。
(矢……だがそれだけじゃないわね。先端に何かついているわ)
その矢が目の前の教会に着弾すると同時に
ドンッ!
爆風を起こし教会を揺らした。
あのサイズでこの威力を出せるってことは
「
教会の中からそんな声が聞こえる。
何か訓練とかではなさそうね。
もう一度空を見ると、次々に烈風に乗って爆薬を搭載したミサイルのような矢が誘導弾のようにカーブしながら教会に飛来しているところだった。
(正義の味方の遠山家のものとしては見過ごせるわけないわ)
私は
(何!?)
それを先読みしたように吹いた旋風が矢を煽り、矢が弾を避けて上昇して私の銃弾を躱した。
私の迎撃を躱し教会に命中した矢は再び爆発石の壁を崩し始めた。
そしてその爆発が終わると…
(変わったものがいるわね)
教会を
(私を無視するとはいい度胸じゃない)
私は
その異形は撃ち抜かれると砂のようになった。これが
入り口を塞いでいるゴーレム兵を拳銃で蹴散らしつつ、教会内に入ると…シスターと思われる女の子たちがゴーレム兵を先ほどの矢で空いた穴から入ってくるのを防ごうとしているところだった。私はシスターたちを助けるためにさっきと同じようにゴーレムを処理する。
そんな光景を見て他のシスターより金糸の刺繍も多い白衣を来た金髪の女性が教会の奥から走って来た。
「ここは危険です!早くお逃げになってください!」
そんなことを日本語で言ってくる。私が日本人に見えたからそうしたのかも。
「こんな危機的状況見逃せるわけないでしょ。私にもこの状況を撃ち破るの協力させて貰えないかしら?」
そんなことがいうとそのシスターは目をパチクリして驚いた後
「神よ…」
という風に呟き
「私はメーヤ・ロマーノと申します。貴女は?」
「私は遠山カナ。好きで正義の味方をやってるからよろしくね」
「カナ。貴女と会えたことを感謝します。貴女に幸運あれ」
そんな風にメーヤは小さく祈りながらいうのであった。
「それで相手は誰なの?」
「
「目的は?」
「私への私怨じゃないでしょうか?………………」
私が拳銃で入り口から見て左のゴーレムを、メーヤが大剣で右のゴーレムを対処しながら情報交換をする。最後の言葉の後にあのゴキブリどもめとHSSの耳が捉えたんだけどシスターがそんなこと言うわけないから多分幻聴だろうな。幻聴と思いたい。幻聴だといいなあ。
そんなことを話しながらあらかたゴーレムは片付けた。別にそんな強いわけではなかったわね。
「救援ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。このぐらいお安い御用…よ?」
何かしら?地面が揺れているような感じがする。その揺れが大きくなっている気がする。目の前のメーヤの魔術ではないようね…
「地震?…」
「爆発?…」
日本人とヨーロッパ人では微震に対して思うことが違うらしい。そんなことをハモった私はとメーヤだが--どうやらどちらも違うようだ。外の様子がおかしい。
なんだ、あれは?地面から何か生えて来ている。
それはこの教会を取り囲むように大きくなっていき……荊の壁を作り出した。これじゃあこの壁から抜け出すこともできない。
「……
青ざめたメーヤがごすんっ!
大剣を落とした。私たちをここに荊の壁で閉じ込めたということは…
「きたわね」
不自然に濃い霧が漂っている入り口から、3つの人影が現れた。
「よお、メーヤ。アタシたちのプレゼントはどうだった」
まず最初に霧から出てきたのは全身を覆うようなナチスの黒制服を来た少女。
「妾の使者が思ったより早くやられたのう。横のお主がやったのか?」
次に出て来たのは肌も露わな古代エジプトの衣装を着て立つ美女。
「あれ?…なんでいるの?」
最後に出て来たのは小学生のような姿に年相応な可愛い服で身を包んだ紅色の髪を持つ少女。
この3人が現れた途端、俺たちの回りのシスターが怖気づいている。そんな中、ごすんっ!
喝を入れるように重厚な金属音が鳴り響いた。
「うろたえてはなりません。乙女たち。魔女を前にして下がったものには、私が神罰を与えますッ!物理的に!」
イタリア語でそう叫んだメーヤはぶうん!
私の横で空気を切る音を上げて大剣を振り回している。どちらかというと3人よりも部下を威嚇するようなムードで。
それにビビりまくったシスターたちは…
額に汗を流しつつ、しゃんしゃん!
鈴の音のような音を立ててぞろっとした法衣の内側から両刃の細身剣を抜剣した。
それを一斉に3人の方に向けている。
それはよく訓練され、統率も取れている動作だ。ゴーレムと戦ってることからも分かっていたが、ただのシスターじゃない。彼女らは日本で言えば僧兵のような、いうなればシスター兵みたいなものなのね。
「あれは『
目を座らせてバチカンのお経のようなものを読む興奮したメーヤは--正直魔女なら誰でもいいから狩りたいといったような感じだ。
「妾を討つ?バチカンはできぬことをよく嘯くのう。ほほほっ」
そういった瞬間、俺とメーヤはお互いに左右90度向き、
-ーバッ!バババ!
私は横から放たれた銃弾を
一方私と背中あわせになったメーヤは、私の背中側から放たれ、シスターたちに向かう散弾銃のような金色の小さい弾丸は完全に無視しつつ、本命であろうメーヤの頭部に飛んで来た野球ボールほどの金属球をーー
「神罰代行ォォ!!」
がきィィィィィィィィィンっ!
けたたましい音を上げて、メーヤが肩に担いだ大剣をバットのようにふるってうちかえした。メジャリーグの強打者のようなフォームで。
その打球はそれがもともと飛んで来た方、教会の壁にぶち当たって粉々に破壊する。
すごい馬鹿力。まるで人間大砲みたい。
「チッ…外しましたか」
倒れたシスターたちには目もくれず舌打ち1発。どうやらメーヤも気づいていたようね。
HSSの洞察力で気づいたが前方にいるのは紅色の髪の女の子以外偽物。
本物のナチスの女子とエジプトの女性は教会の壊れた壁から奇襲しようとしていたことがHSSの直感でわかった。
しかしまだ攻撃は終わっていない。目の前の紅の女の子が何もしていないから。
そう私は思ったのだが、
「カツェ、パトラひくよ。この状況は私たちにとって不利」
「了解。メーヤの横にいる女がすこぶる強いのはアタシにもわかるぜ。ったく、悪運の強い女だな」
「ほほほっ、妾は引きとうないが、紅華の命令なら仕方ないの。じゃあまた会おうぞ」
リーダーらしい紅の女子がそういうとナチスとエジプトの女の偽物はくずれ、紅華と呼ばれたリーダーが撤退するために身を隠す霧と黄砂になった。
「また、会おうね。お二人さん」
そういって姿を消した。
直感でわかるけど、あの少女は強い。
私としてはもう会いたくないなあ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「まーた失敗か、マジで悪運強いなあの女は」
カツェは魚のムニエルにフォークをぐっさりさしてやけ食いするように食べている。
「そういう女じゃからなあの女は。その分、他の運に恵まれていないがの」
パトラも、山盛りに積まれたソラマメのコロッケをモリモリ食べる。
「メーヤは戦闘運に恵まれてるから恋愛運などは恵まれてないんだっけ?まあ、それなら男がいないのも納得だね」
私は大量に積まれたプリンを食べて、
「……男なんてバカバカしい」
羽根つき帽子を被ったままのセーラは、茹でたブロッコリーばっかり大量に食べている
私たちはオルクスでイ・ウーまで撤退し、今大食堂で反省会兼食事をしているところ。
「それでアイツは誰なんだ?メーヤの横にいたやつ。あんな強え奴が一般人なわけないよな」
「あの女を紅華は知っているような口ぶりじゃったの」
「……先生の知り合い?」
うわっ、どうやってごまかそう。私の義姉です☆とかやったら隠している銀華=紅華ということがわかっちゃうし、真実を述べて私の義兄です☆とかいったらさらに混乱するよね。
「この前のカツェの部下借りてやった任務で邪魔してきた人だね。あの人のせいで失敗したんだよ」
全くの嘘っぱちだね。
「お前にしては珍しいとは思ったが、あの女が邪魔しにきたならお前が失敗するのもわかるな」
「……任務って?」
「それは秘密」
「なんじゃ、つまらんのう」
そんな話をしていると、
「みんなお集まりのようだね。少し紅華君を借りていいかい?」
父さんが現れた。げ、また小言言われるよ。イ・ウーは別に私闘を禁じてないけど、イ・ウー艦長の父さんからしたら娘が内部分裂を起こすような行為を見過ごせないんだろうね…
哀れみの目で3人は私を見送った後、私は罪人のように父さんの部屋に連行された。
「紅華君、君がなぜここに連れてこられたか初歩的な推理だけどわかっているね?」
これ、なんて言うのが正解なんだろう。
「これにどうやって答えるか、答えがわかっているのに考えているね。そういうところが紅華君のダメなところだ。そもそも…」
あー始まっちゃったよ。父さんの小言の嵐。
最初は推理はなぜ必要かというところから始まり、次は推理の仕方、最後に推理と直感の関係性とかいうもう関係ないじゃんというところまで派生したよ。聞かないとバレるしでダルい…
30分ぐらい小言というか演説というかといったものを聞いた後、
「まあいい、今日は小言を言いにきたわけではないからね」
は?30分ぐらい聞いたんですけど…
「これを君に渡したいと思ってね」
超能力の風の力で箱を棚から運んでくる。
結構大きいね。なんだろう。
「開けたまえ」
というのでじゃあといった感じで開ける。そこにあったのは1着の衣装。
キンジのお婆ちゃんが着ている着物っぽいけどなんかちょっと違うね。なんていうんだろうこれ。
「日本では浴衣というらしい。着物と浴衣の違いはそんなにないから着物でも間違えではないよ」
へー浴衣っていうのか。まだまだ知らない日本の文化多いね。
「これは昔、君のお母さんも着ていたものだ。婚約した時の初めての夏に君に渡して欲しいと言われていたんだよ」
なるほど、急な話だと思ったらそういうことね。
「これってどういう時に着るものなの?」
「日本では夏祭りと呼ばれるフェスティバルがあるんだよ。それの時、よく着られるものだね」
夏祭りって言葉はクラスメイトがそんな話をしていた記憶があるね。フェスティバルっていうからには何か踊ったりするのかな?
「これをどうするかは君の自由だ。けど最近の君を見るとイ・ウーから日本に戻って、キンジ君と一緒に夏祭りに行くことをオススメするよ」
「わかったよ、父さん」
父さんのいうとおり行くとしたらキンジかなあ。他の人の連絡先知らないしね。
よいしょと箱ごと自分の部屋に持って帰る。紅華から銀華の姿になったし、一回着てみようかな。着付けの仕方は…おっ説明書あるじゃん。だけど読めない…なにこの日本語。古文ってやつかな?
とりあえず説明の横に書いてある図の通り着て、付属の髪飾り付けて下駄を履いて…うん大丈夫ぽい。
この服を初めて着た感想は…動きにくいっていうことかな。飛び蹴りとかしたら下駄吹っ飛ばしそうだよ。
姿見の前でいろいろポーズをとりながらいろいろな角度から自分の姿を見てみる。まあ…こういうのもいいかもね。
じゃあ早速キンジに連絡だー
えっと…『一緒に夏祭り行かない?』
こんなんでいいかな?送信っと。
浴衣を片付けてると、メールが携帯に入る。この着信音はキンジだ。おっ早いね。内容は…
『いいぞ、1週間後の日曜日の夏祭りでいいか』
1週間後なら日本に戻れるね。
『わかった』っと返信。
初めての夏祭り、楽しみだね。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
俺が指定した夏休みの日曜日。
上野にある緋川神社で夏祭りが開催されている。緋川神社は武偵がよく利用する神社として有名と兄さんが言っていたな。なんでかは知らんが。
銀華からメールが来た時は驚くと同時に納得もした。あいつは海外出身だから夏祭りというものを体験してみたいのだろう。
俺が部屋で準備していると
ーーピンポーン!
玄関のインターホンが鳴る。トテトテと爺ちゃんが玄関まで歩き、ガラガラとドアが開ける音がした後
「ご無沙汰しています」
「お、銀華か。いつもの洋服姿もいいが浴衣姿もいいのう」
やっぱり銀華か、集合時刻よりちょっと早めに来るのはやっぱりあいつらしいな。って爺ちゃん今『浴衣姿』って言わなかったか?
俺は準備を終え、お茶を入れた婆ちゃんと共に居間に入る。
そこにいたのはいやらしそうな目で銀華を見る爺ちゃんと
「久しぶりね、キンジ」
浴衣姿の銀華がいた。
銀髪に紫の浴衣は映えるな。
いつもの洋服や制服でも銀華は美人さんだが、浴衣姿は見たことがないだけあって目新しく見えるのかいつもより可愛く見えるぞ…
その銀華をいやらしい目で見ていた爺ちゃんはいつも通り婆ちゃんに折檻を食らっているがそれはいつものことなのでスルー。
「久しぶりだな、じゃあ行くか」
そう言って2人で立つと爺ちゃんに折檻を食らわせていた婆ちゃんは立ち上がり
「この季節は虫が多いからねえ。ちゃんと虫除けスプレーしてからいくんだよ。それとキンジ、変な悪い虫が銀華に付かないように注意するんだよ」
そんな忠告をしてくる。それに俺はありがとうと答え、武偵手帳と武偵徽章、財布をポケットに、ベレッタをホルスターに入れておく。武偵は手帳や徽章、拳銃を外に出る時は持ち歩くことを義務付けられている。教師曰く、常時戦場と思えとか言っていたな。そんな無茶な。
玄関で虫除けスプレーを2人でして、準備完了だな。
「行ってくる」
「行ってきます」
「2人とも気をつけて」
婆ちゃんに見送られて俺たちは玄関を出た。
銀華の浴衣姿に何度もヒスりそうになったが、なんとかヒスらずに緋川神社に到着した。
「人が多いね〜」
「日曜日だしな、はぐれないようにしないと」
そんな会話をしながら俺の横を歩く銀華はカタンコトンと下駄の音を立てている。
紫の下地に紫陽花の模様は銀髪と合わせるとさらに映えるな。
俺からしたら今の銀華はヒステリアモードの爆弾だぞこれ。
「そんなに見つめてどうしたの?」
ニヤニヤと銀華はしているがお前わかってて聞いてるだろおい。
「ちょっと女として自信取り戻せたかな、うん。それに安心していいよ。べったりはくっつかないし」
「それはありがたいが…」
銀華はこの前のクロメーテルにちょっと対抗心があったらしい。そしてその当人銀華は見てるだけでも充分危険だ。
「ねえ、キンジ。私何か食べてみたいんだけどオススメとかあるの?」
「うーん、そうだな。定番といえば焼きそばやたこ焼きだが……そうだ、りんご飴はどうだ?」
りんご飴は屋台でしか見ないし海外出身の銀華にとって目新しいものだろうと提案するが、
「りんご飴は実は発祥は海外だから、私は知ってるんだよね。私、たこ焼き食べたことないから食べたいかな」
へぇーそうなんだな。りんご飴は日本のものだと思ってたぞ。
「わかった。だけど人が多い中歩くことになるけど大丈夫か?俺が買ってきてもいいが」
銀華は慣れない下駄で歩きにくそうにしてるのがここまでくる道中でわかったしな。
「じゃあお願いしようかな」
「そこのベンチで待っててくれ」
「うん、わかった」
そんな会話をした直後
「きゃあああああ、スリよ!!!」
そんな女性の叫び声が響き渡った。
俺は咄嗟に財布や手帳、拳銃の位置を確認する。よかった、俺は取られていないようだ。
って確認してる場合じゃないスリの犯人捕まえないと…
「あ、ごめんなさい。私の勘違いでした。大きな声出してすみませんでした」
勘違いかよ。まあどうせ荷物の陰に隠れて財布が見つからなかったのが原因だろ。
その駅の方、つまり俺たちの方によほど恥ずかしかったのか慌てて人にぶつかりながら向かってきて、
「おっと、すみません」
「あ、ごめんなさい」
俺とも体がぶつかってしまう。
そしてそのまま走り去ろうとした女性だったが、
「ちょっといい?」
銀華が女性の手を握り、それを止める。
「何かようなの?お嬢ちゃん?」
「バッグの中身見せてもらえる?」
銀華がそう言うと女性の顔から血が引いていくのがわかった。展開の早さについていけないぞ。
「キンジ、初歩的な推理だよ。このおばさんは自分自身スリにあっていない。なんたってこのおばさんがスリの犯人なんだから」
「へ?」
俺はそんな声を出してしまう。このおばさんが犯人?どういうことだ?
「キンジの財布、今ある?」
言われて確認するが……ない。ほんの数十秒前にはあったのに。
銀華は女性を掴んでいるもう片方の手で、女性のバッグを探り、俺の方へ何かを投げてくる。これは俺の財布………!?
「簡単なことだよ。このおばさんはスリがいると言って周囲の人の財布の位置を把握したんだ。自分がスられていないか確認する動作でね。それで慌てる振りして駅の方向に逃げながら人にぶつかって、先ほど把握した財布の位置から財布を抜き出せばいいってわけ。いざ、スられたことに気づいても祭りの中でスられたと思うだろうし、もしおばさんが犯人ということに気づいてももう電車だからね。取り返す手段なんてないんだよ。」
周囲にも聞かせるように銀華が言うと次々と周りからスられた人が見つかり、その財布が女性のカバンの中から見つかったことから、その女性は警察に捕まることとなった。
流石銀華。
「気を取り直して…行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
そんなやりとりをした後、俺は目的の屋台に向かった。さっきの事件で無駄に時間を取られたからな。急いで買いに行かないと。
急ぎ足で人を掻き分けてて進みなんとか目的の屋台にたどり着く。
値段は1パック300円か。
1パックか2パックか…
さっきのスリから財布を取り返してくれたお礼も兼ねて、2パック買うか。
「あの…すみません。たこ焼き2パックで」
「はい、ありがとうございます!」
屋台の女性と喋るのにも一苦労するがなんとか買えたな。品物を袋に入れてもらってから受け取り、代金を支払う。
急いで銀華がいるベンチに戻ると
…なんだ?
銀華の周りに知らない奴がいるな。
銀華の知り合いかと思ったが、あの動きは武偵ではない。
それよりもこのパターンは映画で見たことがあるぞ。
ナンパってやつか?
武偵をナンパしようとするなんて頭がいかれてるとしか思えないが銀華なら納得だ。
って納得してる場合じゃないな。
「キンジ」
俺が帰ってきたことに気づいたらしい銀華は俺に向かって笑顔で手を振る。呑気なやつだなおい。
それと同時に男達も俺の方に向いた。
目つき悪いなあ…人のこと言えないけど。
だがちっとも怖くないね。俺があの集団の中で一番怖いのは銀華って知っているからな。
「お喋りはもうおしまいでいいかな。私もお腹空いたんだよ」
そう言って銀華はベンチから立ち上がる。というかもしかしたらあいつナンパされてるってわかってないんじゃないか…?
「飯ぐらいだったら俺たちが奢るぜ。退屈させないしさ〜」
「うーん」
「あっちのガキよりは俺らの方がいいって」
進行方向を塞ぎながら男達は銀華を取り囲む。しかし面倒だなこの状況。
俺が武偵と言っても簡単に銃を抜けない。
出したらパニックになる可能性が高いからな。
相手は3人。それも高校生以上だろう。
だが素人と武偵には年齢や人数以上に大きな差がある。徒手格闘でも十分に制圧できるだろう。
銀華はAランクだが浴衣で下駄だ。いつもの動きは期待できないだろう。
ということは俺が対処しなくちゃいけないのか。さっきのスリといい、面倒なことが続くぜ…
「あー悪いがその女の子から離れてくれないか?」
「なんだよ…テメエ」
不機嫌そうに金髪で鎖をチャラチャラさせた男がそう答えた。ベレッタは流石にまずいが武偵手帳を出しても問題ないだろう。
「武偵だ。ナンパなら他所でやった方がいいぞ」
銀華にナンパするなんて今はいいが後でお前らの命の保証できねえぞ。俺は結構本気で忠告したつもりなんだが…
「厨房のガキが、なんだって笑わせるなよ」
効果なしか。知らんぞまじで。1人がナイフを取り出した瞬間、
「そういうものは出しちゃダメだよ」
男の後ろの銀華がそう呟くと同時に動いた。
2人の男の頭を鷲掴みにし、勢いよく2つをぶつける。少しスタンが入った2人に顎の下からアッパーを入れ完全に気絶させる。残りのナイフを持った1人は振り返るが
「えぃ!」
そんな掛け声で放たれた男の死角外からの一撃、銀華の足から放たれた下駄が男の顎にこれまた綺麗に入り、3人仲良く大の字ポーズで気絶した。
あいつら、きっと銀華のことを可愛い女の子としか見てなかったんだろうな。俺が武偵ってことは銀華も武偵の可能性も考慮しとけよな…
銀華は飛ばした下駄をケンケンで取りに行き、よいしょと言いながら下駄を履き直す。
いつも大人びている銀華だが今の動きは年相応で可愛いな。
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「い、いや…迷惑なんかじゃないさ」
生返事になってしまったが見とれてしまっていたわけではないぞ….たぶん。
「悪意を受けたわけじゃないからどうも断りにくくてね。ああいうのなんて言うの?勧誘?」
「ああいうのはナンパって言うんだ」
やっぱり、銀華は知らなかったんだな。
あと悪意はないが下心はあったと思うぞ。
「じゃあ、キンジが私を誘うとナンパなの?」
「たぶんそれは違うな。面識のないものを誘うのがナンパだ」
「あー、なるほどね」
「あと、ええっとだな。あいつらどうするんだ」
銀華に日本語講座をした後、控えめに聞く。
「面倒くさいから放置でいいよね。ナイフだけは危ないから処理するけど」
ハイ、ソウデスカ。そう言って銀華はナイフを蹴り飛ばし側溝の中に沈める。
その後銀華は3人に一瞥もくれず、俺の手を引いて歩いていく。
別の場所に移動した俺たちはベンチに座り、俺が買って来たたこ焼きを互いに頬張る。
「あ、タコが入ってる」
「そりゃそうだろ。タコが入ってなきゃたこ焼きじゃないだろ」
「Names and natures often agree.名は体を表すってやつかな?」
「たぶん合ってる」
お前英語の発音いいなあ。もしかしたらアメリカかイギリスに住んでいたのかも。
そんな銀華はいつの間にか食べ終わっており、たこ焼きの容器をゴミ箱に入れる
「キンジ早く行くよ!」
「わかったからちょっと待て」
テンションが上がってるのかぴょんぴょんと跳ねる銀華の後に続くと
「えい」
「うおっ」
銀華が俺の手に自分の手を繋いできたぞ。それも握手ではなく、カナが前言っていた恋人繋ぎというやつで。
「まあ、いいでしょ。今日ぐらい」
「…確かにな」
まあ一応婚約者な訳だし、手を繋ぐぐらいおかしくないだろ。
その後手を繋いだまま、出店を何店舗か周る。
手を繋ぐとーーーなんか気持ちまで繋がる気がするな。一緒に周ってるだけなのに、銀華の楽しんでる気持ちが伝わってきて俺まで楽しくなってきたぞ。
随分と店を回った後、一休みのためにたこ焼きを食べたベンチに戻ってくる。ベンチに座っても恋人繋ぎは続けている。そのことを思うと少し恥ずかしいな。
「もうそろそろ終わりだね」
「確かにな…」
神社には来た時ほどの人はいない。
最初は人が多くて鬱陶しかったが、少なくなったらなったで寂しいもんだな…
「キンジはこういうお祭りあんまり来そうにないよね、ネクラだし」
「酷えな…」
「でも当たってるよね?」
「…まあな」
人が多いのはあまりたくさん好きではないし、女子も多いわけだからな。
「まあ、私もこういうの初めてだけどね」
「そうなのか?」
クラスで明るく頼られる人気者の銀華はどこでもこういう催しに参加してるとばかり思っていたぞ。
「縁がなかったからね…毎日訓練や練習ばっかりで」
「……」
やっぱり銀華の強さは小さい時からの積み重ねによるものか。そんな遠い過去を思い出しているような目をしている銀華に返す言葉がない。そして、繋いでる手からは悲しみが伝わってくる気がする。そんな銀華は俺の方を向き直し、
「でも、今日は楽しかった。ありがとうキンジ」
とびっきりの笑顔でそんなことを言う銀華の手からは今度は本当の感謝の念が伝わってくる気がする。
「これぐらいだったらおやすい御用だ。これからも今までの人生でしてこなかった分、いろいろなことを経験させてやるからな」
その笑顔を恥ずかしくて直視することはできずに、そんなことを言うと、繋いだ手が熱くなるのがわかった。照れているのか?
「………ずるいなぁ………」
「…なんだ?」
「……なんでもない!帰るよキンジ!」
銀華はベンチから立ち上がり、俺の手を引っ張りあげる。
「ねえ見てキンジ、満月だよ」
「本当だ」
その時2人で見た満月はいつもより明るい気がした。
話の内容は決まってるんですが次の投稿は1ヶ月後ぐらいになりそうです(テストのため)