IS学園一年一組の体育の時間は月曜五限と、金曜二限にある。
「面倒臭いな……」
月曜の五限。昼食を食べた後の体育ということもあり、南のモチベーションは上がらなかった。
何度もあくびをし、机に突っ伏す。
「昼飯の後は、しっかり休みたいんだがな……サボっていいか?」
そんな机の隣に立つ一組のクラス代表、セシリアの方へ、南は突っ伏したまま目を向けた。
すると、セシリアは胸に手を当てて微笑む。
「駄目ですわ。わたくしがクラス代表の内は、サボりは認めません」
優しく諭すように言われると、南も強く言い返せない。
近所のお姉さんのような態度の余裕が、更に言葉を飲ませた。
「サボりというか……」
それでも何とか言い返せないものかと、南も頭を必死に動かす。
「休憩というか……ほら、飯の後すぐに動くと良くないだろ?」
「そ、れ、で、も、授業ですから」
メッと、人差し指を伸ばすセシリア。
「多分、正しいのはセシリアだ。でもな」
「でも?」
「正しいことが、人をいつも幸せにするとは限らない」
「あら」
セシリアが上品に笑った。
「確かに、そうですわね」
「そうだろ? じゃあ……」
「駄目です」
そこで南は諦めて、息を吐いた。
「今日の体育は、何をするんだろうね」
セシリアの対面に立っていたシャルロットが言う。
「何だろうな、ソフトボールかバスケか、ハンドボールか、サッカーか、バレーか、テニスか、バドミントンのどれかだろ」
「選択肢を全部言ったぞ」
南が適当に言うと、ラウラが隣の席から声をかけた。
「そう、人生の選択肢は無限に広がっている」
「また訳の分からない事を……」
シャルロットが頭を抱えた。
すると、正面に立っていた箒が時計を見た。
「そろそろ着替えに行った方がいいんじゃないか? 皆も着替え始めるだろう」
それにつられるように時計を見ると、五限が始まる二十分前。
確かにいい時間だ。
「まぁ、もう少しゆっくりしてから……」
それでも南は動かない。
「そんなこと言って、この前遅刻しかけていたじゃないか」
腕を組みながら言った箒の顔は呆れていた。
他の三人も苦笑している。
「俺だって反省はしてるんだ。努力しても結果が出ないタイプなもんでな。同情してもらいたいくらいだ」
「はいはい、そうだな」
箒が適当に返す。
すると、シャルロットがからかうように言った。
「『報われない人選手権』があったら、南は優勝候補だね」
「あればな。あれば優勝だ」
南はそれだけ言って体を起こす。
大きく伸びをしてからきょろきょろと辺りを見渡した。
「仕方ない……一夏」
クラスメイトの女子と話していた彼は、返事をしてから体操着を鞄から取り出した。
南も同じように鞄をまさぐって、立ち上がる。
「おっ、おりむ~とみなみんは今からお着換えですかな~?」
一夏の机まで行くと、クラスメイトの
「まあな。セシリア嬢が体育をサボるなと言うんだ。仕方ないから着替えに行ってくる」
「何言ってるんだ?」
一夏が顔をしかめるのも気にせず、教室を出る。
「じゃあ、授業始めるぞ~」
体育教師が言うと、クラスメイトは嬉しそうに返事をする。
南は無表情で立っていた。
グラウンド端でストレッチをして、それが終わると、グラウンドを一周軽く走る。
そんなウォーミングアップが終わると、教師が南と一夏に声をかけてきた。
「神代、織斑。倉庫からライン引きを持ってきてくれるか?」
「分かりました」
一夏は頷いて、倉庫の方へ足を向ける。南も「うす」と短く返事して、後に続いた。
コロコロと小さなタイヤがついたライン引きを転がしながら、二人が倉庫から戻ってくる。
「よし、今日はサッカーだから。そんな感じで線引いてくれ」
「なんて雑な指示なんだ」
南が顔をしかめるが、教師は気にしない。
「じゃあ、俺、あっちの方に引いてくるから……南は、ここ頼むな」
「仕方ない」
それだけ言うと二つのコートを作るべく、一夏が離れていく。
南も大きな長方形を作るために、動き出した。
「嫁よ、今日は何をするのだ?」
シャルロットとのストレッチを終えたラウラが、南の引いた線を見ながら聞いてきた。
「なんだろうな、当ててみろ。まあ、こんな線からは想像できないくらい過酷で、厳しいゲームだ」
「ふむ、その意味不明な言い回し、そして織斑一夏が向こうにも線を引いていることから、二面。そして、枠の大きさ……サッカーか」
言い当てられたことよりも、意味不明なと言われたことのショックに、南は何も返事をしない。
すると、シャルロットが後ろで手を組みながら南を覗き込んだ後、ラウラに向き直った。
「正解だったみたいだね。南、ぐうの音も出ないみたい」
「ぐう」
南が言うと、ラウラが満足気に微笑む。
「あー、ヴィッヒー。こっちこっちー」
間延びした声が後方から聞こえ、振り返るとのほほんさんがラウラの腕を掴んだ。
「今日は、私たちと同じチームなのだ~」
そう言うと強引にラウラを引っ張っていく。
抵抗する気はないのか、ずるずると引っ張られていくラウラに、南とシャルロットは苦笑するしかない。
その視線の先では、箒がセシリアの背中を押して柔軟を手伝っているのが見える。
しばらくシャルロットと話しながら線を引いていると、粉が出にくくなっていった。
「あ? マジか……」
南がライン引きを揺らすが、残念ながら粉は出てこない。
パンパンと叩いてみるが結果は同じだった。
「あらら、粉なくなっちゃったね」
「まだ半分しか引けてないのに」
言いながら、ライン引きのカバーを開けるが、残念なことに中は空になっていた。
「仕方ない。倉庫で足してくる」
軽くなったライン引きを持ち上げて、倉庫の方へ戻る。
「僕も付いて行ってあげるね」
「ちょうど、一人では不安だったんだ」
適当に言う南の隣を歩くシャルロット。
一般的な高校よりは大きな体育倉庫の中は広々としており、電気も通っている。
スイッチを押して明かりを点けてから、南は粉を探し始めた。
「えっと……どこだ……」
「へぇー、初めて入ったけど大きいね」
シャルロットは倉庫の中の方へと入っていく。
付いてきたのではなく、ただ倉庫に興味があっただけじゃないかと、南は苦笑する。
「ああ、あったあった。これだ」
南がラインを引く粉の入った袋を引っ張り出し、顔を上げると同時だった。
離れた所に立っているシャルロットの頭上、高く大きな棚に積み上げられた用具が、落ちてきそうにグラグラと揺れている。
あ、と南が声を出そうとした瞬間だった。
走り高跳びに使うであろう大きく厚みのあるマットから、先の尖ったメジャーまで様々な用具が落ちてくる。
「危ないっ」
南が言うと同時に右腕を振るう。
シャルロットが見上げると同時に「ひゃっ!」と悲鳴を上げた。
身構えて頭を庇う彼女の体に糸が巻き付き、強い力で引っ張られる。
その勢いのまま、体操に使われていた古いマットに二人で倒れ込んだ。
シャルロットが居た位置に、用具が大きな音を立てて落ちたのは、その後だった。
「危ないところだった……」
南が大きく息を吐いた。
そうして右腕に抱いたシャルロットの方を伺う。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと、南ぃ……」
そう言って感謝の言葉を述べるシャルロットの頬は赤く、息も少し荒い。
南は目を見開いて、声を荒げた。
「どうした、どこか怪我したのか!」
間に合わなかったのかと不安になる南であったが、シャルロットは首を横に振る。
「う、ううん……南の、んんっ、おかげで……はぁ、はぁ……助かったよ……んふ」
そう言う彼女の頬の赤みは消えず、増すばかり。
息も荒くなる一方だ。
「じゃあ、どうしたんだ。様子が変だが……?」
不安な表情を浮かべたままの南。
「あ、あのね……あんっ……南の、糸が……あぁっ……」
「糸?」
自分の右手から続く糸を目で追う。
「っ!?」
その目線が体にたどり着いた時、気付いてしまった。
シャルロットに巻き付いている糸は、いわゆる亀甲縛りの形になっていて、非常に官能的になっている。
体の自由を程よく奪い、その豊満な胸が強調される様子に、南も動揺せざるを得ない。
「わ、悪いっ」
急いで糸を回収する南。
するすると体から糸が解かれるが、どこかに触れているのか、シャルロットは時々喘ぐ。
「はぁ……はぁ……」
南が糸を回収し終えると、シャルロットが激しく呼吸する。
手で胸を押さえて、顔を赤くする彼女にどんな言葉をかけるべきか悩んだ。
「すまん……咄嗟だったもんで……」
シャルロットはすぐに返事はしなかった。
微妙な空気が流れる。
「み、南は……」
しばらくしてシャルロットが口を開いた。
「なんだ?」
緊張した声で聞き返した南に、シャルロットは上目遣いで、そんな彼を見つめた。
「ああいうのが……好き、なの……?」
―――SMプレイのような交尾をする蜘蛛が、存在する。
『カニグモ』
世界に約2000種が知られている徘徊性の蜘蛛。
蜘蛛のオスは、メスよりも体が小さく、交尾の際に食べられてしまうことがあるが、カニグモの一種は、それを防ぐためにメスの体を糸で縛り上げてから、交尾をする。
しかし行為が終わると、メスは何事もないように糸から抜け出し、活動を再開する。
つまり同意の上でのプレイであり、縛られている時は抵抗もしない。
その行為が一種の儀式なのか、交尾を許可する信号なのかは、謎に包まれている。
「い、いや! そういうわけではないぞ。た、たまたまだ。偶然だ」
「僕は……南が望むなら……」
「何を言ってるんだ、落ち着け」
そう言って、シャルロットから体を離さそうとした瞬間。
「南っ、大丈夫か!?」
「大きな音がしましたけど、何かありまして!?」
「シャルロットも無事か!」
箒とセシリア、ラウラが倉庫へ飛び込んできた。
その目に飛び込むのは、薄いマットの上で密着する二人。
シャルロットの呼吸は荒く、顔を赤くしたまま、涙目で三人の方を向いた。
「南……貴様ぁ!」
「ふふ……ふふふふふ……」
「殺す」
南は、思わずため息をついた。
「『報われない人選手権』の会場はここだったのか」
面白くもなさそうに顔をしかめる。