SAO -Epic Of Mercenaries- 作:OMV
十一話 無意識の意思
[貴方を殺す!!]
リーダー格の男が振り下ろした短剣は、その鋭利な切っ先をマロンのアバターにめり込ませ、HPを完全に削り取る筈だった。
だが、振り下ろしても、明確な手応えが男には掴めなかった。着地時の衝撃で飛び散った土煙が晴れ、先程までいたはずの場所を見るが、二人のメンバーによって囲まれていた緑髪の少女の姿は無い。三人は驚いた表情で顔を見合せ、辺りをキョロキョロと見回す。
「逃げたのか.....?」
ここは街の小道のど真ん中なので、周りは建物で囲まれている。隠れようと思えばどこにでも隠れられる場所はあるのだが、男が持つ気配スキルの探知圏内に彼女の姿は見えない。
逃げた、と判断を下しかけたその瞬間。
「ぐぁっ....なっ.....」
視界の端にあった槍持ちの男の身体が、何かに衝突されたようにぐらりと揺れた。崩れ落ちるようにして地に膝を付けた男の身体には、赤く塗られたダメージエフェクトが大量に付着していた。それもウィークポイントとして設定されている首筋や脇の下などを集中的に狙ったものだ。
「エンジ!どこからヤラれた?」
「判らねぇ....速すぎる」
男は短剣を逆手持ちに持ち直すと、自分の聴覚に全神経を集中させた。槍持ちのエンジには仕方が無いが、囮となってもらおう。死にかけのエンジにとどめを刺しに来た瞬間を狙う。そうすれば、いくら機動性があろうとも確実に仕留める事が出来る。そう考えた男は、手近にあった木箱に身を隠し、その時を待った。
その時、男はふとある事を思い出していた。
「あの日本刀.....どこかで聞いた事があるぞ.....」
元SAOプレイヤーだった男にとって、その記憶は確かな物だった。男には中層辺りで色々な悪事を働いた経験がある。積極的に人を殺す程イカれては無かったが、それでも様々なギルドや賞金稼ぎの連中に狙われた。その最中、「ある鬼神」の噂が流れた事があった。
[その女は血塗られた色をした深紅の長刀と、業物と一目見て分かる短刀を持ち、藍色の模様がある白い浴衣を着ていた。顔立ちは整っていて、一見美しく見えたが、それに騙されるな。彼女は"鬼神"だ]
SAOの中層あたりで耳にしたその噂。それを流布させたのは有名な殺人ギルドのメンバーであったが、その彼は流布させた数週間後に何者かによって殺され、最期を迎えたと他人を通して聞いた。
今対峙している敵は、その[鬼神]ではないのか。男の頭に、その考えが過る。二対の刀、浴衣、そして顔つき。噂通りの腕前、そして[狙った札付きは逃さない]と噂に聞く恐るべき執念。
なら、何故奴は、こんな場所へ来たんだ? あの殺伐とした世界と、こんな生ぬるい闘いしか出来ない花畑のような世界じゃ、役者も舞台も違うーーー
男の聴覚に、風を切った音が引っ掛かる。反射的に短剣をその方向へと繰り出し、音速とも言えるであろうスピードで迫ってきた[何か]を受け止める。接触点に大掛かりなエフェクトが飛び散り、男は反動を受けるようにしてバックステップを取った。
幸い、衝撃を上手く受け止めたからかダメージは少量で済んだ。周りを覆っていた土煙のエフェクトが晴れる。視界が徐々に明瞭になっていくに従って、衝突してきた[何か]の姿が見えるようになった。正面で男と対峙していたのは、予想通りと言うべきか[鬼神]であった。
だが、何かが違う。先程とは何かが変わった。
「
[鬼神]の双貌が、赤く光っていた。彼女が顔を動かす度に眼の軌跡が、空中に尾を引くようにして赤いラインを描く。それは正に、獲物を狙う[鬼神]の眼光であった。何かしらのアイテムを使ったのかは知らないが、エンジを仕留めた時の常人離れしたスピードからして強めの
ならば、エンハンスの時間切れを狙うか。定石の戦術を採ろうとした男は、次の瞬間にその考えが甘いことに気付いた。
「っ!!」
恐ろしい速さで、[鬼神]が突撃を敢行してきた。咄嗟に短剣で庇おうとしたが、間に合わないと判断し、ダメージを受ける覚悟で敵に肉薄した。
[鬼神]の右手から放たれた紅い刀身が、男の眼前を通過していく。視界の端に捉えたそれは、噂通りの禍々しいデザインだ。[鬼神]が使うにふさわしいとも言える武器か。ますます興味が湧いてくる。なら......
「殺すしかねェよなァ!」
既に肉薄していた[鬼神]の脇腹に、短剣を突き刺す。だが、防具として装備している浴衣が高性能なのか、なかなか深く突き刺さらない。
「浅かったかっ? なら抉ってやる!」
ぐぐくっ、と徐々に短剣の先端がマロンの脇腹へと食い込む。簡単に抜け落ちない様、短剣の刃には返しが付いており、それがダメージを増えさせる一因となっていたはずだった。だが、目の前の鬼神はそんな事を意にも介さないと言わんばかりの表情をしていた。笑ってやがる。その表情を見た男が何らかの狂気を感じ取る前にマロンは動き出した。
付き出していた[後生]を引き戻し、その流れでマロンに密着していた男の首筋を切りつける。全種族、全プレイヤーキャラクターが共通でウィークポイントとする部位を、正確に狙った攻撃だ。それに対して男は突き刺していた短剣を力ずくで引き抜き、首筋に迫る[後生]を迎撃した。だが、それを掻い潜り、[後生]の刃は男の首へ、深い一撃を喰らわせた。
「っんあ....クソ...」
歪む視界の中で、左下に浮かぶHPゲージを確認する。残りはたったの23。2000近くあった最大時から、まだ片手の指の数ほどしか攻撃を喰らっていないのにも関わらずこの数字だ。本当にイカれてやがる。奴の何もかも、全てがイカれてやがる。
「この、クソ鬼神があああぁぁぁ」
握ったままの短剣を振り上げる。その顔には狂気と恐怖が混ざったような、何かドロドロとしたものが浮き出ていた。
「.....煩い」
脱力したように肩を下げたまま立ち尽くしていたマロンは、次の瞬間にはもう男の懐へと飛び込んでいた。がら空きとなっていた脇の下をくぐり抜け、男の背中に逆手持ちにした[後生]を渾身の力を込めて突き刺した。彼の身体を突き抜け、左胸から体内の血を吸収したかのように赤黒く輝いた[後生]が露出する。
「がっ.....あ.....」
ダメージエフェクトの影響で震える身体を精一杯制し、男は[鬼神]へと目線を合わせようとした。だが別に彼が[鬼神]の眼差しを自ら進んで見ようとしていた訳ではない。意思に関係無く「引き寄せられるようにして」見させられたものだった。
紅色に光る眼光は、何かを訴えかけるような感情を秘めていた。「眼は口ほどに物を語る」というが、その時の[鬼神]の眼が正にそれである。口では何も言わない。だが男の目を蔑むようにして覗く彼女の眼は、何かを訴えていた。
「.........」
暫く、その可憐な容姿の少女が向ける視線を受け止めていた男は、惚けたようにその姿に見入っていた。しかし、暫くすると視線を交わしていた男は突然、発狂したように騒ぎ出した。その様子は尋常では無く、何か恐ろしい物を見たような顔をし、甲高い悲鳴を上げて怯えていた。
「ヒイィィッッッ!タスケテェ!タスケテクダサイィィ!」
「.......煩い、煩い、煩い!」
今まで彫刻のように動かなかった[鬼神]が、男に突き刺していた[後生]を引き抜いた。そのまま、刃先を男の眼球へと向け、大きく振りかぶる。左手で男の後頭部を掴み、[後生]の拘束が外れて暴れだした男を抑えた。
振りかぶった[後生]の刀身が妖しく
「シヌノハ、シヌノハイヤダァアアア!!!」
「.....煩いんだよ!」
力任せに突き出された[後生]が、男の眼球に突き刺さる。右目を正確に貫かれ、僅かばかりに残っていたHPが遂に0となった男は、この世の物とは思えないような叫びを残し、ポリゴンと化して消え去った。
「ば、ば、ば、化け物.....」
エンジと呼ばれた男は既に消え、残って傍観していた女がそう呟いた。SAOの時、対峙した殺人者達から何度も何度も投げ掛けられた言葉。その言葉に、マロンは然して興味が無いと言わんばかりにその女から背を背けた。そしてそれを見た女は、今がチャンスと逃げ出していた。
路地裏の小道に残されたのは、[鬼神]と化したマロンと、最初に切りつけられて動けないままのエンジと呼ばれていた男の二人だけ。だがその男にとどめを刺すつもりは無かった。それは[鬼神]に残された僅かながらの慈悲などではなく、[今ここでとどめを刺しても無駄]という判断を、[妖刀]が下したからであった。
逃げ出した女の足音が消え、少し経った頃、突然マロンの眼前に一枚の赤いウィンドウメッセージが、警告音と共に表示された。
[妖刀システム 拘束解除 操作権限をプレイヤー"
そのメッセージが消えた瞬間、赤く光っていたマロンの双貌が元の碧眼へと戻り、妖しく蠢いていた[後生]の刀身は、力を失ったかのように元の刀身へと戻った。光が灯っていない、虚ろな目で仮想世界特有の青すぎる空を眺めていた少女の身体は倒れ、マロンの意識は暗転した。