真面目な彼女の家に居候することになった 作:グリーンやまこう
さて、悪夢のようなチーズケーキ事件を乗り越え、終業式も無事に終わり、誰もが待ち望んだ夏休み。
……夏休みに入ったのだが、
「ごほっ、ごほっ……」
「38.5度。完全に夏風邪ですね」
隣に正座する海未が残酷な宣言をする。
そう、俺は夏休みに入って早々、風邪をひきダウンしていた。ガンガンと頭が痛み、咳と鼻水も止まらない。意識まで朦朧としてきており、はっきり言って最悪の気分である。
更に、この最悪の気分に追い打ちをかけているのが、
「うみぃ……俺は夏風邪なんかじゃねぇ。だから、だから俺は今日、ことりたちとショッピングに行くんだぁ」
「そんなぼろぼろの状態で、ショッピングに行けるわけがないでしょう。今日は家で大人しくしていてください。風邪が悪化しますよ?」
起き上がろうとした俺の額を押さえて、海未が再び寝かしつけようとする。しかし、そんな事でことりとのショッピングを諦めるわけにはいかない。
楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。それはもう、一週間の間、夜も眠れないくらいに……あれ? 風邪の原因ってもしかすると睡眠不足?
「いやだぁ、俺はショッピングに行くんだぁ。ことりぃ、ほのかぁ……」
「どうしてそんなにショックを受けているのですか? ただ、遊びに行くだけでしょう?」
遊びという言葉に俺の全神経が反応し、くわっと目を見開く。
「遊びだって? ……ことりとのショッピングは遊びじゃないんだよ!! 遊びでやってんじゃないんだよ!!」
叫ぶだけ叫ぶと、頭に猛烈な痛みが走った。そんな俺を海未は、ミジンコを見るような視線で見つめる。
「はいはい。遊びじゃないですね、そうですね。私が悪かったですよ」
なんか軽くあしらわれた。キレそう。
「安心してください、和希。ことりと穂乃果にはきちんと、和希がいけなくなったことをしっかり連絡しておきますから」
「や、やめろぉ。俺はまだいけるぞぉ……」
「あっ、穂乃果ですか? 今日、和希が風邪をひいてしまって……」
俺の言葉を聞き流し、海未が穂乃果に現状を説明している。そして、その電話はことりにも、
「うがぁああああ!! ことりだけは、ことりだけには……」
「ことり、すいません今日、和希は風邪をひいたのでいけなくなりました」
……もうダメだ、お終いだ。俺の夏休み終了。電話越しからことりの「ほんと? 和希君、大丈夫なの?」という声が聞こえてきたものの、ことりとショッピングにいけないのならば何も意味がない。心配はありがたいけど。
「和希、取り敢えず二人には連絡できた……って、どうして泣いているのです?」
「これが泣かずにいられるか!! せっかくの、ことりとのショッピングなんだぞ!? 楽しみでしょうがなかったのに……うわぁあああああああ!!」
ことりと一緒に服を選んだり、ことりからレストランでパフェを「あーん♡」されたり、疲れたらちょっとしたカフェでくつろいだり……とにかく色々楽しみで楽しみで妄想しない日はなかったんだよ!!
高校一年生の男子が、こんなしょうもないことで号泣する。そんな俺を見て海未がドン引きしていた。というか、ゴミを見るような視線を向けてきていた。やめてっ、ゾクゾクしちゃう!
「取り敢えず、今日は家で大人しくしていてください。これ以上悪化させると、貴重な夏休みを無駄に浪費しますよ? それに、ことりに風邪がうつったらどうする――」
「今日は大人しくしています」
「……ほんと、ことりの名前を出すと、すぐにいう事を聞きますね」
呆れたような海未の声。しかし、それ以上何も言わないところを見ると、すっかり慣れてしまったようだ。
「それじゃあ私は行ってきます。ポカリとお茶、それに薬はここに置いておきます。お腹がすいたら、冷蔵庫にお母さまが作ってくれたお粥が入っていますから。後、タオルと着がえはここに。それと、もし体調が今以上に悪くなったらいつでも私に連絡を――」
「心配しすぎだ。お前は俺の母ちゃんかよ?」
本物でもこんなに心配しないぞ。今、どこで何してるのかは知らないけどな。
ちなみに、今日睦未さんは用事があってこの家にはいない。つまり、海未が遊びに行くと、この家にいるのは俺一人になる。
だからこそ、海未は執拗なまでに俺を心配していたのだ。全く、俺は子供じゃないんだよ。
「で、でも、やっぱり心配で……」
「いいから、いいから。俺の事は心配してないで、ことりたちと遊びに行ってこい」
最後まで心配そうな表情を崩さない海未だったが、最終的には俺の説得? におれて家を出ていった。
「さて……」
五月蠅いやつもいなくなったことだし、早速漫画でも……そう思ったのだが、立ち上がろうとする足に力が入らない。というか、頭が痛すぎて漫画を読む気にすらならない。
「……今日は海未の言う通り、おとなしく寝てるか」
海未の言う通り、これ以上悪化させると貴重な夏休みを無駄に浪費してしまう。その為、俺は大人しく目を瞑ると、すぐに睡魔が襲ってきて俺の意識はなくなったのだった。
☆ ★ ☆
(ん? ……なんだかおでこが冷たいような)
おでこに心地のいい冷たさを感じ、俺の意識が夢の中から戻ってくる。ちなみにどうでもいいのだが、夢の中でも俺は海未に怒られていた。愛されてるな、俺。
それにしても、なんだろうこの冷たさ? 俺は少しだけ目を開ける。
「あっ! 和希君、おはよう♪」
大天使コトリエルが目の前に降臨していた。状況が呑み込めない俺は、取り敢えず目を閉じる。
うん、きっと錯覚か、風邪のせいで頭がおかしくなってしまったのだろう。そうじゃなければ俺の部屋に、ことりという大天使様がいるわけない。
「あ、あれっ? 和希君、今起きたよね? おーい、かーずーきくーん!」
甘い声が脳に染み渡り、ゆさゆさと身体が揺さぶられる。すごいなぁ、最近の夢は。こんなリアルに状況を再現してくれるだなんて。
きっと、ここが俺にとってのユートピアだ。
「和希君、また寝ちゃったの? じゃあ、穂乃果がことりちゃんの代わりに起こしてあげるよ!」
今度は穂乃果の元気な声まで聞こえてくる。ことりに起こされるのもすごくいいけど、穂乃果に起こされるのも、これはこれでいいかもなぁ。
穂乃果ならきっと俺のお腹の上に飛び乗って、「早く起きなきゃ、キスしちゃうぞ?」とか言ってくるんだろうなぁ。というか、いってほしい。
「和希君、起きて起きて!」
「…………」
我慢だ我慢。ここは必死に耐えろ。
「むぅ……起きてくれなきゃ、キスしちゃうぞ?」
「はいっ、喜んで!!」
血走った目を見開く俺。そんな俺の目に、
「あなたは一生眠っていなさい!!」
「ぎゃぁああああ! 目がぁ、目がぁあああ!?」
冷たい布巾が目にダイレクトヒットした影響で、俺は布団の中で情けなく悶絶する。
「ちょ、ちょっと海未ちゃん、流石にやり過ぎなんじゃ……」
「和希がいけないんですよ。風邪をひいているのにバカなことを……ある意味、自業自得です!」
死んでいた視界がようやく回復してくると、不機嫌そうに俺を見下ろす海未と目が合う。とても病人に向ける視線とは思えない。
俺は上半身だけ起こすと、キッと海未を睨みつけた。
「てめぇっ! 俺は病人なんだぞ? もっと優しくしろ、優しく!!」
「穂乃果の冗談に、バカみたいな返事をする病人を、私は知りません!!」
「うるせぇ! 俺は素直だから穂乃果の冗談にも敏感に反応しちゃうんだよ!!」
「び、敏感に反応……破廉恥です!!」
「どうしてその結論に至ったんだよ!?」
自分が病人であることを忘れ、海未といつも通りギャーギャーと言いあう。すると、
「うぐっ!?」
頭に激痛が走り、そのままへなへなと枕にノックアウトした。そういえば俺は今日、熱があったんだっけ……。
ダウンした俺に、ことりが優しく布団をかけ直す。
「全く、駄目だよ二人とも! 海未ちゃんは病人相手にムキになり過ぎです! 和希君は病人なんだから、もっと大人しくしていなさい!」
ぺしっと軽くおでこを叩かれる。ありがとうございます。むしろご褒美です。
海未も流石に悪いと思ったのか、ことりの言うことに素直に従っていた。なんだかんだ、この四人の中で一番強いのはことりかもしれない。最近、本当にそう思う。
「ところで、三人がいるってことはもう夕方なのか?」
そんなに寝たつもりはないのだが、病気になるとバカみたいに寝るからな。時間が経つのもかなり早かった記憶がある。なんて思っていたのだが、
「ううん、今はまだお昼を回ったところだよ」
「えっ? まだお昼?」
穂乃果の返答に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。それもそのはずで、今日海未たちが帰ってくるのは、早くても夕方くらいになるはずだったのである。
「どうしてこんな時間に帰ってきたんだ? ショッピングモールが閉まってたの?」
「全然、今日も元気に開いてたよ!」
元気に開いてたってどういう状況だよ? まぁ、そんな野暮なツッコミはしないけどね。つまり、いつも通りだったということだろう。
「だけどね、海未ちゃんがあまりにも和希君の―――」
「わ、わーわー!! ほ、穂乃果! その話はしないという約束だったじゃないですか!」
何かを言いかけた穂乃果の口を、海未が大慌てで塞ぐ。しかし、最初の部分はばっちり聞き取れていた。
あまりにも和希……その後、彼女は何といったのだろうか? あまりにも和希君の顔が気持ち悪すぎて……言われてそうで怖い。やばい、涙が出てきちゃう。だって、男の子だもん。
「あのね、海未ちゃんがことりたちと遊んでいる最中、あまりにも「和希が心配です……」っていうから、帰ってきちゃったの♪」
「ことりっ!!」
穂乃果に気を取られているうちに、ちゃっかり本当の事を話すことり。海未が真っ赤になって口を押さえるも、彼女は「やーん♡」というばかりだ。
「ち、ちち、違うんですよ和希。私はただ、あなたを家に一人残すと、何をしでかすか分からないので、仕方なく、仕方なくなんです!」
おいおい、海未の言い方だとまるで俺が問題児みたいに聞こえるぞ? いや、海未にとって俺は問題児だったか……。そんな彼女に、俺はやれやれとため息をつく。
「全く、俺の事は心配せず、楽しんでこいって言ったのに。さっきも言ったけど、お前は俺の母ちゃんかよ?」
「で、ですが、和希一人では心配だったので……」
口を尖らせてそっぽを向く海未。その表情から察するに、心配してくれたのは本当なのだろう。
正直、病気で弱っている時にその優しさは嬉しい。なので俺は、素直にお礼を言うことにする。
「でも、帰ってきてくれてサンキュな、海未。今回ばかりは感謝してあげてもいいぞ?」
「……病気になっても減らず口は相変わらずですね」
「あれあれ~? 海未ちゃんってば、口元が緩んでるよ?」
「っ!? ゆ、緩んでなんかいません! ただ、和希があまりにもバカなことを言ったので、嘲笑っただけです!」
「またまたぁ~」
ことりがニマニマと、海未の脇腹をつんつんとつつく。それに対して海未は、真っ赤な顔で反論していた。
風邪ひいてるからツッコまなかったけど、嘲笑うとかどれだけ俺の事を馬鹿にしてるんだよ……。
「あっ、そうだ! 和希君。今お腹減ってない? 穂乃果、ここに来るまでにプリンを買ってきてあげたんだよ!」
そう言って穂乃果がコンビニ袋の中から、「プッチンプリン」を取り出す。しかし、お腹の減り具合は正直言って微妙だ。
「うーん……あんまりお腹減ってなくて、半分くらいしか食べられなさそうだな」
「じゃあ、半分穂乃果が食べていい?」
目をキラキラと輝かせて穂乃果が聞いてくる。彼女が犬なら、間違いなく尻尾を振っているだろう。
多分、俺の為というよりは自分が食べたくて買ってきたんだろうなぁ……。
「問題ないよ。でも、食べるなら先に穂乃果からな。俺から食べると風邪がうつるかもしれないし」
「うん、わかった!」
元気よく返事をすると、穂乃果は早速蓋を開け、美味しそうにプリンを食べ始めた。穂乃果が食べると、何でもおいしそうに見えるから不思議である。
ものの十秒ほどでプリンを半分食べ終えた穂乃果は、残ったプリンを適量スプーンですくうと、
「はい、あーん!」
俺に差し出してきた。穂乃果みたいな美少女に「あーん!」されるとか、風邪最高。これからも定期的に風邪をひこうかな?
そう思いつつ、俺も口を開ける。すると、
「ほ、穂乃果! 何をやっているんですか!?」
海未が俺たちの間に割り込んできた。
「どうしたの海未ちゃん? 穂乃果、何か変なことした?」
「変なことをしてるから注意したんです! だ、だって、そのスプーンはさっき穂乃果が口をつけて、それを和希の口にいれたら、か、間接……」
もにゅもにゅと、最後の言葉は聞き取れなかったものの、何となく言いたいことは分かった気がする。
「お前、まさかこの年にもなって間接キスとかを気にしてるのか?」
「っ!? そ、そんな事……」
そんな事あるらしい。顔を真っ赤にして俯く海未を見てそう思う。元々恋愛に耐性がなさそうとは思っていたのだが、まさかここまでとは……。
思考が完全に小学生で止まっている。ト〇ブルとか見せたら卒倒しそうだな。あっ、ちなみに俺は持っていませんよ。ただ、男子は全員、一度は見たことあるものだと思っている。
それにしても、俺もリ〇さんのようにすってんころりんして、女の子の胸に顔を埋めてみたいものだ。……刑務所に送り込まれる未来しか見えない。
「今さら、間接キスなんか気にするかよ。なぁ、穂乃果?」
「そうだよ、海未ちゃん! 今更だよ、今更!」
穂乃果は本当にそういうこと気にしなさそうだからな。男でもグイグイ距離を詰めてくるし、人懐っこいし……。
計算されていない彼女の魅力に、どれだけの男子が犠牲になったのだろう? 裏では醜い争奪戦が繰り広げられている気がする。
「そういうわけで和希君。改めて、あーん!」
「あーん」
差し出されたプリンを口の中に入れると、ことりの声のような甘さが口一杯に広がった。風邪をひいている時にこの甘さは、やはりたまらない。何歳になってもプリンはいいものだ。
「あっ……」
俺たちの様子を見ていた海未の口から少しだけ漏れた声に、切なさが混じっていた気がしないでもない。まぁ、気にしないことにしよう。
「ふふふ……」
こ、ことり様の口から若干黒いオーラが……。うん、これも気にしないことにしよう。世の中には知っていいことと、知らなくてもいいことがあるんだ。
今は、穂乃果からプリンを食べることだけに集中しよう。そう思った俺は、穂乃果が差し出すプリンを食べることだけに、集中するのだった。
☆ ★ ☆
「和希君、寝ちゃったね~」
穂乃果が目の前で眠る和希の頬を、つんつんとつつく。
「穂乃果、ちょっかいをかけては駄目ですよ? これでも一応、病人なのですから。一応ですけどね!」
「なんだかんだ、海未ちゃんが一番酷い気がするよ……」
ジト目の穂乃果に、私は視線を逸らします。確かに、病人である和希に対して言い過ぎかもしれません。でも、仕方ないじゃないですか。
穂乃果が和希に「あーん」した時から心がモヤモヤして、なぜか切ない気持ちになって……。とにかく、どうしようもないんです。
「ふふっ♪ 海未ちゃんは穂乃果ちゃんに、和希君を取られたと思って嫉妬しちゃったんだよね?」
「し、嫉妬!? そんなのありえません!」
ことりの指摘に、私は思わずムキになって声をあげてしまいました。そんな私を見て、ことりが益々ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべます。
「えぇっ!? 海未ちゃん嫉妬してたんだ! それなら早く言ってくれればよかったのに」
「別に嫉妬なんてしていませんし、気を遣わなくても――」
「安心して海未ちゃん! 穂乃果、和希君の事は好きだけど、そう言う意味の好きじゃないから!」
「どういう意味ですか!? 私は和希のことなんて、これっぽっちも好きじゃありません!!」
「あれっ? 海未ちゃんって和希君の事好きじゃなかったの?」
「当たり前です!」
全く、どういう勘違いをすればその結論に辿り着くんですか……。
「でも和希君って、すごくいい男の子だと思うけどな~」
「あっ、それことりもずっと思ってた!」
「……二人して何を言っているのです?」
思わず真面目なトーンでツッコんでしまう。あの和希がいい男の子? そんなの絶対にありえません!
「だって、顔は凄く整っててかっこいいし、なんだかんだ優しいし、頭もいいし、喧嘩は弱いけど、運動神経はそこそこでしょ? もう、言うことないじゃん!」
「金髪でピアスもしてるから、どうしても怖がられちゃうんだけどね。だけど、不意に優しくされるとギャップでキュンキュンしちゃうって、女子の間ではもっぱらだよ!」
二人の和希に対する評価を聞いても、やはり私は納得できなかった。だって和希はすぐことりにデレデレして、言うことも聞かない。授業だっていつも適当で……。
「二人の言うことはやっぱり理解できません。だって和希は――」
「だけど、和希君の優しさは海未ちゃんが一番よく知ってるんじゃないのかな?」
ことりは相変わらず痛いところをついてきます。思わず私は口を噤んでしまいました。
顔云々に関しては置いておくといて、和希は確かに優しいです。
先輩たちに捕まった私を助けてくれて、テスト勉強で困った時には文句を言いつつ、分からなかったところを教えてくれました。
不意に見せる彼の優しさは、何時だって私を惑わせる。
「……だから、余計に困るんです」
和希がそこら辺にいる不良と同じなら、何も困ることはなかった。でも、彼には不良というデメリットをカバーするほどの魅力がたくさんある。
ギャップがあるからこそ、余計に分からなくなるのだ。
「ふふっ♪ まぁ、海未ちゃんも和希君の優しさは理解できてるみたいだし、この話はもう終わりにしよっか」
ニッコリと微笑むことり。今回ばかりは彼女の優しさに救われました。あのまま話を続けられたら、どうなるか分かりませんでしたからね。
その後、和希が起きたらいけないということで、私の部屋に移り、いつも通り三人でお喋りをして、解散となりました。
「それじゃあね、海未ちゃん!!」
「和希君の風邪が直ったら、改めて遊びに行こうね♪」
「はい、わかりました。和希にも伝えておきます」
手を振りながら帰っていく二人を見送った後、私は和希の部屋へ。
和希は相変わらず眠ったままでしたが、少し苦しそうな顔をしていました。
「大丈夫でしょうか?」
取り敢えずおでこに乗せていた布巾を改めて冷たい水に浸し、絞ったものをもう一度頭に乗せます。しかし、それでも彼の表情が晴れることはありません。
もしかすると風邪が悪化して……。悪い予感が脳裏によぎる。すると、私の視線に彼の右手がうつりました。和希の右手は何かを求めるように、弱々しく握ったり、開いたりを繰り返す。
私は、反射的にその右手を両手でしっかりと握り締めました。じっとりと汗ばんだ彼の右手。苦しそうな表情。
「……和希」
小さな声で名前を呼ぶ。すると、彼の右手が答えるように、しっかりと私の手を握り締めてきました。
一瞬起きたのかと思ってドキッとしましたが、和希は無意識だったみたいです。
「全く、驚かせないで下さい……」
少しだけ怒っているという意味を込めて、握り締める手に力を籠める。握ってみて彼の手が意外と大きく、そしてごつごつしていることに気付きました。
やっぱり女の私とは少し違うんですね。そのまま何気なく和希の顔を眺めます。
「こうしてみると、ことりたちの言う通り、和希ってかっこいいですよね」
黙っていればですけど……。こんなこと言ったらきっと和希に怒られますね。
『俺がうるさくなるのは海未のせいだろ!?』
なんでしょう? 一瞬彼の声が私の心の中に聞こえてきた気がします。私の心の中にまで文句を言ってくるだなんて、流石和希ですね。
そして、彼の右手を握り締め続けていると、
「……先ほどよりも大分顔色が良くなってきたでしょうか?」
苦しそうな表情が幾分か和らぎ、呼吸も穏やかになっています。眠る前に飲んだ薬が大分効いてきたのでしょう。
これならもう、右手を握り締めていなくても大丈夫そうですね。そう思って私はゆっくりと彼の右手から両手を離します。
「すぅ……すぅ……」
「また顔色が悪くなるんじゃないかと少し心配したのですが……」
どうやら杞憂に終わったらしい。もう一度、頭に乗せた布巾と取り換えると、私は簡単なメモを残して立ち上がります。
「……早く良くなってくださいね。私だって、心配してるんですから」
眠っている和希にそれだけ伝えると、私は彼の部屋を後にするのだった。
繋いでいた手を離した時、少しだけ名残惜しかったのは内緒です。
今回も読了ありがとうございます。そしてお気に入りや、感想、評価などありがとうございます。本当に励みになっております。
これからもよろしくお願いします。