真面目な彼女の家に居候することになった   作:グリーンやまこう

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 海未ちゃんが可愛いです。


5話 真面目な彼女と少しだけ仲良くなった

「あーあー、やっぱりひもで縛られてたよ。これ、ちゃんと解かないと痕がついて大変なんだよな」

 

 ぶつぶつ言いながらその人物、真嶋君は臆することなく私の傍に歩み寄ってくる。

 そして、手際よく丁寧に結ばれていた紐をほどくと、同時に着ていたブレザーを放り投げてきた。

 

「取り敢えず、それでも着てろ。どうせ手が震えて、ボタンも留められないと思うからな。後、その格好は目に毒だ」

 

 いつも通りの口調に、いつも通り私を馬鹿にしたような言葉。だけど、今の私にとってそれが何より安心できるものだった。真嶋君から受け取ったブレザーを羽織る。

 

「お前っ、あの時の!」

 

 先輩たちも、彼の事を思いだしたようだ。一方、先輩たちのことなんてどうでもいいらしい真嶋君が、ペタンとその場に座り込む私に声をかける。

 

「おい、園田。動けるのか?」

 

 彼の言葉に私は首を縦に……振ろうとしたのだが、足に全く力が入らない。

 

「……う、動けないです」

「それじゃあ、作戦Bで行かないとな」

「さ、作戦B?」

 

 めんどくさそうに頭をかく真嶋君。私は意味が分からず首をかしげた。彼は一体何を?

 

「取り敢えず、お説教なら後でいくらでも聞いてやる。だから今は暴れるなよ?」

「へっ? 暴れる……って、ひゃぁああああああ!!」

 

 突然、私の身体は真嶋君によって横抱きにされる。いわゆる、お姫様抱っこをされたのだ。思わず口から情けのない声が漏れる。

 

「な、なな、なななな、何をするですか!? バカっ! 変態!! 不埒ものぉおおお!!」

「だぁー! 暴れるなって言っただろ? いてぇ、いてぇ!! 叩くんじゃねぇ!! こちとら、持ち上げるだけで結構いっぱいいっぱいなんだよ!!」

 

 恥ずかしさのあまり、ぽこぽこと真嶋君の頭を叩く。そんな私に、ギャーギャーと文句を言う真嶋君。

 も、持ち上げるだけでいっぱいいっぱいとか、私はそこまで重くありません!!

 

「お前ら、何やってんだよ……」

 

 さっきまでの絶望感とか、緊張感とかが完全に霧散してしまった。先輩たちまで呆れた声を上げる。

 

「おいっ! お前が暴れるせいで作戦Bが完全に失敗だ! せっかく、いい感じに逃げ出せると思ったのに」

「あ、あなたがいけないんじゃないですか!! きゅ、急にこんなことを……」

 

 うぅ……園田家の次期当主という身でありながら、こんな破廉恥なことをしているだなんて。

 

「と、とにかく一度下ろしてください!!」

「おろしてもお前、どうせ動けないだろ?」

「いいですから!!」

 

 何とかして横抱きの状態から下ろしてもらう。は、恥ずかしかったです……。

 

「えっと、夫婦漫才はそこまでで終わりか?」

 

 待ちくたびれたのか、こめかみをぴくぴくと震わせながら私たちに歩み寄ってきた。

 

「先輩方、いくらイライラしてるからって、夫婦漫才はやめて下さい。鳥肌が立ちます」

「それはこっちのセリフです!!」

『お前ら、マジでうるせぇよ!! 状況を考えろ!!』

 

 先輩たち三人が、揃って怒りの声を上げる。堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。

 そのまま先輩の一人が、真嶋君の胸倉を思い切り掴み上げる。

 

「うおっ……こ、これは流石にやばくないですか、先輩方?」

 

 いつものように生意気な言葉で反論するものの、額には冷や汗が滲んでいた。彼の表情を見た先輩が、ニヤッと笑みをこぼす。

 

「お前も俺たちと同じ不良みたいだけど……喧嘩は強くなさそうだな」

「……ソ、ソンナコト、アルハズガゴザイマセン」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら視線を逸らす真嶋君。

 私はどこかで、ある種の勘違いをしていたのかもしれません。

 

 不良は喧嘩に強い。

 恐らく私と同じように思っている人は、それなりの人数がいるはずです。だからこそ私は、真嶋君が体育器具庫内に入ってきた時、少し安心してしまいました。

 

『あぁ、これで助かる……』

 

 しかし、思い込みと現状は、かなりかけ離れていて、

 

「いや、先輩方。暴力は、暴力だけは俺、絶対にいけないと思うんですよね。これだから世界中で戦争が無くならないんですよ」

「こんなところにホイホイやってきて、殴られる覚悟もできてないのか? お前も、多少なりとも想像してただろ?」

「そ、想像してなかったとは言いませんけど、もっと穏便に……」

 

 真嶋君の旗色がどんどんと悪くなっていく。幸いなことに体の震えもすっかり収まり、動けるようにはなっていた。

 しかし、私が動けるようになったからといって、現状が打破できるわけでもない。

 

(い、一体どうすれば……)

 

 するとそこで、真嶋君が体育器具庫の扉をちらちら見ていることに気付く。

 

(彼はどうして扉なんかをみているのでしょう? ……はっ! まさか、誰かに助けを呼んでいて、その人を待っているのでは?)

 

 思いのほか頭のいい、彼が無駄なことをするとも思えない。仮にもし助けが来るとしたら、その人が来るまでうまく時間稼ぎをすればいいのではないでしょうか? 

 それなら今、真嶋君が言葉を並べて先輩たちの気を惹いているのも理解できます。

 

(多分、助けはもうすぐ来る。でも、遅すぎれば真嶋君が先輩たちに……)

 

 脳裏に一瞬、先輩たちに殴られ、血を流し、その場に倒れる真嶋君の姿が映る。体温がスッと下がるような感覚。

 私の目の前から、真嶋君がいなくなるかもしれない。気付くと私は無意識的に叫んでいた。

 

「先輩たちの、あ、アホぉおおおおおおお!!」

『っ!?』

 

 突然上がった叫び声に真嶋君も含め、男子全員がポカンと私を見つめる。誰かに対して大声を出すだなんて、真嶋君以外にほとんど経験がない。

 だけど、構いません。この際、時間さえ稼げれば何でもいいのです。

 

「先輩たちは、本当に頭が残念な人たちです。私に対して逆恨みをして、三対一で私の事を捕まえて、こんなところにまで連れてきて、服を無理やり脱がせたり、ほ、他にも色々な事を……。普通に考えて、今やってることは立派な犯罪です! 頭、大丈夫ですか!?」

 

 一度啖呵を切ると、次から次へと言葉が出てくる。

 

「それにこの前も言いましたが、先輩たちの服装は相変わらずだらしなさすぎです! ネクタイはちゃんと締めない、シャツもズボンから出す。ブレザーの着方だって適当で……その格好、すごくダサいですからね!!」

 

 とにかく、相手を見て思いつくだけの言葉を(半分ただの悪口だが)並べ続ける。視界の端では、真嶋君が珍しく私に笑みを浮かべていた。

 

「あと、最後に一つだけ。その金髪……ぜんっぜん似合ってないです! 似合っていないにもほどがあります! 正直、気持ち悪いです! 虫唾が走ります! 早急に黒に染め直してください! いや、むしろ坊主にしてください!! それに……」

 

 一度、真嶋君に視線を移す。彼は相変わらず微笑みを崩していなかった。

 

「それに……金髪なら真嶋君で十分、間に合ってます!! もう、これ以上金髪の問題児を増やさないで下さい!!」

 

 私は最後の一言を言い終え、はぁはぁと息を吐く。終始静寂が体育器具庫内を支配する。

 しかしその静寂を破ったのは誰でもない、彼の笑い声だった。

 

「……ふふふっ。あーっはっはっは!!」

 

 真嶋君が声をあげて笑い出す。先輩に胸倉を掴まれながら笑うその姿は、どことなくシュールだ。でも彼は楽しそうに笑い続ける。

 

「あっはっは! 園田、お前やっぱすげぇわ。こんな状況でよくもまぁ、それだけ悪口が出てくるもんだよ。最後のセリフも本当に最高!」

 

 いつの間にか先輩たちの手を払った真嶋君が、私の元に歩み寄ってくる。そして目じりにたまった涙を指で拭いながら、バンバンと背中を叩いてきた。

 

「い、いたっ! 急に何するんです!?」

「おっと、悪いな。そこに叩きやすそうな背中があったからつい」

「叩きやすそうな背中って……」 

 

 こんな状況にもかかわらず、いつも通りの真嶋君にため息が漏れる。今は彼の性格が羨ましい。でも、それがたまらなく安心できた。

 

「うそうそ、冗談だよ。本当は感謝してるんだ。……俺の為に時間を稼いでくれてな」

 

 やっぱり彼は、私がいきなり叫び出した意味を理解していたらしい。

 

「お、お前、何を言って――」

 

 先輩たちの言葉が言い終わらないうちに、足音が二つ聞こえてきた。

 

「先生、こっちです!!」

「ナイスタイミングだ、ことり!」「こ、ことりっ!?」

 

 体育器具庫に聞き慣れた声と共に、親友が飛び込んできた。そしてもう一人。

 

「全く、最初は冗談だとばかり思っていたが……こりゃ、こいつらにはじっくりとお灸をすえてやらんとな。おい、真嶋。まだ生きてるか?」

「生きてますよ先生。というか、人を勝手に殺さないで下さい」

 

 真嶋君の返事に「がっはっは!」と大きな笑い声をあげるのは今日、6時間目にクラスで現代文の授業をしていた先生。

 どうやらことりが連れてきてくれたらしい。

 

「せ、先生……どうして?」

「説明は後だ。それよりもまずは――」

 

 ギロッと、先輩方に恐ろしい視線を向ける先生。その視線に怯えてガタガタと震える先輩方。普通なら、ここまで怯えるのもおかしな話である。でも、彼らは震えてしまうのだ。なぜならこの先生、

 

「いやー、元柔道全日本チャンピオンの実力がこの目で見れるなんて。先生、こんな高校生三人に負けないで下さいよ?」

「全く、バカも休み休み言え。確かに俺は引退して10年以上たつ。でも……性根の腐った男子生徒三人を叩きのめすくらいの実力は残っているさ」

 

 ぽきぽきと拳を鳴らし、先生がニッコリといい笑顔を浮かべながら三人に近づく。

 何を隠そう、先生は柔道の有段者であり、日本でも指折りの実力者だったのだ。そのことを学校で知らない生徒はいない。ちなみに、その実力を生かした生徒指導は、もはやこの学校の名物にもなっていた。

 そんな先生だが、上着を脱ぎつつ三人へ更に近づく。鍛え上げられた肉体美があらわになり……はわわわわっ!

 

「……せ、先生! どんな、どんな柔道技でも俺たち受けますから。痛くたって構いません。だから……せめて上着だけは、上着だけは着てください!!」

「そんな厚い胸板に挟まれたら死んでしまいます!!」

「あっはっは! お前らもなかなか面白いことを言うな。俺の胸板なんて全国的に見れば大したことないぞ?」

 

 隣で真嶋君が「いやいや、あの胸板は全国レベルだよ……」と呟き、ことりが「あ、あはは……」と困ったような笑みを漏らしていた。

 

「おい、真嶋。お前は南と園田を連れて、今日はもう帰っていいぞ。詳しい話はこいつらに聞いておくから」

「サンキューです、先生。そんじゃ、ことりに園田。お言葉に甘えて今日はもう帰ろっか」

 

 真嶋君が私とことりの背中を優しく押す。まるで、この後に起こる惨劇を私たちに見せないように。そんな意図がこもっていた。

 

「さぁーて、お前らにはとびっきりの寝技をかけてやろう。これでも寝技に関しては全国一のレベルを誇ってだな―――」

 

 体育器具庫を後にしてから数十秒後。断末魔のような叫び声が聞こえてきたのは言うまでもない。

 真嶋君は想像してしまったのか、若干青い顔をしていた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 学校を出てから聞いたのだが、やっぱり真嶋君はあらかじめ、ことりに先生を連れてこいと言っておいたらしい。

 そして、まだ職員室に残っていた中で一番屈強だった先生をことりが選択。結局、先生を連れてそのまま体育器具庫へ来たというわけだった。

 

「仮に私が体育器具庫にいなかった時、真嶋君はどうしていたんですか?」

「……さぁ?」

「さぁって……」

 

 どうやら何も考えていなかったらしい。こんなこと言うのは良くないかもしれないが、連れてこられたのが体育器具庫で本当に良かった……。

 

「でも、そんな事考えるだけ無駄だろ? 現に園田はこうして助かったわけだし」

「ま、まぁ、そうですけど……」

 

 頭の後ろで手を組み、呑気な声を出す真嶋君。

 

 ちなみに今は、彼と共に家までの帰り道を歩いている。さき程までことりと一緒だったのだが、終始「うみちゃぁーん……よかった、よかったよぉ」と涙を流していた。

 ことりには本当に心配をおかけしたので、後日もう一度しっかり謝らなければいけませんね。

 穂乃果にも私が助かったことは、既に連絡済みである。『明日、お説教だからね!』とまで言われてしまい、思わず苦笑いだった。私が穂乃果に怒ることはあっても、まさか、穂乃果に怒られる日が来るだなんて。

 

「なぁ、園田」

 

 先ほどの会話を思い出し、少しだけ笑顔を浮かべていた私に、真嶋君が声をかけてくる。

 

「何ですか?」

「……怖かったか?」

 

 いつもより優しい声。彼が何に対して怖かったと聞いてきたのかなんて、すぐに分かった。私の脳裏に先ほどの情景が読みがってきて――。

 

「……はい」

 

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ、声が震えた。そんな私に気付いたのか、気付かなかったのか、それは分からない。でも彼はぽそっと呟く。

 

「そっか……今は?」

「今は……もう、大丈夫です」

 

 大好きな親友が、穂乃果とことりが心配してくれたから。それに何より……あなたが来てくれてから。私がそう答えると真嶋君がホッと息を吐く。

 

 そして、私の頭を二度、ポンポンと叩いてきた。

 

 

 

「よかった」

 

 

 

 こちらに振り向くと、一瞬だけ彼が笑顔を浮かべる。その笑顔に私はしばらくの間、釘付けになった。

 私に向けてくれた嘘偽りのない、始めて笑顔。思わず歩みが止まる。

 

「ん? どした?」

「……何でもないです」

 

 理由は分からない。なぜか涙が零れそうになった。それを悟られないように、うまく話を変える。

 

「ところで、真嶋君は喧嘩が弱いんですか?」

 

 何気に気になっていたところだ。

 

「うぐっ!?」

 

 私の指摘が真嶋君の心にクリティカルヒット。そのままずるずると地面に膝をつく。

 

「す、すいません。そんなに落ち込むとは思っていませんでしたので……」

「い、いや、いいんだ……。喧嘩に弱い俺が悪いんだ。だって、仕方ねぇだろ。食っても食っても、太らない。そういう体質なんだから……。畜生、こんなことになるくらいならもっと鍛えておけばよかったよ……」

 

 いつもなら私に言い返しているところだろう。しかし、相当心に響いているのか、自己嫌悪に陥ってしまっているらしい。

 

「昔から喧嘩だけは弱くてな。中学から今まで喧嘩をしてこなかったのは、それが原因でもあるんだよ」

 

 どうせ喧嘩吹っかけても負けるだけだし……真嶋君が遠い目をして呟く。口には出さなかったが、何となく一度喧嘩に負けて酷い目を見ていそうだ。

 

「そうだったんですか」

「そうだったんだよ。多分、腕っぷしだけならお前にだって負ける!」

「自慢することではないと思うのですが……」

 

 男として腕っぷしが弱いのを自慢するのは駄目なんじゃ……。最近、より彼のことが分からなくなってきました。

 まぁ、真嶋君が嬉しそうなのでいいとしましょう。

 

「……真嶋君」

 

 その後、少しだけ歩いて私は口を開く。

 

「どうして助けに来てくれたのですか?」

 

 ずっと聞きたかった。だって真嶋君は、私の事をよく思っていないはず。

 何時だって私は彼に突っかかって、理不尽なことも言ったりして……とても彼が進んで私を助けようとは思えない。逆に私が真嶋君の立場なら、助けるのを躊躇しただろう。

 

「そりゃ、俺が行かなきゃ、ことりと穂乃果が行くことになったかもしれないんだ。そんな危険なことさせられるかよ」

「そう……です、か」

 

 言葉が途切れ途切れになる。思いのほか彼の返事に、ショックを受けている自分がいた。私の為ではなく、穂乃果とことり、二人のため。

 当然なのに……どうしようもなく悲しくて――。

 

 

 

「あと……俺だって心配だったんだよ。園田のこと」

 

 

 

「……えっ?」

 

 聞き間違いでしょうか? 私が顔をあげると、少しだけ赤い顔の真嶋君が視線から逃れるようにそっぽを向く。

 

「これでも一応、一緒の家で暮らしてるんだ。心配するのは普通だろ?」

「で、でも私は、散々あなたを馬鹿にして……」

「んなこと、今更気にするかよ。お互い様だ、お互い様。それに俺は落ち込んでるお前よりも、普段からうるさくて、騒がしいお前のほうがいい」

「っ!?」

 心臓をキュッと、掴まれるような感覚がした。

 

「……へ、へぇ~。そうですか……///」

 

 髪の毛の先をくるくるといじる。そうしていないと恥ずかしさのあまり、蹲ってしまいそうだった。顔がどんどんと熱くなる。

 

「というか、落ち込んでるお前は気持ち悪くて見てられん」

 

 なんて頬を真っ赤にしていたら、いつも通りの憎まれ口が飛んできた。

 普段と変わらない彼の言葉。だけど今はそれが妙に嬉しくて、

 

「……ふふっ。なんですかそれ?」

 

 笑みがこぼれてしまった。そんな私に真、嶋君が驚いた表情を浮かべる。

 

「? どうしたんですか?」

「い、いや……お前が俺に笑いかけてくれたの、初めてだなぁって。なんだ、ちゃんと笑えばかわ……何でもない」

 

 また心臓がキュッとなった。

 

「わ、私だって、笑顔くらい浮かべますよ……」

 

 駄目です。恥ずかしくて、真嶋君の顔をまともに見られません……。途中、何かを言いかけていた気もしますが、そんな事を気にしていられる余裕はないです。

 少し収まっていた顔の火照りが二倍になって戻ってくる。彼も彼で恥ずかしかったのか、頬をかいていた。

 私たちの間に微妙な空気が流れる。だけど、いい雰囲気かもしれない。あの事を言うためには……。

 

「そんじゃ、これ以上遅くなるわけにもいかないし、さっさと帰ろうか」

 

 そう言って真嶋君がゆっくりと歩き出す。

 

「あっ……待ってください!」

 

 私は彼の制服を反射的につかんでいた。

 

「……園田?」

「あの、ま、真嶋君」

 

 言うなら今しかない。

 こんなことを彼に言うのはおこがましいかもしれないけど、やっぱり……。私は大きく息を吸い込む。

 

「私の事を……名前で呼んでほしいです」

「…………へっ?」

 

 真嶋君が間抜けな声を上げる。まさか私に、そんなお願いをされるとは思っていなかったのだろう。目をぱちくりとさせていた。

 そんな彼を私は、見上げるようにして見つめる。

 

「ずるいです。ことりと穂乃果は名前で呼ぶのに、私はいつまでたっても名字で……ずるいです」

 

 多分、私はどうしようもない疎外感を感じていたのかもしれない。穂乃果たちと話している時の真嶋君は何時だって楽しそうで……。

 

「私だって……名前で呼んでほしいです」

 

 寂しいと思ってしまった。

 

 制服を掴む右手に力がこもる。

 

「…………ったく」

 

 真嶋君が困ったような顔をする。

 

「やっぱり無理ですよね……」

「海未」

 

 ………………あっ、名前。

 

「……へっ? あっ、はいっ!」

「どうしてそんなに驚くんだよ? そのだ……海未の方から、そう頼んできたんじゃねぇーか」

「す、すいません。まさか本当に呼んでくれるとは思わなかったもので……」

「何だよ。嬉しくなかったのか?」

 

 からかうような彼の言葉。私は反射的に口を開く。

 

「っ! そ、そんなわけありません!! すごく嬉しかった……あっ!」

 

 思わず本音が漏れてしまい、私は顔を真っ赤にして俯きます。うぅ、こんなことを言うつもりは全く考えていなかったのに……。

 

「自分で自爆して、照れるのはやめてくれ。こっちまで恥ずかしくなる」

 

 顔を真っ赤にして俯く私に、真嶋君が呆れたような声を上げる。

 

「あ、あまりその事を言わないで下さい……というか、忘れてください」

「大丈夫だ。以前のラブアローシュートよりは全然ましだから」

「そっちも忘れてください!!」

 

 むしろそっちの方が忘れてほしいです! あの時の私はどうしてあんなことを……。

 

「まぁ、いいじゃねぇか。人間、黒歴史の一つや二つ、持って当然だよ」

「それの黒歴史を知られているのがあなただってことに、嫌気がさします。本当、かつてないほどの屈辱です」

「相変わらず、口の悪いことで」

「私の事をからかう、和希がいけないんじゃないんですか……」

 

 何気なく、ごく自然に、努めて意識しないよう、恥ずかしがらないように、彼の名前を呼ぶ。

 だって、彼は私の事を名前で呼んでくれたのに、私だけ呼ばないなんて不公平じゃないですか。べ、別に他意はありません! ……私は一体、誰に言っているのでしょう?

 

「俺の事も普通に名前で呼ぶのな。しかも呼び捨てで」

 

 名前で呼ばれたことに和希は少々驚いているようだ。

 

「だって、名前で呼んであげないと和希が悲しむかなと思ったんです」

「お前に呼ばれないくらいで悲しむほど、メンタルは弱くねぇよ。大きなお世話だ」

「……ことりに名前で呼ばれなくなったら?」

「土下座でも何でもして、もう一度名前で呼んでもらえるように頑張ります。だってことりは、俺にとっての大天使様だから!!」

「どれだけことりが好きなんですか……」

 

 全く、これだから和希は……。私が冷ややかな目でツッコむと、和希は「うるせぇ!」と短く一言。

 その後、私たちは珍しく笑いあいました。何とも穏やかな空気が私たちの間に流れます。

 

(いつもギャーギャー言い合っているのが嘘みたいに感じてしまいます)

 

 今の私たちを穂乃果とことりが見たら、すごくびっくりするでしょうね。『どうしたの二人とも!?』って感じに。

 

「あぁ! そういえば一つだけ海未に言いたいことがあったんだ!」

 

 和希が突然大きな声を上げる。

 

「何ですか、和希?」

 

 いつもなら大きすぎる声に文句の一つでも言っていたかもしれません。でも、今は雰囲気のせいなのか、和希の事をうるさいと感じなくなっていました。

 ……もしかしたら私、彼の事を少しは認めて――。

 

 

 

「お前をお姫様抱っこしたときの太もも、最高だったぜ!」

 

 

 

 ピシッ

 

 彼の一言によって空気が凍り付く。この人は……本当にこの人は!! 

 はぁ、和希の事を一度でも認めようとした自分がバカでした。

 

「和希……」

「なんだ? おぉっ! もしかしてまた触らせてくれるのか!? 海未の太ももは、程よい肉付きで、やわらかくて……」

 

 自分から性癖を露出していくスタイル。それに痺れませんし、憧れません! 興奮気味の和希に、私は腕を振り上げる。

 

「えっ? その振りかぶっている右手は――」

「あなたは最低ですっ!! 少しでも認めようとした私がバカでした!! この不埒ものぉおおおお!!」

「ぶほぉ!?」

 

 やっぱり、あなたのことなんて大嫌いです!!

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 ちなみにその後、園田家にて。

 

「なぁ、海未。そこにある醤油をとってくれ」

「分かりました、和希」

 

 食事中。海未に醤油をとってもらい……なんかすごい視線を感じる。

 

「あら……あらあらあら!!」

 

 鼻息の荒い睦未さん。嫌な予感しかしない。

 

「なんすか、睦未さん?」

「あなた達……いつから付き合い始めたのですか?」

 

 やっぱりこうなったか……。

 

『付き合ってない(です)!!』

 

 海未と共に全力で叫ぶ。

 

「明日はお赤飯かしら?」

『話を聞け(聞いてください)!!』

「初孫は女の子がいいわね~」

『…………』

 

 ヤダこの人。話聞いてくれない……。海未は顔を真っ赤にして俯き、睦未さんはそれを見て益々ニヤニヤが止まらない模様。

 

「この状況、どうすりゃいいんだよ……」

 

 お願いです。誰でもいいので助けてください。報酬は弾みます。

 




 ちょっと長かったですかね? 今回も読了ありがとうございます。
 また感想等、お待ちしております。
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