「紅華、お父様とあなたが交わした約束はまだ生きてるのかしら?」
「約束……?ああ…理子のことね」
「理子貰ってもいいかしら」
「うーん………まあヒルダの勝手にすれば」
「ありがとう大好きよ」
「はいはい、いつもありがとう。……じゃあキンジだけは殺さないようにね」
「わかってるわよ。紅華に嫌われたくないもの」
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「被告人・神崎かなえをーー懲役536年の刑に処す」
東京高等裁判所第800法廷に響いた判決に、弁護席についていた俺は、耳を疑った。
よくない予感はしていたが…まさか。有罪判決だなんて。
しかも執行猶予すら無い。重い。重すぎる判決だ。
「……」
隣に座るスーツ姿の理子は鋭い目で検察側を見ている。
かなえさんの冤罪の元となっていない銀華、音信不通のジャンヌ、長野の拘置中のブラドは不参加だったが絶対に勝てると思っていたのに。
敗訴だ、完全に。
300年ほど減刑されてるとはいえ、事実上の終身刑は変わらないのだから。
(絶対に…おかしい!)
この裁判はおかしい。
何故か傍聴人が0人だったし、マスコミも1人もいない。何か力が働いてるようにしか見えない。
「不当判決よ!」
金切り声を上げながら立ち上がるアリア。
「こんなーーどうして!?こんなに証言があるのに!どうしてよ!ママは潔白だわ!」
「やめろアリア!まだ最高裁がある!確定じゃない!」
元武偵の弁護士さんと俺の2人がかりで暴れるアリアを抑えにかかるが手に負えない。
まずい、警備員たちが手錠を手にアリアを囲むようにきているぞ…!
「アリア落ち着きなさい」
被告人席から放たれた静かな一言でハッとアリアが我を取り戻すのがわかった。
その視線は自らの母、神崎かなえさんの方へ向けられている。
さっきまで暴れていたアリアの目は怒りから悲しみに変わり、ただ茫然とかなえさんのほうを見ている。
ーーいかないで。
そう縋るような目だ。
「ありがとうアリア。あなたの努力……本当に嬉しかったわ。まさかアリアがイ・ウー相手にここまでのことをするなんて。あなたは大きく成長したのね。私にとってそれは何よりの喜びよ」
有罪が決定したのにかなえさんはこの場の誰よりも落ち着いている。まるでこのことが推理できたかのように。
「遠山キンジさん。あなたにも心から感謝を。アリアはとても良いパートナーに恵まれた。それを見れて幸せです。でも、こうなることは推理できていたわ」
かなえさんの顔は全てわかっていたような顔であった。
☆★☆
「ママ…」
俺たちはアリアにかなえさんのそばにいさせてやろうという計らいで護送車を追うように車を走らせている。
かなえさんを乗せる護送車を見るアリアはまだ泣いていた。
それはそうだろう。アリアは裁判に勝つために文字通り命懸けで戦い続けてきた。
普通の女の子として青春を投げ捨て、世界中をまわり、理子やジャンヌ、ブラドと戦い、パトラ紅華を退けた。
ーーそれなのに。減刑されたのは理子・ジャンヌ・ブラドの分だけだ。他のメンバーの罪については、弁護側の証拠不十分。残されたままだ。
なぜだかとわからない。
かなえさんの罪に関する検察側の主張は、素人の俺にさえ支離滅裂に思えた。理屈も証拠もあやふやだった。
だが判決は下った。
もうどうしたらいいんだ。
世界各地に散らばった、かなえさんの冤罪の元になっているヒルダやパトラを全員捕まえればいいのか?そして首に縄をつけ、裁判所までしょっぴけばいいのか?そんなの何年かかるんだ。
俺はそんなことをグチャグチャ悩みながら、隣に座る理子の方を見る。
理子は目を瞑って何かを考えているようだ。
その時、信号の停止点からかなり離れたところで護送車が停まった。
「…?」
前方を見ると俺も異変に気づく。
前方の信号が消えている。
赤・黄・青、どれもついていない。
歩行者用の信号も消えていて、人々は横断歩道の前でキョロキョロ顔を見合わせている。
「なんだ…?」
見れば左右のビルからサラリーマンたちが困り顔で出てきている。どうやら左右のビルも電気が消えてしまっているようだ。
「停電か?」
そう呟いた時、理子が何かを警戒するよう目を開けた。
「……?」
次の瞬間俺の目が異様なものを捉えた。
前方に停まっている護送車のしたから、アスファルトの地面に黒いものが広がっている。
こっちに向かって。
燃料漏れのように見えるが違う。あれは影!
これは!宣戦会議で見たと思った瞬間、
バチバチバチバチッ!
「ーー!」
閃光に続いて車を包み込むように激しい放電音が響く。
雷の苦手なアリアの悲鳴が車内に響いた。
これは電気、高圧電流が車を通り抜けたのだ。
電流は車の外周の金属の部分通り抜けたようだが、ボンネットから煙と炎が出ている。
引火したらまずい!
「みんな車から出ろ危険だ!」
ドアを蹴り開けて外に出ると、前方の護送車の上に……
「ヒルダ…!」
くるりとフリフリの日傘を回す、ゴシックロリータの女。宣戦会議で『眷属』を宣言し、アリアを噛んだヒルダが現れていた。
「ヒルダ!写真で見たことはあったけど会うのは初めてね…!」
反射的に銃を抜くアリア。やはり宣戦会議の記憶はないらしい。
そして対照的にフンと鼻を鳴らしてそっぽを向くヒルダ。
「イヤね。粗野ね。私は今あんまり戦う気分じゃないのよ?日の光ってイヤじゃない。でもつい手が出ちゃった。だってタマモの結界からノコノコ出てくるんですもの。それに…」
カツン。黒いエナメルのピンヒールの片方を鳴らし、護送車の中を示す。
「これ、あなたのママよね?お父様の敵は一族諸共、根絶やしにしてやるわ」
「キンジ、右側側面から援護しなさい」
アニメ声で叫んだアリアはジェットエンジンを積んだかの速さでヒルダに突撃していく。
「……」
俺もやむなくベレッタを抜き、ヒルダの日傘の死角になっている右側へかける。
そして俺とアリアが護送車の影を踏んだ瞬間
「んっ」
ヒルダが小さく力むのが見え、バチイイイイイイイ!
「うっ!」
「きゃあああ!」
俺とアリアが転倒した。
これは、シャーロックと戦った時奴が使った…!
超能力…!
60〜90万ボルトの強力なスタンガンを食らった時の衝撃に似てる。
「だからァ…そんな血の気の多い姿を見せないで。一生懸命
立とう…立とうとするがダメだ。
意識は保てているがこいつの技は電流は凄まじかったが電圧はどうやら上げれないみたいだ。
「こ……のぉ……!」
アリアもなんとか立とうとしているが…ダメだ。アリアも立てない。
「私ったらダメねえ。貴方たちを見ていたら食欲が湧いてきちゃった。ホームズの血は私の大好物なのよ」
階段を降りるように俺たちの前に降りてきたヒルダは、俺たちの拳銃お構いなしに両膝を揃えてしゃがみ込む。
「
そんなことを言うヒルダに俺たちはもがくだけで何もできない。まな板に乗った鯉のようにヒルダに食べられるのを待つしかないのか…!?
「ヒルダ!」
叫び声は、車から出てきた理子のものだ。
目だけでそっちを見ると理子は両手でワルサーを髪のテールでナイフを構えてる双剣双銃スタイルだ。
「よせ…ヒルダ!」
理子は遠目に見てもわかるぐらい震えていた。
恐怖を押し殺しなんとか虚勢を張っているように見える。
理子は幼い頃ヒルダの父親・ブラドに監禁されていた。
反応を見るにその頃、ヒルダと理子は知り合っていたのか。
「4世なんて凶暴な目。かわいい。だから好きよ。私が高貴なバルキー犬なら、お前は狂犬病に罹った野良犬。でもわかっているでしょう。あなたと私は友達」
アリアと俺なんかもう見てないかのようにヒルダは理子に語りかけている。
「お父様が不在の今は私が竜悴公の主。お父様がしたように、檻に閉じ込めたりはしない。一緒に贅沢に暮らしましょう」
そう言うヒルダは理子の前に歩いていく。
「甘く見るなよ。そんな下手な嘘にあたしが引っ掛かるものか!」
クスッと理子に向けてヒルダは口に手を当て笑う。
「私の目を見なさい理子。嘘をついている目じゃないでしょう?」
「……!」
ヒルダの目を見た理子はしまったと言う声が聞こえてくるかのように息を呑む。
「ほら武器を下ろしなさい。私との友情のために。私の目を見ながらね。そう、ゆーっくりよ」
見れば理子は震える手でワルサーを下ろしていく。髪のナイフも同様だ。
理子の体はまるで自分の意志とは違うように動いているようだ。
カツカツとヒールを鳴らして歩いてきたヒルダにも発砲しない。ただ茫然とヒルダを見るだけだ。
ーーやられた。理子は何か催眠術のようなものにかけられたみたいだ。
そして俺たちにはもう戦える奴がいない。殺すも生かすもヒルダ次第だ…!
ヒルダは自分の耳から蝙蝠の形をしたイヤリングを外し、
「友情の証に理子にあげる」
と理子の片耳につけた。
萎縮して震えながらも目だけはヒルダを睨む理子に、ヒルダはニコニコと笑顔を向けている。
その隙にと俺はベレッタを握り直そうとするが…
「くっ…!」
再び俺に高圧電流が襲う。
俺の体は弾かれ、仰向けの姿勢にされてしまった。
そしてそんな俺をヒルダが覗き込んでくる。
「………本当になぜお前に紅華が入れ込んでるのかわからないわ。ここでお前を殺したら私があなたの代わりになれるのかしら?」
ダメだ。今の俺じゃ手も足も出ない。そもそもヒステリアモードでもやれるのか?こんな化け物と。
ちくしょう。こんなところで俺たちはおしまいなのかよ………!
「…?」
ヒルダが日傘を傾け、細い眉を寄せて青空を見た。仰向けの俺も同じように空を見るに、なんだ?
銀色の光がはるか上空に見えている。
昼に見える星なんかあるわけないから星じゃない。
……!
近づいてくる。
あれは見覚えがあるぞ…!
イ・ウーにあったICBM型の乗り物だ!
それに気づいた瞬間ーーガスウウウウ!
大地を震わすような勢いでICBMが道路に突き刺さった。
やはり、爆発はしない
「……?」
倒れたままのアリアが、そのハッチに姿を現した人物と視線を交わしたらしい。
「危ないところだ。君がアリアだね?推理するまでもなかったよ」
日の光を背に白銀のICBMから姿を現したソイツは、どこか海外の武偵高の制服と思われる服を着ている美少年だ。
まるでピンチの姫に対して駆けつける王子様のよう。
そしてソイツはアリアを守るように、ヒルダに向かって立ちはだかった。
「ヒルダ。君は、この世で最も傷つけてはならない人を傷つけた」
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くだらない…
「ヒルダ。君はこの世で最も傷つけてはならない人を傷つけた」
私が座るビルの真下で行われる
この演技でワトソンは『婚約者』のアリアの信用を得ようとし、ヒルダはアリアたちを『眷属』側に引き入れる+理子を得るリターンがある。
ヒルダがキンジを殺さないかを見るために待機していたけども……こんな三文芝居を見せられるとはね。
「とってもイヤな匂い。こんな昼遅くに戦うのは嫌だし、今日は我慢してあげるわ。じゃあね」
ワトソンとの打ち合わせ通りに影に消えていくヒルダ。
その影はいつのまにか私の足元に来ており、
ズズズと先ほどの舞台を見下ろせる屋上にヒルダは現れた。
「紅華的にはどうだったかしら?上手くいくと思う?」
「私は気づくけど……まあキンジたちは気づかないと思うよ」
「あら、それならよかった。理子にもイヤリング着けられたし、昼遅くに出てきた甲斐あったわ」
私の回答に日傘をくるくると回し喜ぶヒルダ。
まあ見るものは見たし私は帰宅しようと紅の髪を翻しヒルダに背を向ける。
「紅華も『眷属』に入らない?トオヤマもセットで入れてあげないこともなくてよ」
「…もう、私は『中立』だって言ってるのに」
「……でも紅華もわかってるのでしょう」
私はその言葉に立ち止まる。
「私の『条理予知』では、紅華は『眷属』と共に戦うと出てるのよ。私の推理力の親である貴女が自分自身のこと推理できないわけないでしょう?どうしてそんなにこだわるのかしら?」
私の未来を推理したらしいヒルダがそんなことを言ってくる。
「ヒルダ、久しぶりに講義をしてあげるよ。私たちの『条理予知』は所詮推理。確定した未来じゃない。条理は覆される。ヒルダもそのことについてそのうちわかると思うよ」
私は振り向かず手を振り、屋上の出入り口に向かう。
「…………わかったわ。バイバイ、紅華」
ヒルダも思い知るよ。条理を破壊するものの存在を。
シャーロック、メヌ、モリアーティーの作中チート組の脳を破壊しまくってるキンちゃん様