「疲れた……」
「全くだ……」
食堂のテーブルに突っ伏した一夏と南は、小さくそう漏らす。
南に関しては、今すぐにでも寝てしまいそうだった。
そんな二人の前に座る簪とシャルル、箒の表情は柔らかい。
「今日は晩飯いらないな。てか、入らん」
「そんなこと、言って……どうせ夜中に、お菓子食べるんでしょ……」
突っ伏したまま言う南の肩を、簪が突いた。
「そ、それは良くないぞ。消化にもいいし、うどんくらい食べたらどうだ?」
箒がどこか緊張した声音で言った。
予想していなかった人物からの勧めに、南は体を起こす。
「おぉ、箒さんが言うなら、そうしようか」
言いながら、南が立ち上がろうとする。
「私が貰って来てやろう!」
それよりも先に箒が立ち上がった。
「なんか、申し訳ないな」
「気にするな。私が勧めたのだからな……何かは腹に入れておいた方がいいだろう」
「あの……俺にも……」
一夏が小さく手を挙げた。
「味噌汁でいいだろう?」
「え」
冷たく言った箒は、そのままの足取りで、カウンターの方へと足を進める。
「良かったな、味噌汁」
南が笑いを堪えて言った。
「この扱いの違いはどこから……」
(……今日も、格好良かったな)
箒はニヤつく顔を隠すこともなく歩く。
「南……一夏と違い、なんと男らしい奴だ……それにあの剣捌き……ふふっ」
剣道を嗜んでいる箒にとって、南のナイフ捌きは実に華麗で、一目惚れしたと言っても過言ではない。
ラウラの時も、セシリアの時も、そしてあの黒いISにも……あの短剣一本で闘う姿は、箒の理想そのものだった。
一夏は……剣道をやめ、弱くなっていた。それ自体はまだ許せる。
否、許す許さないなどではない。それが、彼の生き方だっただけだ。
だが許せないのは、一夏がそれを気にも留めていないところだった。
私に負け、セシリアに負け、鈴に負け……。
それでもアイツは気にも留めておらず、あまつさえ努力をしなかった。
確かに、特訓と称して放課後にISを動かしたりしていたの見たこともある。
だが、その動きは昔の彼ではなかった。
確かに、恋を……好意を抱いていた。幼い頃だ。
だが、そんなものは学園での彼を見て一気に冷め、そして……
南に出会った。
ラウラを倒した時の動き、セシリアを倒した時の動き、そして何かに乗っ取られ、暴走したISを倒した時の動き。
その全てが半端なものではなく、その技を磨き上げ、極めたもの。
武人として彼を尊敬し、そして共に好意を抱いた。
普段は何を考えているか分からないし、冗談ばかり言って掴みどころのない男。
常に斜に構えているように見えていた彼が、戦う時に見せる真剣な表情。
そして、ラウラを引っ張り上げた時のあの表情……。
誰かの為に、あれだけ真っ直ぐになれる。
「早く、うどんを渡してやらねばな!」
箒は足早にうどんを注文したのであった。
シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。
「神代……南……」
あの男子のことを思い出す。
今まで出会ったどの男とも違う、誰かに媚びることも無く、何かの強い意志が篭っているあの強い姿勢。そしてなにより、ふとした瞬間、優しく微笑んでくれた時のあの温かく、優しい気持ち。
「父とは違う、強い男性……」
自分の父親のことを思い出す。彼女の父親は名家に婿入りした身。
母には多くの引け目があったのだろう。いつも他者の顔色を伺っていた人だった。
情けなく、威厳というものもプライドさえもなくなる父の姿を見て、自分は絶対にこんな男とは結婚しない、と幼いながらも誓ったのも懐かしく感じるほどの昔だ。
そう昔……両親はもういない。三年前の鉄道事故で二人揃って他界したからだ。
どうしてその日に限って、一緒にいたのか今はもう分からない。
莫大な両親の遺産を狙ってやってくる金の亡者から、遺産を守る為に必死で勉強をしながら、その一環で受けたIS適正試験。
そこで出た判定はA+と高く、国から提示された条件が、遺産を守ることにも好条件だったこともあり、IS操縦者として努力した。
そして、自分の専用機である『ブルー・ティアーズ』の稼動データを得る為に、来日した日本で出会えた……出会ってしまった。
「わたくしの理想の男性……神代 南……」
鈴はベッドに横になり、ゴロゴロと身体を動かす。
そして、考えていた。
神代 南のことを……。
「はぁ~」
『鈴、すまない。これの意味が分からん。教えてくれないか?』
『なるほど。そう言うことだったのか……一夏より教えるのが上手じゃないか。さすが、鈴先生』
『これ、なんだがな……同居人の簪って奴に、お前に勉強を教えてもらってることを話したら、何か持って行けって……こんな物で悪いが、もらってくれないか?』
(南は、あたしを対等に見てくれる)
……中国から転校してきたあたしは、持ち前の明るさで、クラスに馴染んだ。
それは、そう小学生のとき。
小学生と言えどやはり、生まれが違うことには敏感。
周りの態度は、他の人とは変わっていた。
でも、あの男……幼馴染の一夏と、他数人の男子は気兼ねなくあたしと接してくれた。
中学に入っても、それは変わらなかった。
しかしある日、一緒に買い物に行ったときのこと。
『鈴はこっちの方がいいんじゃないか?』
『なんでよ?』
『ほら、中国人だし』
そんな配慮ではなく、無頓着にも聞こえる発言が少しだけショックだった。
生まれた国にコンプレックスがあるわけじゃない。
もちろん嫌いになんてならなかったし、泣いたり、数日間元気が無かった……なんてことも無かった。
その日のうちには……もう。
今なら、そんなこと気にもしないだろう。この多国籍特殊高校であるIS学園においては、何も気にならない。
だけど、当時中学生だったあたしの心には、どこか穴が開いた気分だった……。やはり、薄くても壁がある。そう感じてしまった。
中学二年の時、両親の離婚をきっかけに日本を離れた。
そして……軍部から入学を勧められ、一夏と再会し……
神代 南という男に出会った。
彼の冗談は懐かしくて、温かくて……
いつからか、南と話すことが嬉しく、楽しくなっていた。
一夏たちとはまた違う気兼ねなさが、あたしの心を揺らす。
一度、彼に自慢の酢豚を食べてもらったことがある。
料理に入ったパイナップルの素晴らしさを分からせるという名目でだった。
『どう?』
『おぉ、美味い! 酢豚は中国の料理だしな……流石、やるじゃないか』
『う、うん。そうかも……』
『ん? すまん。関係ないな』
『え?』
『料理が上手いのは、きっとその人の気持ちがたくさん込められているからで、そこに国境も人種もない……いやー、危ない危ない。忘れるところだった……そうだな、また―――』
―――また、何か中華に限らず、色々作ってくれ。
そんな言葉が嬉しくて……
涙が出るかと思った。
必死に目元をこすり、涙声になりそうなのを押さえながら、あたしは口を開く。
『南にしては良いこと言うじゃない』
『……まぁ、漫画の知識なんだがな。俺が言うことに意味があるだろう?』
『ふ、ふん……言うだけならタダよ』
『驚くだろうがな、俺のありがたい言葉はどれもタダなんだよ』
してやったと笑う南につられて笑う。あたしも同時に笑った。
お陰で、涙が出ても怪しまれはしなかった。
時は少し遡り、夕刻時 ラウラside-
『俺は選ぶために力を得たんじゃない……もう何も、切り離さないために力を得たんだ』
これは………夢?
そうか、コイツが得た力はそう言うことだったのか。
『お前は助ける、選んでたまるか。俺は……何も諦めない』
そうか……私のことも、諦めずにいてくれるのか……。
『だから俺と来い。ラウラ・ボーデヴィッヒ』
伸ばされた手。
それを掴もうと腕を伸ばす。
お互いの手は握られ、笑顔がこぼれたとき……
目を覚ました。
「私は……何が…起きたのですか……?」
目が覚めると横になっていた。
当たり前のように、ベッドの隣に座っていた教官に聞いた。
「一応、重要案件であるうえに、機密事項なのだがな……張本人だ、構わんだろう。VTシステムは知っているな?」
「
過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステム。
「そうだ。IS条約でその研究どころか開発、使用全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。精神状態、蓄積ダメージそしてなにより、操縦者の意思。いや願望か……それらが全て揃うと発動するらしい」
「私が望んだから……ですか………」
私のせいでこんなことに……。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はい!」
「お前は誰だ?」
「私は………………」
答えは、出ない。
「誰でもないなら丁度いい、お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになればいい。」
「え?」
教官はそれだけ言って、立ち上がった。
扉の方へ歩いていく。
「それから……お前は、私にはなれないぞ」
思い出したように振り返り、そう言い去った。
そして……
「ああ、忘れていた。手紙を渡されていたんだった」
再度、こちらに振り返る。
手渡された手紙を開く。
その手紙は、達筆とは言えないが、読みやすい字で書かれていた。
『ラウラ・ボーデヴィッヒさん。今日は、災難でしたね。不幸の事故、お気になさらない方がいいかと思われます。
あと、あなた様のISですが、私や1年の専用機持ち、そして箒で簡単な修理をしておきました。
この時のために、この修理のために、ISを一機作り上げていたので、予習は完璧です、ご安心ください。
また、何か不都合があればお知らせ頂ければと思います。
では、ゆっくり休んでください。
神代 南』
「……まったく教師をこんなことに使いおって……」
手紙を読み終わると同時に、教官がブツブツと言った。
満更、嫌そうな表情をしていなかったのは、気のせいだろうか。
「ではな。そこに馬鹿みたいに丁寧に書かれているだろう。ゆっくり休め」
そう告げて片手を上げながら、立ち去った。
「ふ、ふふ……ははっ」
不思議と笑いがこみ上げてきて、久しぶりに本当の意味で笑った。
「それにしても、手紙ではえらくキャラが違うな……これが、以前クラリッサが言っていた、ギャップというやつか?」
ラウラside out-
「ふぅ、ごっさん」
南は箸を置きながら、息を吐いた。
一夏は味噌汁をさっさと飲み終えた後「やっぱり何か食べたい!」と言いながら、結局、日替わり定食を食べていた。
「あ、そういえば……」
食後のお茶を啜りながら、一夏が言った。
「千冬姉が言ってたんだけど、ラウラがあの手紙読んだって」
「ああ、俺の魂の一筆か」
南は皆に、ああだこうだ言われながら、書いた手紙を思い出した。
「それ読んで、ラウラが大爆笑してたらしい」
文面を知っているシャルルが苦笑いする。
「あはは……まぁ良かったね、元気そうで」
「俺も元気だ」
「はいはい。それは、良かった」
南が言うと、簪が間髪入れずにため息をつく。
「だがラウラと言えば、もう一回着替えたいな。折角着替えたのに、また戦ってしまった」
「そう言えばさ……」
一夏の視線が南を……否、南のTシャツを捉えた。
「お前が俺らを助けに来てくれた時は気付かなかったけど、南の着てるそれ……変なTシャツだな」
「は?」
南が間抜けな声を漏らした。
「あちゃー……」
簪が額を抑える。
「織斑君……それは、禁句……」
「どうして?」
小声で言うと、シャルルが聞いた。
「あのTシャツは、南が世界で一番好きなバンドのTシャツ……変、じゃなくて個性的って言わないと……」
南の表情は、怒りでも呆れでもなかった。
かと言って笑うでもない。
「俺の余ってるTシャツ、今度やるよ。格好いいやつ」
悪気はない。そんな無垢な一夏の笑みが痛い。
「一夏」
南が引き攣った笑いを浮かべる。
頬がピクピクしていた。
「お前、今日もあんなことがあったし、疲れてるんじゃないか?」
「え?」
「明日は休みになるんだ。海外にでも行って休んで来い。南米にいい国があるぞ」