真面目な彼女の家に居候することになった   作:グリーンやまこう

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 今回は最後までシリアスですが、設定も含めて色々と許してください。


12話 真面目な彼女と少しだけ真面目な話をした

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 遊園地からの帰り道を俺と海未は、お互い無言で歩く。

 原因はもちろん、観覧車の中での出来事にあるだろう。今日の出来事を話そうと思っても、言葉が出てこない。

 そのまま無言で帰宅し、俺の部屋の前に辿り着いた。

 

「海未はまず、着替えてきたらどうだ? 別に急いでるわけじゃないし」

「いえ、このままで大丈夫です。今は早く、和希の話を聞きたいですから」

「そうか。じゃあ、取り敢えず入れよ」

 

 俺は海未を自室に招き入れ、座布団に座らせる。そして俺は、彼女の隣に腰を下ろした。

 

「……」

 

 俯く海未の表情はよく分からない。

 

「……取り敢えず、何から話せばいいかよくわからないけど、まずは一番伝えたかったことだけ話しちゃうな」

 

 一度大きく息を吸った後、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「俺の両親ってさ、離婚してるんだよ」

「……えっ?」

 

 驚きの声と共に、海未が顔を上げる。

 

「中学二年生の頃だったかな。家に帰ってきたら、荷物のほとんどが段ボールに詰められてて母親から、『……ごめん和希。母さんたち、離婚することになったの』って言われたんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

 

 何とも言えない表情を浮かべる海未。まぁ、海未に離婚の件を話すのは初めてだし、ある意味当然かもな。

 だけど、彼女に話したいことは離婚という事実だけではない。

 

「それで、ここからが一番伝えたいこと。……俺は、母親にも父親にも引き取られなかったんだ」

 

 多分、今まで見てきた中で海未の瞳が一番、大きく見開かれただろう。俺はそんな彼女にあえて視線を向けず、前だけを見ながら話を続ける。

 

「まぁ、俺が見ていた中でも両親は、そこまで仲がいいとは言えなかったんだよ。だから、離婚っていう事実はすぐに受け入れられた。でも、まさか一人になるだなんて……」

 

 あの時は悲しかったというよりも、ただただショックだった。そこで隣に座る海未がキュッと、俺の服の袖をつかむ。

 

「だ、だけど、和希の母親は、引っ越しの時に来てくれた人では?」

「あの人は、母さんの友達だった人なんだ。ほんと、引き受けてくれたから感謝はしてる。だけど、あの人は親戚でもないし、血も繋がってない。他人って言っちゃえば、他人なんだよ」

 

 悲し気に微笑む俺に、海未の表情が益々暗いものに変わっていく。あの人が引き取ってくれなかったら、今頃俺はどうなっていたのか分からない。でも、血は繋がっていない。すごく、複雑だった。

 

「じゃ、じゃあ、和希が不良になったのは両親が離婚して、どちらにも引き取られなかったからということですか?」

「……まぁ、その答えでも間違っちゃいないけど、正解ではないかな。俺が不良になったのは多分、寂しかったからなんだと思う」

「……それって、ほぼ同じ意味なんじゃ?」

「そう言われたら、そうなんだけどな。……さっき、両親に引き取られなかったって言ったけど、母さんは最後まで俺を連れて行こうとしたんだ」

 

 外で女を作り、さっさと家から出ていった父さんとは違い、母さんだけは最後の最後まで、何とかしようとしてくれていた。俺を連れて行こうと、奔走していた。

 

「……父さんは元々俺の事を嫌ってたんだよ」

 

 小さい頃はよく分からなかったが、小学校の高学年にもなってくれば、自分が好かれるのか、好かれていないのかくらい判断できるようになる。

 

 俺は別に父さんから暴力を受けていたり、暴言を吐かれたりはしていない。ただ、もの凄く煙たがられていたのはよく覚えている。

 俺が話しかけても、曖昧な返事しか返さない。リビングに俺が入ってくると、当たり前のように自室へと戻っていく。

 だから俺は、なるべく父さんと関わらないようにしたし、話しかけないようにもしていた。話しかけても、極めて事務的な会話のみ。もう、最後に話したのは何時だったかもよく覚えていない。

 しかし、母さんは専業主婦であり、収入があったのは父さんだけ。だから、嫌でも一緒に住まざるを得なかったのである。

 

「ひ、酷い……」

 

 海未は口に手を当てて絶句していた。

 

 確かに海未からしてみれば、信じられない話だろう。彼女の父親は現在出張で、家にいないとはいえ、海未と睦未さんの事を一番に考えている、優しいお父さんだと聞いている。

 たまに海未が父親と電話している姿を見るからな。その姿は実に微笑ましい。

 

 

 

「そんな父親だったからかな? 俺は母さんのことが大好きだったんだよ」

 

 

 

 母さんは、父さんが俺を愛してくれなかった分を埋め合わせる位に、愛情を注いでくれた。精一杯、俺の事を愛してくれた。

 俺はスマホを操作して、とある写真を海未に見せる。

 

「こ、これは……」

「そう、俺の母さんだよ」

 

 写真に写っていたのは中学に入学したばかりの俺と、俺の母さんだった。ピースをしている俺の横で、微笑を浮かべている母さん。

 俺の髪よりもさらに美しい、プラチナブロンドの髪。とても子供を一人生んでいるとは思えない、抜群のプロポーション。入学式の日、「だ、誰だあの美人は!?」なんて囁かれ、随分と注目されたもんだ。

 

「和希のお母様は、日本人ではないですよね?」

「そういえば言ってなかったけど、母さんはイギリス人でな。俺はイギリス人と日本人のハーフなんだよ」

 

 この金髪も、母さんの遺伝子を色濃く継いだもの。俺はこの髪が自慢であり、大好きだった。

 小学生の頃は「なんだよ、その髪?」といじられたりもしたが、そんな奴には「いいだろ? うらやましいだろ?」と胸を張ってやったことをよく覚えている。

 そのうち、誰も俺の髪色についてはとやかく言わなくなっていった。きっと、俺があまりに笑顔で自分の髪を自慢するものだから、ある意味呆れてしまったのだろう。

 

 小学生の高学年の頃になると俺の金髪はいじられる対象から、尊敬の対象に代わっていた。不思議なものである。

 男子からは「なぁ、和希。お前みたいな金髪にどうしたらなれる!?」と聞かれ、女子からは「和希君の金髪って本当に綺麗だよね!」と褒められた。もちろん、褒められてすごく嬉しかったのだが、それ以上に、

 

「この髪を褒められてることが、母さんのことを褒めてくれているみたいに感じてな。すごく、嬉しかったんだよ」

 

 自身の髪に手を添える。黒髪になりたいと思ったことは一度もない。中学に入って先生から「染めろ」と言われても、絶対に染めなかった。母さんからもらった大切なものを汚したくなかったからな。

 その時には、小学生時代に俺の髪を褒めてくれた友達が、一緒になって抗議をしてくれた。それも、先生がドン引くくらいの勢いで……。

 お節介な友達のお蔭で、俺の髪色は認められ、今に至るというわけだ。ほんと、その友達には今でも感謝している。

 正直、音ノ木に入って何も言われなかったのには驚いたけど……。

 

「そんなお母様が、どうして和希のことを見捨てたりしたんですか?」

「見捨てたというよりは、見捨てざるを得なかったんだよ」

 

 俺はもう一度スマホを操作し、別の写真を海未に見せる。

 

「母さんの隣に写ってるのが俺のばあちゃんな。これは確か、5年くらい前の写真だった気がするけど」

 

 小学校5年生の時に、イギリスにいるばあちゃんが日本を訪れ、その時に撮った写真だった。

 

「優しそうなおばあちゃんですね」

「優しそうじゃなくて、本当に優しいぞ。まぁ、ほとんど会うことはできなかったんだけどな」

 

 記憶がある中でばあちゃんと会ったのは、この一回しかない。俺が生まれた時に一度会っているらしいけどな。

 日本からイギリスが遠すぎる、という理由はもちろんなのだが、ばあちゃん家自体が裕福ではない影響が大きい。

 この時だって、少ない貯金を切り崩して来日らしい。

 

 もちろん、父さんはこの時もいなかった。ほんと、どうして二人は結婚したんだと思っているのだが、詳しい理由を聞いたことはない。というか、教えてくれなかった。

 その話をすると、母さんが悲しそうな顔をするから。だから俺は聞くことを止めたし、今後もし会えたとしても、聞くつもりはない。

 母さんが話したいと思うまで待っていようと、そう決めたのだ。

 

「そんな状況で、中学二年生の時かな。ばあちゃんが、重い病気にかかっちまったんだよ」

 

 すぐに手術をしなければならないほどの病で、その後も、介護なしでは生活できないほどの状態になってしまったのである。

 

「幸い、手術代は何とかなったんだけど、介護のほうが問題でな。ばあちゃんには頼れる身内が母さん以外、いなかったんだよ」

 

 じいちゃんは俺が生まれる前に死んでしまったらしいし、子供も母さん一人だけ。

 老人ホームに入るということも考えたのだが、それではあっという間に貯金が尽きてしまう。しかし、そのままにしておけば、ばあちゃんが死んでしまう。

 

「つまり、母さんがイギリスに戻る以外なかったんだ」

 

 母さんは、ばあちゃんの事をとても大切にしていた。自分の我が儘で日本に行くことを決めた母さんを、ばあちゃんは否定しなかったと聞いている。それどころか、日本でしばらく生活できるようにと、ある程度のお金まで出してあげたらしい。

 

 だから、見捨てるという選択肢は初めからなかったのである。

 

「まぁ、今の話は全部、酔った母さんが独り言のように話してたやつだから、本当かどうかはよく分からないんだけどな」

「…………」

 

 冗談めかして話すものの、海未からの反応はない。ギュッと唇を噛んで、俯くばかりだ。

 必死に何かを耐えているような表情。そんな彼女を見ないように、俺は話を再開する。

 

「その当時は、父さんとの離婚の話も進んでいたらしいし、帰国することに関して、何も問題はなかったみたいなんだ。ただ、一つだけ問題があって……それが俺だったってわけ」

 

 母さんも一応、父さんと結婚する前は働いていたらしいけど、貯金なんてほとんど残ってなくて、実家も裕福じゃなくて……。

 

「とても、俺と母さん、そしてばあちゃんと三人で生活できるほどの余裕はなかった。一応、三人で生活できないこともなかったらしいんだけど、それだと俺が学校に通えなくなったみたいなんだよ」

 

 これは母さんと別れた後、俺を引き取ってくれたおばさんから聞いた話だ。

 

 子供と一緒に過ごしたい。でも、子供にはちゃんとした教育をうけさせてあげたい。将来、自分のように苦労してほしくない。

 そんな葛藤のはざまで、母さんは悩んでいたと聞いた。

 

「その時に俺を引き取ると言ったのが、今のおばさんってわけなんだ」

 

 元々母さんとは、小学校時代の授業参観で始めて出会ったみたいなのだが、そこからずっと俺たちに気をかけてくれていた。

 おばさんの子供と俺は同級生だったし、そこそこ交流もあったのである。だから、俺たちの複雑な家庭環境も全て知っていた。信頼できる相手だったからこそ、母さんは俺をおばさんに預けたのだろう。

 

「まぁ、さっきも言った通り、母さんは最後の最後まで悩んでいたみたいだけどな」

 

 母さんがイギリスへ旅立つ日の朝は、今でも鮮明に覚えている。母さんは俺を抱き締めて、ずっと泣いていた。俺も母さんと離れたくなくて、バカみたいに涙をこぼしていた。

 

 『ごめん……ごめんね』と何度も謝る母さんの声を思い出すたびに、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。それくらい、辛い出来事だった。

 

「……こうして母さんはイギリスへ。俺は、おばさんに引き取られたんだ」

 

 ひとしきり話し終えた俺は、「ふぅ」と息を吐く。久しぶりに昔のことを話したので、少し疲れてしまった。

 

「そう……、だったんですか……」

 

 顔をあげないまま、海未が返事をする。その声に少しだけ涙の色が混ざっていると感じるのは、気のせいじゃないだろう。

 俺はそんな彼女の頭をポンとなでながら、再び視線を前に移す。

 

「……母さんはさ、すげぇ優しかったんだ」

 

 記憶にある限り、母さんが怒った姿を一度も見たことがない。俺に向けてくれるのはいつも優しい笑顔。

 母さんは、俺が頑張るといつも褒めてくれた。どんな話でも、にこにこと聞いてくれた。だから俺は褒められたくて、母さんを笑顔にしたくて――

 

『母さん、テスト100点だった!』

 

『母さん! 今日は学校でね……』

 

 いつも、いつも、母さんを困らせる位にテストの結果や、今日あった学校での出来事を話していた。

 母さんにとってはどうでもいい話や、今日は体調がすぐれなくて聞きたくない日もあっただろう。

 

 だけど母さんは、笑顔を絶やさなかった。最後まで話を聞いてくれたのである。そして話を聞き終えた最後には必ず、

 

 

 

『そうなの! よく頑張ったわね、和希!』

 

 

 

 優しく、温かい手で俺の頭を撫でてくれた。

 

 でも、母さんがいなくなって俺は、頑張る理由を見失ってしまった。学校を楽しむ必要性が無くなってしまった。

 

「最初は、母さんがいなくなっても頑張ろう。いなくなったからこそ、頑張ろう。そう思っていたんだけどな……」

 

 母さんがいなくなってすぐにあったテスト。俺は勉強をして、いい点数を取った。

 俺の点数を見て先生も、周りの友達も、おばさんも、みんな褒めてくれた。口々にすごいと言ってくれた。もちろん、褒められて嫌な気分にはならない。だけど、俺の心は何も満たされなかった。

 

 なぜなら、一番褒めてほしい人がもう俺の傍には居ない。一番笑顔にしたい人が、家にはいない。

 母さんが俺の事を褒めてくれることは、もうないから……。

 

「それを改めて理解した瞬間、頑張る気が失せちゃったんだよ」

 

 よい点数をとっても空しくなるだけ。学校でどんな出来事があったとしても、一番話したい人がいない。心の中にあるどうしようもない寂しさを満たすことができない。

 

「多分、それを自覚したあたりからかな。俺が授業を適当に受け始めたのも。服装とかがどんどん適当になっていったのも」

 

 おばさんに迷惑をかけるわけにはいかないので、テストだけはちゃんと点数を取っていた。でも普段の授業はサボる。もしくは出ていても寝ているか、漫画を読んでるかという状態になってしまった。

 友人との会話も、俺から話しかけるということはなくなった。もちろん、気を利かせて話しかけてくれたやつもいる。しかし、気を遣っていることが分かってしまったので、むしろ辛い部分もあった。

 

「先生も、俺の事情は知ってたからな。急に服装がだらしなくなったり、授業態度が変わっても、何も言われなかったよ」

 

 あの時の先生には、迷惑をかけたと思っている。ほんと、腫れものを触るように俺と接してたからな。

 

「こんな感じで不良になってから一か月後だったかな? 俺はこれまで住んでいた家に忘れ物をしていたことに気付いて、一度戻ったんだ」

 

 俺は戻った家で自分の忘れ物を回収した後、何気なく母さんの部屋に立ち寄った。

 多分、そこに入れば今ある寂しさが少しだけ紛れると思ったんだろう。

 

「そこで俺は母さんの使っていた机の上に、とある箱が置いてあることに気付いたんだ」

 

 

 

 

▼ ▽ ▼

 

 

 

 

 勝手に開けるのはまずいと思ったのだが、どうせこの家にはもう誰も戻らないのだ。

 

 そう思った俺は綺麗にラッピングされていたリボンを解き、中身を取り出す。

 箱の中に入っていたのは、母さんがいつもつけていたピアスの新品と、手紙らしきものだった。

 

「どうしてこんなものが?」

 

 取り敢えずピアスは箱に戻し、手紙を開く。

 

 そこには『ハッピーバースデー! 和希!!』という、でかでかと書かれた文字と、ちょっとした文章が書かれていた。

 

(そういえば、俺の誕生日って今日だったな)

 

 色々なことがあり過ぎてすっかり忘れていたのだが、それにしてもすごいタイミングである。そのまま手紙に目を通していく。

 

 

 

 

 

『お誕生日おめでとう、和希。これが母さんからのプレゼント。お揃いのピアスよ。和希にはちょっと早いし、恥ずかしいかもしれないけど、大人になって付けてくれたらとっても嬉しいわ。最後に……和希。私の元に生まれてきてくれてありがとう。大好きよ』

 

 

 

 

 

 読み終えた俺は手紙を折りたたんで、そっとポケットの中にしまう。

 目にたまっていた涙をごしごしと拭うと、改めてプレゼントされたピアスを手に取った。

 

「……ったく、これだから母さんは。大人になるまでなんて、待てるわけないだろ」

 

 壁に刺さったままだった画鋲を引っこ抜き、部屋に置いてあった消毒液でよく消毒をする。

 

 そして、画鋲の針先を勢いよく耳たぶに刺し込んで穴をあけ、母さんからもらったピアスをはめ込んだのだった。

 

 

 

 

▼ ▽ ▼

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、そのピアスって……」

「そう。母さんからもらったやつ」

 

 俺と母さんの最後の繋がりともいえる、このピアス。あの日から俺は、一度もピアスを外すことはなかった。

 

「……それにしても、俺はほんと、やばいレベルでマザコンだよな。母さんのことが大好きで、貰ったピアスも四六時中つけてるくらいだし。海未もそう思うだろ?」

 

 空気を変えるために俺は、わざと明るい声を出す。しかし、そんな事をしても海未の表情が晴れることはない。

 

「あのさ、海未。別に気にする必要は――」

「どうして……」

「えっ?」

「どうして、話してくれなかったんですか!?」

 

 大きな声を出して顔を上げる海未。その瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。

 

「和希が最初から話してくれれば……。黙っているんじゃなくて、その事をもっと早く、言って欲しかったです。そうしたら……私は和希にあんな酷い事を言わなかったのに!」

 

 流れる涙を拭おうともせず、海未が叫ぶように言葉を吐きだす。とても辛そうな、その表情。

 

 酷い事とはきっと、俺の髪色やピアスを着けていたことに対して、注意したことを言っているはずだ。そして、彼女がこれほどまでに泣いているというのは、本当に今まで言ってきた事に対して、責任を感じているからだろう。

 

(別に、お前が泣く必要なんてない。だって海未は、何も知らなかったんだから)

 

 キュッと唇を噛みしめる海未。

 

 人によっては、「あっ、そうだったの。ごめんね、何も知らずに」と会話が終わってもおかしくない。ここまで軽くないにしても、泣くことなんてまずないだろう。

 

(本当にまじめだよ、海未は)

 

 彼女は真面目だから……。真面目だから、相手を思いやれる優しい性格だからこそ、必要以上に色々と考えてしまうのだろう。

 今回のことだってそうだ。相手の事を真剣に想っていなければ涙なんて、絶対に出てこない。

 

「ひっぐ……っ、……うぅ」

 

 海未の嗚咽が酷くなっている。

 

 早く言ってほしかったというのは、本当にその通りだ。しかし、俺が何も考えずに両親の件を海未に伝えていなかったわけではない。

 

「和希のばかっ……ばか。っ……ごめんっ、なさい」

「海未、少しでいいから、落ち着いて聞いてほしい」

 

 俺に対して怒ったり、謝ったりと情緒不安定になっている彼女の肩を優しくつかむ。ピクッと海未の肩が可愛く反応するものの、振り払ったりはしない。

 

「なん、ですか……?」

 

 涙で濡れる瞳で、海未が俺を見つめる。こんな時であるにも拘らず、ドキッとしてしまった。

 一度、咳払いをしてから話し始める。

 

「俺がさ、海未に対して何も言わなかったのは……これから一緒に住むのに気を遣われたら嫌だったからなんだ」

「……えっ?」

 

 俺と海未は元々、お世辞にも仲がいいとは言えなかった。だらしない格好をしていけば海未が注意して、俺が言い返して……。

 だから両親の件は、海未を黙らせえておくために使うこともできた。でも、俺はそれをしなかった。

 

「だってさ、今まで散々言い合ってきたのに、俺の過去を知ったからって、いきなり何も言わなくなるのも無理な話だろ。きっと、わだかまりが残ると思ったんだ」

 

 お互いが、お互いの事を認め合った状態で両親の事を話したい。そうすれば、お互いの事を嫌いあって気を遣われるよりは、よっぽど良い関係を海未と築いていけると思った。

 だからこそ俺は、遊園地の観覧車の中であんな質問をしたのだ。

 

 

 

『海未は俺の事、どう思ってる?』

 

 

 

 ここで海未が微妙な反応を示せば、きっと今頃は睦未さんが作ってくれた晩御飯を食べていたことだろう。

 でも、そこで海未は俺に対して好意を示してくれた。だからこそ、今こうして話している。

 

「ごめんな海未。俺の我が儘で、お前を傷つけちゃって。でも、今回の件に関してはお前は何も悪くない。だから、何も気にしなくて大丈夫だ」

 

 海未の頭を今度は優しく撫でる。

 本当に今回の件に関して、海未は何も悪くない。話さなかった俺が悪いのだ。

 

「そう言ってくれて、嬉しいです」

 

 海未が少しだけ笑顔になる。よかった。これで海未ともっと仲良くなれただろう。この時の俺は本気でそう思っていた。話して良かったと。

 

 しかし、海未が笑顔を見せていたのは、ほんの一瞬だった。

 

 

 

「……でも、私は和希から離れたほうがいいですよね」

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 

 思わず耳を疑ってしまった。全身の体温がスッと下がる。

 

「ど、どうしてそんな結論になるんだよ!?」

 

 なぜかは分からない。分からないけど、海未がいなくなるかもしれないと考えた俺は……俺はめちゃくちゃ焦っていた。

 そんな俺に、海未は涙を拭いながら淡々と話す。

 

 

 

 

「だって、私はあれだけ酷い事を言ってしまいました。和希の大好きなお母様を否定するようなことを何回も……。だから和希は……、私のことが……っ、嫌いでしょう?」

 

 

 

 

 

 嫌いでしょう……彼女の言葉が頭の中をぐるぐると回る。俺は海未のことが嫌い……嫌いなのか? 

 そもそも、俺は海未の事をどう思っているんだ?

 

 

 

「知らなかったとはいえ、私は和希の事を何回も、何回も傷つけました。気にしていないと言われても、私がとてもそう思えません。だって、私が和希の立場ならきっと、ものすごく傷ついているはずですから」

 

 

 

 泣き笑いのような表情を浮かべる海未。その表情からは、隠しきれない悲壮感が漂っている。

 

 

 

「こんなことで許されるとは思えませんけど、それでも何もしないよりはましです」

 

 

 

 答えを出せずに呆然とする俺を他所に、海未はどんどんと話を進めていく。

 

 

 

「一緒に暮らすのは許してください。でも、家ではなるべく話しかけないようにします。勉強で分からない部分も、自分で解くようにします。だから、あなたを傷つけてしまったことを許して――」

 

 

 

 完全に無意識だった。彼女を失いたくない。離れていってほしくない。その一心で手を伸ばす。

 

 俺は、彼女が何かを言い終える前にその身体を胸元に引き寄せていた。そして、先ほどの海未と同じように叫ぶ。

 

 

 

「ばかっ! 俺は離れろだなんて一言も言ってねぇ! どうしてそんな事を言うんだよ!?」

 

 

 

 無我夢中だった。本能のままに言葉を紡ぐ。

 

 

 

「俺はお前の言葉で傷ついちゃいないし、嫌ってもいない! だから、お前がそんなに気を遣う必要はないんだよ!」

「で、でも……」

「でもも、何もあるか! 俺が離れなくていい。そう言ってんだよ! だから、だから……」

 

 

 

 俺はもう一度、彼女の身体をきつく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「海未、お前はずっと俺の隣にいろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言って数秒後に気付く。

 

 あ、あれっ? 今の言葉って、完全にプロポーズじゃね!?




 今回も読了ありがとうございます。そして、いつも感想やお気に入り等、ありがとうございます。
 後大体、三話くらいですかね? 何とか夏休み中に終えられるよう、頑張ります。
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