IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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20.短編3.剣道×雨空

竹刀と竹刀が激しくぶつかり合う音が、IS学園剣道部の有する道場に響いた。

 

無言で竹刀を振るい、相手に勝とうと激しく動いているのは、箒と南だ。

 

授業がない週の土曜日の朝。箒が南を剣道に誘ったのは偶然だった。奇跡のような成り行きで決まった朝稽古は、未だ他の一年生専用機持ちにバレている様子はない。

 

(くっ……強い……本当に竹刀を握ったのが、三回目か!?)

 

箒は顔をしかめる。

 

面で多少、顔は隠れているものの、その苦悶の表情はごまかせないが、対する南も肩を激しく上下させながら構える。

 

一旦、距離を開けて時間を置いた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

道場には、二人の呼吸だけが聞こえる。

 

南は顔を引き締める。

 

来る、そう感じ取った箒も腕にまた力を入れた。

 

同時に相手に向かっていく二人。

 

竹刀を振り上げ、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁ、負けた~」

 

南が倒れ込む。

 

面を荒々しく取り、髪をならすように振った後、悔しそうに言った。

 

「勝てないじゃないか」

 

駄々をこねる子供のように吐き捨てる南に、箒は苦笑いした。

 

「私は実家が道場で、幼い時からたしなんでいるんだ。そんな私に、たった二回習っただけで、ここまで張り合うなんてあり得ないんだぞ」

 

倒れていた南は体を起こし、頭を掻いた。

 

「剣道じゃ勝てる気がしないな」

 

「ふっ、鍛錬を怠らないことだな」

 

箒はそんな南に手を差し伸べた。

 

「昼食にしよう。今日はここまでだ」

 

そんな手を握り返して、南は立ち上がる。

 

「勝ち逃げとは……箒、後で俺の部屋に来いよ。ゲームしよう、ゲーム。俺が一番得意なやつで勝負だ」

 

「ムキになるな、ムキに」

 

楽しそうに笑いながら、南の背中を叩く箒。

 

完全に小学生をあやす高校生の図が出来上がっていた。

 

「ありがとうございました」

 

納得がいかないように首を傾げた後、南は頭を下げる。

 

礼を忘れていないことに感心した箒は微笑んでから、自分も頭を下げて、同じ言葉を返した。

 

「昼飯の前にシャワー浴びるか」

 

「っ! そ、そうだな……」

 

「先に浴びてこいよ」

 

そんな台詞にドキッとする箒。

 

もちろんそんな意味でないのは分かっている。だが、その言い方が嫌でも意識させた。

 

心臓が激しく動くのを感じる。これが激しい運動の後だからか、違いは分からない。

 

「の、覗くなよ?」

 

「ああ、これを片付けておくからそんな余裕はないな」

 

ハッキリそう言われると複雑な箒は、何か言おうと口ごもったまま、道場に設置されたシャワールームの方へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、しまった……」

 

シャワーを浴びた二人は、道場を出た。

 

空はどんよりとして、雨が降っていた。

 

小雨程度ではなく、本降りの雨だ。

 

「なんだ、傘を持って来なかったのか?」

 

南は扉を閉めながら、靴の先をトントンと地面に当てる。

 

その腕には傘がかけられていた。

 

「今日は昼から降るって言ってたぞ。一夏が」

 

「天気予報が、と言わないところが実にお前らしい」

 

箒は小さく笑いながら、心の中でため息をつく。

 

(い、言えない……南と二人きりでの稽古が楽しみで、天気予報の言っていたことを忘れていたなど……)

 

そう言えば、部屋を出る前に同室の、鷹月 静寐(たかつき しずね)に傘のことを言われた気もする。

 

「だが、箒。運がいいな……俺の傘に入れてやろう」

 

「本当か!?」

 

沈みがちな表情を明るくし、素早く南の方へ振り向いた。

 

南が困惑した表情を浮かべる。

 

「ど、どうした……そら、入ればいいだろう」

 

何を当たり前のことを言っているんだと目を丸くする南の声は、箒には届いていない。

 

(よくやった、よくやったぞ今朝の私!)

 

小さくガッツポーズする箒の隣でボンッと傘が開く音がする。

 

「それじゃあ、昼飯を食いに行くか」

 

そう言って歩き出す南に寄り添うように、箒も続く。

 

道場から食堂までは、それなりに距離があり、無言で歩き続けるには少し苦しいが、箒にとってはあまり関係なかった。

 

雨音と同じくらいの大きさで、自分の心臓がなっている。

 

すぐ隣にいる南に聞こえそうなくらい、大きな音でなっている気がした。

 

南は小さな声で、何やら歌いながらゆっくり歩く。

 

明らかにペースを合わせてくれている歩幅に、箒は嬉しくなった。

 

「ん、もっと寄っていいぞ。濡れるだろう」

 

南が言うと、箒の肩を抱くようにして傘の中に入れた。

 

「んぁ……」

 

小さく吐息が漏れた箒は、顔を赤くして南を見上げる。

 

「す、すまない」

 

「寄ってくれないと、俺の肩が傘に入らないからな。『お前の肩が濡れてしまうじゃないか』なんてのは、漫画に任せておけばいい」

 

なんともムードの欠片もないようなセリフだった。

 

「そう言えば、授業の合間にも漫画を読んでいたな……よく読むのか?」

 

箒が尋ねると、南は頷く。

 

「まぁな。漫画はいいものだぞ、箒にも貸してやろう」

 

「私はそんなものは読まないのだが……」

 

「漫画を甘く見ない方がいい。俺みたいな人間だって漫画から学ぶ事もあるんだからな」

 

「そうだな、次の私の誕生日……七夕の短冊には、南のように立派な人間になりたいと書くことにしよう」

 

「絶対書けよ」

 

「嫌だ」

 

本当にこの男とのやり取りは飽きない、と箒は頬を緩める。

 

そして、その口調からは考えられないくらい、言葉がポンポンと出てくるなとも思った。

 

例え、世界が数時間後には沈んでしまうような大洪水が起ころうと、周りが許せば、喜んでその口を開くだろう。「そんな沈んだ顔をしていると、沈んでしまいますよ」と嬉しそうに言うに違いない。

 

「ふふ」

 

そこまで考えて、箒は微笑む。思わず声が出てしまった。

 

「どうした?」

 

「いやなに、馬鹿な話を考えてしまってな」

 

「馬鹿な話というのは、たまに現実に起こるから馬鹿に出来ないんだ」

 

南はもっともらしく言う。

 

すると、背後からそんな二人の雰囲気を壊すような声がした。

 

「あっ! 南!……と、箒……」

 

鈴だ。

 

ビニール袋をぶら下げた彼女の表情は一瞬明るく、そして箒を見て暗くなった。

 

同時に、箒の表情も曇る。

 

(どうして、こんな雨の日に……くっ……)

 

「なんで、相合傘してるのよ!」

 

箒の考えていることなどお見通しであった鈴だが、それに関係なく、雨で濡れた地面をビチャビチャと乱暴に踏みしめつつ、詰め寄って行く。

 

「箒が傘を忘れたらしくてな」

 

「何で一緒にいるわけ?」

 

鈴はジト目で南を捉えれていた。

 

「ああ、箒とは剣道を―――」

 

「わーわーわー!」

 

隣で箒が大声を出したが、もう遅い。

 

鈴の目線が箒に移った。

 

「へー。剣道ね」

 

「し、仕方ないだろうっ。南が稽古したいと言うのだから……」

 

「え? お前もナイフ一本で闘う身ならば、剣道の心得があっても悪くないだろうって強引に―――」

 

「わーわーわー!」

 

同じく叫ぶが、当然遅い。

 

鈴はぬっと二人の方に頭を突き出した。

 

「それは? 一組の皆は知ってるのかしら?」

 

「どうした、色々聞いてくるやつだな」

 

呑気な笑みを浮かべる南に、鈴はうっと表情を変える。

 

「俺だって休日には箒と剣道くらいするさ。プロ野球選手だって、趣味でゴルフをするだろう? 普段ISに乗ってる俺も、休日には竹刀を振るんだ。まぁ、毎週は厳しいが……」

 

「じゃ、じゃあ! 今度の休みにはあたしに付き合いなさいよ!」

 

「どうしてそうなった?」

 

苦笑する南だが、顔を赤くした鈴の勢いは止まらない。

 

「箒とばっかりズルいじゃない! それはもう、公平に!」

 

「面倒臭い……」

 

南はボソッと呟いた程度であったが、どうやら鈴にはしっかり聞こえていたらしく、目を細める。

 

「面倒臭いって言ったわね」

 

「違う違う。さっきまで剣道してたから、面と胴が臭い、って言ったんだ」

 

「籠手は臭くないわけ?」

 

そんな二人のやり取りを見ていた箒がため息をつく。

 

南がその視線に気付くと、「どうした」と声をかけた。

 

「毎週は……稽古に、付き合ってくれないのか……」

 

雨なこともあってか、しっとりとするその視線に、南だけでなく、鈴までも一瞬言葉を飲んだ。

 

「……まぁ、朝だけだし、出来るだけ参加するようには……」

 

「本当か!?」

 

「待って待って!」

 

箒が飛びつかんばかりの勢いで言ったため、鈴は慌てて言葉を被せた。

 

「箒ぃ……後で集合ね?」

 

ハートが見えるような笑みだったが、箒の笑顔は引き攣るばかり。

 

南は首を傾げている。

 

「あ、今から昼飯食うんだが、鈴も来るか?」

 

(ああっ!)

 

何とか声は押し殺せたが、心の中では悲鳴が響いていた。

 

二人きりの昼食は消えた、とガックリと肩を落とす。

 

しかし、鈴の口からは箒の予想を超える言葉が飛び出した。

 

「うぅ……ごめん……あたし、これ届けないといけないから……」

 

どんどん沈んでいく声に、箒は頭を上げた。

 

見ると、その手に持ったビニール袋を掲げている。

 

悔しそうに歯ぎしりする鈴に、思わずテンションが上がった

 

「そ、そうかそうか! ならば仕方ない。早くそれを届けて来るがいい。うんっ、それがいい」

 

「えらく上機嫌だな」

 

南が冷静に言うが、箒は気にしない。

 

代わりに鈴が走り出す。

 

「くぅ……チクショー! 覚えてなさい!」

 

「完全に悪役の台詞だな」

 

それだけ言って、寮の方へ走る鈴の背中を二人並んで見送る。その背中は、いつもより小さく見えた。

 

 

 

 

 

鈴が走り去って、再び歩き出すこと五分。

 

食堂に着き、扉を開くとそこには簪が立っていた。

 

「おお、簪。今から昼飯か?」

 

南が言うと、彼女は小さく頷く。

 

「鈴が、言ってたから……」

 

「鈴? なんて?」

 

「二人が、お昼一緒に食べる相手を探してるって……二人だと寂しいって……だから、来ました」

 

無表情のまま言った簪の視線が箒を捉えた。

 

既に考えることをやめていた箒は自虐的に笑うしかない。

 

「別に寂しいわけじゃないが……まぁ、来てしまったものは仕方ない。一緒に食うか」

 

南はそれだけ言ってカウンターの方へ歩き出す。

 

「せっかく、南と二人きりだったのに……そんな、馬鹿な……」

 

涙交じりに言うと、後に続かない箒に、南がそっと後ろを振り返った。

 

「どうした、そんな沈んだ顔して。洪水が起きたら沈んでしまうぞ?」

 

何かも分からずに、そんなことを言う南。

 

ただただ肩を落とすしかない箒に、簪が耳元で言う。

 

「抜け駆けは、駄目……」

 

はい、と小さく頷くしかなかった。

 

 

 

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