「あの時の人間狩りはまいったぜ…」
俺はあの時、初めて獲物の気持ちを味わった。
狙撃銃と拳銃の戦いは間合いを広げられたら最後、拳銃手の攻撃は狙撃手に届かない。
ただ、銀狼のハイマキに追い立てられ、狩人の銃から逃げ回ることしかできなかったからなあの時は。
横を歩く狩人のレキはノーリアクション。自分に都合の悪いことは聞こえないふりをしやがる。
まあ昔からそうなんだがな。
「ていうか、あの時俺はいつもの俺だったんだからな。少しは手加減しろよな」
大人気なく、昔のことを抗議するとレキは少しムッとしたような感じになり、
「あの時私は7分間どこへ逃げてもいいと言いました。その間に銀華さんを呼び出し、あのキンジさんにもなれたのでは?」
非難するような目でこっちを見てきた。
「馬鹿。夕暮れ時だったとは言え、堂々とそんなことできるわけないだろ。人間狩りのその後も大変だったんだからな」
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「婚約でもなんでもする」
ヒステリアモードでもなんでもない俺は両手を上げてレキの人間狩りに対して投降した。
そんな俺の前に、レキは、ドラグノフをコトっと壁に立てかける。
「それではキンジさん。今から私はあなたのものです。私が現代の日本語に翻訳した契りの詔を読みます。少しぎごちないかもしれませんが許してください」
いつものヘッドホンを外したレキは、俺の前に歩み寄ってきて、その場で跪いた。
レキの背後に見える月は大きく輝いており、それに反射するように俺がここに飛び込む際割れた窓ガラスの破片が煌めいている。
「私は、これからキンジさんに仕えます。あなたは私の銃をあなたの武力としてお使いください。私の身体をあなたの所有物としてお使いください」
お、お前は……
「花嫁は主人の言うことに全て従います。主人に仇をなすものは1発の銃弾になり、必ずそのものに破滅を与えんことを誓います」
お……おい。何を言っているんだ。
さっきまでお前の飼っている狼のハイマキをけしかけて狩りまがいのことをしていたくせに…
今度は俺の所有物となるだって?
「ウルスは一にして全、全にして一。これからは私たちウルス47女、いつでもいつまでも、あなたの力となりましょう」
驚き動けない俺を前に、レキは決められた文を詠唱するような口調でそう付け加え、すっと立ち上がった。
そして、ヘッドホンを掛け直し、ドラグノフを持ち直し
「……」
動かなくなった。直立姿勢のまま。
これは俺のよく知るレキだな。さっきまでの殺気が抜けている。
「………」
レキと同じくその場に立ち尽くしている俺は、背筋に流れる汗を感じながら、この意味不明な状況を整理しようと頭を必死に動かした。
先ほどまでのレキの『人間狩り』は武力のデモンストレーションなのだろう。
--私から逃げられません。もし逃げようとするなら射殺します。
というメッセージをひしひしと感じた。
そしてその上で改めて婚約を宣言してきた。
--私はあなたのものです。
なんだか矛盾するような二つのものだが、俺はこれに見覚えがあった。
そう。女性版ヒステリアモードと似ているのだ。
武力のデモンストレーション。これはベルセの他の女にうつつを抜かすのは許さないという、私からは逃げられないということが言える。
そして私はあなたのものです。これは通常のヒステリアモードの時に弱くなるのと似ている。『抵抗できない私はあなたのものです』とも言えるだろう。
もしかしたらここら辺がこのよくわからないレキに対しての解決の糸口になるかもしれない。
強襲科でも習った、狙撃手に拘束されたこの状況。『狙撃拘禁』された場合のセオリーは、一旦降参したフリをして、何をされても抵抗せず、命令に従うことだ。そして後でなんとかする。隙を見て逃げ出すとか、説得するとか、援護を呼ぶとか。
今のところ、俺を殺したり拷問する様子はないし、解決の糸口も見えることから第一手の『投降』は間違ってはなかっだろう。
「……」
しかし、どうすればいいんだこれ。次に何すればいいのかわからない以上打つ手がない。レキは何も言わないで突っ立ってるし。
「……」
物は試しで1歩2歩後退してみると…
とことこ。
ついてきた。
レキに背を向け逃げるように歩くと、とことことこ。俺の後ろにつくように歩いてくる。
……なんだこれ。まるで背後霊に取り憑かれたみたいだ。
早足でこの場を脱出しようとすると--
それを感じ取ったらしいレキがくいっ。
袖を掴んできた。
「なんだよ」
「私から離れないで下さい」
「どうしてだよ」
「敵に襲われてはいけませんので」
敵って…お前、さっき『これからの敵』みたいなこと言ってたけど、俺からしたら今、お前が一番の敵だぜ…
だが、ここで下手な抗議をしてまたドラグノフを突きつけられたら敵わん。
「ていうか…これからお前はどうしたいんだよ」
「キンジさんになんでも従います」
「…じゃあ離れてくれ」
「それはできません」
さっきなんでもって言ったくせに…
「じゃあ、お前俺がトイレとかに行ってもついてくるのかよ」
「お手洗いの前で待機し、必要があれば突入します。命令ならば中にも入りますが?」
「いや…いい」
男子トイレに突入してくるってことかよ、女の子なら少しは恥ずかしがって嫌がるところだろそこは。
本当にロボット少女だなレキは。
俺はそのリモコンを押し付けられちまったってことだ。『あっちにいけ』のスイッチだけない不良品のな。
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「ほんとお前あの頃に比べたら丸くなったよな」
「それは褒めてるのでしょうか?」
「褒めてる褒めてる」
並んでた歩きながら、昔のことを思い出す。今日はなんか昔のことをよく思い出す。
昔馴染みにあっているからかもしれん。
「昔の事といえば」
「ん?」
「キンジさんの家に着く前に珍しい人に会いましたよ」
「誰だよそれ」
「狙狙達、ココ4姉妹」
俺はその言葉を聞いて思わず顔をしかめてしまう。なんであいつらがここに……
「お目当てはキンジさんのお宅かと」
「…の中にいる銀華な」
定期的にあの4姉妹は俺の家訪ねてくるんだよなあ。俺は立場上、中国マフィア藍幇の奴らと仲良くするわけにもいかないから疲れるんだ。問題だけは起こさないで欲しい。
「心配ではないのですか?」
「確かにあいつらが
「そういうことではありません」
「?」
「銀華さんを盗られないかということです」
「はあ…?」
銀華を盗られる?冗談を言うようになったんだなレキは。理子じゃあるまいし。
「訪ねてくるのが男だったら少しは心配するかもしれんがまだしもあの4姉妹だったら大丈夫だろ」
「銀華さんは女性にも人気がありますが?」
「ま、まあ大丈夫だろう」
過去に何度か銀華を盗られそうになった時が脳裏にフラッシュバックするが大丈夫。大丈夫だと思う。大丈夫なんじゃないかな。
「冗談です」
「な…」
「キンジさんと銀華さんの関係を私はよく知っていますから」
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俺。俺の後ろにレキ。その後ろにハイマキ。
RPGみたいな列を作りながら道を歩きつつ…俺は考えた。正直早く家に帰って寝たい。
だが、こんな時間にレキを連れて帰ってアリアと出会った場合、レキの「パートナーは私です」→「はあ!?なんなのあんた」で第三次俺の部屋大戦が勃発するのは間違いない。
それと白雪。今夜はいないと言っていたが、俺の不幸度的に「予定が変わったから帰ってきたの」→「キンちゃんに悪い虫がついた!悪霊退散害虫駆除!」のコンボでこちらも第三次俺の部屋大戦が勃発する可能性もある。
武藤や不知火の部屋も考えたがレキがついてきてしまう以上、無理。
そして、レキの部屋に泊まったら、後々持ち前の推理力であいつに知られると怖い。
ということはもう…あいつの部屋しかないよな。
気がすすまないが恐る恐るその相手に電話をかける。
「……もしもし」
「どうしたの、キンジ?」
「今日、銀華の部屋に泊まってもいいでしょうか」
そう、相手は銀華だ。こいつにレキの話をするのは怖いがあらかじめ言っておくしかないからな。もし言わなかったらバレた時が怖い。
「なんで敬語…?別にいいけど明日は二学期の始業式だよ」
「そうか…あともう一つなんだが…」
「?」
「レキも泊めてくれないか?」
電話の向こうで銀華の片方の眉が上がったのがわかった。疑問を覚え、俺の言葉の意味を推理しているのだろう。
「…大体事情は推理できた。いいよ」
相変わらずの推理力で1を聞いて10を知っただろう銀華の了承を聞き電話を切る。話が早くて助かるぜ。
「…ということだ。今から俺は銀華の部屋で泊まることにする。お前も来るんだよな?」
「はい」
そう一言だけ会話を交わし、またRPG行進をしながら銀華の部屋に向かおうとしたところ…
「電話してすぐ泊まりに行けるんですね」
後ろのレキから初めて世間話らしい会話が投げかけられた。この無言の行進は中々気まずかったから助かるぜレキ。
「そうだな、五年間の付き合いだしな」
「……」
と
その時一瞬見えたレキの顔は、いつもの無表情だったが--
なぜかほんの少しだけ……切なげな顔をしていたような気がした。
二人と一匹でこっそり入った女子寮の廊下を足音を殺して歩く。
とボヤきながら着いた俺達を銀華は玄関で待っててくれた。
「いらっしゃい。キンジ、レキさん」
俺は荷物を銀華に回収され、スリッパを履いて後に続く。何度もきているが銀華の部屋は女の子らしく綺麗に整っている。家具らしい家具がなく恐ろしく殺風景な生活感のないレキの部屋とは大違いだ。
「ご飯食べる?一応二人の分も準備したんだけど」
「俺は貰おうかな。レキは?」
「頂きます」
3人で表面上楽しく食事を取った後、レキがシャワーを浴びている間に、銀華と二人の時間を作ることができた。
「あ、あの銀華。そのな」
「はあ…その調子じゃレキさんに求婚されたとかでしょ、まったくもう」
やっぱり推理できていらしく、右手を頬に当てため息をつきながら不満そうにそう言ってきた。
「よ、よく推理できたな」
「初歩的な推理だよ。私の家にキンジが泊りに来ることにキンジがあんなにビビる必要がない。例えレキさんが一緒でもね。何かやましいことがあるに決まっている」
「やましいことって…」
「状況的にレキさん関係。もし浮気なら流石のキンジも隠れてするはずだから、私の家に来るのはおかしい。隠せるものなら隠せるはず。私に隠しづらく、レキさんの態度を見るにそう推理しただけだよ」
シャーロック・ホームズの娘は流石だな。
「まあ…ウルスは私に興味持ってたぽいしね」
「ん?」
「ううん。なんでもない…それでなんで求婚受け取ったの?」
「狙撃で脅されてな」
「一種の『狙撃拘禁』ね…それでなんて言ってた?」
「なんてって?」
「理由」
「ああ…そういえば聞いてなかったな」
最初から疑問だったが率直すぎて聞いていいもんかと思って聞かなかったんだった。
「理由は一応わかる。風に命じられたから」
「お前らがいう風ってなんなんだよ。コードネームか何かかよ」
「ごめん。今は教えられない」
風は大気の流れ。自然現象だ。そんなものが人に命令するわけがないからな。『風』という言葉はなにかを指しているんだろう。
「たぶんだけど、レキさんに告白されたのもレキさんの意思じゃない。政略結婚みたいなもの」
「俺たちの最初みたいなもんか?」
「そうだね」
俺たちも最初はお見合いというか親同士が決めてたものだし、レキのやつと少し似てるな。
「というか…レキは風というやらのことならなんでも聞くのかよ」
「うん。レキにとって風は絶対。風が命令することは何も考えずなんでも従う。引き金を引かれれば必ず飛ぶ、銃弾のように」
「………」
レキの説得は難しいことを悟る。レキの意思はすぐには変わらない。そもそも意思がないのだから。『無い』ものを『変える』ことはできない。
どうすればいいんだとため息をつく俺に
「大丈夫。私もなんとかしてみるよ」
銀華がそう言ってくれる。
「…というかお前になんか言われると思ったんだが何も言ってこないんだな」
「信じてるから」
「…」
「私を愛してくれたキンジを信じてるから。キンジもそれに応えてね?」
「ああ」
俺の口に人差し指を当てる銀華の照れ顔はとても可愛く、何か肩の荷が降りたような気がした。
レキ強化ポイント:冗談が言えるようになった
*お知らせ
そのうち短編二話の別作品で大人と高校生の間の部分をあげます。
ここにあげられない理由はR-18だからです