「……も、もう少し、可愛いのがいいな」
顔を赤くし、恥ずかしさから親友であるシャルロットの目を見ることも出来ないまま、ラウラは試着室のカーテン越しにそう言った。
いつも学園生が利用するものより、もう少し街の方へ出たショッピングモール。
シャルロットは自分の見立てた服が気に入らなかったのか、と不安げに笑っていたが、そんなラウラの言葉を聞いて、一瞬目を丸くする。
「うんっ、分かった! 可愛いのがいいんだね!」
すぐにまた笑顔を作り、「どんなのがいい?」と聞いた。
ラウラは顔を赤くしたまま答える。
「そうだな……それなりに、露出度があるものがいいな」
「任せてっ!」
すぐに返事をしたシャルロット。
別の服を試着室に持って行き、ラウラが着ている間に、靴も用意する。
「どうだろうか」
そう言いながらカーテンを開けたラウラに、同じ店にいた女の子達が一斉に声を上げた。
綺麗だとか、妖精みたいだとか。
そんな声を気にさせる間もなく、シャルロットが黒のパンプスが入った箱を開けた。
「よく似合ってるよ。これも履いてみて」
「靴まで用意したのか。驚いたぞ」
「折角だもん!」
嬉しそうにそう返すシャルロットに言われるまま、ラウラは慣れない様子でそれを履き、立ち上がる。
ヒールの高さに戸惑いながらも、なんとかバランスを取ろうとするが、よろけてしまう。
「あ、大丈夫?」
倒れ込むように体わ揺らしたラウラを、シャルロットが支えると、またも周りの女の子が騒ぎ出した。
容姿があまりに可愛らしい二人が体を密着させる様子に、興奮が隠せないようだ。
「写真撮っていいかしら」
そんな声を皮切りに、スマートフォンで写真を撮り始める女の子達に、シャルロットは苦笑いして、ラウラは恥ずかしそうに目を伏せた。
眩しいフラッシュが二人に浴びせられる。
「お待たせしました」
そう言って、店員がパスタをテーブルに置く。
ショッピングモールから少し離れたカフェでランチを食べることにした二人。
ラウラは買った服ではなく、臨海学校前に買った私服を着ていた。
「ふぅ、疲れたな」
「折角だし、そのまま着てればよかったのに」
シャルロットが笑って言うと、ラウラは口ごもった。
「え、いや、その……汚れては、困る……」
目線を合わせることなく言ったラウラに、シャルロットは「ふ~ん」と目を細めた。
「もしかして、お披露目は南に取っておきたいとか?」
からかうように言ったシャルロットは、それもまた楽しそうだった。
ガタッと音を立ててラウラが立ち上がる。
「だ、断じて違うぞ!」
「あなた達」
そう言い放ったと同時に、声をかけられた。
同時にそちらの方に目を向けると、胸に「店長」とネームプレートを張り付けた女性が立っていた。
「「ん?」」
「バイトしない?」
「「え?」」
二人の声が被った。
二人が立ち寄ったカフェは、店員ごとにユニフォームが分かれており、店長以外と被ることは許されない。
急遽、その容姿を認められ、一日バイトを任命された二人もまた、別々の恰好していた。
「あの……何故、僕は執事の恰好なんでしょうか?」
シャルロットは不満気に言うが、店長は気にした様子もなく笑顔になる。
「だって、そこいらの男なんかより、ずっと綺麗で恰好いいもの」
「そうですか?」
褒められてはいるが、納得できないまま、既にホールに出ているラウラの方を伺った。
純白のエプロンを身に纏った彼女はせっせと働いている。
「僕もメイド服が良かったな……はぁ、やっぱりこういう方向性なのかな……」
そう言ってため息をつくと、店長が肩を叩いた。
「大丈夫。ちゃんと似合ってるから」
「そ、そうですか……あはは……」
苦笑いして答えるシャルロットは、諦めて自分も丸トレーを持った。
そのトレーに乗せた紅茶を客の元へ持って行き、テーブルに置く。
「お待たせしました。紅茶のお客様は?」
返事をした客に紅茶を渡し、要望があればミルクを入れる。難しい作業ではない。
深々と頭を下げて、最後にお嬢様と付けた定型句を言ってシャルロットはテーブルを離れた。
「シャルロット、それは任せたぞ」
厨房に戻った二人は、既に用意されているトレーを確認する。ラウラは、シャルロットにそれだけ言って、自分の担当分を持った。
「うん、任せて。それにしてもラウラ、張り切ってるね」
そう笑いかけると、ラウラは顔を赤くする。
「こ、こういうのも悪くない……」
「ふふ……良かったね」
優しく笑ったシャルロットもトレーを掴んだ。
そんな二人を見て、厨房の外から店長が声をかける。
「ほら、サボらないの……いらっしゃいませ!」
注意をした後、すぐに入店した客に頭を下げる。
厨房からは確認できないが、二人も続けて「いらっしゃいませ」と言った。
「さっき遅刻した子が来たから、これで楽になるわね」
店長が息を吐いた。
二人がバイトを依頼されたのは、遅刻してきたアルバイトの埋め合わせだと言う。
さあ、また運ぶぞと二人が厨房を出た瞬間。
扉が乱暴に開かれた。
同時にパトカーのけたたましいサイレンの音も響く。
男が三人入ってきた。銃声が鳴る。
「全員動くんじゃねぇ!」
目と口が空いたフェイスマスクをした三人の男は、怒鳴り付けながら銃を乱射した。
金の入ったバッグを肩にかけている。強盗だ。
「騒ぐなぁ!」
そう言い放ち、店に居た客と店員を一か所に集めていく。
パトカーのサイレンが止み、拡声器を通した声が聞こえてくる。
『君たちは包囲されている! 大人しく投降しなさ―――』
最後まで言わせることなく、またも銃を撃ち、強盗はパトカーに向かって吠えた。
「人質を解放して欲しければ、車を用意しろ! もちろん、追跡車や発信機なんか付けんじゃねぇぞ!」
言い終わるや否や、別の強盗がマシンガンを発射。
店内に悲鳴が響いた。
「うるせぇ! ほら、お前だ来い!」
「い、いや……あっ……」
残りの一人は、適当な女の子の腕を掴み、引っ張っていく。
恐怖のあまり足を震えさせながら、強引に連れて行かれる彼女に腕を回し、警察に見せつけるように銃を頭に向けた。
「ヒッ……」
「おら、三十分だ! 三十分で用意しろ! じゃねぇと、この娘を殺す! 人質は何人だっているんだぞ!」
素人だな、とラウラは思った。
弾にどれだけ余裕があるのかは分からないが、銃を無闇に撃ち、リロードもそれぞれがそれぞれのタイミング。
余裕そうに笑ってはいるが、単純に興奮しているだけで、内心は焦りでいっぱいに違いない。
だが、最悪だ、とも同時に思う。
素人の偶然だろうが、人質をしっかり確保されてしまったのは痛手だった。
どこか一か所に集めるだけなら、隙を見て制圧出来るだろう。
ドイツ特殊部隊出身であり、一部隊の隊長を務めるラウラには朝飯前だ。
それにフランスの代表候補生であり、そのことから様々な訓練を受けているはずのシャルロットもいる。
制圧だけを目的とするならば、本当に容易い。
しかし、人質の命が強盗の指一本で奪われてしまう状態では、どうすることも出来なかった。
思わず舌打ちが出る。
「おい、そこのお前。喉が渇いた、そのテーブルの水を寄越せ」
テーブルの一つに腰かけながら、強盗の一人が乱暴に言った。
ラウラはトレーに水の入ったコップを乗せ、言われた通りに持って行く。
「へっ、何が女尊男卑だ。女はそうやって、水でも運んでりゃいいんだ、よっ!」
水を受け取った強盗はラウラの腹部に蹴りを上げた。
「うぐっ」
小さく声を上げながら受け身を取る。
「ラウラ!」
シャルロットは思わず飛び出し、ラウラの体を起こした。
腹を抑えたままラウラは小さく笑う。
「大丈夫だ。この程度、教官の出席簿アタックに比べれば、虫が止まったようなものだからな」
そう言うラウラに一瞬安心したシャルロットは、キッと強盗の方を睨んだ。
「何だぁ? その目はよぉ!」
シャルロットは答えない。
そして、睨みつけるのもやめなかった。
「ま、待てシャルロット、刺激するな」
「あー、ムカついた。お前は殺すわ」
無慈悲な一言。
人質を抱えていた強盗は、いやらしい笑みを浮かべて銃をシャルロットへ向ける。
他の二人も同じ顔をした。
「警察への見せしめが欲しかったんだ。俺達は本気だって見せしめがな」
そこで初めてシャルロットの顔が歪んだ。
不味い。それだけ思って、唇を噛む。
「見ときな、お嬢ちゃん。警察が車を用意しないと、どうなるか……」
「あ……は……う……」
テーブルに腰かけていた強盗が立ち上がり、人質である女の子の耳元で囁く。
女の子は何も言えなかった。
引き金を引こうと、人差し指に力が込められた。
シャルロットは目を閉じない。
「死ねっ!」
そう言った強盗の頭が揺れた。
ガコンッ!と金属が何かとぶつかる音がする。
何も言えないまま、強盗は倒れ込み、人質の女の子は小さく悲鳴を上げた。
ドサッと大きな音を立てながら倒れ込んだ仲間に、背を向けていた二人も振り返る。
シャルロット、そしてラウラも目を丸くした。
「お嬢さん、お届け物ですよ?」
どこか間の抜けた声がする。
男は何やら人質だった女の子に手渡した。
「あ……」
女の子は状況がよく分からないままそれを受け取る。
「おぉ、シャルロットにラウラ。こんな所で偶然じゃないか」
嬉しそうな声に、満面の笑み。
その男、神代 南は、フライパンで肩をトントンと叩きながら、いつもと変わらない口調で言った。
「これは、映画の撮影か?」
遡ること一時間前。
「うっ……ぐす……すん……」
「うぼっ……はぁはぁ……ぐずっ……」
神代 南と織斑一夏は映画を見ていた。
鼻水を啜る音は大きいが、他の客もそうであった為、注意されることもなかった。
まさにクライマックス。
事故で恋人を失った男に襲いかかる、様々な仕事の苦難やプライベートの試練を乗り越え、ようやく家に帰ってきたシーン。
死んだと思っていた恋人が、家の机から飛び出してきたのだ。
彼女は確かに一度死んだ。だが、奇跡的に蘇生し、彼が多忙で家に帰れない間に回復。待ち伏せていたという訳だ。
抱き合う二人に、南と一夏の涙は止まらない。
南はハンドタオルを、一夏はハンカチを水で濡らしたようにビショビショにしていた。
「いやー、良かったな……」
南が映画館にあるトイレで顔を洗いながら言った。
用をたしていた一夏も隣に立ち、手を洗い始める。
「本当だぜ……泣いたな……」
まだ、すんすんと鼻が震える二人は、映画館を離れて歩き始めた。
色々な店が立ち並ぶ通路を歩いて行くと、カシャカシャとシャッターを切る音がした。
その音の方、服屋に南は目を向けるが、フラッシュで誰が撮られているのかよく分からない。
「南、あっちの方を見に行こうぜ」
「ああ、そうしよう」
特に気にすることもなく、南は視線を前に戻した。
様々な家具用品が置いてある店に入った南と一夏。
何を買うでもなく、南はブラブラと店内を歩き回りだした。
一夏は、目的の物が並ぶ棚の前で腕を組んでいる。
「先に出ているぞ」
それだけ言った南の方を見ることもなく、一夏は「おう」と返事した。
納得の商品を見繕い、手に取り、レジに並ぶ。
代金を支払って南と合流するべく店を出た。
すぐ傍にあったエスカレーターを使って、階を下げていく。
ショッピングモールを離れた二人は、昼食を摂るべく歩き出した。
「昼飯、何にしようか」
「うん」
「ラーメンとかどうだ?」
「うむ」
「南?」
「はぁ」
「どうしたんだ?」
一夏が立ち止まって聞くと、南は先程の店の袋を見せた。
生返事の理由はそれらしい。
「あれ、南も何か買ったのかよ」
「店員の口車に乗ってつい、フライパンを買ってしまったんだ」
「何してるんだよ」
一夏が笑いを堪えながら言った。
暗い表情のまま南は続ける。
「さっきの映画のヒロインに似た店員だったんだ。それでつい……返品出来ないだろうか」
「まぁ、出来るだろうけど……戻るか?」
一夏が体の向きを変えた。
本当にどちらでもいい感じであった。
「それも面倒だな……あぁ、でも何だか凄く無駄な買い物をした気がしてならない」
「じゃあ、なんで買ったんだよ」
苦笑する一夏は、また体の向きを戻して歩き出した。
南もそれに合わせて足を動かした。
「話を聞いてる分には、凄く便利に思えたんだ。とても頑丈で、ビルの屋上から落としてもへこまないらしい」
「いつビルの屋上でフライパンを振るってくれるんだ?」
「そのうちな」
そう返した南と一夏の間を縫って女の子が駆け抜けていった。
「うおっ」
「んっ」
二人はのけ反るが、体の接触は免れない。
トンっと軽く体が当たり、彼女が肩にかけていた鞄が揺れた。
「す、すいません!」
こちらの方をチラッとだけ見て言った女の子は、そのまま走り去る。
「全く。ラグビーの練習なら、こんな往来ですることないだろうに」
「そうじゃないだろ。ん? これ……」
呆れたように言った一夏が、足元に落ちていた財布を拾い上げる。
「どうした? その財布で俺のフライパンの代金を立て替えてくれるのか?」
「馬鹿、違うよ。この財布、さっき女の子が落としたんだ」
「ああ、あのラグビー選手か」
南と一夏は同時に顔を正面に向けるが、先程の女の子とは随分距離が開いてしまっていた。
だが、どこか角を曲がってしまったならともかく、直線なら追いつける。
「南、急いで届けよう」
同時に走りだす。
どんどんスピードを上げて、彼女の背中を追った。
もう少しで追いつける、といったタイミングで女の子が道を折れる。
十数秒遅れて、角を折れた南と一夏が立ち止まった。
「店……カフェか」
「なるほど、アルバイトか何かに遅刻しそうで、だから慌ててたんだな」
カフェに入っていくと同時だったため、声をかける間もなかった。
「南、待っててくれ。俺、届けてくるよ」
「ああ……ん? 待て、一夏」
歩き出そうとする一夏の肩を掴み、南が指をさした。
その先にはカフェの特徴が書いてある小さな黒板があった。
「えっと……『色んな服装をした女の子が、あなたに接客!』? これがどうしたんだ?」
「俺も行く。というかこの店で昼飯にしようじゃないか」
「何だよ、こういう店が好きなのか?」
一夏が顔をしかめた。
「行ったことがないんだ」
「ラーメンは……」
「俺が作ってやる」
「カップヌードルとかだったら怒るぞ?」
「簪みたいなことを言うな」
南が眉を上げながら、店の方へ歩き出した。
ため息をついた一夏も仕方ない、とそれに続く。
「いらっしゃいませ」
元気な声がすると同時に、店員の女の子に案内される。
至って普通に見える制服でも、南は目を輝かせてそれを見ていた。
「財布落とした娘……いるかな?」
「まぁ接客しに来たら渡してやればいいし、最悪帰りにでも別の店員に渡してやればいいさ。『今日遅刻してきたラグビー選手の財布だ』と言えば分かるだろう」
「分かる訳ないだろ」
一夏は呆れた声を出して、水を一口飲んだ。
店員を呼び、さっき店に駆けこんだ娘の財布だと伝えようと手を挙げる。
すると、扉が乱暴に開かれた。
パトカーのサイレンと同時に、男が3人入ってきた。
「全員動くんじゃねぇ!」
フェイスマスクをした3人の男は、金の入ったバッグを肩にかけている。
「おいおい、なんだなんだ」
一夏が水の入ったコップを置いて、強盗の方を見た。
「映画の撮影か? だとしたら、化粧を忘れた」
「そんなこと言ってる場合かよ」
「さっきの映画も、主人公がこんな目に合ってたろ」
強盗だろうか。銃を乱射しながら、人質として客も店員も一か所に纏めようとしている。
悲鳴が飛び交う中、一夏はせわしなく顔を動かしていた。
「落ち着け、一夏。策はある」
そうして、時間は現在に戻る。
結局テーブルから離れることなく南は、先程買ったフライパンで強盗を殴った。
人質に取られていた女の子が、ちょうど自分達とぶつかった娘だったこともあり、財布を返せたのは好都合であった。
「てめぇ! どこにいた!」
「どこにって……このテーブルに……」
南が指さしたのは、強盗が腰かけていたテーブルだった。
「ざけんじゃねぇ! 座ってなかったろうが!」
唾を飛ばしながら叫ぶ強盗に、それでも南は余裕の表情を崩さない。
息を吐いた。
「まぁ正確には、テーブルになっていた、だからな。こいつは俺に座っていたんだ」
南は倒れた強盗を指さす。
「はぁ?」
強盗の素っ頓狂な声を聞きながら、南はまた笑みを浮かべた。
―――擬態のために、形を変える蜘蛛が、存在する。
『ラップ・アラウンドスパイダー』
アリや鳥の糞など、蜘蛛にも擬態する種は少なくない。
オーストラリア原産のこの蜘蛛は擬態の際、木の枝に巻き付き、平べったくなることで、自身も木の一部となるのだ。
枝に巻き付くことで、一見するだけでは確認できないため、うっかり木の枝を握ると、この蜘蛛を握りしめることになる。
薄く平らになることで擬態し、捕食の際は普通の蜘蛛と変わらない形になる。
約4億年の時を生き抜いた蜘蛛は、留まることなく進化し続ける。この擬態は、まさにその究極形であろう。
「このガキがぁ!」
強盗が銃を向けると同時、南は身を屈め、腹部に突っ込む。
怯んだ強盗の間を抜け、シャルロットとラウラの前に立った。
「見てくれシャルロット。このフライパンは、非常に頑丈に出来ているんだ」
「うるせぇ!」
発砲。銃声と共に弾丸が飛び出した。
南は腕を振るうことで、それをフライパンで弾く。
「嘘ぉ……」
強盗が涙交じりに言った。
銃を握るその腕が震えている。
「更にな? 鈍器にもなるんだ、なんせ凄く固くて……」
「頑丈だから?」
「そうだ」
やけくそ気味に言ったシャルロットに笑いかけ、南はフライパンを投擲。
顔面にヒットし、倒れ込む仲間を見て、残り一人が声にならない声を出していた。
「な、何なんだよ!」
「一夏、出番だ」
南が言うと、乱れたテーブルの陰から一夏が飛び出した。
意識が南の方にいっていた強盗は完全に意表を突かれた。
「今日は美味しいとこ、俺が持ってく、ぞ!」
一夏が最後の強盗の顔面を殴り付ける。
「ぶふっ」
鼻血を垂らしながら、派手に吹き飛んだ強盗を見て、南は素早く動き出した。
「ダウン!」
南は高らかに言う。
「ニュートラルコーナーに下がって」
レフリーの真似をしながら、一夏の背後を指さした。
一夏もいい仕事をしたと満足気に後退する。
脅威は去った。
そのことで、客や店員も落ち着きを取り戻しつつあるのか、ざわざわと話し声が聞こえ始めた。
警察も銃声や怒声が聞こえたからか、突入の準備を進めている。
「ありがとう!」
と、誰かが言ったのに続き、店内が感謝の言葉で騒がしくなった。
「ラウラ、一夏。僕たちがIS操縦者で専用機持ちって公になると面倒だから、この辺で……」
「そうだな、失敬するとしよう」
「おう」
シャルロットが小声で言うと、ラウラと一夏が頷いた。
「南、行くよ」
そう言って振り返ると、南は店員や客の前で気持ちよさそうに口を開いていた。
「どうも皆さん、今日起こったことはSNSで是非、拡散してください。
尾ひれ背びれを付けて話してもらって結構です。『強盗は十人だった』『助けてくれたヒーローは未来から来た』『強盗を指一本で倒した』『料理をしながら歌っていた』『チワワを連れていた』『倒した強盗は食べられた』
警察には事実を、ネットには面白い脚色を」
訳の分からないことを言っている南の袖を掴んで引っ張るシャルロット。
ピースを作りながら引っ張られる南。
うめき声を上げる強盗の背中を思いっきり踏みつけるラウラ。
拳が痛いと右手を撫でる一夏。
そんな四人が居なくなると同時に、警察がカフェになだれ込んでくる。
IS学園が対岸に見られる大きな公園の一角。
ベンチに座りながら、沈む夕日を見ていた件の四人は、クレープを頬張る。
「ラウラ、今日は大変だったな。腹、大丈夫か?」
南は隣に座るラウラに肩を回しながら言った。
そんな自然な動作にラウラの胸が高まる。
「あ、あんなものは、ダメージにならない」
「そうは言っても、だ」
南が真剣な表情で言った。
普段見られないだけに、ラウラの鼓動は早くなる。
「し、心配するな。大丈夫だ」
「そうか? 何かして欲しいことがあれば言っていいぞ」
「本当か!?」
「当然だ。頑張った人間は報われなきゃいけない。恋人が帰ってきたあの映画のように」
南が言うと、シャルロットが首を傾げた。
「恋人? 映画?」
「じゃ、じゃあ……頭を……撫でて欲しい」
そんなシャルロットの声は聞こえていないのか、ラウラは小さな声で言った。
もじもじと体を揺らし、俯いたままの彼女に、南は目を丸くする。
「なんだ、そんなことでいいのか?」
そう言ってから、肩に回していた手でそのままラウラを抱き寄せ、頭を撫でる。
されるがままに、ラウラは気持ちよさそうに目を細めた。
「いいなー、僕も頑張ったのになー」
シャルロットが頬を膨らませながら言った。
ポンポンと、緩く作った拳で南の肩を叩く。
「シャルロットも何かして欲しいのか?」
「い、いいの!?」
「まぁ、実現可能なことであれば……」
「じゃ、じゃあね……南のクレープを一口食べさせてもらいながら、頭を撫でて、『よく頑張った』って優しく言って欲しいな」
「欲張り過ぎるだろ」
南が笑い飛ばす。
「あ、そう言えばさ」
シャルロットが南の方へ体を寄せながら言った。
「ん?」
「どうしてあのカフェに来てたの? あんまり男の子だけで来るようなお店じゃないけど……」
一夏が立ち上がりながら言った。
クレープはもう食べ終わっている。
「俺は、あの店でバイトしてる女の子が落とした財布を届けたかっただけなんだけど、南がここで昼飯食おうって」
「そうなの?」
シャルロットの表情が少し曇る。
「どうだったかな」
「ふーん、南は色んな恰好で女の子が接客してくれるあのお店で、ご飯が食べたかったんだ」
声が低くなったシャルロットに、南はラウラを撫でる手を止めた。
「そ、そうじゃないぞ」
「じゃあ、どうしてあのお店に来たのさ」
シャルロットが詰め寄ると、南がのけ反る。
南はなんと答えたものか悩んだ。
少し間を置いて、その場で思い付いたことを言う。
「フライパンの素晴らしさを伝えに、だな」
「だと思った」
シャルロットがため息をつく。
ラウラが南の手に頭を擦り付けている様子が、猫のようで可愛らしい。