飛び立った七人を待ち構えるように浮遊していた福音。
「第二ラウンドだ」
一夏が言うと同時に、雪片弐型を振るう。
「鈴さん!」
「言われなくても!」
セシリアがスターライトを、鈴が龍砲を放った。
それが合図のように、全員が散る。
福音も弾けるように行動を開始し、舞うように銃弾を避けた。
「はあっ!」
「ふんっ!」
箒とラウラがそれそれの近接武器を装備し、福音へ接近。
先に到達した箒を、大量のエネルギー弾で牽制。
背後から猛追するラウラの方へと、蹴り飛ばした。
その背後から、シャルロットが重機関銃『デザート・フォックス』の弾丸を浴びせた。
一瞬怯んだ福音ではあったが、すぐに体勢を立て直して、エネルギー弾を射出。
シャルロットがその攻撃に身を捩る中、更に福音の背後からは簪が。
「当たって……っ」
背部装甲に装備された
接近された簪は、福音の攻撃を受けて、高度を一気に落とした。
それでも、一段落つけないのは福音。
セシリアのスターライトの一撃を、右足装甲に受けてよろめく。
「一夏っ!」
シャルロットが言うと同時だった。
「うおおおっ!」
叫びながら福音に突進する一夏。
雪片を振りかぶり、速度を上げた。
一夏の攻撃に備える福音の左肩が、小さな破裂を起こした。
「どこ見てるのかしらっ!」
肩部と腕部に装備された龍砲が揺れる。
上下左右。
あらゆる角度から攻撃を受けた福音に逃げ場はない。
後は、一夏の零落白夜が当たる瞬間を待つのみ……のはずだった。
次の瞬間、福音が光を纏い、突風を巻き起こした。
「なっ!?」
困惑した一夏が、そんな莫大なエネルギー放出に巻き込まれる寸前。
「間に合えっ!」
箒が一夏を腕に抱いて、急加速。福音から距離を取った。
青い雷を纏った福音は、自らを抱くかのようにうずくまっている。
「これは、もしや……」
セシリアが呟くと、ラウラが苦い顔をする。
「不味い……
全身からエネルギーの翼が生えたその様子に、簪が息を飲んだ。
福音は、その翼を軽く合わせて、巨大なエネルギー弾を放出する。
「避けろぉ!」
一夏が言い終えるよりも早く、全員が散った。
しかし、あまりに巨大なその攻撃を完全に避けきることは出来ず、シャルロットが被弾する。
「ぐあっ!」
「シャルロット! おのれ!」
箒は二対の刀剣を構え、接近。
鈴も続いた。
しかし、それらは振るわれることもなく、福音の翼から放たれるエネルギー弾を受け、後退。
更に大量にばら撒かれる弾が、一夏たちを襲った。
「くっ!」
「織斑くん……零落白夜は……?」
「ダメだ……もうエネルギーがない」
「そんなっ!」
簪の問いかけに答えた一夏に、鈴が表情を歪める。
しかし、福音はそんな彼らを待ちはしない。
機動性能を活かした、攻撃にセシリアはスターライトを構えることすら出来なかった。
「くっ、ここまでか……」
ラウラが歯ぎしりをすると同時。
箒が、セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが、簪が、ハッと目を見開いた。
この感覚……。
六人が顔を見合わせる。
そして、気付いた。
沖合まで飛んできていたはずが、激しい戦闘を経て、気付けばまた、あの砂浜の方まで戻ってきていた。
距離はそう遠くない。
箒の視線がその砂浜に移った時、神代 南が立っているのが見えた。
「南……」
そんな彼を見た瞬間、紅椿が黄金色の粒子によって、機体を金色に輝かせた。
「これで、もう一本だけ戦えるだろう?」
箒は静かに浮上し、一夏に触れた。
いつか、シャルロット……否、シャルルに言っていた台詞。
一夏は目を見開いて、それから笑った。
「ああっ! これで、もう一本だけ戦える!」
そのまま繰り返した一夏に、箒が頷くと、六人はそれぞれ動き出す。
箒は一夏の後方、南に背を向ける形で。
セシリアと鈴が左右を、ラウラは高度を上げ、シャルロットは高度を下げ、海面に接しない程度で滞空。
福音がエネルギー弾を発射しようと構えた瞬間だった。
「させない……」
簪の機体、打鉄弐式の切り札である山嵐が発射される。
計四十八発のミサイルの爆撃を避けるべく、飛び回る福音。
舞うようなその動きにも、粗さが目立ってきた。
「一夏、終わらせよう!」
シャルロットが言うと、一夏が頷いて雪片を構える。そのまま、福音へ飛ぶ。
福音は、山嵐を避けたままの体勢を嫌い、立て直すべく回避行動を開始。
一夏を除く、六人に囲まれる形ではあったが、その間を縫って退避―――しようとして、失敗した。
見えない壁が行く手を阻む感覚に、福音は情報を処理しようとするが、一夏がそんな隙など与えない。
雪片の一撃を避け、蹴りを繰り出し、急上昇。
真上で腕を組むラウラの隣を素通りしようとして―――弾かれた。
「どこへ行く? まだ終わってないだろう?」
ラウラが笑うと、雲が晴れ、月の光が差し込んだ。
空高く滞空していた福音が、それを理解することは、ついに出来ない。
箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪に囲まれているのは分かる。
しかし、そんな六人を起点に糸が張り巡らされ、本当の意味で囲まれていることなど、福音には理解出来なかった。
「終わりにしようぜ」
一夏が言う。
六人が気付いたのは、腕に巻かれた糸の感覚。
皆が皆、南の糸に触れていたことがあったから……だから、砂浜に近付くことで気付いた。
円陣を組んだ時に付けられた糸を、セシリアが握り締める。
「それにしても……南の糸は、どこまで大きい罠を張れるのよ」
鈴がヤケクソ気味に笑った。
―――自身の1000倍を超える規模の、巨大な罠を仕掛ける蜘蛛が、存在する。
『ダーウィンズ・バーク・スパイダー』
その体長、僅か18mmにして幅25メートル、面積2.8平方メートルにも及ぶ巣を造る、
樹木をまたぎ、川や池を横切るその網は、蜘蛛1匹が造る網としては世界最大であり、同時に……
その糸は、生物が生成する物質の中で、最も頑丈である。
「終わりだぁ!」
一夏が零落白夜を発動。
絢爛舞踏により、エネルギーが回復している一夏と、長い闘いを強いられている福音では、その速度に明らかな差があった。
突き刺すような一撃に福音は吹き飛ばされ、一夏はそれでも刀を突き立てる。
包囲網を解いた六人を置き、一夏と福音は砂浜に激突した。
「うおおおおおおぉ!」
胸元を貫かれながらも、福音は手を伸ばす。
「諦めろ」
一夏の頭を潰そうと、必死に伸ばしたその腕は、南によって掴まれた。
そうして福音のエネルギーは0になり、同時に一夏が大きく息を吐いた。
「作戦完了……と言いたいところだが、お前たちは重大な違反を犯した」
旅館の裏手門の前で立ち並ぶ七人に、千冬が言った。
「違反? 誰だ、そんなことしたのは」
「南って、こんな時にも冗談が言えて凄い」
「俺がいつ、冗談を言ったんだ?」
シャルロットが呆れてため息をつくと、南は真顔で聞いた。
「喋るな、馬鹿者!」
千冬が怒鳴ると、シャルロットが肩を震わせる。
南はまだ首を傾げていた。
「帰ったらすぐ、反省文の提出だ。懲罰用の特別トレーニングも用意してあるから、そのつもりでいろ」
反省文なら得意だ、と南が手を揉み合わせる。
隣に立つ一夏は疲れからか、足が震えていた。
「織斑先生……もうそろそろこの辺で……皆、疲れているでしょうし」
真耶がファイルを抱えたまま言う。
千冬は目線を反らして、頬を微かに赤くした。
辺りは暗いが、どうしてかそれがよく分かる。
「まぁ、全員……よく帰ってきたな。今日明日と、ゆっくり休め」
「そうさせてもらおう」
南は誰よりも早く旅館の方へ歩き出し、千冬を横切ろうとした瞬間。
その腕をガッと掴まれた。
「神代……お前は福音とは戦っていないだろう? それに、色々と勝手もしてくれたなぁ?」
南の額から汗が噴き出し、頬を伝う。
頭を掻きながら、恐る恐る口を開いた。
「いや、あれは皆の為を思って……」
「噓つきは泥棒の始まりと言うだろう。出鱈目ばかり喋っていると、泥棒になってしまうぞ」
「俺が嘘をついたことありましたっけ?」
「それがすでに嘘だ」
千冬は切り捨てるように言うと、ラウラに視線を向けた。
「そうだろう、ボーデヴィッヒ」
「はい。確かに嫁は……南は、私に嘘をつきました」
千冬に聞かれて、ラウラは背筋を伸ばす。
あまりにハッキリした口調に噴き出しそうになりながら、南が聞いた。
「いつ?」
「わさび」
「ああ、あれか。面白い冗談だろう?」
簡潔に言うラウラに、南が笑って返した。
「はぁ……この馬鹿の相手をしていると疲れるな。ほら、お前達は早く休め」
千冬が言うと、六人は返事をして、旅館の方へ歩き出す。
箒が心配した表情で南を見ていたが、同じく歩き出そうとして、腕に力を込められ、痛がっている彼は気付かない。
真耶もそれに続いて、旅館に入ったのを確認すると、南が言った。
「えっと……」
「なんだ?」
「二人きりですね」
「………………」
「……わさび食べます?」
別館の方へ引っ張られていく南。千冬に情けなどなかった。
「はい……はい……」
旅館から続く砂浜。そこから更に続く自然公園の一本の木。
その幹にもたれかかり、少女は電話をしていた。
「私は直接見ていませんが、『ギンヤンマ』の報告では……はい……」
月明りは木々で隠れており、夜の暗さから、その表情は分からない。
風がそよいだ。
「確実に、『蜘蛛』……神代 南は厄介な存在になっています。今日も、篠ノ之束と接触していました」
電話の相手は男か、女か。
特殊な加工が施されているからか、性別すら分からない。
「なっ……それは、本当ですか……あの方が……もう、神代 南のクラスに……」
それでも彼女は、その声の圧倒的な威圧感に、ただ頭を垂れる。
電話であろうと逆らえない、それが……。
「……了解しました。『スズメバチ』にも報告しておきます。ボス」
少女は電話を切り、ほくそ笑む。
持っていた電話を握り潰した。
「楽しくなりそうね……」
風は止まない。
金髪をかき上げた少女は、静かに姿を消した。
福音を倒し旅館に戻ってきたのが、夜の八時。
時刻は既に日が変わってから数分を知らせており、IS学園生は眠りについている。
旅館と隣接している砂浜を離れ、大きな岩が立ち並ぶ場所で、水着姿の箒は静かに息を吐いた。
「探したぞ」
背後から声をかけられ肩を震わせると、そこには神代 南が立っていた。
「南……」
彼の名を呼ぶと同時に、月明りがその顔を照らす。
信じられないくらいに腫れあがったその顔に、思わず噴き出してしまった。
「ぷっ……織斑先生に、大分絞られたみたいだな」
「疲れている生徒に、あそこまで出来るとは……」
南は箒の隣に腰かけ、缶ジュースを取り出した。
「飲むか?」
「ああ、貰おう」
プシュッと気持ち良い音を立てて開けられた缶は、よく冷えていた。
箒が一口呷ると、南もそれに続いた。
「南……私は、もう間違えない」
「……そうか」
強い口調で言った箒に、南は頷くだけだった。
しかし、少し間を空けて口を開く。
「だがな……今度、間違っても……その時は、俺が居るぞ」
「え……」
南は海を見つめたまま言う。
一瞬、目を見開いた箒だったが、すぐに微笑みに変わった。
「頼りにして、いいか?」
「俺ほど頼れる男が他にいるか?」
質問に質問で返した南の声は明るくて、またも箒は噴き出してしまう。
「お前と姉さんは……どんな関係なんだ?」
朝のやり取りを見ていて抱いた疑問をぶつけた。
南はすぐには答えない。波の音だけが、関係なく響いていた。
「俺は国家代表候補生でもないのに、専用機を持ってるんだ。お前のお姉様との絡みくらいあってもおかしくないだろ?」
その答えは……そんな誤魔化した答えは、箒を満足させるものではなかった。
しかし、これ以上聞いても新たな答えは返ってこない。
そう感じた箒は、聞くのをやめた。
「今は、詳しく話せないが……いつか……話せるといいな……俺のことも……お前の姉にして完璧超人、篠ノ之束が唯一恐れる、あの『組織』のことも…」
南が小さく言った言葉があまりに予想外で、ただ彼の方を見る事しか出来なかった。
「約束してくれ……いつか、話してくれると」
箒は諦めなかった。
今は聞けなくても、いつか答えが返ってくる。
それならば、彼の隣でその答えを待とう。そう決めて、少し南の方へ寄った。
体が当たらない程度しかない距離に、箒は自分の心臓が早く動いていることを自覚した。
「ああ、分かった…………ところで」
南が頷いた後、声音を変えて明るく切り出した。
「その水着、いいじゃないか。特に色が」
水着を見て南が笑うと、箒の顔は赤くなる。
今しがた褒められた、彼女の水着の色は白。
「そうだろうか」
そう言って頬を抑えた。
「ああ、色がいいな。うん、白とはセンスがある」
大げさに言う南に違和感を覚えた箒は、火照っていた顔の温度が下がっていくのを感じた。
彼に密着するくらいに体を寄せる。
「何を隠している?」
低い声で言うと、南は頭を掻いた。
「いや、別に……」
それだけ言って、ため息をつく。
「隠してる訳じゃない。ほら、これ」
そう言って南が取り出したのは、綺麗に包装された箱。
それを手渡して南が続ける。
「誕生日なんだろ? 一夏と俺からだ。本当は二人で渡すつもりだったんだがな、福音との戦いで疲れたのか、起きなかっ―――」
南が言い終えるよりも先に、箒は南に飛びついた。
腕を回し、力を込める。
「ありがとう、南……」
小さく言った箒に、南は優しく笑った。
「開けてみてくれ」
彼女の肩を優しく押して、体を離す。
小さく頷いた箒は、慎重に箱を開けた。
「これは……」
誕生日プレゼント……白のリボンを見て、箒は声を漏らした。
「そうか……だから、私の水着の色を褒めたのだな」
「さあな」
そう言って鼻を擦る南は嘘をついている。
箒は手に持ったリボンを南に渡した。
「ん?」
「つけて、くれないか」
上目遣いにそう頼む箒に、南はつい息を飲んだ。
「あ、ああ。分かった」
彼女がずっとしていた緑のリボンを取り、新たに白のリボンを結える。
「ほら出来たぞ」
南は髪を優しく撫で、そう言う。
手を離そうとすると、箒に掴まれた。そのまま頬に当てられる。
「箒?」
南が声をかけても、反応はない。
ただ、まっすぐに見つめるのみ。
「箒……」
夜の海が、二人を近付ける。
波の音が合図になったように、二つの影が重な―――ろうとして、
コツンッと南の頭に何かが当たる。
瞬時に感じ取った嫌な予感。
それは箒も同じなのか、互いに閉じていた目が合った。
ゆっくりと首を曲げる。
「セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪……」
一夏を除く専用機持ちがそこには集結していた。
先程、南の頭に当たったのはブルー・ティアーズのピッドらしい。
「覚悟……」
それだけ言って、簪がISを展開。
他の皆も続いた。
「ど、どうしてここが……!」
涙目で呟いた箒。
「しまった」
南は、右手に握っていた緑のリボンを見て呟く。
「発信機のせいか」