哿と婚約者   作:ホーラ

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三部構成の後編です。


第8話:背中合わせ

作戦会議から2日後。

ついにその日が来た。なんの日かはいうまでもない。ハイハイ作戦(銀華命名:通気口をハイハイして侵入するかららしい)の決行日だ。

フォーメーションとしてはこの前のうちあわせどおり、俺が潜入で、銀華がハッキングやインカムで指示を送る後方支援。

そして、銀華と行う任務では初めて、俺が前線に立つ仕事になる。そう考えると女子の銀華に前線立たせてしまっている俺の実力に不甲斐なさを感じるな…

そして、侵入するのは俺1人。

正直に言って…かなり不安だ。

もし部屋に侵入しても、手間取ってしまって抜け出せなくなったらどうしようなどの悪い想像ばかりが頭によぎる。

後方に回ろうにも俺にはハッキングの技術なんかない。というか、銀華は簡単なハッキングなら友達に教えてもらったのでできると言っていたが、普通ハッキングの仕方なんて知らないぞ…

 

そんなことを考えながらいつも通りの授業を過ごし、放課後を迎える。教室でクラスメイトに話しかけられながら銀華の指示を待っていると…

 

『キンジ、移動』

 

目立たないように耳につけた小さいインカムから銀華の指示が流れてくる。

作戦開始だ。

 

 

 

クラスメイトに別れを告げ、銀華の指示に従って監視カメラの死角から通気口に侵入する。女装姿で通気口の中をハイハイで進むという行為に対して、どうしてこうなったとしか感想が出ないな…本当に。

そして待つこと約4時間。生徒や先生がみんな帰宅し、警備員が定期巡回を終えた21時過ぎ。

 

『キンジそろそろいくよ』

 

暗く狭い通気口の中は、すること何もないからな…流石に待ちくたびれたぜ。

 

『3.2.1…ハッキング成功』

 

学校外からあらかじめこの時のためにハッキングの準備をしていたらしい銀華の合図と共に…

ガシャン!

俺もあらかじめ外していた通気口の金網を外し、室内に侵入した。窓もなく、電源を落としている室内は光がなく、当然真っ暗だ。俺は準備してあった懐中電灯を点けると、その室内は…

 

(まるで書庫みたいだな…)

 

広くはない。書庫というよりはちょっと大きい書斎っていうところだろうか。別にこれが普通の部屋ならおかしくない。だが、こんな部屋に鍵だけならまだしも感圧板などのセキュリティが施されてるなんて明らかにおかしいぞ。

 

『キンジ、本棚の本片っ端から調べてくれない?』

「了解」

 

って…銀華、部屋が書庫ぽいって知ってたのかよ……先に教えてくれよな。

インカムから聞こえる銀華の声によると、ハッキングで警備システムを無効化できるのはせいぜい10分。

それまでに麻薬を見つけだせなければ別の方法でまた探さないといけないし、俺がクロメーテルで登校する期間が伸びる。クロちゃんもう男に戻りたいよぉ…

 

(どこにあるんだ、本当に!?)

 

本を本棚から取り出し、本の裏に隠してないかチェックする。それを続けること5分、一冊の分厚い本の裏をチェックしようとして持ったのだが、なんだ?

この本やけに軽いぞ。

普通の本の1/2ぐらいの重さしかない。

気になって本を開けてみると、

 

(ビンゴ…!)

 

その本のページの内部はくり抜かれており、そのくり抜かれた部分には透明なビニール袋に袋詰めされた乾燥した緑の葉っぱの塊――――乾燥大麻が代わりに入れてあった。

 

「目標発見」

『わかった。証拠写真を撮って証拠品と共に引き上げて』

 

俺は支給されたシャッター音が鳴らない使い捨てカメラでこの部屋と証拠品の写真を撮る。

そして本ごと大麻を持つと、ワイヤーを使って再び通気口内に戻り、金網を戻して侵入した痕跡を消す。

 

「部屋から撤収完了」

『そのまま、計画通りの脱出ルートで逃走して……………と指示するつもりだったけどちょっとその部屋の通気口内で待機』

 

銀華の声が少し楽しそうなものに変わったぞ?な、なんでだ。

 

「どうしたんだ銀華?」

『今、黒服の男たちが3人、裏門から学校に入っていくのが見えた。私の推理によると、5分後その部屋に入ってくるから、そいつらの行動を撮影して、ボイスレコーダーで記録しておいて』

 

銀華にそう言われ、再び待つこときっかり5分。部屋の正規の出入り口から3人の男たちが入ってきたのが金網の隙間から見えた。

お揃いの黒いスーツをビシッと決めている。

そこいらにいる素人(チンピラ)ではなく、たぶん本職(ヤクザ)だろう。

素人相手ならともかく、本職を相手取るのは今の俺では難しい。銀華がここで俺を強襲させず待機させたのは、それを見抜いていたからだろうな。

 

「兄貴、いつも思うんですけど、なんでうちらがこんな薬の輸送なんてやらなくちゃいけないんですかね?チンピラ共にやらせればよくないですか?」

「親父が言っていたのを聞いていなかったのか馬鹿!チンピラ共にやらせてもし口を滑らしたら、チンピラ共はともかく、親父や俺たちにこれを売ってくれているここの理事長まで逮捕(パク)られるんだぞ。本家の組長がここの理事長と仲良いおかげで俺たちは一気に金回りが良くなってるんだ。これぐらいは我慢しろ」

なるほど。ここまで薬を輸送して、みつかりにくいだろうここに保管。もしかしたら一昨日見たトラックが運んできたのかもしれない。そして、それをヤクザに回収させるから足がつきにくかったのか。それもたぶん二次団体のヤクザにやらせ上前をはねて、もし捕まりそうなら自分達は知らぬ存ぜぬでやり過ごすんだろうな。ヤクザたちも考えるものだぜ。

 

「でもここの理事長はどうやって密輸してるんでしょうね」

「それも親父が確か言っていたな。中国マフィアのら……ら………。そう、ランタンみたいな名前の組織と理事長が繋がりがあって、そこから仕入れてるらしい」

 

ランタン…?

なんかマフィアにしては可愛い名前だなおい。

ヤクザはその後それぞれに本棚を探し、麻薬本を探し出す。その手つきは手慣れたもんで、もう何度も同じことをやっているように見える。

 

「あれ、1ついつもの場所に置かれてないぞ」

「数え間違いじゃないのか?」

 

ヤクザたちは、今俺の手元にある麻薬本の元あった位置を探している。数え間違いも考え、何度も数えているが…まあ数合わないよな。俺が1つ持ってるんだし。

そんな風に観察していると、兄貴と呼ばれたリーダー格的な男は携帯を取り出しどこかに電話をかけ始める。短い会話を終え、しばらく経つと再びリーダーの元へ電話がかかってきた。

 

「はい、はい。わかりました親父。本家に今から向います」

 

そう言って青ざめた顔をしながらリーダーは携帯を切った。

 

「兄貴、親父はなんて?」

「本家の組長がいま理事長と食事中らしいからそこに来いだとよ…」

「うげえ、まじかよ…本家緊張するなあ…」

 

……これ本家の連中まで一網打尽にするチャンスじゃないか?二次団体の尻尾切りのメンバーだけじゃなくて、一次団体の組長まで逮捕できる稀に見る好機だぞ。

 

『キンジもわかってると思うけど、これは稀に見る好機だね。今から計画通り離脱してあいつら追いかけるよ』

 

って、銀華もインカム越しにあいつらの声拾ってたのか。

だけど向こうは車で、俺たちは徒歩。銀華は一体どうするつもりなんだ?

 

 

埃まみれになったクロメーテルさんがこっそり校舎から出ると、ちょうどヤクザたちが裏門から車で立ち去るところだった。

ナンバーもギリギリ見えなかったし、ついてないぜ…

俺は歩道からヤクザたちが立ち去った方を見ていると…

 

『キンジ右、右』

 

……右?右って言っても車が走ってるだけだぞ。そう思って右を見てみると…

 

「乗ってキンジ」

 

道を渡った先に車の窓から顔を出している銀華がいた。準備いいなおい。

横断歩道を渡り、銀華が乗っている車へ走って近づくと…ドアが自動で開いた。

 

「お手柄だねキンジ」

「まあな…?」

 

乗り込みながら答える俺の返答が疑問形になってしまったのは、車内が俺の想像と違ったからだ。一般乗用車に見える外部から一転、内部は通信機器のようなもので細々している。まるで中継車みたいだぞ。そして外車特有の左ハンドルで運転席には…

 

「お、おい。この車誰が運転するんだよ!」

 

運転手がいねえじゃねえか!

 

「運転手ならいるわよ。お願いアイ」

誰かここにいない人に話しかけるように声を発した銀華に

「承りました。銀華様」

 

正面に取り付けられたインパネで蛍光グリーン光のレベルメーターが上下し、女声の電子音声が応えた。そして……う、運転手不在のまま動き出したぞ!?

 

「この車喋るのか?」

「はい、キンジ様。キンジ様のことは銀華様にお伺いしておりました。お乗りいただけて光栄です」

 

ナイトライダーの人工知能みたいな機能に驚く俺と…隣で可愛くドヤ顔をキメる銀華を乗せる車は行き先がわかっているかのように道をスイスイ進んでいく。

 

「聞くのも怖いんだが、この車いくらするんだ?」

 

AI付きの自動運転車なんて聞いたこともない俺が恐る恐る聞くと…

 

「貰ったのよ」

「盗んだの間違いでは?」

「うるさいよそこ」

「失礼しました」

 

銀華とAIがなんか言い争いを始めた。なんかヤバそうな単語が聞こえたから、うん、何も聞かなかったことにしよう。遠山キンジは何も聞いていません。

というかこの車、去年のゼネラルモーターショーで発表されたマイバッハ62Sじゃねえか。内装が改造されすぎてて気づかなかった。

車体剛性が高く、それによる安定性や騒音・振動・ハーシュネスの性能がいい62モデルの排気量を増やした最新海外高級車だぞ。

中学生のくせになんてもん乗ってるんだお前。

 

「アイが人工衛星のカメラ使ってさっきの車追ってるから、後でこれに着替えといて」

 

武偵中の制服を着ている銀華から紙袋を受け取ると、そこには俺の武偵中の制服。やったー。クロちゃんから解放だよー。

というかまじで準備が良すぎる。未来でも見えてるんじゃないか?

 

「そういえば、このAIの名前アイっていうのか?」

今更な質問を銀華にすると、

「いいえ、銀華様がアイと呼んでるだけです。一般的には開発名のAssi(アシ)と呼ばれています。簡易版の名前はSiri(シリ)となる予定でした」

 

という答えがアイ…いやアシかやら返ってきた。

 

「どうして銀華はアシのことアイって呼ぶんだ?」

「AIだからローマ字読みでAI(アイ)。アシよりアイの方が響きが可愛いじゃない」

 

ほっぺを膨らませながらそう説明する銀華は…可愛い…。俺は銀華の年相応な行動に弱いんだ。いつも大人びて見えるからそれとギャップもあるんだろうな。その動作だけで軽くヒスってしまった俺に、

 

「そ、そうだ…今回HSSどうする?」

 

と、顔を赤くしながら銀華が聞いてくる。銀華は今回万全な状態だし、俺も軽くヒステリアモードにかった状態、(メザ)ヒスである。俺がリゾナになるが、銀華は戦えなくなるということは今回の場合避けた方がいいだろう。

 

「今回は大丈夫。銀華と一緒に戦いたいんだ」

「わかった。じゃあ一緒に頑張ろうー!」

 

俺がそう答えると銀華は顔が赤いまま、えいえいおー!のように右手を突き上げるのであった。

 

 

 

 

目的地の近くまで来たとのことで、俺は武偵中の制服に着替え、先に車から降りてた銀華と共に目的地に向かう。

目的地のやつら、ヤクザの本家、和風の巨大で豪勢な門を角から窺う。

門の前には夜にも関わらず、さっきのヤクザと同じようにスーツをきっちり着たヤクザが門番として2人。中にもたくさんいるだろうし、正面突破はやめた方がいいな。

 

「どうする銀華…って何遊んでるんだ」

 

俺が振り向くと、後ろで銀華がラジコンのようなものを動かして遊んでいる。なんだあれ。

 

「遊んでないよ。これはドローンていうんだけど、まずはこれを敵の位置を割り出すために使うんだ」

 

銀華が持っているそのドローンのコントローラーにはモニターが付いており、ドローンに付けられたカメラの映像が観ることができる仕組みになっている。

 

「このドローンに名前つけてよキンジ」

「名前なんて1号とかでいいだろ」

「じゃあドローン、お前の名前はキンジ1号だ!」

「どうしてそうなる!?」

 

俺の真っ当な抗議は聞き入れられず、銀華はワイヤーやジャンプ機能が付いているドローン改めキンジ1号を上手く操作し……

 

「……いた。さっきの3人と学校の理事長。それにこの人は組長さんかな?部屋に麻薬もあるし言い逃れできないね」

 

目標(ターゲット)を発見した。やるじゃんキンジ1号。あと遊んでいるとかいってすみませんでした。

俺たちはワイヤーを使って塀を乗り越え、あらかじめキンジ1号で索敵しておいたところを音を立てないように注意しながら小走りで抜け、目標がいる母屋の一階部分まで辿り着いた。

目標は3階にいるのでワイヤーを使いリペリングし、銀華と俺それぞれ違う窓から

ーーパリンッ!

 

「動くな、武偵だ!」

 

部屋に突入した。俺たちの突然の強襲に1人を除いて驚いている。

 

「おやおや、武偵さんですか。これまた何用で?」

 

やっぱり組長と言うだけあって、器が違うな。銃を突きつけられているっていうのに余裕があるぜ。

 

「大麻取締法違反の容疑で逮捕する。手を頭の上で組め。変な動きはするなよ」

 

俺が銃で脅しながらそう言うと、組長を含めおとなしく手を上げていく。手を頭の上で組む段階の中盤、組長が手を俺たちの方へ突き出した時…

ジャキジャキ!

(スリーブガン!?)

長袖の中にレールと共に隠されていた銃、コルトディフェンダーがとびだしてくる。そして間髪入れずに銃弾を放ってきたが、

 

「危ないっ!」

 

銀華が俺を突き飛ばし事なきを得る。その勢いで2人揃って机を倒し、遮蔽物にして隠れた俺たちとは対照的に

 

「おいお前ら、早く来い」

 

組長がそう叫ぶと、ゾロゾロッ……

時代劇の終盤みたいなノリで出るわ出るわ。揃って強面の皆さんが。

手に拳銃だけではなく短機関銃(マシンガン)やアサルトライフル、ショットガンやらを携えて50人は登場したぞ…!

 

「…………!」

 

その時だった。予想外の事が起きた。

応戦しようと銃を撃つために無意識に前のめりになった銀華が…その胸を、俺の顔に思いっきり押し付けてきたのだ。

バババッ!バババッ!

遮蔽物となった机から少し顔を出しヤクザと応戦している銀華は、自分の胸が俺の顔に密着していることに気づいていない。

ああ。

ああ…

これはアウトだ。

未成熟ながらもしっかりある女子の胸。

今俺の顔面には、夢のように柔らかいものが押し付けられている。

体の芯が熱くなり、ドクンッ、ドクンッと俺の心臓が止めなく暴れ……なっちまったな。

ヒステリアモードに。

 

 

ズガガガッ!ガキンッ!

弾切れの音を盛大に上げた銀華が、リロードのために身をかがめベレッタ93Rに弾倉を差し替える。

 

「……やったか?」

「数は減らしたけどまだショットガンやアサルトライフルみたいな危険度の高い銃しか壊せてないわ。一旦引かせただけ」

「やっぱり銀華は強い子だ。それだけでも上出来だ」

「…あれ?HSSになってる?……あ、もしかしてさっきの撃ち合いの時になったのか。この方法だったらキンジだけHSSになれていいかも…」

 

俺の雰囲気の変貌からヒステリアモードになった事……つまり銀華でなった事を悟り、何やら嬉しくなくもないような、嬉し恥ずかし反応を見せながら考察を始めている。

銀華の反応を思い返すと、女子は自分に性的魅力があると思わされることは必ずしもイヤなことではないんだね。勉強になった。

などとヒステリア学を自習している場合ではない。

ドガガガガガガッ!

再びヤクザたちが俺たちが隠れた机に銃弾を浴びせてきた。

だが机はヤクザが使用するだけあって防弾加工がしてある。撃つだけ弾の無駄だ。

 

「俺の女神様はもう銃を握らなくていいよ。その美しい手はそんなものを握るためにあるんじゃないんだ」

 

リロードした銃でもう一回応戦しようとした銀華を止める。

 

「側から見るとこうなるんだね…」

 

銀華は俺の言う通り銃を下ろす。ちょっと落胆しているようだけど銀華のHSSも俺は素晴らしいものだと思うよ。

俺はベレッタ・M92Fを抜いて机の外へ身を晒した。そして囲むように並んでいたヤクザたちが、一斉に銃を撃ってくる。

その弾は……

全て当たらない。

当たるわけがない。

見えるからだ。

今の俺の目には銃弾がまるでスローモーションのように見える。

俺はその銃弾をかわしながら、セミでベレッタの最大装填数15発全てを発砲した。

その弾の行方は見なくてもわかる。

撃った銃弾全てがヤクザたちの拳銃に飛び込んでいくのもわかる----!

ズガガガガガッ!

ヤクザたちの拳銃は銀華の最初の銃撃と合わせて全て吹っ飛ばされた。

次はどうなるかっといったら……

 

「死ねやー!」

 

近接格闘戦(CQC)になるに決まっている。ナイフを持って俺に突っ込んできた男を、

 

「私のことを忘れないでね」

 

銀華が飛び蹴りでその男を隣の部屋までブッ飛ばした。

 

「ほら拳銃は手に持ってないからこれはセーフよね?」

 

笑いながら手を振ってそう言い訳してくる銀華は可愛い。こんな婚約者を持てて俺は幸せだよ。

 

「一緒に戦ってくれるのかい?」

「うん。背中ぐらいは守ってあげるよ」

 

そんなこと言って銀華は、ぽむ。

俺の背中に背を食っつけてきた。

--背中合わせ(バック・ツー・バック)

包囲された際お互いの死角を守り合うフォーメーションだ。

そんなフォーメーションになった俺らは突っ込んできたヤクザを手刀や投げ、金的などで無力化する。ヤクザといっても戦闘訓練を受けていない人間が大半だ。そんな奴らがヒステリアモードの俺と強襲科Aランクの銀華の前に長い時間持つわけがなく、その数分後には…

 

「ひゅう、やるねキンジ」

 

組長や理事長、3人組も含め全員無力化した。倒したヤクザの数は俺が30人、銀華が20人といったところか。

 

「いいや、銀華が一緒に戦ってくれたおかげだよ。銀華は俺にはもったいないぐらいの婚約者だよ」

 

なでなで。

戦闘でちょっと乱れたロングの銀髪を梳くように、いい子いい子してあげた。

 

「うん、うん……たまにはこういうのもいいよね…」

 

銀華はうっとりした目をしながら嬉しそうな声でそんなことを呟いた。

して欲しいならそう言えばいいのに。これぐらいなら毎日やってあげるよ。

そんなことをしながら俺たちはさっき呼んだ警察の到着を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「み、短い間ではありましたけど、クロメーテルさんが転校することになりました」

 

数日後、下校前のLHR(ロングホームルーム)で担任が1年1組のみんなにそう言う。

俺は任務も終わったし、3学期終わる前にこの学校から去ることにしたのだ。女装姿ももうこりごりだしな…

ヤクザ本家の強襲から土日も入れて3日ほど欠席していたんだが……クラスのざわつき方からして、俺が転校するっていう噂はその間に行き渡っていたらしい。

まあ事前に担任には連絡していたからな。その担任は今泣いているけど…

 

「あの、えーっと…短い間でしたが、ありがとうございました」

 

最後まで面白みのない、ほぼ担任のパクリのような挨拶でそう締め括ると

「クロメーテルさん!」「クロメーテルちゃん!」「クロちゃーん!」などとみんながショックを受けたように俺の名を連呼してきた。人気アイドルが引退する時のファンみたいな顔で。

泣いている子もいるしちょっと心が痛む。

 

そうして、LHRも終わり…放課後、日が落ちかけ始めた頃。

俺は職員室でまだ泣いている担任の先生から転校関連の書類を受け取った。また何かあったら転校してきてねと言われたが、先生、俺実は男なんですよ…

一礼して職員室を出ると、それに続けて俺と共に横女を退学した銀華も職員室から出てくるところだった。

 

「銀華は残らないの?」

 

もう人生で残り少ない数しか喋らないだろう女喋りで俺が銀華に尋ねると

 

「残ってもよかったけどね〜クロちゃんが辞めるっていうし私もやめようかなーって」

 

そう答えが返ってきた。実際武偵中で授業を受けなくちゃならないんだけどな。まあこの学校の方が一般授業はレベルが高いんだが。

そんなことを2人で並びながら思いながら、下校するために昇降口に向かうと…なんだ?校門まで左右一列に女子たちが並んでいるぞ?

 

「シロちゃんサインを!」

「クロちゃんこっち向いて!」

「シロクロは尊い…」

 

これ出待ちってやつか…本当にアイドルのファンみたいだな。ってことは俺たちはアイドル……?

 

「最後に難関がきたな…」

「これもクロちゃんフィーバーのせいだね!」

 

そんなことを言いながらニヤニヤ笑った銀華は携帯の画面を見せてくる。そこに書いてあったのは、校内美人ランキング、1位クロメーテル・ベルモンドと書かれたWEBサイトであった。

(えっ……)

最後の最後に少女漫画っぽくショックを受けるクロメーテルさん。なんで女子より女装男子の方が美人ランキング上なんですかね…銀華の方が美人だと思うんだけど…

というか銀華は数票差の2位、お前もほとんど変わんねえじゃねえか。

 

「まあ一位は一位だよ。少し悔しいけど認められて嬉しいよ」

「………」

 

後半の文に主語はなかったが、俺にもその主語は推理できる。『自分の婚約者』だろうな。

というか婚約者が女装で認められて嬉しいって銀華も稀有な女だなおい。

 

「尻込みしてても仕方ない。行くよクロちゃん!」

 

腕を組んで俺を引っ張る銀華と共に夕焼けで茜色に染まった女子たちが待つ昇降口の外へ一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クロメーテル編完

中学生編なので敵を強くできないのが困りどころ。ヒスキンと銀華が揃って戦っちゃったりしたら今回みたいに瞬殺になっちゃいますね…
中学生編はあと4話ぐらいで終わる予定です。

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