「あ、皆さんお揃いで!」
五人が、声の方に顔を向ける。
立っていたのは、山田真耶だった。
「今日は大変でしたね。特に神代くんは代表候補のお二人と戦った後でしたから……でも、そんな男の子三人の労をねぎらう素晴らしい場所が今日は解禁となったのです!」
「場所?」
一夏が首を傾げると、真耶は続ける。
「男子の大浴場なんです!!」
「おぉ、待ってたぜ」
南が手を揉み合わせながら笑った。
「よっしゃ! たっぷり入るぞ~」
一夏も続いた。
嬉しそうに体を伸ばす。
「大浴場……大きなお風呂だよね? そんなに嬉しいかな?」
シャルルが首を傾げる。
「分かってないな~、シャルル」
そんな彼女の肩に、南は手を置いた。
少しムッとしながら、シャルルは南を睨んだ。
「大きく開放感がある風呂の素晴らしさが分からんとは……足を伸ばしながら何も考えずに、タオルを頭の上に乗せて目を閉じる……うーん、我慢できん!」
本当に風呂に入っているかのように、目を閉じながら天井を仰ぐ南。
「な? 一夏」
「おう、シャルルも入れば分かるぞ!」
一夏がグッと拳を握った。
「な? 箒」
「あぁ、日本人の嗜みでもある」
箒も大きく頷いた。
「な? 簪」
「あまり長くは入らないけど……でも、やっぱり気持ちいい」
簪はうっとりと目を閉じた。
「分かるか? シャルル」
改めて南が聞くが、シャルルは不満そうな顔のままだった。
「僕だって分かってるよ?大きなお風呂の良さくらい……でも、それだとつまらないから、分からないフリをしてるんだ」
「お前は分からないフリが上手だ」
「まあね」
シャルルが言うと、真耶が笑う。
「ふふ……仲良しですね。先生、嬉しいです! それじゃあ、ゆっくりしてくださいね!」
それだけ言って、食堂を後にした。
「さて、私もそろそろ部屋に戻るとしよう……南も早く風呂に入りたいだろうしな」
「うん……それじゃあ、男の子三人で、ごゆっくり……」
そんな真耶を見て、箒と簪も席を立った。
取り残された三人は、顔を見合わせる。
「ふむ……シャルルは一緒に入るわけにもいかんし……まぁ折角だ。今日くらいバラバラに入るか」
「そうだな。俺も一人で大浴場って贅沢、やってみたかったんだ」
南が手を頭の後ろで組むと、一夏は頷いた。
「じゃあ、じゃんけんだね」
シャルルが右手を差し出す。
一夏も負けないぞ、と構えた。
「絶対に譲れないものが、ここにある……それが、一番風呂だ。誰にも渡さん!」
南の気合いの入りように、シャルルは引くが、一夏は燃えた。
男の子はよく分からない、とシャルルは苦笑いする。
じゃんけんの結果は、一夏の一人勝ち。
スキップしながら大浴場に向かう彼に手を振るシャルルと、無表情に死んだ魚のような目で、虚空を眺める南が食堂に取り残された。
「あ、あのー……南?」
反応はない。
「そんなに一番風呂? が良かったの?……日本人のその拘りにはついてけないなぁ……」
シャルルは、そう言いながら肩をすくめた。
再度、じゃんけんすることはなく、シャルルは二番目を南に譲った。
泣きそうになりながら、ありがとうを連呼する南は少し怖かったが、あれだけ感謝されると悪い気はしない。
そして……
「お、お邪魔しま~す」
南が大浴場に姿を消した5分後に、シャルルはいそいそと後に続いた。
すでに風呂に浸かっていた南は、言っていた通り、頭にタオルを乗せて足を伸ばしていた。
視界を奪うくらいに立ち込めた湯気が、彼の下半身を見えなくしていたのは、シャルルにとっては好都合だった。
「ん?」
シャルルの声に反応した南は、タオルで体を巻いた彼女を見るなり、驚いたように目を丸くした。
だが、それも一瞬のことで、また風呂の気持ち良さに目を細めた。
「なんだ、もう入ってきたのか?悪いが、もう少し……」
普段の声音とは全く違う、溶けていきそうな声に、シャルルは「アレッ!?」と内心で驚いた。
「お、おかしいな……こういうのって、
『なんで入ってくるんだ!?』
『僕が一緒だと、いや?』
『い、嫌ではないが……』
って、なるんじゃないの!?」
シャルルはたまらず、口に出していた。
二人しかいない大浴場では、そんな声もよく響いた。
それでも南は、姿勢を変えない。
「何だそれは……漫画の読みすぎじゃないか? 日本に来て、何を読んだんだ」
「ううぅ……あっ! また、糸で僕が入ってくるのが分かってた、とか言うんでしょ!」
恥ずかしさからか、大きな声を出してしまうシャルル。
南は、少し苦い顔をした。
「いや……糸は、空気中にピンと張るから意味がある。空気に触れ、初めてその真価を発揮するんだ……水中での生活に適応した蜘蛛はいない」
そんな冷静な南に、顔を赤くしたシャルルは、勢いよく風呂に飛び込む。
水飛沫が激しく飛ぶが、それでも南は動じない。
「全く反応しないっていうのも、どうかと思うよ……」
「そんなことはないんだがな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も……」
天井を仰ぎながら南は息を吐く。
シャルルは首を傾げながらも、少しして口を開いた。
「あ、あのね……大事な話が、あるんだ……」
「それをここでするのか……さっき、一夏が入っている間に、食堂で言えばよかったろうに……」
南は怪訝そうに眉を顰めた。
「じゃんけんに負けて、一番風呂取られたショックで、話なんか出来なかったじゃない」
シャルルが頬を膨らませた。
こんな時でも減らず口を叩く南の背中に、シャルルは思い切って、自分の背中を合わせた。
寄り添うように体を当てた瞬間、南の体が少し震える。
「あっ! 今、ビクッてなったでしょ」
「なってないぞ。低周波マッサージ機が動いたんだ」
悪戯に笑うシャルルに、南が苦しい言い訳をした。
「そういうことにしとくね」
クスクス笑いながら言うシャルル。
大きな浴槽で、背中を合わせて入る二人に、適当な嘘は通じない。
「それで? 話ってなんだ」
少しムッとしながら言う南に、笑顔を少し抑えてシャルルが言う。
「僕ねここに居ようと思う。南が居るから、そう思うんだよ?」
それだけ言うと、シャルルは静かに目を閉じた。
「ああ、俺が言ったからな。お前はここに居ろ」
「僕が本妻の娘じゃないって話はしたでしょ?……父とは別々に暮らしてて、お母さんが亡くなった時に、呼び戻されたんだ。それで、ここに来たんだけど……」
「いつ聞いても不愉快で、ふざけた話だ」
ちゃぷん、と水が小さく弾けた。
「それで、男って偽るためにシャルルって名前にされたんだけど……僕の本当の名前……シャルロットって言うんだ」
「シャルルよりいい名前じゃないか」
「そうでしょ?だから、これからは……僕のこと、そう呼んで欲しいなって……」
シャルル……否、シャルロットはそう笑って続けた。
南が大きく体を伸ばすと、今度はボジャンと少し大きく水が揺れる。
「ああ、分かったよ。シャルロット」
低い声が、シャルロットの鼓膜を心地よく震わせたところで、思わず噴き出した。
「何だ?」
「いや、こんな時は、さすがの南も冗談を言わないんだなって……」
シャルロットが嬉しそうに言う。
「俺だって真剣な話は、ちゃんと聞くぞ。それに、シャルロット……いい名前だ。それを茶化すことはしない」
「南はいつも、どこか抜けてるからね」
「知らなかったのか? 俺はこういう人間だぞ……お前なら、分かってくれると思ってたんだが」
「ふふ、いつも冗談ばかり言うからね、分からないよ」
「お前は分からないフリが上手だからな」
熱い湯が、二人を包む。
翌日。
「え、え~と今日は皆さんに転校生を紹介します」
ホームルームで、真耶が歯切れ悪そうにそう言った。
同時に黒板の前で頭を下げる人物に、教室がどよめく。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
「え?デュノア君って女……?」
「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」
シャルロットの視線は一番後ろの席。
南に向けられていた。
そんなこともいざ知らず、机に突っ伏して寝ている南に、隣から近づく影が……
「あああああっ!」
シャルロットが震える指で、南の方をさす。
教室中が一斉に、背後を振り返った。
「ん?」
南の頬にキスをしようと、唇を近づけていたラウラが視線に気付いて、顔を上げた。
「そんなに見るな。照れるだろう」
顔を赤らめたラウラを見て、箒とセシリア、シャルロットが叫んだ。
「貴様、何をしている!」
「は、はは、破廉恥ですわ!」
「許さないよ!」
そこまで言って、教室前後の扉が勢いよく開かれた。
「南っ」
「嫌な予感がしたから来たわ! 何かあった!?」
簪と鈴だった。
「ああ、ラウラが南にキスしようとしたんだ」
一夏が笑いながら、二人を煽る。
真耶は困った顔で、オロオロしていた。
「あ、アンタねぇ!」
「なんだ、また私に叩きのめされたいのか……いいだろう、かかってこい。こいつは私の嫁にする……これは決定事項だ。異論は認めん」
「よ、嫁ぇ!? 何を言ってるんですの!」
鈴とセシリアが突っ込んで行くのを皮切りに、教室が沸いた。