真面目な彼女の家に居候することになった   作:グリーンやまこう

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 大分お待たせしました。
 今回はほぼ海未ちゃん視点です。


AFTER STORY 8 真面目な彼女と母親に会いに行くことになった 前編

 さて、波乱あり甘い時間ありのバレンタインから一か月ほどが経過し、今日は修了式が行われていました。その後は成績表が配られたり春休みの宿題が配られたり……もう一年生が終わってしまったと思うと寂しい限りです。

 和希は特に気にした様子もなく、いつも通り淡々とHRを受けていました。……来年、また同じクラスになれるとは限らないので、少しくらい寂しがってくれてもいいのにと思ったのは内緒です。

 

 

「それじゃあ、生徒会での話し合いが終わったら部室まで迎えに行くから」

「はい、わかりました」

 

 

 そう言って教室で和希と別れます。ちなみに誤解が解けた後、絢瀬先輩と話す機会が合ったのですがその時に、『ごめんなさいね。あなたの大切な彼氏君を何度も連れまわしちゃって』と言われて赤面したのも内緒です。

 絢瀬先輩はクールな外見と相まって、意外とお茶目なのかもしれません。というか、誰がバラしたのでしょう? 

 そんな事を考えているうちに弓道部の部室が見えてきた。今日、弓道部自体の練習はなく、来年度に向けてのミーティングを行う予定である。

 ミーティング自体は一時間ほどで終わり、私は荷物をまとめていつもの待ち合わせ場所へ。

 そこでは既に和希がスマホをいじりながら待っていました。

 

 

「すいません和希。遅くなりました」

「いや、俺もさっき来たところだから大丈夫だよ。それじゃあ帰ろうか」

 

 

 二人で校門まで歩いていき、校門を出たところでどちらからともなく手を絡ませる。流石に学校の敷地内で手をつなぐのはお互いに恥ずかしいので、いつもこのタイミングで手を繋いでいた。

 

 

「ところで、今日は生徒会室で何をしていたんですか?」

「来年度からの動きと、離任式、始業式に向けての確認かな。まぁ、俺はひとまず生徒会の仕事に慣れてほしいと絢瀬先輩からは言われたよ」

「確かに、和希は生徒会の経験が全くありませんからね。ちょっとずつ慣れていけばいいと思いますよ」

「絢瀬先輩たちの足を引っ張らない様に頑張るよ。海未たちは?」

「私たちも似たような感じです。春休みの練習予定を確認して、来年度の活動についてを話し合ったという感じでした」

 

 

 たわいのない話をしながら私たちは帰り路を歩く。でもこの帰り道が今は一番好きな時間だったりします。

 家で話すのとはまた違った感覚。見慣れた横顔も、また違って見えてくる。

 

 

「ん? 俺の顔になんかついてる?」

 

 

 和希の顔を見つめすぎたのか、彼が首を傾げる。そんな彼に「何でもないですよ」と首を振る私。

 

 

「ただ、来年も同じクラスだったらいいなと思ったんです」

「別に、同じクラスじゃなくても家で話せるじゃん」

「……そういうことではないんです」

 

 

 拗ねたように話して私はそっぽを向く。全く、これだから和希は……。私がぶすっと口を尖らせていると、和希が笑いながらポンと頭を撫でてきた。

 

 

「うそうそ、冗談だよ。俺だって海未と来年も同じクラスだったらいいって思ってる」

「じゃあ始めからそう言って下さい。言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」

「ごめんって。お詫びに、自販機で飲み物買ってやるから機嫌直して」

「モノでつらないで下さい!」

「いらないの?」

「……いつもの緑茶でお願いします」

 

 

 別にモノでつられたわけじゃありません。ただ、今日は少し暖かくて喉が渇いていたので仕方ありません。

 そのまま和希は、近くにあった自販機で自分の分と私の分の飲み物を買う。

 

 

「ほい、いつもの緑茶」

「……ありがとうございます」

 

 

 お茶を飲みながら再び歩き始める。

 

 

「まぁ、海未と同じクラスになりたいって言うのはもちろん本心だよ。確かに家とか帰り道とかでも話はできるけど、同じクラスで話すのはまた違うからさ。なんだかんだ海未と話してる時間が一番楽しいから」

「……へ、へぇ、そうですか」

 

 

 か、和希はこうやって急にキュンッとすることを言ってくるから困ります……。顔が熱くなった私は再び視線を逸らす。すると和希がニヤッと笑みを浮かべ、

 

 

「海未って照れてるときって、必ず髪をくるくる触ってそっぽを向くよな? 今だってそうだし」

「っ!? へ、変なところに気付かないで下さい!!」

「可愛いよ、海未ちゃん」

「も、もうっ!! 和希!!」

 

 

 私をからかっている時の和希は本当に幸せそうな顔で笑っている。複雑ですけど、その顔も好きなのは絶対に内緒です。言ったらもっとからかってきますから。

 

 

「ごめん、ごめん。あまりに面白いからつい」

「全く、あまり人をからかわないで下さい。……和希だから許してあげますけど」

「えっ? 最後、なんて言った?」

「何でもないですよ。ほら、早く家に帰りましょう」

 

 

 私は和希の手を取って歩き出す。その足取りはいつもより軽やかだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 家に戻ってきた私は部屋着に着がえ、和希の部屋の前に立っていた。理由は、和希と少し話したいことがあったからです。

 ノックをすると「どうぞ~」と返事が返ってきたので私は和希の部屋へ。

 

 

「すいません、急に」

「いや、それは気にしてないけどどうかしたのか?」

「ちょっとだけ話したいことがあったので。あっ、まずはお茶でも飲みませんか?」

 

 

 和希の部屋で私たちはお茶を飲みつつホッと一息つく。

 

 

「それにしても、和希がうちに来てからもう一年が経つんですね」

「言われてみれば確かに……時の流れは速いなぁ」

 

 

 しみじみと頷く和希に私は思わず吹き出してしまう。

 

 

「和希ってば、なんだかおばあちゃんみたいですよ?」

「せめておじいちゃんって言ってくれよな。だけど、海未もそう思うだろ?」

「まぁ、そう言われると否定はできませんけどね」

 

 

 本当に一年はあっという間だと感じますね。もちろん、穂乃果たちと過ごしてきた中学時代も十分に濃い日々でしたけど、和希が家に来てからはそれ以上毎日が楽しい日々でした。

 

 和希に色々助けられたことや夏祭りの事、遊園地に行った事やクリスマスの事などが昨日の事のように脳裏に蘇ってきます。そして最近で言えば――。

 

 

『…………』

 

 

 お互い、顔を真っ赤にして俯きます。私だけじゃなく、和希も顔を赤くして俯いたということは恐らく同じことを考えているのでしょう。

 私たちは、その、バレンタインの日の夜、1つになりました。和希のアレが入ってきた時の感触は今でも強烈に覚えています。

 あんなのが本当に私の中に入って行くのかと思いましたけど、人間の身体は凄いものですね。最初はものすごく痛かったのですが、慣れてからは、まぁ、き、気持ちよくなりましたけど……。

 

 でも、それ以上に幸せだという気持ちが強かったです。和希はがっつきたい気持ちを我慢して何度も「大丈夫か?」とか「痛くないか?」と聞いてくれました。

 後、次の日の夜に赤飯が出てきた時は二人揃って悶えてました。お母様が同じ階で寝ているのに、声の音量を気にしなかった私たちが悪いんですけど。

 

 

「なぁ、海未」

「は、はい! なんですか?」

「海未ってさ、やっぱり結構むっつりだよな?」

「はぁっ!? 何を言い出すんですか急に!?」

「だって、バレンタインの時……結構大きめに声も出すし、ことが終わった後に『……もう終わりですか?』って聞いてきたし」

「っ!? あ、あああ、あれは仕方ないんです!! 雰囲気に充てられていたというか何というか……それに、和希だって最後の方は私の事なんてお構いなしにシてたじゃないですか!! それに避妊具がなかったらもう一回する気満々の様子でしたし!」

 

 

 私の反論に今度は和希が顔を真っ赤にする。

 

 

「だ、だって仕方ないだろ!? ずっと、海未とそういうことシたかったわけだしさ……そもそもあんな声を出して反応する海未が悪い! 一回じゃ我慢できるわけないじゃん!!」

「せ、責任転嫁です! 私だって和希じゃなければあんな反応してませんよ!!」

「お、俺だって海未じゃなかったらあんなに激しくしてないって!!」

「あのー、海未さんに和希さん?」

『っ!?』

 

 

 突然の声に私たちは我に返る。声のした方を向くと、お母様が半眼で私たちの事を見つめていました。

 

 

「……初めてエッチした時の事を話すのはいいですけど、もっと声を小さくしてくださいね? ご近所に聞こえたら流石に私も恥ずかしいですから」

 

 

 それだけ言ってお母様はぴしゃッと扉を閉める。一方、残された私たちはこれまた顔を赤くして俯くのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 ひとしきり恥ずかしがったところで、本題の事をすっかり忘れていたことに気付く。

 

 

「と、ところでですね、私が今日和希の部屋に来たのは何もこの話をしに来たわけじゃないんです。とあることを話したいと思いまして」

「とあること?」

「その……和希のお母様の事についてです」

「……なるほどな」

 

 

 私の言葉で察しのいい和希は色々と感じ取ったみたいです。実は以前、和希が一緒に暮らしていたおばさんが海外出張先から一時帰国して、我が家に寄ったのですがその時に言われたのです。

 

 和希のおばあ様が亡くなったと。

 

 その話を聞いて私は思わず口に手を当て、和希はしばらくの間、上を向いて瞑目していました。彼の中でおばあ様の記憶も多少なりとも残っていたでしょうから、気持ちの整理をつけていたのかもしれません。

 しかし、その後に言われたことの方が私たちにとってある意味衝撃的なことでした。

 

 

『ねぇ、和希君。これは一つの提案なんだけどイギリスに行ってもう一度、お母さんと暮らしてもいいんじゃないかしら』

 

 

 今度は流石の和希も面食らったようで、驚きのあまり目を見開いている。隣にいた私も「えっ!?」と声をもらしてしまいました。

 

 

『別に今すぐにってわけじゃないけど、和希君のお母さんもおばあちゃんがいなくなったことで一人になったのよ。多分、寂しい思いもしているはず。だから、和希君がもう一度一緒に暮らしてあげれば、お母さんも嬉しいんじゃないかって』

 

 

 優しく微笑むおばさんとは対照的に和希は声も発しない。いや、絶句していると言ったほうが正しいのかも……。

 

 

『もちろん、すぐに結論を出せだなんて言わないわ。だけど、もし迷うようなら一度、お母さんに会いに行ってほしいと私は思ってるの。彼女は絶対口に出さないけど、和希君に会いたがっているはず。和希君が私の家に住んでいる時も遠回しではあるけど、和希君の事をよく聞いてきたから』

 

 

 おばさんの話を聞いている和希の表情は複雑そのものだ。何と答えればいいのか、何と返事をすればいいのか……。様々な感情が和希の中で渦巻いていることだろう。

 そして、その複雑な感情は私の中でも渦巻いていた。最初聞いた時には今すぐにでも和希はイギリスへ行くべきだと思った。

 でも……そうなってしまうと和希はこの家からいなくなることになる。これまでみたいに他愛のない話をしたり、帰り道を一緒に帰ったりできなくなってしまう。

 

 もちろん、今の時代ならば離れていてもスマホを使えば顔を見たり、話したりすることは十分可能だ。それでも、寂しいものは寂しい。やっぱり和希とはずっと傍にいたい。

 でも彼の気持ちは尊重すべきで……こんな気持ちが先ほどから押し問答を続けていた。

 

 

『まぁ、その話は一旦保留にしましょう。和希さんも大分、混乱されているみたいですし。恥ずかしながらうちの娘もですが』

 

 

 そこでお母様が助け舟を出す。混乱する頭で考えても余計に混乱するだけなので、一度冷静になってから考えたほうがいいだろう。

 しかし、最後の言葉は少しだけ余計です。まぁ、確かに混乱していたので否定できませんけど……。

 

 

『……なるほど。和希君もこの一年で変わりましたね。とてもいい方向に。これも睦未さんのお陰ですか?』

『いえ、私は何もしていませんよ。変わったように見えるのなら和希さんが自分で変わったということと、微量ながら私の娘の影響もあるかもしれませんね』

 

 

 ニッコリと頬笑みを浮かべるお母様。一方私は嬉しいながらも、どこか複雑な思いで和希の事を眺めていたのでした。

 

 

 

 

 

 そこで話は終わったのだがそれ以降、和希の母親関連の話はお互いしていなかったのだ。

 しかし、春休みに入るということで一度話しておいた方がいいと思ったのは事実です。春休みが終わってしまえば、イギリスに行くとなると少なくとも夏休みまで待たなければなりません。

 そうなってしまう前に、結論を出しておいた方がいいというのが私の考えです。和希はどのように考えているのか分かりませんが。

 

 

 

「俺は……行かなくてもいいと思ってるよ」

 

 

 

 びっくりして私は和希の顔を見る。しかし、和希は動揺した様子を全く見せません。いつも通りの表情で、普段通りの口調で淡々と話します。

 

 

「今さら母さんとあったところで何を話せばいいのか分からないし、母さんもきっと困るだろ。数年前に別れた息子がいきなり現れるわけだからさ。それに俺には生徒会の仕事もあるし、何よりお金もない。だからいいんだ今は。また、俺が就職してお金がある時にでも行けば――」

 

 

 私は途中から彼の言葉が頭に入って来ていませんでした。ことさらにいつも通り話そうとする和希に違和感を感じたからです。

 普段通りだったのは最初だけで、それからは隠しきれない悲哀の色が表情に滲み出てきていました。

 

 そして私の中には行き場のない怒りが込み上げてくる。

 

 どうしてそんなに寂しいことを言うんですか。どうしてそんなに悲しいことを言うんですか。どうしてそんなにつらそうな顔をするんですか……。

 

 

 そんな顔をして話していれば、誰だって本音じゃないって分かっちゃいますよ。

 

 

「良くありません!!」

 

 

 気付くと私は和希に向かって大声をあげていた。驚きのあまり目を見開く和希を無視して私は口を開く。

 

 

 

「和希は絶対にお母様の所へ行くべきです。なにを迷う必要があるんですか? 私たちの事なんて考えてないで、自分の気持ちを優先させてください! 優しいのは和希のとてもいいところで、私の大好きなところでもあります。だけど、和希は優しすぎるんです。自分の事はお構いなしで、いつも人の事ばかり考えて……。この話だって私は和希が本当の気持ちを話しているなんて、全く思っていません。もっと、我が儘になってください……。和希の本当の気持ちは何ですか? 私は、本当の気持ちを正直に話してほしいです」

 

 

 溢れた言葉が止まらなくなり、捲し立てるように話してしまった。和希の気持ちを考えずに、一方的に自分の気持ちをぶちまけてしまった。

 後悔する私を他所に和希はポカンとした表情を浮かべていたのだが、しばらくして呆れたように頭をかく。

 

 

「……ったく、海未ってほんと人の気持ちにお構いなしの所があるよな。今の話だって俺がさんざん悩んで出した答えだっていうのに」

「あっ……それはごめんなさ――」

「いや、別に俺は怒ってるわけじゃないんだ。むしろその逆だよ。海未の言葉を聞いて色々と吹っ切れた。確かに俺は本当の気持ちを話してなかったなって」

 

 

 そう言って和希は少しだけすっきりした表情を浮かべる。

 

 

「睦未さんとか海未に迷惑をかけるとか、母さんがどう思ってるか分かんないなんて色々言ってきたけど、多分色々と逃げてたんだ。母さんが今更俺に会っても迷惑に思うんじゃないかって気持ちがどこかにあったんだ。でも、いつまでも逃げてるわけにはいかないよな。俺だって母さんにはいろいろと話したいことがあるんだよ」

「色々、ですか?」

「母さんと別れてからの生活とか、今の生活とか色々だよ。それと……大切な彼女の事も母さんに紹介したいし」

 

 

 頭を優しく撫でられ、私の頬がリンゴのように赤く染まった。大切な、という不意打ち的な言葉も私の心拍数を早くします。

 頬を真っ赤にして俯く私を見て和希は優しく微笑み、

 

 

「だから俺は……母さんに会いに行くよ」

 

 

 覚悟を決めたように言葉を口にした。そんな彼の言葉に私も微笑を浮かべる。

 これで和希もようやく母親の元へ……しかし、すぐにその表情が曇ってしまう。

 

 

「どうかしたんですか?」

「……重大な問題を忘れてた」

「えっ? お母様に会いに行くことに何か問題でも?」

「金がない」

「……た、確かに」

 

 

 一番大事なことをすっかり失念していました。いくら会いに行きたい気持ちがあっても、お金がなければ会いに行けません。

 日本にいるならまだしも、和希のお母様はイギリスに居ます。つまり、ある程度まとまったお金がなければ会いに行くことすらできないのです。

 

 

「い、今から頑張ってバイトをすれば……」

「バイトをしているうちに新学期が来てしまいますよ!」

「海未さん、あなたをお金を借りるわけには?」

「私も和希とほとんど変わらないくらいのお金しか持っていません……」

 

 

 貯金がないわけではないですが、管理しているのはお母様ですしそのお金は将来のためのものです。

 ……でも、和希が困っている今こそ本当に使うタイミングなんじゃ? 散々助けられてきた恩を今こそ返す時ではないでしょうか? 

 

 

(迷っている暇はありません!)

 

 

 私が口を開こうとしたその時、

 

 

「ふふふ、一部始終を聞かせてもらいましたよ二人とも。そしてお金の事なら何も心配はいりません」

「睦未さん!?」「お、お母様!?」

 

 

 いつの間にいたのだろうか? 部屋の前で妙なドヤ顔を浮かべるお母様に私はびっくりしたような声を上げる。

 

 

「お金の事なら安心してください。私が全額を負担します」

「えっ!? だけどイギリスですよ? 飛行機代とか向こうでのお金とか考えたら、かなり高額になって――」

「でももヘチマもありません! いいから、黙って私に負担させればいいんです!」

 

 

 かっこよく言い放つお母様。あまりのカッコよさに後ろから後光が差しているかのように錯覚してしまいます。更にお母様は畳みかけるように口を開いた。

 

 

「和希さんには居候してきてから色々手伝ってきてもらいましたし、何も問題はありません。それに、やっぱり私も和希さんにはお母様と一度話してほしいと思っていたところですから」

「睦未さん……すいません、俺の為に」

「いいんですよ。本当に、あなたは気を使いすぎです。海未さんも言ったかもしれませんけど、もっとわがままになっていいんですから」

 

 

 優しく微笑むお母様に和希が頭を下げる。ふふっ、良かったですね和希。私が頬笑みを浮かべていると、

 

 

「それに海未さんも頼みましたよ」

「はい、わかりました……って、私もですか!?」

 

 

 驚く私にお母様は当たり前だというように頷く。

 

 

「当たり前です。和希さんだけではもしかすると本音で話し合えないかもしれませんし、海未さんがいればきっといい潤滑油になると思うんです。だから、海未さんもなんですよ」

 

 

 いきなりイギリス行きが決定してしまい、私は狼狽してしまう。英語の成績が悪いわけではないのですが、それでも不安は不安だ。逡巡する私。

 すると和希は私の両手をギュッと握り、

 

 

「ごめん、海未。俺のせいで……でも、俺は海未についてきてほしいかな。一人だけじゃ不安なんだ。俺の我が儘、聞いてほしい」

 

 

 ……もう、ここでその言葉はずるいですよ。私は少しの間瞑目してから、

 

 

「分かりました。私も覚悟を決めて和希と一緒に行きます」

「決まりですね。それでは私は早速、チケットなどの予約をしますので」

 

 

 そこでお母様が部屋から出ていく。なんだか、そこまで時間が経ってないはずなのに処理することがあり過ぎて少しだけ疲れてしまいましたね……。

 

 

「海未」

 

「えっ?」

 

 

 少しボーっとしていた私の身体を和希はいきなり抱き締めてきた。

 

 

「か、和希!? 急にどうして――」

「……ありがと、海未。本当にありがとう」

「……いいえ、気にしないで下さい。それに、私だけではどうしようもなかったことですから」

「それでもだよ。だから……もう少しこのままで」

「全く、仕方ないですね」

 

 

 私と和樹はその後しばらく抱き締めあっていたのでした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 これは後日の話。

 

 

「あの、睦未さん。流石に飛行機代とかをただで貰うのはまずいので、将来的には必ず返します」

「別にお金なんていりませんよ。……あっ、お金じゃないですけど一ついいですか?」

「はい、何でも構いません!」

 

 

 力強く頷く和希にお母様はニッコリと微笑んだ。隣にいた私も首を傾げ――。

 

 

「それなら、孫の顔を見せてくれることで手を打ちましょう!」

「はい……って、えっ?」

「はぇっ!?」

「それでは、私はこの後少し予定がありますので」

 

 

 衝撃な一言を残して私たちの元を去っていくお母様。一方、残された私たちは顔を見合わせ……すぐにそらした。

 

 

(うぅ……お母様のバカ! ま、ま、孫の顔なんて、まだ早すぎる……って、この反応も間違ってます!!)

 

 

 混乱しすぎて思考回路もおかしくなってしまったみたいだ。そして私と同じくらい顔を赤くした和希と目が合い、

 

 

「……え、えーっと、流石にまだ作らないからね?」

「あ、当たり前ですよ!!」

 

 

 そんなわけで私たちは和希の母親に会うため、イギリスへ向かうことになりました。




 多分、後二話で最終回なので、なんとか3月末までには書き終わるように頑張ります。

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