真面目な彼女の家に居候することになった 作:グリーンやまこう
壁必須です。
「おーい、ちょっとそれとって!」「はいよ~」「やばっ、材料が全然足りない……」「それってちょっとまずいんじゃないの? 誰か貰いに行ける?」「あっ、私いけるよ!」「あっ、じゃあついでにお菓子も買ってきて!」
放課後のクラス内に、様々な声が響き渡る。ただいま俺たちのクラスでは文化祭に向けて、準備の真っ最中だ。
他のクラスからも様々な声や音が聞こえてきて、これぞ文化祭の前って感じの空気になっている。
ちなみに俺は、メイドカフェの入り口部分を担当していた。普段使っている扉を全てはずし、よりメイドカフェっぽくなるよう、工夫を施している。というか、一から扉を作っていた。
「ふぅ、流石に疲れるな……」
別に不器用ではないのだが、のこぎりなどの工具を使って、一から製作するというのはなかなかに骨が折れる。
大工っぽいことなんて今までに一度だってやったことないからな。
「大丈夫ですか?」
俺がふぅと息を吐くと、隣に座って店内を彩る装飾品を作っていた海未から声がかかる。
ずっと休まないで作っていたからな。心配してくれているのだろう。しかし、その声から少しウキウキした気分が伝わってくるあたり、海未も文化祭という雰囲気に充てられているのかもしれない。
そしていつもなら放課後、彼女には弓道部の活動があるのだが、文化祭期間中は休みだと言っていた。
これも文化祭の準備に対する配慮らしい。部活で手伝えないと、クラスの雰囲気が微妙になるからな。その点、全部活動を休みにする音ノ木坂の判断は素晴らしいと思う。
「おう、大丈夫だよ」
動かしていた手を一度止め、海未の方に視線を向けて返事をする。
「あまり無理をしないで下さいね。怪我でもされたら、家で和希をこき使えなくなってしまいますし」
「できれば、身体の心配をしてほしかったんだけどな」
「ふふっ♪ 冗談ですよ」
楽しそうに笑った海未は、再び装飾品づくりに取り掛かり始める。楽しんでるみたいで、何よりだよ。
ところで、俺と海未は近い場所、というか隣通しで準備をしているが、これはどうもクラスメイトの策略によるものだと思っている。
だって、俺と海未が何をするにも、わかりやすく俺たちを近づけようとしてくるんだもん……。いくらなんでもあからさますぎだ。
しかし、俺も海未も別に文句を言うことなく、こうして隣り合って準備を進めている。
俺が文句を言わない理由は、もはや言うまでもない。好きな人とこうして話しながら準備を進めていると、面倒な装飾品製作も楽しくなってくるから不思議だ。
(海未も俺と一緒で、隣り合って準備をすることに何の不満を感じてなければいいんだけど)
これで本当は嫌で嫌でしょうがないとか言われたら、俺は多分文化祭を休むだろう。そのまま、ショックで三日間ほど寝込む気がしてならない。
「どうしたんです? 私の顔に何かついてました?」
ぼーっと海未の横顔を眺めていると、視線を感じたのか海未が首をかしげる。
「いや、文化祭の準備を海未が楽しんでるなって思ったんだよ」
「えっ! 私、楽しそうな感じが出てました?」
「おう! すげぇ、ウキウキしてたぞ」
するとなぜか海未は顔を少し赤くした後、俯いてボソボソと呟く。
「そ、それはこうして和希と一緒に準備をしてるからであって……和希がいなければ、こんなに楽しくないですよ」
「えっ? もう少し大きな声で」
「な、何でもないですっ!」
よく聞こえなかったの聞き返したら、怒鳴られました。どういうことなんだよ一体。
「そ、それを言うなら和希だってさっきからずっと楽しそうですけど、それには何か理由があるんですか!?」
うげっ……あんまり聞かれたくなかったことを聞かれてしまった。若干怒っている気がしないでもない海未に、俺はどうしたもんかと腕を組む。
準備を楽しんでいる理由はもちろん、海未が隣にいるから。しかし、こんなことを張本人の前で言うのにはかなりの勇気がいる。というか、本当なら言いたくない。
俺たちの間に、何とも言えない沈黙が流れる。
『…………』
その沈黙に伴って、なぜかクラスも静かになった。いや、別にあんたらは喋っていて構わないんだけど……。むしろ、喋っていてほしい。
でも、後夜祭で告白すると決めたのだ。こんなことくらいで躊躇っていては一生告白なんてできないだろう。
その為、俺は何度も咳払いを繰り返して喉の調子を確認した後、明後日の方向を向きながら沈黙を破る。
「楽しそうに見えたんなら、多分そうなんだろうよ。だって……海未とこうして準備してるわけだから」
言ってみた感想。ただただ恥ずかしかった。言って後悔した。
一方、俺の言葉を聞いた海未も、
「へ、へぇ~、そ、そうなんですか……」
返事が予想外だったのかどうか知らないけど、海未は頬をかきながら視線を逸らす。そういう俺も、恥ずかしすぎて彼女と全く視線を合わすことができない。
少しの間、そっぽを向いていたのだが、
(……視線を合わせないと感じ悪いかな?)
そう思った俺は、海未の方に視線を向ける。すると。
「っ!?」
こちらを見ていた海未とバッチリ視線が合った。
「………………」
「………………」
…………カァァァァァァァァァァァァァ。
見つめ合う二人の顔が真っ赤に染まっていく。再び訪れる、何とも言えない沈黙。
いたたまれなくなった俺は海未に声をかける。
「海未っ!」
「和希っ!」
しかし、考えていることは海未も同じだったらしい。見事に声が被る。余計に恥ずかしい。
「あっ、その、海未からでいいぞ」
「い、いえ、和希から先に……」
お互いに譲り合ってしまう悪循環。ベタな展開すぎて、先ほどよりも顔が熱くなる。最終的に俺も海未も、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「も、もうダメ。あの二人、もどかしすぎてみてられない……」「こっちが恥ずかしくなってくるよ……」「あれで本当に付き合ってないの!?」「俺にあの青春は眩しすぎるぜ……」「ガハァッ!」「先生っ!! ○〇君が、血を吐いて倒れましたぁああ!!」
俺たちを見ていたクラスメイト達がギャーギャーとうるさいが、心臓の音に比べたら大したことはない。
さっきから全力疾走したとき並みに、ドクンドクンと狂ったように鼓動が鳴り響いている。顔の火照りも全く引いてくれない。
「……和希のばかっ。ばかっ、どうしてあんなことを……。こんなにやけた顔、和希に見せられません……」
海未も海未で恥ずかしさから逃げるように、顔を両手で覆っている。しかし、真っ赤に染まった耳までは隠しきれていなかった。
照れる彼女を見て、一層恥ずかしさが込み上げてくる。そして、そんな俺たちを見てクラスメイトも悶絶し……結局この後、俺たちのクラスは30分ほど準備を中断していたのだった。
☆ ★ ☆
そして、文化祭の準備を順調に進んでいたある日。
「おーい、海未ちゃんに和希君。ちょっとカモーン」
実行委員の女子から声がかかり、俺と海未は彼女の元に歩いていく。
「どうしたんだ?」
「いや、ようやく二人専用のメイド服と執事服が完成してね。だから、二人に着てもらおうと思ったんだ! 二人のだけ、とある人が作った特別仕様だからね」
『とある人?』
俺と海未が首をかしげていると、そのとある人がぴょこっと顔を出した。
「二人とも、準備お疲れ様♪」
「こ、ことり!?」
海未が驚いたような声を上げる。ちなみに彼女と同様、隣にいる俺もびっくりしている。
「いやー、二人以外のメイド服と執事服なんてどうでもいいからネットで適当に買ったんだけど、看板である二人のはしっかりしたものが良くてね。だけど、裁縫が得意な人なんて誰もいなくて困ってたんだ。そんな時に私たちを救ってくれたのがことりちゃんってわけ!」
よく誰も裁縫できない状態でメイドカフェをやるとか言ったな。その実行力に、ある意味感動してしまう。
しかしそんな事よりも大切なのは、ことりにメイド服と執事服を作るだけの裁縫力があるのかどうかだ。これで出来なかったら元も子もな――
「そういえば、昔からことりは裁縫が得意でしたね」
はい、俺の心配はあっという間に杞憂となりました。海未は幼馴染だから知っていたのだろうが、俺は初耳である。
「裁縫が得意ってのは置いておくとして、ことりは大丈夫だったのか? ほら、自分たちのクラスの出し物もあるだろ?」
「うん、それは全然大丈夫だよ。クラスの方の準備はもう終わってるし、たとえ準備が終わってなくても、二人の為ならクラスの出し物を犠牲にする覚悟だから!」
「そこはクラスの準備を犠牲にしないでほしかった……」
だけど、ことりのことだ。
彼女が「ごめんね♡」と手を合わせれば、男女構わずイチコロだろう。俺なんて逆に、ことりの仕事を引き受けてあげる位の勢いで許してあげるはずである。
まぁ、ことりは可愛いからね。仕方ないね。
そんな風に思考を巡らせていると、ことりが手にしていた袋の中からメイド服と執事服を取り出した。
「じゃーん! どうかな二人とも?」
「……おぉ、普通にすげぇ」
実物を見た俺と海未は思わず目を見張る。彼女が手に持っていたメイド服と執事服は、素人の俺が見てもかなりの出来であると分かってしまうほどの代物だった。
シンプルなタイプであるのだが、細部まで丁寧に作り込まれている。知らない人が見れば、本物と勘違いしてしまうだろう。
「ことりが器用なのは知っていましたが、まさかメイド服まで作れるだなんて……」
海未もまさかここまでの腕だとは思っていなかったらしく、口に手を当て、驚きを隠せないようだった。ほんと、ことりの持つポテンシャルの高さには驚かされるばかりである。
この前、彼女がお菓子を作ってきてくれたのだが、お店のよりもおいしかったくらいだし……。
「それじゃあ早速、和希君から着てもらおうかな。サイズが合わなかったら作り直さなきゃだし」
実行委員に促されるまま、俺たちは誰もいない空き教室へ。そのまま俺は執事服に着がえを済ませる。
執事服なんて着たことなかったため、スマホを見つつ着がえたのは内緒。
「和希くーん、着替え終わった?」
「終わったよ~」
返事をし、着替えていた場所から海未たちの前に出ていく。
「取り敢えず、こんな感じになったけど、どうですかね?」
ことりが作ってくれたのは、黒を基調としたアニメでよく見る一般的な執事服だった。執事服なんてこれまでの人生で一度も着たことないし、似合っているかどうかもよく分からない。
それに、俺って金髪だしなぁ。執事と言ったら黒髪という勝手なイメージがついているため、金髪はどうしても邪道に感じてしまう。しかし、そんな俺とは対照的に、
「ふぅ……金髪執事、最高」
実行委員の女子は、鼻血を拭きながらグッと親指を立てる。とてもいい表情をしていた。そしてことりもバッチリと言わんばかりに、うんうんと頷いている。
……あえてツッコまなかったが、金髪執事を推していたのは間違いなくこいつだろう。これは後で何か奢ってもらわないと……。
「それで、和希君。どこかキツイ所はない? 一応、和希君の体格に合わせたつもりなんだけど」
「今のところ、特にキツイとかはないかな。腕も足も動かしやすいし」
ぶんぶんと手をふったり足を動かしたりしても、特段動きにくいということはない。これなら当日の接客もばっちりだろう。
……ことりがどうして俺の体格を知っているのかについては、ツッコんじゃいけない。
「じゃあ、次は海未ちゃんのメイド服――」
「あっ、ちょっと待って!」
「? どうかしたのですか、ことり?」
「だってまだ海未ちゃん、和希君の執事服姿について何も言ってないなぁ、って思ったから」
「っ!?」
ニマニマと指摘することりに、少しだけ顔の赤くなる海未。何度目だろう、このやり取り。
「ねぇねぇ、海未ちゃん。和希君の執事服、どうだった?」
「……べ、別に何とも思っていませんよ」
「そ、そうか……」
い、いや、別に落ち込んでなんかいないよ。感性は人それぞれだしね。
ただ、好きな人に何も思われてないって結構ショックだなぁ……。
ズーンと、あからさまに落ち込む俺に対し、海未が少しだけあわあわし始める。
「か、和希! い、今のは本当に何とも思っているわけではなくて、ただ恥ずかしくて……」
ひとしきり言葉を並べた後、海未はキュッと目を瞑り、蚊の鳴くような小さな声で、呟くようにして言葉を発した。
「……和希の執事服、似合ってますから/// だ、だから、そんなに落ち込まないで下さい」
「…………」
やばい。褒められたのが嬉しすぎて顔がにやける。
「ことりちゃんって、いつもこんな恥ずかしいやり取りを間近で見てるの? 私だったら耐えられずに吐血すると思う」
「あ、あはは……」
実行委員がとっても失礼なことを言っている気がしてならない。ことりの困った表情が何よりの証拠である。
「そ、それじゃあ、気を取り直して、今度は海未ちゃんのメイド服を確認しちゃおうか」
「うんっ♪ 海未ちゃんのメイド服は気合入れて作ったから、すごく自信があるんだ」
「お、お手柔らかにお願いします……」
困惑気味の海未を引っ張るようにして、着がえの場所へと連れていく二人。
俺はこの教室に誰かが入ってこないよう、見張り番という役割を仰せつかった。
「あっ、和希君。分かってると思うけど、覗いちゃ駄目だよ?」
「の、覗くわけないだろ!!」
「ふふっ、和希君ってば顔真っ赤♪」
ドSのことり、ここに爆誕。予想外のボディブローに顔を真っ赤にする俺。
「…………」
「ほ、本当に覗かないから!! ほんとだって!!」
変態を見るような視線を向けてくる海未に、必死の弁明を行う。か、身体まで抱く必要ないじゃないか!
そんな俺を楽しそうに見つめることり。ほんと、ことりさんが楽しそうで何よりです!!
そんなこんなで、ようやく海未たちは着がえの場所へ。しかし、ここからがある意味本番だった。
「それにしても、海未ちゃんの髪って本当にまっすぐで綺麗だよねぇ~。惚れ惚れしちゃう!」
「ま、まぁ、この髪はお母様譲りの物ですから」
キャピキャピと、着替えている場所から女子トークが繰り広げられている。微笑ましい限りだ。
「ブレザーを脱ぐと分かるけど、ほんと海未ちゃんて細いよねぇ~。毎日ちゃんと食べてる?」
「わわっ! どこを触っているのです!? ちゃ、ちゃんと食べてますから、あんまり変なところを触らないで下さい……///」
ことりの楽しそうな声と、海未の少し恥じらったような声。……ま、まだ、これくらいなら大丈夫。問題ない。煩悩を振り払うんだ!
「わぁっ! 海未ちゃんの下着、水色ですごく可愛いね♪」
「ぶほぉっ!?」
「か、和希は耳を塞いでいてください!!」
一瞬で舞い戻ってきた煩悩。
上下水色の下着を身に纏った海未を頭の中で想像してしまい……色々と大変なことになった。どこが大変とは言わん! というか、ことりもわざとやってるだろ!?
その後はしっかり耳を塞いで、ついでに目を閉じて(見張り番の意味なし)待っていると、背中をちょんちょんとつつかれる。
「和希君、準備ができたから目を開けていいよ」
ことりの声に俺はゆっくりと目を開き――
「ど、どうですか?」
天使がいた。……じゃなくて、メイド服姿の海未が頬を少しだけ赤くして、目の前に立っていた。
黒と白色を基調としたロングスカートの、オーソドックスなメイド服。頭には可愛らしくカチューシャをのせている。
恥じらいながらも、上目遣いで俺を見つけてきてくれているのも、非常にポイントが高い。うっかり抱き締めそうである。
とにかく、それくらい海未のメイド服姿は清楚で、とても似合っていた。
「本当はミニスカートにしてもよかったんだけどね~。海未ちゃんって、足も綺麗だし!」
「み、ミニスカートのメイド服なんて破廉恥すぎて、着れるわけないじゃないですか!」
ミニスカメイド服……とっても破廉恥だな! めちゃくちゃ見たかったけど。
「……和希、今変なことを想像しませんでしたか?」
「い、いや、変なことなんて、想像なんてしてないぞ!」
ジト目で尋ねてくる海未に、首をぶんぶんと振る。危うく、妄想していたのがばれるところだった……。
それにしても……俺は改めて海未のメイド姿に視線を移す。
(この姿で接客するんだよな)
今の海未は誰から見ても可愛い。とても魅力的だ。
そんな彼女を見て、少なからず好意を寄せるものも出てくるかもしれない。純粋な海未に、手を出そうとするやつが出てくるかも……。
(……嫌だな)
もやもやとした気持ちが込み上げてきた。
付き合ってもいないのに、こんなことを思うのは迷惑極まりないだろう。
しかし、嫌なものは嫌なのだ。俺以外の男に、メイド服姿の海未を見せたくない。
「……本当にこの姿まま海未を出すの?」
気付くと俺は思っていたことをそのまま口に出していた。
☆ ★ ☆
「そ、そりゃ、海未ちゃんがメイドカフェの看板だしね。出さなきゃ、何のためにことりちゃんの手を借りたか分かんないよ」
「だよなぁ……」
でも……と、駄々をこねる和希。正直、今の彼は何を言っているのかさっぱり分かりません。
私が首をかしげていると、和希がチラッとことりに視線を向ける。すると、視線だけで何かを察したらしいことりは、
「ちょっと、クラスの様子が気になるから、一回見てくるね。ほらっ、○○ちゃんも一緒に♪」
「えっ? えっ? ちょ……」
問答無用で引っ張られていく実行委員を見送った後、教室には私と和希の二人が残りました。
「和希、どうしてあんなことを?」
視線を合わせようとしない和希に質問をぶつける。
「……そのままの意味だよ。俺は今の海未をみんなの前に出したくない」
ぶっきらぼうに言い放つ和希。
「……私のメイド服姿が気に入りませんか?」
少しだけ震える声で尋ねる。もう、和希がここまで駄々をこねている理由がそれくらいしか考えられません。
鏡で見た時にはそこまで違和感を感じませんでした。自分で言うのもなんですけど、むしろ良く似合っていたほうだと思います。
でも、和希は私の姿をよく思っていないみたいで……。
「あぁ……。ほんと、みんなの前に出すのが嫌すぎて、ずっと裏方に張り付けておきたいくらいだ」
和希の返事に、身体の奥から何かが込み上げてきそうになった。それを寸でのところで必死に抑える。
(……そんなに似合っていませんか?)
潤んだ瞳のまま、メイド服のエプロン部分を力いっぱい両手で掴む。そうしていないと、ショックのあまり涙を流してしまいそうだった。
「可愛すぎて、嫌になる……」
そんな私の耳に届いた和希の声。
「…………えっ? 和希、今何と?」
聞き間違いかもしれない。そう思って私はもう一度彼に尋ねる。
「だからっ! メイド服姿が似合いすぎて、嫌になるって言ったんだよ!!」
聞き間違いではありませんでした。やけくそ気味に叫んだ和希が真っ赤な顔を片手で覆い、その場にうずくまる。
ここまで取り乱した和希を見るのは初めてな気がします。ま、まぁ、私の顔も現在進行形で真っ赤になっていますけど……。
「か、和希?」
「うるせぇ! どうせ、俺個人の醜い嫉妬ですよ!! 俺はどうしようもない男だよ!! 笑いたきゃ、笑え!!」
どうやら今の和希は恥ずかしくておかしくなっているみたいです。落ち着かせるべく、声をかけましたが逆効果みたいでした。
「べ、別に笑ったりしませんよ。それより、先ほど言ったことは本当なんですか?」
追撃をかけるようで申し訳ないですが、もう一度だけ確認したいんです。私にとっては凄く、すごく重要なことでしたから。
もしかすると、メイド服が可愛いだけなのかもしれませんし……。
私の問いかけに和希は少しだけ間を取り、
「…………似合ってるのは本当だよ」
「か、可愛いのもですか?」
「……可愛いよ」
「へ、へぇ……そ、それはメイド服がですよね?」
そこで和希が顔を上げ、私に視線を向ける。その顔は少しだけ怒っているようだった。
「ど、どうしたんで――」
「メイド服もだけど、メイド服を着た海未は、もっと可愛い」
今度は視線をそらすことなく、真っ直ぐに気持ちを伝えてくる和希。一方私は、顔を真っ赤にして口をパクパクと動かすばかり。
素直に好意をぶつけられ、どうしていいのかさっぱり分かりません。パニックに陥る私に畳みかけるよう、和希が口を開く。
「俺は、海未のメイド服姿を不特定多数の男に見られたくない。だから、嫌だってさっきから言ってるんだよ」
も、もう、これ以上、何も言わないで下さい……心臓がドキドキのあまり、爆発してしまいそうです。
嬉しいやら、恥ずかしいやら、やっぱり嬉しいやら……。
彼の言葉に、私の心はいつも揺れ動かされてばかり。何時になく真っ直ぐな彼の言葉は、容赦なく私の心を貫く。
詳しい理由までは分からないですが、とにかく和希は今の私を他の人に見せたくないみたいです。
そんなやり取りの中、私の心にはとある気持ちが込み上げてきた。
これまで私が知ることのなかった感情。多分この感情は、今の和希が抱いているものとほとんど変わらないだろう。
それに、和希の執事服を初めて見た時から何となく心はモヤモヤしていた。
私は改めて和希の格好に意識を向ける。誰が見てもカッコいいというであろう、彼の執事服姿。
今の和希に微笑まれた女性の方は、キュンとしてしまうに違いない。もしかしたら、好きになってしまう人も出てきてしまうかもしれません。
そのまま和希と付き合って――――
(そんなの絶対に嫌です……)
ズキンッと痛む胸を押さえる。
私以外の誰とも付き合ってほしくない。和希の事を一人占めにしたい。
きっとこの気持ちは『嫉妬』というものなのだろう。
今までも和希に対して、嫉妬っぽい感情を抱くことはあった。でも、今回ほど強烈に感じたことはなくて……。
(和希……)
熱っぽい瞳で彼を見つめる。
彼のことが好きよりもっと、大好きだから。……だから、和希の事を一人占めしたい。私だって、和希に素直な気持ちをぶつけたい。
もう、我慢できなかった。
「……和希はずるいです。ずるいです……。自分は好き放題に言って……。そんな事言われたら、私だって我が儘を言いたくなってしまうじゃないですか」
急に声をあげた私に、困惑する和希。それでも、込み上げてきた気持ちは簡単に収まってくれない。
私は、和希の右手をギュッと両手で握り締める。
「私だって、嫌です。今の和希は誰よりも執事服が似合っていて、かっこよくて……だから、誰にも見せたくないです。私だけが、見ていたいんです」
一度堰を切った言葉は、次々と溢れて止まらない。
「同じです……私だって、同じなんです。みんなの前に今の和希を出すのなんて、絶対に嫌です。不特定多数の女性に見られたくなんてないです。だから、みんなの前に出てこないで下さい!」
すごく身勝手なことを言っている自覚はもちろんある。
でも、和希の事を顔だけでしか判断しないような人に、和希をとられたくなかった。
自分の気持ちを、そのまま口に出す。
「それに、誰かが和希の事を好きになったら、私がすごくこま――」
最後の言葉を言い切ることはできなかった。なぜなら――――――
和希が私の身体を引き寄せ、きつく抱き締めてきたから。
今回も読了ありがとうございます。そして、いつも感想やお気に入り、評価をありがとうございます。励みに頑張りたいと思います。
予定ではもう少し先まで書こうとしてたんですけどね……いつも通り、文字数が大変なことになったので区切りました。
ちなみにメイド服は一応、ワンダーゾーンの時に着ていたものだと思って下さい。もぎゅっとの方も可愛いので悩みましたけど、海未ちゃんが着る可能性が高いのは多分ワンダーの方だと思ったので。