真面目な彼女の家に居候することになった 作:グリーンやまこう
海未が風邪をひいてから月日は流れ、既に11月の下旬へと季節は突入していた。肌を撫でる風が日に日に冷たくなっている。もう二日もしないうちに12月である。ほんと季節の流れは早い――。
「ねぇ、和希君!」
「ん? どうしたことり?」
声をかけられた俺は、並んで歩いていた彼女の方に視線を向ける。見ると彼女、南ことりは少し怒っている様子だった。
ちなみに今は朝の登下校中で、ことりの隣には穂乃果もいる。海未は弓道部の朝練があるとのことで不在。
「最近海未ちゃんとなんかギクシャクしてない?」
「……別に、普通だと思うけどな」
相変わらずの鋭い観察眼に俺は視線を逸らす。しかし、目を逸らしてしまったことが逆に良くなかったらしい。
「目を逸らしたってことは、和希君もギクシャクしてるって思ってるんじゃないの?」
「だ、だから別にギクシャクなんて……」
「えぇーー!! 和希君と海未ちゃん、喧嘩してるの!?」
「穂乃果、うるさい」
大きな声を出した穂乃果の頭に軽く手刀を下ろす。
「い、痛いよ和希君……」
「穂乃果の声が大きすぎるんだよ」
「そんな事よりも、和希君はどうして海未ちゃんとギクシャクしてるの?」
穂乃果とのやり取りで先ほどの質問を誤魔化せるかと思ったら、全く誤魔化せなかった。流石ことりさんである。
「俺たちってそんなにギクシャクして見えた?」
「見えました! お互いの距離が若干開いてるし、会話もチグハグしているように見えるし」
頬を膨らませながらことりが答える。
「きょ、距離はそこまで離れてないだろ? 会話だって普通に――」
「普通に見えないからこうして怒っているんです! 付き合ってから今まで集合場所に歩いてくる二人を見てきたけど、すっごくギクシャクしてるんだもん! まるで付き合ったのはいいけどお互い恥ずかしくてどうしていいか分からない感じに!」
「あっ、それは穂乃果も思った! なんていうか、初めて知り合ったみたいによそよそしい感じがする!」
「うぐっ!?」
二人の言ったことが的を得ていた……というか、まんま図星だったので俺はうめき声をあげる。ここまで見破られていると隠し通せるとは思えないので素直に認めるしかない。
「い、いや、まぁ、そうなんだけど……」
「はぁ……」
ことりがため息をつく。そのため息には「はぁ、このヘタレはどうしようもないな」という意味が込められていることだろう。
「和希君って意外と恥ずかしがり屋なんだね! 女の子みたい!」
悪気のない穂乃果の言葉に、俺のメンタルが益々抉られる。無邪気な彼女の言葉はことりのため息よりダメージが大きい。まさか、不良で名が通っている俺が女の子みたいと言われる日が来るとは……。
「もうこの際だから色々聞いちゃうけど和希君、正直に答えてね」
「はい」
「付き合ってから手をつないだ?」
「外では繋いでません。なんか付き合ってから妙に意識しちゃって」
「どれくらいの頻度で一緒に帰ってる?」
「う、海未の部活があるから、週一くらいでしか一緒に帰ってません」
「……ねぇ、和希君」
「何でしょうか?」
「ちょっと想像以上に酷くて、ことりすっごく驚いてます」
「返す言葉もございません……」
呆れを通り越して感心すらしていることりに俺は情けなく首を垂れる。改めて口に出すと、自分のヘタレ加減がよく分かった。ほんと俺、何してるんだろう?
「和希君って、想像以上にヘタレだったんだね!!」
「そんなに元気よくヘタレって言わないで……」
俺のライフはとっくにゼロだから。ぼろくそに言われ過ぎて涙が出そうである。
「もうっ! どうして和希君と海未ちゃんはそんな事になってるの? 普通、付き合って一か月くらいって一番楽しいときじゃないの?」
「いやまぁ、そうなんだけど……」
プンプン怒ることりに対して、俺は歯切れ悪く答えるしかない。
「海未と付き合えて本当は凄く嬉しんだけど、なんというか『付き合う』って単語をすごく意識して、普段通りに振る舞えないんだよ。気恥ずかしいし、何話していいか分からないし……」
付き合う前はあれだけ普通に話せていたのに、いざ付き合ったら全くと言っていいほど会話が続かないのだ。正直、普通に話せるのは家にいる時くらいである。まぁ、それも二人きりじゃなくて睦未さんがいる時限定なんだけど……。
海未も海未で妙に意識しすぎているのか、二人だけの時は口数が少ない。それが余計に俺たちのギクシャクを助長していた。
「和希君と海未ちゃんは中学生なんですか?」
「ふぐっ!?」
きょ、今日はことりのツッコミが容赦ない。裏を返せば、それだけ今の俺たちが見ていられないのだろう。
「確かに和希君も海未ちゃんも初めて付き合ったわけだし、ギクシャクするのも分かるんだけど」
「今の状況はあまりに酷過ぎて目も当てられない……そういうわけですか?」
「概ねその通りです」
改めて肯定されるとやっぱり心にグサッとくる。
「というか、和希君って付き合い始めて次の日、海未ちゃんの看病をしてなかったっけ?」
「看病はしたけど、あの時は状況が状況というか……」
海未は風邪をひいて、俺と話すことなくほとんど寝てたわけだし。
「海未ちゃんの背中も拭いたのに?」
「ちょっとことりさん!? その話はいったい誰から?」
「もちろん、海未ちゃん♪」
「う、嘘だろ……」
恥ずかしがり屋の海未がどうしてそんな事を言ったんだろう?
「すごく恥ずかしそうだったけど、すごく嬉しそうだったよ?」
「やめて、そんないい笑顔で俺のをからかわないで!」
久しぶりにドSなことりを見たところで穂乃果がキョトンと首を傾げる。
「和希君って海未ちゃんのこと好きじゃないの?」
「そんなわけあるか。大好きに決まってるだろ」
「海未ちゃんがいないとそう言うことは平気で言えるんだね……」
「逆に本人がいたら絶対に言えない」
「和希君、今の言葉は流石の穂乃果でもフォローできないよ……」
朝から二人に呆れられつつ、俺たちは学校に到着したのだった。
☆ ★ ☆
『…………』
その日の帰り道。
部活が休みだといった海未と一緒に帰っているのだが、全くと言っていい程会話がなかった。
一応、話はしているのだが長続きしない。少し話しては無言になり、少し話しては無言になる。気まずい空気のまま、帰り道も既に半分以上を消化していた。
(ことりが今の状況を見たららまたプンプン怒るんだろうな)
余計なことを考える余裕はあるのだが、隣にいる海未と盛り上がれるような話題を考えることはできない。出てくるのは緊張による冷や汗だけである。
更に、お互いの距離もやっぱり付き合う前に比べて少しだけ離れていた。付き合う前はなんだかんだで拳一つぶんくらいだった距離が、今では拳三つ分くらい離れている。
すぐに手の届く距離ではあるのだが、今はその距離が限りなく遠い。
(無言のまま歩くよりも、喧嘩してた方がよっぽど気まずくならなくてすんだかも……)
喧嘩している時はお互い遠慮なく言いたいことが言えたのに、いざ付き合ってみると今度は遠慮ばかりで言いたいことが言えない。何とも、もどかしい感覚だった。
世間一般のカップルはこんな時、どのようにして気まずさを解消しているのだろう?
「あ、あのっ、和希!」
「……えっ? あっ、はい」
考え事をしていた俺は海未への反応が少しだけ遅れ、何とも言えない返事を返す。
その瞬間、海未の顔が悲し気に歪んだ気がした。
「え、えっと、どうかしたのか?」
「……いえ、何でもなかったです。だから気にしないで下さい」
そう言って海未が笑顔を浮かべる。しかしそれは張り付けただけの、かなり無理をしているような笑顔だった。
「そうか。ならいいんだけど……」
「はい……」
「…………」
「…………」
再び始まる無言の時間。気まずい雰囲気のまま、俺たちは園田家まで歩いていく。
海未の部活の都合で週1,2回しか一緒に帰ることができないのに、こんなことになってしまっているもどかしさ。
だからこそ俺はこの空気を解消させるために――
「……そんな訳で、二人に集まってもらったというわけです」
あの日から三日ほど経った放課後。
俺は園田家に穂乃果とことりを招いて相談にのってもらうことにした。
「和希君がいきなり呼び出すから何事かと思ったけど……やっぱり海未ちゃんとのことだったんだね」
目の前で可愛く女の子座りをすることりが呆れたような声を上げる。何というか、最近ことりに呆れられてばかりのような気が……。俺がヘタレすぎるんですね、本当にごめんなさい。
「和希君、まだ海未ちゃんとギクシャクしてたの?」
「まだって……いや、そうなんだけどさ」
目の前でおせんべいをかじりながら、呑気な声を上げる穂乃果。もう少し緊張感を持ってください。まぁ、さっきも言った通り俺がヘタレじゃなければ全て解決する問題なんだけど。
ちなみに、今俺たち三人がいるのは先ほども言った通り園田家にある俺の自室。喫茶店でもよかったのだが、お金もかかるしあまり長居をするのもという理由で俺の部屋になったというわけだ。
もちろん、海未はいない。今日は弓道部の活動があると言っていたので、しばらく帰ってくることはない。つまり、ことりたちに相談するには最適のタイミングだったのだ。
「えっと、まずは端的に聞きたいんだけど、まだ俺と海未ってギクシャクして見える?」
『見える!』
「こ、声を揃えて……」
声を揃えて即答されるほど、状況は何も解決していないということなのだろう。あの日からは何とか間を持たせようと努力してたのに。
「い、一応、俺なりに積極的に話しかけたりしてたんだけど?」
「確かに話しかけてはいたみたいだけど……和希君、すごく無理して話しかけてたでしょ?」
いきなり見破られて俺は押し黙る。
「今日の朝とか二人の会話聞いてたけど、とても一緒に住んでて付き合ってるカップルには見えませんでした!」
「なんか和希君の一方通行って感じがしたよね~」
ことりだけでなく穂乃果にまでそう思われているということは、本当にその通りなのだろう。
ことりはともかく、穂乃果って意外と直観的に鋭いところがあるし。
「会話をすることも大事だと思うけど、無理して話しかけられたら海未ちゃんもあんまりいい気分はしないんじゃない?」
言われてみると話しかけていた時の海未は、どこか困ったような表情を浮かべていた気がする。それに海未の方から話しかけてきた事は一度もなかった。
俺の額にスーッと冷や汗が流れる。
「もしかして、今日話しかけてたのって逆効果?」
「少なくとも、いい効果は何一つなかったと思うよ」
「…………」
「わぁっ!? 和希君の顔が真っ青に!」
容赦のないことりの言葉に俺はただただ呆然と固まってしまう。
「ねぇ和希君。ギクシャクし始めてから海未ちゃんとしっかり話をした?」
そんな俺を見てことりが少し優しい声色で聞いていた。俺は彼女の問いを頭で反芻させ記憶を思い起こす。そして、
「……多分一度もしてない気がする。家にいても基本的には世間話をするくらいだったし」
「なるほどね。ことりの個人的な意見なんだけど、やっぱりちゃんと話し合ったほうがいいと思うな。和希君、海未ちゃんに色々言いたいことがあるんでしょ?」
「まぁ、確かに色々言いたいことはあるけど」
「だったら、尚更ちゃんと話し合わなきゃ駄目だよ。喧嘩もしてないのにギクシャクしてるって、一番よくない状況だと思うから。それに、海未ちゃんだって色々言いたいことがあると思うしね」
「海未も?」
「口に出してないだけで、言いたいことは沢山あると思うよ。もしかすると、和希君以上にね♪」
そう言ってパチッとことりがウインクを決める。もしかすると、ことりは俺からだけじゃなく、海未からも相談を受けていたのかもしれない。
「確かに海未ちゃん、言いたいことたくさんありそう! だって、和希君とあんまり仲良くなかった時はあれだけ色々言ってたんだから」
「そう言われてみると確かにその通りだよな。だけど、穂乃果に指摘されたのが納得できない」
「何でっ!?」
「冗談だよ」
プンプン怒る穂乃果を宥めつつ、俺の頭にはある一つの疑問が浮かんだ。
「でも、それじゃあなんで付き合ったら前みたいに色々言ってこなくなったんだろうな?」
「そんなの決まってるじゃん! 海未ちゃんは和希君の事が大好きだからだよ!」
「はぇっ!?」
自信満々で宣言した穂乃果に、思わず変な声が出た。顔が熱くなる。
「ふふっ♪ 和希君は恥ずかしがってるみたいだけど、ことりも穂乃果ちゃんの言う通りだと思うな。だって考えてみてよ。和希君は海未ちゃんのことが大好きなんだよね?」
「そりゃ、まぁそうだけど」
口に出すのも恥ずかしいことを平然と聞いてこないでほしい。
「でも、大好きな海未ちゃんに色々我が儘を言ったら嫌われるって、和希君思ってない?」
俺はことりの言葉にギクッとして体を震わせる。なぜなら彼女言ったことがまさに的を得ていたからだ。
「……思ってます」
「そこまで自覚できてるなら、もう答えは出てるよね?」
「えっ?」
首を傾げる俺に、ことりがいつも通りふんわりとした笑顔を浮かべる。
「ギクシャクの原因はね、多分お互いが遠慮しちゃってるからだよ。海未ちゃんも和希君もお互いのことが大好きで、すごく大切にしたいって思ってるから。だから遠慮しちゃうの」
ことりの言葉がストンと俺の心に落ちる。心のつっかえが取れたような感覚。
「お互いの事を大事にしたい、大切にしたい。そう思えることはとっても素敵なことだと思う。でも、だからといって遠慮しすぎるのもよくないんじゃないかな? せっかく両思いで付き合ってるわけなんだし!」
「そもそもこれまで散々喧嘩してきてたんだし、我が儘を言ったところで今更だよ! 海未ちゃんと和希君はそんな事で別れたりしないから安心して! それは穂乃果が絶対に保証できるから!」
ニコッと笑顔を浮かべる穂乃果につられて俺も笑顔になる。穂乃果らしい、素直で真っ直ぐな言葉。だけど、その通りだと思った。
「和希君は海未ちゃんのことが大好きだし、海未ちゃんも和希君の事が大好き! ぜんっぜん問題ないじゃん!!」
「問題はないけど、恥ずかしいから大きな声で大好きを連呼しないで……」
人から言われるとめちゃくちゃ顔が熱くなるから。
「それじゃあ、和希君はこの後海未ちゃんが帰ってきたら言いたいことを、全部話すんだよ?」
「なんかことり、お母さんみたいだな」
「もうっ、茶化さない! そんな事言うと今度から相談に付き合ってあげないよ?」
「そ、それだけは勘弁してください」
「これからも和希君の恋愛相談は続きそうだね~」
一通り相談が済んだところでことりが確認とばかりに口を開く。
「それで和希君、最後にことりの質問に答えてください」
一体何を質問するんだろうと身構えると、
「和希君は海未ちゃんのことが好きですか?」
ズルッとその場に転びそうになった。恐らく、ちゃんと素直になれるようにといった意味が込められているのだろう。
俺は一度深呼吸をして口を開く。
「好きだよ」
「じゃあ今海未ちゃんと、どんなことしたい?」
け、結構踏み込んだところまで聞いてくるんだな。
「まずはちゃんと話したい。ギクシャクが無くなったら、もっと手をつないで歩きたいし、もっと一緒に帰りたい」
「他には?」
これで終わりかと思ったら追撃があった。ことりさんの目がキラキラしている。
「ほ、他に!? そ、そりゃ、もっと色々したいけど……」
「海未ちゃんを抱き締めたいとか? 海未ちゃんとキスしたいとか?」
「…………まぁ」
「ふふっ♪ 和希君ってば照れちゃって、可愛いっ!」
「ことりが聞いてきたんだろ!!」
気付けば穂乃果までニマニマしてるし……あぁ恥ずかしい。
「これだけ素直になれれば海未ちゃんと話すときも大丈夫だね! 多分海未ちゃんも同じように思ってるから!」
「海未ちゃんも女の子なんだから和希君、大事なところでヘタレないように!!」
「これだけ言われてヘタレるわけにはいかないから頑張るよ」
「じゃあ頑張ってね和希君! あんまり遅くなると海未ちゃんが帰ってきちゃうかもだから、ことりたちはこれで帰るね」
「おう。話を聞いてくれてありがとう」
そう言ってことりが部屋を出るためにふすまを横にスライドさせる。すると、
「きゃっ!?」
『!?』
まだ帰って来ていないはずの海未が俺の部屋に転がってきた。いきなりのことに目を丸くする。
もしかしたら、ことりと穂乃果があらかじめ海未に連絡していたのかもしれない。そう思って二人に視線を向けると、俺と同様に目を丸くさせていた。恐らく、この二人も予想だにしていなかったのだろう。
しかし、ことりは目を丸くすると同時に口元をニヤッとさせていた。「すごく面白いことになった」という感じに。
「いたた……あっ!」
そこで腰をさすっていた俺と海未の視線がばっちりと合う。見つめ合うこと約三秒。
「っ!!」
海未の顔が真っ赤に染まった。俺はその反応を見て思わず片手で顔を覆う。
恐らくことりたちとの会話はほとんど聞かれていた。じゃなきゃ、ギクシャクしてる中でいきなり顔を真っ赤になんてしない。
「穂乃果ちゃん、私たちはさっさとお暇しようか?」
「そうだねことりちゃん。二人の邪魔をしちゃ悪いもんね」
『っ!?』
俺と海未が顔を真っ赤にしている間に二人は、『頑張って~』と手を振りながら帰っていってしまった。
「…………」
「…………」
部屋の中に訪れる沈黙。しかし、ギクシャクしている時の沈黙とは違い、不思議と息苦しさはなかった。
「……なぁ、海未」
「は、はいっ!」
黙っているわけにもいかないので、俺は海未に声をかける。一方海未は少し緊張している様子だった。
「さっきの話、いつから聞いてた?」
聞かれていたことに間違いはないけど、一応聞いてみる。
「えっと……ことりが私たちのギクシャクの原因を言っている時くらいからです」
「その、ことりが海未の事を色々俺に聞いてきた会話は?」
「……全部聞こえてました」
消え入りそうな声で海未が答える。最初からではなかったのだが、恥ずかしいところはばっちり聞かれていた。
「ところで、今日は部活じゃなかったのか?」
「それが、今日は先生の急用でミーティングだけになったんです。それで家に帰ったら、和希の靴以外に二足の靴が置いてあったので……」
なるほど。だからこんな早く家に帰ってきたのか。
「誰の靴か気になって俺の部屋まで来たら、あんな話が聞こえてきて入るに入れなくなったと」
「……はい。すいません、盗み聞きするような感じになってしまって」
「いや、それ自体は問題ないよ。むしろ、最初から話す手間が省けて助かったくらいだし」
どうせ後から話そうとしていたことを全部聞かれていただけだ。早く話すか遅く話すかの問題だけ。
俺は頭をかきながら海未と視線を合わせる。
「もう海未は俺の話を聞いてたわけだからさ……今度は海未の話を聞かせてほしい」
「……我が儘なことでも聞いてくれますか?」
「むしろ我が儘なことを言ってほしいかな?」
「ふふっ、なんですかそれ?」
少しだけ海未の表情が和らぐ。そして海未は俺の右手をギュッと握ってきた。
「私も和希と手をつないで歩きたいです。朝、穂乃果たちと会うまでの時間でいいですから」
「うん。むしろ、そんな短い時間でもいいのか?」
「ま、まだ人前でつなぐのは恥ずかしいので」
恥ずかしそうに海未が顔を赤く染める。理由が実に海未らしい。
「他には?」
「あと……一緒に帰れる日をもっと増やしたいです」
ボソッとそういった後、慌てたように海未がぶんぶんと手を振る。
「で、でも、無理にとは言いませんからね! 部活だっていつも同じ時間に終わるとは限りませんし、何より和希は私の部活が終わるまで残ってないといけませんから。……でも、一人で帰ってるとやっぱり寂しいというか、空しいというか」
はぁ、俺は自分の大好きな彼女になんて思いをこの一か月間させていたんだ。自分で自分のヘタレ具合が嫌になる。
「いいよ。むしろ、その事は俺から言い出さなきゃいけなかったことなんだけどな」
「やっぱり、私が和希を嫌うと思ってたんですか?」
さっきの話を聞いていただけあって察しがいい。
「まぁ、うん。恥ずかしい話なんだけど」
「確かに恥ずかしいです。出会った頃はあれだけ好き放題、私に言ってきたのに。よくうるさいとかうざいとか言われましたっけ?」
「あん時の話はしないでくれ……」
顔が急に熱くなり俺はそっぽを向く。
あの時は、本当に海未の事をただうるさいやつとしか思ってなかったんだよ。
昔を思い出して恥ずかしがる、そんな俺の胸に海未が抱き付いてきた。
「はぇっ!?」
突然のことに俺は目を白黒させる。俺から衝動的に抱き付くことはあっても、海未からはほとんど抱き付いてこないからだ。
「う、海未!? いきなりどうしたんだ――」
「嫌うわけなんてないです」
「っ!!」
囁くようにして彼女が呟く。
「好きです……、和希……」
強い力で抱き付きながら、甘い言葉をもらす。俺の身体は固まってしまったかのように動かない。海未の表情は見えないが、耳は真っ赤に染まっていた。
「だけど、私も同じです。私も我が儘を言ったら嫌われると思ってました。……変ですよね。付き合う前はあれだけ普通に振る舞えてたのに」
真っ赤になった顔を上げ、海未が潤んだ瞳を向ける。その瞳は不安げにゆらゆらと揺れていた。
「嫌うわけない」
今度は俺の方から海未の身体を抱き締める。
彼女の身体は少しだけ震えていた。その震えが彼女の寂しさを物語っている。
「この一か月間、ずっと不安にさせてごめん」
「……気にしないで下さい。不安にさせたのはお互い様ですから。私も和希を不安にさせてごめんなさい」
海未の言葉を聞いて俺はホッと一息つく。なんだかやっと胸のつかえが取れた感じだ。思わず笑みが漏れる。
「何だろう。付き合うって意外と難しいことなんだな」
「多分、そう感じているのは私たちくらいだと思いますよ」
「そんなわけ……いや、否定できない」
「ふふっ♪ 私たち、意外と似た者通しだったんですね」
胸の中で微笑む海未が可愛い。そんな彼女の頭を優しく撫でる。
「これからはもっと俺から手を繋いだり、一緒に帰ったりする」
「はい」
「海未が部活の日は図書館で勉強でもして待ってるから。終わったら連絡してほしい」
「分かりました。和希も何か私にしてほしいことがあったら言って下さいね? 私、何でもしますから」
「…………海未、今の言葉自覚ある?」
「何の自覚ですか?」
「いつも通りの海未で安心したよ」
可愛く首を傾げる海未に苦笑いを浮かべる俺。普段はしっかりしてるんだけど、意外と天然な部分があるから困る。そんなところも可愛いからいいんだけど。
「よし、それじゃあ話は終わりで……ん?」
俺は話を終わらせようとしたのだが海未が一向に離れてくれない。
「えっと、どうしたんでしょうか?」
「……も、もう少しだけ」
彼女の口から漏れたのは小さな我が儘だった。
言った後で恥ずかしくなったのか、抱き付く力が強くなる。
「お、おぅ……」
一方俺の口から漏れたのは何とも間抜けな返事だった。
☆ ★ ☆
「ことりちゃん、和希君たち大丈夫だったかな~?」
「うーん、昨日あれだけ色々言ったから、多分大丈夫だと思うんだけど……」
次の日の朝。いつもの待ち合わせ場所で心配そうに話す穂乃果とことり。心配しているのはもちろん、和希と海未のことだった。
和希も最後にはちゃんと話すと言っていたものの、やっぱり心配なものは心配だったのである。
「これで何も話せていなかったら二人、別れちゃうかも……」
「流石に別れそうになったらことりがなんとしてでも二人を離し合わせて……って、あれ?」
ことりが何かに気付いたような声を上げる。
「ことりちゃん?」
「穂乃果ちゃん、こっち!」
「わわっ!?」
穂乃果を電柱の影へと引っ張ることり。
「いきなりどうしたの?」
「ふふっ♪ 穂乃果ちゃん、あれ見て」
「あれ? あれって一体……あっ!」
電柱の陰に隠れながら指さす方に視線を向けるとそこには、
手を繋いで仲睦まじく歩く、和希と海未の姿があった。
昨日まで感じていたギクシャクは全くと言っていいほど感じられない。穂乃果とことりはその光景を見て思わずにっこりと微笑む。
「……私たち、少しだけ心配し過ぎちゃったみたいだね」
「うんっ! それにしても和希君と海未ちゃん、幸せそうだな~」
気恥ずかしさは若干残っているものの、二人の表情からは幸せだという気持ちが滲み出ている。
「和希君ってば、すごい優しい表情を浮かべてるよね。普段からあんな顔してたらすっごくモテてたんじゃない?」
「確かにそうだけど、多分あの優しい顔は海未ちゃんにしか見せないと思うな。私たちにだってなかなか見せてくれないでしょ?」
「言われてみると……海未ちゃん、愛されてるなぁ」
二人が聞いたら恥ずかしさで顔を真っ赤にするような会話を、二人でニマニマしながら話す。
「それに海未ちゃんの顔も写真に収めたいくらい可愛いよね」
「ばれないように撮っておこうか?」
「賛成!」
スマホでパシャっと撮られた写真の中で海未は子供のような、どこかあどけなさの残る笑みを浮かべていた。
いつもキリっとした顔でいることの多い海未にしては珍しい表情。その写真を見て二人は再びニマニマと笑みを浮かべる。
「……さて、二人の幸せそうな姿を写真に収めたところで、私たちもそろそろいつもの場所に戻ろっか」
「穂乃果たちが電柱の影から突然現れたらびっくりさせちゃうもんね」
二人は電柱の影から出て、いつも通りの場所で二人を待つ。
すると二人に気付いた和希たちは慌てて手を離すと、何事もなかったかのように待ち合わせ場所に歩いてきた。
ギクシャクは直っても基本的には初心な二人に、三度口元が緩む穂乃果とことり。
「おはようございます穂乃果、ことり」
「おはよう、穂乃果にことり。……ってどうしたんだ? そんなにニヤニヤして?」
「何でもないよ~。私たちに気付いて手を離す二人には分からないよね、ことりちゃん?」
『っ!?』
「そうだね、穂乃果ちゃん♪ 幸せそうな顔で手を繋いでいた二人には絶対に分かりません!」
予期しない言葉に和希は口をパクパクさせ、海未は俯いてしまう。もちろん、顔はどっちも真っ赤。
「ふふっ♪ それじゃあ可愛い二人も見れたことだし学校に行こうか?」
「うんっ! ほらっ、和希君も海未ちゃんも早くしないと遅れちゃうよ?」
「ふ、二人とも、手を繋いでいたことをどこから見て――」
『れっつごー!』
和希からの言葉を遮って学校に走り出す二人だった。
読了ありがとうございました。タイトルで心配した方もいたかもしれないですが、中身はいつも通りでした。
さて、大体二か月ぶりに投稿したわけですがこの作品は今後もこんな感じでのんびり投稿していきます。となると、次投稿するのは二月かな? どうかゆっくりとお待ちいただければと思います。
それにしてもサンシャインがもう直ぐで終わってしまう……。個人的には果南の弱点が二つも出てきて可愛かったです。特に三話ではどこかの生徒会長を思い出しました。