僕の名はシャーロック・ホームズ。
自分で言うのもなんだが、僕の名は世界で広く知られている。なにせ僕の活躍は書籍や映画で嫌という程取り上げられているのだからね。
だからほぼ全ての人が僕を名探偵として尊敬するか、好奇心でこそこそ嗅ぎ回る人間として嫌悪するか、どうにかして出し抜いてやろうとする人かに分かれる。
そう、彼女以外は。
僕がイ・ウーの一員になったのは、この大きな原子力潜水艦で世界を旅したいという気持ちもあったのだが、主な理由はそれではない。僕は彼女に会いにきたのだ。
僕が艦長に初めての挨拶をし、イ・ウー内の隠し通路を抜け、辿り着いたのは教会だった。この大きな潜水艦には大きな聖堂があり、大理石の床にはラテン語の文字がびっしりと彫り込まれている。
これはカトリック・ネオゴシック様式の聖堂だ。
僕の母国・イギリスではプロテスタントが主流だけど、仮に僕が艦長になったとしても改宗をためらってしまうだろうね。
奥の後陣にはこの空間で唯一の光源…複雑なステンドグラスが、高くそびえている。
その下に僕の目的の人物がいた。
「ここで逢えると推理していましたよ」
「あら、初めて聞く声ね。誰かしら。新入りさん?」
私の声を聞き本、聖書から顔を上げる彼女。
その彼女は--
--美しい銀髪を伸ばした、震えるほど綺麗な少女であった。
それ自体が発光しているかのような白銀の銀髪。澄み通る空のような青い瞳。整った美貌は可憐さと優美さを少女にもたらし、いやはや…僕とあろうものが見惚れてしまった。
いや盲目の僕にとって見惚れてしまうということはありえない。彼女が放つ何かにやられたのか?
世間では女嫌いと言われている僕としてはこんな経験は初めてだ。
だが、冷静になればそこにいたのは単に綺麗なだけの少女。
長年生きている僕としては興味深い現象だが、本当の目的を忘れてはいけない。
「こんなところに人が来るなんて。しかも見慣れない顔を見るに新入りさんでしょ。わかりにくいのによくここがわかったわね」
「少しばかりわかりにくいですが、肖像画の後ろの空間からの気流がおかしくなっているのは推理できましたので」
「変わった人ね」
「申し遅れました。ご存知かもしれませんが僕の名はシャーロック・ホームズ。以後お見知り置きを」
「私は
僕は少なからず驚きを覚える。僕が有名になってから僕の名を聞いて、僕のことを知らない人はいなかった。僕の名を聞いた人は少なからず、僕の名前に反応する。
だがこの少女、蘭華君の反応は全く僕のことを知らないという反応だった。推理してみるに、彼女はイ・ウーで産まれイ・ウーで育ったので知識が偏っており、外の世界のことについてあまり知らないのだろう。
なぜか少し悲しい気持ちになったのが僕と彼女の初めての出会いだった。
僕が彼女に会いに来た理由は、他でもない。僕の好奇心を刺激し続けるこの緋色の弾『緋弾』の研究をさらに先に進めるためだ。
緋緋色金と深い繋がりを持つ北条一族。
その中でも姫と呼ばれる北条一族の女性で今この世に存在してるのは、アメリカに『ダイ・ハード』認定されている遠山鐵の妻・遠山セツ、現イ・ウー艦長の妻の雪華・イステル。そしてその娘の蘭華・イステルの3人だけ。
結婚してパートナーがいる女性に手を出すのは英国紳士のすることじゃないから、僕が狙えるのは唯一未婚の蘭華くんだけなのさ。
だが、彼女に緋緋色金の研究の協力を取り付けるのは難航した。
「いや」
「そう言わないでくれ。ただこれに触るだけで…」
「絶対に嫌」
「うむ……」
彼女は僕の研究に否定的だった。
彼女を見つけるのは推理をするまでもなく簡単だった。
彼女はいつも聖堂で本を読んでいた。
そして、彼女は毎回僕の頼みを拒否した。
その理由はなぜか推理できなかった。
そのやりとりが1ヶ月以上続いた。
彼女は毎日聖堂にいて、僕が毎日会いに行く。
断られることが推理できているのに何度も何度も。
「今日はやる気にはなってくれたかね?」
「名探偵さんなら推理しなさいよ。ノーよ」
そう言って彼女は視線を僕から本に戻し、ギィィと椅子を鳴らした。
それを見た僕は以前僕がここに持ってきた椅子に座り、彼女の横でパイプを咥える。
僕がパイプを咥える音、そして彼女がページをめくる音。
僕にとってその静かな音がどんな音楽よりも素晴らしいものに感じられた。こんな経験は初めてだ。
しばらくすると彼女はぽんっと本を閉じた。
「なんで私が首を縦に振らないかわかる?」
「君は推理できているようだが、敢えて言わしてもらおう。
「けど、貴方楽しそうじゃない?」
「僕がかい?」
彼女が首を縦に振らないのもあり緋色の研究が進まないが、たしかに僕は不機嫌になることはなく、逆に気持ちの良い感覚になっている。
これは推理できている
「それはわからないことに対しての好奇心がそうさせているんだよ。僕が推理できないことがあること。僕はそれが嬉しいんだ」
僕の推理を話すと彼女ははぁ…と大きくため息をついた。
「貴方がそう言う限り、貴方に協力する気は無い」
「じゃあどうしたら協力してくれるんだい?」
「私がどうして貴方に協力しないかが推理できたら」
僕にとってこれは『緋色の研究』と並ぶぐらい厄介な大事件だ。
……だが僕に解けない謎はない。
こういう時彼女に近い人に聞けば何か推理の手がかり得られるはずさ。
「まあ!蘭華がそんなことを…」
蘭華君に一番近いだろう、母親の雪華に僕はアドバイスを求めた。
彼女は数瞬考えると何か理解したようで少しニヤリとしたような顔となった。
「名探偵さん。私から全部は言えない。これはあなたたちの問題だから。私はヒントしか言えない」
「それでも結構です。是非お聞かせください」
「まず、蘭華は貴方のことを嫌ってはいない。貴方が嫌いだから協力しないわけではないことは母親としてわかって欲しいの」
「それは推理できています」
彼女が僕がとなりに座っていても嫌な様子をしないことから、彼女に少なくとも嫌われていないことはわかっている。
「じゃあ、貴方はどう思っているの?」
「僕が?」
「自分の気持ちが推理できなかったら、相手の気持ちなんて推理できないわよ?」
そう言う雪華の微笑んだ顔は娘の蘭華君にそっくりだった。
(僕自身の気持ち…か)
私は蘭華君の横で椅子を揺らしながら、それを推理していた。
彼女に僕が今まで持ったことのない興味を持っているのは確かだ。
僕にも推理できない例外は数多ある。それらに対する興味と近いのだが確実に違う。
「どうしたの?眉間に皺寄せて」
「い、いやなんでもない」
「あら、そう」
彼女に話しかけられるだけで頬が紅潮するのがわかる。
彼女に話しかけられると自分の心拍数が上がるのがわかる。
彼女の顔を僕は盲目であるのに直視できていないこともわかる。
この気持ちは一旦なんなのか。
……いや僕は最初からわかっていたかもしれない。
彼女に初めて会った時から何も変わらないこの気持ち。
ただ僕はそれに目を背けていただけだ。
まったく……僕に新しい感情を植え付けさせるとは、大したものだよ。
「蘭華君」
「ん?何?」
「君が聞きたい答えが推理できたよ」
彼女にそう言うと今度は彼女が目を逸らした。
なるほど。謎は全て解けた。
君も僕と同じ気持ちだったんだね。
だから仕事だけの関係になるであろう『緋色の研究』になることを拒んだ。
英国紳士として早く気付くべきだったね。
「僕・シャーロックホームズは君・蘭華君のことが好きだ」
★☆★☆★☆★☆
彼女の協力もあり、緋色の研究は上手く進んだ。
やはり緋弾は接触、持ち続けることによって効果を発揮することができるとわかったのは僕と蘭華君の愛の結晶、可愛い愛娘が生まれる少し前だった。
「この子の名前、どうする?」
緋弾の研究の休憩時間、お腹を大きくした蘭華君がお腹さすりながらそう聞いてきた。
うむ…
名前をつけるということは推理とは違い難しい。
『名前』
その子に一生付き纏うものであり、彼女を表すもの。物事の本質が明確なほど誤られやすいように命名というものは簡単そうに見え、難しいものだ。
「私としては…」
「ん?」
「私としてはこの子に私の華という文字を渡したい。私は北条家、
「…そうかい。それならそうしよう」
北条家の華の一族。
北条家の中でも特に優れた能力、美貌を持つものに付けられた名前。
北条家は遠山家と婚約することが多い。
その確率はだいたい50%だ。
体質、後にHSSと呼ばれるものの相性がいいにもかかわらず、半分程度しか伴侶にならない。
それはなぜか。
彼女たちは『奪われる』。
男は欲するのだ。
政治家も。著名人も。裏の世界の住人も。
彼女たちの才を。美貌を。全てを。
この僕が彼女に恋をしてしまったように。
特に華の一族は顕著で時の権力者が欲しがる。
初歩的な推理だが、このイ・ウーの艦長も同盟国の蘭華君の母親の雪華を見て、欲しくなってしまい奪い取ったのであろう。
華と名付けたら決して奪われる訳ではないが、波乱な人生を送ることになることは推理をするまでもなく明らかだ。
「うむ…」
父親としてこの子には幸せな人生を送らせてあげたい。波乱な人生ながらも人を愛し、人に愛される娘になってほしい。
『愛』『華』
あるじゃないかぴったりの名前が。
「紅華」
「くれは…?」
「僕は紅華がいいと思う」
なぜなら赤い色の花の花言葉は『愛』なのだから。
シャーロックホームズ視点はまた書きますがこれにて第1章は終わりです。
次は2章…の前の間章で