真面目な彼女の家に居候することになった   作:グリーンやまこう

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 お久しぶりです。最終話から一か月くらいですかね。


AFTER STORY 1 真面目な彼女も風邪をひく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅん……?」

 

 陽の光を感じた俺は、目をこすりつつ窓の外に視線を移す。10月も後半。もう季節は11月に移ろうかという季節だった。

 昨日まで学園祭で疲れていた俺の身体をゆっくりと起こす。最近は風もめっきり冷たくなり、朝起きるのがだんだん辛くなっている。

 暑いのも嫌いだが、寒いのも嫌い。ほんと全部の季節が、春か秋になればいいのにと真面目に思っている。

 

「……起きるか」

 

 今日も普通に学校だ。学園祭分の振り替え休日を要求したいところなのだが、それは全て冬休みや春休みにまわされるらしい。

 個人的には疲れているので休ませてほしいところなんだけど……。しかし、文句を言って学校が休みになるわけではない。布団から出た俺は、洗面所へと向かう。

 

「うわぁ……なかなか酷い顔してるな」

 

 顔を洗う前、何気なく鏡に視線を移したのだが、これは中々に酷い。

 

 目の下にはクマができており、顔も若干やつれている。とても若さが売りの高校一年生とは思えないほどだ。

 まぁ、こんな顔になった理由は至極単純で、海未と付き合えることに興奮して眠れなかったからである。

 

 先日色々あって付き合うことになった俺と海未。流石にその夜はとても疲れていたのですぐに寝ようと思ったのだが……布団の中でずっと悶えていたため、全く眠れなかった。

 さっきも、昨日の出来事は全部夢なんじゃないかって疑ってたくらいだし。

 

「取り敢えず、顔を洗おう」

 

 あえて冷たい水で顔を洗い、ぼさぼさの髪を整える。改めて鏡を見直すと、少しはましな顔になっていたので安心した。

 すると、後ろから足音が聞こえたので俺は振り返る。

 

「…………」

 

 そこには今起きてきたらしい海未が立っていた。しかし、どこか様子がおかしい。

 顔がやけに赤く、瞳は潤んでトロンとしている。

 

 最初は俺に見惚れているのかとも思った。だが、それにしては余りにもリアクションが薄い。

 海未の性格を知っている以上、今日初めて顔を合わせたら緊張でテンパるに決まっている。ところが今の海未は俺の視線に気づいても慌てるどころか、挨拶もしてこない。

 

 いつもの海未ならどれほど慌てても、挨拶だけは絶対にしてくるのに……。

 

「おはよう、海未」

 

 一応、挨拶をしておく。ちなみに、俺の方も海未と顔を合わせたら絶対に緊張でがちがちになると思っていた。しかし、状況が状況なので緊張はどこかへ飛んでいってしまった。

 

「……あっ、和希。おはようございます……」

 

 覇気のない声であいさつが返ってくる。相変わらず反応が鈍い。

 俺を認識しても慌てるそぶりを全く見せない海未。うん、今の彼女は冗談抜きで絶対ににおかしい。

 

「ちょっとごめんな海未」

 

 俺はそう言って、彼女のおでこに右手を当て体温を確認する。

 

「……熱いな」

 

 彼女の額は明らかに熱かった。

 念のため自分の額に右手を当て、もう一度彼女の額に右手を当て直す。……やっぱり海未の方が熱い。しかも、かなり熱は高そうだ。

 

「こりゃ、風邪だな。海未、自分の部屋まで戻れるか?」

「和希の右手、ひんやりしてて気持ちいいです……」

 

 熱のせいなのか知らないけど、海未と会話がかみ合わない。これは早いとこベッドに寝かせないと。

 

「海未、悪いけどちょっとごめんな」

 

 俺は海未の身体を横抱きにする。いつもなら全力で抵抗されただろうけど、身体がだるいのか海未はされるがままだ。若干、息遣いも荒くなっている。

 彼女を部屋のベッドに寝かし、俺は睦未さんが待っているであろうリビングへ。

 そこでは睦未さんが既に朝食を並べて待っているところだった。

 

「おはようございます、和希さん。いつもより遅かったようですけど、何かあったんですか?」

 

 海未の母親である睦未さんが訊ねてくる。

 

「睦未さん、おはようございます。いえ、それが……」

 

 俺が事情を説明すると、

 

「分かりました。それでは海未さんの様子を見てきますね。ついでに熱も測ってきます」

「よろしくお願いします」

「別に和希さんが熱を測ってもいいんですよ?」

「早く行って下さい!!」

 

 余計なことを言った睦未さんを追い出し、俺は朝食を食べ始める。悔しいけどやっぱりうまい。

 そのままもぐもぐと口を動かしていると、体温計を持った睦未さんが戻ってきた。

 

「どうでした?」

「多分風邪ですね。熱もありましたし。今日は学校を休ませて病院に連れて行きます。和希さんは担任の先生に連絡をお願いできますか?」

「分かりました。穂乃果とことりにも伝えておきますね」

 

 ひとまず朝食を済ませ、身支度を整える。本来なら休みたいところだが、睦未さんもいるし大丈夫だろう。

 準備のできた俺は学校へ……向かう前に一度海未の部屋へと向かった。ベッドでは既に海未が寝息を立てている。その寝息も少しだけ苦しそうだ。どうやら、思った以上に体調が悪いらしい。

 辛そうな彼女を見てずっと傍にいてあげたくなったが、何とかその気持ちを断ち切った。

 

 そして俺は、海未の頭を優しく撫でる。

 

「……いってきます」

 

 一言だけ声をかけ、俺は海未の部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「えぇーー! 海未ちゃん、学校休みなの!?」

 

 俺がいつもの待ち合わせ場所で待っていた穂乃果とことりに海未が休みだと伝えると、案の定穂乃果が大きな声を上げる。心配するのはありがたいが、もっと声のボリュームを考えてほしい。一応ここ、住宅街だから。

 

「海未ちゃん、大丈夫なの?」

 

 ことりが心配そうな表情を浮かべる。心配そうな表情を浮かべることりはやっぱり天使だ。

 

「結構体調悪そうだったな。熱も高かったし。午前中、睦未さんが病院に連れていくとは言ってたけど。恐らく、文化祭の疲れが出たんだろうな」

「確かに海未ちゃん、文化祭頑張ってたからね~。それにしても、海未ちゃんが風邪をひくなんてびっくりだよ!」

「海未の事をなんだと思ってるんだよ……」

 

 失礼なことを言った穂乃果にツッコミを入れる。しかし、俺も海未が風邪をひくとは思っていなかったから、人のことは言えない。

 海未=健康優良児、みたいなイメージがあるからな。

 

「ま、まぁ、風邪をひいたのが文化祭後でよかったね。文化祭中だったら和希君、海未ちゃんに告白できなかったわけだし~」

「ソウデスネ」

 

 いじる気満々の視線を向けてくることり。その視線を俺は必死にやり過ごす。

 やり過ごせていないじゃないかというツッコミは禁止。

 

「今日、ことりはすっごく期待してたんだけどな」

「何を期待してたんだ?」

「和希君と海未ちゃんが、らっぶらぶで登校してくる姿に!」

「……言っとくけど、そんな事絶対にしないからな? そもそも、人前でイチャイチャなんて海未が嫌がるだろ」

 

 それに、俺だって恥ずかしいので人前でイチャイチャしたくない。たまに腕を組んだり、ベタベタしてるカップルを見かけるがよくできるなとある意味感心してしまう。

 しかし、俺の答えは穂乃果とことりには不評だったらしい。「はぁ……」と、思いっきりため息をつかれた。

 

「全く……これだから和希君は駄目なんだよ!」

「穂乃果ちゃんの言う通りです! 和希君の方からもっと積極的にいかないと!!」

 

 女子二人からお説教を受ける俺。何とも情けない光景だ。

 

「そ、そんなに駄目なんでしょうか?」

「ダメだよ! 海未ちゃんも口では恥ずかしいって言うかもしれないけど、多分本心では甘えたいって思ってるはずだしね!」

「そうそう。海未ちゃんも和希君と同じで素直じゃないけど、和希君の事は大好きなんだから!」

 

 少しだけ貶された気がしないでもないけど、どうやら俺はもっと積極的にいったほうがいいらしい。一応、これでも頑張ってるんだけどね。

 

「じゃ、じゃあ、これからは手をつなぐことから始めてみるよ」

「キスはしないの?」

「……ハードルが高いです」

『はぁ……』

 

 再び二人からため息をつかれる俺だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 自分のクラスに辿り着いた俺は穂乃果たちと別れ、教室の中へ。

 すると、クラス内から一斉に視線を向けられる。

 

「えっと、どうしたんだ? みんなしてそんな視線を――」

『ねぇ、海未ちゃんは?』

 

 息ぴったりだった。息ぴったりすぎて若干たじろいでしまう。しかし、抱いている気持ちは男女まるで違っていた。

 

 女子は俺と海未の話に興味津々といった感じ。一方野郎どもからは憤怒と嫉妬のこもった視線を感じる。理由は言うまでもない。お前ら、どんだけ俺の事を羨ましがってるんだよ……。

 

「ねぇねぇ、和希君。海未ちゃんはどうしたの? まさか、もう別れちゃった?」

 

 クラスの女子を代表して一人が俺に話しかけてきた。

 

 それにしても、もう別れちゃったって失礼な質問だな。付き合った次の日に別れるって、付き合った意味を疑われる気がする。

 そもそも俺は限りなく一途だと自負しているからな。海未は知らないけど、性格から察するに一途だと勝手に思っている。というか、一途でいてください。

 

「そんなわけないだろ。俺と海未は相思相愛だ」

『リア充爆発しろ!!』

 

 今のセリフはもちろん男子の皆さんからです。俺は男子どもをあえてスルーし、女子たちに視線を向けた。男子に絡んでたらロクな目にあいそうじゃない。

 

「今日、海未がいないのは風邪をひいて学校を休むからだよ」

「なぁーんだ。せっかくイチャイチャする二人を見れると思ったのに~」

 

 ガッカリといった風にため息をつく女子たち。なんかこの光景、デジャヴを感じるな。

 多分人前でイチャイチャするつもりなんてない、と言ったらことりたちと同様に怒られるのだろう。だから、絶対に言わない。

 

 ちなみに、俺と海未が付き合っていることはクラス全員にばれている。まぁ、後夜祭の告白タイムに二人で抜け出して、二人で顔を真っ赤にしてクラスメイトの元へ帰ってきたのだ。バレないほうがおかしいだろう。

 それでも根掘り葉掘り聞かれたんだけどね。告白の言葉とか、キスをしたのかとか、色々と……。もちろん、本当のことは言っていないけど、告白より疲れた記憶がある。

 海未なんて終始顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「おーい、お前ら席に着け~。HR始めるぞ」

 

 担任の先生がクラスに入ってきたため、クラスメイト達は自分たちの席に戻っていく。さて、俺は海未が学校を休むことを伝えないと。

 無事先生に欠席の件を伝え終えた後、いつも通りの授業が始まる。俺も今日くらいは真面目に受けようかな? と教科書を取り出し授業に臨んだのだが、

 

(海未のことが気になって授業に全く集中できねぇ……)

 

 俺は思わず頭を抱えてしまった。

 集中しようと思うのだが、そのたびに今朝見た海未の苦しそうな表情が浮かんできては消え、浮かんできては消えを繰り返す。正直、授業どころではない。

 睦未さんがついているとはいえ、今すぐクラスを抜け出して家に帰りたいくらいだ。

 

「……君、真嶋君!」

 

「……へっ?」

 

 名前を呼ばれた俺は、妄想の世界から現実へと戻ってくる。

 声の聞こえてきた方を見ると、クラスメイトの女子が呆れたような視線を向けてきていた。

 

「えっと、どうしたんだ?」

「さっきから英語の先生にずっとあてられてるよ」

「嘘だろ?」

 

 確認のため前を向くと、英語の先生が涙目でこちらを見ていることに気付く。まだ若い先生なので、俺の事を怒るに怒れなかったみたいだ。

 この先生とは一学期からの付き合いなのだが、一応毎回の授業で寝てはいない。

 横に座る海未が寝たり漫画を読んだりしていると、いつも怒ってきたからな。サボるにサボれなかったのである。

 

「あっ、すいません先生」

「先生、気にしなくていいですよ。和希君ってば、今日風邪で休んでいる可愛い彼女のことが心配で心配で集中できていないんですから」

「変なこと言うんじぇねぇよ!! 先生、これこそ気にしなくてもい――」

「えっ! 真嶋君、園田さんと付き合っているんですか?」

 

 先生が会話に乗ってきちゃったよ。目を子供のように輝かせる先生にため息が漏れる。

 やっぱりこういう話題は大人になっても気になるんだな……。

 

「そうですよ先生。和希君と海未ちゃんは昨日から付き合い始めたんです。それも、和希君から海未ちゃんに告白したんですよ?」

「えぇっ!? 真嶋君からですか? あれだけ園田さんの事を邪険に扱っていたのに? 園田さんも真嶋君の事を嫌っているように見えましたけど」

「先生、よく言うじゃないですか。嫌よ嫌よも好きのうちって。つまり、和希君と海未ちゃんはそういう事なんです」

 

 隣の女子とは違うクラスメイトが得意げに胸を張る。

 

「どうしてお前がそんな得意げなんだよ!!」

 

 なんか俺を無視して会話が続けられていたため、大声をあげざるを得なかった。しかしそんな事では、一度盛り上がった女子トークは止まらない。

 

「先生、和希君が海未ちゃんのどこを好きになったか気になりませんか?」

「だから、俺を無視して話を――」

「気になります!」

 

 ほんと、ノリのいい先生だな!! 結局、俺への追及は授業が終わるまで続いたのだった。

 海未のどこを好きになったのかは話さなかったけどね。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「あらっ? 和希さん、今日はいつもより早かったですね」

「いや、まぁHRが若干早く終わったので……」

 

 玄関で俺を迎えてくれた睦未さんが、少し驚いたような声を上げる。それもそのはずで、いつもに比べて帰ってくる時間が20分ほど早い。

 いつもより長く感じた6時間の授業が終わった瞬間に俺は教室を飛び出し、速攻で園田家へと帰ってきたからだ。久しぶりの全力疾走はなかなかに堪える。

 

「もしかして、海未さんが心配で早く帰ってきたのですか?」

「……だから、HRが早く終わっただけですよ」

 

 相変わらず勘のいい睦未さん。完全に図星だったのだが、俺はHRが早く終わっただけだと言い張る。

 

「ふふっ、まぁそういうことにしておきますね。それと申し訳ないんですけど、海未さんの看病をお願いできますか?」

「それは構いませんけど、どうかしたんです?」

「実はこの後に予定が入ってしまいまして。終わるのが夜遅くになりそうなんですよ」

「なるほど。それなら大丈夫ですよ。俺が責任もって看病しますから」

 

 多分言われなくても看病はしてたと思うけど。

 その後、薬の場所やお粥が冷蔵庫に入っていることなどを伝え、睦未さんは足早に家を出ていった。どうやら結構時間がギリギリだったらしい。

 

「さて……」

 

 残された俺は、制服から部屋着へと着がえを済ませる。そして、海未の様子を確認するために彼女の部屋へ。

 

「まだ寝てるみたいだな」

 

 海未はいつもより少しだけ赤い顔で眠っていた。そんな彼女の布団をかけ直す。

 

 ちなみに彼女は、インフルエンザとかではなく普通の風邪だったらしい。ただ、普段はあまり風邪をひかないせいで、若干酷くなっているみたいだった。

 

「取り敢えずタオルだけ変えるか」

 洗面器に水と氷を入れ直し、海未の額に乗っていたタオルを浸す。十分に絞った後、額に乗せ直すと彼女の表情が少しだけ和らいだ。

 

「……やることが無くなった」

 

 海未は眠ってしまっているため特にすることもない。仕方がないので一度部屋に戻り、最近読み始めた漫画(今更ながらスラダンにハマった)を手に戻ってくる。

 海未の部屋に置いてあった座布団に座り、漫画を読み始める俺。

 

 2時間ほどが経過した頃だろうか。

 

「んっ……」

 

 布団がもぞもぞと動き、くぐもった声が聞こえてくる。

 顔を向けると、目をこすりながら起き上がる海未の姿が見えた。俺は読んでいた漫画を閉じて立ち上がる。

 

「大丈夫か、海未?」

「はい……あれ? どうして和希が私の部屋に? お母様はいないんですか?」

「用事があるって、俺が看病を変わったんだよ。それで体調はどうだ? 苦しかったりしないか?」

「まだ少しだけ辛いですけど、薬を飲んだので午前中よりはましになりました」

 

 確かにまだ顔は赤いけど、朝より大分ましにはなっていた。

 

「まぁ、これでぶり返したらいけないから今日はゆっくりしてるんだぞ。あと、睦未さんがお粥を作ってくれたんだけど、食べられそうか?」

「そうですね。少しなら食べられそうです」

「よし、じゃあ温めてくるから少し待っててくれ」

 

 冷蔵庫に入っているお粥を取りにキッチンへと向かう。お粥を温め直してお盆に乗せた後、俺は海未の部屋へと戻る。

 

「これだけあるけど、食べられるだけでいいからな」

「…………」

 

 しかし、海未は俺からお粥を受け取ろうとしない。

 

 

 

「どうかしたのか?」

「…………さい」

「えっ?」

「……食べさせてください」

 

 

 

 海未から出た言葉が信じられなくて耳を疑ってしまう。しかし彼女は、真面目に食べさせてほしいと言ってるらしい。

 それは彼女の耳が真っ赤に染まっていることからもよく分かる。明らかに熱のせい以上に、赤く染まっているからな。

 

「えっと、それは冗談とかじゃないんだよな?」

「だ、だって、今の私が一人で食べるとこぼしてしまいそうですし……」

 

 もにゅもにゅと海未が呟くようにして話す。どうやら先ほどの言葉に嘘偽りはないらしい。まぁ、海未は冗談をいうタイプじゃないし本気で食べさせ欲しいのだろう。

 

 そこで俺の頭に穂乃果の言葉が思い浮かんできた。

 

 

 

『多分本心では甘えたいって思ってるはずだしね!』

 

 

 

 俺はもう一度海未に視線を向ける。

 

 少しだけ恥ずかしそうな様子で。だけど、どこか期待するような視線を俺に向ける彼女。

 

(穂乃果たちの言うことが正しいのかもな)

 

 少しだけ笑みを浮かべた俺は、レンゲを手に取りお粥をすくう。そしてお粥を十分に冷ました後、彼女の前にそのレンゲを差し出した。

 

 

 

「はい、海未」

「えっ……いいんですか?」

「いいからこうしてレンゲを差し出してるんだよ。それで、食べるのか食べないのか?」

「た、食べます!」

 

 

 

 勢いよく海未がレンゲに食いつく。しかし、勢いが良すぎたせいか、若干お粥がこぼれてしまう。

 

「あっ……こぼれてしまいました」

「…………ちょっと待ってろ。今ティッシュ持ってくるから」

 

 少しだけ間が開いたのは、口から零れたお粥が若干エロくて……ゴホン、ゴホン。

 お粥を拭き終えた後は、海未にあーんして食べさせるを繰り返す。

 

「なんだかんだ全部食べちゃったな」

「そうですね。午前中もほとんど食べてなかったですから、お腹がすいていたのかもしれません。……ま、まぁ、和希が食べさせてくれたからかもしれないですけど」

「ん? 何か言ったか?」

「な、何でもないです!」

「それならいいけど。あっ、忘れないうちに薬だけ飲んでくれ。飲まないと、治るもんも治らなくなるからな」

 

 俺は海未に水と薬を渡す。これでもうひと眠りでもすれば完治するだろう。

 そう思って俺がベッドから離れようとすると、

 

「あっ、待ってください和希」

 

 海未が俺の服の端をギュッと掴んできた。

 

「海未?」

「えっと、その、実は眠ったら寝汗をかいてしまっていたみたいで……」

「おっと、悪いな気が付かなくて。それじゃあ俺は一度部屋の外に出てるから。着替え終わったら呼んでくれ」

 

 恐らく新しいパジャマに着がえたかったのだろう。確かに、熱がある時っていつも以上に汗が出てくるからな。

 

「そ、そうわけじゃないんです」

 

 しかし、海未は出て行こうとした俺を呼び止める。はて……じゃあ一体どういうわけなんだろう? 

 俺が首を傾げていると、意を決したように海未が口を開く。

 

 

 

「寝汗をかいて少し気持ちが悪いので……身体を拭いてもらえませんか?」

 

「……へっ?」

 

 

 

 今度こそ聞き間違いだと思った。というか、聞き間違いだと思いたかった。

 

「あの、それは俺が海未の身体をタオルで服と言うことで間違いないでしょうか?」

 

 思わず敬語になってしまう。いや、食べさせてやるのはともかく、まさか海未がここまで要求してくるとは思わなかったから……。

 

「っ!? ……そ、そうです」

 

 恥ずかしそうにキュッと目を瞑った海未が頷く。

 

「じゃ、じゃあちょっと待ってろ。今お湯とタオルを持ってくるから」

 

 俺は海未の部屋を出て浴室へ。新たな洗面器にお湯を入れ、タオルを手に取り戻ってくる。

 

「……そ、それでは上着を脱ぐので、少し後ろを向いてもらってもいいですか」

「お、おぅ……」

 

 ドクンドクンとうるさい心臓を押さえ、俺は後ろを向く。

 

 すると、すぐに服の擦れる音だけが聞こえてきた。しゅるしゅると布の擦れる音だけが部屋に響く。そして、

 

 

 

「もう、いいですよ……」

 

 

 

 今にも消え入りそうな声で俺の名前が呼ばれる。

 

 

 

「わ、分かった」

 

 

 

 振り向くと海未はベッドの上に座り、背中だけをこちらに向けている状態だった。

 

 

 

「そ、それじゃあ、お願いします」

 

 

 

 そういって海未は背中が見えるように髪を手で束ねる。彼女の背中が見えた瞬間、俺の口からため息が漏れた。

 

 シミ一つない、きめ細かく真っ白な肌。あまりの美しさに一種の芸術作品なのではないかと勘違いしてしまうほど。

 

 思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

 

 

「…………」

 

「か、和希。あまりじろじろ見られると恥ずかしい……です」

 

 

 

 どうやら、海未の背中に見惚れすぎてしまったらしい。海未から恥じらいの声が上がり、俺は我に返る。

 

「わ、悪い。あまりに綺麗だったから……」

「そ、そういうことは言わなくてもいいです!」

 

 お叱りの言葉を受け、俺はようやく動き出した。タオルをお湯に浸し、よく絞って適当な大きさに畳む。

 

「そ、それじゃあ、拭くからな?」

「は、はい……」

 

 海未の了承を得たところで、俺は背中に向かって手を伸ばす。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 タオルが背中に触れると、海未の身体がピクッと反応した。

 声をもらさないよう、彼女は口元を手で押さえる。しかし、そのせいで声がくぐもった感じになり余計彼女を妖艶に魅せていた。

 手の間から漏れる熱い吐息も、艶っぽさに拍車をかけている。

 

(無心だ無心。無心で素数を数えるんだ俺)

 

 海未の背中を傷つけないよう慎重にタオルを動かしつつ、俺は無心で素数を数え始める。しかし、余計な煩悩が俺の頭を駆け巡っていた。

 

 目の前には上半身裸の彼女がいる。こんな状況で無心になれというのは、男としても彼氏としても土台無理な話。だからといって、襲うこともできないのが現状だ。

 

 そもそも、海未を押し倒す勇気も持ちあわせていない。仕方がないので素数を数え続ける。心の中での素数が229に達したところで、

 

「取り敢えず、背中は全部拭いたぞ」

 

 生殺しのような時間がようやく終わった。俺はふぅ、と息を吐き背中を拭いていた手を離す。

 

 

 

「……流石に前は自分でやってくれよ?」

「っ!! 言われなくても自分で拭きますよ!!」

 

 

 

 自分でもなかなか最低なことを言った気がする。海未に頭を下げ、俺は再び部屋の外へ。

 5分後、

 

「もう、入って大丈夫ですよ」

 

 海未から了解を得たので、俺は再び部屋の中へと戻る。部屋の中では顔を赤くした海未が、女の子座りでベッドの上に腰掛け俺を待っていた。

 パジャマは先ほど着ていた水色のものから、ピンクの色のパジャマへと変わっている。

 

「…………」

「…………」

 

 さっきまであんなこと(別にいかがわしいことはしていない)をしていたため、少しだけ気まずい。

 

「……た、体調はもうよくなったのか?」

「は、はい。朝に比べたらだいぶ良くなりました」

「そりゃよかったよ。まぁ、さっきも言った通りまたぶり返すといけないからな。今日はもう大人しくしてるんだぞ?」

 

 海未は「分かりました」と言って布団にもぐる。

 

 首だけ上を出した海未の頭を俺は優しく撫でると、そっぽを向いて今日一番言いたかった本音を呟いた。

 

 

 

「早く風邪を治せよ。……海未がいないと家でも学校でもつまらないんだ」

 

 

 

 耳まで赤くして呟いた俺の言葉を受け、海未が布団を深く被り直す。そして、「……熱が上がっちゃいます」とこれまた俺と同じく小さな声で呟いた。

 

 さて、海未が寝てしまえば看病もこれにてお終い。この後は勉強でもしようかなと考えていると、

 

「……和希」

 

 身体を俺の方に反転させた海未が名前を呼ぶ。

 

「どうした?」

「最後に一つだけ、我が儘を聞いてもらってもいいですか?」

 

 海未が我が儘? それって何気に珍しいことだな。

 俺が頷くと海未は布団の中から右手を差し出してくる。

 

 

 

「私が眠るまで握っていてください」

 

「……そんな事でいいのなら」

 

 

 

 両手で包み込むようにして右手を握ると、海未は安心したように目を瞑る。そして数分も経たないうちに、

 

「すぅ……すぅ……」

「寝ちゃったか」

 

 可愛い寝息が俺の耳に聞こえてきた。多分、薬の影響が出たのだろう。気持ちよさそうに眠っている。

 

「……じゃあ海未も寝たことだし、俺は自分の部屋に戻ろう」

 

 そう思って立ち上がろうとしたのだが、

 

 

 

ギュッ

 

 

 

 海未が俺の左手を離してくれない。幼い子供のような彼女に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「今日はここで寝るか」

 

 

 

 部屋に戻ることを諦め、俺は座布団の上に座り直した。

 特にやることもないので眠っている海未の顔を眺める。眠っていても俺の彼女はやっぱり可愛かった。ずっと眺めていたかったのだったが、俺も俺で疲れていたらしい。

 

 気づくと俺は、海未のベッドに突っ伏すようにして眠ってしまったのだった。

 

 

 

 ちなみに帰って来た睦未さんが海未の部屋を訪れ、俺たちの姿を写真に撮りまくったのはまた別の話。




 読了ありがとうございます。
 こうして復活を遂げたわけですが、これからはのんびり続きを書いていこうと考えております。あまりに期間をあけすぎることもしませんが、一週間に一度というのは考えておりません。他の作品との兼ね合いもありますし、リアルも忙しくなってきているので……。
 まぁ、自分のペースで更新していきますが、これからもよろしくお願いします。
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