「んっ、美味い」
南は、一夏が作った弁当のから揚げを頬張りながら言った。
臨海学校と夏休みの間。そろそろ生徒も浮足立ってくる時期であった。
いつものように、屋上で昼食を取る専用機持ち八人。
輪を書くように座って、それぞれの昼食を口に運ぶ。
同室の一夏が、朝早く起きて作った弁当を見て、女子四人は鈍い表情をした。
確かに美味しそうなその弁当を超えるものを、自分は作ることが出来るのか、そればかりが頭をよぎる。
ただ二人例外であったのは、簪と鈴だ。
簪は同室時代、何度も南に手料理を振舞い、その度に美味しいと絶賛されている。
そのことが、確かな自信に繋がっていた。
「はい、南。あたしの酢豚も食べなさいよ」
「おお、作ってきてくれたのか。すまないな」
そしてもう一人、鈴は自分の手作り酢豚を、南が楽しみにしてくれているのを知っている。
「うん、今日も美味いな……一週間に一回は絶対に食べたい」
鈴からタッパーを受け取った南は、豚肉を一口齧って頷いた。
そんな一言に顔を赤くして鈴は俯く。
二人のそんな様子を見て、他の五人は頬を膨らませた。
「そ、そんなに、好き……なわけ?」
俯いていた顔を上げて、鈴は南を見つめる。
「好きだぞ」
「はうっ」
南の簡潔な答えに、鈴は胸を抑えた。
五人の表情がどんどん暗くなっていく。
「ど、どんなところが、好きなの? その『酢豚!』の」
シャルロットが、聞いた。
大きな声で酢豚を強調したことに南と一夏が首を傾げ、鈴はシャルロットを睨んだ。
箒とセシリア、ラウラ、簪が小さく拍手する。
「そうだな……何が、とかではなく、食べないと気持ち悪いというか、一種の中毒だな……定期的に食べないと始まらないというか……そんな感じ」
鈴が倒れた。
「おいっ、鈴! 大丈夫か!? 鈴!」
一夏が駆け寄るが、反応はない。
ただ蕩けきったような表情を浮かべるだけ。
「そ、そうなんだ……」
簪が言うと、南は続ける。
「まぁ、一夏のこれも美味いけどな。簪、食ってみるか?」
「えっ……」
唐突な一言に、目を丸くした簪。
南は気にした様子もなく、唐揚げを箸でつまみ、隣に座る簪の方へ向けた。
「ほら」
(か、間接……キ、ス……)
裏切者と怒鳴る四人の怒声が聞こえる気がするが、簪は華麗に無視し、口を開いた。
「どうだ?」
「う、うん……美味しい……織斑くん……料理、上手だね」
簪は口元を手で隠しながら言った。
一夏が胸を張るより前に、南が腰に手を当てた。
「そうだろう」
「何で南が自慢げに話すんだ?」
「そう……織斑くんが、作った……」
箒がむくれたまま言うと、簪もいつものように冷静な口調で言った。
「いいか、よく聞け」
南は、まるでその一言で、この世の全てを証明できるかのような言い方をした。
その真剣な眼差しに、箒は胸を打たれそうになる。
「あいつは俺の友人だ」
「だから何ですの」
セシリアが呆れる。
ため息をついた後、すぐに顔を上げ、南の方へ詰め寄った。
「南さん、明日はわたくしが、お弁当を作ってきて差し上げますわ」
「そうか……すまないな。明日、楽しみにしてる」
そう言って笑った南に、他の四人が食いついた。
「ま、待て! それなら私も作ってこよう。ちょうど多く作りすぎる予定だったんだ」
「何だ、その予定は」
箒の言葉に、南は冷静に返した。
「僕も作るよ! 南に食べて欲しいな」
「軍ではローテーションで食事係があったんだ。教官仕込みの腕を見せてやる」
「わ、私だって……南も、そろそろ……私の味が、恋しいはず……」
一斉に視線を当てられ、南は両手を向けた。
まぁまぁと苦笑いする。
「そんなにたくさん作られても、食べきれないだろ? 明日は、まずセシリアの料理を頂こうじゃないか」
「お任せください!」
セシリアがふんっと鼻息を荒くした。
その目には闘志が宿っているように見える。
「アンタ、料理なんか出来んの?」
いつの間にか復活していた鈴が、横目でセシリアを見た。
「当然ですわっ、わたくしに不可能はありませんもの」
「その発言が既に不安だな」
ラウラが真顔で言った。
翌日、同じく昼休みの屋上。
「さぁ、南さん! 召し上がってください」
バスケットに入った色々な具のサンドイッチを見せながら、セシリアは嬉しそうに笑った。
それはどれも綺麗な見た目で、食欲をそそる。
「「「「「「「おおっ」」」」」」」
その綺麗な出来具合に、七人全員から思わず声が出た。
「美味そうじゃないか」
南が口角を上げた。
手を揉み合わせながら、どれを最初に食べようか目で追う。
「何よ、ホントに料理できたわけ?」
「美味しそうだね、セシリア!」
鈴とシャルロットが言うと、箒とラウラも続いた。
「見たことないような具も挟んである……食べごたえがありそうだ」
「ふむ……やるな」
簪と一夏がバスケットを覗き込む。
「私も……食べてみたい」
「これとか、美味そうだな~」
それだけ一斉に褒められたことがないのか、セシリアは顔を赤くした。
思わず自慢げに笑うのを忘れる。
「たくさん作りましたから、皆さんもよろしければ……でも、最初は南さんに食べて欲しいですわ」
「そうか? すまないな、皆。俺が最初らしい」
南はニヤニヤと笑いながら、ついにバスケットに手を入れて、その内の一つを掴んだ。
取り出したのは卵サンドだろうか、綺麗な黄色が白いパンに挟まれている。
「それじゃあ、いただきます」
セシリアに言うと、彼女は頷いた。
その表情は少し緊張している。
満面の笑みを浮かべながら、口へと運ぶ南。
そんな彼を皆、まばたきするのも忘れて見守っている。
「んっ」
笑顔のまま一口。
もぐもぐと口を動かし、うんうんと頷く。
「どうだ?」
ラウラが聞くと、南の笑顔がどんどんと消えていった。
勢いよく動いていた口も、次第にペースを落とす。
「ん?」
首を傾げて、もう一口。
セシリアはその反応に胸が苦しくなる。
それでも南の反応は変わらなかった。
首を傾げたまま、渋い表情で二口減ったサンドイッチを見ていた。
「セシリア……」
長い時間かけて、ようやく絞り出されたその声に、セシリアは肩を震わせた。
「これ、自分で食べたか?」
「い、いえ……南さんに食べていただきたかったので、わたくしは……」
「この具とか、味見は?」
「え? してませんけど……」
セシリアは、さも当たり前かのように目を丸くした。
南は、なるほどと頷いて、バスケットから適当な一つを取り出して渡す。
「食ってみろ。ほら、皆も」
そう言って、半ば強引にサンドイッチを手渡し、他の六人にも配った。
「どうぞ」
南が言うと、七人が一斉に一口。
「んんっ!?」セシリアが目を大きく丸くした。
「あ、がぁ……」箒は手を震わせる。
「んむっぅ!!」鈴は早くもサンドイッチをバスケットに戻し、口を手で押さえる。
「おぅぅぅぅ……」シャルロットが顔を紫にした。
「んぐ、ぶぐっ……」ラウラは激しく呼吸を繰り返す。過呼吸のようになっていた。
「…………………………………」簪に反応はない。時が静止していた。
「あー、あぁー、あ~」一夏は口を半開きにしたまま、涙目になった。
それぞれの反応を見ることなく、南はひたすら一口一口噛みしめる。
眉を顰めつつ、首を傾げていた。
「なんだろうな……不味くは……ないが」
「「「「「「ええっ!?」」」」」」
そんな一言に、六人が声を張り上げる。
セシリアに関しては、反応することすら出来ない。
「死ぬかと、思った……」
「三途の川が見えたぞ……」
簪と箒が苦し気な声を出す。
シャルロットは体を横にして、目を閉じていた。
今動くと、出てくるかもしれないらしい。
鈴とラウラは身を寄せ合ってガクガクと震えていた。
「まぁ……個性的な、味だな……」
一夏は持ち前の根性で、何とか笑みを作る。
セシリアすら、ハンカチで口を抑えて項垂れていた。
「まぁ、そうだな……何を入れたら、この味になるんだ」
パクパクと口に運びながら、南が言った。
「み、南さん……た、食べては駄目ですわ……」
自分で作った物にそんな事を言うのは心外であったが、セシリアは躊躇なく言った。
それでも、南は手を止めない。
「いや、食えなくはないぞ? 美味しい、とはお世辞にも言えないが」
「嫁は、強いな……」
ラウラが震えながら言う。
箒が頷いた。
「折角作ってくれたからな。残すと勿体ないだろ? ほら一夏、お前も食え」
南はサンドイッチの一つを一夏に持たせた。
セシリアの表情が歪む。
「南さん……」
「いいか、セシリア……女の手料理で倒れる男がどこにいるんだ。毒だろうと何だろうと耐えて見せるのが男の度量だ」
ハッキリと毒と言われたことにも気付かず、セシリアは顔を輝かせた。
同時に一夏が、掴んだサンドイッチを見つめた。
「それ、千冬姉も言ってた……そうか、そうだよな!」
何かに目覚めたように南の方を向いた。
「南、食おう!」
「ああ、いただきます」
「いただきますっ!」
そう言って、ハイペースでサンドイッチに齧り付く
当然、次の日の授業は、二人揃って欠席した。
「と、いう訳でだ」
南がバンッとテーブルを叩いた。
それは、『セシリアのサンドイッチ凄いね』事件を受け、南と一夏が欠席した日の翌日の放課後。
寮にある調理室に集まったのは、南を始めとするいつものメンバー……ではなく、鈴と簪を除いた一組メンバーだった。
「俺が料理を作る。そして、そのアシスタントをセシリアにしてもらうことにしよう」
「おぉー」
一夏がぱちぱちと手を叩いた。
それに続いて、箒とシャルロット、ラウラも続いて手を叩く。
「ん? 鈴と簪はどうした?」
南が聞くと、箒が答えた。
「二組と四組は、それぞれクラス単位でやらなければならない事があるらしい。真面目に働いている人は、なかなか暇がない」
「じゃあ、どうして俺に暇がある?」
「何故だろうな、不思議だな」
箒は適当に答えると、そのまま腕を組んだ。
「南は、料理は得意なのか?」
「愚問だな」
そんな問いかけに、南は鼻で笑った。
目の前に並べられた食材を手でなぞるようにしながら言う。
「俺は料理することに命を懸けている、と言っても過言ではないぞ。それくらい好きなんだ」
「料理をするのが好きっていうのと、得意なのとはまた違う気がするけど……」
シャルロットが頬を掻きながら、苦笑いした。
「私は早く嫁の料理が食べたいぞ」
ラウラは期待に目を輝かせながら言った。
そんな視線に、南は大きく頷いた。
「そうだろう、そうだろう。では、始めるとしよう」
そう言うと、セシリアが勢いよく頭を下げた。
「よ、よろしくお願いしますっ」
「おう」
自信満々に言った南は、セシリアに包丁を渡した。
「じゃあ、この野菜を切ってくれ。俺はその間に、他の準備に取り掛かる」
「は、はいっ」
そう元気よく返事をしたセシリアだったが、明らかに慣れていない手つきで包丁を構える。
右手で包丁を握り、左手を添えるが、その左手も危なっかしい。
「よし、セシリア。貸してみろ」
早くも動き出した南が、彼女から包丁を再び受け取る。
「いいか?切る時はこうだ」
そう言いながら、南はトントンと素早く野菜を切っていった。
「南、すげぇじゃんか!」
一夏が感心の声を上げた。
「うむ、いい手際だ」
「本当、切るの上手だねっ」
「さすが私の嫁だ」
素早く包丁を動かしていた手を止めて、もう一度、セシリアに包丁を渡す。
同時に四人の方を振り返り、胸を張った。
「俺は昔から、やれば出来る子だと言われ続けてきたんだ」
南を無視して、四人はセシリアの方を見ている。
特に気にする様子もなく、南は体の向きを変えた。
「さあ、やってみてくれ」
「え、えっと……こう、ですの?」
見よう見まねで包丁を動かすセシリア。
南は「そうだな、そんな感じ」と小さく頷いた。
そして、鍋に水を入れ、火を沸かす。
「うん、今のでも充分いいんだが……」
それからセシリアの方へ向き直り、南はまた言った。
「もう少し、肩の力を抜いて……そう」
と、体に触れ、手に触れ指導を始める。
顔を赤くしながらセシリアは頷くことしか出来ず、他の女子三人は気が気でない。
「どうして、そんなに触れてやる必要があるんだ」
「ぼ、僕……包丁の使い方、忘れよっかな~、なんて」
「不倫か……これが不倫というやつか……」
しかし、包丁を持っている二人に下手なことをする訳にもいかず、三人は見ていることしか出来ない。
一夏は相変わらず、呑気に凄いな凄いなと連呼していた。
「よし、切れたな。じゃあ、その野菜は一旦置いておいて……俺が沸かしておいたお湯にだな……」
そうして一時間後。
教えながら、そして悪戦苦闘しながらも完成した料理に、セシリアは安堵の表情を浮かべた。
「や、やりましたわ……」
「素晴らしい出来だ。いいか? 慣れるまでは、余計なことをしない。これが唯一絶対のルールだ。一昨日のサンドイッチ、何を、どれだけ入れたかなんて覚えていないだろう? それが良くなかったんだ」
南は諭すように言って、息を吐く。
「そうですわね……わたくし、改心しましたわ!」
胸に手を当てて、笑顔を浮かべるセシリアに、南も頷いた。
「あ、あのー」
そこで右手を小さく挙げる者が。
二人が声の方を見ると、どこか空気がどんよりしているように見える。
「どうしたシャルロット」
南が言うと、シャルロットは控えめに尋ねた。
「これって……」
出来上がったものを指さしながら、言葉を探していた。
「普通のお鍋……だよね」
「しかも、出汁は鍋つゆの素じゃないか……」
箒も震える声で続く。
苦笑いする一夏と、何がいけないのか分からないラウラ。
そんな二人を差し置いて、箒は立ち上がった。
「鍋だって料理だろう? 野菜を切って、肉と鍋に入れて、味付けをする。立派に出来たな? セシリア」
そう言って振り返ると、彼女は嬉しそうに首を振った。
「料理が好きというから……てっきり、もっと手の込んだ物を作ると思っていたんだが……」
「俺は美味しい物を食べて欲しいだけなんだ。それに今回は、俺が料理をすることは目的ではない」
ハッキリ言って、胸を張る南。
どこに胸を張って威張れる箇所があったのか分からず、箒はため息をつく。
「さっきは、料理に命を懸けているって言ってなかった?」
シャルロットが聞いた。
「これだけは言っておくぞ?」
南がをまっすぐに彼女を見つめる。
「命は軽々しく懸けるものではない」
「先に言ったのは……」
南じゃないか、と続ける前に調理室の扉が開いた。
「やってるぅー?」
「お邪魔、します」
鈴と簪だった。
ズカズカと入ってくる鈴と、ちょこんと顔を出す簪に南は笑顔を作る。
「ちょうど今出来たんだ。皆で食べようじゃないか」
美味しい美味しいと鍋をつつく南とセシリア、ラウラ、鈴、簪。
調理の過程を見ている箒とシャルロット、一夏は苦笑いとため息しか出てこない……
と思っていたが、一生懸命に包丁を握り、南の言うこと全てをメモに取り、真剣な表情で鍋に具材を入れるセシリアを思い出し、優しく笑った。
「ま、これも料理だよなっ」
「そういうことにしておくか」
「今度は、僕がセシリアに料理教えてあげよっと」
そう言いながら、それぞれが鍋に向かって箸を伸ばした。