IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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15.臨海学校

臨海学校、当日。

 

学園が用意したバスに乗り込み、海へ向かう。

 

車中、一番後ろの席で南が息を吐いた。

 

隣に座る一夏が、そんな彼の顔を心配そうに覗き込む。

 

バスに乗り込む際、箒とセシリア、シャルロット、ラウラの誰が、南の隣に座るのか揉めた訳だが、千冬によって、南の隣は一夏ということになった。

 

「なんか、ずっとため息ついてるけど……気分でも悪いのか?」

 

一夏が前の座席に付いているホルダーから、ペットボトルを差し出す。

 

「飲んでもいいぞ」

 

「いや、大丈夫だ」

 

そんな提案をやんわり断って、背もたれに身を預けた。

 

「一番後ろの席で酔ったとか?」

 

「普段、ISに乗って動き回ってる俺がか?」

 

「それもそうだな……」

 

具合が悪そうには聞こえない南の声に、一夏は首を傾げるばかり。

 

しかし、「あっ」と手をポンと叩いて、南を指さす。

 

「分かったぞ。南、泳げないんだろ?」

 

「…………」

 

南は答えない。

 

それが、ほとんど答えだった。

 

「そういや水着買いに行こうって言った時も、乗り気じゃなかったもんな! そうかそうか、そういうことか!」

 

思わぬ弱点を発見したと、一夏は嬉しそうに笑う。

 

南は不機嫌な表情を隠すこともなく、目を閉じていた。

 

「だから海に行きたくないのか……納得納得」

 

大げさに頷く一夏に、南は苛立ちを押さえるべく、腕を組んだ。

 

「そっかぁ、泳げないかぁ!」

 

「うるさいなっ」

 

肘で一夏の腕を突く。

 

それでも、一夏は頷くのをやめない。

 

「一夏、随分と調子に乗っているようだがな……その調子だと、いつか痛い目に会うぞ。地べたに這いつくばることになって、通りかかった俺に『助けてください、南様』と言っても、どうにもならないからな」

 

「はいはい」

 

早口で言う南に、一夏は笑みを崩さなかった。

 

ムキになる子供をあやすような態度に、南は下唇をぬっと出した。

 

「そうだ。じゃあ、俺が泳ぎを教えてやろうか?」

 

一夏が体を、南の方へ向けた。

 

「この歳になって、友達に泳ぎを教えてもらうなんて……恥ずかしいだろ」

 

「そんなこと言ってたら、いつまで経っても泳げないじゃんか」

 

もっともなことを言う一夏だが、南は首を縦には振らなかった。

 

「泳ぎには自信あるんだぞ? 弾とか他の友達には『素早いトビウオ』って呼ばれてたんだ」

 

胸を張って、自信満々に言う一夏。

 

南は眉を顰めた。

 

「それは、馬鹿にされてるんじゃないのか?」

 

「冗談言うなよ」

 

ははっ、と笑い飛ばす彼の自信に、南はため息をつく。

 

「俺は、そんな格好悪いのじゃなくて、もっと格好良いのがいいな……」

 

「格好悪いか? 気に入ってるんだけどな……じゃあ、南はどんな風に呼ばれたいんだよ」

 

そう呟いた南に、一夏は言い返した。

 

「そうだな……『片足のフラミンゴ』とか」

 

「フラミンゴはいつも片足で立ってんじゃん」

 

一夏が呆れたような声を出した。

 

しかし、南は「うんうん」と満足気に頷いている。

 

そして同時に、一夏の方を向いた。

 

「そう、フラミンゴはいつも片足で立っている。どうしてか知ってるか?」

 

「あ、知ってるぞ。小学一年の時に、千冬姉に動物園に連れて行ってもらったんだ。その時、係の人が教えてくれた」

 

「お前の記憶力は凄まじいな」

 

「千冬姉にどこか連れて行ってもらったのは数少ないから……よく覚えてるんだ」

 

一夏は懐かしむように笑って続ける。

 

「確か……フラミンゴは脚が細くて長いから、冷えるんだ。だから折り畳んで、片方ずつ体で温めてるんだろ?」

 

目線を上げて、捻り出すように言う一夏。

 

指でこめかみをトントンと叩きながらだった。

 

「違うな」

 

しかし、南は「ふっ」と笑った。

 

「えっ!? 違ったか……じゃあ、なんで片足を折り畳んでるんだ?」

 

「両足を折り畳んだら、倒れるからだ」

 

「おっ、そろそろ着くか?」

 

南を無視して、一夏は窓の方を見つめた。

 

「よしっ、泳ぐぞ~」

 

席に座り直して、笑顔を作る。

 

「……無視は酷くないか?」

 

そんな問いかけも、一夏は聞き流した。

 

 

 

 

 

 

「今、十時です。夕方までは自由行動、夕食には遅れないように旅館に戻ること。いいですね?」

 

真耶がそう言うと、「はぁーーーい」と元気な返事が響く。

 

同時に、生徒達が走り出した。

 

目的地に着いたIS学園一行は、旅館に荷物を置き、海へと繰り出していた。

 

南も、なんだかんだ言って水着には着替えている。

 

折角、買った物を一度も履かないのは、南にとっても本意ではなかったからだ。

 

薄手のパーカーを羽織ったまま、海へと駆け出すクラスメイトや学園生を見送る。

 

「あ、あの……南さん……」

 

背後から呼ぶ声がして、南は振り返った。

 

「セシリアか」

 

青のビキニに、パレオを腰に巻いたものを着ていたセシリアは、その手に、折り畳んだビーチパラソルと丸めたシートを抱えて立っていた。

 

伏し目がちに、チラチラと南を見ている。

 

「どうした、お前は泳ぎに行かないのか?」

 

南が笑いかけると、セシリアは頷いた。

 

「ええ。その……実は……」

 

歯切れが悪いセシリアに、南も言葉を待つしかない。

 

「わたくしに、サンオイルを塗っていただけませんか?」

 

上目遣いに南を捉えるその視線は眩しくて、つい目を反らしそうになる。

 

頭の後ろを掻きながら、言葉を探す。

 

「ああ、まぁ……別にいいが……」

 

「ほ、本当ですの!?」

 

嬉しそうに満面の笑みを浮かべて詰め寄るセシリアに、南は苦笑した。

 

「初めてだから、自信はないが……それでも良ければ……」

 

「は、初めて……はいっ、是非! 是非、お願いします!」

 

「そんなに嬉しいか……ほら、それ刺してやるよ」

 

そう言って南は、セシリアの手からビーチパラソルを取って、砂を足で払った。

 

ザクッと気持ちの良い音を立てて、パラソルは砂浜に突き刺さった。

 

「それ、敷くのか?」

 

傘の部分を広げた南が問う。

 

「は、はいっ」

 

緊張気味に、セシリアが返事をすると巻いていたシートを、出来上がった影に広げた。

 

「それでは、お、お願いします……」

 

シートの上に寝そべったセシリアは、背中の紐を解く。

 

南も隣に膝をついた。

 

彼女が用意していたサンオイルを手に垂らして、馴染ませる。

 

「じゃあ、塗っていくぞ」

 

(はぁ……夢のようですわ~)

 

セシリアは南の大きな手の感触を背中で感じながら、甘美な息を吐く。

 

「どうだ? 上手く出来ているだろうか?」

 

控えめな声で言う南に、セシリアはただ頷くことしか出来なかった。

 

「なら、いいんだが……それにしても、これ、いい匂いがするな」

 

「本国から取り寄せた、最高級オイルですのよ」

 

セシリアは眠ってしまわぬよう、なんとか声を絞り出した。

 

この幸せな時間を眠って終わらせてしまうなど、あり得ないことだった。

 

「そうか……じゃあ、俺にも塗ってくれないか」

 

「へっ?」

 

予想外な言葉に、思わず変な声が出てしまった。

 

寝そべった状態から、限界まで首を動かして、南の方を見る。

 

「いや、これスベスベしてて気持ち良いし……俺にも……駄目か?」

 

南は左手でくまなくセシリアの背中を撫で、右手についたオイルを見つめていた。

 

興味深そうに、オイルの入ったボトルと交互に視線を動かしている。

 

「まぁ、最高級の物を、俺に使いたくない気持ちは分からんではないが……」

 

「い、いえっ!そんなことありませんわ! わたくし、セシリア・オルコット。全身全霊の力を込めて、南さんのお背中に、オイルを塗らせていただきます!」

 

「いや、あんまり力を入れられすぎると、俺の背中が折れそうだから、ほどほどで頼む」

 

そう言ながら南は、ビキニの紐をセシリアの背中に結び直した。

 

セシリアが起き上がると、バトンタッチするように、南がパーカーを脱ぎながら、シートに寝そべる。

 

「よし、いいぞ」

 

南が言うと、セシリアは同じように隣で膝をついて、その手にオイルを垂らす。

 

「ま、参ります……」

 

「そんなに緊張しなくても……もっとリラックスして……ひゃおんっ!」

 

オイルを手で温めていなかったからか、セシリアが背中に手を当てた瞬間、南は思わずのけ反った。

 

ついでに、変な声も出る。

 

「つ、冷たいじゃないか」

 

「申し訳ありません! わたくしも、誰かの背中に塗るというのは初めてでして……」

 

セシリアが眉を下げた。

 

「なら、仕方ないな」

 

南は笑って、また体を横にする。

 

「アンタ達、何してんの……」

 

低い声がした。

 

そちらの方を見ると、鈴が怖い顔をして立っていた。

 

「おう、鈴。もう泳いできたのか」

 

鈴の全身は濡れており、大きなバスタオルを持っていることからも、それは容易に想像できた。

 

しかし、そのタオルで体や髪を拭かず、ポタポタと大量の水滴を落としながら、二人を睨む鈴。

 

セシリアは小さく舌打ちした。

 

「何してんのか聞いてるんだけど……」

 

「セシリアにサンオイルを塗ってやってたんだが、それが気持ち良くてな。俺にも塗ってもらってたんだ」

 

南が言うと、鈴は複雑な表情をする。

 

二組の友達と呑気に遊んでいる場合ではなかった、と唇を噛んだ。

 

「それにしても、お前……なんで体も髪も拭かないんだ」

 

南は苦笑すると、立ち上がって鈴の手からバスタオルを取る。

 

「ほら、拭いてやる」

 

「えっ、ちょっ……べ、別に……」

 

鈴も最初は抵抗していたが、南がバスタオルを頭にかけ、わしゃわしゃと動かし始めると次第に大人しくなっていった。

 

「じ、自分で……拭ける、から……」

 

「まぁ、そう言うな。本当はドライヤーで乾かした方がいいんだろうが……まぁ、ないものは仕方ない」

 

南はそう言いながら、バスタオルで髪を挟むようにして水分を拭き取っていく。

 

すっかり大人しくなった鈴は、ただ立っているだけだった。

 

バスタオルで前は……南はよく見えない。

 

セシリアはただ、膝をついてその光景を見ているだけだった。

 

「それにしても……」

 

南が口を開く。

 

「な、何よ……」

 

髪を拭かれる気持ち良さから、鈴は震える声をなんとか絞り出した。

 

「いつもはツインテールだが、そうやって髪をおろしているのも、新鮮で可愛いな」

 

パッとバスタオルが退けられた。

 

そう言って笑う南の笑顔に、鈴は顔を真っ赤にした。

 

小さくそよいだ風が、パラソルと揺らす。

 

揺れたパラソルは、太陽の光を遮る役目を一瞬忘れた。

 

太陽が、南と鈴を照らす。

 

体が熱い。

 

拭いていない体についた水滴が蒸発するような熱に、鈴は言葉が出なかった。

 

「ん? すまない。シャルロットが呼んでいるな……行ってくる」

 

それだけ言うと、南はバスタオルを適当に折り畳んで鈴に手渡した。

 

ボーッとしたままの鈴は何も考えられず、無意識にそれを受け取る。

 

置いていたパーカーを掴んで、振り返った。

 

「それじゃあ。セシリアも、また後で」

 

南が小走りで去るのを見届けて、セシリアが鈴の方へ向き直った。

 

「鈴さん? 鈴さん?……聞こえてないんですの?」

 

緩みきっただらしない表情をする鈴に、セシリアはため息をつくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「どうした」

 

南は再度、パーカーを羽織りながら、呼ばれたシャルロットの元へ駆け寄った。

 

隣には頬を赤らめて、モジモジとしているラウラが立っている。

 

「南にも、水着を見てもらおうと思ってね」

 

そう笑うシャルロットは手を後ろに組んで、前かがみになった。

 

「どう?」

 

「ああ、可愛らしいと思うぞ」

 

南はそれ以外の言葉が思い付かないのか、即答した。

 

水着を買いに行ったあの日。

 

あの日は照れ臭そうに言っていたから、そんな答えでも許したが、こなれたように言う南には、シャルロットもムッとする。

 

「ふーん。どんなところが?」

 

「ん?」

 

「どんなところが可愛い?」

 

シャルロットは悪戯を思い付いた子供のように笑って、南に笑いかけた。

 

「そうだな……」

 

南は顎に手をやって、一瞬だけ考える。

 

「まぁ、下品にならない程度に開いた胸元と黒のストライプがいいな。その黄色を基調にしているのも、お前の綺麗な金髪とよく合っている」

 

スラスラと舌を噛むことなく言った南に、シャルロットは目を丸くした。

 

しばらくして、顔を赤くしながら目線を忙しく動かし始める。

 

「あ、あははっ……そ、そっか……き、綺麗……綺麗ね……」

 

ニヤニヤと頬を緩ませるシャルロットは、同時に動揺を隠せない。

 

(ず、ズルいよ南……困ってくれると思ったのに……)

 

シャルロットは何とか話題を変えようと、隣のラウラの肩に手を置いた。

 

「ラ、ラウラはどうかな!? この水着、僕が選んであげたんだ!」

 

「う、うぅ……あまり、見ないで欲しい」

 

そう言って困った顔をするラウラに、いつもの強気な姿勢はなく、ただしおらしかった。

 

視線を上げようとしない彼女だったが、チラチラと南の方を伺ってはいるようだった。

 

「おかしな所なんてないよね? 南」

 

「そうだぞ、一夏を見てみろ」

 

南が指さす先には、一夏が女子に混じってバレーボールをしていた。

 

ちょうど、スパイクが決まったのか歓声が上がっている。

 

そんな一夏の水着は、虹色だった。

 

否、ただ七色なだけではなく、もっと様々な色が施されていて、見ていると目が疲れる。

 

「アイツな……水着売り場で真っ先にあれを手に取ったんだ。あのセンスには痛み入る。」

 

「あれと比べられるのは心外だ」

 

照れ臭さが冷めたのか、ラウラの声がいつものように低くなった。

 

「まぁ、あれとは比べ物にはならないぞ。その水着、よく似合ってる」

 

そう言って南が笑うと、ラウラの表情は一瞬固まり、すぐに崩れた。

 

「そ、そうか……似合っているか……シャ、シャルロットより、似合っているか!?」

 

目線を反らしていたラウラは、くわっと南を見上げる。

 

そんな動作に驚いて、南は一歩後ずさった。

 

「ラウラ!?」

 

予想外な二択を迫ったラウラに、シャルロットも目を丸くする。

 

しかし、すぐ目に力を入れて南の方を見つめた。

 

「ど、どうなの! 南!」

 

流石に、答えがすぐに出ず、南はこめかみを掻いた。

 

「ど、どっちが良いとかではないぞ……」

 

「そ、それでは駄目だ!」

 

「そうだよ! どっちか選んで欲しいな!」

 

答えに困った南は、目を泳がした。

 

必死に逃げ道を探していると、変な色の水着が目に入る。

 

「い、一夏……一夏に聞いてこい。あいつの意見を参考に、俺も答えを出すとしよう……」

 

南が必死に言うと、納得したのかしていないのか、一瞬顔をしかめた二人だったが、すぐに顔を見合わせて頷いた。

 

「それじゃあ、聞いてくる。嫁はここで待っていてくれ」

 

「すぐに戻ってくるからね、待っててね」

 

二人は同時に言って、一夏の方へと走り出した。

 

それを見送って、南は海の家の方へと歩き出す。

 

「すまん、一夏。後は任せたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の家では、数人の生徒がテーブルでかき氷を食べていた。

 

「あ、南……」

 

「おっ……かん……ざ……し」

 

逃げるようにやってきた南が、キョロキョロと適当に見渡していると、簪が声をかけてきた。

 

しかし、インドア派な印象を持っていた彼女からは、想像できない格好に、上手く言葉が出てこなかった。

 

水色のビキニで、レースもついており、谷間部分には大きなリボンが付いている水着は、簪のイメージをガラッと変えていた。

 

「簪………その水着、いいな」

 

ストレートな言い回し。

 

『可愛い』や『似合っている』ではない、直接的な言葉に、簪は頬を赤くして微笑んだ。

 

「あ、ありがとう……」

 

その後の言葉が続かない。

 

南もいつものようにポンポンと言葉が出なかった。

 

「かき氷食うか?」

 

一夏に逃げ、そして今度は、かき氷に逃げる南。

 

少しして、簪が口を開いた。

 

「いい、の……?」

 

「ああ、奢ってやる。何味がいい?」

 

「じゃ、じゃあ……イチゴ」

 

「イチゴだな……すみません、イチゴとブルーハワイ一つずつ」

 

「あい」

 

店の渋いおじさんが短く言う。

 

氷が削られる音を楽しみつつ、カキ氷を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、イチゴ」

 

「あ、ありが……と」

 

おじさんからかき氷を受け取り、簪に渡す。

 

少し離れたベンチに座り、ストローを切って作られたスプーンで一口。

 

「美味い。やっぱり海にはカキ氷だな」

 

泳げもしない南が、そんなことを言う。

 

「う、うん……おいしい……」

 

隣に座る簪も満足しているのか、目を細めた。

 

少しして、簪が南の方へチラチラと視線を向け始めた。

 

すぐにそれに気が付いた南が、かき氷を口に運ぶのを中断する。

 

「どうした?」

 

「南……!」

 

「お、おう……」

 

思いがけない勢いで名前を呼ばれ、南は思わず動揺したような声を出してしまった。

 

「そ、その……わ、私も……ブ、ブルーハワイ……一口、頂戴?」

 

顔を真っ赤にして聞いてくる簪。

 

「ああ、いいぞ。ほれ」

 

南はそう言って、自分のかき氷を差し出したが、簪は目を閉じてこちらを向いていた。

 

その口が小さく開かれている。

 

「お、俺が……食べさせるのか?」

 

「…………」

 

簪は頷くだけ。

 

「じゃ、じゃあ……あー」

 

そう言いながら、スプーンで一口分すくい、彼女の口元へ持って行く。

 

「どうだ?」

 

「う、うん……おい、しい……」

 

満足そうに、簪は言った。

 

「それは良かった」

 

そんな彼女の表情を見て、南も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎ、IS学園の生徒は大宴会場で夕食を取っていた。

 

テーブル席と座椅子のどちらかを選択し、食事を摂る。

 

南はテーブル席に座っていた。

 

一夏は座椅子の方に座り、既に刺身を頬張っていた。

 

「俺も食うか」

 

「ああ、いただくとしよう」

 

いつの間にか隣に座っていたラウラが言った。

 

「おう、ラウラ。お前もこっちか」

 

南はテーブルをトントンと叩く。

 

「正座というのは、実に苦しい。あれは一種の拷問だ」

 

ラウラは苦い表情で、座椅子を睨んだ。

 

南は苦笑いする。

 

「そこまで辛いか」

 

「それに、お前がこっちに座っていたからな……」

 

小さな声で続けたラウラに、南は「そうか」とだけ言って優しく笑った。

 

「ほら、食べよう」

 

大きな盆に並んでいたのは、刺身だけでなく、丸コンロに乗った小さなふるさと鍋。白米に味噌汁、煮物と豪勢だった。

 

箸を手に取り、茶碗を持つ。

 

「そう言えば……今日は、箒を見てないな」

 

ふと、思い出した南は辺りを見渡す。

 

すると、座椅子席の端で一人、黙々と食事をする箒の姿があった。

 

「なんだ、こっちの席が空いていたのに……呼んでやればよかったな」

 

箸と茶碗を置いて、南が立ち上がろうとすると、ラウラがそんな彼の袖を掴んだ。

 

「ん、どうした」

 

「これは……なんだ?」

 

ラウラが箸でつついていたのは、刺身の皿に添えられたわさびだった。

 

小さな山状に盛られたわさびは、いい緑色をしている。

 

「ああ、それは、わさび……」

 

「はむっ」

 

南が説明をする間もなく、ラウラはわさびを口に入れた。

 

「お、おいっ」

 

南が声をかけるが、もう遅い。

 

目から涙を大量に流し、無言でテーブルを叩くラウラ。

 

「ほら、お茶飲め、お茶」

 

「うぐぅ……しゅ、しゅまない……」

 

鼻を抑えながら、南の手からお茶を取ったラウラは一気に飲み干す。

 

「あ、ばか……」

 

再び声をかけるが、またもや遅い。

 

「あっつうううううう!」

 

湯気が立つほど、熱いお茶を一瞬で腹に収めて無事な訳がない。

 

ラウラは悶えながら、体を必死に揺らしていた。

 

「水、もらってきてやる」

 

南はそう言って立ち上がった。

 

「しかし、ラウラもまだまだだな」

 

「……うぅ。何が、だ」

 

今にも消えそうな声で言うラウラ。

 

引いた椅子を戻しながら、南は続けた。

 

「織斑先生くらいになるとな、その程度のわさびじゃ満足しないぞ」

 

ラウラがドイツに居た頃、千冬によって鍛えられたと昔話をしてもらったことを思い出して、南が笑った。

 

それ故に、自分は千冬のことを『教官』と呼んでしまうと聞いていた。

 

「そうだな……この茶碗一杯分のわさびなら、笑顔で食える」

 

「ほ、本当か!? 流石、教官だ。こんな物を……」

 

ラウラが尊敬の表情を浮かべた時、南の背後から凄まじい気配を感じた。

 

「神代……」

 

低い声が響く。

 

胃の中から伝わるような声に、南は肩を震わせた。

 

「貴様……随分と愉快な話をするじゃないか」

 

南は振り返ることなく言った。

 

「いや……これは、ラウラを元気付けようと……」

 

「そうか。ボーデヴィッヒの為に、私を使ってホラ話か」

 

どんどん低くなる声に、室内の温度も下がっていくようだった。

 

ゆっくりと振り返ろうとした瞬間、南は倒され、床に寝そべる恰好になった。

 

「痛い痛い痛い……いや、本当に痛い」

 

肩をぐっと抑え込まれて、外れてしまうんじゃないかというくらい、力を込められる。

 

思わず、悲鳴を上げそうになった。

 

すると、南と同じように水をもらうためか、コップを片手に一夏が歩いてくるのが見えた。

 

うつ伏せに抑え込まれたまま顔を上げると、一夏は明らかに困惑した表情で南を見下ろしている。

 

「助けてください、一夏様」

 

南が言った。

 

「ほらな、南。片足ずつ畳まないと、倒れちまうだろ?」

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