IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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16.第四世代、福音、飛べないIS

「僕ね、旅館って初めて泊ったんだけど凄いね!」

 

南が眠たげに目を擦ると、シャルロットはそんな彼の隣で言った。

 

旅館で一泊した翌日。

 

一夏と同じ部屋だった南は、二人でひたすらトランプをしていて、眠りに着いたのは午前三時。

 

起床が六時三十分だったこともあり、ほとんど眠れずにいた。

 

「んう、うおいあ……」

 

欠伸なのか言葉なのか、南の口からはよく分からない声が出る。

 

臨海学校の二日目。

 

生徒達がまたも海へと繰り出す中、海に面した大きな岩場に集められた専用機持ち。

 

そこには、箒も居た。

 

「よし、専用機持ちは全員揃ったな。並べ」

 

適当な位置でそれぞれ立っていた南達が、千冬の一言で横一列に並んだ。

 

「あれ? 箒って専用機……」

 

一夏が呟きながら箒の方を覗いた。

 

箒はどこか、暗い表情をしている。

 

「そ、それは……」

 

「私から説明しよう。実はだな―――」

 

小さく消えてしまいそうな声を出す箒に代わって、千冬が前に出た。

 

「やっほ~~!!」

 

すると突然、遠くの方から地鳴りと同時に、大きな声が響いた。

 

「「はぁ……」」

 

箒と千冬が同時にため息をつく。

 

「ちーちゃ~~~ん!!」

 

物凄い勢いで斜面を走りながら、何者かが下りてきた。

 

正体が分かっている二人は、げんなりと表情を歪めた。

 

同じく誰かが分かったのか、一夏は苦笑していた。

 

腰まである長い髪、ウサギ耳のカチューシャをつけ、青と白のワンピースを着た女性は、高く跳躍し、千冬へと飛びつく。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! また会えたのはまさに愛の力だね! 私たちの愛の力が―――」

 

ガッ! と鈍い音がする。

 

突進してきた女性の声を遮り、千冬がその頭を鷲掴みにしたからだ。

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」

 

何でもないように言った後、千冬の手から逃れ、岩陰に隠れる箒の方へと向かう。

 

「じゃじゃーーん!! やあ!」

 

「……どうも」

 

頭を抱えて隠れる箒は、小動物のようだった。

 

「ひっひひ~、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

ガンッ!と激しい打撃音が響く。

 

どこからか取り出した木刀で、箒が女性を殴った音だった。

 

「殴りますよ」

 

「な、殴ってから言ったぁ。箒ちゃんひど~い!! ねぇ、いっくんひど……い……?」

 

自分の頭を撫でながら一夏の方へ向き直る女性は、その隣に立つ南の顔を見て、言葉を止めた。

 

表情は変わらず笑顔。

 

だが、確かにその笑顔は固くなっていた。

 

「どうしてキミがここに……」

 

低くはないが、重たい声でそう言った。

 

先程までの明るい声音は、どこか失せていた。

 

「愛の力じゃないか?」

 

南は、腰に手を当てたまま笑う。

 

 

 

 

 

 

 

「奇遇だな、束博士」

 

そう言って小さく笑う南の声も、どこか緊張を含んでいた。

 

「束って……」

 

「ISの開発者にして、天才科学者の……」

 

「篠ノ之束……」

 

南がその名を呼ぶと、鈴とシャルロット、ラウラが続く。

 

「どうして、南は……」

 

簪が口を開くと同時に、束が跳んだ。

 

全員がその行方を目で追うが、南は動かない。

 

そんな彼のすぐ隣に着地した束は、耳元に口を近づける。

 

「こんな所で何してるのぉ~?」

 

「関係ないだろ?」

 

「私の邪魔したら、ぶっ殺しちゃうから!」

 

「ほぉ、それは怖い。気を付けないとな?」

 

南は余裕の態度を崩さない。

 

それは、飄々としている束も同じであった。

 

「誰のお陰で、今そうやって楽し~く過ごせてるのカナ?」

 

「誰のお陰で、今そうやって自由奔放に過ごせてるんだ?」

 

「キミは何にも出来ないじゃん」

 

「でも俺の一言で、今のアンタは終わるだろ」

 

「天才舐めないで、ガキ」

 

「ガキ舐めんなよ、天才」

 

二人周囲には、ただならぬ何かが感じられる。

 

その場にいた、全員……千冬までもが言葉を忘れた。

 

パッと南から離れた束は、体を回す。

 

「まったく、とんだ誤算だよ」

 

小さい声で呟いた彼女に視線が集まった。

 

しかし、束が気にする様子はない。

 

「うーん、これだと……いっくんは…………まぁ、………でも、……大差ない………うんっ! オッケー!」

 

束はブツブツと何やら言っていたが、再び声音を明るく戻した。

 

そのテンションの変わりように、南を除く全員が困惑する。

 

「それでは、気を取り直して~! 大空をご覧あれっ」

 

束が右手を振り上げながら、高らかと叫ぶと共に一機のISが、上空から降ってきた。

 

その真紅のISの隣で、束はポーズを取る。

 

「じゃじゃーん、これぞ箒ちゃん専用機『紅椿』! 全スペックは現ISを上回る束さんお手製だよ~。なんたって紅椿は天才束さんが作った第四世代型ISだからね~」

 

「第四世代!?」

 

「やっと第三世代型の試験機が出来た段階ですわよ!」

 

「なのに、もう……」

 

束の言葉一つ一つが、常識を打ち破る。

 

目を丸くして驚く専用機持ちだが、千冬は小さく息を吐くだけだった。

 

「そこがほれ~、天才束さんだから! さあ箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか」

 

「さぁ、篠ノ之」

 

千冬に促され、箒は戸惑いながらも紅椿の方へ歩いていく。

 

「箒ちゃんのデータは先行して入れてあるから、後は最新データに更新するだけだね~」

 

上空に浮かぶ電子キーボードを、異常な速度で叩く束に、簪が息を飲んだ。

 

「は、早い……」

 

「出鱈目に打ってるんじゃないか?」

 

「そんな訳、ない」

 

南の軽口を適当に流した簪は、まばたきを忘れてその様子に見入っていた。

 

一夏が腕を組んで「ほえ~」と間抜けな声を出すと同時に、束が笑う。

 

「はいフィッティング終了。ちょ~早いね、さすが私~。そんじゃあ試運転も兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通り動くはずだよ~」

 

その言葉に箒が表情を引き締めた。

 

「それでは、やってみます」

 

目を閉じて集中した箒がゆっくり、軽く浮上。

 

しかし次の瞬間には、激しい風を起こし、砂埃を立てながら上空へと飛び立った。

 

「何あれ!? 早い!」

 

「これが第四世代の加速というこっと! どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ~」

 

鈴の言葉に、束は胸を張る。

 

箒への問いかけには、自信が満ちていた。

 

『ええ、まぁ……』

 

「それじゃあ、コレを処理してみて!」

 

そう言うと、束は巨大なミサイルを数発展開。しかし、その全弾が、刀の衝撃波で吹き飛んだ。

 

「やるじゃないか」

 

「すげぇ」

 

南と一夏から、感嘆の声が漏れる。

 

「ふふふ~、すごいでしょ~」

 

『やれる、この紅椿なら!!』

 

「大変です!織斑先生っ!」

 

箒がそう笑うと、真耶が慌てた様子で千冬の方へ走ってきた。

 

「どうした?」

 

「こ、これをっ!」

 

真耶から携帯端末を受け取った千冬は、目を細めた。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……テスト稼働は中止だ!……お前たちにやってもらいたいことがある」

 

そんな声に、全員の表情が引き締まった。

 

束だけが素知らぬ顔をしている。

 

「はぁ、はぁ……あれ、こちらの方は?」

 

息を切らしながら真耶が聞いた。

 

「篠ノ之 束だ」

 

「えええっ!?」

 

漫画のような驚き方だ、と南が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

専用機持ちが、旅館の宴会用の大座敷に集められた。

 

畳の上に、投影機によって映し出された、多くの情報を囲むように座る南達の表情は険しい。

 

曰く―――アメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型のIS『シルバリオ・ゴスペル』通称、福音が制御下を離れて、無人で暴走。

 

曰く―――衛星の追跡の結果、福音は旅館周辺の2キロ先にある空域を、五十分後に通過。学園上層部からの通達により、自分達が対処することになった。

 

曰く―――教員が学園の訓練機を使用して、空域および海域を封鎖。このことから、作戦の要は専用機持ちが担当する。

 

「なるほど……」

 

静かに目を閉じた南だったが、一夏は息を飲んでいた。

 

「つまり暴走したISを我々が止めるということか……」

 

ラウラが口にすると、千冬が頷く。

 

「それでは作戦会議を始める……意見がある者は挙手するように」

 

「はい」

 

真っ先に手を挙げたのは、セシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、決して口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

昨日、オイルを塗り合い、笑っていた彼女とは全くの別人のようだった。

 

南は思わず、セシリアの方を見るが、集中している彼女はその視線に気付かない。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型、わたくしのISと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね……厄介だわ」

 

「この、特殊武装……かなり厄介……連続しての防御は……難しい」

 

表示された情報をセシリア、鈴、簪が口々に述べていく。

 

「このデータじゃ、格闘性能が未知数だね……」

 

「偵察は行えないのですか?」

 

シャルロットが言うと、ラウラが問う。

 

「それは無理だな……この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だ……」

 

「……ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかないですね」

 

真耶が言った。

 

「と、なると……一夏。お前の出番だな」

 

ポンッと一夏の肩に手を置いた南。

 

「そうか。零落白夜なら……」

 

一夏は自らの右腕を握った。

 

「問題は、如何にエネルギーを使わずに、一夏を福音の元まで運ぶか、だね」

 

シャルロットが顎元に手をやると、鈴が腕を組んだ。

 

「とぉ~~~」

 

突然、屋根裏から飛び出てきた束に、集中していた全員が肩を震わせる。

 

「びっくりしましたわ……」

 

「ちーちゃん、ちーちゃん!いい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

 

セシリアが胸を抑えるが、束は気にしない。

 

「出て行け」

 

「聞いて聞いて~、ここはだ~んぜん紅椿の出番なんだよ~」

 

千冬の肩を持って、揺さぶりながら言う束。

 

「なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を木々が生い茂る川辺に変えて、箒が目を閉じた。

 

「紅椿……行くぞ」

 

静かにそう言い、紅椿を展開。

 

全員が、第四世代型ISの存在感に立ち尽くす中、南は一人、岩場に座り込み、静かにその様子を見ていた。

 

「織斑先生、篠ノ之博士がここにいることを上層部は?」

 

真耶が小声で尋ねると、千冬は同じく小声で返した。

 

「連絡はついている。今は暴走したISを止めることが最優先だ」

 

「それじゃー、箒ちゃん! 展開装甲オープン!」

 

束が言うと、腕肩脚部と背部の可変装甲が開いた。

 

「展開装甲はね、第四世代型の装備で―――」

 

始終、どこか笑みを浮かべながら話を聞く箒。

 

南は少し顔をしかめて、それでも静かに座っていた。

 

「束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

 

「七分あれば余裕だね~」

 

「よし……本作戦は、織斑と篠ノ之の両名による目標の追跡、及び撃墜を目的とする! 作戦開始は三十分後、各員直ちに準備にかかれ」

 

千冬がパンと手を叩くと、全員が動き出す。

 

散るように準備に取り掛かる様が、緊張感を呼んでいた。

 

「南……どうしたの?」

 

簪が南の隣に座った。

 

息を吐いた南は、険しい表情のまま、何も言わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦開始地点である砂浜で、一夏は空を見上げていた。

 

箒が静かに歩み寄ってくるのを確認すると、小さく頷き、白式を展開。

 

それに箒も続いた。

 

「箒、これは訓練じゃない。充分に注意して―――」

 

「分かっている」

 

一夏の言葉を遮って、箒が笑った。

 

「心配するな。お前は、私がちゃんと運んでやる……大船に乗ったつもりでいればいいさ」

 

「沈む大船は被害も大きい」

 

どこか声音が明るい箒に、釘を刺す声がした。

 

二人が振り返ると、そこには南が立っていた。

 

「ふっ、心配して見送りに来たのか? 南、見ていてくれ。私の力を」

 

それでも、箒は笑みを崩さない。

 

表情を変えない南に、一瞬首を傾げたが、すぐに一夏の方を向き直った。

 

「一夏、行くぞ」

 

「お、おう……」

 

そうして紅白が、空の青へと消える。

 

「神代……」

 

千冬の声がして、南が振り返った。

 

「織斑先生……箒、大丈夫ですかね?」

 

「一応、一夏にはサポートするように言っておいた」

 

その場に二人しかいないからか、千冬は弟の名を迷いなく呼んだ。

 

南も、それに対して何も言わない。

 

「あれだけ浮かれてても、何もなく順調に……そんな事、あればいいが」

 

「そうだな」

 

千冬が頷く。

 

 

 

 

 

 

初動で決める一撃必殺が前提であるこの作戦。

 

間違いなく、失敗していた。

 

福音の戦闘力は、明らかに、そして大きく一夏と箒からかけ離れたものだった。

 

動き、攻撃、速度……全てにおいて、一撃で勝負をつけることが出来る相手ではなかったのだ。

 

確かに、箒が放つピットの攻撃や剣技は、福音にダメージを与えている。

 

しかし、一夏の零落白夜を簡単に当てられるほど、甘くはなかった。

 

激しい交戦は続く。

 

そんな中、一夏が目にしたのは海に浮かぶ一隻の船だった。

 

白式が教えてくれる情報によると、国籍は不明。それが密漁船であることは、容易に分かる。

 

「箒、無暗に攻撃しちゃダメだ! 先生達の封鎖……どうやら完璧じゃなかったらしい!」

 

一夏が声を張り上げながら高度を落とし、福音が放った流れ弾を雪片弐型で払う。

 

「なに! 密漁船……こんな時に―――ぐふっ!」

 

視線を反らした隙を逃さない福音は、箒を攻め立てる。

 

大量のエネルギー弾を受け、箒が後退した。

 

「奴らは犯罪者だ! 構っている場合か!」

 

箒が叫ぶと同時だった。

 

『一夏、箒。聞こえるな?』

 

耳元で低い声が聞こえた。

 

「南っ」

 

『作戦は中止だ。戻って来い』

 

普段とは違う冷たい声音に、一夏は肩を震わせる。

 

「でも、密漁船が……」

 

『何もしてこない船に、わざわざ攻撃はしないだろ』

 

淡々と言う南。

 

しかし、箒は違った。

 

「何を言っている! 私の力を見ていてくれと言ったではないか! すぐに片が付く、お前は―――」

 

『織斑先生からの命令だ。早く帰還しろ』

 

最後まで言わせず、南は一方的に告げて通信を切る。

 

有無を言わせない雰囲気に、一夏と箒は攻撃を中止して、後退。

 

ダメージが0ではない福音も、深追いはしないのか、動きを止めた。

 

箒は唇を噛んで、砂浜へ戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『織斑先生からの命令だ。早く帰還しろ』

 

南は冷たい口調で言って、通信を切った。

 

すぐに手に持っていたマイクを投げ捨て、部屋を出ようとする。

 

「神代……どういうつもりだ。私は何も言っていないだろう」

 

千冬の声に、怒りは感じられなかった。

 

振り返ることもなく、襖を開ける南。

 

「福音へのダメージを考えれば、戦闘を中断することで活動は停止するだろうって、先生が言ったじゃないですか」

 

「……」

 

「あのまま続けても、勝てはしない」

 

何も言わない千冬を背に、南が部屋を出る。

 

「ま、待て南」

 

ラウラが立ち上がり、その後を追った。

 

それにセシリア、鈴、シャルロット、簪も続いた。

 

「ラウラ、頼みがある」

 

廊下に出た南が振り返った。

 

二人が飛び立った砂浜に、早足で向かう。

 

 

 

 

 

 

箒と一夏が件の砂浜まで戻ってきた時、最初に見えたのは南の背中だった。

 

ISを展開して、腕を組んでいる。

 

「南……」

 

不安そうな声を出して降り立った一夏とは対照的に、箒は南の目の前で着地。

 

噛みつかんばかりの勢いで、詰め寄った。

 

「どういうことだ、説明しろ。どうして、帰還命令が出た!」

 

「あれは嘘だ。俺が勝手に言ったんだ……織斑先生はそんな指示を出していない」

 

そんな言葉に、箒が驚きで目を丸くした後、また烈火のごとく怒り出した。

 

どういうことだ、と叫ぶ箒を不機嫌な表情を隠すことなく見ていた南。

 

箒の言葉が途切れた瞬間、口を開く。

 

「勝負しろ、箒」

 

簡潔に言った南に、箒は鼻で笑った。

 

「気でも狂ったか? 今はそんなことをしている場合ではないだ―――」

 

そんな言葉を最後まで言えなかったのは、眼前にナイフの刃が見えたから。

 

体を強引に反らし、その刃を避けた箒は、刀を二本装備する。

 

「貴様、どういうつもりだ!」

 

「さっきまで福音と戦ってたからな……次に攻撃するのは止めの一撃だけにしてやる」

 

箒の質問には答えず、ナイフを振るう南に、箒は訳の分からなさを忘れた。

 

「いいだろう……」

 

小さく呟くと、刀を構える。

 

現存するIS機の中で、トップクラスの性能を持つ紅椿に対して、どういうつもりなのか。

 

そして、同級生である各国の代表候補を倒してきた彼の実力は……。

 

箒は思う。そしてほくそ笑む。

 

負けるわけがない。

 

なぜなら、このISは……

 

「はぁあああ!」

 

刀を高々と振り上げた箒は南に突進。

 

例の糸も切り裂いてやると、速度を上げる。

 

南は構えず、ただ立っているだけ。

 

(捉えたっ!)

 

刀を振り下ろす。

 

「なっ!?」

 

次の瞬間、南は箒の背後に立っていた。

 

全く同じ姿勢で。

 

「どうした、お前が言ったんだろ……力を見てくれと」

 

冷めた声で言う南に、歯を軋ませる。

 

わなわなと震える腕に力を込めて振り返った。

 

「舐めるなっ!」

 

またも速度を上げ、刀を振るうべく一瞬、腕を畳む。

 

上げられたその速度は、普通のISが行う、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の比ではない。

 

(今度こそ、仕留めた!)

 

しかし腕を振るった瞬間、またも南の姿は消え、気付けば箒の隣に立っている。

 

「な、なんだ……」

 

思わず声が漏れる。

 

この違和感の正体……箒は、冷静ではない頭を必死に動かした。

 

同時に目を凝らす。

 

「っ!」

 

それは偶然だった。

 

砂浜と隣り合うように生えている木々を太陽が照らし、一瞬だけ見えたその糸は、今までの戦闘で南が見せていない細いものだった。

 

束られた無数の糸を、ほぐして放射状に拡げたその糸は、IS装備であったとしても、簡単には捉えられない。

 

(これは……自分を起点に、木々に糸を張って、私がこれにかかる瞬間……私と南の位置が……)

 

箒は徐々に冷めていく自分の思考に、震えを覚えた。

 

(自動的に、反転する仕掛け……そんな……この速度を前提にしているような、こんな罠が……!)

 

―――「高速で移動する昆虫」を捕食する蜘蛛が、存在する。

 

『オウギグモ』

 

その名の通り、三角網と呼ばれる、扇に見立てた網を張ることで知られる。

 

網の頂点から引かれた糸を持ったまま待機。

 

そして、獲物が罠にかかると高い跳躍力を活かし、糸で包み込むように捕獲する。

 

より速く、より大きな獲物を捕らえるのに特化した、「三角網」は、

 

「くっ、体に糸が……絡まって……」

 

一度絡まると、決して逃れられない、封殺用の罠である。

 

箒がいかに体を激しく動かそうと、得意の高速移動のためスラスターを展開しようと、自由に動くことは不可能。

 

そして……

 

「終わったぞ」

 

首筋にナイフを突きつけられる南の簡潔な声に、箒は脱力した。

 

 

 

 

 

 

ISを解除すると同時に、膝から崩れ落ちた箒。

 

「頭は冷えたか?」

 

南も自身のISの展開を解除した。

 

一夏や代表候補生が砂浜を踏みしめる中、箒は今までの言動に寒気を覚える。

 

「どうしたんだよ、箒……力を手にした途端、弱い奴のことが見えなくなるなんて……」

 

心配な声で言う一夏の言葉に、箒は顔を上げた。

 

その目には、涙が溜まっている。

 

「そんなの……全然らしくないぞ……」

 

「わ、私は……また……」

 

再び項垂れる箒の肩が震える。

 

陽に照らされ、水気など一切ない砂浜に、ぽつぽつと水滴が落ちた。

 

「力の赴くままに、暴力を……振るっていただけ……」

 

涙を流し、ちゃんとしない声で呟く箒の肩に南が手を置いた。

 

「新しい自分にはしゃぐことくらい、誰にだってある」

 

「二度目だぞ! 私は、二度も同じ過ちを……」

 

南は悪くない。

 

むしろ、慰めてくれている。

 

そんな彼に怒声を浴びせる自分に、また嫌気がさした。

 

しかし……それでも、南は言葉を続けた。

 

「仏だって二度は許してくれるんだ……反省して、この失敗を忘れなければいいだろ」

 

南が笑う。

 

もう、その声は冷たくない。

 

いつもの、彼だった。

 

「こういう時ってさ~」

 

努めて明るい声で言った鈴に、全員が視線を向けた。

 

「普通、忘れろって言わない? なんで、覚えてろって言うのよ」

 

「確かに……嫌な事とかって、忘れたくなるものじゃないの?」

 

鈴が言うと、シャルロットが頷いた。

 

「忘れてどうするんだよ。失敗は忘れずに、次への糧とするべきじゃないか」

 

南が自身満々に胸を張った。

 

「よく言う……」

 

簪が、そんな南の隣に立った。

 

箒と目線を合わせるべく、片膝をついている南を見下ろす格好だ。

 

「南が、失敗を活かしたところなんて、見たことない……むしろ、更に大きな失敗を重ねるくらい……」

 

「木は森に隠せって言うだろ。失敗は大失敗に隠すんだ」

 

南は怯まない。

 

「話を戻そう。箒、まだ挽回のチャンスはある……そうだろ?ラウラ」

 

「ここから三十キロ離れた沖合の上空に、奴はまだいる」

 

部分展開した腕部から得られた情報をラウラが伝える。

 

廊下で南に頼まれて、常に福音の位置を確認していたのだ。

 

「私は……」

 

「箒さん。もう一度、参りましょう?」

 

セシリアが優しく笑いかけた後、少しだけ頬を赤くして、何かを決心したかのようにビシッとポーズを決めた。

 

「そう! わたくしのように華麗にもう一度!」

 

その言葉に、目を丸くして驚いた七人の視線を受けて、セシリアは顔を更に赤くする。

 

「な、なんですの……」

 

「らしくないことを言い出したからな。台本を確認したくなったんだ」

 

「そんなもの、ありませんっ!」

 

「分かってる」

 

南が言うと、箒が少し笑った。

 

「もう一度、戦えるだろうか……」

 

「今度は皆で一緒にだ……俺以外の全員で叩くんだ、さすがの福音もたまったもんじゃないだろう」

 

「お前は来ないのかよ」

 

箒を腕を掴んで立たせ、パンパンと膝を払う南に、一夏が言った。

 

「俺は飛べないからな」

 

「えっ!?」

 

シャルロットがのけ反る。

 

「何驚いてるんだ。羽が付いててパタパタ飛んでる蜘蛛を見たことがあるのか?」

 

「いや、ないけど……」

 

「飛べない南のISは、ただの蜘蛛……」

 

そんな問いかけに、鈴と簪が呟いた。

 

箒の頬の涙を指で拭いながら、南が頷く。

 

「よし、円陣を組もう、円陣」

 

「おっ、いいな」

 

南がそう言うと、一夏は嬉しそうに続いた。

 

「えぇ、ダサいわよ……」

 

「早く行かないと福音が……」

 

鈴が顔をしかめると、ラウラが真顔で言った。

 

シャルロットも苦笑いしている。

 

「いいから、いいから。ほら」

 

そう言って強引に輪を作り、肩を組み合う。

 

南が一言二言呟いたあと、一夏が声を張り上げ、輪を崩す。

 

全員がISを展開し、上空へと飛び立った。

 

「そういや……こんなことして、後で怒られるな」

 

肝心な事を忘れていた南がため息をついた頃には、七人の姿はもう見えなかった。

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