「セシリア・オルコットですの! このクラスの代表でしてよ!」
質問の嵐を躱し終えた休み時間。
まだ転校生である南が珍しいのか、多くの視線を感じる中やってきた一夏に、授業と教科書の説明を受けていた時だった。
(おお、また凄いのが出てきたな)
声をかけてきたのは、金髪縦ロールがよく似合うお嬢様口調。
女子の平均程度の背丈に、若干の垂れ目が可愛らしい。
「セシリア・オルコットな、知ってるぞ。イギリスの代表候補で名門貴族のお嬢様じゃないか。両親を早くに亡くして、一人で色々建て直したって有名だ」
南は舌を噛むこともなく、スラスラと事前に調べておいたクラスメイトの情報を連ねた。
ちなみにだが、南と同じく、突然の転校生であるシャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの情報はない。
「まぁ! 日本の男性とは、誰もが無知で愚かなわけではないのですね!」
「なんだその偏見は」
南は苦笑しながら、腕を組んだ。
「こちらの織斑一夏さんは、わたくしを散々侮辱し、決闘の申し込みに威勢よく受け、ISも適応状態になるまで時間を与えて差し上げたにも関わらず!わたくしの切り札を使うことなく負けたのです」
セシリアの声が甲高く響く。
「わたくしを侮辱って……お前だって……」
「まぁまぁ織斑、負けたお前が悪い。もう何も言うな」
「なんでだよ!」
一夏の叫びもまた教室に響く。
「昔から言うだろ、死人に口はないんだ。おとなしく成仏しろ」
「俺は死んでねぇ!……大体、南はなんでそこまで、コイツのこと詳しいんだよ」
一夏が、親指でセシリアを指した。
「この程度のことは、ネットですぐに調べられるぞ。セシリア嬢は有名人だ」
「いや、俺の時はそんな時間はなくて……」
「それは日頃の行いが悪いんだろう。お前の力じゃ、すぐに見つかるものも見つからない」
南が小さく笑う。
「なんだよ、南は味方じゃないのか……」
「神代……少し、いいか」
それは、一夏が肩をガックリ落としたと同時だった。
千冬とはまた別の凛とした通る声。
長い黒髪を結えた少女が、セシリアと一夏の間から、顔を覗かせる。
「篠ノ之 箒だ。よろしく頼む」
「こちらこそ……ん? 篠ノ之……ああ、あの篠ノ之束博士の妹がこのクラスにいると聞いてたが、お前がそうなのか」
南の言葉に箒の顔が少しだけ強張る。
「えっと、南……それは禁句で……」
「いや、いいんだ」
一夏の小さな警告を遮るように、箒が言った。
「それより、先ほどの織斑先生の出席簿アタックを避けた身のこなし見事だった。まぁ、多少、強引ではあったが……」
そんな間抜けな名前なのかと、南は心の中で笑う。
小さく椅子に座り直しながら答えた。
「そうか? あれくらいなら、避けられるだろう」
「いや、あれを避ける奴は初めて見たぞ。どうやったんだ?」
またしても、一夏が強引に会話に割って入ってくる。
「教えてください南さんと、お前が頭を下げるなら教えてやる」
少し鬱陶しくなって、南が適当に言った。
「教えなくていいです」
そんな話をしているうちに、チャイムが鳴る。
「せっかく、わたくしのことを知ってる男性がいたのに結局、あまり話せませんでしたわ、どなたかのせいで……」
セシリアが一夏を睨んだ。
「まったくだ、気を付けろよ一夏」
南はさきほど教えてもらった、次の授業の教科書を取り出しながら言った。
「どうして俺がこんなに言われなきゃいけないんだ……」
一夏が肩を落として自分の席に戻るのを、南は見ていない。
「……さて」
どうしたものかと、南は頭を抱える。
本日の授業は全て終わり、放課後となった。
授業のほとんどが分からない……という訳ではないが、幾分、退屈な授業が多すぎた。
気付いた時には、寝ていた授業もあったほどだ。
「それに……」
南は続けて思う。
寮の場所が分からない。正確には、寮の自分の部屋だ。
全寮制であるという、このIS学園で自分の部屋が分からないというのは、即ち帰る所がないことを意味する。
副担任の山田先生も、ホームルームを終えるとすぐに教室を出て行ってしまった。
「南、帰らないのか?」
意味もなくキョロキョロと見渡していると、目が合った一夏とデュノアが、鞄を片手にこちらにやってきた。
「ああ、部屋が分からん。寮もたどり着けるか不安だ」
「そうか……寮までならともかく、お前の部屋は俺も分からないからなー」
「そうだろうな」
南からため息が漏れたと同時だった。
「あっ! 神代君! まだ残ってくれてましたか~!」
慌しく教室に入ってきたのは、山田先生。
その手には、鍵が握られている。
「よかったです~。忘れるところでした」
間延びした声が、のんびり届いた。
「忘れないでくださいよ……」
小さなボヤキは山田先生には聞こえない。
「これが、神代くんのお部屋の鍵です。一応、同居人の人がいますので、入る時は気を付けてくださいね」
南の表情が曇る。
一人部屋だと思っていたからか、無意識だった。
「すみません。部屋が余ってるわけではないので……」
そんな南の表情に気付いた山田先生は、泣きそうな顔をする。
「いえ、大丈夫です」
「ごめんなさい。寮までは……織斑君、デュノア君。お願いできますか?」
すぐ傍にいた一夏とデュノアに声をかける。
「分かりました」
「はい」
二人が同時に頷く。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
そう言って、山田先生はやはり忙しそうに教室を出て行った。
「なんだか忙しそうだったな。山田先生」
「そうだね。また部屋割りとかかな。ちょっと責任感じちゃうね」
南は鞄を担ぐ。引いた椅子を戻した。
「それじゃあ、行こうか南」
「そうしよう」
校舎から、寮までの道のりを三人並んで歩く。
「こうやって男三人で並んでると、中学の時を思い出すな~」
一夏が呑気にそんなことを言った。
「よくこうやって帰ってたの?」
「まぁな」
シャルルの問いかけに、一夏はのんびり答える。
「この学校に男は俺たちしかいないからな……これが男軍のベストメンバーだ」
嬉しそうに言う一夏に、シャルルと南は苦笑した。
「男軍って……」
「あの篠ノ之という娘は、男勝りな話し方だったじゃないか。彼女も男軍に入れようと言ったら怒られるか?」
冗談交じりに南が言う。
「絶対怒られる。知らないぞ?」
一夏は、おお怖いと肩を抱いた。
「でも、もしそうなったら誰か抜けないとね」
シャルルはこんな冗談が面白いのか、ニヤニヤしながら言う。
「なんだなんだ。一夏の中学時代の思い出のせいで、男軍の定員は三人か……まぁ、そうなると抜けるのは一夏だな」
「俺かよ!」
南が言うと一夏が叫んだ。
「でもね、一夏と篠ノ之さんは幼馴染なんだ……仲がいいから脱退メンバーには、一夏の代わりに他の名前が入るかも」
「そうか、そうなっても落ち込むなよシャルル」
南は表情を変えないまま、淡々と言う。
「あはは、言うじゃないか南」
シャルルが楽しそうに笑う。
「さて、寮には着いたけど……」
一夏が建物を前にして立ち止まった。
「どこに俺の部屋はあるんだ?」
南は、さきほど山田先生に渡された鍵を見る。
部屋番号は1300だった。
「これ多分、一番端っこの部屋じゃないかな……」
シャルルが鍵を覗き込みながら言った。
「マジか……端ってどこだ……」
広い廊下は左右に広がっていて、端と一言で言っても見つけるのは大変そうだ。
「俺たちの部屋はここだから……」
適当に歩いていたはずが、一夏とシャルルの部屋の前まで来ていたようだ。
「そうか、とりあえず一人で探してみる。ここまでありがとう」
南は小さく笑いながら、一夏の肩を叩いた。
「そうか? 荷物置いたら手伝うけど……」
「まぁ大丈夫だろう……広いと言ってもたかが寮だ。どうにかなる」
そう言いながら南は歩き出した。
一夏とシャルルは静かにそれを見送る。
十分後。
一夏とシャルルの部屋の扉がノックされた。
二人でお茶を飲んでいた一夏が、重い腰を上げる。
「はいはい」
扉を開けると、南が虚ろな表情で立っていた。
「その様子じゃ、部屋はまだ見つかってないみたいだね……」
シャルルも扉の前まで来て笑った。
「すまないが手伝ってくれ……どうして、寮の部屋も見つけられないんだ」
南がボヤく。
「日頃の行いが悪いからじゃないか?」
一夏が嬉しそうに言った。